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第七十三話 札術の奥深さ


 「それじゃあ――少し変わったものを教えましょうか」


立身彩が、楽しそうに微笑んだ。


晴真たちが一斉に彩へ視線を向ける。


先ほどまで、晴真と道満が三十発もの火球を同時に放つ様子を見ていた彩だったが、今度は自分が札を手に取った。


「道満君。さっき使っていた同時発動用の札、一枚貸してくれるかしら?」


「はい」


道満が札を一枚差し出す。


彩はそれを受け取ると、さらに懐から三枚の札を取り出した。


「道満君から借りた火球の札が一枚。そして、こちらが三枚」


晴真が首を傾げる。


三枚の札には――


すべて同じ術式が描かれていた。


「では、私も同時発動をやってみましょう」


彩が霊力を流す。


まず一枚目。


ぽっ。


彩の頭上に、拳ほどの火球が一つ浮かび上がった。


とても安定した、綺麗な火球だ。


続いて――


残り三枚の札が同時に光る。


「え?」


晴真が目を見開いた。


一つだった火球が――


十。


二十。


三十。


見る見るうちに増えていく。


最終的に。


最初の一つを含めて――


三十一個。


「いきますよ」


彩が軽く指先を振った。


ドドドドドドドドッ!!


三十一個の火球が一斉に飛び、並べられていた的へ次々と命中した。


爆ぜる炎。


響き渡る轟音。


そして――


静寂。


「…………」


「…………」


晴真も。


道満も。


凛も、小夜も、美鈴も。


その場にいた生徒たちは、全員呆気に取られていた。


晴真が彩の手元を見る。


札は――四枚。


「……四枚ですよね?」


「そうよ」


「なのに……三十一個?」


晴真が呟く。


隣で道満も目を丸くしていた。


「なんでですか?」


「どうしてそうなるんです?」


周囲の生徒たちもざわつき始める。


彩は、その反応が面白いのか少し笑った。


「これは四枚同時発動。昔の発動方法でやっていた頃は、かなり高度な技術だったんだけどね」


彩は三枚の札を持ち上げる。


「でも――晴真君が考えた、新しく霊脈を繋げる発動方法なら、ずっと簡単にできるの」


「俺の?」


「ええ」


彩は札を指で挟んだ。


「この三枚はね――《増殖》の術式が書かれた札なの」


「増殖……」


凛が呟く。


「元となる術を、複数に増やすための補助術よ」


彩は先ほど使った火球を指差した。


「普通の火球の札なら、一枚につき二つか三つ増やせれば十分。でも――」


にこり。


「晴真君が考えた火球の札なら、一枚で十個くらいまで増やせる」


「十個……」


道満の目が輝いた。


もう完全に術式研究者の顔になっている。


「どうしてですか?」


「晴真君の方式は、術ごとに独立した霊脈を作って流すでしょう?」


「はい」


「だから増殖の札に、必要な分だけ霊力を分けて送り込めるの」


彩は指を一本立てる。


「ただし、限界はあるわよ」


「霊力量ですか?」


晴真が尋ねる。


「それもある。でも一番大きいのは――」


彩は晴真の胸元を指した。


「霊脈操作」


「霊脈……」


「十個の火球を維持するなら、それに合わせた太さと本数の霊脈が必要になる。だから、あと何本同時に霊脈を操作できるか。それによって上限は決まると思うわ」


「なるほど……!」


晴真と道満が同時に身を乗り出した。


「じゃあ増殖札を増やせば――」


「いや待て晴真。増殖札同士を連鎖させた場合は?」


「それだ!」


「でも霊脈が足りなくなるかも」


「だったら一本を枝分かれさせて――」


「それだと霊質が落ちる可能性が――」


二人だけで猛烈な勢いで話し始める。


美鈴が苦笑した。


「始まった……」


凛も笑う。


「完全に二人の世界ですね」


彩は、そんな二人を楽しそうに眺めてから手を叩いた。


「はいはい。それはあとで研究するとして――次」


「はい!」


晴真と道満が同時に返事をする。


◇


彩は今度、二枚の札を取り出した。


「普通の火球札。そして、こちらは少し上級の札」


再び火球札へ霊力を流す。


ぽっ。


頭上高くに、一つの火球が生まれた。


大きさは先ほどより少し大きい


人の頭ほどの


だが非常に安定している。


「ここからよ」


彩が二枚目の札へ霊力を流した。


すると――


ボッ。


「えっ?」


火球が膨らんだ。


さらに。


ボボボボッ――!!


見る見るうちに巨大化していく。


最初は人の頭ほどだった火球が、上半身ほどに


さらに――


人一人を包み込めるほどの巨大な火球へ変わる。


「いきます」


彩が放つ。


巨大火球が一直線に飛び――


ズドォォォン!!


修練場が震えた。


「うわっ!?」


「でかっ!」


生徒たちから声が上がる。


彩は何事もなかったように振り返った。


「これは《拡大》の術」


晴真が目を輝かせる。


「術そのものを大きくするんですか?」


「そう」


彩は頷いた。


「晴真君みたいに、最初から巨大火球になるよう術式を書いて放つ方法ももちろんある。でも――」


人差し指と親指の間を広げたり縮めたりしながら笑う。


「自分で大きさを変えられる方が面白いでしょう?」


「面白いです!」


即答だった。


「でしょう?」


彩も嬉しそうだ。


「ちなみに、この術を考案したのは春花さんよ」


「春花さんが?」


小夜が春花を見る。


春花は少し照れたように笑った。


「もともとは式神用に考えたものです」


「式神?」


「そう」


彩が説明を続ける。


「仙童って、本来はもう少し小さい式神なの」


みんなの視線が仙童へ向いた。


現在の姿からは、とても“小さい式神”という印象はない。


「でも、小さいままだと戦闘では不利になるでしょう? だから春花さんが拡大の術を使って、大きくしたの」


「ええっ!?」


声が揃った。


小夜が質問する。


「じゃあ式神も大きくできるんですか!?」


「できるわよ」


彩はあっさり答えた。


「ただし、式神の格によって必要な霊力は変わる。格の高い式神ほど、大きくするには大量の霊力が必要になるわね」


そこで彩は晴真を見る。


「まあ――晴真君くらい霊力があるなら話は別でしょうけど」


「俺ですか?」


「春花さんみたいに、晴真君の霊力を使って身体を維持することもできるでしょうね」


晴真は何気なく桜花を見る。


「そういえば……」


全員の視線が、晴真のそばにいる桜花へ向いた。


「桜花って最初……膝くらいの高さじゃなかった?」


美鈴が言った。


「…………」


晴真も桜花を見る。


桜花も自分の身体を見る。


「……大きくなりましたね」


「なってるな……」


「晴真様の霊力をたくさん頂いておりますので」


桜花が当然のように答える。


一同。


「「「やっぱり!!」」」


修練場に笑い声が広がった。


◇


「じゃあさ」


美鈴が手を上げる。


「拡大があるなら――縮小もあったりして」


彩が即答した。


「もちろんあるわよ」


「あるんだ!」


学が不思議そうに尋ねる。


「でも、小さくする必要ってあるんですか?」


「あるわよ」


彩は笑う。


「例えば攻撃術を小さくする。威力や攻撃範囲を抑えて攻撃できるようにする」


「なるほど」


「でも――」


彩が自分を指差した。


「もっと面白い使い方もあるわ」


晴真が気づく。


「……自分自身?」


「正解」


「人間にも使えるんですか?」


「もちろん。むしろ元々は、そのために考えられた術よ」


「え?」


美鈴が想像する。


「じゃあ……敵に囲まれてる時、いきなり自分を小さくしたら――」


凛が続ける。


「相手からすると、一瞬消えたように見える……?」


「そういうこと」


彩が微笑む。


道満が尋ねた。


「これも春花さんが?」


「そうよ」


「じゃあ、拡大と縮小を両方?」


「だって拡大だけだったら――」


彩が春花を見る。


春花が笑った。


「元の大きさに戻れませんから」


一瞬。


沈黙。


そして。


「確かに!」


みんなが笑った。


その中で。


樹だけが真剣な顔をしていた。


「……俺、縮小と拡大、絶対覚えよう」


「なんで?」


学が尋ねる。


樹は少し目を逸らした。


「…………別に」


樹は少し背が低いことを気にしている。


それに気づいた美鈴が、ニヤリとした。


「へぇ~?」


「なんだよ!」


再び笑い声が起こった。


◇


ひとしきり笑ったあと。


彩が手を叩く。


「じゃあ次。雷撃の矢が得意な人」


晴真。


道満。


凛。


詩織。


天音。


蘭。


六人が手を上げた。


彩は横にいた雅を見る。


「雅。あなたもやりなさい」


「えっ、私も?」


「もちろん」


「でも私、まだ術をまともに使えるようになったばかりですよ?」


「だから練習するの」


雅は困った顔をした。


彩は少し考えると――


さらさらさら。


二枚の札へ、その場で術式を書き込んだ。


「はい」


「これ……?」


「雅でも発動しやすいように簡略化しておいたわ」


「そんな簡単に……」


道満が札を覗き込む。


「術式を書き換えた……?」


彩は雅の横へ立ち、霊力を流す場所や発動するタイミングを細かく教えていく。


「最初はこちらへ流して。術が形になった瞬間に、こっち」


「はい」


「同時じゃなくていいわ。ほんの少しずらして」


「分かりました」


準備が整ったところで。


彩は全員を横一列に並ばせた。


正面には七つの的。


「今から――誰の《雷撃の矢》が一番早く的へ到達するか競争します」


「やったぁ!」


天音が声を上げる。


そして道満を見る。


「道満君、勝負よ!」


「ああ。受けて立とう」


「札術の話になると急にそういう感じになるよね、道満君」


天音が笑う。


道満は気にせず札を構えた。


彩が片手を上げる。


「いい? 私が“始め”と言ってから、術を発動して的へ当たるまで。それで勝負よ」


全員が構える。


静寂。


「――始め!」


次の瞬間。


道満の札が真っ先に光った。


バチッ!!


「速い!」


術式構築。


霊力の流入。


発動。


その全てが段違いに速い。


道満の雷撃の矢が真っ先に飛び出す。


その直後。


天音。


晴真。


凛。


詩織。


蘭。


ほぼ同時に雷光が走った。


雅だけは――


「えっと……ここから……!」


まだ不慣れなため、一拍遅れる。


バチッ!


ようやく雷撃の矢が発動した。


すでに他の六本は前方を飛んでいる。


雷撃の矢そのものの速度には、それほど大きな差はない。


霊質によって若干の違いはある。


だが――


基本的には同じ術だ。


当然。


最初に発動した道満が先頭。


――のはずだった。


その時。


雅の手にある。


二枚目の札が光った。


バチィィッ!!


「え?」


雅の雷撃の矢が――


消えた。


いや。


違う。


加速した。


後方にいたはずの一本の雷撃が、一瞬で他の六本へ追いつき――


追い抜いた。


「なっ!?」


道満が目を見開く。


ズバァン!!


最初に的へ突き刺さったのは――


雅の雷撃の矢。


一瞬遅れて。


道満。


天音。


晴真。


凛。


詩織。


蘭。


次々と的へ命中する。


そして雷光が消えた。


「…………」


雅自身が一番驚いている。


「……私?」


手には二枚の札。


道満が即座に彩を見る。


「今の、なんですか!?」


天音も詰め寄る。


「なんで雅ちゃんの術だけ、あんな速かったんですか!?」


「ごめんね」


彩は悪戯っぽく笑った。


「雅には《雷撃の矢》と――もう一つ術を発動させてもらったの」


晴真が尋ねる。


「もう一つ?」


彩は雅の二枚目の札を示す。


「《疾走》の術」


「疾走……?」


「術を加速させる補助札よ」


晴真が目を見開く。


道満も雅の札を凝視していた。


彩は説明する。


「雷撃の矢って、実は誰が使っても飛翔速度にはそこまで大きな差が出ないの」


「はい」


「もちろん霊質や術式の精度で多少は変わる。でも――」


彩は指を鳴らした。


「《疾走》を重ねると、こうなる」


先ほどの光景を思い出し。


晴真たちは一斉に雅を見る。


「……一番遅く発動したのに」


凛が呟く。


「一番早く着いた……」


「そういうこと」


彩が頷いた。


「今日は競争だから、ちょっとした遊びだけどね」


そして。


少しだけ表情を変えた。


「でも実戦なら?」


全員が黙る。


「敵と同時に術を放った時――自分の術だけが先に届く」


道満が答えた。


「それだけで……優位を取れる」


「そう」


彩が微笑む。


そして手にした札を見た。


「札術を学ぶ人はね――どうしても派手な術を好むの」


巨大な炎。


激しい雷。


広範囲を吹き飛ばす風。


強大な結界。


高等な術。


「もっと威力の高い術を」


「もっと難しい術を」


「もっと強い術を」


彩は首を横に振る。


「でも私は――それだけが札術だとは思っていない」


晴真たちが彩を見る。


「初級の術でも」


彩が《雷撃の矢》の札を持ち上げる。


続いて。


《疾走》の札。


「こうやって補助札を組み合わせれば、使い方はいくらでも広がる」


さらに。


《増殖》


《拡大》


《縮小》


いくつもの札が彩の指の間へ並ぶ。


「一つの術を強くする必要なんてない」


「増やしてもいい」


「速くしてもいい」


「大きくしてもいい」


「小さくしてもいい」


「形を変えてもいい」


「別の術と繋げてもいい」


彩は楽しそうに笑った。


「それが――札術の面白いところよ」


「…………」


晴真は自分の札を見る。


道満も。


凛も。


周囲の生徒たちも。


それぞれが考え始めていた。


その時。


「あっ!」


美鈴が声を上げる。


「それって――刀優先輩の戦い方と似てません?」


彩が嬉しそうに笑った。


「そうね」


「刀優は、派手な奥義を連発するタイプじゃない。小さな札を何枚も使って、相手の動きをずらしたり、止めたり、誘導したりするでしょう?」


「はい!」


「一つ一つは大した術じゃない。でも――」


彩が目を細める。


「組み合わせれば、とても厄介になる」


その後も彩は次々と補助術を紹介していった。


術を曲げる札


飛距離を伸ばす札


発動位置をずらす札


霊力消費を抑える札


術の軌道を途中で変える札


生徒たちは、食い入るようにその話を聞いていた。


特に――


晴真


道満


凛


三人は完全に夢中になっている。


少し離れた場所では。


ミヅチ


銀花


春花


三人がその様子を眺めていた。


銀花が静かに微笑む。


「彩様は、本当に札術がお好きでしたからね」


「小さい頃から、いろいろ試していましたもの」


春花も頷く。


「派手さに気を取られず、札術の本質と奥深さを理解している方です」


すると


春花がちらりと隣を見る。


「……師匠のミヅチ様は、派手な術がお好きですけどね」


「むっ」


ミヅチが眉を上げた。


「それは人それぞれじゃろう」


そして胸を張る。


「妾は派手な方が似合うからな!」


春花が吹き出す。


「ふふっ」


銀花も口元を隠して笑った。


「そうですね」


「何じゃ、その笑いは!」


三人の前では。


若い陰陽師たちが札を手に取り。


ああでもない。


こうでもない。


と話し始めている。


晴真の新しい霊脈操作。


道満の術式構築。


彩が示した補助札。


今まで別々だった発想が――


少しずつ繋がっていく。


ミヅチはその光景を眺めながら。


満足そうに目を細めた。


自分たちが積み上げてきた術を。


若者たちがそのまま受け継ぐ必要などない。


そこから何かを見つけ。


変え。


組み合わせ。


そして――


また新しい術を生み出していけばいい。


銀花も。


春花も。


同じことを思っていた。


彩の理論から。


この若者たちが――


今度は何を見つけ出すのか。


それを三人は。


少し楽しみにしていた。

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