第六十六話 剣は五つ、答えは無数
刀優と清盛の模擬戦が終わったあとも。
生徒たちは、すぐにはその場を離れなかった。
近距離。
中距離。
遠距離。
一つの戦いの中で、二人はまるで別の戦い方を次々と見せていた。
その光景は――。
見ていた生徒たちに、それぞれ違った刺激を与えていた。
◇
「やっぱ俺たちも、体術を取り入れたほうがいいな」
迅が腕を組みながら言った。
その隣で隼人も頷く。
「ああ」
二人とも、先ほどの模擬戦を頭の中で思い返していた。
迅が指を折る。
「俺の場合、遠距離なら――」
「手裏剣だろ」
隼人が即答する。
「だよな」
迅が笑う。
「忍びなんだから、そこは外せない」
「じゃあ近距離は?」
「疾風脚を軸に体術」
「問題は――」
二人が同時に言う。
「中距離だな」
「そこなんだよなぁ」
迅が頭をかく。
接近戦なら、迅には麻倉流の体術がある。
離れれば、手裏剣や忍術も使える。
しかし、その中間。
刀や拳では届かず。
かといって遠距離攻撃を撃ち合うほどでもない距離。
隼人が先ほどの戦いを思い返す。
「刀優さんは、中距離だからって無理に攻撃してなかったな」
「ああ」
迅が頷く。
「結界の柱を出してた」
「攻撃するためじゃなく――」
隼人が地面に指で簡単な図を描く。
「こっちを塞いで」
一本。
「こっちも塞いで」
もう一本。
「相手を行かせたい場所に動かす」
迅の目が少し開く。
「ああ」
「自分が得意な形に持っていってたんだ」
「清盛さんは逆だな」
「距離そのものに合わせて、武器を変えてた」
近距離では旋棍。
中距離では棍。
遠距離では霊撃弾と霊撃砲。
迅が感心したように息を吐く。
「なるほどなぁ……」
これまでは。
新しい技を覚える。
もっと速くなる。
もっと威力を上げる。
そんなことばかり考えていた。
しかし。
「俺たちも――」
迅が笑う。
「自分の戦い方そのものを考えるのが大事なんだな」
隼人も頷いた。
「ああ」
「技を一個増やせば強くなるってわけじゃない」
「どう使うか、だな」
◇
その少し後ろでは。
美鈴。
樹。
千尋。
三人も話し合っていた。
「刀優先輩って――」
千尋が少し考えながら口を開く。
「札術も、結界術も、剣術も、全部すごかったよね」
「うん」
樹が頷く。
「あそこまで全部できるのは、さすがに真似できないけど……」
「でも」
美鈴が刀優を見る。
「戦い方なら真似できると思う」
「戦い方?」
樹が聞き返す。
「うん」
美鈴は指を一本立てた。
「刀優先輩って、一番得意な技だけで押してないでしょ?」
「近ければ剣術」
二本目。
「少し離れたら結界術」
三本目。
「もっと離れたら札術」
「それぞれ別々の技なのに――」
千尋が続ける。
「全部を一つの戦いとして繋げてる」
「そう、それ!」
美鈴が笑う。
「私さ」
少しだけ照れたような顔になる。
「今まで、これといった取り柄がないって思ってたんだよね」
「美鈴が?」
樹が意外そうに見る。
「だって」
「凛みたいに勉強も術もすごいわけじゃない」
「小夜みたいな森羅聴もない」
「紅葉みたいに薙刀がめちゃくちゃ強いわけでもない」
「迅みたいに速いわけでもないし」
少し肩をすくめる。
「何でもそこそこできるだけ」
それが。
今までは少し嫌だった。
何か一つ。
「これが自分だ」
と言えるものがない気がしていたからだ。
だが。
刀優の戦いを見て。
考えが変わった。
「でもさ」
美鈴は嬉しそうに笑う。
「何でもできるなら――」
「全部使えばいいんだよね」
「…………」
樹と千尋が目を丸くする。
「私は刀優先輩ほど一つ一つが上手くない」
「だったら――」
ぱんっ。
美鈴が両手を合わせる。
「組み合わせればいい」
札術。
結界術。
武術。
状況判断。
そして。
「武器だって、一つに固定しなくていい」
美鈴は指を数える。
「弓」
「薙刀」
「剣」
「それに霊装武具もある」
「相手によって変える……」
千尋が呟く。
「うん」
「それと私――」
美鈴が笑った。
「体術も習ってみる」
「体術も!?」
樹と千尋が揃って声を上げた。
「だってさ」
美鈴は先ほど清盛が使った技を思い出す。
「柔波掌」
火球を打ち消した。
あの一掌。
「あれが使えたら、戦い方めちゃくちゃ広がると思わない?」
「確かに……」
樹が考える。
札術への対処。
接近された時の防御。
相手の霊力攻撃を流す手段。
千尋も少しずつ表情が明るくなる。
「私も何か組み合わせられるかな……」
「考えようよ」
美鈴が二人を見る。
「せっかくこれだけ先生がいるんだから」
「自分が何を覚えるかじゃなくて――」
「何ができるようになりたいか、から考えよう」
「うん!」
三人はその場に座り込み。
これから誰に何を習うか。
あれこれ相談を始めた。
◇
そして――。
刀優と清盛の戦いを見て。
もう一人。
静かに考え込んでいる生徒がいた。
麻賀多道満。
「…………」
その隣には晴真がいた。
「どうしたの、道満君?」
「あの人に」
「え?」
「俺は負けた」
道満の視線の先には。
将門清盛。
以前。
道満は清盛と戦ったことがある。
そして――。
敗れた。
もちろん。
以前の自分より、今の自分のほうが強い。
札術。
霊力操作。
巡らせ。
戦える手段は増えている。
だが。
「刀優先輩は」
道満が呟く。
「あの清盛さんを相手に――」
「ああやって戦うんだな」
「…………」
晴真は黙って聞く。
「別に刀優先輩の剣が、清盛さんを圧倒していたわけじゃない」
「札術だけで勝とうともしていない」
「結界術だけでもない」
道満は先ほどの戦いを思い返す。
結界柱で誘導し。
札術で追い込み。
剣術で仕留めに行く。
清盛が対応すれば。
さらに別の組み合わせを作る。
「戦いの流れ……」
道満が呟く。
「戦術」
「術同士の連携」
そして。
自分の手を見る。
「俺は強くなるために――」
ずっと。
新しい技を求めてきた。
より高度な札。
より強力な術。
より難しい技法。
それを覚えることが。
強くなることだと思っていた。
「でも」
拳を握る。
「もう自分が持っているものを――」
「上手く使うことも大事なんだな」
晴真が笑う。
「うん」
「僕もそう思った」
晴真にも。
札術。
結界術。
封印術。
晴真式の術別霊脈。
多重札。
合気術。
桜花。
すでに様々な力がある。
増やすだけではない。
繋げる。
組み合わせる。
選ぶ。
「どう使うか……か」
晴真も考え込む。
その時。
「何か――」
二人の後ろから声がした。
「掴んだみたいですね」
「春花さん」
晴真が振り返る。
春花は穏やかに笑っていた。
「ちょうどよい方がいらっしゃいます」
「?」
春花が二人を手招きする。
「こちらへ」
◇
連れて来られた先にいたのは――。
一人の男性だった。
勝田家当主。
勝田忠臣。
正臣の父である。
「忠臣様」
春花が頭を下げる。
「お願いがございます」
「なんでしょう」
「麻賀多道満様に――」
道満を見る。
「勝田流剣術を、ご教授いただけますでしょうか」
「俺に?」
道満が少し驚く。
「はい」
そして晴真を見る。
「晴真様には、勝田流徒手術を」
「僕も?」
忠臣は二人を見ると。
一瞬驚いたあと――。
ぱっと表情を明るくした。
「もちろんですとも!」
むしろ。
かなり嬉しそうだった。
「御堂家の血を引く晴真殿」
「そして麻賀多宗家の道満殿」
深く頭を下げる。
「お二人に我が勝田流をご教授できるとは――恐悦至極にございます」
「そ、そんなに畏まらなくても……」
晴真が困る。
道満も少し気まずそうだ。
忠臣は笑った。
「いやいや」
「勝田家にとっても光栄なことです」
そして。
二人を見る。
「では――」
一本の木刀を手に取った。
「まずは勝田流剣術からご説明しましょう」
「はい」
道満も木刀を受け取る。
忠臣は尋ねた。
「道満殿」
「剣術と聞いて、何を思い浮かべますか?」
「型……でしょうか」
「基本となる形があり、それを反復して身につける」
「そうですね」
忠臣が頷く。
「多くの流派において、型は非常に大切です」
「しかし――」
木刀を軽く構える。
「勝田流は、少々違います」
「違う?」
「我が勝田流には」
忠臣が笑った。
「決められた答えがありません」
「…………?」
晴真と道満が顔を見合わせる。
「勝田流剣術は――」
忠臣が木刀を持ったまま。
ゆっくり歩き始めた。
「あらかじめ決められた型をなぞり、完成された技を再現する剣ではない」
「基本となる要素を組み替え――」
木刀を振る。
「その場で」
ピタッ。
刃先が止まる。
「答えとなる技を作る剣術です」
「その場で技を……」
晴真が驚く。
「はい」
忠臣は木刀を下ろした。
「その根幹となるものが――」
地面へ。
五つの丸を描く。
「攻め」
一つ。
「守り」
二つ。
「崩し」
三つ。
「誘い」
四つ。
そして。
「騙し」
五つ。
「この五つを――」
忠臣が言った。
「勝田五勢」
と呼びます。
「勝田五勢……」
道満が呟く。
「まずは――攻め」
忠臣が木刀を構える。
一歩。
鋭く踏み込む。
「斬る」
シュッ!
「突く」
シュッ!
「踏み込み、相手へ圧力を掛ける」
しかし。
忠臣はそこで止めた。
「ただし勝田流で言う攻めとは、相手へ傷を与えることだけではありません」
「相手に――」
さらに一歩。
「守らせる」
道満が僅かに身体を引く。
「これも攻めです」
「なるほど……」
「次に守り」
忠臣が道満に言う。
「軽く打ち込んでください」
「はい」
道満が木刀を振る。
忠臣は。
ガンッ!
真正面から止めない。
スッ。
刃を滑らせ。
道満の木刀を外へ流す。
「受ける」
「流す」
「逸らす」
「間合いを外す」
忠臣は、そのまま道満の横へ立っていた。
「勝田流は、防御して終わることを嫌います」
「次に何をするのか」
「それに繋がる守りを使う」
道満の目が真剣になる。
「三つ目――」
忠臣が道満の木刀へ軽く触れる。
「崩し」
一瞬。
道満の手首を押す。
「っ!」
構えが僅かに崩れた。
次に足元。
さらに肩。
「体勢」
「呼吸」
「霊力の流れ」
「構え」
「足運び」
「相手の形そのものを壊す」
「これが崩しです」
晴真が呟く。
「合気術にも少し似てる……」
「ええ」
忠臣が頷く。
「考え方として重なる部分はございます」
「そして四つ目」
忠臣が構える。
右肩が。
わずかに空いている。
「道満殿」
「ここ」
「斬りたくなりませんか?」
「…………」
道満が見る。
確かに。
右肩が完全に空いている。
「はい」
「では」
「来てください」
道満が踏み込む。
右肩へ木刀を振る。
その瞬間。
忠臣の身体が消えるようにずれた。
「なっ――」
木刀が空を切る。
忠臣の刃は。
すでに道満の脇腹へ添えられていた。
「これが――」
「誘い」
道満が目を見開く。
「わざと隙を……」
「はい」
「隙を見せる」
「狙い所を見せる」
「相手に特定の攻撃を選ばせる」
忠臣が笑う。
「自分が動かすのではない」
「相手に――」
一拍。
「動いてもらうのです」
「…………!」
道満の表情が変わった。
先ほどの刀優。
結界柱で清盛の進路を限定していた。
あれも。
広い意味では。
同じ考え方。
そして最後。
「騙し」
忠臣が木刀を上段へ。
「上から来る……」
晴真が呟く。
だが。
忠臣は振らなかった。
木刀を振ると見せて。
足が動く。
次の瞬間。
晴真の懐へ入っていた。
「えっ!?」
「視線」
「構え」
「霊力」
「剣筋」
「踏み込み」
忠臣が離れる。
「相手に見せる情報そのものを偽る」
「上段から斬ると思わせて、下を狙う」
「札術を放つと見せて、剣で踏み込む」
「下がると見せて、逆に詰める」
「それが騙しです」
道満が五つの丸を見る。
攻め。
守り。
崩し。
誘い。
騙し。
「でも……」
道満が尋ねる。
「この五つを、どういう順番で使うんですか?」
忠臣は笑った。
「決まっていません」
「え?」
「それこそが」
木刀を肩へ担ぐ。
「勝田流です」
「たとえば――」
忠臣が晴真を見る。
「晴真殿」
「はい」
「軽く斬りかかってください」
「分かりました」
晴真が木刀を借りる。
構える。
忠臣の右肩が空く。
晴真はそこへ踏み込む。
「まず――」
忠臣が言う。
「誘い」
晴真に攻撃させる。
刃を滑らせる。
「守り」
晴真の体勢が流れる。
肩を押す。
「崩し」
そして。
首筋へ木刀。
「攻め」
ピタッ。
晴真が目を丸くする。
「誘い――守り――崩し――攻め……」
「はい」
忠臣が離れる。
「では別の答え」
今度は。
忠臣から一気に踏み込んだ。
「攻め!」
道満が身構える。
上段。
「来る!」
しかし。
刀は落ちてこない。
「騙し」
剣筋が変わる。
手首を狙う。
道満が防ぐ。
その瞬間。
忠臣が鍔元で木刀を押し込んだ。
「崩し」
道満の構えが開く。
そして。
「攻め」
胸元へ。
ピタッ。
「…………!」
道満の目が見開かれる。
「同じ五つなのに……」
「全然違う」
「そうです」
忠臣が頷いた。
「二つでもよい」
「三つでもよい」
「四つでもよい」
「必要なら五つ全てを使う」
「順番も決まっていません」
初心者なら。
攻めから守り。
守りから攻め。
誘いから攻め。
二つを繋ぐところから始める。
慣れてくれば。
誘い。
守り。
崩し。
三つを繋ぐ。
あるいは。
攻め。
騙し。
攻め。
「そして上達すれば――」
忠臣の雰囲気が変わる。
晴真と道満が。
ぞくりとした。
構えがない。
いや。
構えている。
しかし。
何をしてくるのか。
まるで分からない。
「戦いながら」
「相手を見て」
「五勢を自由に入れ替える」
一歩。
ただ歩いただけ。
なのに。
晴真には。
攻撃にも見え。
誘いにも見え。
騙しにも見える。
道満の額に汗が浮かぶ。
「…………」
「そして」
忠臣が止まる。
「勝田流を本当に極めた者は――」
木刀を下ろした。
「自分が今どの五勢を使ったか」
「そんなことすら、考えません」
静寂。
やがて忠臣が笑った。
「勝田流には、昔から二つの教えがあります」
木刀を道満へ渡す。
「一つ」
「技を覚えるな――状況を見ろ」
そして。
地面に描かれた五つの丸を見る。
「もう一つ」
「剣は五つ――」
道満を見る。
「答えは無数」
「…………」
道満は木刀を見つめた。
先ほど。
自分が考えていたことと。
まるで同じだった。
新しいものを追い続けるだけではない。
今あるもの。
自分ができること。
その組み合わせ方。
それによって。
戦い方は――。
いくらでも増やせる。
「面白い……」
道満の口元が僅かに上がった。
晴真も笑う。
「道満君、すごく好きそう」
「ああ」
即答だった。
忠臣が嬉しそうに笑う。
「では」
「説明ばかりでもつまらないでしょう」
「実際に見ていただきましょうか」
「実際に?」
晴真が首を傾げる。
忠臣が修練場の向こうへ声を飛ばした。
「天音!」
「こちらへ来なさい!」
「えっ?」
少し離れた場所。
詩織や武尊と一緒にいた天音が振り返った。
「お父様?」
小走りでやって来る。
「何でしょう」
忠臣が道満を見る。
そして。
にこりと笑った。
「天音」
「道満殿と一本、立ち合ってみなさい」
「…………」
天音の目が。
一瞬で変わった。
「本当ですか?」
道満も木刀を握り直す。
「俺と?」
天音は。
にやり。
嬉しそうに笑った。
「ちょうどよかったです」
そして木刀を受け取る。
「麻賀多道満君」
「先ほどの続き――」
すっと構えた。
「今度は、ちゃんと勝負していただきます」
「…………」
道満も前へ出る。
「ああ」
「望むところだ」
晴真が二人を見る。
勝田流剣術。
勝田五勢。
攻め。
守り。
崩し。
誘い。
騙し。
その本当の姿を――。
晴真と道満は。
まだ知らなかった。




