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第三十九話 小桜と桜花

記念写真を撮り終えた頃には、ちょうど昼時になっていた。


「腹減ったぁ!」


真っ先に声を上げたのは豪太。


迅が呆れる。


「お前さっきからそれしか言ってねぇな」


「腹が減るもんは仕方ないだろ!」


「じゃあ昼飯にするか」


正臣の一言で、一年一組二十五人と教師たちは霊花畑近くの広場へ移動した。


摩季から渡された弁当を広げる。


おにぎり、卵焼き、焼き魚、唐揚げ、煮物、漬物。


「いただきます!」


「うまっ!」


「この卵焼き美味しい!」


皆が楽しそうに食べる中、刀也が気づいた。


「なぁ豪太」


「ん?」


「お前の弁当、でかくね?」


見ると豪太の弁当だけ、普通の二倍どころか三倍近い。


巨大な重箱には大量のおにぎりと唐揚げ、焼き魚、卵焼き、そして肉。


「摩季さん……俺のこと分かってくれてる……」


凛が笑う。


「摩季さんの配慮ですね」


「摩季さぁぁぁん! 大好きだぁぁぁ!」


皆が大笑いする。


迅が言った。


「完全に餌付けされてるな」


「違う! これは愛だ!」


「食い物のな!」


再び笑い声が広がった。



皆でのんびり弁当を食べていると。


「随分楽しそうじゃのう」


不意に声がした。


晴真が振り返る。


そこには旅人のような姿をした一人の男性。


だが立っているだけで周囲の霊気が静まるような、圧倒的な存在感。


晴真はすぐに気づいた。


「あ! 香取様!」


「おお晴真、元気そうじゃな」


「はい!」


周囲が固まる。


「香取……様?」


やがて誰かが気づいた。


「まさか……印旛大龍王様!?」


「えぇぇぇぇ!?」


一年一組二十五人が一斉に立ち上がる。


正臣、玄、紫苑、沙羅も深々と頭を下げた。


「良い良い。今日はお忍びじゃ」


それでも皆が緊張する中。


春花だけはじっと香取を見る。


「また暇つぶしにふらふらしていらっしゃるのですか?」


一年一組が固まった。


刀也が小声で言う。


「春花さん、大龍王様にもそれ言うの?」


迅も。


「怖いもんないのかよ……」


香取は苦笑する。


「相変わらず厳しいのう春花は」


「大龍王様にはお役目がございますでしょう」


「今日は休みじゃ」


晴真が首を傾げる。


「神様にも休日があるんですか?」


「あることにしておる」


「勝手に作らないでください」


皆が笑いを堪えた。



香取は晴真を見る。


「ところで晴真、最近小桜はどうじゃ?」


「あ……最近あまり出てこないんです。呼べば返事はしてくれるんですけど」


晴真の肩にいた桜花も頷く。


「私も最近、小桜とあまりお話しできていないんです」


「やはりのう」


香取が春花を見る。


春花も何かに気づいた。


「もしかして、そろそろなのですか?」


「うむ」


「何がですか?」


香取は晴真へ手を出す。


「小桜の式神札を貸してくれ。少し手伝ってやろう」


晴真が札を渡す。


香取が古い術式を唱えると、札が白と桜色の光に包まれた。


「小桜、出てくるのじゃ」


カッ――!


光が収まる。


そこに小さな白蛇はいなかった。


代わりに立っていたのは、白い着物に淡い桜色の帯を締めた幼い少女。


白銀の髪は毛先だけ薄い桜色。


瞳には蛇を思わせる神秘的な輝き。


少女は晴真を見るなり笑った。


「晴真ぁー!」


駆け寄り、そのまま抱きつく。


「もしかして……小桜?」


「うん!」


「えぇぇぇぇぇ!?」


一年一組の声が響いた。


刀也が叫ぶ。


「小桜って女の子だったの!?」


「そこかよ!」


迅が突っ込む。


だが。


晴真の肩の上では、桜花が別の意味で固まっていた。


「…………ずるい」


「桜花?」


突然叫ぶ。


「ずるいです!」


小桜を指差す。


「なんであなた、私より大きくなってるんですか!」


「え?」


迅が吹き出す。


「そこ!?」


桜花は本気だった。


「わたしの方が先に人型になったのに、なんで小桜の方が大きいんですか!」


小桜は自分と桜花を見比べる。


「ほんとだ」


「ほんとだじゃありません!」


「私だって晴真様と手を繋いで歩きたいです!」


晴真が人差し指を差し出す。


「今でも指なら繋げるよ」


「そういう意味じゃありません!」


皆が大笑い。


小桜も笑って桜花を抱き上げる。


「桜花、軽い!」


「降ろしてくださぁぁぁい!」


だが少しすると。


桜花は小桜を見て言った。


「……まあ、元気なら良かったです」


「うん!」


最近なかなか姿を見せなかった小桜を、桜花もずっと心配していたのだ。



やがて小桜は香取を見つける。


「お爺ちゃん!」


「おお小桜!」


香取へ抱きつく。


先ほどまでの神々しい姿が嘘のように、完全に孫を可愛がるお爺ちゃんの顔になった。


美鈴が驚く。


「大龍王様のお孫さんなんですか?」


春花が説明する。


「正式には少し違います。小桜は龍姫様の心の欠片と、夜叉丸様の心の欠片。その二つを依代として召喚された式神です」


道満が目を見開く。


「二人の心の欠片……」


春花は微笑んだ。


「まあ簡単に申し上げれば、龍姫様と夜叉丸様のお子様のようなものですね」


「えぇぇぇぇ!?」


晴真が驚く。


「ちょっと待って春花さん! 説明雑すぎない!?」


「分かりやすいでしょう?」


「分かりやすいけど!」


香取は笑う。


「まあ、わしにとって孫のような存在なのは間違いではない」


「だからお爺ちゃん!」


「そうじゃそうじゃ」


完全にお爺ちゃんだった。



しばらくして香取が晴真へ言った。


「少しの間、小桜をわしに預からせてもらえぬか?」


「小桜を?」


「うむ。ようやく人型を維持できる段階まで成長した」


春花も続ける。


「これからは言葉や作法、人としての身体の使い方、そして龍姫様と夜叉丸様から受け継いだ力について学ぶ必要があります」


晴真が小桜を見る。


「香取様のところ行きたい?」


「うん! お爺ちゃんと一緒にいたい!」


そして笑う。


「いっぱい勉強して、もっと晴真の役に立てるようになる!」


晴真は優しく笑った。


「分かりました。香取様、小桜をお願いします」


「おお! ありがとう晴真!」


その横で桜花が静かになっていた。


小桜が気づく。


「桜花?」


「……行っちゃうんですか?」


「うん」


さっきまで大きさを悔しがっていた桜花も、本当に別れるとなると寂しい。


小桜がしゃがみ両手を出す。


「おいで」


桜花はその手の中へ飛び降りた。


「小桜、ちゃんと帰ってきてくださいね」


「うん」


「絶対ですよ」


「うん!」


「私よりもっと大きくなって帰ってきたら怒りますからね!」


晴真が笑う。


「そこまだ気にしてるの?」


「気にします!」


小桜も笑った。


「じゃあ桜花も大きくなればいいよ」


「なれたら苦労しません!」


そして小桜は、今度はふざけず桜花を優しく抱きしめた。


「桜花、晴真のことお願いね」


桜花も表情を引き締める。


「もちろんです。小桜が帰ってくるまで私がちゃんと守ります」


「ありがとう」


「だから小桜も、いっぱい勉強して元気で帰ってきてください」


「うん! 帰ってきたらいっぱい遊ぼうね!」


「はい!」


二人はもう一度抱き合った。


凛が微笑む。


「仲良しですね」


桜花が胸を張る。


「仲良しです!」


少し間を置き。


「でも大きさは納得してません!」


「まだ言うんだ……」


晴真が苦笑した。



小桜は晴真にも抱きつく。


「行ってくるね!」


「いっぱい勉強しておいで。でも無理しなくていいからね」


「はーい!」


そこで春花が香取を見る。


「本当は孫同然の小桜様と遊びたいだけでは?」


「違うぞ! これは教育じゃ!」


「甘いものを大量に買い与えたり、一日中抱っこしたりなさいませんよね?」


「…………」


香取が目を逸らす。


晴真が吹き出した。


「だって香取様、すごく嬉しそうだから」


「当然じゃ! 孫がこんなに可愛いのじゃぞ!」


小桜が笑う。


「お爺ちゃん、いっぱい遊ぼうね!」


「うむ! いっぱい遊ぼう!」


春花が即座に言う。


「認めたじゃないですか」


皆が大笑いした。



やがて本当に別れの時が来る。


小桜は晴真の前へ立った。


「晴真、行ってくるね」


「うん」


だが小桜はすぐ気づく。


「なんか寂しそう」


晴真は少し笑った。


「分かっちゃった?」


「分かるよ。小桜は晴真の式神だもん」


晴真はしゃがんで目線を合わせる。


小さな白蛇の姿で、いつもそばにいてくれた小桜。


呼べば来てくれて。


呼ばなくても勝手に出てきて。


いつの間にか、そばにいることが当たり前になっていた。


だから。


ほんの少しの間でも寂しい。


小桜は晴真の頬を両手で挟む。


「すぐ帰ってくるよ。もっと強くなって、もっと晴真のお手伝いできるようになって帰ってくる」


「小桜は今でもいっぱい助けてくれてるよ」


「でももっと!」


晴真は頭を撫でた。


人の姿になっても感じる霊気は、いつもの小桜だった。


「じゃあ待ってる」


「うん!」


「甘いもの食べすぎないようにね」


小桜と香取が同時に目を逸らす。


春花の眼鏡が光った。


「お二人とも、返事は?」


「はい!」


「う、うむ……」


皆が笑った。


そのあと小桜は晴真へ抱きつく。


「小桜のこと忘れないでね」


「忘れるわけないよ。僕の大事な式神だから」


「式神だけ?」


晴真は少し考え。


柔らかく笑う。


「家族みたいなものかな」


小桜の顔が輝いた。


「うん! 小桜も晴真は家族!」


肩の上の桜花も身を乗り出す。


「もちろん私も家族ですよね!」


「もちろん」


「やった!」


小桜が笑う。


「じゃあ私たち姉妹みたいだね!」


桜花が固まった。


「ちなみに、どちらが姉ですか?」


「小桜?」


「なんでですかぁぁぁ!」


皆が笑う。


「大きいから!」


「大きさで決めないでください!」


結局。


桜花が姉。


小桜が妹ということにして。


二人は最後までいつもの調子で笑った。



「行ってらっしゃい小桜」


「行ってきます晴真!」


「桜花もまたね!」


「はい! 絶対帰ってきてくださいね!」


「うん!」


小桜は香取の手を握る。


香取は晴真へ頷いた。


「心配するな。この子は必ず今より大きく成長して返そう」


桜花が反応する。


「今より大きく!?」


「そういう意味じゃないと思うよ」


晴真が苦笑する。


香取も笑った。


「心も力もじゃ」


「それなら良いです」


二人が歩き出す。


だが。


小桜は何度も振り返った。


「晴真ー! ちゃんとご飯食べてねー!」


「食べるよ!」


「桜花ー! 晴真のことお願いねー!」


「任せてくださーい!」


さらに歩いて。


「晴真ー! 無茶しちゃダメだよー!」


「小桜に言われたくないよ!」


笑いが起きる。


香取が苦笑する。


「これではいつまで経っても帰れんぞ」


小桜は少し寂しそうに晴真と桜花を見る。


桜花も声を張った。


「小桜ー! ちゃんと帰ってきてくださいねー!」


「うん!」


晴真も大きく手を振る。


「僕はここにいるから! いっぱい勉強しておいで!」


「うん! 行ってきます!」


やがて香取と小桜の姿が霊花の向こうへ消えていく。


白銀の髪が最後に一度だけ風に揺れ。


見えなくなった。


「…………」


晴真はしばらくその方向を見ていた。


懐には小桜の式神札がない。


いつもより少し静かに感じる。


肩の上で桜花も呟く。


「……行っちゃいましたね」


「うん」


「寂しいです」


「僕も」


それでも桜花は小さく笑った。


「でも小桜、嬉しそうでした」


「うん」


「だから我慢します」


晴真も笑う。


「一緒に待ってよう」


「はい!」


桜花が拳を握る。


「小桜が帰ってきた時、びっくりするくらい私も成長してみせます!」


「いいね」


「そして絶対、小桜より大きくなります!」


「そこに戻るんだ」


「重要です!」


道満が晴真の背中を軽く叩く。


「すぐ戻ってくるさ」


凛も笑う。


「帰ってきた時が楽しみですね」


小夜も。


「黒桜寮にも来てほしいですね」


「うん!」


桜花も胸を張る。


「その時は私が黒桜寮を案内します!」


迅が笑う。


「小桜の方がでかいけどな」


「迅様!」


「逃げろ!」


また一年一組に笑い声が戻る。


晴真はもう一度、小桜が消えた方を見る。


寂しくないと言えば嘘になる。


それでも。


次に会う時。


小桜が何を覚え。


どんなふうに成長しているのか。


それを思えば少しだけ胸が弾んだ。


「頑張ってね、小桜」


晴真の小さな呟きを乗せ。


霊花畑を優しい風が吹き抜けていった。

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