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第一話 新学期の出会い

黒桜寮は朝から賑やかだった。


夏休みが終わり今日から新学期。


食堂には朝早くから一年一組の生徒たちの元気な声が響いている。


その中心で忙しく動き回っているのは黒桜寮の寮母――鍋山摩季だった。


「摩季さん!」


「こっち、ご飯おかわり!」


「はいよ!」


大きな炊飯釜からほかほかのご飯を茶碗へ盛る。


その横では味噌汁の鍋から湯気が立ち、焼き魚や卵焼き、漬物がずらりと並んでいた。


「やっぱ摩季さんの朝飯は最高だなぁ!」


刀也が幸せそうにご飯を頬張る。


「だな!」


迅も負けじと箸を動かしていた。


晴真と与一も大きく頷く。


「うん、おいしい!」


「朝からこれだけ食べられるのは幸せですね」


そして四人はほとんど同時に空になった茶碗を掲げた。


「「「「おかわり!」」」」


「はいよ!」


摩季は慣れた手つきで次々とご飯を盛っていく。


その様子を見ていた隼人が呆れたように言った。


「お前ら朝からよく食うな……」


迅がすぐに言い返す。


「お前の隣の奴よりは食わねえよ」


「ん?」


隼人が隣を見る。


そこには――


黙々と飯を食べ続ける豪太がいた。


すでに何杯目なのか誰も覚えていない。


豪太は最後の一口を飲み込むと空になった茶碗を高々と掲げた。


「摩季さん! おかわり!」


「……はいよ」


さすがの摩季も苦笑いする。


道満が豪太の横に積み重なった茶碗を見る。


「いったい何杯食べたんだ……」


太一も苦笑する。


「数えるの途中で諦めたよ」


「腹が減ってちゃ修練できねえからな!」


豪太は豪快に笑った。


「まだ食うぞ!」


「まだ食うのか……」


道満と太一が同時につぶやく。


食堂に笑い声が広がった。


そんな騒がしい一年生たちを見て――


パンパン!


手を叩く音が響いた。


「ほら、お前たち!」


黒桜寮の監督生 立身刀姫だった。


「いつまで食べている。新学期早々、遅刻するつもりか?」


「げっ!」


刀也が時計を見る。


「やべっ!」


「急げ!」


迅も慌てて残りの味噌汁を飲み干す。


その隣では監督生補佐の刀優が呆れた顔で一年生たちを見ていた。


「それと!」


玄関へ走っていこうとする皆を呼び止める。


「ちゃんと摩季さんに挨拶してから行けよ!」


「あっ」


晴真たちが一斉に振り返った。


毎朝早くから起きて自分たちのために朝食を作ってくれる。


黒桜寮のみんなを見守ってくれている大切な寮母。


晴真が笑顔で頭を下げた。


「摩季さん!」


それに続いて皆も声を揃える。


「「「ごちそうさまでした!」」」


摩季は腰に手を当て笑った。


「はいよ! 今日も元気に行ってきな!」


「「「行ってきます!」」」


黒桜寮の玄関が開く。


晴真

刀也

道満

与一

小夜

紅葉

美鈴

豪太

隼人

綾女

桔梗

太一


いつもの一年一組の仲間たちが揃って外へ飛び出していく。


夏休みを越えて――


少しだけ背が伸びた者。


新しい術を覚えた者。


新しい目標を見つけた者。


そして仲間との絆を以前よりずっと深めた者。


十五人は朝の道を並んで歩いていく。


その先に見えるのは――


佐倉陰陽学園。


「今日から新学期だね」


晴真が嬉しそうに言った。


「ああ!」


刀也が木刀を担いで笑う。


「今学期も面白くなりそうだな!」


「お前が問題を起こさなければな」


道満が冷静に返す。


「なんで俺なんだよ!」


「普段の行いです」


凛の一言に皆が笑った。


晴真も笑いながら学園を見上げる。


どんな授業が待っているのだろう。


どんな修練が待っているのだろう。


そしてこれから自分たちはどんな陰陽師になっていくのだろう。


まだ誰にも分からない。


十五人はそれぞれの期待を胸に新学期の学園へ向かって歩いていく。


黒桜寮に集った十五の若芽。


それぞれ違う色を持ち

それぞれ違う力を持ち

時にぶつかり

時に支え合いながら――


若芽たちは少しずつ大きくなっていく。


これは――


そんな黒桜の若芽たちがさらに成長していく物語。


『佐倉陰陽学園 第二巻 黒桜の若芽』


新しい学期が今――始まる

黒桜寮を出た一年一組の十五人は、揃って学園へ続く道を歩いていた。


夏休みが終わり、今日から新学期。


久しぶりの登校だというのに――


「刀也君!」


凛の声が朝の通学路に響く。


「新学期早々そんなに騒がないでください!」


「いいじゃん別に!」


刀也はまったく気にする様子もなく、頭の後ろで手を組む。


「それより俺さ! 新学期から槍も覚えようと思ってるんだ!」


その言葉に豪太が食いついた。


「おお! 槍はいいぞ!」


「だろ? 剣もいいけどクシナダ様に教えてもらってから槍も面白そうだと思ってさ!」


「分かってるじゃねぇか!」


二人が盛り上がる。


すると迅まで口を挟んだ。


「じゃあ俺も覚えようかな」


「お前はその前に――」


隼人が呆れた顔で迅を見る。


「皆にタイミングを合わせられるようになれ。お前いつも少し早いんだよ」


「へいへい」


迅はわざとらしく頭を下げる。


「すみませんお頭」


「誰がお頭だ!」


「あれ? 忍び組の頭じゃないんですかお頭?」


「やめろ!」


「へいお頭!」


「迅!」


わはははは!


十五人から笑い声が上がった。


夏休みのチーム研修を通して、一年一組の距離は以前よりずっと近くなっていた。


そんな皆の前を美鈴が後ろ向きになって歩いている。


「ねえねえ! 聞いた?」


「何を?」


小夜が首を傾げる。


美鈴は待ってましたとばかりに笑った。


「チーム研修の発表! どうも他のクラスとの対決らしいよ!」


「ええっ!?」


刀也が目を輝かせる。


「マジで!? 面白そうじゃん!」


豪太も拳を握った。


「腕が鳴るな!」


一方――


「対決って……発表じゃないの?」


小夜は少し不安そうだ。


太一も苦笑する。


「俺も普通に研究成果を見せるだけだと思ってた」


「でも実戦形式なら、それぞれの班で研究した連携を見せるにはちょうどいいかもしれないね」


与一が顎へ手を当てる。


「そうですよね!」


美鈴は後ろ向きのまま笑う。


「他のクラスがどんな研究をしてきたのかも気に――」


ドンッ。


「きゃっ!」


誰かとぶつかった。


「美鈴!」


美鈴がよろめく。


「あっご、ごめんなさい!」


慌てて前を向く。


そこには一人の少年が立っていた。


整えられた制服。


背筋を伸ばし、どこか人を見下ろすような目。


その後ろには数人の生徒が付き従っている。


美鈴はすぐに頭を下げた。


「前を見てなくて……本当にごめんなさい」


しかし――


「無礼者が!」


ドンッ!


少年が美鈴の肩を強く押した。


「きゃっ!」


倒れそうになったその瞬間。


「おっと!」


迅が素早く踏み込み、美鈴の身体を支える。


「大丈夫か?」


「う、うん」


美鈴が驚きながら頷く。


その横では刀也の表情が変わっていた。


「お前いきなり女子を押すって何考えてんだよ」


少年を睨む。


紅葉も眉をひそめる。


「そうですわ。ぶつかったことについて美鈴さんは謝りました。それなのに女子へ手を上げるなど――」


「お前」


少年が紅葉を見る。


「麻賀多紅葉だろう」


「え?」


「俺を知らないのか?」


紅葉は少年の顔をじっと見る。


「……?」


そして首を傾げた。


「どなたですの?」


「なっ……!」


少年の顔が引きつる。


すると道満が静かに口を開いた。


麻賀多本家次男まかた 麻賀多影也かげやだ」


「ふん」


影也は満足そうに鼻を鳴らした。


「流石宗家の人間は分かっているようだな」


そして美鈴を見る。


「俺にぶつかるということは麻賀多本家に無礼を働くということだ。それくらい理解しろ」


影也が再び手を上げる。


「少しは身の程を――」


その手が美鈴へ振り下ろされようとした。


しかし――


パシッ


「何?」


影也の腕が止まった。


掴んでいたのは晴真だった。


「女の子に何をするの」


「貴様――!」


影也が腕を振りほどこうとする。


その力に逆らわず、晴真が半歩身体をずらす。


くるり。


「うわっ!?」


ドンッ!


気がつけば影也は地面にひっくり返っていた。


晴真は影也の腕を取ったまま、動きを制している。


御堂家で学び始めた合気術。


相手の力へ逆らうのではなく、その流れを利用する。


「影也様!」


取り巻きたちが慌てて駆け寄った。


晴真はすぐに手を離す。


その時一人の取り巻きが晴真を指差した。


「影也様! こいつです!」


「何?」


「お父様に卑怯な手を使って恥をかかせた奴!」


晴真が目をぱちぱちさせる。


「僕?」


「桜晴真」


取り巻きは吐き捨てるように言った。


「御堂家の血筋で粋がっている奴とその取り巻きです」


影也の目つきが変わった。


「ほう」


晴真を頭から足元まで眺める。


「貴様が桜晴真か」


ゆっくり立ち上がる。


「カタギ混じりの屑が」


空気が変わった。


晴真自身は意味が分からず、きょとんとしている。


しかし道満 凛 紅葉――そして裏佐倉で育った者たちの表情は明らかに険しくなった。


影也は晴真ではなく今度は道満を見る。


「それにしても宗家の人間がカタギ混じりなどと一緒に登校とはな。麻賀多一族の誇りはないのか?」


道満は影也を真っ直ぐ見る。


「俺が誰と登校しようとお前にも麻賀多一族にも関係ない」


静かな声だった。


「ふん」


影也が鼻で笑う。


「宗家の次男は誇りまで失ったらしいな」


だが道満は何も言い返さなかった。


相手にする価値もない。


そう言わんばかりに視線を逸らす。


それが気に入らなかったのか、影也は今度は紅葉へ目を向けた。


「麻賀多紅葉」


「何でしょう」


影也は紅葉を上から下まで品定めするように眺める。


紅葉の眉がぴくりと動いた。


「……何ですのその目は」


「そうだな」


影也が満足そうに頷く。


「お前――俺に嫁げ」


「…………」


全員が止まった。


「は?」


刀也が声を漏らす。


影也は得意げに続ける。


「お前なら本家の嫁にしてやってもいい。ありがたいと思え」


紅葉はしばらく無言だった。


そして心底嫌そうな顔をした。


「……キモい」


「なっ!?」


刀也が吹き出す。


「ぶはっ!」


迅も腹を抱えた。


「言った! 紅葉が言ったぞ!」


「うるさいですわ!」


紅葉は顔を赤くする。


そして胸を張った。


「それに! わたくしには――」


ちらり。


紅葉の視線が道満へ向く。


「心に決めた方がいますので」


「…………」


一瞬の静寂。


一年一組の視線が一斉に道満へ集まった。


「おお〜」


美鈴がにやにやする。


「なるほどねぇ」


「な、何ですの!」


紅葉の顔がさらに赤くなる。


皆が笑う中、当の道満だけは――


「?」


まるで意味が分かっていなかった。


その隣で晴真も――


「?」


同じ顔をしている。


「なんで皆笑ってるの?」


「お前ら二人はそれでいいよ」


与一が苦笑した。


影也だけが顔を真っ赤にして震えている。


「貴様ら……!」


「あっ」


晴真はそこで思い出したように影也へ手を差し出した。


「ごめんね。僕も咄嗟に身体が動いちゃって。投げるつもりまではなかったんだけど」


起こそうと差し出された手を――


パシッ!


影也が払い除けた。


「触るな!」


そして一年一組を睨みつける。


「貴様ら! 麻賀多本家に喧嘩を売っているのか!」


すると今まで黙っていた綾女がぽつりと言った。


「……もう売ってる」


「何?」


「あなたのお父さんと」


影也が固まる。


隼人も淡々と続けた。


「今更だな」


「ぐっ……!」


凛が一歩前へ出た。


「一年一組は麻賀多本家だろうが何だろうが卑劣なことをする人に媚びたりしません」


「その通りだ」


後ろから声がした


振り返る。


そこには二人の少女が立っていた。


黒桜寮監督生――立身刀姫


その隣には補佐を務める立身刀優


刀姫が腕を組む。


「黒桜寮は家柄や立場だけを理由に頭を下げることはない。間違っているものには媚びない」


その時――


「相変わらずですね」


別の声が響いた。


刀姫より少し年上の男子生徒が歩いてくる。


整った制服


落ち着いた立ち振る舞い。


その胸元には黄桜寮監督生の証


「黄桜寮は伝統と秩序を重んじる」


男子生徒は刀姫を見る。


「黒桜寮のそういう考え方には私は疑問を感じます」


「兄上!」


影也が声を上げた。


黄桜寮監督生


そして――麻賀多本家長男


麻賀多影人まがた かげひと


影人は弟を一瞥する。


「影也」


「は、はい」


「さっさと立ち上がれ。これ以上恥を晒すな」


冷たい声だった。


「……はい」


その時だった。


「何か揉め事ですか?」


穏やかな声


皆が振り返る。


そこには生徒会長――麻賀多道隆


そして白桜寮監督生の麻賀多道香が立っていた。


「影人君」


道隆が周囲を見る。


「朝から随分賑やかですね。何があったんです?」


影人は一瞬黙る。


「……いえ。何でもありません」


そして弟を見る。


「行くぞ影也」


「兄上しかし――!」


「行くぞ」


「……はい」


影也は渋々歩き出す。


だが途中で振り返った。


一年一組を睨みつける。


「貴様ら! 覚えておけ!」


その背中を見送りながら太一がぽつり。


「なあ与一」


「何?」


「あれってさ。悪者が言う台詞だよな?」


「奇遇だね」


与一も笑う。


「僕もまったく同じことを思った」


「ぶはっ!」


刀也が吹き出した。


「確かに! 覚えておけ! だって!」


迅まで影也の真似をする。


「貴様らぁ! 覚えておけぇ!」


「似てない」


綾女が真顔で言う。


「そこ!?」


わはははは!


再び笑い声が響いた。


新学期初日。


早くも騒がしい一年一組。


だが――


その中で道満だけは笑っていなかった。


遠ざかっていく影人と影也の背中を、黙って見つめている。


その表情にはどこか複雑なものが浮かんでいた。


「……道満君?」


晴真が気づく。


凛もまたその横顔を見ていた。


「道満君……」


二人は気づいていた。


麻賀多本家。


麻賀多宗家。


そして――血筋


道満にとって今の出来事は、ただの喧嘩ではないのだと。


だが今は何も聞かなかった。


「お前たち」


刀姫が声を上げる。


「いつまでそこにいる。遅れるぞ」


「…………」


一年一組の十五人が固まった。


迅が恐る恐る学園の時計を見る。


「……やばい」


「どうした?」


「新学期早々遅刻したら――」


迅の顔から血の気が引く。


「正臣先生にしばかれる!」


「うわああああ!」


「走れ!」


「刀也君! 廊下に入ったら走っちゃ駄目ですからね!」


「まだ外だからいいだろ!」


「そういう問題じゃありません!」


「美鈴! 今度は前見て走れよ!」


「分かってるって!」


「迅! お前だけ先に行くな!」


「遅刻するよりマシだろ!」


「だからお前は皆にタイミングを合わせろって言ってるんだ!」


「すみませんお頭!」


「誰がお頭だ!」


朝の通学路を――


十五人が一斉に駆けていく。


新学期初日。


黒桜寮の若芽たちの新しい日々は――


やはり賑やかな幕開けとなった。

昨日、千葉県では線状降水帯の影響により記録的な豪雨となり、大きな被害が発生しました。


この物語の舞台である佐倉市も例外ではなく、甚大な被害を受け、お亡くなりになった方もいらっしゃいます。


亡くなられた方々に、心よりお悔やみ申し上げます。


現在も市内には、その爪痕が残る場所が見られます。


『佐倉陰陽学園』という物語を通して、佐倉市の歴史や自然、町並み、そしてこの土地ならではの魅力を、少しでも多くの方に伝えていければと思っています。


晴真たちの物語は、まだ始まったばかりです。


新学期を迎え、少しずつ成長していく黒桜寮の子供たち。


第二巻――


『佐倉陰陽学園 第二巻 黒桜の若芽』


晴真たちの新たな学園生活を、お楽しみいただければ幸いです。

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