第五十一話 新しい武器
朝のホームルームが終わった直後。
正臣は教卓の上に資料を置きながら、昨日角来道場へ行った生徒たちを見る。
「そうだ。昨日、角来道場へ行った連中に伝言がある」
晴真たちが顔を上げた。
「鏑木柔次郎先生からだ」
「柔次郎先生から?」
晴真が首を傾げる。
「ああ。今度から毎週放課後に初等部向けの体術特別授業をやるらしい。昨日来たお前たちも良かったら参加しないか、だそうだ」
晴真と道満が同時に身を乗り出した。
「本当ですか!」
「それは興味深いですね」
刀也も拳を握る。
「よし!」
迅もニヤッと笑った。
「俺も行こうかな」
その横で与一が少し考える。
「先生、それって他のクラスの生徒も来るんですか?」
正臣が不思議そうに見る。
「どうしてだ?」
すると迅がニヤニヤしながら与一の肩へ腕を回した。
「二人が来るか心配してるんだろ?」
「二人?」
晴真が首を傾げる。
与一の顔が引きつった。
「余計なこと言うな!」
教室に笑いが起こる。
その時、隼人が手を上げた。
「先生」
「なんだ?」
「その特別授業って誰でも参加できるのか?」
「ああ。柔次郎先生なら受け入れてくれると思うぞ」
晴真が隼人を見る。
「隼人君も体術に興味あるんだ?」
「ああ」
隼人は当然のように頷いた。
「忍びは身軽なのが一番だからな。それに道満から聞いたんだが――」
道満を見る。
「札術さえ相殺する技があるんだろ?」
「柔波掌か」
「あれは見ておきたい」
すると綾女も興味深そうに手を上げる。
「あたしも行ってみたい」
茜と桔梗も顔を見合わせた。
「私も」
「うちも興味ある」
そこへ美鈴まで手を上げる。
「私も行こうかな」
ひなたも頷いた。
「私も!」
紗月も続く。
「体術は剣術にも役立ちそうだしね」
さらに千尋まで興味を示した。
「私も見てみたいです」
迅が女子たちを順番に見る。
そして目を細めた。
「お前ら……」
「何?」
美鈴が振り返る。
「体術じゃなくて柔次郎先生に会いたいだけだろ!」
一瞬の沈黙。
美鈴は悪びれもせず笑った。
「だって、めっちゃイケオジなんだもん!」
女子たちが一斉に頷く。
「分かる!」
「格好良いよね!」
「優しいし!」
迅が頭を抱えた。
「やっぱりじゃねぇか!」
刀也が大笑いする。
「先生人気すげぇな!」
正臣も苦笑した。
「まあ動機はどうあれ、真面目に授業を受けるなら問題ないだろ」
そんな騒ぎの中。
凛だけが一人、何かを考え込んでいた。
晴真が気づく。
「凛ちゃん、どうしたの?」
「え?」
凛が顔を上げる。
「何か悩んでる?」
「うん、ちょっとね」
机の上に小太刀を置いた。
「桜がけのことなんだけど、馬上だと小太刀じゃどうしても間合いが足りないんだよね」
晴真が頷く。
「確かに」
凛は晴真を見る。
「晴真君はどうするの?」
「僕?」
少し考える。
「僕は将門流で棍術も習ってるから、たぶん棍を使うと思う」
「そっかぁ」
凛は腕を組む。
「与一君みたいに弓も考えたんだけど、今から簡単に上手くなるものじゃないし……薙刀や槍も、やっぱり上手く使えないんだよね」
話を聞いていた道満も頷いた。
「確かに、この間合いでしか戦えないというのは良くないな」
「だよね」
晴真はそこで思い出したように道満を見る。
「そういえば道満君、この前新しい霊装武具使ってたよね」
「ああ」
「えーっと……明桜だったよね?」
「そうだ」
道満は腰の霊木へ手を添えた。
「宵桜を抜いてしまうと居合が使えなくなるからな。明桜は防御に特化した小太刀として作ってある」
「遠距離は?」
「札術」
「馬上は?」
「薙刀を使うつもりだ」
刀也がすぐに割り込む。
「俺は槍だぜ!」
「刀也は分かりやすいね」
晴真が笑う。
すると太一が後ろから声を掛けた。
「俺はこれかな」
霊木へ霊力を流す。
スゥーッ。
霊装武具が形成されていく。
現れたのは巨大な大太刀。
晴真が思わず仰け反った。
「長っ!」
刀也も目を輝かせる。
「でっけぇ!」
太一が苦笑する。
「今までは背中に背負って移動してたんだけどね。小篠塚流は元々、一撃必殺を狙う馬上武術でもあるから大太刀は相性が良いんだ」
大太刀を消す。
「でも霊装武具なら太刀にも大太刀にも変えられるから助かるよ」
紗月も頷いた。
「分かる。長い武器って重いんだよね」
それぞれが自分の武器について話し始める。
「菜穂は二刀流だけど、馬上はどうするの?」
「やっぱり薙刀かなぁ」
そんな会話を聞いていた晴真が隼人を見る。
「隼人君たちは?」
「俺たち忍びは基本、馬上では戦わない」
隼人が答えた。
「霊馬はあくまで移動手段として使うことが多いな」
綾女、茜、桔梗も頷く。
「その方が動きやすい」
「馬から降りた方が戦いやすいしね」
「うん」
すると迅が椅子へもたれながら言った。
「俺だったら分銅鎖かな」
凛が首を傾げる。
「分銅鎖?」
隼人が頷く。
「確かに馬上で使うなら有効かもしれないな」
晴真が興味深そうに見る。
「どんな武器?」
迅が手振りで説明する。
「鎖の先に分銅っていう錘が付いてるんだよ。それを振り回して――」
拳を振る。
「ぶっ叩く!」
「説明が雑ですわ」
紅葉が呆れる。
迅は晴真を見ると、急に甘えた声を出した。
「霊装武具でできればいいのになぁ、晴真ぁ」
「その声やめてよ!」
教室に笑いが起こる。
だが晴真はすぐに考え始めた。
「鎖と錘かぁ……」
手元に霊木棒を一本出す。
「硬い棒とか刀なら生成したことあるけど、鎖ってたくさんの輪を繋ぎ合わせてるんだよね」
道満が頷く。
「そうだな」
「うーん……」
晴真は霊木棒へ霊力を流す。
「一本の棒を霊力操作で柔らかくして、鎖みたいに動かすことならできるかもしれないけど……」
霊装が長く伸びる。
ぐにゃり。
うねうね。
刀也がそれを見る。
「そりゃ鞭じゃん」
「鞭?」
凛の目が輝いた。
「それいいかも!」
立ち上がる。
「私、霊力操作には少し自信あるし、手先の器用さにも自信あるから!」
だがすぐに首を傾げた。
「でも武器として鞭ってどうなの?」
その時、正臣が口を開いた。
「そんなことないぞ」
「先生?」
「鞭を使う凄腕の陰陽師を一人知ってる」
皆が正臣を見る。
「西御門紫月だ」
凛が目を丸くする。
「紫月さんって沙羅さんの後輩の?」
晴真も思い出す。
「公安部の人ですよね?」
「ああ」
正臣が頷いた。
「鞭の扱いなら相当な腕だ。頼めば教えてくれるかもしれないぞ」
凛が勢いよく頭を下げる。
「お願いします!」
「分かった。連絡しておく」
「ありがとうございます!」
晴真は手元の霊木棒を見る。
「じゃあ、とりあえず鞭を作れるか試してみようかな」
霊力を流す。
スゥーッ。
細長い霊装が形成される。
だが――
カチン。
「……硬い」
晴真が持ち上げる。
ただの長い棒だった。
刀也が笑う。
「鞭じゃねぇ!」
「なんでかなぁ」
晴真が首を傾げる。
道満が考える。
「イメージが曖昧なんじゃないか?」
「イメージ?」
「ああ。晴真は刀や棍なら実物を何度も見ている。でも鞭はほとんど知らないだろ」
「なるほど」
晴真は目を閉じる。
「鞭……鞭……」
考える。
柔らかい。
長い。
うねる。
「蛇みたいにウネウネ……」
霊力を流す。
「霊装武具――鞭!」
シュルルルッ!
霊木棒の先から細長い霊装が伸びた。
ぐねぐねと蛇のように動いている。
しかも先端が妙に太い。
小夜がじっと見る。
「……なんか蛇が棒の先についてるみたい」
美鈴が顔をしかめた。
「なんかキモい」
「確かに」
晴真自身も笑う。
教室に笑い声が広がった。
その時、綾女が手を上げる。
「鞭って確か一本の素材じゃなくて、細いものを何本も編み上げて作るんじゃなかった?」
晴真が振り返る。
「そうなの?」
「たしかね」
「なんだ、一本なのかと思ってた」
晴真は一度霊装を消した。
そして机の上へ何本かの細い霊木の枝を並べる。
「じゃあ……」
それぞれへ霊力を流す。
「細い霊木を芯にして――」
枝の先から細い霊気の紐が伸びる。
一本。
二本。
三本。
さらに増える。
「これをまとめて……」
指を動かす。
霊気の紐が互いに絡み合う。
編む。
捻る。
また編む。
先端へ行くほど細くしていく。
道満が目を細めた。
「なるほど」
晴真が慎重に霊力を操作する。
やがて――
一本の長い鞭が完成した。
「こんな感じかな?」
凛が目を輝かせる。
「すごい!」
小夜も覗き込む。
「ちゃんと鞭みたい」
紅葉も頷いた。
「先ほどよりずっと自然ですわ」
刀也が腕を組む。
「あとは振れるかだな」
晴真が鞭を持つ。
「これを振るうんだよね?」
「周りに気をつけろよ」
正臣に言われ、晴真は少し広い場所へ移動した。
「えい!」
ヒュン――
パァン!!
鋭い音が教室に響く。
全員がびくっとする。
「うわっ!」
晴真自身も驚いた。
刀也の目が輝く。
「いいじゃん!」
迅も感心する。
「ちゃんと鞭だな」
凛はさらに興味を持ったようだった。
「これなら私でも使えるかも」
その時。
晴真が鞭を見ながら声を上げた。
「あ」
笑う。
「いいこと考えた」
刀也と道満の表情が同時に変わった。
二人は顔を見合わせ――
サッ。
刀也が煉獄の霊木を隠す。
道満も宵桜と明桜へ手を置いた。
「えっ?」
晴真が二人を見る。
「なんで隠すの?」
刀也が真顔で答える。
「お前は前科があるからな」
「何の!?」
迅も迅雷を隠す。
与一は弓を机の下へ。
紅葉と小夜も自分たちの霊装武具をそっと遠ざけた。
「みんな酷いよ!」
晴真の肩では桜花が楽しそうに笑っている。
「皆様、晴真様のことをよく分かっていますね」
「桜花まで!」
教室に笑いが起こる。
晴真は頬を膨らませながら教室の中央付近へ移動した。
そして部屋の隅を見る。
そこにはゴミ箱。
距離はおよそ五メートル。
対して今形成している鞭は二・五メートルほどしかない。
刀也が首を傾げる。
「何するつもりだ?」
晴真が鞭を構える。
「霊装武具って長さを変えられるでしょ?」
道満の眉がぴくりと動く。
「待て晴真」
「えい!」
ヒュン!
鞭を振るった。
当然、そのままでは届かない。
だが――
晴真が霊力を流す。
シュルルルルッ!!
鞭が伸びた。
「なっ!?」
道満が目を見開く。
二・五メートル。
三メートル。
四メートル。
五メートル。
ゴミ箱へ向かって一気に伸びていく。
さらに――
「ここ!」
晴真が先端へ霊力を集中する。
柔らかかった鞭の先端が一瞬だけ硬質化した。
ドスッ!!
「…………」
教室が静まり返る。
ゴミ箱の側面に鞭の先端が突き刺さっていた。
「……穴開いた」
美鈴が呟く。
「開きましたわね」
紅葉も見つめる。
晴真は自分でも驚いていた。
「あれ?」
正臣が額を押さえる。
「お前は……」
「ご、ごめんなさい!」
晴真が慌てる。
だが道満はそれどころではなかった。
「待て」
立ち上がる。
「今の……かなり面白いぞ」
「え?」
「鞭の長さそのものを途中で変えた」
さらに先端を見る。
「しかも当たる瞬間だけ先端を硬化した」
迅が目を丸くする。
「つまり普通の鞭より間合いが読めないってことか?」
隼人も頷いた。
「それだけじゃない。柔らかい状態なら巻き付けられるし、硬化すれば突きにも使える」
与一が苦笑する。
「また変な武器作ったな……」
正臣は壊れたゴミ箱を見る。
頭が痛い。
確かにゴミ箱は壊れた。
教師としては叱らなければならない。
だが霊装武具として考えるなら――
長さを自在に変えられる。
柔らかさも変えられる。
部分的に硬化できる。
絡め取る。
叩く。
突く。
場合によっては相手の武器を奪うこともできる。
従来の鞭とはまるで違う戦い方が可能になる。
霊装武具の可能性を大きく広げる発見だった。
正臣が深いため息をつく。
「晴真」
「はい……」
「ゴミ箱は弁償な」
「はい……」
肩の上で桜花が笑う。
「またやっちゃいましたね、晴真様」
「うぅ……」
教室に笑いが起こった。
その中で凛は晴真が作った鞭をじっと見つめていた。
「晴真君」
「ん?」
「これなら私にもできそうな気がする」
「本当?」
「うん!」
凛は嬉しそうに頷く。
「春花さんに相談して、歴博さんに私用の試作品を作ってもらうね」
晴真も笑った。
「うん。凛ちゃんに合うの作ってもらおうよ」
「ありがとう晴真君」
「どういたしまして」
二人が笑う。
その横で正臣は穴の開いたゴミ箱を見つめていた。
「…………」
がっくりと肩を落とす。
昨日は角来流。
今日は鞭。
桜がけを前に――
一年一組の武器はまた一つ、大きく進化しようとしていた。




