↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/49

第四十一話 正臣の失敗


 桜がけに向けた授業が始まってから。


一年一組では。


札術。


結界術。


封印術。


式神術。


武術。


霊馬術。


毎日のように様々な課題が与えられていた。


正臣が用意する資料も。


以前よりずっと細かい。


得意な術の伸ばし方。


苦手な術への対処。


仲間を守るための位置取り。


五人一組で動く際の基本。


一人一人が。


自分に何ができるのか。


それを考えられるように作られていた。


そんな日の授業。


正臣は黒板へ大きく文字を書いた。


――桜がけ。


「今日は」


「桜がけについて、もう少し詳しく話しておこう」


一年一組の視線が集まる。


道満が手を上げた。


「先生」


「はい」


「一年生の競技は五人一組の襷リレーでしたね」


「ああ」


正臣は頷く。


「二十五人を五人ずつに分けて五組作る」


「一人がリーダーとして襷を持ち」


「残る四人が守る」


黒板へ簡単な図を描く。


中央に一人。


その周囲に四人。


「妖」


「罠」


「障害物」


「そして他のクラスから襷を守りながら」


「次の組まで運ぶ」


刀也が腕を組む。


「第一組から第五組まで襷を繋いで」


「最後まで持っていけばいいんですよね」


「そうだ」


正臣は机の上に置いた桜色の襷を手に取った。


「昔」


「戦の最中に重要な密書を本陣へ届けるため」


「五人一組で運んだことが桜がけの由来になっている」


一人が密書を持ち。


四人が守る。


途中で次の五人へ渡し。


また次へ繋ぐ。


誰か一人が最後まで走り切るのではない。


多くの人間の手を渡りながら。


大切なものを目的地へ届ける。


それが桜がけだった。


晴真が襷を見る。


「だから」


「一人だけ速くても駄目なんですね」


「ああ」


「一人だけ強くても駄目だ」


正臣は答える。


「五人全員が役割を果たして」


「さらに次の五人へ繋ぐ」


「二十五人全員で勝つ競技だ」


その言葉に。


一年一組の生徒たちは静かに頷いた。


チーム研修を経験した彼らには。


その意味がよく分かる。


だが。


凛は。


正臣の表情を見ていた。


いつもより。


少しだけ真剣だった。


単に競技の説明をしているだけではない。


そんな気がした。


「先生」


「何んだ 凛?」


凛が尋ねる。


「先生は」


「桜がけをとても大切にされているんですね」


「…………」


正臣が少しだけ目を細めた。


教室が静かになる。


やがて。


正臣は手にしていた襷を見る。


「まあ」


「そうだな」


そして。


少し考えたあと。


「せっかくだ」


「一つ話しておこうか」


「?」


晴真たちが正臣を見る。


「俺が一年生だった時の桜がけだ」


「先生の?」


晴真が興味を示す。


「ああ」


正臣は教卓へ寄りかかる。


「俺は」


「五人組のリーダーだった」


道満が少し驚く。


「先生が襷を持ったのですか?」


「そうだ」


当時の正臣は。


今とは違った。


自分の力に。


強い自信を持っていた。


札術にも。


武術にも。


霊力にも。


同学年の中では。


かなり自信があった。


だからこそ。


思ってしまった。


自分が襷を持てば。


誰にも負けない。


四人に守ってもらう必要などない。


自分一人で。


次の組まで届けられる。


「今考えれば」


正臣が苦笑する。


「どうしようもない勘違いだった」


道満が問いかける。


「単独で先行したのですか?」


「ああ」


正臣は頷く。


「四人を置いて」


「一人で進んだ」


最初は。


上手くいった。


罠を避け。


妖を倒し。


他のクラスの妨害も突破した。


「できてしまったんだ」


正臣が言う。


「だから」


「余計に自分は正しいと思った」


晴真は黙って聞いていた。


その先に。


強い妖が待っていた。


正臣は。


当然のように一人で戦った。


自分なら勝てる。


そう思っていた。


しかし。


妖は想像以上に強かった。


戦いは長引き。


正臣は完全に足を止められた。


そこへ。


置いてきたはずの仲間たちが追いついた。


「俺を助けるために」


正臣の声が少しだけ低くなる。


「四人が来てくれた」


「…………」


「そのうち一人が」


「俺を庇った」


正臣の脳裏に。


今でも残っている光景。


自分へ向かってきた妖の攻撃。


そこへ割って入った仲間。


倒れる姿。


「怪我をしたんですか?」


小夜が小さく尋ねる。


「ああ」


「命に関わるほどじゃなかった」


「でも骨を折った」


「そのまましばらく入院した」


教室が静まり返る。


「そして」


正臣は襷を見る。


「その混乱で」


「襷も奪われた」


刀也が唇を噛む。


「それで」


「負けたんですか?」


「ああ」


正臣は頷く。


「俺たちの組が大きく遅れた」


「次の組に襷を渡すまでに」


「かなり時間を失った」


結果。


正臣たちのクラスは敗れた。


だが。


正臣にとって。


負けたこと以上に苦しかったものがあった。


担架で運ばれていく仲間。


心配そうに囲むクラスメイトたち。


そして。


自分の手からなくなった襷。


「俺は」


「自分が強ければ勝てると思ってた」


誰よりも速く。


誰よりも強く。


自分一人で道を切り開けばいい。


そう信じていた。


「でも違った」


正臣は黒板を見る。


そこには。


一人のリーダー。


その周囲に。


四人の仲間。


「桜がけでは」


「襷を持ってる奴が一番偉いんじゃない」


「一番強い奴でもない」


「仲間に守られて」


「初めて次へ繋げられる」


凛が静かに聞いている。


「一人が倒れれば」


「残った四人が助ける」


「一人ではできないことを」


「別の誰かが補う」


「得意なことが違うからこそ」


「五人で組む意味がある」


正臣は二十五人を見渡した。


「そして」


「その五人だけで終わりじゃない」


「次の五人へ繋ぐ」


「また次へ繋ぐ」


「最後の五人まで」


「二十五人全員で」


「一つの襷を運ぶ」


正臣は。


静かに言った。


「それが」


「桜がけなんだ」


誰も。


口を挟まなかった。


普段。


晴真や道満。


凛。


刀也。


迅。


与一。


そういった目立つ生徒たちが。


どうしても注目される。


だが。


桜がけでは違う。


二十五人。


全員が走る。


全員が襷に触れる。


全員が。


次の仲間へ繋ぐ役目を持つ。


「先生」


凛が口を開いた。


「だから」


「最近の授業では」


「色々な科目を組み合わせているんですね」


正臣が凛を見る。


「どういう意味だ?」


「晴真君たちのように」


「得意なものをさらに伸ばすだけではなく」


凛は教室を見渡した。


「クラス全員が」


「誰かを守れるように」


「誰かを助けられるように」


「色々なことを教えてくださっているんですよね」


「…………」


正臣は少し驚いたような顔をした。


そして。


小さく笑う。


「よく見てるな」


「はい」


正臣が用意してきた資料。


札術。


結界術。


封印術。


式神術。


武術。


霊馬術。


どれも。


天才をさらに強くするためだけのものではない。


札術が苦手でも。


仲間を援護できる一枚を。


結界術が苦手でも。


一撃だけ防げる結界を。


武術が得意でなくても。


仲間を守る位置取りを。


誰にでも。


何か一つ。


役に立てるものを身につけさせる。


そのための授業だった。


「俺は」


正臣が言う。


「お前たちに」


「自分なんか役に立たないと思ってほしくない」


普段。


中心になることの少ない生徒たちも顔を上げる。


臼井千尋。


弥富ひなた。


高崎秀。


寺崎学。


先崎誠。


そして。


他のクラスメイトたち。


正臣は。


その全員を見る。


「二十五人全員に」


「必ず役割がある」


「晴真だけじゃない」


「道満だけでもない」


「凛だけでも」


「刀也だけでもない」


晴真たちも。


黙って聞く。


「強い奴が」


「全部やればいいわけじゃない」


正臣は。


晴真を見る。


「なぁ晴真」


「はい」


「お前一人で」


「二十五人分走れるか?」


晴真は少し考えて。


首を横へ振る。


「無理です」


「道満」


「はい」


「一人で全部の罠を見抜いて」


「妖を倒して」


「他のクラスを止めて」


「襷を運べるか?」


「不可能です」


「凛」


「はい」


「一人で指揮して」


「自分で全部実行できるか?」


凛も首を横へ振った。


「できません」


「そういうことだ」


正臣は笑う。


「誰にだって」


「できないことがある」


「だから」


「仲間がいる」


晴真は。


チーム研修を思い出していた。


自分一人では。


絶対に勝てなかった。


刀也


豪太


与一



そして。


ほかの仲間たち。


十五人で戦ったから。


三人の当主にも勝てた。


影也との戦いも。


一人では終わらせられなかった。


そして今。


その輪は


十五人だけではない


二十五人


一年一組全員へ広がっている。


「俺は昔」


正臣が襷を握る。


「自分だけで何とかしようとして」


「仲間を傷つけた」


「だから」


少し間を置く。


「お前たちには」


「同じ後悔をしてほしくない」


「一人で背負うな」


「強い奴だけに任せるな」


「困ったら頼れ」


「頼られたら助けろ」


二十五人を見渡す


「そして」


「自分にできることを」


「一つでも増やせ」


その言葉に。


刀也が笑った。


「じゃあ先生」


「何だ?」


「今年は」


「先生が届けられなかった襷」


「俺たちが最後まで届ければいいんですね」


「…………」


正臣が少し目を見開く。


豪太も笑う。


「いいじゃん!」


迅も。


「二十五人で繋げばいいんだろ?」


美鈴も頷く。


「先生の分まで」


「今度はちゃんと最後まで」


隼人が言う。


「いや」


「先生の分というのは少し違うだろう」


「細かいな、お頭」


「誰がお頭だ」


教室に笑いが起きる。


そして。


晴真が正臣を見る。


「先生」


「何だ?」


「僕たち」


「二十五人みんなで襷を届けます」


凛も笑う。


「誰か一人ではなく」


「一年一組全員で」


道満も頷いた。


「そのために」


「五組全てを強くすればいい」


刀也が笑う。


「よっしゃ!」


「なんか燃えてきた!」


「俺も!」


豪太が拳を上げる。


迅も笑う。


「まあ」


「やるからには勝とうぜ」


「当然だ」


隼人も頷く。


小夜


紅葉


美鈴


綾女



桔梗


太一


与一


そして


残る十人も


次々と頷いていく。


正臣は


そんな二十五人を見る



自分が落とした襷


届かなかった襷


守れなかった仲間


その記憶は


今でも消えていない。


けれど


だからこそ



教師として


伝えられることがある。


「……そうだな」


正臣は微笑んだ。


そして。


桜色の襷を持ち上げる。


「今年は」


「二十五人全員で」


「最後まで繋いでみろ」


「はい!」


教室いっぱいに。


二十五人の声が響いた。


桜がけ。


それは。


速さを競うだけの競技ではない。


強さを競うだけでもない。


仲間を守り。


仲間に託し。


誰かから受け取ったものを。


次の誰かへ繋いでいく。


かつて。


一年生だった正臣が。


最後まで届けることのできなかった襷。


今年。


その襷を握るのは。


一年一組。


二十五人。


正臣は。


目の前にいる生徒たちを見ながら。


静かに思った。


今度こそ。


誰一人欠けることなく。


最後まで――。


襷を繋いでほしい。


それが。


正臣が桜がけを大切にする。


何よりの理由だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。