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第五十話 角来流剛柔体術


 晴真は少し緊張していた。


目の前に立っているのは、角来流剛柔体術の現当主――角来剛乃介。


大きい。


とにかく大きい。


先ほど剛快と柔次郎の手合わせを見たあとだからこそ、その凄さが余計によく分かる。


晴真は剛乃介を見上げた。


「……大丈夫かな」


思わず口から漏れる。


その声を聞いた剛乃介が豪快に笑った。


「はははは! 安心せい晴真!」


「はい」


「わしは子供相手に本気で殴ったりはせん!」


「それ聞いてもあんまり安心できません!」


道場に笑いが起きる。


刀也が晴真へ声を掛けた。


「大丈夫だ晴真!」


「うん!」


「多分死なない!」


「だから多分を付けないでよ!」


迅も笑う。


「でも床は壊れるかもな」


「僕じゃなくて床の心配!?」


与一が呆れたように二人を見る。


「お前ら少しは応援してやれよ」


小夜は心配そうに晴真を見る。


「晴真君、無理しないでね」


「うん」


紅葉も頷いた。


「剛乃介様相手に無茶は禁物ですわ」


一方、道満は剛乃介をじっと観察していた。


「晴真」


「ん?」


「真正面から力比べだけはするなよ」


「うん、それは僕も分かってる」


晴真は苦笑した。


先ほど剛快が見せた剛。


それだけでも恐ろしいほどの威力だった。


その父親。


しかも角来流の現当主。


まともに力をぶつけて勝てる相手ではない。


すると剛快が腕を組んで大笑いした。


「安心しろ晴真!」


「はい!」


「親父の拳は死ぬほど痛いぞ!」


「全然安心できないです!」


「俺は子供の頃から何百回も食らってる!」


「兄さん」


柔次郎が冷静に剛乃介を見る。


「本当に加減してくださいよ」


「分かっておる!」


剛乃介は胸を張る。


「晴真を壊したら晴隆殿にわしが殺されるわ!」


晴真が固まる。


「そこなんですか……?」


愛理が吹き出す。


清盛も笑っていた。


だが柔次郎だけは少し真剣な表情で晴真を見る。


「晴真君」


「はい」


「勝とうとしなくてもいい」


その言葉に晴真が目を瞬く。


柔次郎は続けた。


「もちろん勝つつもりで戦うのは大切だ。でも今は勝敗より、今まで習ったことをどれだけ使えるか試してみるといい」


晴真は少し考える。


今まで習ったこと。


学園で学んでいる合気術。


将門流古武術。


霊撃砲。


霊衝勁。


霊爆轟身。


そして今日見せてもらった角来流の剛と柔。


さらには――


仲間たちと積み重ねてきた実戦形式の修練。


晴真は自分の両手を見る。


「……はい」


小さく息を吐いた。


緊張がなくなったわけではない。


それでも。


やってみたい。


そんな気持ちの方が少しずつ強くなっていく。


剛乃介はそんな晴真を見て楽しそうに笑った。


「良い顔になったな!」


「はい!」


晴真は道場中央へ進む。


剛乃介も向かい合った。


その体格差は圧倒的だった。


晴真が小さく見える。


刀也が二人を見比べる。


「これ本当に戦うのか……?」


迅も頷く。


「改めて見ると体格差すげぇな」


愛理は腕を組む。


「でも晴真君って、こういう相手の方が変なことしそう」


道満が即座に答えた。


「間違いなく何かやる」


「道満君まで!?」


晴真が振り返る。


「前を見ろ」


「はい!」


皆が笑う。


剛乃介も楽しそうだった。


「さて晴真」


「はい」


「陰陽術も武具も好きに使ってよいぞ」


晴真が目を丸くする。


「全部ですか?」


「全部じゃ!」


ニカッと笑う。


「今のお前ができることを、全部わしに見せてみろ!」


その言葉に晴真の表情が変わった。


「……分かりました」


腰を落とす。


構えは合気術。


両手を自然に前へ。


だが剛乃介が少し意外そうな顔をする。


「ほう」


晴真の構えにはほとんど力みがない。


先ほど柔次郎が見せた柔。


それを意識しているのが分かった。


柔次郎も気づいた。


「もう試してるのか」


清盛が笑う。


「本当に吸収が早いな」


晴真は剛乃介だけを見る。


怖い。


間違いなく強い。


けれど――


真正面から押し返さなくていい。


相手の力を見る。


流れを見る。


霊力を見る。


そして必要なところへ、必要な分だけ自分の霊力を使う。


今日教わったばかりのことを頭の中で反芻する。


剛乃介が拳を握った。


ズン――


空気が変わる。


晴真の金桜眼が僅かに反応した。


「……!」


見える。


剛乃介の霊力。


脚。


腰。


背中。


肩。


腕。


全身へ緻密に流れている。


晴真が思わず呟いた。


「すごい……」


ただ霊力が多いのではない。


どこにも淀みがない。


必要な場所へ必要な分だけ。


角来流の剛を長い年月をかけて身体へ染み込ませた者の霊力操作。


晴真の顔から笑みが消える。


剛乃介もそれに気づいた。


「見えるか?」


「はい」


「なら――」


腰を落とす。


床がミシッと鳴った。


「よく見ておけ!」


柔次郎が二人の間へ立つ。


晴真を見る。


「準備は?」


「はい!」


剛乃介にも視線を向ける。


「兄さん」


「おう!」


柔次郎が右手を上げた。


一瞬、道場が静まり返る。


刀也。


迅。


与一。


道満。


紅葉。


小夜。


愛理。


桜華。


弓月。


清盛。


剛快。


全員の視線が二人へ集まる。


そして――


「始め!」


手が振り下ろされた。


ドンッ!!


剛乃介が地面を蹴った。


「えっ!?」


晴真の目が見開かれる。


大きな身体が一瞬で目の前へ迫った。


速い。


剛快よりも――


遥かに速い。


剛乃介が笑う。


「まずは一発じゃ!」


巨大な拳が迫る。


晴真は咄嗟に両腕を上げ――


いや。


止めた。


――力に力で対抗しない。


先ほど柔次郎が言った言葉が頭をよぎる。


晴真は半歩だけ横へ。


拳へ手を添える。


相手の力に逆らわず。


流れを変える。


合気術。


そして角来流の柔で見た考え方。


剛乃介の拳が晴真の頬の横を通り抜けた。


ブォン!!


風圧だけで髪が大きく揺れる。


「うわっ!」


だが――


避けた。


晴真自身が一番驚いていた。


「できた……!」


剛乃介の目が輝く。


「ははっ!」


拳を振り抜いた体勢から、そのまま振り返る。


「良いぞ晴真!」


次の拳が来る。


晴真が構え直した。


「もう一回!」


「そう来なくてはな!」


ドンッ!!


再び床が鳴る。


晴真と剛乃介。


金桜眼を持つ少年と、角来流の現当主。


二人の手合わせが始まった。


剛乃介の二撃目が迫る。


今度は先ほどより速い。


晴真は拳の軌道を見る。


右。


真っ直ぐ。


なら――


半歩左へ。


剛乃介の腕へ両手を添えた。


「ふっ!」


拳を止めようとはしない。


押し返さない。


力が進もうとする方向へ身体を流しながら、僅かに軌道を外へ逸らす。


ブォン!!


またしても拳が横を通り抜けた。


「おお!」


剛乃介が楽しそうに声を上げる。


だが晴真は安心しない。


剛乃介の左脚へ霊力が流れるのが見えた。


――来る!


晴真が腕を上げる。


ドンッ!!


蹴り。


「くっ!」


今度は流し切れなかった。


晴真の身体が大きく横へ押される。


ザザッ!


どうにか踏み止まる。


「重い……!」


腕が痺れていた。


ほんの少し受けただけ。


それなのに骨まで響くような衝撃。


剛乃介が笑う。


「どうした晴真!」


「まだまだ行くぞ!」


ドンッ!


再び間合いを詰める。


拳。


蹴り。


掌底。


肘。


次々と飛んでくる。


晴真は必死に見る。


金桜眼で霊力の流れを見る。


右肩に集まる。


拳。


腰から左脚。


蹴り。


胸から腕。


掌底。


――見える。


何が来るのかは分かる。


でも――


「速い!」


分かっていても身体が追いつかない。


晴真は身体を捻る。


拳をかわす。


次の蹴りへ手を添え――


流す。


だが剛乃介は崩れない。


「えっ?」


普通なら体勢が流れるはず。


しかし剛乃介は、流された方向へ自分から一歩踏み込んだ。


そのまま回転。


裏拳。


「うわっ!」


晴真が頭を下げる。


ブォン!


頭上を腕が通り過ぎた。


剛乃介が笑う。


「柔を使えば何でも流せると思うなよ!」


「はい!」


「流されるなら、その流れを次の動きに使えばよい!」


晴真の目が大きくなる。


――柔で流された力を。


――今度は自分の動きに?


それを考えた瞬間――


「隙あり!」


「わっ!」


剛乃介の掌底が迫った。


避けられない。


晴真は咄嗟に両腕を交差させる。


そして――


霊力を腕へ集中させた。


「剛!」


ガンッ!!


「ぐっ!」


晴真の身体が後ろへ滑る。


ザザザザッ!


だが倒れなかった。


剛乃介の眉が上がる。


柔次郎も僅かに目を見開いた。


「今……」


剛快が笑う。


「やったな!」


晴真は自分の腕を見る。


痛い。


痺れている。


だが防げた。


「できた……」


ほんの一瞬だけ。


攻撃が当たる場所へ霊力を集中させた。


今日初めて聞いた角来流の剛。


完全なものではない。


見よう見まね。


それでも確かに使った。


剛乃介が豪快に笑い始める。


「ははははは!」


「良いぞ晴真!」


「一度見ただけで試すか!」


晴真が少し照れたように笑う。


「先生が必要なところだけって言ってたから……」


柔次郎が苦笑した。


「言ったけどね」


迅が呆れる。


「だからって普通すぐできるか?」


道満は晴真の腕を見ている。


「形だけだ」


「え?」


刀也が振り返る。


道満は少し笑った。


「角来流として完成しているわけじゃない。霊力を腕に集中させて硬化しただけだ」


そして晴真を見る。


「だが理屈を聞いて、自分の霊力操作へすぐ落とし込んだ」


清盛が笑う。


「晴真らしいな」


一方、晴真はもう一度構えた。


今度は少し表情が明るい。


剛乃介がそれを見てニヤッとする。


「楽しくなってきたか?」


「はい!」


即答だった。


「なら今度はお前から来い!」


「分かりました!」


晴真が腰を落とす。


丹田へ霊力を集める。


清盛がすぐに気づいた。


「来るぞ」


晴真が息を吸う。


「霊爆轟身!」


ドンッ!!


全身へ霊力が爆発的に巡る。


晴真の速度が一気に跳ね上がった。


床を蹴る。


「速い!」


桜華が声を上げる。


一瞬で剛乃介の懐へ。


晴真が拳を握った。


だが――


殴らない。


剛乃介の腕を取る。


「ん?」


脇へ潜る。


腰を落とし。


剛乃介の重心を崩そうとする。


合気術。


「おっ!」


剛乃介の身体が僅かに傾いた。


晴真の目が輝く。


「いける!」


だが次の瞬間――


ズンッ!


剛乃介の脚へ剛が入った。


床を掴むように踏み締める。


体勢が止まった。


「えっ?」


「崩しは良い!」


剛乃介が笑う。


「じゃが軽い!」


「うわっ!」


逆に晴真の腕を掴む。


持ち上げられる。


「ええっ!?」


ひょい。


本当に軽々と。


晴真の身体が宙へ浮いた。


「晴真君!」


小夜が声を上げる。


剛乃介がそのまま投げる――


直前。


晴真が身体を丸めた。


腕を捻り、掴まれている方向へ自分から回る。


「お?」


手が抜ける。


空中で一回転。


ザッ!


両足で着地。


剛乃介が一瞬止まった。


「今のは……」


柔次郎が笑う。


「柔だね」


晴真自身も驚いている。


「できた……」


「戦ってる最中に練習するなよ!」


迅が叫ぶ。


刀也は大興奮だった。


「いいぞ晴真!」


「もっとやれ!」


「どっちなんだよお前は!」


与一が突っ込む。


晴真は再び剛乃介へ向かう。


今度は真正面。


右拳。


剛乃介が腕を上げる。


だが晴真の狙いはそこではない。


直前で拳を開いた。


腕へ触れる。


押す。


剛乃介の防御を僅かに外へ流す。


そのまま懐へ。


「霊衝勁!」


ドンッ!


掌底が剛乃介の腹部へ入った。


「おっ!」


剛乃介の道着が揺れる。


身体が――


僅かに後ろへ下がった。


一歩。


たった一歩。


だが。


道場が静かになった。


晴真が目を丸くする。


「……動いた」


剛快も驚く。


「親父を?」


清盛がニヤッと笑った。


「やるじゃん晴真」


愛理も嬉しそうに拳を握る。


「入った!」


しかし剛乃介は腹を擦ると、すぐに笑った。


「良い!」


晴真が構え直す。


「もう一回!」


「来い!」


晴真が再び踏み込む。


右。


左。


掌底。


蹴り。


合気術による崩し。


将門流の霊衝勁。


そして受ける瞬間だけ剛。


一つ一つはまだ粗い。


角来流の技として見れば到底完成していない。


だが晴真は、自分が知っているものを次々と組み合わせていた。


柔次郎が静かに見つめる。


「兄さん」


「なんじゃ?」


攻撃を受けながら剛乃介が返す。


「晴真君、面白いでしょう?」


「ははは!」


晴真の拳を弾く。


「面白すぎるわ!」


そのまま剛乃介が拳を放つ。


晴真が右へ流す。


次の拳。


左へ。


蹴り。


腕を剛で硬化。


ガンッ!


受けた瞬間――


晴真が蹴りの勢いに逆らわず後ろへ跳んだ。


「お?」


衝撃そのものを移動へ使う。


着地と同時に距離が開いた。


晴真は両手を前へ。


愛理が気づく。


「あっ!」


霊力が掌へ集まる。


「霊撃砲!」


ドォォォン!!


金色の霊力が一直線に放たれた。


剛乃介の笑みが深くなる。


「そう来たか!」


両腕を交差。


全身へ剛。


「剛気纏身!」


ズンッ!!


剛乃介の全身が強固な霊力に包まれる。


霊撃砲が直撃した。


ドォォォォン!!


爆発。


煙が広がる。


晴真は油断しない。


金桜眼で煙の中を見る。


「いる……!」


次の瞬間。


煙を突き破って剛乃介が現れた。


「うわっ!」


「良い攻撃じゃ!」


ほとんど無傷。


晴真の顔が引きつる。


「硬すぎません!?」


「角来流当主を舐めるな!」


「舐めてません!」


剛乃介が拳を引く。


晴真の金桜眼がその霊力を見る。


脚。


腰。


背中。


肩。


拳。


全部が一つにつながっていく。


――さっき柔次郎先生が見せた。


――霊力を繋ぐ。


晴真の背筋に寒気が走った。


「まずい!」


剛乃介が踏み込む。


「剛気崩拳!」


ドンッ!!


晴真は避ける。


だが拳そのものを避けても衝撃が広がる。


「うわっ!」


身体が吹き飛ばされた。


ドン!


床へ転がる。


「晴真君!」


小夜が立ち上がる。


「大丈夫!」


晴真はすぐに起き上がった。


腕を振る。


少し痛い。


でもまだ動ける。


剛乃介は追撃せず待っている。


「どうする晴真?」


晴真は息を整えた。


真正面からでは勝てない。


霊撃砲も防がれる。


合気術だけでは剛乃介の重心を崩し切れない。


柔だけでは足りない。


剛だけでも敵わない。


晴真の頭に柔次郎の言葉が浮かぶ。


――剛の中に柔があり。


――柔の中に剛がある。


二つを自在に行き来する。


「……そっか」


晴真が小さく呟いた。


道満が反応する。


「何か気づいたか?」


晴真は構えを変えた。


肩から力を抜く。


柔。


だが脚には少しずつ霊力を集める。


剛。


柔次郎が目を細めた。


「まさか……」


剛乃介が笑う。


「何をするつもりじゃ?」


「分かりません!」


「分からんのか!」


道場に笑いが起きる。


晴真も笑った。


「でも試してみます!」


ふっと身体から力が抜ける。


ゆらり。


一歩。


先ほどの柔次郎の真似。


当然、動きはまだぎこちない。


迅が首を傾げる。


「柔次郎先生の真似か?」


「いや」


道満が目を細める。


「足を見ろ」


晴真の脚。


踏み込む瞬間だけ霊力が集中する。


ドンッ!


一気に加速。


剛。


そして間合いへ入る直前、また身体から力を抜く。


柔。


剛乃介が拳を放つ。


晴真は腕に触れる。


流す。


その流れに乗ったまま身体を回転。


背後へ。


剛乃介が振り返ろうとする。


その瞬間だけ晴真の右脚へ大量の霊力が集まった。


「はあっ!」


蹴り。


剛乃介が腕で防ぐ。


ガンッ!


だが晴真は蹴った反動へ逆らわない。


そのまま身体を回す。


反対側へ流れ――


左掌。


「霊衝勁!」


ドンッ!!


脇腹へ入った。


剛乃介の身体が再び一歩動く。


「おお!」


晴真は止まらない。


押し返される力。


弾かれる力。


かわされた勢い。


全部を次の動きへつなげる。


柔で流し。


必要な瞬間だけ剛。


また柔。


また剛。


まだ荒い。


柔次郎のような滑らかさはない。


それでも。


剛乃介の目が大きくなる。


「こいつ……!」


柔次郎が笑った。


「もう剛と柔を一緒に使い始めた」


剛快が呆れたように笑う。


「今日初めて聞いたんだよな?」


清盛が頷く。


「ああ」


そして楽しそうに晴真を見る。


「でもあれ、角来流そのままじゃない」


道満も気づく。


「合気術も混ざっている」


与一が続ける。


「将門流も」


晴真の動き。


受け流しは合気術。


身体の流れは角来流の柔。


瞬間的な硬化は剛。


加速は霊爆轟身。


攻撃には霊衝勁。


全部。


今まで学んできたもの。


晴真は何か一つの流派を使っているわけではなかった。


自分が教わったものを、その場で必要な形に組み合わせている。


剛乃介が大笑いした。


「ははははは!」


拳を振るう。


晴真が流す。


「良いぞ!」


蹴り。


晴真が剛で受ける。


「もっと来い!」


「はい!」


晴真も笑う。


いつの間にか緊張は消えていた。


怖い。


強い。


でも――


楽しい。


もっと知りたい。


もっと試したい。


剛乃介がその表情を見る。


「やっぱりお前は武術が好きなんじゃな!」


「はい!」


晴真が踏み込む。


その瞬間だった。


剛乃介の雰囲気が変わった。


「なら最後に――」


ズンッ!!


霊圧が跳ね上がる。


晴真が止まる。


「え?」


柔次郎が苦笑した。


「兄さん」


「分かっておる!」


剛乃介は拳を腰へ。


「もちろん加減する!」


晴真の顔が引きつる。


「その言葉が一番怖いです!」


「行くぞ晴真!」


全身から拳へ霊力が集まる。


剛気崩拳。


さっきより明らかに強い。


晴真は逃げなかった。


両手を構える。


柔で流す。


だが、それだけでは無理。


なら――


腕へ剛。


脚へ霊力。


霊爆轟身。


そして相手の力を自分から外へ。


全部使う。


剛乃介が踏み込んだ。


「剛気崩拳!」


晴真も前へ出る。


「はあああっ!」


拳へ両手を添える。


衝突。


ドォォォン!!


「ぐっ!」


晴真の腕が軋む。


押される。


圧倒的な力。


真正面からなら絶対に勝てない。


だから――


押し返さない。


「柔……!」


身体を捻る。


拳の軌道を横へ。


だが剛乃介の力が強すぎる。


流し切れない。


晴真の右腕へ霊力を集中。


「剛!」


耐える。


さらに自分から一歩踏み込む。


剛乃介の力が進む方向へ身体を滑らせる。


「おおっ!?」


拳が晴真の横を抜けた。


晴真はそのまま剛乃介の懐へ潜り込む。


至近距離。


掌を胸元へ。


剛乃介が目を見開く。


晴真が笑った。


「届いた!」


霊力が掌へ集中する。


「霊衝勁!」


ドンッ!!


剛乃介の胸へ衝撃が入る。


ズッ――


大きな身体が一歩。


さらに半歩。


後ろへ下がった。


晴真の顔が輝く。


「やった!」


だが。


剛乃介の左手が晴真の肩へ置かれていた。


「え?」


ニカッ。


「捕まえたぞ」


「あ」


次の瞬間。


ひょい。


晴真の身体が宙へ。


「うわあああっ!」


ぐるん。


ドンッ!


綺麗に背中から床へ落とされた。


「いったぁ……!」


晴真が仰向けになる。


視界いっぱいに道場の天井。


そして剛乃介の拳が目の前で止まっていた。


「そこまで!」


柔次郎が手を上げる。


「勝者、角来剛乃介!」


晴真は天井を見ながら息を吐いた。


「負けたぁ……」


剛乃介が笑いながら手を差し出す。


「当たり前じゃ!」


晴真がその手を取る。


「初等部一年に負けたら、わしは当主を辞めにゃならん!」


「そこまで!?」


剛乃介が晴真を引き起こす。


そして大きな手で頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「じゃが面白かったぞ!」


「わっ、髪が!」


「今日教わったばかりの剛と柔を使い、合気術や将門流まで混ぜおった」


柔次郎も歩いてくる。


「ただし晴真君」


「はい」


「今のは角来流の剛と柔を使えた、とはまだ言えないよ」


晴真は素直に頷く。


「はい」


「形を真似て、自分が今まで覚えてきた霊力操作で再現しただけだ」


「うん」


柔次郎が笑った。


「でも、それでいい」


晴真が顔を上げる。


「武術は技をそのまま真似するだけじゃない。その考え方を知って、自分に必要な形へ変えていくことも大事だからね」


清盛も頷く。


「将門流だって龍姫様の技をクシナダ様が人間向けに変えたものだしな」


道満が少し笑う。


「晴真には、その方が合っているかもしれない」


刀也が首を傾げる。


「どういうことだ?」


「一つの流派だけを極めるより」


道満は晴真を見る。


「いろんなものを見て、全部吸収して自分の形にしていく」


迅が笑う。


「節操ないとも言う」


「酷い!」


晴真が叫ぶ。


道場に笑い声が広がる。


剛乃介は腕を組み、満足そうに頷いていた。


「晴真!」


「はい!」


「今度から時間がある時は、うちにも来い!」


晴真の目が輝く。


「いいんですか?」


「もちろんじゃ!」


柔次郎も頷く。


「基礎からちゃんと教えてあげるよ」


「ありがとうございます!」


晴真が深く頭を下げる。


その横で愛理が呆れたように笑った。


「また修練増えたね」


「……あ」


晴真が固まる。


桜がけ対策。


将門流。


合気術。


月桜の世話。


さらに角来流。


指を折って数える。


「……いつ行こう」


道満が即答する。


「寝る時間を削るなよ」


「分かってるよ!」


小夜も心配そうに言う。


「本当に無理しないでね」


「うん」


清盛が笑った。


「まあ晴真なら何とかするだろ」


その言葉に剛乃介が豪快に笑う。


「はははは! 若いうちはいっぱい学べ!」


晴真も笑った。


「はい!」


その日の角来道場で晴真が学んだのは、一つの新しい流派だけではなかった。


剛。


柔。


合気。


将門流。


どれか一つが正しいのではない。


相手を見て。


流れを見て。


必要な時に必要なものを使う。


そして学んだものを、自分の中でつなげていく。


晴真にとってまた一つ。


新しい武術への扉が開いたのだった。

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