第六十一話 次の合宿先
西御門家での泊まり込みの修練を終えた翌週。
昼休み。
一年一組の教室はいつものように賑やかだった。
週末は本当に色々なことがあった。
西御門紫玄による結界術の修練。
凛は紫月から鞭術を教わり。
その合間には蒼空の蒼蛇眼。
大蛇摩耶。
そして400以上前の出来事まで明らかになった。
だが――
そんな大事件があったとは思えないほど。
今の一年一組は平和だった。
「はぁ……」
秀が机へ肘をつく。
「紫花さん綺麗だったなぁ……」
学も遠い目をする。
「本当に綺麗だった……」
樹まで頷いた。
「分かる」
三人揃って。
「また会いたい……」
完全に鼻の下を伸ばしている。
迅がそれを見て眉を寄せた。
「何だよそれ」
秀が振り返る。
「何が?」
「そんなに綺麗だったのか?」
「そりゃもう!」
学が身を乗り出した。
「めちゃくちゃ綺麗だったぞ!」
「マジかぁ……」
迅が頭を抱える。
「俺も行けば良かった!」
刀也が笑う。
「お前、結界術そんな興味ねぇだろ!」
「今興味出た!」
「紫花さんにだろ!」
教室に笑いが起こる。
その横では女子たちも盛り上がっていた。
「見て見て!」
美鈴が一枚の写真を机へ置く。
そこには――
普段とはまるで違う姿の女子たち。
凛。
小夜。
紅葉。
美鈴。
千尋。
ひなた。
皆が紫月と深月に教えてもらった化粧をしている。
髪型もいつもより派手。
まるで別人のようだった。
「可愛い!」
紗月が写真を覗き込む。
「すごいね!」
茜も目を輝かせる。
桔梗も。
「私もやってみたい」
綾女が凛を見る。
「これ凛?」
「そうだよ」
凛が少し恥ずかしそうに笑う。
「紫月さんと深月さんにやってもらったの」
刀也が写真を見る。
「なんかギャルだらけだな」
迅も頷く。
「お前ら何の修練しに行ったんだよ」
「ちゃんと結界術もやりました!」
凛がすぐに反論する。
「鞭も!」
「化粧の時間の方が長かったんじゃねぇの?」
「そんなことないよ!」
美鈴が目を逸らす。
「……たぶん」
「たぶん!?」
また笑いが起こる。
その時。
教室の扉が開いた。
「楽しそうね」
「あっ」
晴真が振り返る。
「紫苑先生!」
紫苑が何枚かの写真を持って入ってきた。
「昨日の写真」
「紫月が人数分焼いてくれたから持ってきたわよ」
「本当ですか!」
女子たちが一斉に集まる。
「これ私!」
「こっちも可愛い!」
「紅葉すごい似合ってる!」
「当然ですわ!」
「小夜ちゃんも可愛い!」
「そ、そうですか?」
教室がさらに賑やかになる。
すると晴真が紫苑の後ろを見る。
「あれ?」
そこに一人。
眠そうな顔で立っている少年がいた。
「蒼空君!」
「やあ」
蒼空が軽く手を上げる。
道満も驚く。
「どうしたんだ?」
凛も笑顔になる。
「今日来てたんだ!」
「うん」
蒼空は少し嬉しそうに答えた。
「今日から学園に復帰するんだ」
「本当!」
晴真が笑う。
「良かった!」
「俺も黒桜寮に移動したいって言ったんだけどさ」
「え?」
「駄目って言われた」
「当たり前です」
紫苑が即答した。
蒼空が不満そうな顔になる。
「晴真君と道満君と凛と一緒が良かったのに」
「あなたは紅桜寮です」
「えー」
「そして私のクラス」
「えー」
「文句を言わない」
「はいはい」
紫苑がじろりと睨む。
「その返事」
「何?」
「あなた絶対すぐサボるでしょう」
「…………」
蒼空が目を逸らした。
晴真が笑う。
「でも蒼蛇眼が勝手に発動しなくなったなら、もう前みたいに眠くならないんじゃない?」
「それがねぇ」
紫苑がため息をつく。
「長年の癖って恐ろしいのよ」
「癖?」
「眠ること自体が癖になってるみたいで」
蒼空が当然のように頷く。
「昼寝って気持ちいいじゃん」
「ほら」
紫苑が額を押さえる。
「すっかりサボり癖がついてるの」
教室に笑いが起こる。
蒼空が少し不満そうに言う。
「でも成績悪くないよ」
「それが腹立つのよね」
紫苑が苦笑する。
「結構優秀なのよ」
「そうなんですか?」
晴真が驚く。
「ええ」
紫苑は蒼空を見る。
「やっぱり蒼蛇眼は強いわ」
術式。
結界。
武具。
人の動き。
見れば多くの情報を得ることができる。
「本人が真面目にやれば、かなり強いですよ」
「真面目にやればね」
蒼空が言う。
「自分で言わないの!」
紫苑が軽く頭を叩く。
「痛い」
「桜がけでも」
紫苑が晴真たちを見る。
「蒼空はかなり厄介な相手になると思うわよ」
晴真の目が輝く。
「本当?」
「ええ」
道満も少し楽しそうだった。
「それは楽しみですね」
すると――
「まあ」
教卓で昼食を食べていた正臣が顔を上げる。
「桜がけは一組が勝つけどな」
紫苑が振り返る。
「出た」
「何だよ」
「正臣って桜がけの話になると本当にムキになるわよね」
「当然だろ」
「教師がそんなに勝ち負けに拘ってどうするのよ」
「勝負は勝つためにやるんだ」
「はいはい」
紫苑が笑う。
そして蒼空の肩を掴んだ。
「さあ行くわよ」
「えー」
「授業始まるでしょう」
「晴真君たちと一緒がいい」
「あなたは別のクラスです」
「黒桜寮がいい」
「紅桜寮です」
「嫌だ」
「わがまま言わない」
ずるずる。
蒼空が紫苑に引っ張られていく。
「晴真くーん」
「またね!」
晴真が笑いながら手を振る。
道満も苦笑した。
「随分明るくなったな」
「うん」
凛も嬉しそうに頷いた。
◇
その後。
写真を見ていた一年一組は再び盛り上がっていた。
「これ本当に小夜?」
迅が写真を見る。
「そうです」
「めちゃくちゃ印象違うな」
「褒めてます?」
「褒めてる褒めてる」
紅葉も自分の写真を見ながら満足そうだった。
「私もなかなか似合っていますわね」
美鈴が笑う。
「めっちゃ気に入ってるじゃん」
「当然ですわ!」
刀也が凛の写真を見る。
「凛もすげぇ違うな」
「そう?」
「うん」
「でもさ」
凛がニヤッと笑った。
「鞭の方もちゃんと練習したんだからね」
「本当に使えるようになったの?」
「少しだけ」
「へぇ」
刀也が面白そうに笑う。
「じゃあ見せてくれよ」
「いいよ!」
凛が立ち上がる。
「刀也君」
「おう」
「そこに立って」
「ここ?」
「うん」
凛が少し離れる。
「木刀持って」
刀也が木刀を構えた。
「何すんだ?」
「そのままね」
「おう」
凛は腰に下げていた霊木へ手を添える。
霊力を流す。
シュルルル――
細長い霊装武具。
鞭が形成された。
「おお」
皆が注目する。
凛は足を開いた。
利き足を少し後ろ。
重心を落とす。
力を抜いて鞭を握る。
紫月に教わった基本の構え。
「いくよ」
「来い!」
凛が腕を振る。
ヒュルルルッ!
鞭が頭上を回る。
そして――
パァン!!
「うおっ!」
教室に鋭い音が響いた。
刀也が驚いた瞬間。
ヒュン!
鞭が一気に伸びる。
「なっ!」
刀也が咄嗟に木刀を前へ出した。
だが――
シュルッ!
鞭が木刀へ絡みついた。
「え?」
凛が手首を返す。
グイッ!
「うわっ!」
木刀が刀也の手から抜けた。
カラン!
凛の足元へ落ちる。
「…………」
一瞬。
教室が静まり返った。
そして――
「おおおおおお!!」
拍手喝采。
「すげぇ!」
「凛ちゃん!」
「上手い!」
「もう使えてるじゃん!」
凛は少し照れながら笑った。
「えへへ」
正臣も感心している。
「よくここまでできるようになったな」
「ありがとうございます!」
「紫月さんに比べたらまだまだですけど」
刀也は自分の手を見る。
そして落とされた木刀。
「すげぇな凛」
素直に感心している。
「全然反応できなかった」
「まだ動いてない相手だからできただけだよ」
凛が木刀を拾って渡す。
「実戦だともっと難しいと思う」
「いや十分すげぇよ」
その横。
迅がニヤッと笑った。
「でも剣士が刀取られたら」
刀也を見る。
「もうどうしようもねぇな」
「…………」
刀也の眉が動いた。
「迅」
「何?」
「待て」
迅が立ち上がる。
「嫌だね」
「待てコラァ!」
「はははは!」
迅が教室を飛び出す。
刀也も追いかける。
「戻ってこい!」
「誰が戻るか!」
「ぶっ飛ばす!」
「武器取られた剣士が何言ってんだ!」
「てめぇ!」
教室中が笑いに包まれた。
正臣がため息をつく。
「昼休みに廊下走るなよ……」
◇
そんな時。
ガラッ!
教室の扉が勢いよく開いた。
「失礼します」
一人の女子生徒が立っている。
神門蘭。
与一が振り返った。
「蘭?」
「どうした?」
「与一君」
蘭は軽く頭を下げる。
「今日は道満君に」
道満を見る。
「それから晴真さんと凛さんにもお願いがありまして」
「僕たち?」
晴真が首を傾げる。
蘭の隣にはもう一人。
見慣れない生徒が立っていた。
男子用の制服。
だが――
「…………」
与一がじっと見る。
華奢な体つき。
整った顔立ち。
長い睫毛。
どう見ても女の子と見間違えそうなほど可愛らしい。
「君」
与一が思わず言った。
「女子だよな?」
「違います!」
即答。
少年は顔を赤くした。
「僕は男子です!」
「えっ」
与一が慌てる。
「ご、ごめん!」
「顔があまりにも可愛いから……」
少年が少し頬を膨らませた。
「よく言われますけど!」
その時。
晴真の肩で桜花がニコニコ笑う。
「与一様」
「何?」
「またやっちゃいましたね」
「それ晴真に言うやつだろ!」
「え?」
晴真が自分を指差す。
「僕関係ないよね!?」
「今回はな!」
教室に笑いが起こった。
蘭は苦笑しながら少年を紹介する。
「こちらは神門雅」
雅が軽く頭を下げる。
「初めまして」
「神門家当主」
蘭が続ける。
「神門蓮雅様のお孫にあたります」
晴真が目を輝かせる。
「蓮雅さんのお孫さんなんだ!」
「はい」
蘭は少し誇らしそうに言う。
「そして将来、神門家を継ぐ予定の方です」
雅の顔が曇る。
「…………」
小さく。
「無理だよ……」
「雅ちゃん?」
「無理なものは無理だって」
「またそんなことを」
蘭が困った顔をする。
雅は晴真たちへ向き直った。
「ごめんなさい」
そして深く頭を下げる。
「皆さん桜がけの準備で忙しいと思うんですけど」
「どうしたの?」
凛が尋ねる。
雅が少し言いづらそうにする。
「祖父が……」
蘭が代わりに答えた。
「先日、皆様が西御門家へ泊まり込みで修練に行ったと聞きまして」
「うん」
「非常に悔しがりまして」
晴真たちが瞬きをする。
蘭は少し目を逸らす。
「どうして西御門家へ行ったのに神門家へ来ないんだと」
「…………」
「どうしても皆様に来てほしいと」
「…………」
さらに。
「駄々をこねまして」
「蘭ちゃん!」
雅が慌てて止める。
「お爺様をそんなふうに言わないで!」
「事実でしょう?」
「でも!」
晴真が苦笑する。
「紫玄さんと同じだ……」
道満も頷いた。
「あの二人、思った以上に張り合っているな」
雅は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
「ただ祖父は皆さんに神門家の陰陽術を教えたいみたいで」
「もし時間があれば」
「どうか当家へ来てもらえませんか?」
晴真が道満と凛を見る。
「どうする?」
「俺は構わない」
「私も」
晴真も笑う。
「じゃあ――」
その時。
「ちょっと待つのじゃ!」
別の声。
教室の入り口を見る。
そこには――
岩富舞桜。
そして岩富奉先。
「舞桜ちゃん?」
凛が首を傾げる。
舞桜がずんずん入ってくる。
「それはちと困る!」
蘭の眉がぴくりと動いた。
「何がですか?」
奉先が困ったように頭を掻く。
「実はな」
「うちも同じなんだ」
「同じ?」
晴真が聞き返す。
舞桜が腕を組む。
「伯父上が」
嫌そうな顔。
「西御門家へ行ったと聞いてのう」
「まさか……」
道満が嫌な予感を覚える。
舞桜が頷いた。
「神門家より先に」
「岩富家へ来てもらわねばならんと」
「…………」
教室が静かになる。
「意気込んでおる」
「やっぱり……」
晴真が苦笑した。
舞桜が両手を合わせる。
「頼む!」
「妾たちの家にも来てくれ!」
蘭が一歩前へ出た。
「困ります!」
「妾も困っておる!」
「こちらが先です!」
「嫌じゃ!」
「先にお願いしたのは私たちです!」
「父上が面倒くさいのじゃ!」
「こちらだって蓮雅様が面倒です!」
「蘭ちゃん!」
雅が再び止める。
晴真。
道満。
凛。
三人が顔を見合わせる。
「えーっと……」
晴真が困る。
「どうしよう」
「両方行くしかないのでは?」
道満が言う。
「でも桜がけの修練もあるし」
凛も考える。
「毎週どこかに泊まりに行くことになりそうだね」
正臣はそのやり取りを教卓から眺めていた。
そして――
「あー」
皆が見る。
「だったら」
正臣が立ち上がる。
「俺の実家で合同合宿でもやるか?」
「え?」
全員が正臣を見る。
「先生の実家?」
晴真が聞く。
「ああ」
正臣は頷く。
「勝田家」
道満の表情が変わる。
「勝田家で?」
「あそこなら修練場も広い」
「泊まれる場所もある」
「神門家」
「岩富家」
「西御門家」
正臣が指を折る。
「来たい家はまとめて呼んじまえばいい」
舞桜の目が輝く。
「それなら!」
蘭も考える。
「確かに」
雅も嬉しそうに頷いた。
「それが一番いいかも」
「だろ?」
正臣が笑う。
「桜がけ前の合同修練にもなるしな」
奉先が舞桜を見る。
「伯父上に聞いてみるか」
「うむ!」
蘭も頷く。
「私も蓮雅様へ確認します」
雅が晴真たちへ頭を下げる。
「ありがとうございます」
「まだ決まってないけどね」
晴真が笑う。
「でも楽しそう!」
凛も。
「色んな家の人から教えてもらえるかもしれないし」
道満も興味深そうに頷く。
「勝田家か……」
そして。
舞桜。
奉先。
蘭。
雅。
それぞれが家へ話を持ち帰ることになった。
◇
皆が帰ったあと。
晴真は正臣を見る。
「先生」
「何だ?」
「先生の実家ってどんなところなの?」
「普通だぞ」
「本当に?」
「何だその疑い方は」
道満が横から言う。
「勝田家を普通と言えるのは先生くらいでは?」
「そうなの?」
晴真が驚く。
正臣は少し考えて――
「まあ」
ニヤッと笑った。
「行けば分かる」
「その言い方」
凛が苦笑する。
「絶対普通じゃないですよね」
「どうだろうな」
正臣は笑うだけだった。
こうして。
西御門家での泊まり込み修練を終えたばかりだというのに――
次の合宿先が決まり始めていた。
勝田家。
神門家。
岩富家。
そして一年一組。
桜がけを前に。
また新しい修練が始まろうとしていた。^_^




