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第三話 霊気合わせ


 新学期最初の授業。


一年一組の十五人は、修練場に集まっていた。


その前に立つのは担任の勝田正臣。


「さて」


正臣は生徒たちを見渡す。


「新学期最初の授業は――霊気合わせだ」


「霊気合わせ?」


晴真が首を傾げる。


何人かの生徒は知っているようだが、表佐倉育ちの晴真には聞き覚えがない。


正臣は両手を前へ出した。


「やり方そのものは難しくない」


「まず二人一組になって向かい合う」


「そして互いの手のひらを合わせる」


右手を示す。


「自分の右手から相手へ霊気を送る」


次に左手。


「そして左手から、相手の霊気を受け取る」


正臣は地面へ簡単な輪を描いた。


「つまり――」


自分から相手へ。


相手から自分へ。


「二人の間に霊気の輪を作り、互いの霊力を循環させる修練だ」


与一が頷く。


「霊力操作の訓練ですね」


「その通り」


正臣は続ける。


「霊気合わせには、いくつか目的がある」


「まず、相手の霊力の波長を知ること」


「霊質、霊圧、霊力の流れ。慣れてくれば相手の霊力が乱れているとか、疲れているとか、そういったことまで感じ取れる」


「へえ……」


刀也が自分の手を見る。


「次に霊力操作」


「相手へ一気に送り込めばいいわけじゃない。相手が受け取れる量に合わせながら、自分も相手の霊力を受け入れる必要がある」


道満が納得したように頷いた。


「送る操作と受ける操作を同時に行うわけですね」


「そうだ」


「そして長く続けると、互いの霊気が徐々に同調してくる」


「霊気同調だ」


凛が尋ねる。


「呼吸や霊力の流れる周期まで合ってくるということですか?」


「そうだ」


正臣は頷いた。


「深く同調した相手とは、戦闘中でも霊力の動きを感じ取りやすくなる」


「術を放つ瞬間」


「結界を張る瞬間」


「前へ出る瞬間」


「言葉にしなくても相手の動きを感じ取り、連携できるようになる」


十五人の表情が変わった。


夏休みに散々取り組んだ――連携。


それに直結する修練なのだ。


「それともう一つ」


正臣は少し真剣な表情になる。


「霊気合わせを応用すれば、霊力を分け与えることもできる」


「本当ですか?」


小夜が驚く。


「ああ。ただし、これは応用だ」


「消耗している相手へ少量ずつ霊力を渡すことはできるが、大量に流し込めば相手の丹田や霊脈へ負担をかける」


正臣は十五人を見る。


「勝手にやるなよ」


「はい!」


晴真は目を輝かせていた。


「面白そう!」


そして隣にいる小夜を見る。


「じゃあ小夜ちゃん!」


「はい?」


「一緒にやろうよ!」


「――えっ!?」


小夜の顔が一瞬で真っ赤になった。


「だ、駄目です!」


「え?」


晴真はきょとんとする。


「じゃあ凛ちゃん、お願い」


「わ、私ですか!?」


凛まで真っ赤になる。


その瞬間。


「晴真さん!」


紅葉が割って入った。


「霊気合わせは、男女では行わないのです!」


「えっ?」


晴真は目を丸くした。


「なんで?」


「なんでって……!」


紅葉まで顔を赤くする。


正臣が苦笑しながら晴真へ声を掛けた。


「晴真」


「はい?」


「そこも説明しようと思っていたんだ」


正臣は少し言葉を選ぶ。


「霊気合わせを長く続けると、単に霊力の流れが分かるだけじゃない」


「相手の感情まで、微かに伝わることがある」


「感情?」


「ああ」


正臣は自分の胸へ手を置く。


「緊張」


「安心」


「喜び」


「悲しみ」


「そういう感情は霊気にも微かな揺らぎとして現れる」


「深く霊気を同調させれば、それが相手へ伝わることがあるんだ」


晴真は驚いた。


「そんなことまで分かるんだ……」


「だから裏佐倉では昔から――」


正臣は続ける。


「手を合わせて霊気を巡らせることは、心を触れ合わせることとも言われている」


「そのため、異性同士で気軽に行う修練じゃない」


「親子や家族、夫婦などの近しい関係なら行われることもある。特に夫婦では、互いの体調を確かめたり、乱れた霊気を整えたりする意味で昔から行われている」


「へえ……」


晴真はようやく理解する。


そして。


「あっ!」


慌てて小夜と凛を見る。


「ご、ごめん! 小夜ちゃん、凛ちゃん!」


「知らなかったから!」


小夜はまだ顔を真っ赤にしている。


「だ、大丈夫です……」


凛も苦笑した。


「晴真君が知らなかったのは分かっていますから」


「僕、お爺ちゃんとはやったことあるんだけどなぁ」


晴真が首を傾げる。


「お爺ちゃん、そんなこと何も言ってなかったから」


正臣は苦笑する。


「晴隆様なら、孫との修練だから気にしなかったんだろうな……」


その時。


美鈴がにやりと笑った。


「でも小夜ちゃん」


「な、何?」


「晴真君なら、本当はよかったんじゃない?」


「――っ!」


小夜の顔が耳まで真っ赤になる。


「美鈴さんったら!」


「冗談だって!」


美鈴が笑う。


「美鈴さん」


紅葉が腰へ手を当てる。


「そういうことをからかってはいけませんわ」


「ごめんなさーい」


美鈴はぺろりと舌を出した。


そして。


「でも紅葉ちゃんだって」


「何ですの?」


「道満君だったら嬉しいんじゃない?」


「――なっ!?」


今度は紅葉が真っ赤になった。


「な、何を言っていますの!」


「顔赤いよ?」


「これは違いますわ!」


ぼそり。


綾女が言った。


「……想像したな」


「してませんわ!」


わはははは!


修練場が笑いに包まれる。


そんな中――。


晴真。


「?」


道満。


「?」


二人だけが揃って首を傾げていた。


「なんで紅葉ちゃん、あんなに慌ててるの?」


「さあ?」


「俺にも分からない」


「……お前ら二人はそのままでいろ」


与一が苦笑する。


晴真の肩の上では桜花が楽しそうに笑っていた。


「晴真様」


「またやっちゃいましたね」


「うぅ……」


晴真は頭を掻く。


「知らなかったんだもん……」



やがて生徒たちは、それぞれ同性同士で二人組を作っていった。


向かい合い。


両手を上げ。


互いの手のひらを合わせる。


「では始めろ」


正臣の合図。


静かに霊気が巡り始めた。


晴真だけは正臣の前に立っている。


「先生とですか?」


「ああ」


正臣は迷わず答えた。


「お前は俺とやる」


「はい!」


実のところ――。


正臣には理由があった。


晴真は何をするか分からない。


これまで何度、


一年生なら普通は起こらないこと


を起こしてきたか。


ならば自分が相手になった方がいい。


「晴真」


「はい」


「最初は弱くていい。右手から少しずつ霊気を送れ」


「左手では俺の霊気を受け取る」


「分かりました」


二人の手のひらが合わさる。


「始め」


晴真が静かに呼吸する。


丹田から。


右腕へ。


そして右手から――。


すうっ。


正臣へ霊気が流れ込んだ。


(……これが)


正臣の目が僅かに見開かれる。


(晴真の霊力……)


温かい。


だがそれだけではない。


膨大で。


濃く。


それでいて不思議なほど澄んでいる。


(これが――金桜眼の霊力なのか)


一方。


晴真も正臣の霊力を感じ取っていた。


「……」


丹田。


そこから伸びる霊脈。


霊門。


それらが頭で理解するより先に、感覚として浮かび上がってくる。


(正臣先生の霊脈……)


(ここからこっちに流れて……)


その時。


晴真が眉をひそめた。


(あれ?)


一か所。


霊気の流れが悪い。


大きく詰まっているわけではない。


ほんの僅かな澱み。


(ここ……流れにくそう)


晴真は何気なく。


そこへ――。


少しだけ霊圧を加えた。


するり。


「――っ!?」


正臣の身体が震えた。


詰まりかけていた霊脈を霊気が一気に通り抜ける。


そして。


全身へ。


「なんだ……これ……」


正臣は思わず呟いた。


身体が軽い。


今まで無意識に引っ掛かっていた霊力が、驚くほど滑らかに流れていく。


その頃。


晴真は別のものを感じていた。


(……あれ?)


正臣の奥深く。


本人の霊力とは少し違う――。


何か。


小さな霊力。


けれど、とても深い場所に存在している。


(なんだろう?)


晴真は気になった。


しかし――。


先ほど男女の霊気合わせで盛大に勘違いしたばかりである。


(……勝手に触らない方がいいよね)


そのままにしておくことにした。


「そこまで」


二人が手を離す。


正臣はしばらく自分の両手を見ていた。


「…………」


「先生?」


晴真が不安そうに覗き込む。


正臣は顔を上げる。


「晴真」


「はい」


「お前――何をした?」


「え?」


晴真はきょとんとする。


「先生の霊脈の中に、霊気が流れにくいところがあったので」


「少しだけ霊圧をかけて、流れやすくしました」


「…………」


正臣は額へ手を当てた。


以前。


太一の霊門について話を聞いた時。


正直なところ、どこか信じ切れていなかった。


晴真が他人の霊脈や霊門を感覚的に把握し、そこへ干渉する。


そんなことが本当にできるのか、と。


だが――。


今。


自分自身の霊脈を整えられた。


信じるしかない。


(……これ、どう扱えばいいんだ?)


教師として悩み始めた、その時だった。


「なんじゃ?」


聞き慣れた声。


「随分難しい顔をしておるな、正臣」


振り返る。


いつの間にか修練場には沙羅。


ミヅチ。


チヨヒメ。


クシナダ。


そして銀花や春花までやって来ていた。


「クシナダ様」


正臣は事情を説明する。


晴真との霊気合わせ。


霊脈の澱み。


そして晴真が霊圧を加えただけで、その流れを整えてしまったこと。


話を聞き終えると、クシナダは静かに頷いた。


「なるほどのう」


正臣は尋ねる。


「他人の霊脈を直接感じ取り、その流れまで整える」


「こんなことができるのは……」


クシナダたちを見る。


「裏佐倉でも、クシナダ様をはじめとする神の眷属の方々くらいでは?」


「そうじゃな」


クシナダがあっさり認める。


「少なくとも、人の子が容易に行えることではない」


「やっぱり……」


正臣が頭を抱える。


するとミヅチが笑った。


「正臣」


「はい?」


「深く考えるな」


「え?」


ミヅチは扇子を広げる。


「晴真には、晴真の好きなようにやらせればよい」


「裏佐倉の常識など――」


ちらりと晴真を見る。


「とうの昔から、あやつには通用しておらぬ」


「……確かに」


正臣は否定できなかった。


「じゃが、それでよいのじゃ」


ミヅチの声が少しだけ真剣になる。


「今まで誰も疑わなかった常識」


「当たり前だと思っていた陰陽術」


「晴真は、それを知らぬからこそ別の道を見つける」


「それが――」


ミヅチは微笑む。


「この裏佐倉の転換機となるのかもしれぬ」


正臣は少し考える。


そして頷いた。


「分かりました」


少し離れたところで晴真が不安そうに見ている。


「先生……」


「ん?」


「僕……」


しょんぼりする。


「またやっちゃいました?」


正臣は思わず苦笑した。


「まあ……やっちゃったと言えば、やってるな」


「うぅ……」


「でも!」


正臣が晴真の頭へ手を置く。


「それでいい」


晴真が顔を上げる。


「本当ですか?」


「ああ」


「ただし、何でも勝手にやっていいって意味じゃないぞ」


「はい!」


晴真は嬉しそうに笑った。


正臣は改めて自分の霊力を巡らせてみる。


「……すごいな」


以前とは明らかに違う。


丹田から送り出した霊力が、霊脈を滑るように流れる。


霊力そのものが増えたわけではない。


だが――。


使える力が明らかに増している。


その様子を見ていた沙羅が目を細めた。


「……おい正臣」


「なんだ?」


「お前だけずりぃぞ」


「は?」


沙羅の目が晴真へ向く。


そして――。


にやり。


「晴真!」


「はい?」


「俺とも霊気合わせするぞ!」


「えっ?」


晴真は目を丸くする。


「でも沙羅さん」


「さっき先生が、男女ではやらないって……」


「大丈夫だ!」


「何がだ!」


正臣が即座に突っ込む。


沙羅は胸を張った。


「晴真と俺は親戚だろ?」


「お前にとっちゃ、俺は叔母さんみたいなもんだ!」


晴真が目を見開く。


「あっ」


納得する。


「そうか!」


「そうだ!」


「分かった! やろう、沙羅さん!」


「おう!」


「おい沙羅!」


正臣が止める。


「大丈夫、大丈夫!」


周囲の一年一組も頷いていた。


「まあ……親戚だもんな」


「家族みたいなものですし」


「なら大丈夫なんじゃない?」


「お前らまで納得するな!」


正臣が頭を抱える。


ミヅチは楽しそうに笑った。


「放っておけ、正臣」


「……もう知りませんよ」



晴真と沙羅が向かい合う。


両手を合わせる。


「じゃあ行くよ」


「おう」


霊気が巡る。


沙羅の霊力。


力強く。


激しく。


雷のような鋭さを持つ。


晴真は目を閉じる。


(沙羅さんの丹田……)


(霊脈……)


(霊門……)


先ほどと同じように感じ取れる。


そして。


(ここも少し流れにくい)


晴真は慎重に。


ほんの僅かだけ霊圧を加える。


するり――。


「おっ……!」


沙羅が目を見開いた。


霊力が全身を駆け抜ける。


「すげぇ……」


今までより遥かに滑らかだ。


同時に。


沙羅は晴真から流れ込む霊力を感じていた。


温かく。


力強く。


どこか――。


「……なんだ?」


懐かしい。


初めて感じるはずなのに。


遠い昔。


ずっと昔から知っているような――。


そんな感覚。


(これが……金桜眼の霊力……)


一方。


晴真もまた。


沙羅の奥深くに――。


見つけていた。


(あれ?)


正臣と同じ。


沙羅自身とは異なる、もう一つの霊力。


しかし。


(先生のとは違う)


そして――。


なぜだろう。


(僕の霊力に……少し似てる?)


不思議な感覚だった。


「そこまでじゃ」


二人が手を離す。


沙羅はすぐに拳を握る。


霊力を全身へ巡らせる。


「うおっ!」


目を輝かせた。


「すげえ!」


「めちゃくちゃ霊力が回る!」


「正臣! これすげぇぞ!」


「だから俺も体験したよ!」


正臣は苦笑する。


「こりゃいいな!」


沙羅は完全に上機嫌だった。


しかし――。


晴真は一人、首を傾げている。


「うーん……」


その様子に銀花と春花が気づいた。


「晴真様?」


銀花が声を掛ける。


「何か気になることがございましたか?」


晴真は少し考えてから答える。


「お爺ちゃんや太一君の時には感じなかったんだけど……」


「正臣先生と沙羅さんには」


自分の胸を指差す。


「二人の奥深くに、その人とは少し違う霊力があったんだ」


その瞬間。


ミヅチ。


チヨヒメ。


クシナダ。


銀花。


春花。


皆の表情が僅かに変わった。


晴真は続ける。


「しかも沙羅さんの中にある方は……」


首を傾げる。


「なんとなく僕の霊力に似てる気がした」


「気のせいかなぁ?」


「…………」


ミヅチたちは互いの顔を見る。


その表情は驚きというより――。


どこか懐かしそうだった。


「そうか……」


ミヅチが静かに呟く。


春花が晴真の前へ進む。


「晴真様」


「はい」


「今はまだ、お答えすることはできません」


晴真は黙って春花を見る。


「ですが――」


春花は穏やかに微笑む。


「晴真様が感じたことは、間違いではございません」


「正臣様と沙羅様のお二人には、確かに他の方とは違うものがあります」


「ただし」


人差し指を唇へ添える。


「多言無用です」


晴真はすぐに頷いた。


「はい」


その横から銀花が少し厳しい声を出す。


「それから晴真様」


「はい?」


「こちらの方が大切です」


銀花は晴真の手を取る。


「今後、無闇に霊気合わせを行い、他人の霊脈の澱みを整えたり、霊門へ干渉したりしてはいけません」


晴真の表情が真剣になる。


「どうしてですか?」


「人によって丹田の大きさも、霊脈の太さも、耐えられる霊圧も違うからです」


「晴真様にとっては僅かな霊圧でも、相手にとっては強すぎることがあります」


「もし無理に流れを変えれば――」


銀花は晴真の目を見る。


「相手の身体が耐え切れず、霊力が暴走する可能性もございます」


「……!」


晴真は自分の手を見る。


正臣や沙羅が大丈夫だったからといって、誰にでも同じことをしていいわけではない。


「分かりました」


真剣に頷く。


「絶対、勝手にはやりません」


「はい」


銀花は優しく微笑んだ。


「それでよろしいのです」


すると晴真の肩の上。


桜花がくすくす笑った。


「晴真様」


「はい?」


「今日もまた、やっちゃいましたね」


「……うん」


晴真はしょんぼりする。


「気をつけます……」


「ははははは!」


正臣が笑う。


沙羅も。


刀也も。


迅も。


凛も。


道満も。


やがて一年一組全員が笑い始めた。


「もう!」


晴真も困ったように笑う。


新学期最初の授業。


ただの基礎修練――霊気合わせ。


そのはずだった。


けれど晴真は、また一つ。


誰も気づかなかった霊力の可能性へ触れた。


そして同時に――。


正臣と沙羅の魂の奥深くに眠るものへも。


ほんの僅かに。


触れ始めていた。

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