第五話 朝の修練
早朝
まだ朝露の残る黒桜寮の修練場には――。
「せいやぁっ!」
ガキィン!
朝から威勢のいい音が響いていた。
「もう一本!」
刀也が木刀を構え直す。
向かいでは太一が大きく息を吐いた。
「朝から元気だなぁ、刀也は」
「当たり前だろ!」
刀也は笑う。
「もうすぐ三組との模擬戦なんだぞ!」
「負けてられねえ!」
少し離れた場所では――。
「豪太!」
「分かってる!」
与一の矢が飛ぶ。
その直後。
豪太が槍を構えて走り出す。
「岩名流――!」
だが。
「早い!」
凛の声が飛んだ。
「与一君の矢がまだ届いてません!」
「おっと!」
豪太が慌てて足を止める。
「すまん!」
「だから合わせるんだよ」
与一が苦笑する。
さらに別の場所では。
シュッ!
迅の姿が消える。
「右」
綾女が呟く。
「遅い」
「うおっ!?」
迅が急停止する。
隼人が腕を組んでいた。
「また一人で先行したな」
「いや今のは――」
「言い訳するな」
「へい、お頭」
「それをやめろ!」
朝からいつもの調子だった。
夏休みが終わっても。
新学期が始まっても。
黒桜寮の朝は変わらない。
ただ一つ違うとすれば――。
もうすぐ行われる、チーム研修の発表。
一年三組との模擬戦。
それを意識しているためか、十五人の修練にはいつも以上に熱が入っていた。
◇
修練場の中央。
晴真は数枚の札を手に立っていた。
その少し離れた場所には――。
眼鏡を掛けた春花。
腕には帳面を抱えている。
「晴真様」
「はい!」
「先ほどから三枚目の札へ送る霊力量が多すぎます」
「え?」
晴真が札を見る。
「同じくらいにしてるつもりなんだけど……」
「つもり、ではいけません」
春花が眼鏡を直す。
キラン。
「晴真様は一枚目と二枚目へ意識を向けすぎています」
「そのため三枚目への霊力操作が雑になっています」
「あ……」
「一度に全部を見ようとせず、霊脈一本一本の太さを意識してください」
「はい!」
晴真が構え直す。
三枚の札へ霊力を繋ぐ。
一本。
二本。
三本。
それぞれの太さを調整する。
「札術――火球!」
ボッ!
ボッ!
ボッ!
三つの火球がほぼ同じ大きさで飛び、的へ命中した。
「できた!」
「はい」
春花が頷く。
「今の感覚を忘れないでください」
「ありがとうございます!」
晴真は嬉しそうに笑った。
春花は晴真の修練に付き添う時、いつも的確な助言をくれる。
感覚で霊力を扱う晴真に対し。
春花は、その感覚を言葉へ置き換えてくれるのだ。
晴真にとっては、とても分かりやすい先生だった。
その時。
「道満様」
「はい?」
少し離れた場所で札を見ていた道満が振り返る。
「先ほどから術式ばかり確認されていますが」
春花が言う。
「実際に動きながら発動してみてはいかがですか?」
「動きながら?」
「実戦では相手は待ってくれません」
「足を止めて術式を組み立てる癖がございます」
「……なるほど」
道満は素直に頷く。
「確かに俺は、術を正確に発動することを優先しすぎているかもしれない」
「道満様の札術の精度なら、多少崩れても問題ございません」
「むしろ今後は、動きながらどこまで精度を維持できるかを磨くべきかと」
道満の目が輝く。
「やってみます」
「はい」
春花が小さく微笑む。
その横を――。
「待ってくださーい!」
桜花が飛んでいく。
その後ろを。
小桜が追いかけている。
「捕まえられるものなら捕まえてください!」
「キュイーン!」
「きゃー!」
「…………」
春花の眉がぴくりと動いた。
晴真が苦笑する。
「またやってる……」
「桜花」
ぴたり。
桜花が止まる。
小桜も止まる。
二人が恐る恐る振り返った。
春花が眼鏡を直す。
キラン。
「ここは修練場です」
「遊び場ではありません」
「……はい」
桜花がしゅんとする。
小桜も。
キュイ……。
小さく鳴く。
「晴真様の修練の邪魔になります」
「すみません……」
桜花が晴真の肩へ戻ってくる。
小桜も晴真の横へ寄り添う。
しかし。
春花が背を向けた瞬間。
桜花が春花へ。
べー。
小桜も鼻を鳴らす。
「見えておりますよ」
「ひっ!」
桜花が慌てて晴真の首へしがみついた。
周囲から笑い声が上がった。
◇
その様子を見ていた凛が――。
ふと何かを思いついた。
「春花さん」
「はい?」
「少しお願いがあるのですが」
春花が振り返る。
「何でしょう」
「チーム研修の発表についてです」
その言葉に、周囲で修練していた仲間たちも動きを止める。
凛は春花へ頭を下げた。
「私たちの連携について、アドバイスをいただけませんか?」
「私から?」
「はい」
凛は頷く。
「春花さんは晴真君だけでなく、私たちの修練もいつも見ていますよね」
道満も頷く。
「俺も賛成だ」
「春花殿の指摘は的確だ」
「俺自身、何度も助けられている」
「確かにな!」
刀也も寄ってくる。
「春花さん、めちゃくちゃ教えるの上手いし!」
「お願いします!」
豪太まで頭を下げる。
「……」
春花は十五人を見る。
そして。
すっ。
眼鏡へ指を添えた。
キラン。
なぜか――。
晴真の背筋に寒気が走った。
「……あれ?」
桜花も晴真の肩の上で固まる。
「晴真様」
「なに?」
「なんだか嫌な予感がします」
「僕も……」
春花が静かに口を開いた。
「よろしいでしょう」
「本当ですか!?」
凛が喜ぶ。
「では――」
春花は帳面を開く。
「遠慮なく申し上げます」
「…………」
全員が少し身構えた。
「まず刀也様」
「俺?」
「攻撃へ入る時、分かりやすすぎます」
「えっ」
「『今から攻撃します』と全身で宣言しております」
「そんなに!?」
「はい」
即答。
「さらに攻撃が成功すると調子に乗り、失敗すると熱くなる」
「うっ……」
「相手に誘導されやすいです」
「ぐっ……!」
迅が笑う。
「刀也、ボロボロじゃん!」
春花の視線が迅へ向く。
「迅様」
「はい」
一瞬で姿勢を正した。
「速さに頼りすぎです」
「……はい」
「自分が速いからといって、仲間まで同じ速度で動けるわけではありません」
隼人が大きく頷く。
「その通りです」
「お頭は黙ってろ」
「誰がお頭だ」
「迅様」
「はい!」
「今、隼人様へ意識を向けましたね」
「え?」
「実戦なら、その瞬間に死角から攻撃されています」
「…………」
迅の顔から笑みが消えた。
「怖っ」
次。
「与一様」
「はい」
「周囲が見えすぎています」
与一が目を瞬かせる。
「それは悪いことなんですか?」
「長所でもあります」
「ですが、全員を助けようとして判断が遅れることがあります」
「……なるほど」
与一は真剣に頷く。
「豪太様」
「おう!」
「力任せ」
「ぐはっ!」
一言だった。
刀也が吹き出す。
「短っ!」
「ですが」
春花は続ける。
「豪太様の突進力は一年一組でも屈指です」
「無理に器用になる必要はありません」
「仲間が作った道を信じて、迷わず突き抜けることを磨いてください」
豪太の目が輝く。
「おう!」
次。
「隼人様」
「はい」
「周囲を信用してください」
隼人が僅かに目を見開く。
「指揮を執る責任感が強すぎます」
「すべて自分で判断しようとせず、迅様や綾女様、茜様、桔梗様へ任せることも必要です」
「……分かりました」
「綾女様」
「はい」
「もう少し声を出してください」
「…………」
「以上です」
「短い」
迅が笑う。
綾女が無言で迅の足を踏んだ。
「痛っ!」
「声、出た」
茜が笑う。
桔梗も笑う。
「次――」
春花の指摘は止まらない。
凛。
道満。
紅葉。
小夜。
美鈴。
太一。
茜。
桔梗。
そして晴真。
それぞれの長所。
短所。
癖。
連携時に起こりやすい失敗。
それを一つ一つ、驚くほど正確に指摘していく。
「凛様は周囲を気にしすぎです。指示を出した後は仲間を信じてください」
「はい!」
「道満様は考えすぎます。最善を探して一瞬遅れることがあります」
「……確かに」
「紅葉様は道満様を気にしすぎです」
「えっ!?」
「戦闘中も無意識に道満様の位置を確認しております」
「そ、それは!」
「事実です」
「うぅ……」
「小夜様」
「はい」
「相手の攻撃を読みすぎて、受けることを優先する癖がまだ残っています」
小夜は真剣に頷く。
「先に動いてもよいのです」
「はい」
「美鈴様」
「はい!」
「喋りすぎです」
「えぇ!?」
「ですが、その声が仲間の緊張を和らげています」
「……え?」
美鈴の表情が変わる。
「無理に黙る必要はございません」
「ただし必要な情報は簡潔に」
「はい!」
「太一様」
「はい」
「真面目すぎます」
「え?」
「予定外のことが起きると、一瞬考え込む癖があります」
「もっと刀也様くらい何も考えず動いてください」
「おい!」
刀也が抗議する。
「それ褒めてないだろ!」
「褒めておりません」
「やっぱり!」
笑い声が上がる。
そして。
最後。
春花が晴真を見る。
「晴真様」
「はい!」
晴真は緊張した面持ちで立つ。
「晴真様は――」
春花が眼鏡を直す。
「規格外です」
「それアドバイスじゃないよ!」
わはははは!
全員が笑う。
春花も僅かに口元を緩めた。
「冗談です」
「春花さんも冗談言うんだ……」
「晴真様の問題は、自分でできることを仲間もできると思ってしまうところです」
「え?」
「晴真様にとって簡単な霊力操作でも、他の方には難しいことがあります」
晴真は真剣になる。
「だからこそ」
春花は十五人を見る。
「晴真様が仲間へ合わせることを覚えれば、一年一組の連携はさらに強くなります」
「……はい!」
晴真が大きく頷いた。
◇
しばらく沈黙。
刀也がぽつりと呟く。
「……すげえ」
迅も頷く。
「全部見てたのかよ……」
与一も感心している。
「僕たち自身が気づいていない癖まで見抜いてる」
凛の目が輝いた。
「春花さん」
「はい?」
刀也が突然叫んだ。
「俺たちのコーチになってくれよ!」
「え?」
「それいい!」
迅が賛成する。
「お願いします!」
豪太も頭を下げる。
凛も前へ出た。
「春花さん」
「私からもお願いします」
「三組との模擬戦まで、私たちを指導していただけませんか?」
「…………」
春花は十五人を見る。
皆、真剣だった。
「分かりました」
「やった!」
刀也が拳を上げる。
だが――。
「ただし」
キラン。
眼鏡が光った。
刀也の動きが止まる。
「私が指導する以上――」
春花はにっこり微笑んだ。
「途中で泣き言は許しませんよ」
「…………」
十五人が固まる。
なぜだろう。
笑顔なのに。
ものすごく怖い。
「それでもよろしいですか?」
刀也が仲間を見る。
迅。
豪太。
与一。
凛。
道満。
晴真。
十五人が顔を見合わせる。
そして――。
「よろしくお願いします!」
全員が元気よく頭を下げた。
晴真の肩の上。
桜花だけが――。
「ああ……」
小さく頭を抱えた。
「言っちゃいましたね」
「え?」
晴真が桜花を見る。
「どういうこと?」
桜花は遠い目をする。
「晴真様は知らないんです」
「何を?」
「春花さんは――」
桜花がぼそり。
「本気になると、とっても怖いんですよ」
「えっ?」
その時。
パンッ!
春花が手を叩いた。
「では早速始めます」
「え?」
刀也が時計を見る。
「もう朝飯の時間――」
「刀也様」
「はい!」
「泣き言は?」
「許しません!」
「よろしい」
春花が帳面を開く。
「まず修練場を二十周」
「その後、巡らせによる身体強化を維持しながら基礎運動」
「続いて武術組は千本打ち込み」
「札術組は移動しながら百回連続発動」
「忍び組は――」
次々に告げられる修練内容。
十五人の顔から。
徐々に笑顔が消えていく。
迅が小さな声で呟く。
「……なあ」
「なんだ?」
刀也が答える。
「俺たち……」
「とんでもない人に頼んだんじゃね?」
「奇遇だな」
与一が青ざめながら頷く。
「僕も今、同じことを思った」
春花の眼鏡が――。
キラン。
「何か言いましたか?」
「何も言ってません!」
「では走る!」
「はいっ!」
十五人が一斉に駆け出した。
「刀也様! 最初から飛ばさない!」
「はい!」
「迅様! 一人で先行しない!」
「はい!」
「豪太様! 足音が大きすぎます!」
「走るのに!?」
「返事!」
「はい!」
「美鈴様! 喋りながら走らない!」
「はいぃ!」
「晴真様!」
「はい!」
「楽しそうに桜花と話さない!」
「ご、ごめんなさい!」
晴真の肩では桜花が揺られている。
「だから言ったじゃないですかぁ!」
「聞くのが遅かったよ!」
その横を小桜が楽しそうについていく。
「小桜まで遊ばない!」
キュイーン!?
朝日が昇る黒桜寮。
その修練場を十五人と一頭と一人の小さな式神が駆け回る。
こうして――。
一年三組との模擬戦へ向けた。
春花コーチによる。
一年一組、地獄の特訓。
その幕が上がったのだった。




