第四十七話 愛理VS桜華
角来道場。
道場中央に立つ二人を前に、愛理は両腕を軽く回した。
「やっと試合だ!」
嬉しそうに笑う。
対する角来桜華も、すでに構えを取っていた。
「言っておきますけど、手加減しませんからね」
「望むところ!」
愛理が笑う。
その時
「愛理様!」
晴真の肩の上で桜花が拳を握った。
「頑張ってください!」
「おう!」
愛理も拳を突き上げる。
すると桜花はさらに続けた。
「私の偽物をやっちゃってください!」
「……え?」
晴真が首を傾げた。
「偽物って?」
桜華の眉がぴくっと動く。
桜花は当然のような顔で自分を指差した。
「桜花」
次に桜華を指差す。
「桜華」
そして頬を膨らませた。
「漢字が違うだけで紛らわしいんです!」
「いやいやいや」
与一がすぐに口を挟む。
「桜華の方が先に生まれてるからな?」
「関係ありません!」
「あるだろ!」
迅が笑った。
「じゃあどっちが本物なんだよ」
桜花は胸を張る。
「もちろん私です!」
「なんでだよ」
晴真が苦笑する。
すると剛乃介が豪快に笑った。
「はははは! 面白い!」
そして愛理を見る。
「愛理! どっちが本物か分からせてやれ!」
「いや、そういう試合じゃないでしょ!」
愛理が思わず突っ込み、道場に笑いが広がった。
その中、柔次郎が二人の中央へ進む。
「まあ名前の話は置いておこう」
少し表情を引き締め二人を見る。
「準備はいいね?」
「はい!」
「いつでも!」
柔次郎が片手を上げると、晴真たちも静かになった。
愛理と桜華が向かい合う。
将門流古武術。
角来流剛柔体術。
異なる二つの体術が、今初めて正面からぶつかる。
柔次郎の手が振り下ろされた。
「始め!」
その瞬間、愛理が右手を前へ突き出した。
「先手!」
掌に霊力が集まる。
晴真が目を見開いた。
「霊撃砲?」
「いや違う」
道満がすぐに否定する。
霊撃砲ほど大きくない。
だが圧縮された霊力が一瞬で放たれた。
「将門流――霊衝弾!」
ドンッ!
小さな霊力弾が桜華へ飛ぶ。
霊撃砲よりも遥かに速い。
「速っ!」
刀也が声を上げる。
桜華は避けなかった。
左腕を前へ出した瞬間、そこへ霊力が集中する。
「剛!」
バンッ!
霊衝弾が直撃する。
だが桜華は一歩後ろへ下がっただけで、腕一本で受け切った。
愛理が笑う。
「やっぱ硬い!」
桜華も笑い返す。
「この程度なら!」
その瞬間、愛理の姿が沈んだ。
丹田へ一気に霊力を集める。
晴真がすぐに気づいた。
「来る!」
次の瞬間、愛理の全身へ霊力が爆発的に広がる。
ドンッ!
「霊爆轟身!」
一気に加速し、桜華との距離を潰す。
「っ!」
右拳。
左拳。
肘。
掌底。
桜華の懐へ入り、次々と連打を繰り出す。
「はあっ!」
ドドドドッ!
だが桜華は真正面から受けない。
肩を落とし、腕を流し、身体を僅かに傾ける。
愛理の拳が次々と逸れていった。
「柔……」
道満が呟く。
桜華は愛理の攻撃に逆らっていない。
触れる。
流す。
崩す。
押し返さず、ただ軌道を変える。
愛理の拳が空を切った。
「くっ!」
愛理が一度距離を取る。
桜華も構えを戻した。
「力をぶつけるだけなら、角来流には通じませんよ!」
「だったら!」
愛理が再び踏み込む。
今度は拳に霊力を集めたまま、桜華の胸元へ掌底を打ち込んだ。
「霊衝勁!」
ドンッ!
桜華は両腕を交差する。
剛。
霊力で腕を硬質化し、真正面から受け止めた。
バァン!
「くっ……!」
防いだ。
はずだった。
次の瞬間、桜華の表情が歪む。
「うっ!」
身体の内部へ衝撃が抜けた。
外側ではない。
筋肉。
骨。
さらにその奥へ、霊力による衝撃が突き抜けていく。
「なに……これ……!」
ドン!
桜華の身体が後方へ弾き飛ばされた。
晴真が目を見開く。
「剛で防いだのに!」
清盛が腕を組んだ。
「霊衝勁は外側を殴る技じゃない。接触した瞬間に霊力の衝撃を身体の内部へ送り込む」
道満が頷く。
「硬質化した表面を抜いてくるのか」
愛理は止まらない。
「まだ!」
両手を前へ出すと大量の霊力が集まり、空気が震えた。
晴真たちはその技をよく知っている。
「霊撃砲!」
ドォォォン!!
巨大な霊力の奔流。
霊衝弾とは比べものにならない威力だった。
桜華が顔を上げる。
迫る霊撃砲。
避ける時間はない。
だが桜華は退かなかった。
右拳を腰へ引き、足を踏み込み腰を落とす。
全身の霊力が一本の線のように、脚から腰、背中、肩、腕へと巡り、最後に拳へ集まっていく。
柔次郎が僅かに笑った。
「来るか」
桜華の拳が強く握られる。
「角来流――」
一歩踏み込む。
「剛気崩拳!」
正拳突き。
ドォォォン!!
拳と霊撃砲が真正面からぶつかる。
一瞬、時間が止まったかのように見えた。
次の瞬間
バァァァン!!
巨大な衝撃とともに霊力が爆発した。
晴真たちが腕で顔を庇う。
「うわっ!」
「すげえ!」
風圧が道場中へ広がり、煙と霊力の粒子が舞う。
やがてそれらが消えていく。
道場中央。
桜華はまだ立っていた。
右拳から僅かに霊気が立ち昇っている。
愛理も立っていた。
二人とも笑っている。
「やるじゃん」
「そっちこそ」
直後、二人が同時に踏み込んだ。
ドン!
間合いが一瞬で消える。
先に動いたのは愛理。
右拳を放つ。
「霊衝勁!」
狙いは桜華の顔面。
だが桜華が左腕を添えた。
柔。
愛理の拳の軌道を外す。
「っ!」
拳が横へ流されたその瞬間、桜華の右拳が腰へ引かれる。
「剛気――!」
道満が目を見開いた。
「まずい!」
狙いは愛理の腹。
「崩拳!」
だが拳が腹へ届く直前、愛理が右膝を跳ね上げた。
膝へ霊力が集中する。
「霊衝勁!」
膝と拳。
二つの技が真正面から衝突した。
一瞬、二人の目が合う。
そして
バァン!!
凄まじい霊力が弾けた。
「うわっ!」
晴真たちが身を伏せる。
愛理が吹き飛んだ。
「きゃっ!」
同時に桜華も反対方向へ弾き飛ばされる。
「うっ!」
ドン!
二人が同時に床へ倒れた。
道場が静まり返る。
晴真が立ち上がった。
「愛理ちゃん!」
与一も思わず声を上げる。
「桜華!」
だが
「いったぁ……」
愛理が天井を見ながら呟く。
反対側では桜華も
「お腹……痛い……」
顔をしかめたまま寝転がっていた。
二人とも意識はある。
だが立ち上がれない。
柔次郎が二人の様子を確認した。
「愛理 立てる?」
「……無理」
「桜華は?」
「……私もです」
柔次郎が苦笑して片手を上げる。
「そこまで」
二人を見る。
「両者戦闘続行不能」
そして少し間を置いた。
「この勝負――引き分け」
一瞬の静寂。
その直後
「おおおお!」
刀也が声を上げる。
迅も笑った。
「やるな」
道満はじっと二人を見る。
「面白い。最後までどちらの流派の長所も消えていなかった」
清盛も嬉しそうに笑う。
「愛理もやるな」
一方、愛理はまだ床に寝転んだまま桜華を見る。
「引き分けかぁ」
桜華も天井を見たまま答えた。
「そうですね……」
「次は勝つ」
「私もです」
二人が同時に笑う。
その時
「桜華様!」
桜花が晴真の肩から飛び降りた。
とてとてと倒れている桜華のところまで走っていく。
そして
ひょい。
桜華の肩へ乗った。
「え?」
桜華が目を丸くする。
桜花は腕を組み、少し偉そうに胸を張った。
「よく頑張りました」
「……はい?」
「同じ桜花として褒めてあげます」
桜華が数秒黙る。
愛理も晴真も与一も迅も、何とも言えない顔で桜花を見つめた。
そして愛理が吹き出す。
「ぷっ」
桜華も笑った。
「ふふっ。だから私は桜華です。華の字です」
「細かいことはいいんです」
「細かくありません!」
愛理は寝転んだまま笑う。
「結局仲良くなってるじゃん」
桜花が頬を膨らませた。
「違います。偽物にしては頑張ったので褒めてあげただけです」
「まだ偽物って言うんですか!」
再び道場に大きな笑い声が響いた。
やがて愛理と桜華が柔次郎たちに起こしてもらい、道場の端へ移動する。
すると剛快がゆっくり立ち上がった。
「さて」
肩を回す。
ゴキッ。
ゴキッ。
清盛も同じように前へ出る。
「次は俺たちですね」
剛快が笑った。
「久しぶりだな。今日はどうする?」
「いつも通り全力で」
清盛も笑う。
「よし!」
剛快が拳を握った。
ズン。
道場の空気が変わる。
晴真が息を呑んだ。
さっきの戦いとは明らかに違う。
愛理が横から呟く。
「……ねえ清盛兄ちゃん。本当にあの人とやるの?」
清盛は振り返らず答えた。
「やる」
剛快がニッと笑う。
「今度こそ一勝できるといいな!」
清盛も笑った。
「今日こそ勝ちますよ」
晴真たちの視線が再び道場中央へ集まる。
次は将門流の実力者 将門清盛。
対するは角来流剛柔体術 高等部一年 角来剛快。
清盛がいまだ一度も勝ったことのない相手。
その勝負が始まろうとしていた。




