第四話 三組の強敵たち
放課後。
黒桜寮の談話室。
窓から夕暮れの光が差し込む中、晴真と道満は机いっぱいに札を広げていた。
「やっぱりここかなぁ」
晴真が一枚の札を指差す。
「霊脈を最初から一本で繋ぐんじゃなくて、途中で二つに分ければいいと思うんだ」
道満が顎へ手を当てる。
「なるほど」
「二つの術へ同時に霊力を送り、必要な瞬間だけ片方の霊圧を上げるのか」
「うん!」
「でもそれだと――」
道満が札へ指を置く。
「こちらの霊力が不足する」
「あっ」
「だから最初に丹田から――」
二人が夢中で話していると。
「またお二人で陰陽術のお話ですの?」
声に振り返る。
紅葉。
凛。
小夜。
三人が談話室へ入ってきた。
「うん!」
晴真が笑う。
「道満君と話してると、いろんなこと思いつくんだ」
「俺もだ」
道満も頷いた。
紅葉はそんな道満を見て、どこか嬉しそうに微笑む。
三人も机を囲んで座った。
すると凛が広げられた札を見る。
「そういえば」
「三組との模擬戦、どうしましょうか?」
その一言で話題が変わった。
紅葉が腕を組む。
「やはり三組も、道満様のことは相当警戒してきますわよね」
「そうだな」
道満は素直に頷く。
「夏休みの一件を知っているなら、俺の札術についても情報はあるだろう」
「刀也君や迅君も警戒されるでしょうね」
小夜が言う。
「与一君もだね」
凛も続ける。
そして晴真を見る。
「それから――晴真君も」
「僕?」
晴真が自分を指差した。
その時。
「そりゃそうだろ!」
刀也が談話室へ入ってきた。
その後ろには迅と与一。
どうやら途中から聞いていたらしい。
「お前が一番警戒されてるんじゃねえの?」
「そうかなぁ?」
晴真はまったく実感がない。
与一が苦笑する。
「晴真は自覚なさすぎ」
迅も頷く。
「間違いなく要注意人物だろ」
「それを言うなら」
刀也が紅葉と小夜を見る。
「お前ら二人も警戒されてるぞ」
「わたくしたちが?」
「私もですか?」
紅葉と小夜が顔を見合わせる。
「知らねえの?」
迅がにやりとする。
「二人、黒桜の薙刀双花って呼ばれてるらしいぜ」
「薙刀双花?」
小夜はますます不思議そうだ。
「なぜですか?」
与一が呆れたように答える。
「そりゃあ……」
「麻賀多本家当主の結界に、二人でひびを入れたらね」
「あ……」
小夜が思い出す。
夏休み。
麻賀多景虎たち三人の当主との立ち合い。
小夜と紅葉。
二人の薙刀による同時攻撃。
完全ではなかったとはいえ、当主の結界に確かに亀裂を入れた。
紅葉は満更でもなさそうに髪を払う。
「黒桜の薙刀双花……」
「悪くなくってよ」
「気に入ってるじゃん」
迅が笑う。
その時。
「だからか」
「うわっ!?」
全員が飛び上がった。
いつの間にか隼人が立っている。
「隼人君!?」
凛が驚く。
「いつからいたんですか!?」
「今来た」
隼人は気にせず紅葉を見る。
「麻賀多家の血筋でありながら、父親の結界にひびを入れた」
「だから影也は紅葉にあんなことを言ったのかもしれないな」
「なるほど……」
与一が頷く。
迅がにやり。
「さすがお頭」
「それやめろ」
「へい、お頭」
「やめろ!」
「相変わらずだなぁ」
晴真が笑う。
◇
刀也が椅子へどかっと座る。
「でさ」
「三組って他にどんな奴がいるんだ?」
「まずお前の従兄弟だろ」
与一が刀也を見る。
「岩富奉先」
「あいつは相当な使い手だよな」
「おう」
刀也が頷く。
与一は夏休みのことを思い出していた。
「この前、奉先が見せた弓だけでも分かるよ」
「相当な腕だった」
「本職は槍なんだろ?」
そこへ。
「奉先の槍なら――」
豪太が入ってくる。
「上級生でも敵わない奴がいるらしいぞ」
「マジか!?」
刀也が目を輝かせる。
「そんなに強えの!?」
「らしい」
「いいなぁ!」
「なんで嬉しそうなんだよ」
迅が呆れる。
小夜が尋ねた。
「舞桜さんはどうなんですか?」
「ああ、舞桜か」
刀也が答える。
「あいつ、槍が大好きなんだけどさ」
「本当に凄えのは薙刀なんだよ」
「薙刀?」
紅葉と小夜が反応する。
「うちの母ちゃんに教えてもらってるからな」
「立身家で?」
「そう」
すると小夜が静かに頷いた。
「以前、立身道場でお相手していただいたことがあります」
「どうだった?」
晴真が尋ねる。
小夜は少し悔しそうに答えた。
「……まったく太刀打ちできませんでした」
紅葉も悔しそうに唇を尖らせる。
「認めるのは癪ですが」
「お強いですわ」
しかし。
紅葉は小夜を見る。
「ですが――」
小夜も頷く。
「今なら二人でなら……」
「なんとか抑え込めるかもしれませんわ」
「おお!」
刀也が笑う。
「薙刀双花対舞桜か!」
「面白そうじゃん!」
◇
そして刀也が道満を見る。
「じゃあ――アイツは?」
「影也か」
道満は腕を組んだ。
「そうだな……」
少し考える。
「俺は大篠塚流剣術道場で何度か影也と対戦したことがある」
「強い?」
「強い」
道満は即答した。
「剣の腕は、本人が驕るだけはある」
「父親譲りの才能だ」
皆の表情が少し真剣になる。
「それだけじゃない」
道満は指を折りながら続ける。
「札術は神門家」
「結界術は西御門家」
「封印術は麻賀多家の分家筋」
「他にも式神術、幻術……」
「幼い頃から名門の陰陽師を家庭教師として招き、徹底した英才教育を受けている」
迅が口笛を吹く。
「なんでもありじゃん」
「だから厄介なんだ」
道満が言う。
すると刀也が真剣な顔で頷いた。
「なるほど」
皆が刀也を見る。
「つまり――」
刀也が道満を指差した。
「性格の悪い道満だと思えばいいんだな!」
「おい」
一瞬の沈黙。
「ぶはっ!」
迅が吹き出した。
「分かりやすい!」
「どこがだ!」
道満が珍しく声を荒らげる。
「確かに能力だけなら似ていますわね」
紅葉まで笑っている。
「紅葉!?」
「冗談ですわ」
わはははは!
談話室が笑いに包まれた。
◇
「でも」
凛が笑いを収めながら言う。
「他にはどんな人がいるんでしょう?」
その瞬間。
「お待たせしましたー!」
談話室の扉が勢いよく開いた。
美鈴。
その後ろには茜と桔梗。
美鈴は得意げに一枚の紙を掲げた。
「情報、仕入れてきたよ!」
「おお!」
迅が身を乗り出す。
「さすが美鈴!」
「えへへ」
美鈴が嬉しそうに笑う。
その様子を綾女が静かに見ていた。
(……いつもより嬉しそう)
迅に褒められた瞬間。
明らかに表情が明るくなった。
綾女は何も言わず、ほんの少しだけ美鈴を見る。
「じゃあ説明するね!」
美鈴が紙を机へ広げた。
「まず――麻賀多影也」
「三組の中心人物」
「というより……」
少し困った顔になる。
「ほとんどボスみたいになってるみたい」
「ボス?」
「麻賀多本家の意向に逆らうのが怖くて、皆あまり強く言えないみたいなんだ」
道満の表情が僅かに曇る。
「でも能力は本当に高いよ」
美鈴は道満を見る。
「さっき話してたけど、本当に道満君を見てるみたい」
「剣術」
「札術」
「結界術」
「封印術」
「式神術」
「学問も含めて、全部優秀」
「麻賀多本家の兄弟は皆そうみたいだね」
「…………」
道満は黙って聞いていた。
「次!」
美鈴が指を動かす。
「岩富奉先」
刀也が身を乗り出す。
「奉先!」
「武術に関しては――」
美鈴は紙を見る。
「同学年では右に出る者なし、とまで言われてる」
「槍が一番得意」
「でも剣術、体術、弓術、馬術――全部一流」
「うへぇ……」
迅が顔をしかめる。
「万能じゃん」
「一葉さん、二葉さん、三葉さんから幼い頃から指導を受けてるからね」
晴真が納得する。
「三人とも凄いもんね」
「ただし」
美鈴は指を立てる。
「陰陽術については、身体強化程度しか使わないみたい」
豪太が笑う。
「それで十分なんだろうな」
「次は――岩富舞桜」
美鈴は一言。
「はっきり言って――女版奉先」
「そんなに!?」
「武術なら奉先に負けず劣らず」
「奉先君が言うには、舞桜さんは刀也君と同じ天才肌なんだって」
「俺と?」
刀也が嬉しそうにする。
「特に馬術と薙刀」
「この二つは学年トップクラス」
小夜と紅葉が顔を見合わせる。
「やはり……」
「強敵ですわね」
「ただ」
美鈴の声が少し変わる。
「この二人、三組では浮いてるみたい」
「なんで?」
晴真が尋ねる。
「影也君の考え方が嫌いなんだって」
「だから影也君とはよく対立してて、三組の中では孤立してるみたい」
刀也は納得した。
「ああ」
「奉先ならそうだろうな」
「舞桜もああいうの嫌いそうだし」
◇
「他には?」
刀也が急かす。
「はいはい」
美鈴が次の名前を見る。
「大篠塚正光。男子」
その瞬間。
太一の表情が変わった。
「正光か……」
「知ってるの?」
「もちろん」
太一は頷く。
「大篠塚流の後継者だ」
「体格も俺と同じくらい大きい」
「剣の腕は――凄いよ」
刀也が目を輝かせる。
「へえ!」
「ただ……」
太一は困ったように頬を掻く。
「考え方がかなり偏ってる」
「どんな?」
「大篠塚流剣術こそ最高の剣術」
「本気でそう思ってる」
「他の剣術なんて存在する必要がない、とまで言うくらい」
「うわぁ……」
迅が苦笑する。
「小篠塚流は大篠塚流から枝分かれした流派だから、一応認めてるみたいだけど」
太一が刀也を見る。
「立身流には、相当な対抗心を持ってると思う」
刀也がにやりと笑った。
「面白えじゃん」
「だからなんで嬉しそうなんだよ!」
◇
「次は神門蘭。男子」
美鈴が説明を続ける。
「神門家の分家出身」
「でも札術の才能を買われて、当主の神門蓮雅様から直接指導を受けてるみたい」
道満が目を細める。
「蓮雅殿の直弟子か」
「うん」
「ただ、かなり傲慢な性格みたい」
「影也君の考え方にも賛同してる」
「そして――西御門紫穂。女子」
「こちらも分家出身だけど、結界術の才能を買われて西御門紫玄様から直接教えを受けてる」
凛が気づく。
「ということは……」
「そう」
美鈴は頷く。
「二人とも夏休みの立ち合いのことを知ってる」
「自分たちの師匠に恥をかかせたって、一組をかなり敵視してるみたい」
「恥をかかせたつもりはないんだけどなぁ」
晴真が困ったように笑う。
「向こうにはそう見えるんだろうね」
与一が言った。
◇
「次!」
「麻賀多雛菊」
紅葉が反応する。
「麻賀多家ですの?」
「うん。分家筋」
「札術と薙刀が得意で、かなり優秀」
「それと――」
美鈴が苦笑する。
「麻賀多影也君の熱烈な崇拝者」
刀也が紅葉を見る。
「なんか紅葉みたいだな」
「ぶっ!」
迅が吹き出す。
「確かに!」
「一緒にしないでくださいまし!」
紅葉が真っ赤になる。
「わたくしは、あのような方へ心を寄せる人とは違います!」
「じゃあ誰に心を寄せて――」
「美鈴さん?」
「ごめんなさい」
美鈴が即座に引き下がる。
皆が笑う。
道満だけがまた。
「?」
首を傾げていた。
◇
「そして最後」
美鈴が茜と桔梗を見る。
ここからは双子が説明を引き継いだ。
「七曲響」
「私たちの従兄弟」
二人が揃って言う。
「次期七曲家のお頭」
「…………」
隼人の顔が僅かに引きつった。
「アイツか……」
迅まで。
「アイツかぁ……」
綾女も静かに首を振る。
晴真は三人を見比べる。
「どうしたの?」
「そんなに嫌な人なの?」
「いや」
迅がすぐに否定した。
「違う違う」
「良い奴だぜ」
隼人も頷く。
「性格に問題があるわけじゃない」
「じゃあなんで?」
晴真が首を傾げる。
綾女が一言。
「……優秀すぎる」
「え?」
「武術なら」
迅が腕を組む。
「俺と普通に張り合う」
「忍術なら」
綾女が続ける。
「私より上かもしれない」
「判断力と指揮能力は」
茜が隼人を見る。
「隼人と同等」
桔梗も続ける。
「爆薬や罠に関しては――」
双子が顔を見合わせる。
「私たちじゃ及ばない」
「…………」
皆が黙る。
そして。
「すっげえ!」
刀也だけが目を輝かせた。
「そんな奴いるのか!」
「だから」
迅が呆れる。
「なんでお前はそんなに楽しそうなんだよ!」
「だってさ」
刀也は当然のように答えた。
「一人じゃ敵わなくても――」
皆を見る。
「五人ならなんとかなるだろ?」
「…………」
「それがチーム研修だろ!」
一瞬。
皆が刀也を見る。
刀也は首を傾げる。
「なんだよ?」
与一がぽつり。
「……刀也がまともなこと言ってる」
「おい!」
「どういう意味だ!」
「そのままの意味」
「与一!」
わはははは!
黒桜寮の談話室に笑い声が響く。
けれど。
誰も刀也の言葉を否定しなかった。
相手がどれほど強くても。
自分一人では敵わなくても。
五人なら。
仲間と力を合わせれば。
夏休みの間、十五人が何度も失敗しながら学んできたこと。
それこそが――。
今回のチーム研修で示すべき答えなのだから。
一年三組。
個人の実力だけを見れば、強敵ばかり。
しかし一年一組の誰一人として、怯えてはいなかった。
むしろ――。
「よーし!」
刀也が拳を握る。
「早く戦いてえ!」
「だからまだ作戦も決まってないだろ!」
「お頭! 作戦お願いします!」
「誰がお頭だ!」
再び笑い声が上がる。
一年一組対一年三組。
新学期最初の大勝負へ向けて――。
黒桜寮の若芽たちは、少しずつ動き始めていた。




