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第七十一話 広がる朝修練


 翌朝


まだ空が白み始めたばかりの時間。


勝田家の修練場には、すでに一年一組の生徒たちが集まっていた。


その中央


晴真は背筋を伸ばし、静かに目を閉じている。


すぅ――


ゆっくりと息を吸い。


静かに吐く。


意識を外ではなく、自分の内側へ向ける。


まずは丹田


そこに蓄えられた霊力を感じる。


次に霊門


そこから霊脈を通し、霊力をゆっくり全身へ巡らせる。


腕


指先


脚


足先


そして再び――丹田へ。


一周


また一周


速くする必要はない。


大量の霊力を流す必要もない。


ましてや、技を使う必要もない。


大切なのは


――今日の自分は、どういう状態なのか。


それを知ることだった。


昨日より流れの悪い場所はないか。


霊脈に詰まりはないか。


丹田へ余計な力が入っていないか。


霊門の開き方は自然か。


霊力がどこかへ偏っていないか。


晴隆から晴真へ教えられた朝の瞑想。


その目的は、一つ


一日の始まりに、自分の霊力を知り、整えること。


武術でも


札術でも


結界術でも


式神術でも


霊力を扱う以上、その土台は同じだ。


だから今では


一年一組の誰もが、自分の得意分野に関係なく。


朝だけは同じように、自分自身の霊力と向き合っていた。


晴真の隣には


道満


凛


小夜


紅葉


その向こうには


刀也


迅


与一


豪太


隼人


美鈴


綾女


樹


千尋


普段なら朝から元気いっぱいの刀也まで。


「…………」


今日は静かに目を閉じている。


迅も


美鈴も


誰一人として喋らない。


静かな朝の空気の中


一年一組の呼吸だけが、ゆっくりと重なっていた。


◇


やがて


晴真がゆっくり目を開けた。


「ふぅ……」


ほぼ同時に


道満


凛


二人も目を開く。


三人は朝の瞑想にもすっかり慣れていた。


自分の状態を整え終えると、自然とまだ続けている仲間たちへ目が向く。


晴真は刀也の横へ移動した。


「刀也」


「…………」


返事がない。


「刀也?」


「…………」


道満が目を細める。


「寝てないだろうな」


「寝てねぇ!」


刀也が目を閉じたまま反論した。


凛が苦笑する。


「今ので完全に集中が切れましたけどね」


「うっ……」


晴真も笑いながら、刀也の呼吸を見る。


「刀也、さっきから呼吸が少し速いよ」


「そうか?」


「うん。霊力を回そうとしすぎてる」


晴真は自分の丹田へ手を当てた。


「朝は速く巡らせる修練じゃないから」


「丹田から出して」


「身体を一周させて」


「ちゃんと戻ってくる」


「その流れがいつも通りか確認するだけでいいよ」


「……こんな感じか?」


刀也の呼吸が少しずつ穏やかになる。


晴真が頷いた。


「そうそう」


その近くでは。


凛が美鈴へ声をかけていた。


「美鈴」


「はい?」


「右肩の辺りで、少し霊力が乱れています」


美鈴が右肩を見る。


「ここ?」


「はい。昨日、札を投げる動きを繰り返していましたよね?」


「ああ……それかも」


美鈴は肩を軽く回す。


「じゃあ今日は、右肩を気にしておいたほうがよさそうね」


「そうですね」


凛が頷く。


「朝のうちに分かっていれば、無理をする前に調整できますから」


「なるほど」


一方。


道満は樹の前にしゃがみ込んでいた。


「樹」


「何?」


「全身へ流した後だ」


「丹田へ戻すところで霊力が散っている」


「えっ?」


「出すところだけ意識するな」


道満が自分の腹を指す。


「戻ってくるところまでで一周だ」


「……分かった」


「もう一度やってみろ」


「うん」


それぞれ違う場所で


晴真


道満


凛


三人が仲間へ助言する。


教えているのは新しい術でも


強い技でもない。


ただ


自分の状態を、自分で気づけるようにすること。


それだけだった。


けれど


一日の修練を始める前だからこそ。


その「それだけ」が


何より大切だった。


◇


そんな一年一組を


修練場の端から眺める者たちがいた。


御堂晴隆


麻賀多道秀


麻賀多道継


立身刀斎


道秀が感心したように目を細める。


「晴隆」


「お前が晴真に始めさせた朝の瞑想」


修練場へ視線を向ける。


「今では、あの子たち全員がやっておるようだな」


晴隆が髭を撫でた。


「そうみたいじゃのう」


どこか嬉しそうだった。


「朝っぱらから技を増やす必要などない」


「身体と霊力を整えて」


「今日の自分が昨日とどう違うのかを知る」


「それだけで十分じゃ」


「なるほど」


道秀も頷く。


「だから、剣を使う者も札を使う者も同じことをしているのか」


「うむ」


「何を得意としていようが、霊力を使うことに変わりはないからの」


二人は。


もう一度、生徒たちを見る。


しばらくして。


道秀がぽつり。


「……真面目だな」


「本当じゃ」


そして。


二人は顔を見合わせた。


「…………」


「…………」


道秀が笑う。


「わしらが学生の頃なら、絶対やらんな」


「そりゃあ、するわけないじゃろう」


道継が思わず振り返った。


「そこは胸を張るところではありませんよ」


「はっはっは!」


晴隆が笑う。


すると刀斎が鼻を鳴らした。


「特に晴隆」


「お主はサボることばかり考えておったからな」


「なんじゃ、刀斎兄」


晴隆が嫌そうな顔をする。


「昔の話を持ち出さないでください」


「事実だろう」


そのまま


昔話に火がついた。


授業を抜け出した話。


修練をさぼった話。


それなのに試験になると妙に成績が良かった話。


道秀まで昔の失敗談を持ち出し始め。


いつの間にか


朝の修練を見守っていたはずの重鎮たちが。


学生時代の思い出話で盛り上がっていた。


道継だけが


少し呆れた顔で呟く。


「……皆様にも、こういう学生時代があったのですね」


◇


そんな大人たちとは対照的に。


生徒たちの瞑想は、まだ続いている。


そこへ


「晴真君」


声がかかった。


晴真が振り返る。


「はい?」


麻賀多道隆


その隣には道香もいた。


道隆は並んで座る一年一組を見渡す。


「君たちは、学園でも毎朝これを?」


「はい」


晴真が頷く。


「平日の朝は、だいたい毎日やってます」


「毎朝か」


「はい。その日の霊力の状態を確認しておくと」


晴真は笑う。


「授業でも修練でも、結構違うんですよ」


「なるほど……」


道隆が感心していると


後ろから笑い声がした。


「朝の瞑想自体はいいんだけどな」


刀姫だった。


「問題は、その後だ」


「え?」


晴真が振り返る。


刀姫は


男子一号室の面々を見る。


晴真


刀也


迅


与一


「瞑想が終わるだろ?」


「はい」


「今日は調子がいいと分かる」


「はい」


「すると、そのまま追加で修練を始める」


「…………」


四人


目を逸らした。


刀姫が指を差していく。


「刀也は木刀」


「迅は走り込み」


「与一は弓」


そして


最後に晴真。


「晴真は、その日によって何を始めるか分からない」


「ええっ!?」


「否定できるか?」


「…………できません」


「だから部屋へ戻るのが遅くなる」


「朝飯も急ぐ」


「着替えもぎりぎり」


刀姫は腰へ手を当てた。


「結果、毎回のように遅刻しかける」


「…………」


四人


沈黙


道隆が思わず吹き出した。


「なるほど」


「そこまで含めて黒桜寮らしいな」


「笑い事じゃありませんよ」


刀姫が苦笑する。


「瞑想は続けていい」


「だが、その後の追加修練はほどほどにしろ」


「「「「はい……」」」」


周囲から。


小さな笑い声が上がった。


◇


その笑い声の向こうで


道香は弟の姿を見ていた。


瞑想を終えた高崎秀へ


道満が声をかけている。


「今日は昨日より右側の流れがいい」


「本当?」


「ああ。ただ、丹田へ戻す時だけ力む癖が残っている」


「そこだけ気をつけろ」


「分かった」


「無理に直そうとしなくていい」


道満が言う。


「まずは、自分で『今力んでいる』と分かるようになれ」


「うん!」


道香の表情が


柔らかくなる。


以前なら


自分よりできない相手へ


道満がここまで丁寧に付き合っただろうか。


その視線に気づいた道継も


静かに弟を見る。


「道満が黒桜寮に入ったと聞いた時は」


小さく笑った。


「正直、驚きました」


道隆も頷く。


「私もです」


黒桜寮


そこで道満が出会った。


晴真


刀也


凛


迅


与一


小夜


紅葉


そして


一年一組の仲間たち。


道継は


そんな生徒たちの輪を見る。


「ですが」


穏やかに笑った。


「今は、良い友人に恵まれて」


「本当に良かったと思います」


「はい」


道隆も


嬉しそうに頷いた。


◇


やがて


朝の静かな修練場へ


別のクラスの生徒たちも姿を見せ始めた。


昨日


一年一組が朝から何かをしていると聞いた者。


あるいは


今朝、偶然その姿を見た者。


三組


四組


五組


寮も


家柄も違う生徒たちが。


少しずつ集まってくる。


けれど


やることは同じだった。


走り込みではない。


素振りでもない。


術の練習でもない。


ただ座り


自分の中を見る。


その日の自分を知る。


それが


一年一組の朝修練だった。


その中に。


「晴真君」


聞き覚えのある声


晴真が振り返る。


そこには。


神門雅


そして神門蘭


「あ!」


晴真が笑う。


「雅君――」


そこで。


昨夜のことを思い出す。


一瞬。


言葉を止め。


「あ……」


雅も。


少し身構える。


晴真は考えた末。


にこっと笑った。


「雅ちゃん!」


「――っ!?」


雅の肩が跳ねた。


「ちゃん……」


顔が。


少し赤くなる。


晴真が心配そうに聞く。


「嫌だった?」


「い、いや!」


雅は慌てて首を振った。


「嫌じゃない!」


「じゃあ、よかった」


晴真は安心したように笑う。


そのまま


二人へ手招きした。


「雅ちゃんも、蘭さんも」


「一緒にやらない?」


「瞑想?」


「うん」


晴真は雅を見る。


「特に雅ちゃんは、昨日霊脈の状態を変えたばっかりだから」


「朝に一回、確認したほうがいいと思う」


「確認?」


「丹田から霊力を出して」


「霊門を通して」


「霊脈から全身へ」


晴真が指で円を描く。


「それから丹田へ戻す」


「昨日広げた霊脈が変に細くなってないか」


「霊圧が強くなりすぎてないか」


「逆に、また抜けすぎてないか」


「毎朝見ておけば、変化に気づけるから」


「…………」


雅は自分の胸元へ手を置いた。


昨日まで


自分の中で何が起きているのか。


ほとんど分からなかった。


だからこそ


今の自分を知ること。


それは


今の雅にとって


何より必要なことだった。


「やる」


雅が頷く。


「教えて」


「うん!」


晴真が笑った。


その瞬間


きゅっ


雅の胸が締めつけられた。


「…………っ」


思わず


胸元を押さえる。


――あれ?


昨日知った霊圧とは違う。


丹田でもない。


もっと上


胸の奥


「これも……霊圧?」


「え?」


晴真が首を傾げる。


「な、何でもない!」


雅の顔が


一気に赤くなった。


その横


蘭だけが


雅を見て


ふっと


意味ありげに微笑んでいた。


◇


晴真は


雅と蘭の前へ座った。


「まずは丹田を感じて」


「いきなり霊力を動かそうとしなくていいよ」


二人も目を閉じる。


「雅ちゃん」


「昨日広げた霊脈を」


「そのまま維持しなきゃって考えなくていいからね」


「え?」


「朝の目的は、霊脈を太くすることじゃないから」


晴真が穏やかに言う。


「今の身体にとって」


「自然に霊力が流れる状態を探すんだ」


「……分かった」


雅が呼吸を整える。


晴真は


少しだけ近づき


その呼吸と霊力の流れを見る。


「うん」


「そのまま」


「今、すごくいいよ」


「…………!」


雅の霊力が


ぶわっ


「…………」


「あれ?」


晴真が首を傾げる。


「急に乱れた」


「な、なんでもない!」


「?」


そんな二人を


少し離れた場所から


小夜が見ていた。


「…………」


それまで


静かに整っていた。


小夜自身の霊力が


ほんの少し


揺れる


「小夜?」


隣にいた凛が気づく。


「今、一瞬乱れましたよ」


「……そうですね」


「何かありました?」


「いえ」


小夜は目を閉じ直した。


「何でもありません」


けれど


「雅ちゃん、今の流れいいよ!」


「本当?」


「うん!」


晴真の声が聞こえた途端。


また


ほんの少し


霊力が揺れた。


「…………」


小夜自身が


その理由を


まだ分かっていなかった。


◇


その少し離れたところでは


道満が蘭を見ていた。


「蘭」


「はい」


「呼吸が浅い」


「霊力が上半身へ偏っているぞ」


「あ……」


「丹田まで戻せ」


道満も


晴真と同じように説明する。


「朝は霊力を増やす時間じゃない」


「一周させて」


「元の状態へ戻せればいい」


「はい」


蘭が呼吸を整える


しばらくして。


「こうですか?」


「ああ」


道満が頷いた


「そのくらいでいい」


その様子を


紅葉が


じっと見ていた。


「…………」


ふわり


自分の霊力が揺れる


「……?」


紅葉が眉を寄せた


朝の瞑想中に


こんなふうに心まで乱れることは


滅多にない


道満が誰かへ教えていることも


別に珍しくない。


なのに


「そうだ」


道満が蘭へ言う。


「今のは上手い」


「…………」


また


揺れた。


「紅葉?」


今度は凛が気づいた。


「あなたも?」


「え?」


凛は


小夜


紅葉


二人を交互に見る。


「……いえ」


少し考え


「何でもありません」


「?」


紅葉は


釈然としないまま


再び目を閉じる。


――今


――何に心が乱れたのでしょう。


自分の霊力が揺れた原因


それを知ることも。


ある意味


「今の自分を知る」という。


朝の瞑想の目的なのかもしれなかった。


◇


雅と蘭が加わったことで


興味を持っていた他の生徒たちも


一人


また一人


一年一組の輪へ入ってきた。


その中には。


岩富奉先


岩富舞桜


将門愛理


下勝田武尊


上勝田詩織


七曲響。


三組の面々もいる。


奉先は


瞑想を終えた一年一組を見ながら


晴真へ尋ねた。


「一組は」


「いつも全員で、これをやっているのか?」


「うん」


晴真が頷く。


「最初は何人かだけだったけど」


「チーム研修の発表が終わった頃から」


「みんなでやるようになったんだ」


「そうか……」


奉先の表情が


少しだけ曇る。


晴真は


その変化に気づいた。


三組も


弱いわけではない。


奉先


舞桜


愛理


武尊


詩織


蘭


響


一人一人を見れば


優秀な生徒は多い。


ただ


一組のように。


全員が自然と集まり。


同じことをするような空気は


まだ生まれていなかった。


それは


以前のチーム研修でも


はっきり表れていた。


奉先は


瞑想を続ける一組を見て。


何か考え込んでいる。


晴真は少し迷った後。


笑った。


「奉先もやってみる?」


「……いいのか?」


「もちろん」


「別に一組だけの修練じゃないし」


晴真は


自分の隣を指す。


「朝に自分の状態を知っておけば」


「その後の修練にも役立つよ」


「…………」


奉先は少し考え


そして


静かに座った。


「なら」


「少し教えてくれ」


「うん!」


それを見た舞桜が


「では妾もやるのじゃ」


愛理も


「私も」


武尊


詩織


響


次々に座り始める。


気づけば


一年一組から始まった輪が。


少しだけ


大きくなっていた。


◇


しばらくして


全員が朝の調律を終える。


それまで静かだった修練場にも。


少しずつ


いつもの賑やかさが戻ってきた。


そんな時だった。


七曲響が


少し離れた場所を見て。


「あのさ」


声を上げる。


「あいつ――」


一拍。


「ヤバくない?」


「え?」


晴真が振り返る。


「誰?」


響が指差した。


「西御門蒼空!」


少し離れた場所


木々の間


西御門蒼空が


根郷宗時から隠遁術を教わっていた。


いや


正確には


隠れようとしては


ことごとく見破られていた。


「そこだ」


宗時の声


木陰から


蒼空が顔を出す。


「……なんで分かったの?」


「気配が残っている」


「結構消したんだけど」


「まだ甘い」


「もう一度」


「はい……」


響が


信じられないものを見るような顔をする。


「な?」


「根郷宗時様から」


「直々に稽古をつけてもらってるんだぞ!」


「えーっと……」


晴真が首を傾げる。


「そんなにすごいことなの?」


「すごいに決まってるだろ!」


響が思わず叫んだ。


隼人が苦笑しながら。


晴真へ説明する。


「綾女の父上はな」


根郷綾女を見る。


「忍びの世界でも、頂点にいるような方なんだよ」


「父上をそんな大袈裟に……」


綾女が


少し照れたように俯く。


迅も会話へ加わった。


「まあでも」


「響の親父さんの七曲響明さんと」


「綾女の親父さんの根郷宗時さん」


少し考え


「忍びの世界の親分みたいなもんだよ」


「なんだよ親分って!」


隼人がすぐに突っ込む。


「分かりやすいだろ?」


「雑すぎる!」


思わず


綾女まで笑った。


ひとしきり笑った後。


隼人は改めて言う。


「でも」


「あの方から直に教わるのがすごいっていうのは本当だ」


晴真が綾女を見る。


「綾女ちゃんは?」


「お父さんから直接教わってたんじゃないの?」


「いいえ」


綾女は首を振る。


「私には教育係がいました」


「そうなんだ」


響も頷く。


「俺も似たようなもんだ」


「親父から直接教わったのは」


「家の秘伝とか」


「特別な術くらいだな」


迅が腕を組んだ。


「俺たちみたいな分家筋だと」


「親から直接教わるほうが普通なんだけどな」


「頭領筋となると違うってことか」


晴真が感心する。


「へぇ……」


その横。


道満は。


蒼空をじっと見ていた。


「それにしても」


「蒼空は、かなり伸びるだろうな」


「どうして?」


晴真が聞く。


「蒼蛇眼だ」


道満が答える。


「見える情報量が普通とは違う」


「術も」


「身体の動きも」


「構造も」


「見た情報を理解できるだけの頭もある」


再び。


宗時の教えを受ける蒼空を見る。


「きっと」


「何でもできるようになるぞ」


「…………」


綾女も。


父と蒼空を見る。


宗時は。


蒼空が少し上手く姿を消すたび。


僅かに口元を緩めていた。


「父上が……」


「ん?」


晴真が見る。


綾女が。


少し意外そうに言う。


「人に教えている時」


「あんなに楽しそうなの」


「初めて見ました」


響も笑う。


「あいつ」


「完全に気に入られてるな」


◇


蒼空の話から。


自然と。


同学年の忍びたちの話になった。


その中で。


響が何かを思い出す。


「あ」


「そういえば」


「もう一人いるぞ」


「一人?」


晴真が尋ねる。


響は頷いた。


「同学年の忍びで」


「かなりすごい奴」


迅。


隼人。


綾女も。


響を見る。


「誰だ?」


「風間琥太郎」


「!」


晴真が反応した。


「琥太郎君?」


「知ってるのか?」


「うん!」


晴真が笑う。


「式神バスで裏佐倉に来た時に知り合ったんだ!」


入学式の日。


表佐倉から裏佐倉へ向かった。


あの式神バス。


そこで出会った少年。


風間琥太郎。


響が説明する。


「二組」


「白桜寮」


「表佐倉出身」


すると。


刀也も思い出した。


「あいつ確か」


「表佐倉じゃ有名な忍びの末裔だったよな?」


「あ!」


晴真も思い出す。


「風魔小太郎!」


「そう、それだ!」


刀也が指を鳴らした。


迅の目が


僅かに変わる。


「風魔の末裔か」


隼人も。


「それで風間……」


綾女も興味を示す。


「二組に、そのような方がいたのですね」


晴真は


なぜか嬉しそうだった。


「琥太郎君も」


「桜がけに出るよね?」


刀也が笑う。


「同学年なんだから出るだろ」


「そっか……」


晴真の口元が緩む。


入学したばかりの頃は


ただ


同じ式神バスに乗った。


同じ新入生


それだけだった。


けれど


桜がけでは


別のクラスとして


敵として


戦うことになるかもしれない。


――琥太郎君と戦えるのかな。


そう思うと


なんだか


楽しみになってきた。


「風魔って、どんな忍術使うんだ?」


刀也が聞く。


「表佐倉育ちなんだろ?」


「裏の忍びとは違うんじゃないか?」


迅も興味を示す。


響まで加わり。


「蒼空と琥太郎が戦ったら面白そうだよな」


いつの間にか


朝の静かな修練場は


完全に雑談の場へ変わっていた。


その時


「…………」


視線


晴真


刀也


迅


三人の背中へ


妙に冷たいものが走る。


「…………」


ゆっくり


振り返る


そこに


春花がいた。


眼鏡の奥から


ぎろり


「皆さん」


静かな声


それだけで


三人の姿勢が良くなる。


「朝の調律が終わったからといって」


「いつまでも騒いでいてよいわけではありませんよ」


「…………はい」


「休憩するなら休憩する」


「次の修練へ移るなら集中する」


春花が眼鏡を押し上げる。


「どちらかにしてください」


「「「すみませんでした!」」」


三人


即座に頭を下げた。


その時


晴真は


春花の後ろに立つ人物へ気づく。


西御門紫穂


姿勢よく


ぴしっと


春花のすぐ後ろに控えている。


春花が眼鏡を上げる


紫穂も


そっと眼鏡を直す。


春花が一歩動く


紫穂も一歩


「…………」


晴真が


刀也へ顔を寄せた。


小声


「ねえ」


「ん?」


「あの二人」


春花と紫穂を見る。


「なんか似てない?」


刀也も見る。


「…………」


次の瞬間。


吹き出した。


「分かる!」


「晴真様」


「刀也様」


ぴたり


二人が固まる。


春花が


にっこり笑っている。


「聞こえていますよ」


「「すみません!」」


周囲から


また笑い声が上がった。


紫穂は


少しだけ顔を赤くしながらも


やはり春花の後ろから離れなかった。


どうやら


相当


春花に憧れているらしい。


◇


そんなやり取りをしながら


晴真は


修練場を見回した。


一年一組


その隣には


三組の生徒たち。


さらに


興味を持って集まってきた他のクラスの生徒もいる。


最初は


晴隆から


晴真一人へ教えられた瞑想だった。


それが


晴真から仲間へ


仲間から一年一組へ


そして今


他のクラスへまで


少しずつ


広がっている


やっていることは


とても地味だ


ただ座って


自分の霊力を感じる。


それだけ


でも


自分を知らなければ


自分の力を正しく使うこともできない。


今日


どこまで動けるのか。


何ができるのか。


どこに無理があるのか。


それを知ってから


一日を始める。


「…………」


晴真は


なんとなく


この朝の時間が


前より好きになっていた。


そして


その頭の片隅には


もう一つ


風間琥太郎


という名前が残っている。


――桜がけで


――戦えるかな


もし戦えるなら


楽しみだった。


蒼空


琥太郎


まだ


自分の知らない戦い方をする相手が


たくさんいる。


その時


「皆さーん!」


遠くから


明るい声が聞こえた。


銀花だった。


「朝ごはんですよー!」


「飯!」


刀也が


誰より早く立ち上がった。


迅が即座に突っ込む。


「お前、修練してる時より動き速くねぇか!?」


「朝飯は別だ!」


そして


刀姫の声


「刀也!」


「追加修練するなよ!」


「今日はしねぇって!」


「昨日もそう言ってただろ!」


朝の修練場に


また


賑やかな笑い声が響く。


合同合宿


二日目


その一日は


まず


自分自身を知ることから――


始まった。

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