第四十三話 将門流と霊装武具
春花が道場を飛び出してから。
少し時間が経った。
「そういえば」
道満が清盛の腰を見る。
「清盛さん」
「ん?」
「先ほど使っていた旋棍ですが」
「ああ」
「将門流では旋棍以外の武器も使うんですか?」
清盛が少し考える。
「使うぞ」
「棍とか」
「杖とか」
「あと十手とかかな」
「十手?」
晴真が首を傾げる。
「十手って武器なの?」
道満が晴真を見る。
「武器だ」
「十手術だけの流派もあるくらいだぞ」
「裏佐倉じゃ普通に武術として残ってる」
「へぇー」
晴真は少し驚いた。
「表佐倉でも十手が武器だったのは聞いたことあるけど」
「なんか」
少し考える。
「昔の同心が身分証明みたいに持ってた物だと思ってた」
教経が笑う。
「確かにそういう面もあったが」
「実際にはちゃんと武具だよ」
清盛も頷く。
「刀を受けたり」
「絡め取ったり」
「殴ったり」
「関節を取ったり」
晴真が目を丸くする。
「思ったより色々できるんだ」
その時。
道満が何気なく言う。
「公安部でも今でも使われているしな」
晴真が振り返る。
「そうなの?」
「ああ」
「十手の達人もいるらしいぞ」
「お父さんも知ってるかな」
「公安部なら知ってるだろう」
「今度聞いてみよう」
そんな話をしていると――。
ガラガラ。
再び道場の戸が開いた。
「戻りました」
春花の声。
「あ!」
晴真たちが振り返る。
春花の隣には。
一人の男性が立っていた。
商人らしい柔らかな笑顔。
整えられた服装。
そして。
どこか。
妙に商売人らしい雰囲気。
晴真と道満が同時に言った。
「歴博さん!」
男がぱっと笑う。
「これはこれは」
「晴真様」
「道満様」
「お元気そうで何よりです」
「…………」
晴真が首を傾げる。
「様ってなんですか?」
「そうだ」
道満も眉を寄せる。
歴博は両手を広げる。
「お二人のおかげで」
「商売繁盛!」
「ですので敬意を込めまして」
「急に胡散臭くなったな」
道満が即答した。
「そんな!」
歴博が胸を押さえる。
「道満様!」
「私はいつでも誠実な商売人でございます!」
晴真が苦笑する。
「自分で言うと余計に怪しいですよ」
「晴真様まで!」
春花がくすりと笑う。
「田町様」
「まずはご挨拶を」
「ああ、そうでした」
歴博は教経たちへ向き直る。
丁寧に頭を下げた。
「初めまして」
「私」
「陰陽術道具店を営んでおります」
「田町歴博と申します」
そして。
春花を見る。
「春花様とは」
「良いお付き合いをさせていただいております」
春花が訂正する。
「ビジネスパートナーです」
「その通りでございます」
「春花様には随分ご贔屓にしていただいておりまして」
教経も頭を下げる。
「将門教経です」
「こちらは父の重盛」
「息子の清盛」
「娘の愛理です」
「よろしくお願いいたします」
歴博は満面の笑顔。
「こちらこそ!」
そして。
さっそく本題へ入った。
「なんでも」
「こちらの将門流古武術」
「龍姫様が考案され」
「クシナダ様が人間向けに編纂された」
「大変由緒ある武術だとか」
教経が少し戸惑う。
「ええ」
「今日初めて知ったのですが……」
「素晴らしい!」
歴博の目が輝く。
「私どもといたしましても」
「ぜひご支援させていただきたいと思いまして」
「支援?」
教経が晴真を見る。
小声。
「晴真君」
「この人」
「大丈夫なのか?」
「えっと」
晴真も小声になる。
「胡散臭く見えるかもしれませんけど」
「晴真様!?」
「でも」
晴真は続ける。
「麻賀多宗家御用達の陰陽術道具店です」
道満も頷く。
「変なことはしないはずです」
「はず!?」
歴博がまた胸を押さえる。
清盛が吹き出した。
「めちゃくちゃ信用されてるじゃん」
「清盛君まで笑わないでください!」
◇
教経が改めて尋ねる。
「それで」
「ご支援というのは?」
「はい」
歴博はすぐ商売人の顔へ戻った。
「実は現在」
「私どもが製造販売を一手に任せていただいております」
「霊装武具なのですが」
その言葉に。
清盛と愛理が反応する。
「霊装武具?」
「晴真君たちが使ってるやつ?」
「そうです」
歴博が頷く。
「刀」
「槍」
「薙刀」
「弓」
「忍具」
「こちらは非常に好調です」
「ですが……」
少し肩を落とす。
「どうにも」
「体術家の皆様からの評判がよろしくない」
重盛が笑う。
「まあ」
「それは分からんでもないのう」
「体術家というものは」
拳を握る。
「己の鍛えた身体こそ」
「もっとも信頼できる武具」
「そう考える者が多い」
「剣士や槍使いほど」
「武具そのものへこだわらんからの」
「まさにそこなのです!」
歴博が勢いよく頷いた。
「こちらも色々試してはいるのですが」
「刀のように見た瞬間」
『欲しい!』
「となりにくい!」
清盛が笑う。
「まあ」
「拳あるしな」
「ですよねぇ!」
歴博が頭を抱える。
だが。
すぐに笑った。
「そこで」
「まずは実物をご覧ください」
歴博は持ってきた包みを開いた。
中から現れたのは。
二本の霊木製の棒。
一本一本は。
清盛が使っていた旋棍の持ち手ほどの長さ。
だが。
先端には金具のような仕掛けがある。
「これ何?」
愛理が手に取る。
「短い棒?」
「はい」
歴博が答える。
「二本のまま使うこともできます」
「さらに」
二本を繋ぐ。
カチッ。
「こうして一本にすることもできます」
道満が興味深そうに見る。
「依代そのものが変形するのか」
「その通りです」
歴博が笑う。
そして。
晴真と道満を見る。
「晴真様」
「道満様」
「お願いしてもよろしいですか?」
「分かりました」
「構わない」
二人が一本ずつ受け取る。
晴真は二本の短棒。
道満は。
二本を繋いだ一本の棒。
「では」
歴博が手を広げる。
「霊力を」
「はい」
晴真が短棒へ霊力を流す。
「霊装武具――」
淡い光が走る。
「旋棍!」
ブワッ!
持ち手部分から。
横方向へ霊気の棒が形成される。
左右。
二本。
完全な旋棍。
「おお!」
清盛の目が輝く。
「旋棍になった!」
晴真も驚く。
「軽い」
「でもちゃんと硬い」
今度は道満。
一本に繋いだ霊木棒へ霊力を流す。
「霊装武具――」
ブワァッ!
両端へ霊気が伸びていく。
「棍」
一気に。
長大な棍へ変わった。
「すげぇ!」
愛理が声を上げる。
道満は。
出来上がった棍を眺める。
そして。
何か思いついた。
「晴真」
「何?」
道満が少しだけ口元を上げる。
棍の先を。
晴真へ向ける。
さらに霊力を流す。
シュルルルッ!
「え?」
棍が。
伸びた。
そのまま。
晴真の目の前まで。
「わっ!」
晴真が慌てて後ろへ下がる。
道満が笑う。
「伸ばせるな」
「道満君!」
晴真も笑ってしまう。
「如意棒みたい!」
「確かにな」
「なら」
晴真も短棒へ霊力を流す。
形を変える。
旋棍から。
一本の突起を持つ形へ。
「霊装武具――十手!」
キィン!
道満の棍を。
十手の鉤部分で受け止める。
ガッ!
「おお!」
清盛が前へ出る。
「十手までできるのか!」
晴真が笑う。
「できます!」
道満も棍を戻す。
愛理が二本の依代を見る。
「待って」
「これ一つ持ってれば」
「旋棍」
「棍」
「杖」
「十手」
「全部いけるってこと?」
「基本的には」
道満が答える。
「そうなる」
教経も驚く。
「刀にもできるのか?」
「できます」
道満が頷く。
「ただ」
霊木棒を見る。
「依代は」
「形成したい物に近い形状の方が」
「霊装武具を作りやすいです」
晴真も頷く。
「刀なら刀っぽい依代」
「槍なら槍っぽい依代」
「その方が少ない霊力で安定するんです」
「なるほど」
重盛が感心する。
「この短棒なら」
「体術武具と相性が良いというわけか」
「はい!」
歴博が笑う。
「まさにその通り!」
清盛が。
今度は旋棍へ変えた依代を握る。
構える。
「これ」
「かなりいいぞ」
旋棍を回す。
ブンッ!
「普通の旋棍より」
「長さを変えられるのが強い」
「でしょう!」
歴博の顔が輝く。
「そこで」
一歩前へ。
「将門流の皆様には」
「ぜひ実戦で使用していただきたい」
「そして」
「この体術用霊装武具を」
「広めていただきたいのです」
教経が目を細める。
「なるほど」
歴博も続ける。
「私どもは」
「将門流道場の支援を行う」
「道場の道具」
「修練用品」
「霊木」
「必要な品について」
「できる限り協力させていただく」
「その代わり」
「将門流の皆様には」
「体術家向け霊装武具の実用例になっていただく」
春花が微笑む。
「道場を広める」
「霊装武具を広める」
「双方に利点がございます」
重盛が腕を組む。
「悪くない話じゃな」
教経も頷く。
「確かに」
歴博が満面の笑顔になる。
「良い関係を築けると思うのですが」
「いかがでしょう?」
「詳しい条件は」
教経が言う。
「改めて聞かせていただきたい」
「もちろんです!」
歴博は深々と頭を下げた。
「ぜひ!」
◇
その時。
歴博が。
「あ!」
と声を上げた。
「そうでした!」
「まだございます」
「まだ?」
愛理が見る。
歴博が別の包みを開く。
中に入っていたのは。
一組の手袋。
そして。
籠手。
具足。
「こちら」
「晴真様考案の」
「霊装防具です」
愛理の目が輝いた。
「あ!」
「これ!」
「チーム研修の試合で使ってたやつ!」
清盛も。
思い出したように言う。
「火球蹴り返したやつ?」
「あと」
「雷撃掴んで投げ返したやつだろ!」
晴真が苦笑する。
「うん」
「そんな感じ」
「そんな感じじゃないだろ!」
清盛が笑う。
晴真は手袋と籠手を手に取る。
「これは」
「手袋と籠手を一体化させてあって」
実際に装着する。
「霊装防具の術式を解放すると」
霊力を流す。
ふわっ。
手の周囲へ。
薄い結界。
まるで。
透明な膜のように張られる。
「こんな感じ」
愛理が触ろうとする。
「おお」
「ほんとに結界ある」
晴真が笑う。
「これで」
「札術を弾いたり」
「ある程度なら」
「掴んだりもできる」
清盛が興味津々。
「足も?」
「うん」
晴真が具足を見る。
「同じ術式が入ってるから」
「蹴りで術を逸らすこともできる」
清盛が笑う。
「これ」
「将門流とも相性よくない?」
愛理も頷く。
「絶対いい!」
「霊撃砲撃ったあと」
「そのまま殴り合えるじゃん!」
道満が冷静に言う。
「愛理」
「発想がだいぶ物騒だぞ」
「武術なんだからいいでしょ!」
「まあ」
清盛が笑う。
「間違ってはいない」
歴博は。
その光景を見ながら。
満足そうに頷いていた。
「そうなのです」
「体術家の皆様に」
「ぜひこの価値を知っていただきたい」
「拳」
「蹴り」
「旋棍」
「棍」
「十手」
「そこへ霊装武具と霊装防具を組み合わせる」
目が。
完全に商売人。
「これは」
「いけます!」
晴真が小声で道満へ言う。
「歴博さん」
「楽しそうだね」
「ああ」
道満も小声。
「完全に商売の顔だ」
「聞こえておりますよ!」
「すみません」
◇
その後。
道場の端。
大人たちは。
すでに本格的な商談へ入っていた。
教経。
重盛。
春花。
歴博。
そして愛美。
「道場名を前面に出しすぎると」
「かえって胡散臭くなりませんか?」
「そこは由来をきちんと――」
「クシナダ様の一筆もいただければ」
「信用度が一気に――」
「広告だけではなく体験会も……」
「子供向けの初心者教室もいいですね」
完全に。
商談。
一方。
道場中央では。
晴真と道満。
清盛と愛理が。
霊木棒を囲んでいた。
「じゃあ」
晴真が説明する。
「まず依代を持って」
「自分が作りたい形を頭の中で思い浮かべる」
清盛が短棒を握る。
「旋棍だな」
「そう」
「その形に沿わせるように霊力を流す」
「分かった」
清盛が集中する。
霊力が。
依代へ。
ブワッ!
だが。
形成された霊気は。
ぐにゃ。
「…………」
妙に曲がった。
愛理が吹き出す。
「なにそれ!」
「うるせぇ!」
「曲がってるじゃん!」
「初めてなんだから仕方ねぇだろ!」
晴真も笑う。
「最初は難しいですよ」
「晴真君に言われると腹立つ!」
「なんで!?」
道満が淡々と言う。
「晴真は初めてでも大抵できるから参考にするな」
「道満君!?」
「それは確かに」
愛理が頷く。
「愛理ちゃんまで!」
清盛が笑う。
「じゃあ道満」
「教えてくれ」
「いいですよ」
道満が横へ立つ。
「霊力を先端から出すんじゃない」
「依代全体を一つの術式として捉えて」
「そこから形を作る」
「こう?」
「そう」
ブワッ!
今度は。
少し綺麗な旋棍が形成される。
「おお!」
「できた!」
清盛が嬉しそうに振り回す。
「いいじゃんこれ!」
「私も!」
愛理も短棒を持つ。
「十手にしてみようかな」
晴真が教える。
「横の鉤の部分を先に意識すると作りやすいよ」
「分かった!」
愛理も霊力を流す。
ブワッ。
「できた!」
「おお!」
「やった!」
二人が。
子供のように喜ぶ。
晴真も笑う。
道満も少し口元を緩めた。
放課後。
将門流古武術道場。
片方では。
春花と歴博を中心に。
将門流の未来について。
熱い商談。
もう片方では。
晴真と道満が。
清盛と愛理へ。
新しい霊装武具を教えている。
龍姫が生み。
クシナダが人へ伝えた武術。
そして。
現代の裏佐倉で生まれた。
霊装武具。
古いものと。
新しいもの。
その二つが。
この小さな町道場で。
少しずつ。
新しい形へ繋がり始めていた。




