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第八話 戦術の授業


 一年一組の教室。


朝のホームルームを終えた正臣は、教卓の上へ分厚い紙の束を置いた。


ドサッ。


「さて」


生徒達の視線が集まる。


「今日は予定を少し変更する」


刀也が首を傾げた。


「何するんですか?」


「戦術の授業だ」


「戦術?」


凛が聞き返す。


「ああ」


正臣は黒板へ大きく二文字を書く。


戦術


「お前たちは夏休みのチーム研修で、連携について随分学んだ」


「そして発表では三組との模擬戦が行われる」


教室が少しざわつく。


「だから今日は、今までより一歩踏み込んで――」


正臣は生徒達を見る。


「集団で戦うための戦術を教える」


「おお!」


刀也が目を輝かせる。


迅も身を乗り出した。


「面白そうじゃん!」


「遊びじゃないぞ」


「分かってますって!」


「本当か?」


正臣は苦笑する。


そして教卓に置かれた資料を手に取った。


「まず、これを配ってくれ」


前列の生徒たちが資料を受け取り、後ろへ回していく。


「うわ……」


与一が目を丸くする。


思っていた以上にしっかりした資料だった。


基本的な陣形。


前衛、中堅、後衛の役割。


遊撃の動き。


指揮役の位置。


相手が武術主体の場合。


陰陽術主体の場合。


遠距離攻撃が多い場合。


防御を固めてくる場合。


さらに――。


五人一班で戦う場合。


一人が離脱した四人の場合。


複数班が合流した場合。


班同士が分断された場合。


様々な状況を想定した布陣が、簡単な図と説明でまとめられていた。


「先生」


道満が資料をめくりながら顔を上げる。


「これ、全部先生が?」


「ああ」


正臣は何でもないことのように答えた。


だが。


実際には――。


ここ数日。


正臣は授業を終えた後も、夜遅くまで机へ向かっていた。


武術に関しては一葉、二葉、三葉から話を聞き。


春花とも何度も相談した。


生徒達が何を得意とし。


何が苦手なのか。


5つの班が、それぞれどんな戦い方を研究してきたのか。


それらを一つずつ整理した。


ただ専門用語を並べても一年生には分かりにくい。


だから図を増やし。


難しい言葉を減らし。


なるべく簡単に。


見ただけで覚えられるように。


何度も書き直した。


その成果が――。


今、生徒たちの手元にある資料だった。


「先生!」


美鈴が嬉しそうに資料を掲げる。


「これ、すっごく分かりやすいです!」


「本当か?」


「はい!」


小夜も頷く。


「図があるから……すごく分かりやすいです」


「ここ」


凛も一枚めくる。


「指揮役が前衛から見えない場合の伝達方法まで書いてあります」


隼人も真剣に読んでいた。


「これは忍びの連携にも使えそうです」


「先生、これもらっていいんですか?」


「そのために作ったんだ」


「やった!」


刀也が喜ぶ。


「ありがとうございます!」


一人が言うと。


「ありがとうございます!」


「先生、ありがとうございます!」


次々に声が上がる。


正臣は少し照れくさそうに頭を掻いた。


「……まあ」


夜中まで頑張った甲斐はあったな。


そう思いながら、僅かに笑った。



「まず覚えておいてほしい」


正臣が黒板へ五つの丸を書く。


「布陣というのは、形を覚えれば終わりじゃない」


五つの丸を線で結ぶ。


「相手が動けば、こちらも動く」


前衛を示す丸を一つずらす。


「前衛が崩れれば?」


「中堅が補います」


凛が答える。


「その通り」


「では後衛が狙われたら?」


「前衛が戻る?」


豪太が答える。


「それも一つだ」


今度は別の丸を動かす。


「だが全員が後ろへ戻ったら、相手へ攻撃する者がいなくなる」


「あ……」


「だから遊撃がいる」


晴真が答えた。


正臣が頷く。


「そうだ」


晴真が資料を見る。


「前と後ろの間を動いて、足りないところを助けるんだ」


「その通り」


「でも先生」


与一が手を上げる。


「遊撃が前衛を助けている時に後衛が狙われたら?」


「いい質問だ」


正臣が笑う。


「どうする?」


「え?」


「俺が答えるんじゃない」


正臣は皆を見る。


「お前たちで考えろ」


「…………」


一瞬の沈黙。


すると凛が資料を見る。


「指揮役が判断して、中堅を後ろへ下げる?」


道満が続ける。


「あるいは前衛を一人残して、もう一人を後方へ回す」


「相手の人数にもよるね」


与一が言う。


美鈴も手を上げる。


「だったら最初から後衛が逃げる場所を決めておくのは?」


「いいな」


正臣が頷く。


「戦術には絶対の正解はない」


「大事なのは――」


黒板を叩く。


「その場で考えることだ」


生徒達が真剣に聞いていた。


「予定通りにいかなかった」


「相手が予想外の動きをした」


「仲間が失敗した」


「そんなことは実戦では当たり前に起こる」


正臣は少し笑う。


「お前たちなんて予定外のことばかりするからな」


「先生!」


刀也が抗議する。


「特にお前と迅と晴真だ」


「なんで俺まで!?」


晴真が自分を指差す。


「自覚ないのが一番困るんだよ」


教室に笑い声が広がった。



基本的な説明が終わると。


「よし」


正臣が手を叩く。


「ここからは班ごとに話し合え」


「この資料を参考に、自分たちの戦い方を考えてみろ」


机が一斉に動く。


第一班。


晴真、凛、刀也、豪太、与一。


「ここ見て!」


凛が資料を広げる。


「前衛が二人の場合、遊撃がここに入れば――」


「だったら俺と豪太が前から行く!」


「待ってください!」


「何だよ?」


「すぐ突っ込まない!」


「まだ話し合いだぞ」


与一が笑う。


晴真も図を見る。


「僕が前に出る形も練習したよね」


「それも使えそうだね」


「じゃあ途中で入れ替わる?」


「面白そう!」


五人の話がどんどん膨らんでいく。


第二班では。


「道満君を前に出す春花さんの案と、これを合わせられないかな?」


美鈴が資料を指差す。


「できる」


道満が即答した。


「俺が前で相手の注意を引く」


「小夜は俺の補佐」


「はい」


「紅葉と太一は左右から圧力をかける」


太一が頷く。


「俺の大斬刃を撃つ場所を作ってもらえれば、一気に崩せるかもしれない」


「では、わたくしが相手を誘導しますわ」


紅葉も乗ってくる。


「美鈴は後ろから全体を見る」


「任せて!」


第三班では――。


「隼人」


迅が資料を指差す。


「これ面白くね?」


「どれだ?」


「前衛がわざと後退して相手を引き込むやつ」


隼人が考える。


「……罠と相性がいいな」


綾女も頷く。


「誘い込む」


茜と桔梗が顔を見合わせる。


「そこに爆薬?」


「罠?」


「両方」


綾女が真顔で答えた。


迅が笑う。


「怖えよ」


「お前が言うな」


教室のあちこちから声が飛び交う。


「だったらこうしよう!」


「いや、こっちの方がいい!」


「相手が結界を使ったら?」


「その場合は――」


「これ使えるんじゃない?」


新しい戦術。


新しい布陣。


新しい連携。


自分たちが夏休みに学んだものへ。


春花から教わったもの。


そして正臣から教わった戦術を加えていく。


正臣は教卓から、その様子を眺めていた。


誰一人として退屈そうにしていない。


むしろ。


全員が目を輝かせている。


「……楽しそうだな」


思わず笑った。


教師が一方的に教えるのではない。


教わったことを材料に。


自分たちで考え。


仲間へ意見を伝え。


違えば話し合う。


これこそ――。


今回のチーム研修で学んでほしかったことだった。



授業の終わり。


正臣が手を叩いた。


「よし、そこまで!」


「えー!」


刀也が不満そうな声を上げる。


「もうちょっと!」


「続きは放課後やれ」


「はーい」


皆が席へ戻る。


正臣は生徒達の顔を一人ずつ見た。


そして。


少しだけ教師らしい真面目な表情になる。


「お前たち」


教室が静かになる。


「夏休み前から今日まで、本当によく頑張ったな」


皆が正臣を見る。


「最初は五人でまともに動くことすら難しかった」


「自分が何をするかで精一杯だった奴もいる」


「仲間に合わせられない奴もいた」


迅がちょっとだけ視線を逸らす。


「指示を出すことに迷う奴もいた」


凛が苦笑する。


「考えすぎて動けなくなる奴もいた」


道満が小さく息を吐く。


「何も考えず突っ込む奴もいた」


刀也が自分を指差す。


「それ絶対俺ですよね?」


「お前以外誰がいる」


「ひでえ!」


笑いが起こる。


正臣も笑った。


だが、すぐに表情を戻す。


「夏休みも」


「夏休みが終わってからも」


「朝から晩まで、よく修練を続けてきた」


春花の厳しい指導にも。


誰一人逃げなかった。


「だから――」


正臣は言う。


「発表では、勝ち負けなんて気にするな」


「…………」


刀也が目を瞬かせる。


「三組に勝つことが、今回の目的じゃない」


「自分たちが何を研究したのか」


「何を学んだのか」


「どれだけ仲間と力を合わせられるようになったのか」


正臣は生徒達へ笑いかけた。


「それを思いっきり出してこい」


「はい!」


凛が返事をする。


「失敗したって構わない」


「負けたって構わない」


「お前たちがここまで頑張ってきたことは、俺が一番よく知っている」


生徒達が静かに聞いている。


正臣は満足そうに頷いた。


「――以上」


少し間を置く。


「教師としての建前はここまでだ」


「え?」


全員がきょとんとする。


正臣の口元が――。


にやり。


「できれば勝ちに行こう」


「…………」


一瞬の沈黙。


「おおおおおっ!」


刀也が真っ先に拳を突き上げた。


「やっぱそれだよ先生!」


迅も笑う。


「俺もそっちの方が好き!」


「先生らしくありませんよ」


凛は呆れながらも笑っている。


「そうか?」


正臣は肩をすくめる。


そして――。


二十五人いるクラスの生徒のうちの特に十五人を見る。


「相手は強い」


「三組にも、お前たちと同じように努力してきた奴らがいる」


「だから絶対に勝てるなんて俺は言わない」


正臣の声が少しだけ強くなる。


「でも」


「お前たちはこの数か月――」


「一人じゃ乗り越えられないことを、何度も皆で乗り越えてきただろ?」


豪斎との戦い。


三人の当主との立ち合い。


夏休みのチーム研修。


何度も失敗した修練。


皆で考え。


皆で助け。


皆で立ち上がった。


「だから信じろ」


正臣は自分の胸を叩く。


「自分を」


そして生徒達を指す。


「仲間を」


晴真が笑う


凛も


道満も


刀也も


迅も


与一も


小夜も


紅葉も


美鈴も


豪太も


隼人も


茜も


桔梗も


綾女も


太一も


生徒達の表情が引き締まった。


「お前たちが学んできた全部を――」


正臣が笑う。


「三組にぶつけてこい!」


「はいっ!」


十五人の声が教室を揺らす。


その直後。


刀也が拳を突き上げた。


「よっしゃあ!」


「三組に勝つぞ!」


「おおっ!」


「だからまだ勝ち負けだけ考えるなって言っただろ!」


「でも先生も勝ちに行こうって言ったじゃん!」


「そうだけどな!」


わはははは!


教室に大きな笑い声が響く。


正臣はそんな生徒達を見ながら。


やれやれと苦笑した。


けれど――。


その顔は。


どこか誇らしげだった。


チーム研修の発表まで。


あと少し。


一年一組は。


自分たちの力で――。


一つの「チーム」になろうとしていた。

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