第二話 過ちを認めること
新学期初日
一年一組の教室には、夏休み前と変わらない賑やかな声が響いていた。
久しぶりに座る自分の席
久しぶりに見る教室
けれど十五人にとっては、ほんの数日ぶりに顔を合わせた程度の感覚だった。
夏休みの間も、黒桜寮やチーム研修で毎日のように一緒に過ごしていたからだ。
やがて――
ガラッ
教室の扉が開いた。
「全員、席につけ」
担任の勝田正臣が入ってくる。
「はーい!」
生徒達がそれぞれの席へ戻る。
正臣は教卓へ出席簿を置くと、一年一組をぐるりと見渡した。
「さて」
少し間を置く
「今日から新学期だ」
「夏休み気分は今日で終わり。授業も修練も本格的に再開する」
「はい!」
元気な返事が返ってくる。
正臣は満足そうに頷いた。
「それと新学期早々、問題を起こすなよ」
その視線が――
刀也へ向く。
「特に刀也」
「えっ!? 俺!?」
続いて迅。
「迅」
「なんで俺まで!」
さらに与一。
「与一」
「僕もですか?」
そして晴真。
「晴真」
「えっ、僕も?」
最後に――。
「道満」
「……」
道満が目を瞬かせた。
「私もですか?」
「思い当たる節はあるだろう」
「…………」
道満は少し考える。
夏休み
草笛の丘。
三人の当主との立ち合い。
自分が率先して晴真たちと作戦を練り、札術を三枚同時発動し――。
「……少しは」
道満は恥ずかしそうに視線を逸らした。
くすくす
教室から笑い声が漏れる。
「それから美鈴」
「はい?」
美鈴が自分を指差した。
「私もですか?」
「お前はそそっかしい」
正臣がため息をつく。
「余計なトラブルを起こすなよ」
すると迅がすぐに手を上げた。
「先生」
「なんだ?」
「もう朝から起こしてます」
「迅!」
美鈴が真っ赤になる。
刀也が机を叩いた。
「あれは美鈴が悪いんじゃねえよ!」
「そうですわ!」
紅葉まで身を乗り出す。
「思い出すだけでも気持ちが悪いですわ!」
「ぶはっ!」
刀也が吹き出した。
迅も肩を震わせる。
「また言った!」
「うるさいですわ!」
わはははは!
教室が笑いに包まれる。
正臣だけが事情を知らず、眉をひそめた。
「……何があった?」
凛が手を上げる。
「先生」
「今朝、登校途中に三組の麻賀多影也さんと少し揉めてしまいまして……」
「影也と?」
正臣は一瞬だけ目を細める。
そしてクラス全員の顔を見る。
「……なるほどな」
どこか納得したように苦笑した。
「まあ、その話は後で聞くとして」
正臣は教卓へ手を置いた。
「ちょうどいい」
「?」
皆が首を傾げる。
「夏休み前に出したチーム研修についてだ」
その瞬間。
教室の空気が変わった。
「おっ!」
刀也が身を乗り出す。
正臣は続ける。
「お前たちには三つの班に分かれ、それぞれ連携について研究してもらった」
「その成果を、新学期に発表すると言っていたな」
「はい!」
美鈴が元気よく答える。
「その発表方法が決まった」
生徒達が正臣を見る。
「実戦形式の模擬戦だ」
「おおおおおっ!」
刀也と豪太が同時に立ち上がった。
「やっぱり!」
美鈴も目を輝かせる。
正臣はさらに続けた。
「そして一年一組の対戦相手は――」
一拍置く。
「一年三組だ」
「…………」
クラスメイト達が止まった。
そして。
「三組?」
迅が聞き返す。
凛が呟く。
「麻賀多影也さんの……」
「そういうことだ」
正臣が頷く。
次の瞬間。
ガタンッ!
刀也が勢いよく立ち上がった。
「よっしゃあ!」
拳を握る。
「アイツ、こてんぱんにやっつけてやるぜ!」
「おう!」
迅も立ち上がる。
「晴真にも酷いこと言ってたしな!」
豪太も拳を打ち合わせた。
「そうだ! やってやろうぜ!」
「模擬戦なら文句ないからな!」
「全力で行こう!」
「絶対負けない!」
次々に声が上がる。
「お前ら」
正臣のこめかみに青筋が浮かぶ。
「模擬戦は喧嘩じゃ――」
「でもさ」
その騒ぎの中。
晴真が不思議そうに首を傾げた。
「三組って、奉先君や舞桜さんもいるんだよね?」
「あ」
刀也が止まる。
晴真は嬉しそうに笑った。
「二人と戦えるんだ」
「楽しみだね!」
「…………」
みんなが静かになった。
刀也が頭を掻く。
「まあ……奉先とは戦ってみたいな」
豪太も頷いた。
「槍使いとして気になる」
与一は晴真を見て苦笑する。
「まったく晴真は……」
美鈴もくすくす笑う。
「優しいよねぇ」
「え?」
晴真だけが意味が分からず首を傾げる。
「僕、何か変なこと言った?」
「いや」
太一が笑う。
「晴真はそれでいいと思う」
再び教室に笑い声が広がった。
しかし――。
その中で一人だけ。
道満は静かに正臣の話を聞いていた。
「…………」
机の上で組まれた両手。
いつもの冷静な表情。
けれど、どこか考え込んでいる。
正臣はそれに気づいていた。
晴真も。
凛も。
そして紅葉も。
だが――。
今は誰も何も言わなかった。
◇
ホームルームが終わる。
生徒たちが席を立つ中、正臣が声を掛けた。
「道満」
「はい?」
道満が振り返る。
「どうした」
正臣は静かに尋ねる。
「何か気になることでもあるのか?」
「……」
道満は一瞬黙った。
「いえ」
小さく首を振る。
「先生、大丈夫です」
「そうか?」
その時。
「道満君」
晴真がやって来た。
「どうしたの?」
その後ろから凛と紅葉も近づいてくる。
「朝から少し様子が変ですよ」
「何かございましたの?」
さらに――。
「なんだなんだ?」
刀也。
「道満が悩み事?」
迅。
豪太、隼人、美鈴、綾女、小夜、与一、太一、茜、桔梗。
気づけばいつものメンバーが集まっていた。
「……お前たち」
道満は少し困った顔をする。
逃げられないと悟ったのか、小さく息を吐いた。
そして刀也を見る。
「刀也」
「ん?」
「お前は、影也のことをどう思う?」
「影也?」
刀也は即答した。
「むかつく奴」
「そうではない」
「違うのか?」
「俺が聞きたいのは――」
道満の表情が真剣になる。
「奴の、カタギに対する考え方だ」
「ああ……」
刀也もようやく理解した。
少し考えてから口を開く。
「まあ、ああいう考え方をする奴がいるのは俺も知ってるよ」
「表の人間は陰陽術を使えない」
「だから自分たちより下だって考える奴がいることも」
道満は黙って聞いている。
「でもさ」
刀也は頭の後ろで手を組んだ。
「それって表の世界を知らないだけだと思うぜ」
「知らない?」
「ああ」
刀也は頷く。
「立身流には、幼い頃に表佐倉で暮らす習慣があるんだ」
「俺も実際に暮らしてた」
道満が驚く
「そうなのか!」
「おう」
刀也は笑う。
「裏佐倉じゃ陰陽術があって当たり前だろ?」
「式神もいるし、霊力で動く道具もある」
「でも表じゃ違う」
「陰陽術を使えない人がほとんどだ」
「その代わり――科学ってものがすげえ発展してる」
「電車とか車とか、でっかい建物とかさ」
刀也は少し照れくさそうに鼻を擦った。
「だから俺は、どっちが上とか下とか考えたことねえよ」
そして道満を見る。
「何も知らないくせに、その世界に生まれたってだけで馬鹿にする方が恥ずかしいだろ」
「…………」
道満の目がわずかに揺れる。
「そうか」
小さく呟く。
そして――。
「俺は」
全員が道満を見る。
「少し前まで、影也と同じだった」
晴真が目を瞬かせる。
「道満君?」
「俺もカタギの人間を見下していた」
道満は拳を握る。
「陰陽術を使えない者は、自分たちより劣っている」
「裏佐倉の名家に生まれた自分たちは、特別な存在なのだと」
「相手のことを何も知らないくせに」
道満は晴真を見る。
そして凛へ視線を向ける。
「今考えると……とても恥ずかしい」
ゆっくりと頭を下げた。
「晴真」
「凛」
「すまなかった」
「道満君……」
その時。
「わたくしもですわ」
紅葉が一歩前へ出る。
「わたくしも以前は、家柄や血筋ばかりを気にしていました」
晴真と凛へ頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「私も……」
美鈴が続く。
豪太も
隼人も
綾女も
そして他の仲間たちも。
程度の差こそあれ、裏佐倉で育った者たちの中には、カタギに対する偏見を当たり前のものとして受け入れていた者がいた。
一人
また一人
頭を下げていく。
「ちょ、ちょっと!」
晴真が慌てた。
「やめてよ、みんな!」
顔を上げた仲間たちへ笑いかける。
「僕はそんなこと気にしてないよ」
そして教室を見渡す。
刀也
迅
与一
小夜
紅葉
美鈴
豪太
隼人
綾女
茜
桔梗
太一
道満
そして――凛
「僕は一年一組でよかった」
晴真は笑った。
「みんなと同じクラスになれて、本当によかったよ」
それから隣を見る。
「ね、凛ちゃん」
「はい」
凛も優しく微笑んだ。
「私もです」
道満は二人を見つめる。
その表情から、ほんの少しだけ力が抜けた。
その様子を見ていた正臣が、静かに口を開く。
「道満」
「はい」
「間違えること自体が悪いわけじゃない」
皆が正臣を見る。
「神門蓮雅さんや西御門紫玄さんだってそうだっただろう」
道満たちは、夏休みの立ち合いを思い出す。
初めは自分たちを子供だと侮っていた二人。
しかし最後には、自らの間違いを認めた。
そして。
印旛大竜王と豪斎へ頭を下げ、一年一組にも謝罪した。
「自分が間違っていたと気づいた時」
正臣は続ける。
「それを素直に認める」
「傷つけた相手がいるなら謝る」
「そして正しいと思った道へ進み直す」
正臣は道満を見る。
「それが一番大事だ」
「……はい!」
道満が力強く答えた。
紅葉たちも続く。
「はい!」
正臣は微笑む。
「それにな」
「三組の連中に、お前たちが全力でぶつかればいい」
「え?」
「言葉だけじゃ伝わらないこともある」
正臣は十五人を見る。
「お前たちが夏休みに何を学んだのか」
「家柄も得意分野も性格も違う十五人が、どうやって力を合わせるようになったのか」
「全部ぶつけてこい」
十五人の表情が変わる。
「そうすれば――」
正臣は笑った。
「三組の奴らも、きっと何かを感じるだろう」
「はい!」
教室に大きな返事が響いた。
凛が皆を見回す。
「みんな」
拳を握る。
「頑張りましょう!」
「おおおおおっ!」
十五人の声が教室を揺らした。
◇
そんな一年一組の様子を――。
教室の外から見守っている者たちがいた。
沙羅。
ミヅチ。
そしてクシナダとチヨヒメ。
沙羅が壁にもたれながら、小さく笑う。
「道満の奴」
教室の中を見る。
「しっかり心も成長してるじゃねえか」
するとミヅチが得意げに扇子を広げた。
「当然じゃ」
「何せ、あやつは妾の弟子じゃからな」
「何を申しておる」
クシナダがすぐに口を挟む。
「道満はわしの弟子じゃ」
「は?」
ミヅチの眉がぴくりと動く。
「札術を見ておるのは妾じゃぞ?」
「心構えを教えるのも師の務めじゃ」
「ならば妾の弟子じゃ」
「わしの弟子じゃ」
二人が睨み合う。
すると――。
「何を二人で勝手なことを言っておる」
チヨヒメが呆れたように口を挟んだ。
「道満は妾の弟子でもあるぞ」
「「いつ弟子にした!?」」
「今じゃ」
「勝手すぎるじゃろ!」
「妾も道満に封印術を教えてやれるからのう」
「それなら妾とて――!」
「わしなら武術を――!」
「お前ら」
沙羅が頭を抱える。
「せっかくいい話だったのに台無しじゃねえか」
教室の中からは、一年一組の楽しそうな声。
廊下では三柱の大蛇が道満を誰の弟子にするかで言い争っている。
沙羅はそんな光景を眺め――。
「まあ……」
小さく笑った。
「これくらいが、こいつららしいか」
新学期初日。
一年一組は早くも次の目標を見つけた。
相手は――一年三組
それはただ勝敗を決めるための模擬戦ではない。
夏休みを通して成長した十五人が、その力と心を示す戦い。
そして。
麻賀多本家との新たな因縁もまた――。
静かに動き始めていた。




