第三十七話 風車守り
裏佐倉ふるさと広場へ到着した一年一組。
霊馬を所定の場所へ繋ぎ、一行はさっそく広場の中へ入っていった。
目の前に広がるのは色とりどりの霊花。
その向こうには印旛沼の水面が輝き、澄んだ風が広場いっぱいに吹き抜けている。
そして何より目を引くのが――。
ゴォォォ……。
巨大な羽根をゆっくり回す大霊風車。
霊風殿。
「でっけぇー!」
刀也が真っ先に駆け寄った。
「近くで見るとすげぇな!」
迅も見上げる。
「これ全部霊力で動いてんのか?」
「霊力というより霊気ですね」
凛が後ろから答える。
だが刀也と迅はほとんど聞いていない。
二人とも完全に巨大な風車へ夢中だった。
豪太も見上げながら口を開く。
「羽根一本だけでも相当でかいぞ」
太一も頷く。
「これ作った人すごいな」
与一は少し離れた場所から全体を見る。
「しかも回っているだけじゃないみたいだ」
羽根が一周するたびに。
ふわっ――。
優しい風が広がる。
ただの風ではない。
身体の中まで清められるような澄んだ霊気。
晴真も大きく息を吸った。
「気持ちいい……」
「だろ?」
迅が振り返る。
そして。
何か思いついた顔をした。
「なぁ刀也」
「ん?」
「これさ」
にやり。
「もっと霊力込めたら早く回るんじゃね?」
刀也の目が輝いた。
「それだ!」
「それじゃありません!」
凛がすぐ止めようとする。
だが遅かった。
「行くぞ迅!」
「おう!」
二人は霊風殿の土台へ手を当てる。
「せーの!」
ブワッ!
二人の霊力が流れ込む。
「…………」
ゴォォォ……。
巨大な羽根は。
いつも通り。
ゆっくり。
ゆっくり回っている。
「…………」
刀也が首を傾げた。
「変わった?」
「いや」
迅も見上げる。
「全然」
もう一度。
「もっといくぞ!」
「おう!」
二人がさらに霊力を込める。
「うおおおおお!」
「回れぇぇぇ!」
ゴォォォ……。
全く変わらない。
道満が呆れた顔をする。
「何をやってるんだお前たちは」
「おかしいな」
刀也が腕を組む。
迅が周囲を見ると。
晴真がいた。
「よし」
「晴真いってみよう」
「えー!」
突然名前を呼ばれ晴真が驚く。
「なんで僕?」
「晴真ならいける!」
刀也も力強く頷く。
「お前なら何か起きる!」
「その言い方嫌だなぁ……」
それでも。
皆から期待の目を向けられ。
晴真は霊風殿へ近づいた。
「じゃあ少しだけね」
「おう!」
晴真が両手を土台へ当てる。
丹田から霊力を巡らせ。
ゆっくり流し込む。
「…………」
ブワッ。
刀也と迅よりはるかに大きな霊力が流れる。
道満が思わず苦笑する。
「相変わらず量がおかしいな」
だが――。
ゴォォォ……。
風車は。
相変わらず同じ速さ。
「…………」
晴真が見上げる。
「変わらないよ?」
迅が驚いた。
「晴真でも駄目か!」
刀也も腕を組む。
「こりゃ相当だな」
その時――。
「そりゃそうだろう」
聞き慣れない声がした。
「え?」
皆が振り返る。
そこには一人の男性が立っていた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
生徒たちも挨拶を返す。
男はかなり背が高い。
体つきもよく、屋外で仕事をしているためか肌は少し日に焼けている。
年齢は正臣たちより少し上に見えた。
動きやすそうな作業着姿。
腰には霊具や工具らしきものが下げられている。
凛が尋ねる。
「もしかして風車守りの方ですか?」
「ああ」
男は笑った。
「風車守りの臼井田守だ」
「臼井田さん」
「田守でいいよ」
「昔 年下の女の子に呼ばれてから
みんなそう呼ぶんだよ」
田守は晴真たちが触れていた霊風殿を見上げる。
「それでお前たち、こいつを自分の霊力で回そうとしてたのか?」
「はい!」
刀也が元気よく答える。
「もっと速くなるかなって」
「ははは!」
田守が豪快に笑った。
「無理無理」
「えー!」
迅が不満そうな声を上げる。
「この風車がどれだけの霊気で動いてると思ってるんだ」
田守が印旛沼の方角を指差す。
「こいつを回しているのは印旛沼の巨大な霊気だ」
晴真が首を傾げる。
「印旛沼の霊気ってそんなに強いんですか?」
「ああ」
田守が頷く。
「印旛沼には印旛大龍王様がおられるだろ」
「はい」
「長い年月、大龍王様の神気を浴び続けたことでこの辺一帯は霊気が異常に強いんだ」
田守は足元へ咲いている花を指差した。
「だから普通の花が育っても霊気の影響を受ければ霊花になる」
次に遠くの木々。
「木なら霊木」
さらに草原を走る小さな獣。
「あそこにいるような動物も長く暮らせば霊獣へ変わっていくことがある」
「へぇー!」
一年一組から一斉に声が上がる。
小夜は特に興味深そうに霊獣たちを見ていた。
「ではこの辺りの生き物は印旛大龍王様の神気の影響を受けているんですね」
「そういうこと」
田守が笑う。
「霊風殿はその強すぎる霊気をそのまま流すんじゃなく、一度取り込み整えてから裏佐倉へ送り出している」
道満が霊風殿を見上げる。
「だから裏佐倉の霊気循環を支えているのか」
「よく勉強してるな」
「ありがとうございます」
刀也はまだ風車を見上げていた。
「じゃあ俺たちがいくら霊力込めても」
「ほぼ意味ないな」
「まじかぁ」
「人間一人二人の霊力でどうこうできる代物じゃないよ」
すると迅が晴真を見る。
「晴真でも?」
「…………」
田守が晴真を見る。
「こいつそんなに霊力多いの?」
「多いどころじゃないです」
道満が即答する。
「おい道満君」
それでも田守は笑う。
「まあどれだけ多くても印旛沼と張り合おうなんて考えない方がいいぞ」
「はい」
晴真は素直に頷いた。
そこへ。
紅葉が一歩前へ出る。
「田守様」
「ん?」
「こちらには霊花畑があると聞いたのですが」
「ああ!」
田守の表情が一気に明るくなる。
「あるとも!」
女子たちも反応する。
「本当ですか!」
「見たい!」
「どこですか?」
田守は胸を張った。
「龍姫様と夜叉丸様が愛した花畑だ」
一同が静かになる。
晴真と道満。
凛も顔を上げる。
「龍姫様と夜叉丸様が……」
「ああ」
田守は穏やかに笑う。
「今ある花が四百年前と全く同じってわけじゃないが、二人がよく歩いたと伝わる一帯を霊花畑として残している」
そして。
少し得意げに胸を張った。
「まあ今の花畑は俺の自信作でもあるけどな!」
「…………?」
一年一組が首を傾げる。
なぜか。
その言葉に妙な引っかかりを覚えた。
「こっちだ」
田守に案内され。
一行は霊風殿の裏手へ回っていく。
そして――。
「おお……」
広がっていたのは。
色とりどりの霊花。
青。
赤。
白。
桃色。
紫。
光を纏うもの。
風が吹くたびに淡い光の粒を散らすもの。
花畑そのものは幻想的で美しい。
しかし――。
「…………」
晴真が瞬きをする。
その中に。
明らかに雰囲気の違うものが置かれていた。
ハートの形をした背もたれのベンチ。
二人で座ればちょうど良い小さな東屋。
花で作られた大きな輪。
可愛らしい飾りのついた日よけ。
さらに。
霊花に囲まれた小道には小さな灯りまで並んでいる。
まるで――。
「なんか……」
晴真がぽつり。
「表佐倉のテーマパークみたい」
「テーマパーク?」
凛が尋ねる。
「うん」
晴真は辺りを見る。
「こういう恋人向けの場所とかで見たことあるよ」
田守が反応した。
「君」
「はい?」
「表の人かい?」
「はい」
晴真は頷く。
「表佐倉で育ちました」
そして笑う。
「桜晴真です」
「桜……?」
田守の目が少し大きくなる。
「晴真?」
「はい」
「もしかして晴臣の息子か?」
晴真が驚く。
「お父さん知ってるんですか?」
田守が笑った。
「知ってるも何も俺の後輩だよ」
「えー!」
晴真の目が輝く。
また父を知る人物だった。
「学生時代ですか?」
「ああ」
田守は懐かしそうに笑う。
「俺は表佐倉出身でな」
「昔は今より表出身ってだけで珍しがられたり、妙に距離を置かれたりすることもあったんだ」
晴真の表情が少し変わる。
田守は気にした様子もなく続けた。
「そんな俺にも晴臣は何の気兼ねもなく話しかけてきてよ」
『表にはどんな店があるんですか』
『遊ぶ場所ってどんなところですか』
『電車って本当にあんなに速いんですか』
「まあ色々聞かれたよ」
晴真が笑う。
「お父さんらしい」
「だろ?」
「好奇心だけはやたら強かったからなぁ」
「今もです」
「ははは!」
田守は楽しそうに笑った。
「それにもう一人いたな」
「もう一人?」
「ああ」
田守が思い出す。
「晴臣と一緒になってよく俺のところへ来てた問題児」
少し離れたところ。
ピクッ。
沙羅の眉が動く。
田守は気づかず続ける。
「御堂家の悪ガキでな」
「すぐ喧嘩するわ先生に怒られるわ」
「確か名前が――」
「呼んだか!」
田守が固まる。
「…………」
ゆっくり振り返る。
そこには。
腕を組んだ沙羅。
にこりともしていない。
「…………沙羅」
「おう」
「久しぶりだな」
「久しぶりだなじゃねぇよ」
沙羅が近づく。
「誰が問題児だって?」
「お前以外に誰がいる」
「いい度胸してんな」
正臣が慌てる。
「沙羅、今日は遊びに来ているんですから喧嘩しないでください!」
「してねぇよ」
「今からしそうなんです!」
紫苑は横で楽しそうに笑っている。
「昔から変わらないわね」
「紫苑まで笑うな!」
田守は沙羅を見て。
そして辺りの花畑を指差した。
「まあでも沙羅」
「なんだよ」
「お前も相変わらずだな」
「あ?」
「こっちは?」
沙羅がハート型のベンチを見る。
さらに花で作られた輪。
可愛らしい東屋。
きらきらした飾り。
そして。
田守。
「…………」
沙羅が呆れた顔になる。
「あんたも相変わらずこういうの好きなんだな」
田守は堂々と胸を張る。
「まあな」
「俺の趣味だからな!」
「…………」
男子たちが。
もう一度花畑を見る。
メルヘン。
可愛い。
恋人向け。
そして。
田守を見る。
大柄。
長身。
日焼け。
鍛えられた身体。
「…………」
刀也が迅へ小声で言う。
「人って見た目じゃ分かんねぇな」
「だな」
しかし。
二人の声は。
しっかり田守へ届いていた。
「何か言ったか?」
「何も!」
二人が同時に答える。
女子たちはむしろ大喜びだった。
「このベンチ可愛い!」
「写真撮りたい!」
「こっちの花も綺麗!」
「東屋も素敵!」
美鈴たちが次々と花畑へ入っていく。
田守は満足そうに腕を組む。
「そうだろそうだろ!」
「もっと褒めていいぞ!」
沙羅が呆れる。
「昔から変わってねぇなぁ」
「好きなもんは仕方ないだろ」
「まあな」
二人は顔を見合わせて笑った。
晴真はそんな田守を見ながら。
また一人。
父の学生時代を知る人物に出会えたことが嬉しかった。
そして。
目の前には。
四百年前。
龍姫と夜叉丸が愛したという霊花畑。
晴真は風に揺れる花々を見つめる。
その横では。
凛。
小夜。
紅葉。
美鈴。
女子たちが。
なぜか先ほど以上に楽しそうに盛り上がっている。
「…………?」
晴真は首を傾げた。
この場所が。
なぜ。
『恋人たちの聖地』
と呼ばれているのか。
晴真はまだ。
その本当の恐ろしさを知らなかった




