第六十二話 勝田家合同合宿
週末
神門家と岩富家。
両家とも――
「これなら互いの面目も立つ」
ということで話がまとまり。
勝田家での合同合宿が開催されることになった。
参加するのは一年一組だけではない。
神門家。
岩富家。
さらに話を聞きつけた――
御堂家。
麻賀多宗家。
立身家。
根郷家。
角来家。
西御門家。
そのほかにも裏佐倉で名の知られた家々が、桜がけを控えた生徒たちの修練に協力しようと集まっていた。
そして――
「…………」
勝田家当主。
勝田忠臣は屋敷の前に集まった面々を見渡していた。
右を見ても。
左を見ても。
裏佐倉の重鎮。
名家の当主。
その子弟。
眷属。
教師。
そして大量の生徒たち。
「正臣」
「はい」
忠臣はゆっくり息子を見る。
「お前のクラスの合宿だったはずだな?」
「そのはずだったんだけどな……」
「ではこれはどういうことだ!」
忠臣が周囲を指差す。
「裏佐倉の名のある方々が勢揃いしておるではないか!」
「いや俺も」
正臣が頭を掻く。
「まさかこんなに集まるとは思ってなかったんだよ」
その肩越し。
晴真の肩に座っていた桜花がニコニコ笑う。
「正臣様」
「何だ?」
「やりすぎちゃいましたね」
「俺にそれ言うのか!?」
晴真が吹き出す。
「先生も言われてる」
「笑うな晴真!」
周囲にも笑いが起こった。
正臣はため息をつく。
「桜がけ前だし」
一年一組を見る。
「こいつらのために少しでも色んな人から学べればと思っただけなんだよ」
すると忠臣の隣にいた寿美が笑った。
「それなら私も協力しないとね」
「母さん?」
「私の実家の上勝田家にも声を掛けましたよ」
「え?」
「それから親戚筋の下勝田家」
指を折る。
「和田家」
「上別所家にも」
正臣が固まる。
「母さんまで何やってんだよ!」
「だって合同合宿でしょう?」
「規模を増やしてどうするんだよ!」
忠臣が額を押さえた。
「お前は母親似だな……」
「どこが!?」
◇
勝田家。
そしてその周囲に存在するいくつかの家々。
この地域には昔から少し変わった繋がりがあった。
その中心にあるのが勝田家。
晴真が周囲を見る。
「なんかすごいね」
勝田家の者だけではない。
上勝田家。
下勝田家。
和田家。
上別所家。
それぞれの家の者たちが勝田家へ集まり、当たり前のように準備を手伝っている。
料理。
寝床。
修練場。
霊馬の世話。
道具の準備。
誰かが命令しているわけでもない。
それぞれが自然に役割を見つけて動いていた。
「昔からこうなの?」
晴真が道満へ尋ねる。
「俺も詳しくはないが」
道満が周囲を見る。
「勝田家を中心にした繋がりがあるとは聞いている」
そこへ。
「それなら私が説明しようか」
穏やかな声。
晴真が振り返る。
「道隆さん!」
麻賀多道隆が笑っていた。
「こんにちは、晴真君」
「こんにちは!」
晴真の顔がぱっと明るくなる。
道満の兄。
麻賀多宗家の長男。
道隆はいつ会っても穏やかで。
優しく。
頼りになる。
晴真にとって憧れの先輩の一人だった。
道隆は勝田家の屋敷を見る。
「この辺りの家々は昔から勝田家との繋がりがとても強いんだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「勝田家の祖先がクシナダ様から陰陽術と武芸を教わったのが始まりだと言われている」
少し離れたところでは。
クシナダが酒を飲みながら笑っていた。
「その技を勝田家だけで独占せず、周囲の家々へ広めた」
道隆が続ける。
「それから各家が互いに助け合うようになった」
「へぇ……」
「周囲の家々は勝田家を立て」
「勝田家も何かあれば必ず助けに向かう」
「主従というより」
少し考える。
「互助の関係に近いかな」
道満も頷く。
「上下ではなく、勝田家を中心にまとまっているということですね」
「そういうこと」
晴真が感心する。
「だからみんな先生の家に集まってくるんだ」
「それだけじゃないけどね」
「え?」
道隆が笑う。
「正臣先生自身も、この辺りではかなり慕われているから」
少し離れたところ。
地域の年長者たちが正臣を囲んでいた。
「しかし若も変わらんな!」
「本当じゃ!」
「昔から何度驚かされたことか!」
正臣が嫌そうな顔をする。
「その若って呼び方やめてくれません?」
「何を言う!」
一人の老人が豪快に笑う。
「クシナダ様から直接指導を受け!」
別の者も続く。
「森一つ焼き野原にしたこともあったな!」
「それ言わなくていいだろ!」
「だが困った時には必ず颯爽と現れる!」
「そうそう!」
「まるで夜叉丸様のようじゃ!」
「…………」
正臣の顔が引きつった。
少し離れたところで。
沙羅がニヤニヤ笑っている。
「正臣」
「何だよ」
「お前が夜叉丸の生まれ変わりだって教えたら」
さらに笑う。
「こいつらお前を神様みたいに扱うんじゃねぇか?」
「絶対言うなよ!」
「分かってるって!」
「本当だろうな!」
この地域には。
クシナダへの信仰。
そして夜叉丸への信仰が今も強く残っている。
勝田家の祖へ技を伝えたクシナダ。
そしてかつて、この土地の者たちを何度も救った夜叉丸。
両者は今も特別な存在だった。
するとクシナダが楽しそうに笑う。
「ということは」
正臣を見る。
「正臣が夜叉丸として崇められるようになれば」
杯を掲げる。
「とうとう私と同格まで上り詰めるか」
「やめてください!」
周囲が大笑いする。
◇
各家の当主たちは。
いつの間にか今日のもてなしについて話し合いを始めていた。
「食事はこちらで用意します」
「では寝床はうちの者が」
「霊馬の世話はこちらで引き受けよう」
「修練場の準備は任せろ」
次々と役割が決まっていく。
晴真はその光景を眺める。
「…………」
「どうした?」
道満が尋ねる。
「いや」
晴真は少し困ったように笑う。
「これ」
周囲を見る。
「どっかの国のお殿様の家みたいだなって」
「確かに」
道満も笑った。
そこへ道隆が戻ってくる。
「でも勝田家が威張っているわけじゃないんだ」
「うん」
晴真にもそれは分かる。
周囲の家々が勝田家を敬っている。
それと同時に。
勝田家も周囲の家々を大切にしている。
だからこそ。
これだけの繋がりが長く続いているのだろう。
「そういえば」
晴真が道隆を見る。
「道隆さんも参加するんですね!」
「ああ」
道隆が笑う。
「せっかくの機会だからね」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ」
そこへ。
「晴真君」
聞き覚えのある声。
晴真が振り返る。
「私もいるよ」
「道香さん!」
麻賀多道香が笑っていた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
そしてその隣には――
「晴真」
「あっ」
晴真の背筋が少し伸びる。
「刀姫先輩!」
立身刀姫が腕を組んで立っていた。
「ああ」
晴真をじっと見る。
「先に言っておくぞ」
「はい」
「問題起こすなよ」
「…………はい」
即答。
道満が横で笑う。
「返事だけは良いな」
「道満君!」
刀姫も少し笑った。
「まあ楽しめ」
「はい!」
するとさらに――
「先輩たち」
声がした。
「こんにちは」
晴真が振り返る。
「陽乃姉さん!」
御堂陽乃が歩いてくる。
その隣には。
「晴真君」
「紫花さん!」
西御門紫花も一緒だった。
「先日はどうも」
「こちらこそ!」
晴真は改めて周囲を見る。
麻賀多道香。
立身刀姫。
御堂陽乃。
西御門紫花。
「…………」
少し考える。
四人とも。
学園でも名前が知られているほどの美人。
晴真はじーっと四人を見る。
「どうしたの?」
陽乃が首を傾げる。
「いや……」
晴真はさらに見る。
道隆が笑う。
「晴真君?」
「何をそんなに真剣に見てるの?」
晴真はようやく答えた。
「この前」
「うん?」
「秀君と学君と樹君に言われたんです」
「何を?」
「僕と道満君は」
道満を見る。
「近くに綺麗な人がいっぱいいるから」
再び四人を見る。
「美人を見てもあんまり驚かないって」
「…………」
女性陣が一瞬黙る。
道満が吹き出した。
「それを思い出していたのか」
「うん」
晴真は素直に頷く。
「見慣れてるからあんまり気づかなかったけど」
四人を見る。
「やっぱりみんな綺麗なんだなぁって」
「晴真君……」
陽乃が苦笑する。
道香も。
「本人たちの前で普通に言うんだね」
紫花も少し照れた様子。
刀姫だけは――
「今更何を言ってるんだ」
あまり気にしていなかった。
道隆が笑う。
「なるほど」
道満を見る。
「道満はどうなんだ?」
「俺も」
道満が苦笑する。
「今ちょうど同じことを考えていました」
「やっぱり?」
「だから晴真が何を考えているかすぐ分かった」
晴真と道満が顔を見合わせる。
「一緒だね」
「ああ」
二人が笑った。
その様子を見て。
道隆は少し目を細めた。
道香も嬉しそうに笑う。
弟の道満。
昔は周囲と距離を取り。
何でも一人でこなそうとしていた。
そんな弟が今は。
当たり前のように友人と笑っている。
しかも。
互いが何を考えているのか分かるほどの親友。
「…………」
道隆が静かに笑う。
道香も同じ気持ちらしい。
「良かったね」
小さく呟いた。
「うん」
◇
その時。
「晴真君!」
「道満君!」
二人が振り返る。
「凛ちゃん!」
凛がこちらへ走ってきた。
今日はいつもの姿。
だが腰には新しい霊木がある。
鞭の霊装武具。
道隆が凛を見る。
そして笑った。
「おっ」
「これでまた一人」
晴真が首を傾げる。
「何がですか?」
道隆は女性陣を見る。
道香。
刀姫。
陽乃。
紫花。
そして凛。
「美人さんが増えたなと思って」
「えっ!?」
凛の顔が赤くなる。
周囲から笑いが起こった。
「道隆さん!」
「ごめんごめん」
晴真も笑う。
「確かに凛ちゃんも綺麗だよね」
「晴真君まで!」
「え?」
「そういうところですよ、晴真君」
紫花が笑う。
「何が?」
「何でもないです」
刀姫が呆れたように息を吐く。
「相変わらずだな」
道満も。
「ああ」
凛は少し頬を膨らませた。
「もう……」
けれど。
少し嬉しそうだった。
◇
そんな賑やかな時間を過ごしていると――
「おーい!」
正臣の声が響いた。
皆が振り返る。
屋敷の前。
正臣が手を上げている。
「一度集まってくれ!」
「来てくださった方々に挨拶する!」
「それと今日の予定を説明するぞ!」
周囲にいた者たちが動き始める。
晴真も皆を見る。
「行こう!」
「うん」
凛が頷く。
道満も。
「ようやく始まるな」
道隆たち上級生も後ろからついていく。
気づけば。
勝田家の広い庭を埋め尽くすほどの人数。
裏佐倉の名家。
当主。
眷属。
教師。
上級生。
そして一年生。
桜がけを前に。
これほど多くの者たちが一つの場所へ集まった。
その中心にいるのは――
「正臣!」
「早く始めろ!」
「若、挨拶じゃ!」
「だから若って呼ぶな!」
顔を真っ赤にして怒鳴る正臣だった。
晴真たちは大笑いする。
こうして。
予想を遥かに超える規模となった――
勝田家合同合宿が。
いよいよ始まろうとしていた。




