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第五十五話 封術結界


 朝食を終えたあと。


西御門家の修練場では、さっそく結界術の修練が始まっていた。


今日の講師は――


西御門紫玄。


西御門家当主自らが、晴真たちへ結界術を教えることになっている。


「では始めようか」


紫玄が修練場の中央へ立つ。


その前には晴真、道満、小夜、紅葉、美鈴、千尋、秀、学たちが並んでいた。


少し離れた場所では紫苑も様子を見ている。


昨日までの厳格な当主という雰囲気とは少し違う。


紫玄は一人一人へ声を掛けながら、それぞれの理解度に合わせて説明を変えていた。


「秀は霊力を広げすぎなくていい。今の広さなら維持を優先しなさい」


「はい!」


「学は逆だ。形を整えることを意識しすぎて霊力が弱くなっている」


「なるほど……!」


難しい理論も。


術式の組み方も。


霊力の流し方も。


子供たちが理解しやすい言葉へ噛み砕いて説明していく。


すると――


「できた!」


秀の前に小さな結界が張られる。


隣では学も。


「俺も!」


先ほどまで不安定だった結界が綺麗な形を保っていた。


「おお!」


晴真が目を輝かせる。


「二人ともすごい!」


「紫玄さん、教えるの上手いね」


美鈴も感心する。


その様子を見ていた紫苑がクスクス笑った。


「紫玄兄さん、楽しそうですね」


「そう見えるか?」


「はい」


紫玄は生徒たちを見る。


そして穏やかに笑った。


「この子たちはとても熱心だからな」


少し嬉しそうに続ける。


「教え甲斐があるよ」


晴真たちも笑った。


◇


一通り基礎を確認したところで、紫玄が全員を見る。


「では結界術そのものについて少し話そう」


皆が姿勢を正した。


紫玄は片手を上げる。


「結界術とは霊力によって境界を作り、その内側と外側に別の条件を与える術だ」


「条件?」


晴真が首を傾げる。


「ああ」


紫玄が頷く。


「西御門家では結界術を、壁を作る術として教えることはあまりない」


「壁じゃないんですか?」


千尋が尋ねる。


「もちろん防御にも使える。だが本質はそこではない」


紫玄は地面へ一本の線を引く。


「こちら側と」


もう一本。


「こちら側」


二つの空間を分ける。


「その間に境界を作る」


そして皆を見る。


「結界とは空間を区切る術だ」


道満が静かに頷く。


「なるほど」


「区切ったうえで、その中へ条件を与える」


紫玄は指を一本立てる。


「例えば中に入った者を癒す」


二本目。


「動きを鈍らせる」


三本目。


「味方の術を強化する」


さらに続ける。


「特定の霊気だけを通さない」


「外から中への攻撃を防ぐ」


「中にいる者を閉じ込める」


生徒たちの目が少しずつ輝いていく。


「結界ってそんなに色々できるんだ」


晴真が呟く。


「そうだ」


紫玄が笑う。


「ただ壁を張るだけではない」


そして晴真と道満を見る。


「二人とも前へ」


「はい!」


「分かりました」


二人が前へ出る。


「今から私が一つ結界を張る」


紫玄が印を組む。


「その中で好きな術を使ってみなさい」


「好きな術?」


「何でもいい」


晴真と道満が顔を見合わせた。


「じゃあ僕は火球」


「俺は雷撃だな」


「いいだろう」


紫玄が霊力を流す。


空気が震えた。


「西御門流結界術――」


淡い光が地面を走る。


「封術結界」


ブゥン――


一瞬で結界が広がった。


晴真。


道満。


そして周囲にいた生徒たちまで、その内側へ飲み込まれる。


「おお……」


刀也がいたら喜びそうだなと晴真は思った。


「ではやってみなさい」


「はい!」


晴真が札を取り出す。


「火球!」


霊力を流す。


だが――


「…………」


何も起こらない。


「え?」


隣では道満も。


「雷撃」


札へ霊力を流す。


「…………」


発動しない。


道満が目を細めた。


「術式そのものが動かない……」


晴真も札を見る。


「霊力は流れてるのに」


「その通り」


紫玄が笑う。


「これが封術結界だ」


「封術結界……」


「この結界の中では一定の術式が正常に発動しなくなる」


秀が驚く。


「そんな結界があるんですか?」


「ああ」


紫玄は結界を解除する。


「結界術といっても、このようなものもある」


皆へ向き直る。


「ただ攻撃を防ぐ壁だけではない」


「癒しの結界」


「束縛の結界」


「増強の結界」


「そして今のような封術結界」


紫玄は少し笑う。


「これらを状況に合わせて使えば戦闘を非常に有利に進められる」


「はい!」


生徒たちの返事が揃う。


皆かなり興味を持っていた。


道満が少し考えてから口を開く。


「伯父上」


「なんだ?」


「この前の立ち合いですが」


紫玄の眉が僅かに動く。


晴真たちが夏休みに戦った三人の当主。


西御門紫玄。


神門蓮雅。


麻賀多景虎。


「もしあの時」


道満が封術結界の張られていた場所を見る。


「伯父上がこれを使っていたら」


少し笑う。


「俺たちは勝てなかったと思います」


紫玄は一瞬黙った。


そして苦笑した。


「私もそう思う」


「やっぱり?」


晴真が驚く。


紫玄は腕を組む。


「あの時はお前たちを子供だと思っていたからな」


少し自嘲するように笑う。


「結界術を本気で使う必要などないと思っていた」


「なるほど……」


「それが敗因だ」


紫玄は晴真たちを見る。


「相手を侮れば、自分の持っている力さえ使えなくなる」


少し真剣な声になる。


「お前たちはそうならないようにな」


「はい!」


◇


その時。


晴真が道満を見る。


「道満君」


「なんだ?」


「封術結界って使える?」


「ああ」


道満は当然のように頷いた。


「基本形ならな」


晴真の目が輝く。


「ちょっと張ってみてよ」


「…………」


道満の目が細くなる。


「お前また何かやらかすつもりか?」


「違うよ!」


「本当か?」


「確認したいだけ!」


「…………」


道満は少し考えた。


そして腰へ手を置く。


「分かった」


「ありがとう!」


「ただし」


宵桜と明桜へ手を添える。


「こいつらには手を出すなよ」


「酷いなぁ!」


周囲から笑いが起こる。


道満は晴真から少し離れた。


「ではいくぞ」


印を組む。


「封術結界」


ブゥン――


晴真の周囲へ結界が展開された。


「おお!」


晴真が自分の周囲を見る。


「じゃあ――」


手に持った霊木へ霊力を流す。


「霊装武具――棍!」


「…………」


しーん。


「…………」


晴真は霊木を見る。


何も起こらない。


「うーん」


もう一度。


「霊装武具――棍!」


「…………」


やはり何も起こらない。


晴真が肩を落とす。


「やっぱりダメかぁ」


紫玄が笑う。


「霊装武具も術の一種だからな」


「そうですよね」


晴真も苦笑した。


道満が結界を解除する。


「何を確認したかったんだ?」


「霊装武具ならいけるかなって思って」


「残念だったな」


「うん」


そこで道満が紫玄を見る。


「伯父上」


「なんだ?」


「封術結界の中では絶対に術を使えないのですか?」


紫玄は少し考える。


「絶対ということはないと思うぞ」


「やはりですか」


すると――


「その通りですよ」


聞き慣れた声。


晴真と道満が振り返る。


「春花さん!」


そこには春花がいた。


その隣には銀花もいる。


「銀花さんも!」


「おはようございます、晴真様」


銀花が微笑む。


春花は紫玄へ軽く頭を下げた。


「お邪魔します」


「ああ。構わんよ」


紫玄も頷く。


晴真が春花を見る。


「さっきの話、本当なの?」


「はい」


春花は頷いた。


「かなり古い術ですが、封術結界の中でも影響を受けにくくする術式は存在しました」


「そんなものが?」


紫玄も興味深そうに見る。


銀花が口を開く。


「確か夜叉丸様は」


皆の視線が集まる。


「封術結界の中でも霊装武具を錬成されていましたよ」


「夜叉丸様が?」


道満が自分の腰を見る。


「ええ」


銀花は懐かしそうに笑う。


「封術結界を使う者との戦いも想定されていたのでしょう」


「なるほど……」


道満の表情が変わった。


晴真も同じところを見る。


宵桜。


夜叉丸が使っていた刀。


「道満君」


「……言いたいことは分かる」


「試してみようよ!」


「その前に」


道満が晴真を見る。


「お前が封術結界を張れ」


「僕?」


「そうだ」


晴真が目を丸くする。


「やったことないよ?」


「今さっき俺がやったのを見ただろう」


「見たけど!」


道満は真顔で言った。


「一回見れば大体できるだろう」


「なんで!?」


「晴真なら」


「そんな無茶苦茶な!」


春花が笑う。


「私もできると思いますよ」


銀花も頷く。


「晴真様ですから」


「二人まで!」


紫玄だけは少し複雑な顔をしていた。


「さすがに初見で西御門流の結界術を……」


言いながら。


晴真を見る。


「…………」


少し考える。


「いや」


「紫玄さん?」


「お前ならやりそうだな」


「紫玄さんまで!?」


修練場に笑いが起こる。


◇


紫玄は晴真の隣へ立った。


「仕方ない。少し教えよう」


「お願いします!」


「封術結界で重要なのは、結界そのものではない」


紫玄が地面を指差す。


「術を止める条件を空間全体へ行き渡らせることだ」


「条件……」


「そうだ」


紫玄は晴真へ霊力の流し方を説明する。


結界の起点。


広げ方。


境界。


そして内部へ与える条件。


晴真は一度目を閉じた。


「……分かった気がする」


道満が呟く。


「本当に分かったのか」


「たぶん」


「その返事が一番怖いんだが」


晴真が印を組む。


「じゃあいくよ」


霊力が膨れ上がる。


「西御門流結界術――」


紫玄の目が少し見開かれる。


「封術結界!」


ブゥン!!


「うわっ!」


光が一気に広がった。


道満を中心に――


十メートル。


二十メートル。


さらに広がる。


そして。


「…………」


紫玄。


春花。


銀花。


周囲にいた生徒たちまで。


全員結界の中に入っていた。


晴真が固まる。


「あ……」


紫玄が周囲を見る。


「これは……」


晴真が申し訳なさそうに笑った。


「ごめんなさい」


頭を掻く。


「緊張して霊力の調整失敗しちゃった」


「失敗……?」


秀が呟く。


学も結界を見上げる。


「初めてで成功してるのに?」


「しかもこの大きさ……」


紫玄はしばらく何も言えなかった。


西御門流。


しかも封術結界。


初めて説明を受けた子供が一度で成功させただけでも異常。


それなのに――


「規模がおかしい……」


紫玄が思わず呟く。


一方。


道満。


春花。


銀花。


三人は落ち着いていた。


「またか」


道満が小さく呟く。


春花も笑う。


「いつものことですね」


「はい」


銀花も普通に頷いた。


紫玄が三人を見る。


「慣れているのか?」


「慣れました」


三人の返事がほぼ同時だった。


「…………」


紫玄は何とも言えない顔をした。


その時――


「道満君!」


「ああ」


道満は腰の霊木へ手を添えた。


「試してみる」


晴真が作った封術結界。


その中で霊力を流す。


「霊装武具――」


霊木が淡く光る。


「宵桜」


ブゥン――


「えっ!?」


紫玄の目が見開かれた。


銀色の霊気。


それが刀の形へと変わっていく。


そして。


完全な一振りの刀が形成された。


「できた……」


晴真の目が輝く。


道満も驚いていた。


「本当に錬成できた」


紫玄がすぐに宵桜へ近づく。


じっと刀身を見る。


「なるほど……」


「何か分かるのですか?」


道満が尋ねる。


「ああ」


紫玄は宵桜へ流れる術式を見る。


「この刀」


少し驚いた顔で言う。


「封術結界の影響を受けないよう術式が刻まれているようだ」


「最初から?」


晴真が尋ねる。


「おそらくな」


紫玄が頷く。


「夜叉丸様が自ら施したものか、あるいは当時の術師が施したものかは分からんが」


道満は宵桜を見る。


「封術結界対策……」


晴真が考える。


そして。


「ということは」


皆が晴真を見る。


「自分で封術結界を張って」


「相手の術を使えなくして」


宵桜を指差す。


「自分だけ霊装武具を使うこともできるってこと?」


「…………」


紫玄が黙る。


道満も固まる。


少しして。


「そういうことになるな」


紫玄が答えた。


「ずるくない?」


美鈴が言う。


「かなりずるいですね」


千尋も頷く。


道満は宵桜を見る。


「夜叉丸様……」


少し苦笑する。


「結構えげつないことを考えていたんだな」


すると。


晴真の肩にいた桜花が嬉しそうに笑った。


「またやっちゃいましたね」


「え?」


晴真が振り返る。


桜花はニコニコしている。


「晴真様」


「僕じゃないからね!」


晴真がすぐに抗議した。


「今回は僕じゃないよ!」


道満を指差す。


「道満君だからね!」


「ちょっと待て!」


今度は道満が反論する。


「俺でもない!」


宵桜を指差す。


「夜叉丸様だからな!」


「でも道満君が使ったじゃん!」


「元から入っていた術式だ!」


「でも発見したの道満君だよ!」


「お前が封術結界を張ったからだろ!」


「結局晴真様ですね」


「なんで!?」


修練場に笑い声が広がった。


紫玄も堪えきれず笑っている。


「ははは」


そして再び巨大な結界を見る。


「しかし本当に面白い子たちだ」


◇


しばらくして。


晴真は思い出したように春花を見る。


「あっ」


「どうしました?」


「春花さん」


「はい」


「凛ちゃんの霊装武具を届けに来てくれたんでしょ?」


春花が頷く。


「はい」


「先ほど凛様へお渡ししてきました」


「やっぱり!」


晴真が嬉しそうに笑う。


「じゃあ鞭できたんだ!」


「試作品ですが」


春花も笑う。


「かなり面白い武器になっていますよ」


「見たい!」


「今日の修練で使う予定です」


「楽しみ!」


晴真が目を輝かせる。


そこでふと。


銀花を見る。


「そういえば」


「はい?」


「銀花さんは?」


「私ですか?」


「うん」


晴真が首を傾げる。


「なんで西御門家に?」


「それは――」


銀花が少し考える。


「ミヅチ様に頼まれまして」


「ミヅチさんに?」


「はい」


銀花は晴真を見る。


「こちらの西御門家に蒼蛇眼を持つ少年がいると聞きまして」


「…………」


晴真の表情が止まる。


隣にいた道満も同じだった。


銀花は気づかず続ける。


「晴真様がその少年と会えば」


少し笑う。


「何か起きるのではないかと」


「…………」


「…………」


晴真と道満が顔を見合わせた。


銀花が首を傾げる。


「どうしました?」


「えーっと……」


晴真が頬を掻く。


道満がため息をついた。


そして晴真が苦笑する。


「銀花さん」


「はい」


「実は……」


ちらっと道満を見る。


道満も頷いた。


「もう」


「はい?」


「起きちゃったかも……」


「…………」


銀花の笑顔が止まった。


「何がですか?」


晴真と道満はもう一度顔を見合わせる。


そして――


早朝に起きた出来事。


蒼空の中から現れた瘴気の種。


蒼蛇眼の巫女。


大蛇摩耶。


さらに。


龍姫と夜叉丸を救えるかもしれないという話。


それをこれから説明しなければならない。


晴真は少し困ったように笑った。


「ちょっと長い話になるんだけど……」


銀花の表情が僅かに引きつった。


「晴真様」


「はい」


「朝から何をされたのですか?」


「僕がやったわけじゃないよ!?」


道満が横から呟く。


「それについては俺も保証する」


「道満君!」


「今回はな」


「今回はって何!?」


再び笑いが起こる。


こうして――


結界術の修練初日。


封術結界。


宵桜に隠されていた術式。


そして大蛇摩耶。


西御門家での一日は。


朝から早くも――


新しい発見だらけになっていた。

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