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第五十八話 大蛇摩耶の魂


 しばらくして。


西御門家の一室には続々と人が集まり始めていた。


最初に飛び込んできたのは――


「紫苑!」


神門玄だった。


勢いよく襖を開ける。


「何かあったのか!」


「えっ?」


紫苑が目を丸くする。


「私?」


「銀花様から急ぎだと聞いたぞ!」


「私じゃないわよ!」


紫苑が慌てて首を振る。


「蒼空よ」


「蒼空君?」


玄がぴたりと止まった。


「そうなのか……」


その後ろから正臣も入ってくる。


「朝から随分慌ただしいな」


さらに――


「晴真!」


沙羅。


ミヅチ。


チヨヒメ。


クシナダ。


珠代。


一葉。


二葉。


三葉。


神の眷属たちまで揃っていた。


晴真が目を丸くする。


「みんな来たの!?」


ミヅチが部屋へ入るなり晴真を見る。


そしてニヤリと笑った。


「晴真」


「何?」


「またやりおったな」


「ちょっと待って!」


晴真がすぐに立ち上がる。


「今回は僕じゃないって!」


「そう言われてもなぁ」


ミヅチが腕を組む。


「何か問題が起きる時は基本的に晴真の周りじゃからのう」


「何それ!」


晴真が頬を膨らませる。


「酷いなぁ……」


すると肩の上にいた桜花が大きく頷いた。


「その通りです」


「桜花まで!?」


桜花はニコニコしている。


「晴真様の周りではいつも何か起きますから」


「僕が起こしてるわけじゃないよ!」


部屋に笑いが起こる。


そんな中。


チヨヒメが春花と銀花を見る。


「それで」


表情を少し真剣にする。


「大蛇摩耶と名乗ったのじゃな?」


「はい」


銀花が頷く。


珠代が小さく息を吐いた。


「しかも」


晴真を見る。


「あっちの方らしいですね」


クシナダも苦笑した。


「あっちかぁ……」


一葉。


二葉。


三葉まで顔を見合わせる。


「あっちですか……」


「やっぱり……」


「変わってないんですね……」


「…………」


晴真の眉がぴくりと動く。


道満もじっと眷属たちを見る。


そして。


晴真がとうとう我慢できなくなった。


「あのさ!」


全員が見る。


「さっきからみんな言ってるけど!」


晴真が両手を広げる。


「あっちって何なの!?」


「…………」


一瞬。


部屋が静かになる。


ミヅチたちが顔を見合わせた。


「まあ」


クシナダが笑う。


「いずれ分かる」


「だからそれが気になるんだって!」


◇


その時。


廊下から賑やかな声が近づいてきた。


「少し休憩しよっか」


「はい!」


「お茶でも飲もー」


襖が開く。


「失礼します」


入ってきたのは凛。


紫月。


深月。


三人だった。


だが――


「…………」


晴真。


道満。


正臣。


玄。


そして部屋にいた男子たちの視線が凛へ集まった。


「え?」


凛が固まる。


いつもとは違う髪型。


少し派手に整えられた髪。


そして初めての化粧。


普段の凛とは全く違う雰囲気だった。


「…………」


凛の顔がみるみる赤くなる。


「な、なんですか?」


沙羅が真っ先に笑った。


「おお!」


凛を上から下まで見る。


「似合ってるぞ!」


「可愛いな!」


「ほ、本当ですか?」


凛の顔がさらに赤くなる。


紫月が嬉しそうに胸を張った。


「でしょ、姉御!」


深月も自信満々に頷く。


「うちらの力作」


「力作って……」


凛は恥ずかしそうに頬を押さえる。


道満も少し驚いていた。


「確かに……」


凛を見る。


「似合ってると思う」


「道満君まで……」


そして晴真。


「凛ちゃん」


「な、何?」


晴真は素直に笑った。


「一瞬別人かと思ったよ」


「そんなに!?」


「うん」


もう一度見る。


「いつもの凛ちゃんもいいけど」


ニコッと笑う。


「こういうのも可愛いね」


「…………」


凛の顔が真っ赤になった。


「そ、そうかな……」


嬉しそうに目を逸らす。


だが。


その時――


「…………」


「…………」


ちょうど部屋へ入ってきた二人がいた。


小夜。


紅葉。


二人とも晴真と道満の言葉をばっちり聞いていた。


「道満様……」


紅葉が静かに呟く。


「晴真君……」


小夜も笑っている。


だが――


なぜか少し怖い。


「あちゃー」


美鈴が額へ手を当てる。


晴真の肩では桜花まで。


「あちゃー」


同じように額へ手を当てた。


美鈴と桜花が顔を見合わせる。


そして。


こくり。


同時に頷いた。


晴真が首を傾げる。


「何?」


「別に」


美鈴が言う。


「晴真君はそのままでいいよ」


「どういう意味?」


そこへ千尋とひなたもやって来た。


「わぁ!」


千尋の目が輝く。


「凛ちゃん可愛い!」


「本当!」


ひなたも凛の周りを回る。


「似合ってるよ!」


秀と学。


樹も一度戻ってきていた。


「おお」


秀が感心する。


「いいじゃん」


学も頷く。


「いつもと全然違うな」


樹も笑った。


「似合ってるよ」


「ありがとう……」


凛は照れながらも嬉しそうだった。


すると――


紅葉が紫月を見る。


「紫月さん」


「ん?」


「深月さん」


「なに?」


紅葉が一歩前へ出る。


「私にもお願いしますわ」


「え?」


小夜もすぐ横へ並ぶ。


「私もお願いします」


美鈴が頭を抱えた。


「何張り合ってんのよ!」


「張り合ってなどいませんわ!」


紅葉が即座に否定する。


「ただ私も一度やってみたいだけです!」


小夜も笑顔で頷く。


「私もです」


美鈴はじーっと二人を見る。


そして心の中で思う。


――紅葉はいつものことだからいいとして。


ちらり。


小夜を見る。


――晴真君のことになると小夜ちゃん。


少しだけ目を細める。


――ちょっと怖い……。


その横。


桜花も全く同じ顔をしていた。


美鈴と桜花が再び顔を見合わせる。


こくり。


また同時に頷いた。


「じゃあみんなやる?」


紫月が楽しそうに笑う。


「やります!」


「私も!」


「じゃあ私もやってみたい!」


「私も!」


気づけば女子全員が盛り上がっていた。


深月が手を叩く。


「じゃあ移動しよー!」


「はーい!」


女子たちがぞろぞろと部屋を出ていく。


紫月も楽しそうについていった。


その後ろ姿を見送り――


正臣が呟く。


「……鞭の修練は?」


深月が廊下から顔を出す。


「休憩中!」


「休憩長くならないか?」


「大丈夫大丈夫!」


そのまま消えた。


「…………」


正臣は何も言わなかった。


秀と学。


樹たちも修練へ戻っていく。


結局。


その場に残った生徒は晴真。


道満。


そして凛だけだった。


凛は一度女子たちについていこうとしたが――


「凛はもう完成してるから」


紫月に追い返されていた。


「なんか仲間外れにされた気分……」


凛が少し寂しそうに呟く。


「十分可愛いからじゃない?」


晴真が言う。


「また言う……」


凛は顔を赤くした。


◇


少しして。


ミヅチが紫玄を見る。


「ところで」


「はい」


「西御門蒼空は?」


「もう呼んであります」


ちょうどその時。


「僕になんか用?」


声がした。


蒼空が部屋へ入ってくる。


昨日までとは少し違っていた。


眠そうではある。


だが以前より目に力がある。


何より。


表情が分かりやすい。


紫玄がそんな息子を見る。


「蒼空」


「何、父さん?」


「…………」


紫玄が一瞬止まった。


紫苑も蒼空を見る。


「…………」


「何?」


蒼空が首を傾げる。


紫玄と紫苑が顔を見合わせた。


明らかに以前よりよく喋っている。


感情も表に出ている。


小樹から聞いていた心の音の小ささも、今は少し違うようだった。


ミヅチが蒼空を見る。


「用があるのはお主というより」


蒼空の腹の辺りへ視線を向ける。


「お主の中にいる摩耶じゃ」


「ああ」


蒼空は納得する。


「やっぱり」


「まだ繋がっておるか?」


「それがさ」


蒼空は少し困った顔をする。


「少し前から感じられなくなっちゃって」


「そうなのか」


「うん」


そして小さく呟く。


「まだ文句言い足りないのに」


「…………」


周囲が苦笑する。


沙羅が笑った。


「随分迷惑かけられたみたいだな」


「かなり」


蒼空が即答する。


紫玄の目がさらに大きくなる。


「蒼空が……」


紫苑も驚いていた。


「こんなに喋ってる……」


「そこ驚くところ?」


蒼空が少し嫌そうな顔をする。


「あ……」


紫苑がさらに驚く。


「嫌そうな顔した」


「叔母さんまで何なの!」


「おお……」


紫玄がなぜか感動していた。


「怒った……」


「父さん!?」


晴真が笑う。


「ふふっ」


蒼空が睨む。


「晴真君も笑うなよ」


「ごめんごめん」


ミヅチも楽しそうに笑ったあと、晴真を見る。


「では晴真」


「うん?」


「もう一度蒼空と霊気合わせをしてみてくれ」


「僕が?」


「ああ」


「丹田の奥にいる摩耶を探せ」


晴真は蒼空を見る。


「いい?」


「…………」


蒼空が少し考える。


「俺の中に入るってことだよね?」


「霊気だけね」


道満が説明する。


「意識そのものを覗くわけではない」


凛も頷く。


「霊気の流れを辿るだけだよ」


蒼空が疑いの目で三人を見る。


「僕のプライバシーは?」


「見ないよ!」


晴真が慌てる。


「というか見えないから!」


「本当に?」


「本当!」


紫玄と紫苑はまた驚いた顔をしていた。


「蒼空がこんな冗談を……」


「兄さん」


「なんだ?」


「私ちょっと嬉しい」


「私もだ」


「聞こえてるからね!」


また笑いが起こる。


ミヅチが手を叩いた。


「では始めるぞ」


◇


晴真と蒼空が向かい合う。


手のひらを合わせた。


右から送る。


左から受ける。


霊気合わせ。


「いくよ」


「うん」


晴真の霊気が蒼空の中へ入っていく。


道満と凛もそれぞれ二人へ霊気を繋げた。


さらに


ミヅチ


チヨヒメ


クシナダ


沙羅


正臣


玄


春花


銀花


珠代


一葉


二葉


三葉


皆がその霊気の流れへ意識を重ねていく。


深く


さらに深く


蒼空の丹田


その奥


昨日晴真が見つけた場所へ。


「…………」


晴真が集中する。


そして――


「あ」


「いた?」


凛が尋ねる


晴真が頷く


「いました」


淡い霊気


今朝よりずっと綺麗になっている。


禍津喰羅の瘴気はもう感じない。


晴真が呼び掛ける。


「摩耶さん」


すると。


『あら』


声とも思念ともつかない感覚が伝わってきた。


『皆さん』


明るい声。


『またお会いできて良かったです』


「元気そう……」


晴真が苦笑する。


蒼空は少し嫌そうな顔をした。


「元気そうじゃなくて元気なんだよ」


『蒼空君』


「何?」


『昨日は本当に申し訳――』


「その話はあと」


『はい……』


蒼空に遮られ、摩耶がしゅんとする。


だがすぐに。


『それより!』


気配が一変した。


『一刻も早く私の片割れを探してください!』


「ほら始まった」


蒼空が呟く。


『私の魂を完全に戻して』


『そして蒼蛇眼の力で龍姫様と夜叉丸様を――』


「摩耶」


突然。


別の意識が入り込んだ。


摩耶が止まる。


『…………』


ミヅチだった。


「久しいの」


『…………』


少し間。


『ミヅチ様?』


「そうじゃ」


続いてチヨヒメ。


「久しぶりじゃな」


クシナダも。


「相変わらずのようだな」


珠代


一葉


二葉


三葉


昔を知る者たちの意識が次々と現れる。


摩耶の感情が大きく揺れた。


『皆様……』


『お久しぶりです』


どこか嬉しそうだった。


だが――


すぐにまた。


『それより一刻も早く私の片割れを!』


「落ち着け」


チヨヒメが即座に止めた。


『ですが!』


「大丈夫じゃ」


『大丈夫ではありません!』


「大丈夫じゃから聞け」


『でも龍姫様と夜叉丸様を――』


「摩耶」


クシナダが呆れたように言う。


「昔から変わらんな」


『何がですか?』


「そこじゃ」


『?』


蒼空がため息をつく。


「やっぱり昔からなんだ……」


『蒼空君!?』


ミヅチが笑った。


「まあ待て」


そして真剣な声になる。


「摩耶」


『はい』


「お主が探しているものについて、一つ大きな勘違いがある」


『勘違い?』


「そうじゃ」


ミヅチの意識が現実側へ向く。


「お主の片割れというが」


少し間を置く。


「本当の魂の主は――」


皆の視線が一人へ集まった。


紫苑。


「ここにおる」


「…………」


紫苑が固まった。


「私?」


玄も目を見開く。


「紫苑が?」


紫玄も紫苑を見る。


「どういうことです?」


紫苑は自分を指差したまま動かない。


「ちょっと待ってください」


「私の中に何かあるんですか?」


チヨヒメが静かに答える。


「ある」


「え?」


「正確には」


クシナダが続ける。


「紫苑だけではない」


視線が蒼空へ移る。


「蒼空もじゃ」


「僕も?」


蒼空が眉を寄せる。


晴真と道満。


凛も顔を見合わせた。


ミヅチが二人を見る。


「紫苑」


「蒼空」


「お主たちの魂には――」


静かに告げる。


「この大蛇摩耶と呼ばれた蒼蛇眼の巫女」


「その魂の欠片が宿っておる」


「…………」


部屋が静まり返った。


紫苑が混乱したように尋ねる。


「なぜ私と蒼空に?」


「簡単じゃ」


ミヅチが答える。


「お主たちが」


少しだけ笑う。


「摩耶の転生した姿だからじゃ」


「…………」


「…………」


紫苑。


蒼空。


二人が固まった。


「二人とも?」


晴真が思わず聞き返す。


「ああ」


チヨヒメが頷く。


「一人の魂が二人に転生したというより」


春花が補足する。


「摩耶様の魂が分かれ、それぞれ別の人間の魂と結びついたと考えた方が近いでしょう」


「魂が分かれた……」


道満が考え込む。


蒼空は思念の中にいる摩耶へ尋ねた。


「摩耶さん」


『はい?』


「知ってた?」


『…………』


「…………」


『知りません』


「やっぱり」


『なぜですか!?』


「いや、なんとなく」


摩耶が明らかに落ち込む。


ミヅチはそんな二人を見て苦笑した。


「まあ」


「無理もない」


「摩耶自身も、自分の魂に何が起きたのか知らぬからの」


沙羅が腕を組む。


「そこから説明しねぇと意味分かんねぇだろ」


「そうじゃな」


ミヅチが頷く。


そして


紫苑


蒼空


晴真


道満


凛


その場にいる全員を見渡した。


「少し長くなるが」


一度言葉を止める。


「良いか?」


誰も口を挟まない。


ミヅチはゆっくり息を吐いた。


「では話そう」


「大蛇摩耶」


「蒼蛇眼」


「そしてなぜ――」


蒼空と紫苑を見る。


「一人だったはずの巫女の魂が」


「二人へ分かれて転生することになったのか」


晴真は静かに聞いていた。


また一つ。


龍姫と夜叉丸が生きた時代の物語が――


今


語られようとしていた。

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