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第三十八話 霊花の道


 霊花畑へ入った一年一組。


田守の自信作だという花畑は、近くで見るとさらに綺麗だった。


風が吹くたび。


色とりどりの霊花が揺れ。


淡い光の粒が空へ舞い上がる。


「綺麗……」


小夜が思わず声を漏らす。


紅葉も辺りを見渡す。


「本当に素敵な場所ですわね」


美鈴はすでに大興奮だった。


「ねえねえ!」


「せっかくだから霊花の道歩こうよ!」


霊花畑の中央には。


二人で並んで歩けるほどの細い道が伸びていた。


四百年前。


龍姫と夜叉丸が何度も歩いたと伝えられる道。


そして今では。


恋人たちが二人で歩くことで有名な場所でもある。


田守が楽しそうに説明する。


「この道を二人で最後まで歩いて霊風殿の前で願いを込めると、二人の縁が長く続くなんて言われてる」


「え!」


女子たちの目が一斉に輝く。


「本当ですか!」


「まあ言い伝えだけどな」


「十分です!」


美鈴が即答した。


その瞬間。


男子たちが一歩下がる。


迅が嫌な予感を覚える。


「おい」


「なんでこっち見るんだよ」


「迅君」


美鈴が笑顔で手招きする。


「一緒に行こう」


「俺?」


「他に誰がいるの?」


「いやいるだろいっぱい!」


しかし。


美鈴はもう迅の腕を掴んでいる。


「ほら行くよ!」


「ちょっ!」


そのまま霊花の道へ連れていかれる。


刀也が笑う。


「捕まった」


隼人も腕を組む。


「油断したな」


すると。


「隼人」


「ん?」


隣に綾女。


「わたしたちも行きましょう」


「…………」


隼人が固まる。


迅が遠くから叫ぶ。


「お頭ぁ!」


「お前もこっち来い!」


「誰がお頭だ!」


そう言いながら。


隼人も綾女と並んで歩き始めた。


茜と桔梗が笑う。


「お頭も大変だね」


「だから誰がお頭だ!」



一方。


小夜は。


ちらちらと晴真を見ていた。


「…………」


晴真は霊花を眺めながら月桜へ話しかけている。


「月桜見て」


「この花すごく光ってるよ」


ヒヒン。


「綺麗だね」


完全に霊花と霊馬に夢中。


小夜は少し困ったように笑う。


美鈴が。


迅を連れていく途中で小夜を見る。


そして。


にやり。


「小夜ちゃん」


「はい?」


「今だよ」


「え?」


美鈴は晴真を指差す。


「ほら」


「…………!」


小夜の顔が赤くなる。


「別に私は……」


「行かないの?」


「…………」


晴真を見る。


霊花の道を見る。


また晴真を見る。


そして意を決したように近づいた。


「晴真君」


「ん?」


晴真が振り返る。


「どうしたの?」


「あの……」


小夜は少し俯く。


「一緒に霊花の道を歩きませんか?」


「いいよ」


「え」


あまりにも普通に返事され。


小夜の方が驚いた。


「いいんですか?」


「うん」


晴真は笑う。


「せっかくだし行こう」


「はい!」


小夜の顔がぱっと明るくなる。


二人は並んで霊花の道へ入っていった。


後ろでは。


凛。


紅葉。


美鈴。


女子たちが小さく笑っている。


「良かったですね小夜さん」


凛が微笑む。


紅葉も頷く。


「ええ」



紅葉は。


そのまま隣を見る。


そこには道満。


いつものように。


霊花の霊気について真剣に考えている。


「なるほど」


「花そのものが霊気を蓄えているのか」


「道満様」


「ん?」


「…………」


紅葉が一瞬迷う。


だが。


すぐに微笑んだ。


「わたくしとも歩いていただけますか?」


「霊花の道を?」


「はい」


道満は何も疑わず頷く。


「構わない」


「ありがとうございます」


紅葉の顔が嬉しそうに緩む。


そして二人も歩き始めた。


刀也がその姿を見る。


「道満」


「全然気づいてねぇな」


迅が遠くから叫ぶ。


「晴真もだ!」


「聞こえてるよ!」


晴真が振り返る。


「何が?」


「そこだよ!」


皆が笑う。



少し離れた場所では。


太一が大きな霊花を眺めていた。


「この花すごいな」


「霊力流したらもっと大きくなるのかな」


「やめといた方がいいよ」


声を掛けたのは馬渡紗月。


「刀也君たちみたいになるよ」


「それもそうか」


太一が笑う。


紗月も笑う。


そして。


少しだけ霊花の道を見る。


「ねえ太一」


「ん?」


「私たちも行かない?」


「いいよ」


「本当?」


「ああ」


太一はいつもの調子で歩き出す。


紗月もすぐ横へ並んだ。


いつの間にか。


小夜と晴真。


紅葉と道満。


美鈴と迅。


綾女と隼人。


紗月と太一。


自然と。


そんな組み合わせが出来上がっていた。



その様子を。


刀也は少し離れた場所から見ていた。


そして。


隣にいる凛を見る。


「なぁ凛」


「何ですか?」


刀也は晴真と小夜を見る。


「いいのか?」


「何がです?」


「晴真」


凛が瞬きをする。


「晴真君?」


「小夜と二人で歩いてるけど」


「…………」


凛も二人を見る。


小夜は嬉しそう。


晴真はいつも通り。


霊花について何か話している。


凛は少し考えた。


そして。


苦笑する。


「うーん」


「なんか」


「そういうのよく分からないんですよね」


「そうなのか?」


「はい」


凛は霊花畑を見渡す。


晴真。


道満。


小夜。


紅葉。


美鈴。


迅。


みんな楽しそうに笑っている。


「今は」


凛が微笑む。


「みんなでこうしてワイワイしている方が楽しいです」


刀也が笑う。


「分かる」


凛が刀也を見る。


「刀也君は?」


「俺?」


「好きな子とか」


刀也が少し考える。


「うーん」


頭を掻く。


「俺もよく分からん」


「そうですか」


「ああ」


刀也は皆を見る。


「今は剣やって槍やって」


「みんなで騒いで」


「たまに怒られて」


「その方が楽しい」


凛が笑った。


「私と同じですね」


「だな」


二人は顔を見合わせて笑う。


「今はそれでいいや」


「はい」


そのまま。


二人も皆の後を追って歩き始めた。



しかし。


その頃。


最大の被害者が一人いた。


「与一君!」


「次私と!」


「え?」


「その次私!」


「待って!」


「こっちの道も歩こうよ!」


「さっき歩いたよね!?」


鏑木与一。


容姿端麗。


長い髪を一本にまとめ。


一年一組男子の中でも特に女子人気が高い。


その結果――。


「与一君お願いします!」


「一回だけ!」


「もう一回だけ!」


「俺休憩したいんだけど!」


一人。


また一人。


女子に連れられ。


霊花の道を何度も往復していた。


一回。


二回。


三回。


四回。


「…………」


与一の顔から。


少しずつ生気が消えていく。


迅が大笑いする。


「モテる男は大変だな!」


「笑うな!」


与一が叫ぶ。


「俺何回この道歩くんだよ!」


刀也も腹を抱える。


「いいじゃん」


「縁がいっぱいできて!」


「いらないよ!」


すると。


別の女子がやってくる。


「与一君」


「次いい?」


「まだあるの!?」


与一は天を仰いだ。


「せっかく今日は……」


皆が見る。


与一は。


心の底から嘆く。


「弓月も桜華もいないのにぃぃぃ!」


「そこなのかよ!」


迅が爆笑する。


「二人がいたらもっと大変だったぞ!」


「だから今日は平和だと思ってたんだよ!」


その瞬間。


与一の周りにいる女子たちが笑う。


「じゃあ次行こう」


「待って!」


「休ませて!」


「はいはい」


「なんで誰も助けてくれないんだよ!」


霊花畑に。


与一の悲鳴が響いた。


その様子を見ながら。


晴真は首を傾げる。


「与一君」


「人気者だね」


小夜がくすりと笑う。


「そうですね」


そして。


晴真の隣を歩きながら。


小夜は。


ほんの少しだけ。


嬉しそうに霊花を見つめていた。


四百年前。


龍姫と夜叉丸が歩いたという霊花の道。


その日そこには。


恋人同士ではない。


まだ自分の気持ちすらよく分かっていない。


一年生たちの。


賑やかな笑い声が。


いつまでも響いていた。



それからしばらくして。


「おーい! 一年一組!」


正臣の大きな声が霊花畑へ響いた。


「そろそろ一回集まれー!」


あちこちに散らばっていた生徒たちが声に気づく。


「あ、正臣先生が呼んでる」


晴真が振り返る。


「戻りましょうか」


小夜が頷く。


少し離れた道では。


「道満様、呼ばれていますよ」


「ああ」


道満と紅葉。


「迅君、行くよ」


「ちょっと待て美鈴、引っ張るなって!」


迅と美鈴。


「隼人、戻ろう」


「ああ」


隼人と綾女。


「太一、みんな集まるみたい」


「じゃあ行くか」


太一と紗月。


そして――。


「た、助かった……」


霊花の道を何往復もさせられていた与一が膝へ手をつく。


「正臣先生が神様に見える……」


刀也が大笑いする。


「そこまでかよ!」


「お前も五周くらい歩いてみろ!」


「絶対嫌だ!」


「だろ!」


そんな騒ぎを聞きながら凛も笑う。


「皆さん行きましょう」


「はーい!」


霊風殿の前へ。


一人。


また一人と集まってくる。


桜晴真。


麻賀多凛。


立身刀也。


角来豪太。


鏑木与一。


勝田美鈴。


麻賀多紅葉。


木之子小夜。


麻賀多道満。


大篠塚太一。


小竹隼人。


麻倉迅。


小竹綾女。


七曲茜。


七曲桔梗。


まずは普段一緒に行動することの多い十五人。


そこへ。


「晴真君たち、こっち空いてるよ!」


臼井千尋が手を振った。


その隣には小竹菜穂。


萩山剛。


飯田遊喜。


畔田樹。


さらに。


「紗月、こっち!」


弥富ひなたが呼ぶ。


高崎秀。


寺崎学。


先崎誠。


そして霊花の道から戻った馬渡紗月。


これで――。


二十五人。


一年一組全員が揃った。


晴真が周囲を見る。


「すごいね」


「何が?」


刀也が尋ねる。


晴真は笑った。


「こうやって二十五人全員で出かけるのって初めてだなって」


「ああ」


道満も周囲を見る。


チーム研修では十五人が中心になった。


けれど今日ここにいるのは十五人ではない。


二十五人。


千尋たちも。


紗月たちも。


誰一人欠けていない。


凛も嬉しそうに笑う。


「これからはこういう機会をもっと増やしたいですね」


「いいね!」


ひなたが手を上げる。


「次は違うところ行こうよ!」


「賛成!」


「温泉!」


「遊園地!」


「食べ歩き!」


「最後だけ晴真だろ」


迅が言う。


「まだ僕何も言ってないよ!?」


皆が笑った。


その様子を見ていた正臣も小さく笑う。


「まったく」


紫苑が横から覗き込む。


「嬉しそうですね正臣先生」


「そりゃまあ」


正臣は二十五人を見る。


入学したばかりの頃とは随分変わった。


家柄を気にしていた者。


寮の違いを気にしていた者。


自分の力だけで戦おうとしていた者。


そんな生徒たちが今では。


誰がどこの家だとか。


誰が強いだとか。


そんなことも忘れて笑っている。


「担任としては悪い気分じゃない」


「素直じゃねぇなぁ」


沙羅が笑う。


「うるさい」


その時。


田守が霊風殿の前から声を上げた。


「せっかく全員揃ったんなら写真でも撮るか?」


「写真!」


女子たちが食いつく。


美鈴がすぐに賛成する。


「撮りたい!」


「俺が撮ってやるよ」


田守が撮影用の霊具を取り出す。


すると正臣が言った。


「生徒だけでいいですよ」


だが。


晴真が首を傾げる。


「なんでですか?」


「え?」


「先生たちも一緒に来たんだから一緒に撮りましょうよ」


凛も頷く。


「そうですよ」


刀也も手招きする。


「正臣先生早く!」


「玄先生も!」


「紫苑先生!」


「沙羅さんも!」


「春花さんもです!」


春花が少し意外そうに瞬きをする。


「私もですか?」


「もちろん!」


晴真が笑う。


沙羅が正臣の背中を叩く。


「ほら行くぞ担任」


「痛い!」


結局。


正臣。


玄。


紫苑。


沙羅。


春花も加わることになった。


「よーし並べ!」


田守が声を張る。


「背の高い奴は後ろ!」


「豪太、一番後ろ!」


「なんで俺名指し!?」


「見りゃ分かる!」


「刀也押すな!」


「迅お前もっと詰めろ!」


「与一君こっち!」


「もう女子の近く嫌だ!」


「何でよ!」


「今日だけで何回霊花の道歩いたと思ってんだ!」


わいわい。


ぎゃあぎゃあ。


全く並ばない。


正臣が額を押さえる。


「お前ら写真一枚撮るだけで何分かかるんだ!」


「一年一組らしいではありませんか」


春花が笑う。


ようやく全員が並ぶ。


前には小柄な生徒たち。


その後ろに男子たち。


教師陣も一緒。


晴真の肩には桜花。


背後には巨大な霊風殿。


周囲には龍姫と夜叉丸が愛したという色とりどりの霊花。


田守が撮影用の霊具を構える。


「いくぞ!」


「はい!」


「三!」


「二!」


「一!」


その瞬間。


迅が刀也の頭の後ろから指を二本出した。


「おい迅!」


「バレた!」


「撮るぞー!」


「待て田守さん!」


パシャッ!


霊具から光が走った。


そこに写ったのは。


綺麗に整列した優等生たち――。


ではなく。


迅へ掴みかかろうとしている刀也。


大笑いする豪太と太一。


呆れる隼人。


笑う綾女と茜と桔梗。


与一の腕を引っ張る女子たち。


それを見て笑う千尋たち。


紅葉の隣で何が起きたのか分かっていない道満。


小夜の隣で楽しそうに笑う晴真。


そして。


その全員を見ながら笑っている凛。


「…………」


撮れた写真を見て。


正臣がため息をついた。


「ひどい写真だな」


紫苑は楽しそうに笑う。


「でも」


「いい写真ですよ」


正臣はもう一度見る。


誰一人。


澄ました顔をしていない。


二十五人全員。


本当に楽しそうに笑っている。


「……まあ」


正臣も笑った。


「そうですね」


凛が写真を覗き込む。


そして二十五人を見渡した。


「みんなで来られて良かったですね」


「うん!」


晴真が頷く。


刀也も笑う。


「次も二十五人で行こうぜ!」


「おー!」


二十五人の声が。


霊風殿の前に響いた。


一年一組。


二十五人。


チーム研修を通して距離を縮めた彼らは。


今日初めて。


戦うためでも。


修練するためでもなく。


ただ一緒に笑うために。


同じ場所へ集まっていた。

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