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第七十話 神門雅


 勝田家での合同合宿、


その第一日目がようやく終わった。


朝から続いた修練は、


刀、槍、弓、札術、結界術、体術、


そして何度も行われた模擬戦と多岐にわたった。


生徒たちは身体こそ疲れ切っていたが、


その表情はどこか晴れやかだった。


◇


夜。


勝田家の大広間には長机が何列も並び、


その上には大量の料理が並べられていた。


焼き魚、煮物、揚げ物、肉料理、炊き込みご飯、汁物。


そして、山のように積まれたおにぎり。


「おおおっ、肉!」


刀也と豪太が同時に身を乗り出す。


「待ちなさい」


立身巴の一言で、二人の動きがぴたりと止まった。


「……はい」


「……すみません」


与一が思わず吹き出す。


「そこだけ息ぴったりだよね」


「腹減ってるんだよ!」


「今日どんだけ動いたと思ってんだ!」


「だからって始まる前に食べちゃ駄目でしょ」


凛が呆れたように笑った。


やがて生徒、教師、各家の者、


そして眷属たちも席につき、


勝田忠臣の挨拶を終えると、


一斉に夕食が始まった。


「いただきます!」


◇


当然、食事中の話題は今日一日の修練だった。


「刀優先輩と清盛さんの試合、すごかったよな!」


迅が言う。


「近距離、中距離、遠距離。全部戦い方が違った」


隼人も頷いた。


「俺は結界柱の使い方が気になったな。直接倒すんじゃなくて、相手を動かすために使う。桜がけでも使えそうだ」


別の場所では、天音が道満へ身を乗り出していた。


「道満君、今度は勝ちますからね!」


「ああ。またやろう」


道満は普通にお茶を飲んでいる。


「もう少し悔しがってください!」


「なぜだ?」


「だから、そういうところです!」


その横では、武尊も晴真へ声をかけていた。


「桜君もな。今度はちゃんと条件を決めて戦おうぜ!」


「うん!」


「勝田流の模擬戦なのに、霊爆轟身、霊衝勁、霊撃砲、剛、柔、柔波脚、合気術って、何でもありになってたじゃないか!」


「だって、使えるものは全部使えって……」


「限度があるんだよ!」


周囲から笑い声が上がった。


さらに、刀優と清盛、天音と道満、晴真と武尊の三つの模擬戦について、あちらこちらで様々な意見が飛び交っている。


「あそこは誘いだった」


「いや、騙しじゃない?」


「最後の崩しがすごかった」


「柔波脚って何なの?」


「あれ、本人も名前を考えてないだろ」


一日目の修練は終わった。


しかし、生徒たちの頭の中では、まだ戦いが続いていた。


そんな賑やかな大広間の端。


神門雅は、静かに食事をしていた。


周囲の少年たちと同じ男物の修練着。


ただ。


よく見れば、その袖は僅かに長い。


箸を持つ手の半分ほどが、袖口へ隠れている。


「雅」


父である蓮司から声を掛けられ。


「はい、父上」


雅はすぐに姿勢を正した。


神門家の者として。


そして。


いずれ家を背負う者として。


昔から教えられてきた通りの振る舞いだった。


その少し離れた場所で。


「宗家を継ぐ子は大変だよなぁ」


そんな何気ない話が聞こえた瞬間。


雅の箸が。


ほんの一瞬だけ止まった。


だが。


誰も気づかなかった。


雅自身も何も言わず。


再び箸を動かした。


◇


食事も半ばに差しかかった頃、道満が晴真へ尋ねた。


「晴真、明日はどうする?」


「明日?」


晴真は少し考えた。


今日、武術についてはかなり多くのことを教わった。


ならば、明日は別の修練に取り組みたい。


「僕は、明日は陰陽術を見てもらいたいかな」


「陰陽術か」


「うん。ミヅチからも言われたんだ。刀優先輩のお母さんの彩さんに、一度ちゃんと札術を見てもらえって」


「立身彩殿か」


道満の目の色が少し変わる。


ミヅチが愛弟子と認める札術の天才。


その指導を直接受けられる機会など、滅多にない。


「俺も一緒に行くか」


「本当?」


「ああ。俺も一度、彩殿の札術を見てみたい」


「じゃあ一緒に行こう!」


その話を聞いていた凛が、小夜を見る。


「私たちも、そうしようかな?」


小夜も頷いた。


「そうですね。私も式神術と札術を、もう少し組み合わせてみたいです」


「私もご一緒してもよろしいでしょうか?」


紅葉が口を開く。


「もちろん!」


凛が笑った。


こうして、晴真、道満、凛、小夜、紅葉の明日の予定が決まり始めた。


その時。


「――あの」


五人が振り返る。


そこには神門蘭が立っていた。


「蘭さん」


蘭は晴真と道満を見て、少し困ったような顔で頭を下げる。


「お二人とも、くれぐれも蓮雅様のところにも行ってくださいね」


晴真と道満は顔を見合わせ、苦笑した。


「もちろん行くよ」


「ああ。神門家の札術も見てもらうつもりだ」


「よかった……」


蘭がほっと息を吐く。


「蓮雅様、朝からずっと晴真君と道満君が来るのを楽しみにしていらっしゃいましたから」


「そんなに?」


「はい」


蘭は少し苦笑した。


その後ろには。


一人の少年が立っていた。


神門雅。


少し大きめの男物の修練着。


肩口にも僅かな余りがあり。


腰帯だけが妙にきつく締められている。


晴真は特に気に留めなかった。


「あ、雅君」


雅は小さく会釈した。


「……こんばんは」


その声は。


男子としては少し高めだったが。


晴真はそれも気にしない。


そもそも与一も綺麗な顔立ちをしているし。


蘭に至っては、最初に性別を間違えた者までいたくらいだ。


晴真は何気なく尋ねた。


「雅君も、やっぱり札術が得意なの?」


「…………」


雅の指先が。


袖の中で僅かに握られた。


視線が。


一瞬だけ。


神門家の大人たちが座る方へ向く。


父。


叔父。


幼い頃から見てきた。


神門家の札術師たち。


「僕は……」


何か言おうとした雅より先に。


蘭が答えた。


「雅さんは、札術があまりお好きではないので」


「そうなんだ」


晴真は素直に頷いた。


だが。


雅は。


ほんの少しだけ。


唇を噛んだ。


「…………」


そして。


「僕、少し席を外すね」


誰とも目を合わせないまま。


その場から離れていった。


晴真が首を傾げる。


「何か変なこと言ったかな?」


蘭は答えなかった。


ただ。


去っていく雅の背中を。


少し寂しそうに見つめていた。


◇


少し離れた席では、鏑木与一と小篠塚太一が話していた。


「太一、明日はどうするんだ?」


「俺? 晴隆様のところに行こうと思ってる」


「御堂晴隆様?」


「ああ」


太一は自分の手を見つめた。


「俺さ、霊門がほとんど開いてなかっただろ?」


以前。


晴真に霊門を開いてもらった。


その結果、術を扱えるようにはなった。


しかし。


今までまともに霊力を流していなかった分。


まだ操作が全然できない。


「だから晴隆様に、基礎から教えてもらおうと思って」


「なるほど。いいんじゃないか?」


与一が頷いた。


その会話を。


少し離れたところで。


雅が聞いていた。


帰ろうとしていた足が。


止まる。


「霊門が……塞がってた?」


太一が振り返る。


「あれ、雅君」


雅は太一を見る。


「それ」


「開けたってこと?」


「ああ。大きな声では言えないんだけど、晴真に開いてもらったんだ」


雅の目が開く。


「晴真君に?」


「うん」


与一が説明する。


「晴真は特別な陰陽眼を持ってるから――」


そこまで言って。


与一は口を閉じた。


「あ。このへんは、あんまり勝手に喋っちゃ駄目だった」


太一が笑う。


「遅いよ」


「ごめん」


太一は改めて雅を見る。


「でも、なんでそんなに気になるんだ?」


「…………」


雅はすぐには答えない。


片手で。


もう片方の袖口を。


ぎゅっと掴む。


少し迷った後。


「実は……」


自分の胸元を握った。


「僕、霊力を上手く流せないんだ」


「え?」


与一が驚く。


太一は雅を見る。


「じゃあ、俺と似てるのかもしれないな」


雅は黙っている。


「晴真に頼んでみるか?」


雅が顔を上げた。


「いいの?」


「聞くだけ聞いてみようぜ」


太一が立ち上がる。


「行こう」


雅は。


ほんの一瞬だけ。


迷った。


それから。


「……うん」


小さく頷いた。


◇


「晴真君」


「ん?」


晴真が振り返ると。


雅。


太一。


与一。


三人が立っていた。


雅は少し緊張しながら晴真を見る。


「頼みがあるんだけど」


「なに?」


「僕の霊門を開いてくれないか?」


「ええっ? どうしたの?」


太一が先ほどの会話を説明する。


晴真は腕を組んだ。


「うーん……」


「駄目?」


雅が不安そうに尋ねる。


晴真は慌てて首を振った。


「そうじゃなくて。僕、銀花さんとか春花さんから、無闇に霊門をいじっちゃ駄目って言われてるんだよね」


雅の肩が落ちる。


「そっか……」


「でも、二人に聞いてみようよ!」


晴真が言った。


「え?」


「僕一人で決めちゃ駄目ってだけだから。ちゃんと診てもらえばいいよ」


雅の顔が少し明るくなった。


だが。


晴真が続ける。


「状態を見るなら、たぶん霊気合わせもすると思うけど――」


「…………!」


雅の身体が。


僅かに固まった。


晴真は気づかず続ける。


「大丈夫?」


「…………」


一瞬。


断ろうか迷ったように見えた。


だが。


雅は。


袖の中で拳を握り。


「大丈夫」


と答えた。


「お願い」


◇


しばらくして。


春花。


銀花。


そしてミヅチ。


三人が集められた。


話を聞き終えたミヅチが雅を見る。


「ふむ。まずは、どういう状態か調べてみよう」


春花も頷いた。


「そうですね」


銀花が晴真を見る。


「晴真様、一度、雅様と霊気を合わせてみてください」


「分かりました」


「…………」


雅の喉が。


僅かに動く。


「雅君?」


「……なんでもない」


晴真と雅が向かい合う。


互いの掌を合わせる。


その瞬間。


雅は。


ほんの少しだけ顔を赤らめた。


晴真は。


緊張しているのだろうと思った。


霊気合わせ。


晴真から静かに霊力が流れ。


雅の掌。


腕。


そして霊脈へと進んでいく。


晴真は目を閉じ。


雅の霊脈を探った。


やがて。


丹田へ繋がる入り口。


霊門へたどり着く。


「……あれ?」


晴真が眉を寄せる。


「どうしました?」


春花が尋ねる。


「霊門……開いてる」


「開いている?」


「うん」


晴真はさらに探る。


「というか」


「全開だ」


「全開?」


雅が驚く。


ミヅチ。


銀花。


春花。


三人も表情を変えた。


晴真は首を傾げる。


「霊門がずっと全開だと、霊圧ってちゃんとかかるのかな?」


「無理じゃろうな」


いつの間にか横に立っていたチヨヒメが答えた。


ミヅチも頷く。


「圧が抜けてしまう」


「じゃあ、なんで全開なんだろう……」


晴真は再び雅の霊脈を見た。


そこで。


さらに違和感に気づく。


「それに、霊脈も異常なくらい細い」


雅の顔が曇る。


「やっぱり……」


だが。


晴真は続けた。


「でも変なんだよな」


「え?」


「丹田にある霊力の質が、すごく高いんだ」


道満を見る。


「道満君と同じくらい」


少し考える。


「もしかしたら、それ以上かも」


道満が振り向く。


雅自身も目を見開いた。


「僕が?」


「うん」


晴真は首を傾げる。


「でも、霊脈が細すぎる。これじゃあ流せないよね」


少し考えた晴真が。


突然顔を上げた。


「あ! そうだ!」


「道満君!」


「なんだ?」


「蒼空君、呼んできて!」


道満はすぐに意味を理解した。


「ああ。なるほど」


◇


数分後。


「何?」


西御門蒼空が非常に面倒そうな顔で現れた。


「晴真、僕は今、隠遁術の修練で忙しいんだけど」


「それ絶対サボるためだろ」


迅が遠くから突っ込む。


蒼空は聞こえないふりをした。


晴真が手を合わせる。


「まあまあ、手伝ってよ」


蒼空は晴真を見る。


「晴真に頼まれたら、もちろんやるけど」


「ありがとう!」


「で、何すればいいの?」


晴真が雅を指差す。


「雅君を蒼蛇眼で分析してほしいんだ」


「分かった」


蒼空が雅を見る。


その瞬間。


雅が。


妙に居心地悪そうに身じろぎした。


「どうしたの?」


蒼空が尋ねる。


「……何でもない」


「そう?」


そして。


蒼空の瞳が変わる。


淡い青白い光を帯び。


瞳孔が蛇のように細くなる。


――蒼蛇眼。


人の感情や身体。


物の構造。


術。


霊力。


霊脈。


あらゆる情報を見抜き。


脳へ送り込む特殊な陰陽眼。


蒼空はじっと雅を見つめた。


「…………」


一瞬。


蒼空の眉が。


ほんの僅かに上がった。


「……ああ」


何かに納得したような。


小さな声。


「?」


晴真が首を傾げる。


だが。


蒼空は何も言わず。


そのまま霊脈の分析を続けた。


長い沈黙の後。


晴真が尋ねる。


「どう?」


「うーん。そうだね」


蒼空は少し考え。


雅を指差した。


「この子は、霊力の質が霊脈の太さに対して高すぎる」


「やっぱり?」


晴真が身を乗り出す。


蒼空は頷いた。


「うん。もし普通に霊門を閉じて霊圧をかけたら、この細い霊脈だとたぶん耐えられない」


「傷つく?」


「最悪ね」


雅の顔が青くなる。


蒼空は続けた。


「だから身体が無意識に霊門を全開にしてるんだ」


「霊圧がかからないように」


道満が驚いたように呟く。


「それでよく術を使えていたな」


「僕もそう思う」


蒼空が言った。


「霊圧がほとんどない状態で、丹田から自然に漏れてる霊力を上手く札に集めてる」


「それで術を発動させてたみたい」


道満が雅を見る。


「ある意味、すごいな。そんな状態で札術を成立させていたのか」


雅は少し嬉しそうにした。


だが。


すぐに俯いた。


「じゃあ……」


拳を握る。


「僕は札術を諦めたほうがいいのかな」


「え?」


晴真が聞き返す。


雅は悔しそうだった。


「だって、霊脈が細すぎて、まともに霊圧もかけられないんだろ?」


声が震える。


「使い物にならないってことじゃないか」


晴真は雅を見る。


そして。


不思議そうに尋ねた。


「雅君」


「本当は札術が好きなんだね」


「…………」


雅が顔を上げる。


少し迷った後。


小さく頷いた。


「うん」


「小さい頃から、お爺様や父上、玄叔父様たちの札術を見てきたから」


「ずっと、僕もあんなふうになりたかった」


拳が震える。


「神門家の……」


一度。


言葉が止まる。


「跡を継ぐ者としても」


その言葉だけ。


妙に力がなかった。


「札術ができないなんて」


「駄目なんだって」


「ずっと思ってた」


晴真は黙って聞く。


「でも、何度やっても霊力が上手く流れなくて」


「札術には向いてないんだって思った」


「だから」


寂しそうに笑う。


「好きじゃないってことにしたんだ」


「諦めるしかないんだって」


「体質なんだから」


晴真は。


ますます不思議そうな顔をする。


「え?」


雅が見る。


「なんで?」


「……何が?」


「諦めるの?」


雅の目に涙が浮かぶ。


「だって、霊脈が細すぎて使い物にならないんだろ?」


晴真は。


あっさりと言った。


「霊脈なんて、太さを変えればいいだけだよ?」


雅は固まった。


「え?」


「だから、霊脈を太くすればいいじゃん」


「そんなこと……できるの?」


今度は道満が普通に答えた。


「ああ。コツさえ覚えれば簡単だぞ」


雅は二人を見る。


「簡単……?」


太一が苦笑する。


「その二人の言う簡単は、ちょっと信用しないほうがいいぞ」


与一も頷いた。


「うん。同感」


だが。


蒼空は雅を見ながら頷いた。


「たぶん霊脈が太くなれば、身体が無理に霊門を開けておく必要もなくなる」


「自然に少し閉じて、ちゃんと霊圧もかかるようになると思うよ」


そして。


雅を見ながら。


何かを言いかける。


「それに――」


「?」


「いや」


蒼空は首を振った。


「こっちは後でいいや」


雅が不思議そうに見る。


蒼空は。


それ以上何も言わなかった。


雅は自分の手を見つめる。


もう諦めたはずだった札術。


でも。


もしまだできるのなら。


「教えて……」


声が震える。


「教えてほしい」


晴真と道満は顔を見合わせ、笑った。


「もちろん!」


「ああ」


◇


そこから、晴真と道満による霊力操作の修練が始まった。


「雅君、いきなり全部太くしようとしないで。少しずつ霊力を流しながら、通る道を広げる感じ」


「こう……?」


「そう!」


道満も横から補足する。


「霊脈そのものを力で押し広げるな。霊力の流れに合わせて、必要な部分だけ拡張しろ。力むと逆に細くなる」


「分かった」


雅はもともと。


術式や霊力。


札術の理論については非常に優秀だった。


だから理解が速い。


晴真と道満が少し説明するだけで。


すぐに自分の中へ落とし込んでいく。


やがて。


雅の身体が僅かに震えた。


細かった霊脈の流路が。


少しずつ太くなる。


それに合わせるように。


ずっと全開だった霊門が。


ゆっくりと閉じ始めた。


完全には閉じない。


だが。


明らかに変化していた。


雅が胸を押さえる。


「どうした?」


太一が心配そうに尋ねる。


「違う……」


雅は目を見開いていた。


丹田に。


今まで感じたことのない感覚がある。


内側から。


圧力が生まれている。


「これ……」


雅が呟く。


「何?」


晴真が尋ねる。


「それが霊圧だよ」


雅の目が輝いた。


◇


晴真が少し離れる。


「じゃあ、今度はその霊力を霊脈を通して流してみようか」


「札に?」


「うん!」


雅が震える手で一枚の札を持つ。


その時。


道満が止めた。


「待て」


「え?」


道満の顔が若干引きつっている。


「なんか、嫌な予感がする」


太一も与一も雅を見る。


そして同時に頷いた。


「俺も」


「僕も」


晴真が首を傾げる。


「じゃあ、修練場に行こうか」


「それがいい」


全員が即答した。


◇


夜の修練場。


「何じゃ何じゃ?」


「今度は何が始まるの?」


「神門家の子らしいぞ」


晴真たちが移動した姿を見て。


なぜか大人たち。


教師。


眷属。


生徒たちまでぞろぞろと集まり始めた。


「また増えてる……」


晴真が苦笑する。


その中から。


一人の男性が雅へ近づいた。


神門蓮司。


雅の父である。


「雅、どうした?」


「父上……」


蓮司は。


息子として育ててきた雅を見る。


「こんな時間に札術か?」


「…………」


その言葉に。


蒼空だけが。


一瞬。


雅を見る。


雅は少し緊張した顔で札を握った。


「父上」


「?」


「もしかしたら、僕」


「札術をちゃんと使えるかもしれません」


蓮司の目が開く。


「見ていてください」


「父上」


◇


道満が雅の横に立つ。


「意識を集中しろ」


「うん」


晴真も反対側に立った。


「霊脈、霊門、丹田、霊気」


「全部を感じて」


雅が目を閉じる。


丹田。


今までただそこに溜まっていた霊力。


霊門。


少し閉じたことで生まれた霊圧。


そして。


太くなった霊脈。


雅は一枚の札に霊力を流した。


今までとは違い。


自然に流れていく。


「火球――」


雅が札を放つ。


次の瞬間。


ドォォォォォォォン!!


巨大な爆炎が修練場一帯を真っ赤に染めた。


「うわぁぁぁっ!?」


全員が固まる。


晴真がぽつりと呟いた。


「昔の僕みたい……」


道満はすぐに雅を見る。


「雅!」


「は、はい!」


「君は霊力の質が高い。流しすぎだ。もっと少なく!」


「はい!」


「今の半分!」


「分かった!」


雅はもう一枚の札を持ち。


今度は慎重に。


先ほどの半分の霊力を流した。


「火球!」


ボッ!


美しい火球が生まれた。


大きすぎず。


小さすぎず。


安定した火球が夜の修練場を飛び。


標的へ命中する。


雅は動かなかった。


自分の手を見つめる。


「今ので……半分くらい……?」


道満が頷く。


「ああ」


晴真も笑った。


「じゃあ、次は二枚同時にやってみよう」


「二枚……」


雅は恐る恐る両手に札を持つ。


集中し。


左右それぞれへ均等に霊力を流す。


そして。


「火球!」


ボッ!


ボッ!


二つの火球が同時に生まれ。


まっすぐ並んで飛んだ。


二つの標的を同時に撃ち抜く。


雅の目が大きく開く。


「できた……」


小さな声。


「できた……!」


次の瞬間。


顔いっぱいに笑顔が広がった。


「できた!」


その笑顔を見た瞬間。


蘭の表情が変わった。


驚き。


そして。


それ以上の。


安堵。


「雅さん……」


口元を押さえる。


「よかった……」


その時。


「雅……!」


蓮司が声を上げた。


「父上……?」


蓮司の頬を涙が流れていた。


雅が驚く。


「え?」


蓮司は歩み寄り。


雅を抱きしめた。


「父上!?」


「すまない……」


「え?」


「すまない、雅」


声が震える。


「お前がどれほど悩んでいたか」


「分かっていた」


「札術をどれほど好きだったかも」


「分かっていた」


それだけではない。


蓮司は。


何か別の言葉まで飲み込むように。


雅を強く抱きしめた。


「それなのに」


「何もしてやれなかった」


「父親なのに」


「だから……」


涙を拭う。


「嬉しいんだ」


「本当に嬉しい……!」


「父上……」


雅も目に涙を浮かべる。


「父上……!」


二人が抱き合う。


蘭も。


その姿を見つめながら。


目元をそっと拭っていた。


周囲は。


静かに。


その姿を見守っていた。


◇


しばらくして。


蓮司は晴真と道満へ深く頭を下げた。


「晴真君、道満君。本当にありがとう」


「そ、そんな! 僕たちはちょっと教えただけで」


「そうです。雅殿自身が理解した結果です」


道満も頭を下げる。


「いや、それでもだ」


蓮司は首を振った。


そして二人を見つめ。


少し考えた後。


突然笑顔になった。


「そうだ!」


晴真と道満が首を傾げる。


蓮司は。


蘭と雅を指した。


「君たちさえ良ければ」


一拍。


「雅と蘭を嫁にどうだ!」


空気が止まった。


「父上ぇぇぇぇぇっ!!」


雅が。


顔を真っ赤にして叫ぶ。


「何を言ってるんですか!」


蘭も真っ赤になった。


「そうですよ! いきなり何を!」


晴真は完全に固まっている。


道満は。


妙に冷静だった。


「あの、申し訳ありませんが」


「同性同士で婚姻というのは――」


「道満君」


晴真が道満の袖を引いた。


「なんだ?」


晴真は。


ものすごく言いづらそうな顔をする。


「たぶん……」


雅を見る。


「雅君」


一拍。


「女の子だよ」


「…………」


道満。


固まる。


「は?」


全員の視線が。


雅へ集まった。


雅の顔が。


一気に真っ赤になる。


「な、なんで……!」


晴真は。


さらに気まずそうに続ける。


「あの……」


「さっき」


「霊気合わせした時に……」


「…………!」


雅の耳まで。


真っ赤になる。


「言わないでぇぇぇぇっ!!」


「ご、ごめん!」


その瞬間。


何人かが。


今日の出来事を思い返した。


少し大きな男物の服。


蘭だけが呼んでいた。


――雅さん。


札術の話をした時の。


あの僅かな表情。


霊気合わせをすると言われた時。


一瞬だけ固まったこと。


そして。


先ほど蓮司が。


何かを言いかけて飲み込んだこと。


「…………」


凛が。


ぱちぱちと瞬きをする。


小夜も。


「ああ……」


ようやく。


いくつかの違和感が。


一本に繋がった。


そこで。


蒼空が首を傾げた。


「え?」


「みんな知らなかったの?」


「知ってたの!?」


迅が聞く。


「うん」


蒼空は普通に答える。


「蒼蛇眼で見た時」


「女性って情報が出てたよ」


「…………」


晴真が。


先ほどの蒼空を思い出す。


――……ああ。


蒼蛇眼で雅を見た直後。


蒼空が一度だけ。


妙な反応をしていた。


「あれって、それだったの!?」


「うん」


蒼空は頷いた。


「だから」


雅を見る。


「男装が好きなのかなって思ってた」


「言わないでください!」


雅が真っ赤になって叫ぶ。


「ははは」


蒼空は笑った。


だが。


ふと。


真面目な顔になる。


「それと」


「あの時」


「後でいいって言ったこと」


「?」


晴真が見る。


蒼空は。


雅を見る。


「たぶん」


「雅さんの霊脈が細かったのは」


「生まれつきだけじゃない」


「え?」


「どういうこと?」


蒼空は少し考えた。


「ストレス」


数人が首を傾げる。


「すとれす?」


道満が言う。


蒼空は言い換えた。


「心の負担」


「ああ」


晴真が頷く。


蒼空は雅を見る。


「何か理由があって」


「女の子なのに、ずっと男の子として振る舞ってたんだよね?」


「…………」


雅が俯いた。


神門家。


古くから続く札術の名家。


そして。


雅は家を継ぐ立場にあった。


神門家では今なお。


家を継ぐ者は男子が望ましい。


そんな古い考えが。


一部に強く残っている。


だから。


雅は幼い頃から。


男子として育てられてきた。


男物の服。


男としての言葉遣い。


男としての立場。


「神門家を継ぐ男子」として。


期待されてきた。


雅自身も。


それが当然なのだと思おうとしていた。


けれど。


身体は。


そうではなかったのかもしれない。


「多分」


蒼空が続ける。


「ずっと無意識に身体へ力が入ってた」


「自分を押さえることが」


「当たり前になりすぎて」


「霊脈まで」


細く。


縮こまるようになった。


「もちろん」


蒼空は付け加える。


「それだけが原因とは限らないけどね」


「霊力の質と身体の相性もある」


「ただ」


雅を見る。


「心の負担が影響していた可能性は高いと思う」


「…………」


雅が唇を噛む。


「僕……」


一度。


言葉を止める。


そして。


「私……」


小さく。


言い直した。


たった二文字。


それだけなのに。


顔が。


耳まで赤くなる。


◇


そして。


別の問題に気づいた者たちがいた。


迅。


刀也。


二人が。


雅を見る。


じーっ。


「…………」


「…………」


雅が。


嫌な予感を覚える。


「何ですか?」


迅がぽつり。


「いや」


「そりゃ……」


刀也も続ける。


「こんな可愛い男子」


一拍。


「いるわけないよな」


「――っ!!」


雅の顔が。


爆発したように赤くなる。


「うるさいです!!」


「ご、ごめん!」


「褒めたんだって!」


「余計恥ずかしいです!」


そこで。


与一が。


にやり。


晴真を見る。


「晴真」


「なに?」


「こういうのは」


妙に偉そうに腕を組む。


「ちゃんと確認しないと駄目だよ」


「え?」


「僕も前に」


蘭を見る。


「蘭を男だと思って、散々からかわれたからね」


蘭の眉が。


ぴくり。


「与一君」


「はい」


「その話を今持ち出す必要ありました?」


「ありません!」


即答。


周囲から。


また笑いが起きる。


晴真も頭をかいた。


「でも、ごめん」


雅を見る。


「僕もずっと男の子だと思ってた」


雅は。


まだ真っ赤な顔で。


「もういいです……」


と俯いた。


その瞬間。


晴真の肩の上。


桜花が。


小さくため息を吐いた。


「晴真様」


「はい」


「道満様」


「なんだ?」


桜花は。


腰へ手を当てる。


「お二人とも」


一拍。


「いつもやりすぎちゃってるからですよ」


「え?」


晴真が首を傾げる。


「俺もか?」


道満も尋ねる。


「はい」


桜花はきっぱり言った。


「一人は他人の霊門を開き」


「一人は霊脈の太さを簡単に変えられると言い」


「二人揃って札術の才能まで開花させ」


最後に。


雅を見る。


「人生までひっくり返しています」


「…………」


晴真。


「…………」


道満。


二人が顔を見合わせる。


「僕も?」


「俺も?」


同時。


大広間から続く夜の修練場に。


大きな笑い声が響いた。


◇


その中で。


雅は。


自分の手を見つめていた。


さっきまで。


札術は。


自分には向いていない。


体質だから仕方がない。


そう思っていた。


しかし。


二枚の札から放った。


二つの火球。


あれは。


確かに自分の力だった。


そして。


もう一つ。


ずっと。


誰にも知られたくなかったことも。


とうとう知られてしまった。


神門家を継ぐため。


男子として振る舞っていたこと。


思い返せば。


今日だけでも。


いくつも。


危ない瞬間があった。


札術を尋ねられた時。


霊気合わせをすると言われた時。


蒼空の蒼蛇眼で見られた時。


そのたびに。


胸が締めつけられた。


――知られたらどうしよう。


――変に思われたらどうしよう。


――神門家の跡継ぎなのに。


そんなことばかり。


考えていた。


恥ずかしい。


ものすごく。


恥ずかしい。


けれど。


晴真たちは。


驚いただけだった。


笑う者はいても。


それは自分を否定する笑いではない。


道満に至っては。


単純に理解が追いついていないだけだった。


「…………」


雅の口元が。


ほんの僅かに緩む。


不思議と。


胸の奥が。


少しだけ軽かった。


霊門が閉じ。


初めて霊圧を感じた時と。


少し似ている。


今まで無理やり押さえ込んでいたものが。


ようやく。


自然な形へ戻ろうとしている。


そんな感覚。


神門雅。


札術の名家に生まれ。


札術を諦めようとしていた少女。


そして。


神門家を継ぐため。


少年として生きてきた少女。


その二つの枷が。


この夜。


ほんの少しずつ――。


解け始めた。

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