↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/111

第五十七話 大蛇摩耶という人


 凛が紫月から鞭の修練を受けていた頃。


西御門家の別室では――


晴真と道満が春花と銀花を前に座っていた。


二人の間に置かれているのは、小さな黒い塊。


今朝。


蒼空の身体から出てきたものだった。


銀花がそれをじっと見つめる。


「これが蒼空様の中から?」


「はい」


晴真が頷く。


「道満君が宵桜で浄化して、僕が封印したあとに残ったんです」


道満も頷いた。


「禍津喰羅の瘴気の種に似ています」


「…………」


銀花は慎重に手を近づける。


僅かに残る禍々しい気配。


春花も隣から覗き込んだ。


「確かに似ていますね」


「ですよね」


晴真が頷く。


だが銀花は少し難しい顔をしていた。


「妙ですね」


「何がですか?」


「瘴気の種というものは、本来それなりの量の瘴気が集まらなければ形成されません」


銀花が黒い塊を見る。


「一人の少年の身体の中に、これほどのものができるほど瘴気が入り込んでいたのでしょうか」


「…………」


晴真と道満が顔を見合わせる。


道満が答えた。


「俺たちが確認した限りでは、蒼空本人の霊気まで強く侵されている様子はありませんでした」


「そうなんです」


晴真も続ける。


「普通に身体を流れている霊気は綺麗だったんです」


「ではどこに?」


「丹田のもっと奥です」


晴真は自分の腹へ手を当てる。


「蒼空君自身の霊気とは別に、もう一つだけ異質な霊気の塊があって」


春花の表情が変わる。


「別の霊気?」


「はい」


「晴真様」


銀花が尋ねる。


「ほかに何か変わったことはありませんでしたか?」


「変わったこと……」


晴真が考える。


「…………」


道満を見る。


道満も晴真を見る。


二人とも同じことを思い出した。


「あのね」


晴真が少し困った顔をする。


「その霊気の塊を浄化して封印したあとなんだけど……」


「はい」


「えーっと」


何と説明すればいいのか分からない。


「声が聞こえたんです」


春花が瞬きをする。


「声?」


「声というか……」


道満が補足する。


「意識、と表現した方が近いかもしれません」


「俺たち三人の頭の中へ直接伝わってきました」


「三人?」


「僕と道満君と蒼空君です」


春花と銀花が黙って聞く。


晴真は続けた。


「それで、その人が自分のことを――」


少し間を置く。


「大蛇摩耶って名乗ったんです」


「…………」


春花が止まった。


「…………」


銀花も止まった。


晴真が首を傾げる。


「それで」


まだ気づかず話を続ける。


「蒼蛇眼の巫女だって」


「…………」


春花がゆっくり額へ手を当てた。


銀花も同じように額を押さえる。


晴真が目を瞬かせる。


「え?」


道満も二人を見る。


「どうしました?」


「いえ……」


春花が何とも言えない表情になる。


「続けてください」


「はい」


晴真は少し気になりながらも話を続ける。


「摩耶さんは蒼空君の転生前の人らしくて」


「魂の一部が蒼空の中にあったようです」


道満が説明する。


「ただその魂が禍津喰羅の瘴気に侵されていた」


銀花が黒い塊を見る。


「それでこの種が……」


「おそらく」


道満が頷く。


「それから摩耶さんが」


晴真は少し苦笑した。


「自分の魂の片割れを探してほしいって言ってました」


「片割れ……」


春花が呟く。


「はい」


晴真はさらに続ける。


「あと蒼空君に自分の存在へ気づいてもらいたかったらしくて」


「はい」


「蒼蛇眼をずっと発動させてたみたいです」


「…………」


再び沈黙。


春花と銀花が顔を見合わせる。


銀花が確認する。


「ずっと?」


「ずっとです」


道満が答えた。


「朝も夜も」


「本人が止めるように言うまで」


「…………」


春花が深いため息をついた。


銀花も額へ手を当てたままだった。


晴真が不思議そうに見る。


「蒼空君、それでずっと頭の中に情報が流れ込んできて疲れてたみたいで」


「今は止めてもらいました」


道満が続ける。


「止めること自体は簡単だったようです」


「…………」


銀花が静かに呟いた。


「やはり」


春花も頷く。


「そうですね」


晴真が二人を見る。


「何が?」


「いえ」


「まだありますよね?」


春花に言われ、晴真が「あっ」と声を上げる。


「そうだった」


少し真剣な顔になる。


「一番大事なこと」


春花と銀花が晴真を見る。


「摩耶さんが言ってたんです」


「何をですか?」


「蒼蛇眼なら――」


晴真は一度言葉を止める。


「龍姫様と夜叉丸様を助けられるって」


「…………」


銀花の表情が変わった。


春花も目を細める。


「それは本当ですか?」


「言ってました」


「ただし」


道満がすぐに付け加える。


「根拠はありません」


「…………」


「蒼空が確認しました」


道満は淡々と続ける。


「誰かにそう言われたわけでもなく、そういった記録を知っているわけでもない」


「つまり」


春花が尋ねる。


「摩耶様ご自身がそう思っているだけ?」


「はい」


晴真が頷く。


「そうみたいです」


「…………」


春花と銀花が再び顔を見合わせた。


そして。


二人同時に――


はぁ。


ため息をついた。


「たぶん」


春花が額を押さえる。


「あっちの方ですよね」


「そうですね」


銀花も頷く。


「あっちの方ですね」


晴真と道満が固まる。


「…………」


「…………」


道満が先に口を開いた。


「大蛇摩耶をご存じなのですか?」


「あっちって何?」


晴真も尋ねる。


春花は困ったように笑う。


「知っているというより」


銀花も続ける。


「お話は色々と」


「色々?」


晴真の目が輝く。


「どんな人だったんですか?」


二人が答えようとした――


その時。


「何の話をしているんだ?」


声がした。


振り返る。


部屋へ入ってきたのは紫玄だった。


「紫玄さん」


「伯父上」


紫玄は春花と銀花へ気づく。


「これは」


軽く頭を下げた。


「銀花様、春花さん」


「紫玄様」


銀花も頭を下げる。


「お邪魔しております」


春花も軽く会釈した。


紫玄は机の上を見る。


そこに置かれている黒い塊。


表情が変わった。


「それは?」


銀花は一度春花を見る。


春花が小さく頷いた。


すると銀花は紫玄へ向き直る。


「紫玄様」


「はい」


「こちらへミヅチ様達をお呼びになってもよろしいでしょうか?」


「ミヅチ様達を?」


紫玄が少し驚く。


「ええ」


銀花の表情は真剣だった。


紫玄は何かを察したらしい。


「分かりました」


「それと」


春花が続ける。


「ご子息をお呼びください」


紫玄の表情がさらに変わる。


「蒼空を?」


「はい」


「至急お願いします」


「…………」


紫玄が晴真と道満を見る。


二人とも困ったような顔をしている。


嫌な予感がした。


「蒼空に何かあったのですか?」


晴真が慌てて手を振る。


「今は大丈夫です!」


「今は?」


紫玄の眉がぴくりと動く。


「あっ」


晴真が固まる。


道満が横から補足した。


「命に関わるような状態ではありません」


「道満」


「はい」


「余計に不安になる言い方をするな」


「申し訳ありません」


春花が苦笑する。


「詳しいことは皆様が揃ってから説明しましょう」


銀花も頷いた。


「その方がよろしいかと」


そして。


「もう一人」


銀花が言う。


「紫苑様にも同席をお願いできますか?」


「紫苑も?」


「はい」


「分かりました」


紫玄はすぐに立ち上がった。


だが部屋を出る直前。


もう一度黒い塊を見る。


「…………」


そして晴真。


道満。


二人を見る。


「本当に蒼空は大丈夫なんだな?」


「はい!」


晴真が頷く。


「むしろ今は朝より元気だと思います」


「蒼蛇眼も正常に止められるようになりました」


道満も続ける。


「……正常に?」


紫玄はさらに混乱した。


「何があったんだ」


「それもあとで!」


晴真が苦笑する。


「ちゃんと説明します!」


「……分かった」


紫玄は納得しきれないまま部屋を出ていった。


その姿を見送って――


晴真は春花と銀花を見る。


「それで」


「はい?」


「あっちって何?」


「まだ気になっていたんですか?」


「気になるよ!」


道満も頷く。


「俺も聞いておきたいです」


春花と銀花は再び顔を見合わせる。


「どうします?」


「どうしましょう」


「そんなに言いづらい人なの?」


晴真が尋ねる。


すると銀花は少し考えてから答えた。


「悪い方ではありません」


「はい」


春花も頷く。


「むしろとても真面目で」


「優しく」


「責任感も強く」


「龍姫様や夜叉丸様のことを心から慕っておられました」


晴真が笑う。


「良い人じゃん」


「ええ」


銀花も笑う。


「良い方ですよ」


「ただ――」


春花が続ける。


「少々」


言葉を選ぶ。


「思い込みが激しいところがありまして」


「やっぱり!」


晴真が声を上げる。


道満も納得したように頷く。


「蒼空の推測は正しかったか」


「推測?」


銀花が尋ねる。


晴真が苦笑する。


「蒼空君が摩耶さんに」


少し笑いながら続けた。


「昔、周りから痛い人って言われてなかった?って」


「…………」


春花。


「…………」


銀花。


そして。


二人同時に視線を逸らした。


「え?」


晴真が目を丸くする。


道満も気づく。


「まさか」


銀花が小さく咳払いをする。


「まあ」


春花も苦笑する。


「その辺りのお話も」


廊下の向こうから足音が聞こえてきた。


「皆様が揃ってからにしましょうか」


晴真と道満が顔を見合わせる。


どうやら。


大蛇摩耶という人物。


蒼空が思っている以上に――


昔からかなり有名だったらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。