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第六十七話 勝田五勢


 「天音」


「道満殿と一本、立ち合ってみなさい」


父――勝田忠臣からそう言われた瞬間。


天音の表情がぱっと明るくなった。


「本当ですか!?」


明らかに嬉しそうだった。


麻賀多道満。


麻賀多宗家の次男。


入学時から一年生離れした陰陽術の才を見せ。


札術。


複合術。


霊力操作。


さらには武術まで急速に伸ばしている。


一年一組を代表する天才。


そして何より――。


兄である正臣が、何度も話題にしている生徒だった。


――道満はすごいぞ。


――あいつは一度教えたことを、自分なりに考え始める。


――ちょっと生意気だけどな。


天音にしてみれば。


「お兄様がそこまで褒める麻賀多道満」が、一体どれほど強いのか。


ずっと気になっていたのだ。


「お願いします!」


天音が勢いよく頭を下げる。


道満も静かに一礼した。


「ああ。よろしく頼む」


二人が修練場の中央へ進む。


晴真は忠臣の隣へ。


春花も少し離れた場所で見守る。


さらに。


いつの間にか麻賀多道秀。


麻賀多道継まで、その様子を眺めていた。


天音が霊木製の木刀を構える。


対する道満も――。


木刀を抜いた。


「……ん?」


天音が少し首を傾げる。


道満が右手に持っている木刀は。


自分のものより明らかに短い。


小太刀ほどの長さしかない。


そして腰にはもう一本。


こちらは居合用の、通常の長さを持つ霊木刀。


「ふーん」


天音が面白そうに笑う。


「小太刀ですか」


「ああ」


道満はそれ以上説明しない。


忠臣が二人を確認する。


「模擬戦とはいえ、互いに寸止めを心掛けるように」


「はい!」


「承知しました」


そして。


手を上げる。


「では――」


一拍。


「始め!」


「よろしくお願いします!」


「よろしく頼む」


挨拶と同時に。


二人が構えた。


◇


最初に動いたのは――。


天音だった。


すぅ――。


「…………?」


道満の眉がわずかに動く。


あまりにも不用意だった。


天音が。


そのまま道満の間合いへ入ってくる。


構えも甘い。


右肩も空いている。


踏み込めば。


簡単に小太刀が届く。


だが。


道満は動かなかった。


――誘い。


先ほど忠臣から教わったばかりだ。


わざと隙を見せる。


攻撃させる。


相手に選択させる。


「なるほど」


道満が小さく呟いた。


天音の口元が少し上がる。


――乗ってこない。


なら。


次。


踏み込んだ。


「はっ!」


上段から。


袈裟斬り。


速い。


道満が小太刀を上げる。


上から来る刃を受ける構え。


ガキン――。


そうなるはずだった。


しかし。


「っ?」


天音の木刀が。


道満の小太刀へ届かない。


空を切った。


「騙し――!」


袈裟斬りは。


最初から当てるつもりではなかった。


天音は空振りした勢いのまま腰を落とす。


木刀を返す。


そして。


下段から――。


バギンッ!!


跳ね上げた。


「くっ!」


道満の小太刀が弾かれる。


――崩し。


構えを壊された。


そして。


その瞬間にはもう。


天音の木刀が。


真っ直ぐ道満へ向かっていた。


「そこです!」


突き。


――攻め。


「!」


道満の左手が腰へ走る。


シュッ!!


もう一本。


居合用の霊木刀を抜く。


カンッ!


突きを横へ流した。


そのまま。


ザッ!


後ろへ跳ぶ。


一気に間合いを切った。


「…………」


天音も追わない。


道満も動かない。


二人の間に。


数メートルの距離ができる。


「すごい……」


晴真が思わず呟いた。


道満は返事をしない。


天音だけを見ていた。


いや。


正確には。


先ほどの一連の動きを。


頭の中でもう一度組み立てていた。


最初。


天音が不用意に間合いへ入った。


――誘い。


自分が乗ってくれば、そこから返し技。


しかし。


乗ってこなかった。


だから。


袈裟斬り。


――攻め。


だが。


本命ではない。


袈裟斬りそのものが。


――騙し。


下段から刀を跳ね上げ。


こちらの構えを壊す。


――崩し。


最後に。


突き。


――攻め。


「…………」


道満の口元が。


わずかに上がった。


「これが――」


天音が首を傾げる。


「?」


「勝田五勢か」


道満が感心したように言った。


「なるほど」


「すごいな」


「…………」


天音が少し目を丸くする。


そして。


嬉しそうに笑った。


「お兄様が褒めるだけありますね」


「?」


「あの突きを初見で防ぐなんて」


天音が木刀を構え直す。


「でも――」


にやり。


「こんなものじゃありませんよ」


道満も二本の木刀を鞘に戻す。


「ああ」


静かに答える。


「よろしく頼む」


「…………」


天音の眉がぴくりと動いた。


「なんでしょう……」


「何がだ?」


「なんか調子狂います」


「なぜだ?」


「もっとこう……」


天音が言葉を探す。


「天才っぽく偉そうな人だと思ってました」


「失礼だな」


「兄から聞いた印象です」


「正臣先生……」


少し離れた場所で。


「くしゅん!」


正臣がくしゃみをした。


◇


道満が。


ゆっくり息を吸う。


霊力が丹田から。


一本目の霊脈を通る。


さらに。


二重。


そして。


三重。


――三重の巡らせ。


霊力が全身を高速で循環する。


身体能力が。


一気に跳ね上がった。


「…………!」


天音が構える。


次の瞬間。


道満が。


すぅ――。


「え?」


天音の目が僅かに開く。


道満が。


不用意なほど自然に。


自分の間合いへ入ってきた。


先ほどの。


自分と同じように。


――誘い?


そう考えた。


その瞬間。


道満の右手が腰へ。


シュンッ!!


小太刀による居合。


「速っ!」


だが。


一直線。


鋭いが。


単調。


天音は木刀で。


カンッ!


簡単にいなした。


「それだけ――」


ではなかった。


道満の足が。


跳ね上がる。


「!」


蹴り。


しかも。


ただの蹴りではない。


足先に集まった霊力が。


衝撃として爆発する。


――霊衝勁。


「っ!」


天音が咄嗟に片手をかざす。


バンッ!


小さな結界。


直後。


ドォン!!


蹴りが結界へ叩き込まれた。


「きゃっ!」


バキィン!!


結界が砕ける。


天音が後退する。


そこへ。


道満の小太刀。


「っ!」


袈裟斬り。


天音が防御する。


ガキンッ――。


しかし。


音がしない。


「え?」


木刀が。


空を切った。


天音の目が見開かれる。


――騙し!?


次の瞬間。


道満が刀を返す。


下段。


「まさか――!」


バギンッ!!


跳ね上げ。


天音の構えが浮く。


先ほど。


自分が道満へ使った技。


「私の――!」


そこへ。


横薙ぎ。


ブンッ!!


天音が一歩後方によける。


紙一重。


木刀が目の前を通過する。


「くっ!」


だが。


道満の身体も流れた。


横薙ぎを避けられたことで。


体勢が大きく前へ崩れる。


「そこです!」


天音は見逃さない。


木刀を大きく振り上げる。


真正面。


唐竹割り。


「もらった!」


振り下ろす。


道満は。


崩れている。


避けられない。


誰もがそう思った。


しかし。


晴真だけが。


「あ……」


道満の腰へ伸びる手を見た。


崩れている。


だから。


戻らない。


そのまま。


崩れた勢いを利用する。


腰を沈め。


身体を回す。


左手には。


小太刀。


右手は。


腰の居合刀へ。


天音の木刀が。


道満の頭へ落ちてくる。


同時に。


シュンッ!!


居合。


二人が――。


止まった。


「…………」


静寂。


天音の木刀は。


道満の頭。


寸前。


そして。


道満の居合刀は。


天音の腹部。


寸前。


互いに。


あと僅か動けば。


一撃。


忠臣が静かに手を上げた。


「そこまで」


二人が止まる。


「どうやら――」


少し笑う。


「引き分けのようですね」


「ふぅ……」


天音が息を吐いた。


道満も刀を下ろす。


しばらく。


天音は道満を見ていた。


そして。


笑った。


「お兄様が褒めるだけあります」


「?」


「私の勝田五勢を――」


指を折る。


「誘い」


「攻め」


「騙し」


「崩し」


「それを、一回見ただけで真似して」


道満を見る。


「しかも自分の技まで混ぜてくるんですから」


「ああ」


道満は素直に頷いた。


「勉強になった」


「…………」


天音がまた微妙な顔になる。


「だから」


「なんだ?」


「それです」


「?」


「普通、一年生同士で戦って、相手の技を途中から使い始めませんよ?」


「そうなのか?」


「そうです!」


道満は首を傾げた。


晴真が二人へ駆け寄ってくる。


「道満君!」


「なんだ?」


「最後のあれ」


晴真が道満の動きを真似する。


身体を崩し。


その勢いのまま攻撃へ繋げる。


「あれ――」


「剛乃介さんがやってたやつだよね?」


「…………」


忠臣が晴真を見る。


天音も振り返る。


晴真は続ける。


「体勢を崩された時、無理に戻ろうとしないで」


「崩された力をそのまま利用して攻撃する」


「角来流の――柔の考え方」


道満が頷いた。


「ああ」


「前に晴真がやられるのを見ていたからな」


「えっ」


「使えそうだったから」


腰の居合刀を見る。


「剣に置き換えた」


「…………」


天音が固まった。


「一度……?」


「ん?」


「一度見ただけなんですよね?」


「ああ」


天音は額を押さえた。


「はぁ……」


そして。


呆れながらも。


どこか楽しそうに笑った。


「どこまで天才なんですか」


「大袈裟だ」


「大袈裟じゃありません!」


そのやり取りを。


忠臣は黙って見ていた。


だが。


その表情は。


先ほどまでとは少し違っていた。


――恐ろしい。


そう思っていた。


もちろん。


悪い意味ではない。


麻賀多道満。


この少年の。


末恐ろしさ。


勝田五勢を教えたのは。


ほんの少し前。


それなのに。


すでに。


天音の動きから五勢を読み取り。


即座に模倣。


さらに。


自分の居合。


霊衝勁。


巡らせ。


そして他流派から見た技術。


それらを組み合わせた。


しかも。


忠臣が最も驚いたのは。


剣技そのものではない。


――戦いの組み立て。


道満は。


最初に不用意に間合いへ入った。


天音に。


「先ほどと同じ誘いだ」


と思わせた。


そこから居合。


居合が防がれることまで考え。


霊衝勁。


結界を使わせ。


袈裟斬り。


それを騙しに変え。


下段から跳ね上げ。


横薙ぎ。


さらに。


横薙ぎを避けられて自らの体勢が崩れたところさえ。


次の居合へ繋げた。


つまり。


一つ一つの技だけではない。


最後の居合へ至るまでの――。


戦術そのものに。


勝田五勢を組み込み始めていた。


――まだぎこちない。


――まだ荒い。


それでも。


今日初めて勝田五勢を知った子供なのだ。


「…………」


忠臣の背筋に。


僅かな寒気が走った。


その時。


もう一つ。


忠臣は気づいた。


最後。


天音が唐竹割りを放った瞬間。


道満の左手。


そこには。


小太刀が残っていた。


あの位置なら。


天音の木刀を。


小太刀で受け流すことができた。


そして同時に。


右手の居合刀で。


天音の腹部を斬る。


――守りから攻め。


それができた。


いや。


道満の左手は。


一瞬。


確かにその位置へ動いていた。


だが。


止めた。


そして。


天音の木刀を頭上で寸止めさせ。


自らも腹部で刀を止めた。


引き分け。


「…………」


忠臣は。


道満を見る。


道満は何事もなかったように。


晴真と天音と話している。


――勝田流の顔を立ててくださったのか。


勝田家の娘が。


自家の剣術を披露する場。


そこで。


教わったばかりの道満が完全に上回ってしまえば。


天音の立場も。


勝田流の面目も。


少なからず傷つく。


天音自身は。


気づいていないだろう。


ただ純粋に。


道満と引き分けたことを喜んでいる。


忠臣は。


ゆっくりと視線を移した。


麻賀多道秀。


そして。


麻賀多道継。


二人も。


こちらを見ていた。


「…………」


忠臣と目が合う。


何も言わない。


ただ。


静かに。


二人が頭を下げた。


「…………!」


忠臣は慌てて。


それより深く頭を下げる。


麻賀多宗家では。


幼い頃から。


宗家の者ほど驕ってはならぬ。


家格を笠に着てはならぬ。


他家を敬い。


相手の顔を立てることを忘れてはならぬ。


そう厳しく躾けられると聞いていた。


だが――。


「ここまでとは……」


忠臣が小さく呟く。


剣の才。


術の才。


戦術の才。


それだけではない。


麻賀多宗家の子として。


道満は。


確かに育てられていた。


◇


「道満殿」


忠臣が声をかける。


「はい」


「素晴らしい立ち合いでした」


「ありがとうございます」


道満が頭を下げる。


天音も満足そうに笑っていた。


「今度は負けませんからね」


「ああ」


道満が笑う。


「また頼む」


「はい!」


忠臣も笑い。


そして。


次の人物へ視線を向けた。


「さて――」


「晴真殿」


「はい!」


晴真が背筋を伸ばす。


忠臣は構えを解き。


今度は。


自らの両手を見せた。


「次は晴真殿に――」


一歩。


前へ出る。


「勝田流徒手術を、ご教授させていただきましょう」


晴真の顔が明るくなる。


「はい!」


勢いよく頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


勝田流剣術。


勝田五勢。


それを瞬く間に吸収してみせた道満。


そして次は――。


すでに合気術を学ぶ晴真が。


勝田流の「徒手」と出会うことになる。

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