第七十七話 霊馬との勝負
合同合宿二日目。
午後の修練は、まだ続いていた。
晴真が結界柱。
道満が新しい馬上技。
蒼空が忍びたちから、なぜか「サボるための忍術」を大量に教わっている頃――。
別の修練場では。
ヒュンッ!
鋭い音が響いた。
麻賀多凛の手から伸びた鞭が大きな弧を描き――
パンッ!!
的の中心を正確に打つ。
さらに。
腕を返す。
鞭が蛇のようにうねり。
再び――
パンッ!
今度は別の的。
「うん」
その様子を見ていた西御門紫月が、満足そうに頷いた。
「だいぶ良くなってるよ」
「本当ですか?」
凛の表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「最初は鞭を振ることばっかり意識してたけど、今はちゃんと先端まで力が伝わってる」
紫月が手を動かしながら説明する。
「腕だけじゃない。腰、肩、足――全部が繋がってきた」
「はい!」
凛は嬉しそうに自分の鞭を見る。
そこへ。
修練を眺めていた神門深月が、にっと笑った。
「じゃあこれで、桜駆けの準備は万端?」
「…………」
途端に。
凛の笑顔が固まった。
「ん?」
深月が首を傾げる。
「どうした?」
「実は……」
凛は少し言いづらそうに。
「私、霊馬に乗るの……あまり上手くないんですよね」
「ああ」
紫月が納得する。
「そうか。凛は表佐倉育ちだもんな」
深月も頷く。
「表佐倉じゃ、普通は馬に乗らないもんね」
「そうなんですよ……」
凛はため息をついた。
「学園へ来てから練習はしているんですけど」
鞭を見る。
「鞭の方は少しずつ使えるようになってきても、霊馬そのものをまだ上手く乗りこなせなくて」
桜駆けでは。
術。
武術。
状況判断。
そして何より――
霊馬との連携が必要になる。
どれだけ鞭術が上達しても、馬上で姿勢を崩してしまえば意味がない。
「霊馬に乗るのが上手な人って、誰かいませんか?」
「…………」
紫月が少し考える。
「あー……」
「います?」
「一人いるには、いるんだけど」
「誰ですか?」
すると。
深月が慌てて紫月を見る。
「紫月」
「ん?」
「それはまずいって」
「だよなぁ……」
「?」
凛が二人を見比べる。
「何がまずいんです?」
「いや」
深月が困った顔をする。
「腕は確かなんだよ」
「めちゃくちゃ上手い」
紫月も頷く。
「ただ……」
「独特なんだよね」
「そうそう」
「独特?」
凛はますます分からない。
「誰なんですか?」
その時だった。
「なんだ凛」
背後から。
聞き覚えのある声。
「鞭の修練か?」
「あっ」
凛が振り返った。
「沙羅さん!」
そこには御堂沙羅が立っていた。
一方。
紫月と深月は。
「げっ」
顔を引きつらせる。
「本人登場……」
「え?」
凛が二人を見る。
そして。
沙羅を見る。
もう一度。
紫月たちを見る。
「…………」
理解した。
「えっ!?」
沙羅を指差す。
「沙羅さんなの!?」
「何がだ!」
沙羅が眉を吊り上げる。
「いえ!」
凛は慌てて手を下ろした。
「実は、桜駆けに向けて霊馬の騎乗に不安があるって相談してたんです」
「ほう」
「それで、お二人に霊馬の扱いが上手な人はいませんかって聞いたら――」
ちらっ。
紫月。
深月。
二人が目を逸らす。
「沙羅さんが上手だって」
「そういうことか」
沙羅はあっさり頷いた。
すると凛は。
ぺこっ!
「沙羅さん!」
「何だ?」
「教えてください!」
「いいぞ」
即答だった。
紫月。
深月。
「…………」
顔を見合わせる。
「いいんだ……」
「いいみたい……」
沙羅はもうやる気満々だった。
「とりあえず勝田家の霊馬を借りるか!」
にやり。
「ここの霊馬は根性あるから、練習にはちょうどいいぞ!」
紫月と深月が再び顔を見合わせる。
何となく。
嫌な予感しかしない。
◇
「正臣!」
沙羅の大声が響く。
少し離れた場所で生徒たちの修練を見ていた正臣が振り返った。
「どうした沙羅」
「霊馬借りるぞ!」
「霊馬?」
「凛が乗りこなせないから、教えてくれって」
「…………」
正臣の視線が。
沙羅。
凛。
そして後ろにいる。
紫月。
深月へ移る。
二人は。
正臣に向かって。
両手を合わせた。
――すみません。
無言の謝罪。
「…………」
正臣は眉間を押さえた。
「お前ら……」
小声で。
「なんで沙羅に教えさせるんだよ」
「偶然なんっすよ……」
紫月が小声で返す。
「正臣先輩……本当に偶然です」
深月も続ける。
だが。
当の凛は。
「お願いします!」
とても嬉しそうだった。
「…………」
正臣は、その顔を見る。
ため息。
「仕方ない」
「やった!」
「馬番には連絡しておく」
すると。
「正臣先生!」
別方向から晴真が走ってきた。
肩には桜花。
「ん?」
「どうした晴真」
晴真は話を聞いていたらしい。
「沙羅さんが霊馬の乗り方を教えてくれるんですか?」
「ああ」
「僕も教えてほしい!」
「晴真もか!」
沙羅が嬉しそうに笑う。
「よし!」
晴真の肩を叩く。
「二人まとめて見てやる!」
「お願いします!」
「お願いします!」
晴真と凛。
二人揃って頭を下げた。
「よし! 行くぞ!」
「はい!」
「はい!」
三人はそのまま馬小屋へ向かっていった。
「…………」
取り残された正臣。
紫月。
深月。
三人でその背中を見る。
正臣がぼそり。
「……お前らも行け」
「やっぱり?」
「ですよね……」
「頼むぞ、本当に」
正臣は苦笑した。
「沙羅の腕は確かだから、そこは大丈夫だと思うんだけど……」
少し間を置く。
「教え方がなぁ……」
紫月と深月が。
深く頷いた。
◇
勝田家の馬小屋。
そこには何頭もの霊馬が並んでいた。
学園の霊馬とはまた違う。
身体つきの良い。
気性も強そうな霊馬が多い。
「おお……」
晴真が目を輝かせる。
凛も興味深そうに見渡す。
そこへ沙羅が入っていく。
「借りるぞ!」
馬番が頭を下げた。
「若様から伺っております。どうぞ」
「よし」
沙羅は霊馬たちの前を歩き始めた。
一頭。
二頭。
三頭。
「…………」
晴真が気づく。
「あれ?」
「晴真君も?」
凛も同じことを感じたらしい。
沙羅が通るたびに。
霊馬たちが。
すっ。
少しだけ。
後ろへ下がる。
耳を伏せる馬までいる。
「なんか……」
晴真が小声で言う。
「怯えてない?」
「私もそう見えます……」
その後ろで。
紫月と深月は何も言わない。
目だけで会話する。
――やっぱりな。
――ですよね。
沙羅は気にせず進む。
そして。
一頭の霊馬の前で止まった。
大柄。
力強い体躯。
気性の強さが見るだけでも分かる。
美しい紫雲毛。
沙羅の口元が上がる。
「おっ」
霊馬も沙羅を見る。
「良い根性してんな」
一歩近づく。
「こいつにする」
「お待ちください!」
馬番が慌てる。
「ん?」
「その霊馬は――」
恐る恐る言う。
「若様の愛馬、《建速》でございます」
晴真と凛が驚く。
「正臣先生の?」
「はい」
馬番が頷く。
「建速は気性が非常に強く、若様以外を背へ乗せることはまずありません」
そこへ遅れてやって来た紫月が。
「正臣先輩、相変わらず紫雲毛なんだな……」
ぼそり。
深月も建速を見る。
「しかも見るからに気が強そう」
だが。
沙羅は。
「大丈夫だ!」
何の迷いもなく。
建速の真正面へ立った。
「…………」
建速。
沙羅。
互いに。
じっと見る。
「…………」
晴真が息を呑む。
凛も黙る。
というより。
沙羅は見ているのではない。
完全に――
睨んでいた。
不良少年が喧嘩の前に。
相手へ。
――やるのか?
と言わんばかりにガンを飛ばしている。
建速も。
ふんっ!
鼻息を鳴らす。
沙羅を睨み返した。
「…………」
沙羅の目がさらに鋭くなる。
「…………」
建速も負けない。
一人と一頭。
無言。
だが。
明らかに――
勝負していた。
「…………」
やがて。
建速の耳が僅かに動く。
そして。
すっ。
頭を下げた。
「…………え?」
馬番が固まる。
「あの建速が……」
沙羅は満足そうに。
「よし!」
建速の首を叩いた。
「お前、良い馬だな!」
建速が。
ブルルルッ。
嬉しそうに鳴く。
晴真。
凛。
「…………」
二人とも呆然。
深月が沙羅へ声をかける。
「姉御」
「何だ」
「いきなりそれを二人にやらせるのは難しくないですか?」
沙羅が考える。
「そうか?」
「そうです」
「そっか」
沙羅は納得したように頷く。
「じゃあ説明してやるな!」
紫月と深月。
「…………」
二人で顔を見合わせる。
「そうじゃないんだけどな……」
「なんか言ったか?」
沙羅が振り返る。
「いいえ!」
二人同時に首を横へ振った。
◇
沙羅は晴真と凛を前へ立たせた。
「いいか!」
「はい!」
「はい!」
「これは――」
ぐっ。
拳を握る。
「勝負だ!」
「…………」
晴真。
「はい?」
凛。
「勝負……ですか?」
「ああ!」
沙羅は断言した。
「霊馬に舐められたら負けだ!」
後ろで。
紫月と深月が揃って額へ手を当てる。
「やっぱりそうなるか……」
「姉御らしい……」
沙羅は続ける。
「まず自分が乗りたいと思った霊馬の前に立て!」
「はい」
「そして――」
自分の目を指差す。
「霊馬の瞳を見ろ!」
「…………」
「どっちが上か」
ぐっ。
「思い知らせろ!」
晴真と凛は。
顔を見合わせた。
「えーっと……」
晴真が恐る恐る手を上げる。
「正臣先生は――」
「ん?」
「霊馬には礼儀を尽くして、友達になるような気持ちで接するって……」
「ああ!」
沙羅が鼻で笑う。
「そりゃ建前だ!」
紫月が小声で。
「建前ではないと思うけど……」
「黙ってろ!」
「はい!」
沙羅は晴真たちを見る。
「いいか」
少し真面目な表情になる。
「霊馬ってのは、誇り高い生き物だ」
二人は黙って聞く。
「頭が良い」
「人間をよく見てる」
「こいつは信用できるのか」
「こいつに命を預けられるのか」
「自分を任せていい奴なのか」
沙羅は建速の首筋へ手を置いた。
「全部見てる」
晴真が少し表情を変える。
正臣も言っていた。
――霊馬は人を見る。
沙羅が続ける。
「だから――」
建速を見る。
「こっちも本気でぶつかるんだよ」
声は。
先ほどまでより静かだった。
「俺がお前を選んだ」
「だから、お前も俺を認めろ」
「俺がお前を守る」
「だから――」
建速の首を撫でる。
「お前も俺に背中を預けろ」
そして。
晴真と凛を見る。
「そういう勝負だ」
「…………」
二人の表情が変わった。
ただ威圧する。
ただ従わせる。
それだけではない。
まず――
自分が覚悟を示す。
「分かったか!」
晴真と凛。
「はい!」
大きく返事をした。
◇
二人はそれぞれ。
霊馬を選んだ。
晴真の前には。
気性の強そうな黒鹿毛。
凛の前には。
細身だが鋭い眼をした青毛。
二頭とも。
晴真と凛を見る。
「…………」
ふんっ。
鼻を鳴らした。
何となく。
笑われた気がした。
「…………」
晴真の眉が動く。
凛も。
「今……」
「うん」
「鼻で笑われましたよね?」
「俺もそう思った」
二頭の霊馬。
ふんっ。
また鼻を鳴らす。
晴真。
「…………」
凛。
「…………」
なんか――
イラッとした。
晴真が前へ出た。
「凛ちゃん」
「はい」
「沙羅さんの言う通りだ」
いつもの柔らかい表情が。
少し消える。
「これは勝負だ」
凛も頷いた。
「手加減したら――」
「駄目ですね」
二人は。
それぞれ霊馬の前へ立った。
晴真は。
すっ――。
息を整える。
試合の時と同じ。
穏やかな顔から。
真剣な表情へ切り替わる。
じっ。
霊馬を見る。
霊馬も。
晴真を見る。
「…………」
互いに視線を逸らさない。
晴真の頭に。
正臣の言葉が蘇る。
――霊馬は人を見る。
なら。
見てもらえばいい。
自分が。
どういう人間なのか。
晴真はさらに真っ直ぐ。
霊馬を見た。
その瞬間。
瞳の奥に。
金色の桜が――
ふわり。
浮かび上がる。
金桜眼。
霊馬の耳が。
ぴくっ。
動いた。
それでも。
まだ視線を逸らさない。
晴真も。
逸らさない。
「…………」
そして。
とうとう。
霊馬が。
ゆっくりと。
頭を下げた。
「……!」
晴真の顔が明るくなる。
「やった!」
一方。
凛も。
霊馬と真正面から向き合っていた。
「…………」
普段の穏やかな表情とは違う。
凜とした。
厳しい眼差し。
霊馬も強い目で睨み返す。
凛は引かない。
「あなたが私を見るなら――」
小さく。
呟く。
「私も、ちゃんとあなたを見る」
その瞳が。
淡く。
銀色へ輝いた。
「…………!」
霊馬が僅かに反応する。
銀の光。
まだ完全なものではない。
一瞬だけ。
淡く。
瞳の奥を照らしただけ。
それでも――。
霊馬は。
しばらく凛を見つめ。
やがて。
静かに頭を下げた。
「…………」
凛が驚く。
「認めて……くれた?」
後ろで。
沙羅が。
にやり。
「上出来だ!」
◇
「よし!」
沙羅が言う。
「じゃあ乗れ!」
「はい!」
「はい!」
晴真と凛は霊馬へ跨がった。
二頭とも。
先ほどまでとは違い。
暴れない。
だが。
少し身体が硬い。
沙羅が声を飛ばす。
「そこで終わりじゃねえぞ!」
「え?」
「首筋を撫でてやれ」
二人は言われた通り。
そっと。
霊馬の首へ手を伸ばす。
すーっ。
毛並みに沿って。
優しく撫でる。
すると。
ブルルル……。
晴真の霊馬が。
気持ちよさそうに鳴いた。
凛の霊馬も。
僅かに頭を振り。
嬉しそうに鼻を鳴らす。
「…………」
二人の顔が。
自然と笑顔になる。
「かわいい……」
凛が呟く。
晴真も首筋を撫でながら笑った。
「よろしく」
霊馬が鳴く。
それを見た沙羅は。
満足そうに頷いた。
「俺はな」
建速の背へ跨がる。
「学園の騎乗の教え方が、あんまり好きじゃねえんだ」
紫月が嫌な顔をする。
「また始まった……」
「霊馬を友達と思え」
「優しく接しろ」
「信頼関係を築け」
沙羅は肩をすくめる。
「間違っちゃいない」
晴真と凛が沙羅を見る。
「でもな」
建速の首筋を軽く叩く。
「友達だからって、何でもかんでも相手に合わせりゃいいってもんじゃねえ」
「…………」
「霊馬だって生き物だ」
「気が強いやつもいる」
「わがままなやつもいる」
「人を試すやつだっている」
建速。
ブルルッ。
まるで。
誰のことだ。
と文句を言うように鳴く。
「お前のことだよ」
沙羅が笑った。
「だから――」
晴真と凛を見る。
「決めるところは、びしっと決める」
「お前は俺の相棒だ」
「俺はお前を絶対に守る」
「だからお前も俺を信じろ」
「一緒に行くぞって」
沙羅は笑う。
「本気でぶつかりゃいいんだ」
晴真。
凛。
二人とも。
真剣に頷いた。
その横から。
紫月がぽつり。
「……って思ってるの、姉御くらいじゃないですか?」
「何だと?」
沙羅の顔が。
ぴくっ。
紫月。
「あ」
一瞬。
沈黙。
「建速!」
沙羅が手綱を取る。
「行くぞ!」
ヒヒィィン!!
建速が走り出した。
「うわぁぁぁぁ!」
紫月が逃げる。
「冗談ですって!」
「待て紫月ぁ!!」
「ちょっ! 本気で追ってくるなって!!」
ドドドドドドドドッ!!
建速。
速い。
「ぎゃあああああ!!」
晴真。
凛。
ぽかーん。
「…………」
二人がその光景を見る。
深月がため息をついた。
「まあ……」
二人を見る。
「沙羅姉は、ちょっと極端なんだけどね」
「ちょっと?」
晴真が聞く。
「……かなり」
凛が訂正する。
深月は苦笑した。
「でも、言ってること全部が間違ってるわけじゃないよ」
二人の霊馬を見る。
「霊馬を友と思う。それは正しい」
「でも――」
首筋を撫でる。
「甘やかすことと、信頼することは違う」
「霊馬は誇り高い生き物だから」
「この人なら背中を預けても大丈夫」
「この人となら危険な場所へ走ってもいい」
「そう思わせないと駄目なんだ」
晴真と凛は。
自分たちの霊馬を見る。
二頭も。
こちらを見る。
「だから」
深月が笑う。
「びしっと決めるところを決めないと、舐められるっていうのは本当」
「なるほど……」
晴真が頷く。
凛も。
「はい!」
大きく返事をした。
◇
しばらくして。
ドドドドドド――。
沙羅が戻ってきた。
建速の背で。
とても満足そうだった。
「よし!」
「…………」
晴真と凛が。
沙羅の後ろを見る。
離れた場所。
地面の上で。
大の字になって。
紫月が倒れていた。
「はぁ……」
「はぁ……」
完全に。
走り疲れていた。
深月が見て。
「生きてる?」
紫月が親指だけ上げる。
「……何とか」
沙羅はまったく気にしていない。
「じゃあ次!」
晴真と凛を見る。
「騎乗の基本やるぞ!」
「はい!」
「はい!」
「ついてこい!」
◇
そこからの沙羅は――
意外なほど。
細かかった。
「晴真!」
「はい!」
「上半身に力入れすぎ!」
「はい!」
「霊馬が動くたびに身体を固めたら、逆に振り落とされるぞ!」
「力を抜く……」
「そう!」
次は凛。
「凛!」
「はい!」
「手綱を腕だけで引くな!」
「え?」
「手綱で全部命令しようとするから、霊馬と喧嘩するんだ!」
沙羅が建速で横へ並ぶ。
「腰!」
「脚!」
「重心!」
「目線!」
「全部使え!」
「はい!」
「行きたい方向へ身体を向ける!」
「霊馬が動く前に、自分が次の動きを決めろ!」
「はい!」
歩く。
止まる。
曲がる。
速度を上げる。
落とす。
体重移動。
脚の使い方。
手綱の張り方。
騎乗姿勢。
霊馬の呼吸。
歩調への身体の合わせ方。
沙羅は。
一つ一つ。
本当に細かく教えていった。
「晴真!」
「はい!」
「前見ろ!」
「はい!」
「凛!」
「はい!」
「肩に力入ってるぞ!」
「はい!」
「二人とも!」
「はい!」
「霊馬だけを動かそうとするな!」
二人が沙羅を見る。
「一緒に動け!」
「――はい!」
二頭が走り出す。
最初は。
ぎこちなかった。
だが――
少しずつ。
晴真の身体が。
霊馬の動きへ馴染んでいく。
凛も。
最初は上下に揺られていた身体が。
次第に。
霊馬の歩調と合い始める。
「そうだ!」
沙羅が笑う。
「それでいい!」
凛の表情が明るくなる。
「さっきより――乗りやすい!」
晴真も。
「俺も!」
霊馬の首を軽く撫でる。
「お前が動くのを邪魔しないようにすればいいんだな」
ブルルッ。
霊馬が返事をする。
少し離れた場所。
仰向けに倒れたままの紫月が。
晴真たちを見る。
「…………」
息を整えながら。
ぽつり。
「教え方は……あれだけど……」
深月が横へ来る。
「うん」
「やっぱ騎乗は上手いんだよなぁ……姉御」
「悔しい?」
「ちょっと」
二人は笑う。
そして。
修練場では。
「もっと速度上げるぞ!」
「はい!」
「はい!」
沙羅の声。
晴真と凛の返事。
三頭の霊馬が地面を蹴る音が――
午後の勝田家へ響いていた。
桜駆けへ向けて。
二人はまた一つ。
霊馬との付き合い方を――
身体で覚え始めていた。




