第六十四話 それぞれの師
合同合宿が本格的に始まると――。
広大な勝田家の敷地では、至るところで修練が始まった。
札が飛び。
刀がぶつかり。
槍が風を裂き。
薙刀が舞い。
結界が展開され。
式神たちが駆け回る。
これだけの人数。
そして、これだけの達人が一堂に集まる機会など、まずない。
生徒たちは皆、自分に必要なものを求めて、あちらこちらへ散っていった。
その中でも――。
「晴真君! こっちじゃ!」
「桜君! 一度こちらへ!」
「晴真! 次は俺のところに来い!」
「ええっ!?」
晴真は開始早々、完全に引っ張りだこだった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
右から御堂晴隆。
左から御堂晴時。
その向こうでは神門蓮雅が手招きし。
さらに麻賀多道秀まで待っている。
「どこから行けばいいの!?」
晴真が困り果てる。
そして――。
似たようなことになっている者が二人。
「道満」
「今度はこちらへ来い」
「いや、その前に札術を見せてくれ」
「待て待て。霊圧の使い方も確認しておきたい」
「…………」
道満の額に汗が浮かぶ。
「順番にお願いします」
凛も同じだった。
「凛さん、こちらへ」
「麻賀多の浄化術をどこまで使える?」
「結界との相性も見ておきたいですね」
「え、えっと……!」
凛が目を回す。
晴真。
道満。
凛。
一年一組の中でも特に目立つ三人は、開始早々、大人たちから引っ張りだこになっていた。
◇
その一方。
なぜか――。
刀也の周囲だけ、ぽっかりと空いていた。
「…………?」
刀也が首を傾げる。
少し離れた場所では、大人たちがひそひそ話している。
「刀也君は……」
「クシナダ様の弟子じゃからな」
「勝手に教えてよいものか……」
「余計なことをして、クシナダ様の教えを邪魔しても困る」
「でも本人、暇そうですよ」
「…………」
刀也が眉をひそめた。
「なんで誰も来ねぇんだよ!」
その声を聞いたクシナダが、呆れたように振り返る。
「何を遠慮しておる」
大人たちが一斉に姿勢を正した。
「ク、クシナダ様」
「妾が弟子にしておるからといって、妾以外から学んではならぬなどと言った覚えはないぞ」
「は、はい」
クシナダは辺りを見渡す。
そして。
「槍流」
「はい!」
岩富槍流が前へ出る。
「柔次郎」
「はい」
鏑木柔次郎が穏やかに笑う。
「刀次郎」
「承知しました」
立身刀次郎も進み出た。
クシナダは刀也を指差した。
「三人とも」
「こやつに、お主らの技を教授してやってくれ」
「えっ?」
刀也が目を丸くする。
クシナダは笑った。
「ちょうどよい」
「この三人は、どれもお主とはまるで違う戦い方をする」
刀也を見る。
「お主は真正面から勢いよく突っ込むのが得意じゃ」
「おう!」
「褒めておらん」
「えっ」
周囲から笑いが漏れる。
クシナダは槍流を見る。
「槍流は間合いを支配する」
続いて柔次郎。
「柔次郎は、相手の力を受け、流し、崩す」
最後に刀次郎。
「刀次郎は相手をよく観察し、最小限の動きで斬る」
そして刀也へ視線を戻す。
「どれも、お主に足りぬものじゃ」
「全部!?」
「全部じゃ」
「マジかよ……」
「じゃが――」
クシナダが楽しそうに笑う。
「覚えれば、お主はもっと面白い武人になる」
その言葉に。
刀也の顔が変わった。
「……よし!」
拳を握る。
「三人とも、お願いします!」
柔次郎が笑う。
「元気があっていいですね」
刀次郎は苦笑する。
「まずは人の話を聞くところからだな」
槍流も笑った。
「それが一番難しそうだ」
「なんでだよ!」
◇
少し離れた場所。
美鈴は、一人で修練場を見回していた。
「うーん……」
札術。
結界術。
式神術。
武術。
どれも学びたい。
しかし。
「私って、何を一番伸ばせばいいんだろ……」
美鈴は二班のリーダー。
陰陽術も使える。
武術も最低限こなせる。
状況判断も得意。
逆に言えば――。
何か一つだけが突出しているわけではない。
そんな美鈴の隣へ。
「悩んでいるのですか?」
すっと春花が現れた。
「春花さん」
「はい」
美鈴は苦笑する。
「せっかくこんなにすごい人たちがいるのに、誰に教えてもらえばいいのかなって」
春花は少し考え。
ある女性を指差した。
「立身彩様に、ご指導いただきなさい」
「立身彩様?」
そこでは一人の女性が、生徒に札術を教授していた。
一枚。
二枚。
三枚。
流れるように札を操り。
術を組み合わせていく。
「刀優先輩のお母様ですよね?」
「はい」
春花が頷く。
「ミヅチ様が、自ら愛弟子と認めた札術の天才です」
「ミヅチ様の……」
美鈴が驚く。
春花はさらに続ける。
「そして刀優様も来ていらっしゃいます」
少し離れた場所。
監督生として参加している刀優が、生徒たちの修練を手伝っている。
「刀優様の戦い方も、よく見ておきなさい」
「刀優先輩を?」
「はい」
春花は美鈴を見る。
「刀優様は、何か一つだけが突出しているというより――」
「札術」
「剣術」
「体術」
「状況判断」
「どれも極めて高い水準で扱います」
美鈴が刀優を見る。
「何でもできる……」
「ええ」
春花が頷く。
「複数の技術を組み合わせ、最も適した方法を選ぶ」
「器用に何でもこなせるということは、決して中途半端という意味ではありません」
美鈴が目を見開いた。
「…………」
「あなたにとって」
春花が微笑む。
「とても良い手本になると思いますよ」
美鈴の顔が明るくなった。
「はい!」
そして勢いよく立身彩のもとへ走っていった。
◇
弓術の修練場では――。
「もう一度」
鏑木与之介が静かに告げた。
「はい!」
岩富奉先が弓を構える。
ギリギリギリ――。
弦を引き絞る。
放つ。
ヒュン!
矢が一直線に飛び。
遠く離れた的の中央へ突き刺さった。
「おお!」
奉先自身が嬉しそうに声を上げる。
だが。
「まだだ」
与之介が言う。
「え?」
「今の矢は当てただけだ」
与之介が自ら弓を持つ。
「鏑木流は、的に矢を当てることだけを弓術とは呼ばぬ」
矢を番える。
「敵の動きを縛る」
一本。
「逃げ道を塞ぐ」
二本。
「味方の進路を作る」
三本。
そして――。
ヒュヒュヒュン!
三本の矢が、それぞれ全く異なる場所へ飛ぶ。
奉先の目が大きく開いた。
「なるほど……!」
隣では与乃も頷く。
「弓は倒すだけではありません」
「戦場そのものを動かす武器でもあります」
奉先の顔が輝く。
「面白い……!」
槍と弓。
どちらも得意としてきた奉先だったが。
ここまで深く弓を考えたことはなかった。
「もう一度お願いします!」
「よかろう」
与之介が頷く。
その一方で。
与乃が弟に小声で話しかける。
「与之介」
「なんですか」
「奉先君……かなりの才能ですね」
「あそうですね」
与之介は嬉しそうに笑った。
「教えたことを、すぐ自分のものにしようとする」
「岩富家は槍だけではないらしい」
◇
一方。
そのいとこ――舞桜はというと。
なぜか。
「では、意識を集中してください」
「はい!」
剣でも。
槍でも。
薙刀でもなく。
式神術を学んでいた。
木之子大樹と西御門小樹の前で、舞桜が目を閉じる。
近くを通った奉先が思わず足を止めた。
「舞桜?」
「何やってるんだ?」
舞桜が目を開ける。
「式神術です」
「それは見れば分かる」
奉先が首を傾げた。
「なんで?」
舞桜は当然のように答えた。
「妾は、馬術が得意じゃろう」
「うん」
「だから――」
目を輝かせる。
「乗れる式神を召喚してみたいのじや!」
「そこ!?」
「だって格好いいじゃろ!」
舞桜は真剣だった。
小樹がくすくす笑う。
「立派な理由ですよ」
大樹も頷く。
「式神との相性さえ良ければ、騎乗型の式神も十分可能だ」
「本当ですか!?」
「ただし」
大樹が人差し指を立てる。
「自分の都合だけで呼び出してはいけない」
「式神も意思を持つ存在だ」
「はい!」
「まずは、お互いに認め合える相手を探すところからだな」
「頑張ります!」
舞桜は嬉しそうに再び目を閉じた。
◇
別の場所では――。
ドォン!!
「ぬおおおっ!」
角来剛乃介が吹き飛んだ。
いや。
自ら後方へ跳んで、衝撃を逃がした。
目の前にいるのは。
将門愛理。
そして将門清盛。
「もう一度お願いします!」
愛理が構える。
剛乃介が笑う。
「お前ら!」
「これは教授じゃぞ!」
清盛も旋棍――諸行無常を構える。
「はい!」
「勝負形式のほうが分かりやすいので!」
「完全に戦う気じゃないか!」
そう言いながらも。
剛乃介自身、楽しそうだった。
「よし!」
「なら来い!」
「将門流と角来流――どちらが上か、もう一度確かめてやる!」
「望むところです!」
もはや修練なのか勝負なのか。
誰にも分からなくなっていた。
◇
薙刀の修練場。
立身巴の前には――。
道満。
紅葉。
小夜。
ひなた。
四人が並んでいた。
「では」
巴が薙刀を構える。
「基本から見ます」
一人ずつ。
構え。
足運び。
間合い。
斬り返し。
巴が細かく確認していく。
そして。
道満の番。
「やってみなさい」
「はい」
道満が薙刀を握る。
初めて扱う武器ではない。
しかし、専門的に学んできたわけでもない。
それでも。
一度、巴の動きを見る。
「…………」
すっ。
足を運び。
薙刀を滑らせる。
ブンッ!
「…………!」
巴の目が変わる。
「もう一度」
「はい」
ブンッ!
「そこ」
巴が道満の手首を直す。
「力ではなく、柄全体を使いなさい」
「こうですか?」
「そう」
もう一度。
ヒュン!
「…………」
巴の目が輝いた。
「もう一度!」
「はい」
「今度は踏み込みも合わせて!」
「はい!」
どんどん熱が入っていく。
その様子を少し離れた場所から。
岩富槍玄がじーっと見ていた。
「…………」
羨ましそうだった。
巴がその視線に気づく。
「あ」
槍玄と目が合う。
「…………」
「…………」
巴は苦笑した。
「道満君」
「はい?」
「あとで槍玄様のところにも行ってあげてください」
「え?」
道満が槍玄を見る。
槍玄は何でもないように、ぷいっと顔を逸らした。
「別に」
「無理にとは言わんぞ」
「…………」
明らかに来てほしそうだった。
道満が苦笑する。
「分かりました」
「後で伺います」
「そうか!」
槍玄が即座に振り返る。
紅葉が小さく笑う。
「嬉しそう」
小夜も笑う。
「ですね」
「聞こえておるぞ!」
◇
さらに。
神門家の札術修練では。
樹。
高崎秀。
寺崎学。
臼井千尋。
四人が真剣な表情で札を構えていた。
「札は術を出すための道具ではありません」
神門玄が言う。
「術式を形にするための媒体です」
神門蓮雅。
神門蓮司。
立身彩。
それぞれが異なる札術を披露していく。
同じ札術でありながら。
扱い方はまるで違う。
「すごい……」
秀が呟く。
学も食い入るように見る。
千尋は札の動きを一つも見逃すまいと集中していた。
◇
西御門家の結界術では。
詩織と武尊が。
西御門紫玄。
そして紫苑から直接指導を受けていた。
「結界を壁だと思うな」
紫玄が告げる。
「空間そのものを支配する術だ」
武尊が結界を展開する。
「こうですか!」
「力みすぎだ」
パリン!
「うわっ!」
結界が砕ける。
隣では詩織が慎重に形を整えていた。
紫苑が微笑む。
「詩織さんは丁寧ですね」
「ありがとうございます!」
「ですが、丁寧すぎます」
「えっ」
「戦いでは完成を待ってくれません」
「多少荒くても、一瞬で張る判断が必要です」
「はい!」
それぞれの長所。
それぞれの弱点。
達人たちは、それを見抜き。
一人一人に合った指導を行っていく。
◇
そして。
その頃。
「晴真君!」
「次はこちらじゃ!」
「桜君!」
「一度休ませてくださいー!」
晴真だけは――。
いまだに、あちらこちらへ引っ張り回されていた。
◇
そんな熱気に満ちた勝田家の中で。
ただ一人。
完全に修練から離れている少年がいた。
西御門蒼空。
「…………すぅ」
木陰。
芝生の上。
腕を枕にして。
気持ちよさそうに眠っていた。
「…………」
しばらくして。
蒼空の眉が、ぴくりと動く。
「…………?」
誰かに見られている。
そんな気がした。
ゆっくり目を開ける。
「…………」
誰もいない。
右。
左。
「おかしいな……」
周囲を見回す。
しかし。
誰もいない。
「気のせいか」
もう一度、目を閉じる。
「…………」
やはり。
感じる。
視線。
誰かが。
近くにいる。
「…………」
蒼空は目を閉じたまま。
突然。
ばっ!
腕を伸ばした。
「捕まえた――」
スカッ。
手は空を切った。
「……あれ?」
目を開ける。
誰もいない。
「絶対いるのに」
蒼空が起き上がる。
「もういい」
少しむっとする。
「蒼蛇眼で見てやるからな」
瞳が淡い蒼色に変わる。
蒼蛇眼。
人。
物。
術。
霊力。
感情。
構造。
あらゆる情報を見抜き。
その情報を直接、脳へ送り込む特殊な陰陽眼。
蒼空が周囲を見渡す。
「…………」
木。
草。
石。
遠くで修練する生徒。
霊力の流れ。
風。
何もおかしなものはない。
「なんで……?」
その瞬間。
背後から。
「ほう」
声。
「それが蒼蛇眼か」
「うわぁっ!?」
蒼空が飛び上がった。
勢いよく振り返る。
そこには。
いつの間にか、一人の男が立っていた。
「び、びっくりした!」
男は悪びれた様子もなく笑った。
「すまない」
「脅かすつもりはなかったんだが」
少し肩をすくめる。
「つい楽しくなってしまってな」
「誰ですか?」
男は軽く頭を下げた。
「私は根郷宗時」
「根郷衆の首領をやっている者だ」
「根郷衆……」
蒼空が目を瞬かせる。
そしてすぐ。
先ほどの疑問をぶつけた。
「なんで?」
「何がだ?」
「蒼蛇眼に反応しなかったんですか?」
宗時は笑った。
「隠遁術だ」
「いんとんじゅつ?」
「気配」
「霊力」
「呼吸」
「存在感」
「それらを周囲へ溶け込ませる」
宗時は自分の胸を指差した。
「目から隠れるのではない」
「相手に『そこにいる』と認識させない技だ」
「…………」
蒼空の目が輝いた。
「そんなことできる人がいるんですね」
「ああ」
「忍びには必要な技だからな」
蒼空は勢いよく立ち上がった。
「宗時さん!」
「なんだ?」
「隠遁術――」
頭を下げる。
「教えてください!」
「…………」
宗時が少し驚く。
「なぜだ?」
「君は忍びではないだろう」
蒼空は顔を上げる。
そして。
ものすごく真剣な表情で答えた。
「だって」
「それができれば――」
拳を握る。
「サボってても紫苑さんに見つからないでしょ?」
「…………」
宗時が固まった。
「…………」
そして。
「くっ」
肩が震える。
「くくく……」
ついには腹を抱えた。
「ははははは!」
「?」
「いや、すまん」
目元を拭う。
「面白いな、君」
宗時は蒼空を見る。
「隠遁術を覚えたいと言ってくる者は何人もいた」
「敵に見つからぬため」
「偵察を成功させるため」
「暗殺から逃れるため」
一拍置く。
「サボるため、と言った者は初めてだ」
「教えてくれないんですか?」
「いや」
宗時が楽しそうに笑う。
「よかろう」
「本当ですか!?」
「ああ」
「ただし――」
宗時の口元が少しだけ吊り上がる。
「根郷衆の隠遁術は、そう簡単ではないぞ」
蒼空も笑った。
「大丈夫です」
「覚えます」
「サボるために?」
「はい!」
即答だった。
「はははは!」
宗時の笑い声が響く。
こうして。
誰も予想していなかった。
西御門家の蒼蛇眼と。
根郷衆の隠遁術。
奇妙な組み合わせの修練が――。
ひっそりと始まった。




