第七十四話 結界柱の仕組み
彩による補助札の講義が一段落した頃だった。
「母上」
聞き慣れた声がして、晴真たちが振り返る。
そこには――
立身刀優と刀也が立っていた。
「僕の後輩たち、面白いでしょう?」
刀優が笑いながら歩いてくる。
彩も晴真たちを見渡して微笑んだ。
「本当に面白い子たちね」
その言葉に、晴真は少し照れたように頭を掻く。
だが。
一人だけ。
そんな親子の会話よりも気になっていることがある者がいた。
道満だった。
「刀優先輩!」
「ん?」
「あの結界柱について聞きたいことがあります」
刀優が少し目を丸くする。
「あれ?」
「はい」
道満はすぐさま身を乗り出した。
「あの結界柱から、どうやって術を放っているのですか?」
「ああ――そこか」
刀優は少し考える。
そして突然。
「道満。乾電池って知ってる?」
「…………」
道満が固まった。
「乾……電池?」
晴真が「あっ」と声を上げる。
「そうか。刀優さんも表佐倉で暮らしたことがあるんだ」
「うん」
刀優が笑う。
「刀也と同じ。立身流のしきたりでね」
刀也が腕を組んだ。
「俺も行ったぞ!」
「お前の場合、表で遊んでただけだろ」
「修行もしたわ!」
周囲から笑いが起こる。
彩も懐かしそうに息子を見る。
「良い経験になったみたいなのよね」
「かなりね」
刀優はそう言って、道満へ向き直った。
「ごめん、ごめん。乾電池だったね」
「はい」
「電気って分かるかい?」
道満が少し考える。
「晴真から聞いたことがあります」
そして自分なりの理解を口にする。
「雷の力のようなものを使って、“機械”という道具を動かすのでしょう?」
「だいたい合ってる」
刀優が頷く。
「普通は、その電気を電線っていうものを通して機械へ送るんだ」
道満は真剣に聞いている。
「でもね。電線がない場所で使う物とか、持ち運ぶ機械には――電池っていう物を使う」
「電池……」
「簡単に言えば」
刀優は両手で小さな箱を作るような仕草をする。
「電気を蓄えておく容器みたいな物だね」
その瞬間。
晴真が目を見開いた。
「……もしかして」
凛も同時に気づく。
「結界柱って――」
二人の声が重なる。
「「電池なの!?」」
だが。
裏佐倉育ちの生徒たちは。
「…………?」
まだいまいち分かっていない。
刀優はその反応を見て苦笑した。
「電池っていうより――」
少し考える。
「《霊池》って言った方が分かりやすいかな」
「霊池……」
凛が皆へ説明する。
「つまり簡単に言えば、あの結界柱の中に――最初から霊力が入ってるのよ」
「なるほど!」
秀が声を上げる。
そして道満は――
一気に理解した。
「あれは結界を作る柱であると同時に――霊力を蓄える容器でもあるのか!」
「正解」
刀優が笑う。
しかし道満は止まらない。
「あっ……!」
さらに何かに気づいた。
「しかも結界柱そのものに術式を刻んでいる」
刀優の目が少し細くなる。
「うん」
「ということは――」
道満が結界柱を見る。
「結界柱そのものが、巨大な札でもある!」
「大正解」
刀優が嬉しそうに頷いた。
「さすが道満。飲み込みが早いね」
晴真も結界柱を見る。
「じゃあ……」
霊力を溜めて。
術式を刻んで。
必要な時に発動する。
「札と霊力の容器を一つにした物なんだ」
「そういうこと」
「すごい……」
晴真が感心する。
だが。
美鈴が首を傾げた。
「でも、一つ分からないことがあります」
「何?」
「刀優先輩って――」
美鈴は戦いを思い出す。
「刀で相手を攻撃しながら、結界柱から術を撃ったりしますよね?」
「うん」
「それに相手の攻撃を防ぎながら、別の場所の柱から術を撃ったりもします」
美鈴は首を傾げる。
「どうやってるんですか?」
「…………」
刀優は少し考えたあと。
真顔で答えた。
「僕が天才だからかな」
「えっ」
「…………」
生徒たちが一斉に固まる。
晴真も。
道満も。
凛も。
真顔になった。
「え……」
「そこは才能なんですか……?」
すると。
刀優が吹き出した。
「ごめん。冗談」
「なんだ!」
「びっくりした!」
美鈴が胸を撫で下ろす。
刀優は笑いながら晴真たちを見る。
「みんな――さっき母上に何を教わったんだっけ?」
小夜がすぐ答えた。
「補助術です!」
「そう」
刀優が指を立てる。
そこで秀が気づいた。
「もしかして……」
「うん?」
「補助術で――最初から設定しておく?」
刀優の口元が上がった。
千尋も興味津々で尋ねる。
「いったい、どんな術式なんですか?」
「それは――」
紅葉が道満を見る。
「道満様。分かりますか?」
「そうだな……」
道満が腕を組む。
頭の中で、刀優の戦いを思い返す。
結界柱。
霊力。
術式。
自動発動。
そして――
先ほど彩から教わった補助術。
「まず必要なのは……攻撃術の術式」
「うん」
「そして――発動に関する術式」
「うんうん」
刀優が楽しそうに聞いている。
道満は眉を寄せる。
「それから……」
「…………」
「何だ?」
その時。
晴真がぽつりと言った。
「刀優さんには……反応してなかったよね」
「え?」
晴真は戦いの時の結界柱を思い出す。
「あの柱って、刀優さんが近くにいても術を撃たなかった」
「……!」
樹が気づく。
「認識してるってことか!」
晴真が頷く。
「誰が刀優さんで、誰が敵なのか」
道満の目が大きく開く。
「識別術式……!」
「正解」
刀優が頷いた。
道満が一気に整理する。
「攻撃術」
「発動条件」
「対象識別」
「そして、あらかじめ蓄えておいた霊力」
頭の中で術式が組み上がっていく。
「それらを複合した術式として札へ書き――」
晴真が続ける。
「その札を結界柱に貼り付ける」
「そう」
刀優が頷いた。
「だいたいそんな感じだね」
「おお……!」
生徒たちから歓声が上がる。
刀優は一本の結界柱を取り出した。
「例えば――」
地面へ置く。
「ここに霊力を蓄えておく」
柱の術式が淡く光る。
「次に、この札」
一枚貼り付ける。
「これは《敵と認識した相手が一定範囲へ入ったら火球を放つ》という条件にしてある」
「自動で!?」
「そう」
刀優が柱から離れる。
少し先へ、小さな訓練用式神を置いた。
式神が結界柱の範囲へ入った瞬間。
ピッ――。
柱に刻まれた術式が光る。
ボッ!
火球が飛び出した。
ドン!
式神の手前の地面へ命中する。
「おおっ!」
晴真たちから声が上がった。
刀優が笑う。
「僕が術を発動したわけじゃないよ」
「柱が勝手に……」
凛が驚く。
「そう」
刀優は自分の頭を指した。
「僕が一つ一つ命令しているわけじゃない」
そして結界柱を指差す。
「事前に命令を書いてあるんだ」
道満が呟く。
「術式による――条件発動」
「そういうこと」
美鈴も理解した。
「あっ! だから刀優先輩は剣で戦うことだけに集中できるんだ!」
「その通り」
刀優は嬉しそうに笑った。
「敵がここへ来たら撃つ」
「この柱が攻撃されたら結界を張る」
「僕がこの位置へ移動したら術を止める」
「敵が二人以上入ったら別の柱も起動する」
次々と例を出していく。
晴真たちの表情が変わっていく。
「そんなことまで……」
「できる」
刀優が頷いた。
「だから僕にとって結界柱は――」
腰の刀へ手を置く。
「もう一人の術者みたいなものかな」
「もう一人の術者……」
晴真が呟いた。
刀優自身は剣を振るう。
だが周囲に設置された結界柱は、刀優とは別に判断し、術を発動する。
一人で。
二人。
三人。
場合によっては――
それ以上。
道満の顔に興奮が浮かぶ。
「これは……面白い」
「でしょ?」
「まずは!」
道満が一本の結界柱を見る。
「結界柱そのものへ霊力を蓄えられるようにならなくてはいけませんね!」
「そうだね」
刀優が笑う。
「全部そこから」
「やってみたい!」
晴真が即答した。
「俺も!」
「私も!」
次々と声が上がる。
それを少し離れたところから見ていた彩が、思わず笑った。
「この子たち……」
息子へ近づく。
「なんでこんなに熱心なの?」
「晴真ですよ」
刀優は迷わず答えた。
「晴真君?」
「はい」
刀優は、少し離れた場所で結界柱を手に取っている晴真を見る。
「あいつを中心に人が集まって――」
道満が晴真の隣へ行く。
凛も。
小夜も。
美鈴も。
紅葉も。
いつの間にか全員が一つの結界柱を囲んでいる。
「気づけば、みんな巻き込まれてるんですよ」
彩は晴真を見つめる。
「あの子……」
少し微笑んだ。
「不思議な魅力のある子よね」
「でしょう?」
刀優も笑った。
彩は思い出す。
「お父様が……油断していたとはいえ十五対三で負けたことを、あんなに嬉しそうに話していたもの」
「あれは僕も驚きました」
「負けた話なのにね」
彩がくすくす笑う。
「それに今回も――」
晴真たちが作った札へ視線を向ける。
「この子たちの札からヒントを得て、五行相剋まで完成させてしまった」
刀優が頷く。
「晴真だけじゃないですよ」
「ええ」
「道満も。凛も。小夜も。他のみんなも――」
刀優は晴真たちを見つめる。
「晴真が何か始めると、“じゃあ自分ならどうする”って考え始めるんです」
「なるほどね」
彩は目を細める。
「みんな、あの子に巻き込まれてるのね」
「本当に」
そんな穏やかな会話をしている。
その頃。
当の本人は――。
「これくらいかな?」
晴真が結界柱へ霊力を流していた。
「晴真様」
肩の上の桜花が不安そうに見つめている。
「もう十分だと思います」
「でも刀優さん、霊力を蓄えるって言ってたから」
「だからといって――」
ゴゴゴゴゴ……。
結界柱が震え始めた。
「……晴真君?」
凛が一歩下がる。
「おい晴真」
道満も嫌な予感を覚える。
柱の光が。
どんどん。
どんどん。
強くなっていく。
「なんか光りすぎじゃない?」
美鈴が言った。
「晴真」
刀也も顔を引きつらせる。
「お前、どんだけ入れてんだ?」
「え?」
晴真は首を傾げる。
その瞬間。
ミシッ。
結界柱に亀裂が入った。
「え?」
全員の顔が固まる。
ミシミシミシッ――!
「晴真様!」
桜花が叫ぶ。
「だから入れすぎです!!」
バァン!!
結界柱を覆っていた結界が破裂した。
霊気が一気に吹き出す。
「うわぁっ!?」
晴真たちの髪と服が猛烈な霊気に煽られた。
そして――
静寂。
「…………」
晴真は黒く焦げた結界柱を見る。
「……おかしいな」
刀優が腹を抱えた。
「はははははっ!」
彩も思わず吹き出す。
「ちょ、ちょっと……!」
「結界が破裂するほど霊力を入れるって何だよ!」
刀優が笑い続ける。
「普通、入らなくなるだろ!」
「え?」
晴真が困惑する。
「まだ入りそうだったんですけど」
「それが問題なんだよ!」
「晴真様!」
桜花が頬を膨らませる。
「だからやりすぎです!」
その時。
後ろから声がした。
「何を騒いでいる?」
一同が振り返る。
そこには――
立身刀次郎が立っていた。
「父上!」
刀優が呼ぶ。
彩も笑顔になる。
「あなた」
「彩も来ていたのか」
刀次郎は修練場を見回す。
そして。
壊れた結界柱。
その前に立つ晴真。
周囲で笑っている生徒たち。
状況を見て。
刀次郎は何となく察した。
「……また晴真か?」
「はい」
刀優が即答する。
「いやぁ、父上」
笑いながら言う。
「あの子たち、本当に面白いんですよ」
刀次郎も晴真たちを見る。
道満は壊れた結界柱を調べている。
「晴真。どのくらい流した?」
「分からない」
「分からない量を入れるな!」
凛が怒る。
「次は少し減らしましょう!」
小夜が提案する。
「半分くらいですか?」
「晴真君の半分は多いと思う」
美鈴が即座に否定した。
「十分の一!」
「いや二十分の一からだ」
道満が真剣に答える。
わいわい。
がやがや。
もう次の実験について話し始めている。
刀次郎はしばらくその光景を眺め。
ふっと笑った。
「ああ」
「天才なのか――」
晴真を見る。
「何なんだか分からんな。あいつは」
「本当に」
刀優。
彩。
刀次郎。
三人は顔を見合わせ――
笑った。
その視線の先。
晴真は新しい結界柱を手にしていた。
「今度は少なくするよ」
「晴真様」
桜花がじっと晴真を見る。
「はい」
「本当にですか?」
「うん」
晴真が慎重に霊力を流し始める。
淡い光が灯る。
「これくらいかな?」
ミシッ。
「…………」
桜花が晴真を見る。
晴真も桜花を見る。
「……おかしいな」
「おかしくありません!」
桜花の声が修練場いっぱいに響いた。
再び――
大きな笑い声が起こった。




