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第六十五話 器用の極み


 勝田家での合同合宿。


その一角では――。


「違う、刀也」


立身刀次郎が木刀を構えながら言った。


「相手の肩だけを見るな」


「腰、足、重心。それらをまとめて見て、次の動きを予測するんだ」


「お、おう」


刀也も木刀を構える。


「そして、相手が動こうとする一瞬前に――」


刀次郎が滑るように踏み込む。


シュッ!


刀也の首筋寸前で木刀が止まった。


「こうだ」


「なるほど……」


刀也が頷く。


続いて。


「では次は私ですね」


鏑木柔次郎が前へ出た。


「刀也君。力で止めようとしないでください」


「相手の力が向かう方向を感じるんです」


「そこへほんの少し、自分の力を添える」


「そうすれば――」


刀也が殴りかかる。


柔次郎は、その腕に軽く触れただけだった。


次の瞬間。


「うおっ!?」


刀也の身体がくるりと回り。


ドサッ!


地面へ転がった。


「相手は自分から崩れてくれます」


「お、おお……」


さらに。


「次は俺だ」


岩富槍流が槍を構える。


「刀也。槍で一番大事なのは間合いだ」


「遠すぎれば届かない」


「近すぎれば槍の長さが邪魔になる」


「だから常に――」


槍先が刀也の周囲を走る。


シュッ!


シュシュッ!


「相手が最も嫌がる距離を保つ」


「その距離を相手に押しつけるんだ」


「なるほど……!」


刀也は何度も頷いていた。


頷いてはいる。


いるのだが――。


「…………」


しばらくして。


三人の指導を受けながら。


刀也は首を傾げた。


「なんだろうなぁ……」


「どうした?」


槍流が尋ねる。


「いや」


刀也は頭をかく。


「言ってることは分かるんだけどさ」


「なんかこう……」


腕を組む。


「スーッと入ってこないんだよな」


「…………」


三人が固まった。


「説明が難しいか?」


刀次郎が尋ねる。


「いや、難しいっていうか……」


「頭では分かるんだけど、身体が『これだ!』ってならねぇっていうか」


「うーん……」


柔次郎も考え込む。


三人とも。


教員として長く生徒を指導してきた者たちである。


説明も決して悪くない。


むしろ非常に理論的で、分かりやすい。


それでも刀也には、いまひとつ届いていなかった。


その様子を少し離れた場所から見ていたクシナダが――。


「ぷっ」


吹き出した。


三人が振り返る。


「クシナダ様?」


「なんじゃ、お主ら」


クシナダが苦笑しながら歩いてくる。


「先生もあろうものが」


腰に手を当てる。


「教え方がなっとらんなぁ」


「えっ」


刀次郎。


柔次郎。


槍流。


三人の顔が引きつった。


教師としては、かなり衝撃的な一言である。


「ではクシナダ様」


刀次郎が少し緊張しながら尋ねる。


「どのように教えれば……」


「そんなもの簡単じゃ」


クシナダが刀也の前へ立つ。


「よいか刀也」


「おう!」


「ここは――」


クシナダが手を振る。


「スパーン!」


「おお!」


刀也の目が変わる。


「それから相手が来たら――」


ガッ!


「ガキーン!」


「なるほど!」


「そこで力を受けずに、シュッと流して――」


くるり。


「最後は――」


クシナダが踏み込む。


「シュッパンじゃ!」


「…………」


刀次郎。


「…………」


柔次郎。


「…………」


槍流。


三人は完全に固まった。


だが。


「分かった!」


刀也の目が輝く。


「やっぱクシナダ様の教え方、分かりやすいな!」


「じゃろう?」


「ここがシュッパンですね!」


「そうじゃ!」


刀也が動く。


スッ。


相手の攻撃をかわす。


足を運び。


間合いを外し。


そこから一気に踏み込む。


シュッ!


ピタッ。


槍流の胸元で木刀が止まった。


「うむ!」


クシナダが満足そうに頷く。


「ほら!」


「できるではないか!」


「おお!」


刀也も嬉しそうに拳を握る。


「分かった!」


三人の教員は。


「…………」


顔を見合わせた。


クシナダが腕を組む。


「三人とも」


「少し修練が足らんな!」


「…………!」


三人に衝撃が走った。


自分たちは今まで、生徒へまともに教えられていなかったのだろうか。


そんな不安すら浮かんだ、その時。


「御三方」


静かな声が飛んできた。


クシナダに仕える――。


一葉。


二葉。


三葉。


三人が並んで立っていた。


一葉が深々と頭を下げる。


「どうか、お気になさらず」


「え?」


二葉も続ける。


「御三方の教え方には――」


きっぱり。


「何の問題もございません」


三葉がクシナダと刀也を見る。


「問題があるとすれば」


一拍。


「あちらのお二人です」


「おい」


クシナダが振り返る。


一葉はまったく気にせず続けた。


「あれで伝わると思っていらっしゃるクシナダ様と」


二葉。


「あれで理解できてしまう刀也様が」


三葉。


「少々、特殊なのです」


「…………」


三人の教員が再びクシナダと刀也を見る。


「スパーンからのシュッパンか?」


「そうじゃ!」


「分かった!」


「…………」


柔次郎が胸を撫で下ろす。


「良かった……」


刀次郎も息を吐く。


「本気で教師を辞めたほうがいいのかと思ったぞ……」


槍流も頷く。


「俺もだ」


三葉が優しく微笑む。


「御三方」


「どうか自信をお持ちくださいませ」


「ありがとうございます……」


三人が揃って頭を下げた。


そんな三人などお構いなしに。


刀也がクシナダへ近づく。


「なあ、クシナダ様!」


「なんじゃ?」


「ちょっと教えてよ!」


「何をじゃ?」


刀也が柔次郎を見る。


「角来剛柔流体術!」


そして。


「柔!」


柔次郎が少し驚く。


「柔を?」


「うん!」


刀也は拳を握った。


「さっき柔次郎先生がやってたやつ」


「相手の力を受け流す戦い方!」


クシナダが顎に手を当てる。


「ほう」


「お主が柔に興味を持つとはな」


「だってさ」


刀也は笑う。


「俺、いっつもぶつかってばっかだから」


「逆のことができたら、もっと戦い方増えるだろ?」


「…………」


柔次郎が僅かに目を見開く。


クシナダも嬉しそうに笑った。


「そうじゃな」


「うむ!」


「よし!」


腕まくりする。


「教えてしんぜよう!」


「よっしゃ!」


「まず相手がバーンと来たらじゃな――」


「おう!」


「スッとして、クルンじゃ!」


「なるほど!」


「最後にパンじゃ!」


「分かった!」


二人はそのまま歩いていった。


「…………」


柔次郎が呟く。


「もう理解している……」


刀次郎が肩を叩く。


「考えるな」


槍流も頷いた。


「我々には分からない世界なんだ」


◇


そのあと


横の修練場では――


「始まるぞ」


隼人が声を上げた。


迅。


美鈴。


隼人。


樹。


千尋。


五人の生徒 他にもたくさんの生徒達が並んで座っている。


その視線の先。


向かい合っているのは――。


立身刀優。


そして。


将門清盛。


二人とも霊木製の模擬武器を手にしていた。


「刀優先輩……」


美鈴は特に真剣な目を向けていた。


春花に言われた言葉を思い出す。


――刀優様の戦い方を、よく見ておきなさい。


何か一つだけに突出するのではなく。


様々な技術を高い水準で扱い。


その場に合わせて組み合わせる。


それは。


美鈴がこれから目指す戦い方の一つでもあった。


「双方、準備は?」


柔次郎が審判を務める。


「いつでも」


清盛が笑う。


刀優も霊木刀を構えた。


「こっちも」


「では――」


柔次郎が手を上げる。


「始め!」


ドンッ!


先に動いたのは清盛。


「速い!」


迅が声を上げる。


一気に間合いを詰める。


清盛の手に霊力が集まり――。


霊装旋棍。


「諸行無常!」


両腕に旋棍が現れる。


近距離。


この距離での清盛は強い。


旋棍による攻防。


そこへ将門流古武術を織り交ぜる。


ガンッ!


刀優の刀と旋棍がぶつかる。


そのまま清盛が肘を打ち込む。


刀優が身体をひねる。


かわす。


今度は蹴り。


刀身で流す。


さらに旋棍。


ガガガガンッ!!


「近い……!」


樹が呟く。


千尋も目を離さない。


清盛は武器だけで戦っているのではない。


拳。


肘。


膝。


蹴り。


旋棍。


すべてが繋がっている。


しかし。


刀優も崩れない。


立身流剣術。


最小限の動きで刃を滑らせ。


清盛の連撃を一つずつ受け流す。


「っ!」


清盛が一度距離を取る。


その瞬間。


諸行無常の形が変わった。


旋棍が伸びる。


「棍!」


迅が身を乗り出す。


ブンッ!!


中距離。


長い棍が大きく薙ぎ払われる。


刀優が後ろへ下がる。


だが。


「逃がさない!」


清盛が追う。


棍の長さを利用し。


刀優の間合いの外から攻撃を繰り返す。


「なるほど」


隼人が呟く。


「距離が変わるたびに武器を変えている」


近距離なら旋棍。


中距離なら棍。


そして――。


刀優がさらに離れた瞬間。


清盛が左掌を突き出した。


「霊撃弾!」


ドンッ!


霊力の塊が飛ぶ。


刀優が身体をひねってかわす。


続けて。


「霊撃砲!」


ドォン!!


今度はさらに巨大な霊力の砲撃。


刀優が横へ跳ぶ。


爆風で髪が舞い上がる。


「近、中、遠」


美鈴が呟く。


「全部戦えるんだ……」


「それだけじゃない」


迅が刀優を見る。


「刀優先輩もだ」


刀優が着地する。


その足元に――。


光が走った。


「結界」


ドンッ!


地面から。


巨大な結界の柱が立ち上がる。


「なっ!」


清盛が進路を変える。


すると。


ドン!


そこにも柱。


右へ行けば――。


ドン!


左へ行けば――。


ドン!


「柱で道を塞いでる……!」


千尋が驚く。


刀優は、中距離では直接攻撃しない。


結界の柱を生み。


清盛が進める場所。


避けられる場所。


攻撃できる場所。


それらを少しずつ限定していく。


美鈴が目を見開く。


「相手を誘導してるんだ……」


「そういうことです」


後ろから神門玄の声がした。


いつの間にか。


玄も観戦していた。


「刀優君は、結界を守るためだけには使いません」


「相手の行動を制限するために使う」


清盛が柱の隙間を抜ける。


「そこ!」


刀優の手から札が飛ぶ。


一枚。


二枚。


三枚。


「火炎!」


ボボボッ!!


火球が清盛を襲う。


「神門家の札術……!」


樹が驚く。


玄が頷く。


「母親である彩殿から教わったのでしょう」


「遠距離では札術」


「中距離では結界」


「近距離では立身流剣術」


美鈴が息を呑む。


まさに。


春花が言っていた通りだった。


何でも使う。


しかし。


ただ器用に使っているのではない。


すべてが繋がっている。


清盛が火球をかわす。


そこへ刀優が踏み込む。


斬撃。


清盛が棍で防ぐ。


ガキンッ!


また柱。


清盛がかわす。


その先には札。


さらに回避。


待っているのは刀優。


まるで――。


「踊ってるみたい……」


美鈴が呟いた。


刀優は。


清盛の攻撃をいなし。


結界で進路を作り。


札術で追い立て。


自らも剣を振るう。


その姿は。


戦っているというより。


まるで剣舞。


美しい舞を舞いながら。


相手を少しずつ。


自分の望む場所へ追い込んでいく。


そして――。


清盛が一歩踏み込んだ、その瞬間。


「そこ」


刀優が印を結んだ。


バンッ!!


八本の結界柱が一斉に立ち上がる。


「しまっ――!」


さらに柱同士が光で繋がった。


上。


下。


左右。


完全に清盛を閉じ込める。


「立身流――」


刀優の髪が霊気に揺れる。


「散桜柱結界陣」


ガァン!!


結界が完成した。


「おおっ!」


生徒たちが声を上げる。


清盛が結界内部で掌を上げる。


「霊撃――」


しかし。


「…………」


何も起きない。


「やっぱり使えないか」


清盛が苦笑する。


美鈴が尋ねる。


「どういう結界なんですか?」


玄が答える。


「結界内部での霊力使用そのものを封じる術です」


「霊力が使えない……」


「つまり」


玄が続ける。


「札術」


「式神術」


「霊力を用いる武術」


「そのすべてが大きく制限されます」


「強い……」


千尋が呟く。


迅も腕を組む。


「あれに捕まったら終わりだな」


「普通ならね」


声がした。


清盛だった。


結界の中で。


にやりと笑っている。


刀優の眉がわずかに動く。


「…………」


清盛が言った。


「前に一度」


「これで負けてるからな」


その瞬間。


清盛が地面を蹴った。


「えっ!?」


結界の完成直前。


わずかに残っていた柱同士の隙間。


その一瞬を狙って。


霊装武具を滑り込ませていた。


ズザァッ!


「抜けた!」


隼人が声を上げた。


刀優が笑う。


「やっぱり、もう捕まらないか」


清盛も笑う。


「同じ技で二回負けるのは嫌だからな」


「じゃあ――」


刀優が札を取り出す。


「これはどうかな?」


「ん?」


刀優が札を放つ。


一枚。


二枚。


三枚。


札は清盛へ向かわない。


先ほど立ち上がった――。


結界柱へ貼り付いた。


「神門流結界札術――」


柱に術式が走る。


「桜柱砲撃陣」


次の瞬間。


ボンッ!!


一本の柱から。


火球が放たれた。


「は!?」


清盛がかわす。


だが。


ボボボボッ!!


別の柱。


さらに別の柱。


四方八方。


結界柱そのものから火球が飛び出してくる。


「ええっ!?」


美鈴が思わず立ち上がる。


「結界から札術を撃ってる!?」


玄も目を見開いていた。


「なるほど……」


「札を結界柱へ組み込み、結界そのものを術の発射台にしたのですか」


火球。


火球。


さらに火球。


清盛が走る。


跳ぶ。


しゃがむ。


棍で弾く。


だが。


避けた先へ――。


「はっ!」


刀優。


斬撃。


ガキィン!!


清盛が旋棍で受け止める。


「くっ!」


「まだ!」


二撃目。


三撃目。


清盛が受ける。


蹴り。


ブンッ!


刀優が後ろへ跳ぶ。


清盛も蹴りの反動で間合いを取った。


だが。


その背後から。


火球。


「まずっ!」


逃げ場がない。


誰もがそう思った。


その瞬間。


清盛が振り返る。


腰を落とす。


右手を引き。


左掌を前へ。


「角来流剛柔体術――」


柔次郎の目が変わる。


「まさか……」


清盛の掌から。


ふわり。


霊力の波が広がった。


「柔波掌!」


ドンッ!!


火球と霊力の波がぶつかる。


ボシュッ!!


火球が。


消えた。


「…………!」


刀優の目が見開かれる。


観戦していた生徒たちも固まった。


「今の……」


美鈴が呟く。


柔次郎が苦笑する。


「私の技ですね」


「覚えたんですか!?」


「以前、見せたことはありますが……」


柔次郎が頭をかく。


「まさか実戦で使えるところまで仕上げているとは」


その一瞬。


刀優の意識が柔波掌へ向いた。


清盛は見逃さない。


「もらった!」


ドンッ!!


一気に間合いを詰める。


「っ!」


刀優も即座に我へ返った。


刀を構える。


走る。


清盛も走る。


二人が――。


修練場中央へ。


一気に。


踏み込む。


「はぁっ!」


「おおっ!」


ガッ!!


静寂。


二人の動きが止まった。


「…………」


清盛の首筋には。


刀優の霊木刀。


そして。


刀優の胸元には。


清盛の掌底。


あと数センチ。


どちらも。


そのまま撃ち抜ける位置。


柔次郎が二人を見る。


そして。


笑った。


「そこまで」


「今回も――」


手を上げる。


「引き分けですね」


「ふぅ……」


刀優が刀を下ろす。


清盛も構えを解いた。


しばらく互いを見る。


そして。


清盛が笑った。


「いやぁ」


「結界の柱から火球を撃つのは、ずるいぜ」


刀優の眉がぴくりと動く。


「他の流派の技を勝手にパクる人に言われたくないね」


「パクってない」


「参考にしただけだ」


「それをパクったって言うんだよ」


「使えるものは使わないともったいないだろ?」


「開き直った」


「ははは!」


二人は笑い合う。


その様子を見ながら。


柔次郎も苦笑した。


「まったく……」


そして清盛を見る。


「しかし」


「清盛の才能は、本当にすごいな」


玄も頷く。


「ええ」


「自分の流派だけに固執せず、他流の技を理解して、自分の戦い方へ組み込んでいる」


そして。


刀優を見る。


「刀優も」


「以前より、さらに技が磨かれています」


美鈴は。


黙ったまま二人を見ていた。


近距離。


中距離。


遠距離。


武器。


体術。


結界。


札術。


二人とも。


何か一つだけで戦っているのではない。


自分が持っているものを。


距離。


相手。


状況。


そのすべてに合わせて使い分けている。


「……そっか」


美鈴が小さく呟く。


迅が振り返る。


「ん?」


「私」


美鈴が笑った。


「ちょっと分かったかも」


「何が?」


「何でもできるって」


刀優を見る。


「こういうことなんだね」


一つの技だけを極める者。


複数の技を繋ぎ合わせる者。


相手の技すら取り入れる者。


そして――。


「スパーン!」


遠くから。


クシナダの声が響いた。


「そこからクルンじゃ!」


「おお!」


刀也の声。


「最後にパン!」


「分かった!」


「…………」


迅たちが一斉にそちらを見る。


長い沈黙。


隼人がぽつり。


「あれは……」


「真似しなくていいと思う」


「うん」


美鈴が即答した。


「私もそう思う」


皆が笑う。


合同合宿。


そこでは。


教え方も。


学び方も。


戦い方も。


誰一人として同じではない。


だからこそ。


互いから学べるものがある。


生徒たちはまた一つ――。


自分たちとは違う戦い方を、その目に焼き付けていた。

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