第四十九話 その前に
剛快と清盛の手合わせが終わり、道場に笑い声が広がっていた。
その中で剛乃介がゆっくり立ち上がる。
「よし!」
そして晴真を見て豪快に笑った。
「次は晴真と俺だな!」
「……え?」
晴真が固まる。
剛乃介がゴキッ、ゴキッと拳を鳴らした。
「わしもお前がどれだけやれるのか見てみたい!」
「僕ですか?」
「おう!」
晴真の顔が引きつる。
その時――
「兄さん、その前に」
柔次郎が声を掛けた。
「ん?」
剛乃介が振り返る。
柔次郎は晴真たちを見ながら笑った。
「他の子たちとは私がやりますよ」
「柔次郎先生が?」
刀也の目が輝く。
「ああ。せっかく角来道場まで来てくれたのに、何もおもてなししないわけにはいかないのでね」
「おもてなしって手合わせなんですか?」
小夜が苦笑する。
剛乃介が豪快に笑った。
「角来流では最高のおもてなしじゃ!」
「絶対違うと思う……」
晴真が小さく呟く。
柔次郎は道満たちを見る。
「一年一組はチーム研修でかなり良かったらしいからね。せっかくだし、皆が普段どんなふうに戦っているのか見てみたい」
その言葉に道満の目が僅かに輝く。
刀也も嬉しそうに拳を握った。
紅葉もやる気十分。
対して与一は苦笑し、迅は面倒そうに頭を掻く。
小夜も少し困ったように薙刀を見る。
柔次郎が続ける。
「せっかくだから陰陽術もありでやろう」
「本当ですか!」
刀也が一気に食いついた。
道満も静かに立ち上がる。
「それなら面白そうですね」
紅葉も立つ。
「是非お願いいたしますわ!」
与一がため息をついた。
「お前ら嬉しそうだな……」
迅も頷く。
「普通、教師と戦えるって聞いてそんな喜ぶか?」
小夜が小さく笑う。
「二人なら喜ぶと思う」
「小夜、お前まで分かってきたな」
柔次郎が笑う。
「じゃあ六人かな」
道満。
刀也。
迅。
与一。
紅葉。
小夜。
六人が道場中央へ集まろうとする。
その時、与一が手を上げた。
「先生、すみません」
「ん?」
「少しだけ作戦会議の時間をください」
柔次郎が一瞬目を丸くする。
やがて嬉しそうに笑った。
「もちろん。好きなだけ相談していいよ」
六人は道場の端へ集まった。
紅葉が皆を見る。
「どうします?」
「六人かぁ……」
与一が腕を組む。
「チーム研修は五人編成が多かったからな」
道満が紅葉と小夜を見る。
少し考えてから口を開いた。
「だったら、この二人を二人で一人と考えるのはどうだ?」
「わたくしと小夜を?」
「ああ」
道満が頷く。
「紅葉と小夜は息が合っている。二人一組で一つの前衛として考えれば、実質いつもの五人編成と同じ感覚で動ける」
小夜が紅葉を見る。
紅葉も頷いた。
「それならやりやすいですわ」
「うん」
与一も考える。
「じゃあ紅葉と小夜が前衛だな」
二人を見る。
「薙刀なら間合いを確保できる。まず二人で伯父さんを中へ入れないようにしてくれ」
「分かりましたわ」
「やってみる」
「刀也と迅はその補佐」
与一が続ける。
「伯父さんはかなり速い。紅葉と小夜の間合いを抜けられることもあると思う」
迅が笑った。
「その時は俺が入る」
刀也も煉獄へ手を掛ける。
「俺も任せろ!」
「道満は後方支援を頼む」
「ああ」
「札術で牽制しながら、伯父さんの隙を探してくれ」
道満が少し苦笑した。
「簡単に隙を見せてくれるとは思えないがな」
「そこは何とかしてくれ」
「無茶を言う」
与一が笑う。
「俺は全体を見ながら弓で援護する。崩れたところがあったら俺が入る」
六人を見回す。
「こんな感じでどうだ?」
「良し!」
刀也が拳を握る。
「了解」
迅も頷く。
「異論ない」
道満も答える。
紅葉と小夜も顔を見合わせて頷いた。
少し離れた場所では剛乃介が腕を組み、その様子を眺めていた。
「……あいつら」
清盛が見る。
「どうしました?」
「柔次郎相手に、本気で勝つ算段を考えておる」
剛乃介はどこか楽しそうだった。
「初等部一年じゃろ?」
晴真が笑う。
「僕ら、正臣先生に教わってるんです」
「何をじゃ?」
「どんな人が相手でも、チームで戦う時に話し合える時間があるなら、必ず皆で相談してから戦えって」
剛乃介が晴真を見る。
晴真は続ける。
「話し合う時間がない時は、お互いが何を考えているのかを考えながら、その中で合わせていくんです」
「なるほどのう」
剛乃介が六人を見る。
誰が指示したわけでもない。
皆が意見を出し、その場で自分たちの役割を決めている。
剛乃介がニヤッと笑った。
「良い先生じゃな」
「はい!」
晴真も笑う。
そして六人へ向かって声を上げた。
「みんな頑張れ!」
六人が一斉に振り返る。
「おう!」
「任せろ!」
「頑張りますわ!」
与一が皆を見る。
「よし、行くぞ」
六人が道場中央へ向かう。
晴真が少し驚いた。
「今回のリーダー、与一君なんだ」
清盛も頷く。
「弓使いだから全体を見やすいんだろうな」
柔次郎が中央で六人を待っていた。
構えらしい構えは取っていない。
自然体。
両手を軽く下げ、静かに立っているだけ。
対する六人はそれぞれ武器を構えた。
剛乃介が両者を見る。
「それでは――」
右手を上げる。
「始め!」
その瞬間――
紅葉と小夜が同時に前へ出た。
「行きますわ!」
「はい!」
左右から薙刀が振るわれる。
ヒュン!
柔次郎が僅かに下がる。
紅葉がすぐに追う。
薙刀の長い間合いを活かし、簡単には懐へ入らせない。
柔次郎が左へ回り込もうとする。
紅葉の薙刀を片手で弾いた。
キンッ!
「っ!」
そこへ小夜。
「させません!」
ブォン!
横薙ぎ。
柔次郎が一歩退く。
紅葉がすぐに構え直した。
右から紅葉。
左から小夜。
片方を弾けば、もう片方が入る。
片方を避ければ、もう片方が間合いを塞ぐ。
柔次郎が笑った。
「うまいな」
紅葉が目を細める。
「ありがとうございます!」
「でも褒めている暇はありませんよ!」
小夜の薙刀が再び迫る。
柔次郎が後ろへ下がる。
その瞬間――
ヒュン!
矢が飛んできた。
「おっと」
柔次郎が腕を上げる。
一瞬だけ剛。
ガンッ!
矢が弾かれた。
後方で与一が次の矢を番えている。
「紅葉! 小夜!」
「はい!」
二人が左右へ開く。
柔次郎の視界が一瞬広がった。
そこへ――
「行くぞ!」
迅が木銭を取り出す。
霊力を流す。
霊装忍具。
木銭の周囲に鋭い刃が形成され、その表面へ雷撃が走った。
バチバチバチッ!
「雷撃手裏剣!」
シュシュシュシュッ!
複数の雷撃手裏剣が柔次郎へ飛んでいく。
柔次郎が僅かに目を見開く。
「これは剛じゃ受けたくないな」
霊力で身体を硬化できても電撃まで無効にできるわけではない。
柔次郎が左へ跳ぶ。
迅が笑った。
「そっちだ!」
すでに刀也が待っていた。
「霊装武具――煉獄!」
刀身が形成される。
さらに――
「術式解放!」
ゴォォォッ!
煉獄の刀身を激しい炎が包んだ。
「もらった!」
刀也が斬り込む。
「はああっ!」
炎を纏った刃が柔次郎へ迫る。
だが柔次郎は右手を開いた。
「柔波掌」
フワッ――
柔らかな霊力の波。
刀身へ纏っていた炎が一瞬揺らぐ。
次の瞬間――
フッ。
消えた。
「なっ!?」
刀也が目を見開く。
柔次郎の掌が煉獄の刀身へ触れ、流れていた霊力そのものを崩している。
「残念だったな」
「うわっ!」
ドンッ!
腹へ蹴り。
刀也が後ろへ吹き飛ばされた。
「刀也!」
だが、その瞬間を待っていた者がいる。
道満。
「三重の巡らせ」
腰の霊木へ霊力が流れ込んだ。
「霊装武具――明桜」
スッ――
小太刀ほどの刀身が形成される。
道満が一気に踏み込んだ。
「はっ!」
袈裟斬り。
柔次郎が腕を剛で硬化し受け止める。
ガンッ!
その瞬間、道満はすでに次の動きへ入っていた。
身体を回す。
右脚へ霊力。
「霊衝勁!」
蹴りへ霊衝勁を纏わせる。
「なるほど」
柔次郎が笑う。
「柔波掌」
道満の脚へ掌を合わせた。
フワッ!
霊衝勁が散る。
「っ!」
そのまま柔次郎の脚が動いた。
道満の腹部へ蹴りを入れようとする。
だが――
ガンッ!
横から別の脚が飛び込んできた。
「与一!」
道満が目を見開く。
与一が柔次郎の蹴りへ、自分の蹴りを合わせていた。
脚には剛。
衝突の瞬間だけ霊力で硬化している。
柔次郎がニヤッと笑った。
「やるじゃないか与一」
与一も笑う。
「伯父さんから教えてもらってますからね!」
鏑木流弓体術だけではない。
与一は幼い頃から伯父である柔次郎から、角来流剛柔体術の基礎も教わっている。
二人の蹴りが弾ける。
与一が後ろへ下がった瞬間――
「今です!」
紅葉。
「はい!」
小夜。
左右から二本の薙刀が迫る。
柔次郎が一気に間合いを切った。
そこへ道満が札をニ枚取り出す。
「逃がしません!」
雷撃。
激水。
二つの術式が絡み合う。
「複合術――雷電水龍!」
ゴォォォォッ!
水龍が形成され、その全身を雷が走る。
巨大な雷の水龍が柔次郎へ襲いかかった。
愛理が身を乗り出す。
「うわっ、あれは痛そう!」
だが柔次郎は逃げない。
むしろニヤッと笑った。
右手を前へ。
「柔波掌」
フワァァァッ――
巨大な霊力の波。
雷電水龍と正面からぶつかる。
バチバチバチッ!
水龍の形が崩れる。
雷が散る。
そして――
バシュン!
消えた。
「……嘘だろ」
迅が呟く。
道満も苦笑した。
「札術まで相殺するのか」
観戦していた剛快が笑う。
「達人クラスになるとな!」
胸を張る。
「俺はできん!」
柔次郎が振り返った。
「修練しろ!」
「はい!」
剛快が即答する。
清盛が吹き出した。
「怒られてるじゃないですか」
一方、六人は再び距離を取る。
刀也が立ち上がり、煉獄を構え直した。
迅も忍刀へ手を掛ける。
紅葉と小夜も薙刀を構える。
柔次郎は六人を見渡した。
「なるほど」
小さく笑う。
「じゃあ少し攻め方を変えるか」
その言葉に与一の表情が変わる。
「来るぞ!」
柔次郎の身体から力が抜けた。
肩。
腕。
腰。
脚。
すべてが自然に落ちる。
そして――
ゆらり。
身体が揺れた。
晴真が首を傾げる。
「……え?」
一歩。
スゥー。
柔次郎が前へ進む。
速いわけではない。
むしろ遅く見える。
だが剛乃介が目を細めた。
「やるか、柔次郎」
紅葉の間合いへ入る。
「来ましたわ!」
紅葉が薙刀を振るう。
ヒュン!
柔次郎がふらりと身体を傾けた。
刃が目の前を通り過ぎる。
「えっ?」
小夜がすぐに薙ぎ払う。
「そこ!」
ブォン!
柔次郎が――
スゥー。
一瞬止まったように見えた。
次の瞬間。
「……あれ?」
紅葉が目を瞬く。
小夜も固まる。
二人の手に。
薙刀がない。
いつの間にか柔次郎が二本とも持っていた。
「ええっ!?」
愛理が叫ぶ。
柔次郎は二本の薙刀を横へ置く。
「次」
その瞬間――
バチッ!
迅の全身を紫電が包む。
「紫電迅雷!」
姿が消えた。
右。
左。
背後。
正面。
四方八方から忍刀が迫る。
だが柔次郎は――
ゆらり。
ふらり。
スゥー。
一歩。
半歩。
僅かに身体を傾けるだけ。
迅の忍刀が一度も届かない。
「なんだこれ!」
迅がさらに速度を上げる。
「はあああっ!」
袈裟。
横薙ぎ。
突き。
逆袈裟。
全て――
スッ。
ふらり。
ゆらり。
かわされる。
「くそっ!」
迅が最後の一撃を振り抜いた瞬間、柔次郎の手が忍刀へ添えられた。
くるり。
「あっ!」
忍刀が迅の手から消える。
そして――
ドンッ!
「ぐっ!」
腹部へ蹴り。
迅が吹き飛ばされた。
「迅!」
刀也が前へ出る。
煉獄を大きく振りかぶった。
「小篠塚流ーー火炎大斬刃!」
ゴォォォォッ!
巨大な炎の斬撃。
柔次郎がふらりと避ける。
炎が背後を通り抜けた。
刀也がそのまま踏み込む。
「まだだ!」
だが柔次郎も間合いを詰めてくる。
そこへ――
ヒュン!
与一の矢。
「させるか!」
柔次郎はゆらりと半身になる。
矢が頬の横を通り抜けた。
さらに二本。
三本。
全て僅かな動きだけでかわしていく。
「伯父さん!」
与一が次の矢へ手を伸ばした瞬間、柔次郎の手が弓へ掛かった。
「え?」
グンッ!
弓を奪い取る。
そして、そのまま与一へ投げ返した。
「うわっ!」
与一が身体を反らして避ける。
その隙に刀也が背後から斬りかかった。
「今だ!」
柔次郎がふらりとかわす。
「まだ!」
刀也が即座に刀を返す。
だが――
カンッ!
柔次郎の手刀。
剛で硬化された手刀が煉獄の刀身を擦り上げる。
軌道が上へ逸れた。
「なっ!」
さらに柔次郎の脚が煉獄を蹴り上げる。
ガンッ!
煉獄が刀也の手から飛んだ。
次の瞬間には柔次郎の手刀が刀也の首筋へ。
ピタッ。
「一本」
「くそっ……!」
その瞬間――
ガンッ!
明桜が手刀を受け止めた。
道満。
「まだです!」
だが柔次郎の手刀は重い。
剛で硬化された一撃。
「っ!」
道満の腕が震える。
明桜を握り切れない。
カランッ!
床へ落ちた。
「道満!」
刀也が叫ぶ。
だが道満はすでに後ろへ下がっていた。
腰のもう一本へ手を掛ける。
「刀也!」
「分かってる!」
二人が左右へ分かれる。
刀也は床に落ちた明桜を拾い上げた。
道満は宵桜へ手を掛ける。
柔次郎を中央へ挟む。
「行くぞ!」
刀也が踏み込む。
「疾風突き!」
明桜による一直線の刺突。
同時に――
道満の腰が沈む。
「居合!」
宵桜が銀の軌跡を描いた。
左右から二つの攻撃。
逃げ場はない。
そのはずだった。
だが――
ゆらり。
柔次郎の身体が二つの攻撃の間を抜ける。
「なっ!?」
「消えた!?」
次の瞬間には刀也の背後へ。
肩へ僅かに手を添える。
刀也の身体が半歩前へ流れた。
そこへ道満。
柔次郎が道満の肘にも触れる。
ほんの少し軌道を変える。
結果――
「うわっ!」
「刀也!」
ゴンッ!
二人が中央でぶつかった。
そのまま床へ倒れ込む。
「いてぇ!」
「重い! 退け!」
「そっちが退け!」
その時――
バチバチッ!
雷撃を纏った矢が飛んできた。
柔次郎が横へかわす。
二本目。
三本目。
四本目。
全てかわす。
だが与一の狙いは当てることではなかった。
「そこだ!」
弓を背負う。
脚へ雷が走った。
バチィッ!
「鏑木流――雷撃歩!」
地面を蹴った瞬間、与一の姿が雷のように加速する。
一気に柔次郎の懐へ。
「鏑木流弓体術――雷槍脚!」
雷を纏った飛び蹴り。
一直線に柔次郎の胸へ突き刺さる。
柔次郎がニヤッと笑った。
右拳を腰へ引く。
「剛気崩拳」
ドンッ!!
拳と蹴りが激突した。
雷が弾ける。
「うわっ!」
与一の身体が押し返される。
ドサッ!
床へ倒れ込んだ。
しばらく起き上がらない。
柔次郎が周囲を見る。
紅葉と小夜は武器を奪われ。
迅は腹を押さえ。
刀也と道満は重なって倒れ。
与一も床へ転がっている。
剛乃介が手を上げた。
「そこまで!」
豪快に笑う。
「勝者――柔次郎!」
一瞬の静寂。
「つっよ……」
愛理が呟く。
刀也が床へ座ったまま柔次郎を見る。
「先生!」
「ん?」
「あれなんなんですか!」
立ち上がりながら身振りで再現する。
「こう……ゆらりって!」
迅も腹を擦りながら頷く。
「速いんだか遅いんだか分からねぇんだよ」
紅葉も悔しそうに言う。
「わたくしが斬ったら、ゆらりといなくなって……」
小夜も頷く。
「私が薙ぎ払ったら、ふらりって……気づいたら間合いの中にいたんです」
道満も床に座り込んだまま考え込んでいる。
「歩幅も速度も特別大きく変わっているようには見えなかった」
与一が苦笑する。
「流石伯父さん。全然歯が立たないや」
柔次郎が笑った。
「でも良かったよ」
「え?」
「六人ともかなり良かった」
与一たちが顔を上げる。
「本当ですか?」
「ああ。特に最初の連携は良かった」
紅葉と小夜を見る。
「二人の薙刀で間合いを作り、私が抜けようとした場所へ与一の矢を入れる」
次に迅。
「矢を防がせて雷撃手裏剣」
刀也。
「雷撃を避けた先に刀也」
道満。
「そして最後に道満が隙を狙う」
柔次郎は感心したように頷いた。
「初等部一年で、あれだけ役割を理解して連携できるなら十分すごい」
「よし!」
刀也が嬉しそうに拳を握る。
だが柔次郎は笑う。
「だからこそ後半は、少し本気で崩させてもらった」
「やっぱりあれ本気だったのか……」
迅がため息をつく。
「じゃあ先生」
晴真が興味津々で尋ねる。
「あの、ゆらりとかふらりとかしてたのは何なんですか?」
全員が柔次郎を見る。
柔次郎は少し考える。
そして道場中央へ立った。
「さっき角来流の柔について説明しただろう?」
「相手の力に逆らわず、流れに身を任せる」
晴真が頷く。
「はい」
「実は柔で流すのは、相手の力だけじゃない」
柔次郎が自分の身体を指差す。
「自分自身もだ」
「自分自身?」
道満が反応する。
「ああ」
柔次郎がゆっくり一歩踏み出す。
スゥー。
「普通、人は動こうとする時に無意識に力む」
肩が動く。
腰が沈む。
足へ力が入る。
視線が向く。
「攻撃する」
「避ける」
「前へ出る」
「そう思った瞬間、必ず身体のどこかに予備動作が出る」
道満の目が僅かに大きくなる。
「それを消しているのか」
「正解」
柔次郎が笑った。
「力を抜き、霊力の流れにも逆らわず、重心が動くまま身体を運ぶ」
ゆらり。
一歩。
「相手から見ると、動き始めが分からない」
ふらり。
身体を傾ける。
「攻撃を避けようともしていない」
薙刀がそこを通ると仮定し、身体を僅かにずらす。
「攻撃が通る場所から、自分を外しているだけ」
小夜が目を見開く。
「だから避けられた感じがしなかったんだ……」
「そう」
そして柔次郎は紅葉を見る。
「紅葉の薙刀を避けた時も、私は大きく動いてない」
次に小夜。
「小夜が次に薙ぐ方向へ、自分から流れていっただけだ」
紅葉が考える。
「だからわたくしたちからすると、先生を追っているつもりなのに……」
小夜が続ける。
「逆に先生の動きに誘導されてた」
「その通り」
柔次郎が頷く。
道満がさらに尋ねる。
「俺と刀也をぶつけたのも?」
「あれも同じだよ」
柔次郎は二人を見る。
「二人の攻撃を止める必要はない」
「刀也の突きを少しこちらへ」
手を動かす。
「道満の斬撃を少しこちらへ」
反対の手を動かす。
二つの手が中央で交わる。
「ほんの少し流れを変えてやれば、二人の力が勝手にぶつかる」
刀也が口を開ける。
「なんか……」
迅が続ける。
「ずるくね?」
「武術にずるいも何もない」
柔次郎が笑う。
「相手より速く動く必要はない」
迅を見る。
「相手より力が強い必要もない」
刀也を見る。
「相手の技を全部受け止める必要もない」
そして六人を見る。
「どこへ力が向かっているのか」
「次に身体がどこへ動こうとしているのか」
「霊力がどこへ流れているのか」
「それを感じて、ほんの少し道を変えてやる」
晴真が呟く。
「それが柔……」
「ああ」
柔次郎が笑った。
「さっき見せた柔は、投げたり受け流したりする分かりやすい柔」
そして自分の胸へ手を置く。
「今見せたのは、柔を身体そのものへ落とし込んだ動きだ」
剛乃介が腕を組んだまま笑った。
「こいつは昔から、それが異様に上手い」
剛快も頷く。
「だから親父と違う意味で戦いたくねぇんだよ」
「兄さんと一緒にするな」
「どういう意味じゃ!」
剛乃介が叫ぶ。
道場に笑いが広がった。
その中で道満はまだ考えている。
「予備動作を消す……」
清盛がその横から声を掛ける。
「気になるか?」
「ああ」
道満は素直に頷く。
「俺には必要な考え方かもしれない」
考えてから動く。
技を選んでから動く。
その癖を清盛にも指摘されたばかり。
柔次郎の動きはその正反対だった。
考える前に。
力む前に。
身体が流れに合わせて動いている。
道満が小さく笑う。
「本当に来て良かった」
紅葉がすぐに頷いた。
「わたくしもですわ!」
道満が横を見る。
「紅葉は薙刀を取られていたけどな」
「道満様!」
皆が笑う。
六人はそのまま柔次郎の前へ並んだ。
「ありがとうございました!」
頭を下げる。
柔次郎も笑って頭を下げた。
「こちらこそ。良い手合わせだったよ」
そして――
「さて」
柔次郎が振り返る。
その視線の先には晴真。
さらにその後ろには腕を組んで待っている剛乃介。
晴真の顔が引きつった。
「あ……」
剛乃介がニカッと笑う。
「待たせたな晴真!」
ゴキッ。
拳が鳴る。
「今度こそ、わしとやろうか!」
「やっぱり忘れてなかったんですね!?」
晴真の悲鳴に、また道場中が笑いに包まれた。




