第三十五話 みんなで遊びに行こ
その日の夜。
黒桜寮――談話室。
夕食と入浴を済ませた一年一組の生徒たちは、思い思いに時間を過ごしていた。
机で本を読む者。
札術の本を広げる者。
お菓子を食べながら話している者。
将棋を指している者。
ソファで寝転んでいる者。
チーム研修発表。
影也との特別総合戦。
そして麻賀多本家の一件。
新学期が始まってからというもの。
とにかく色々なことがありすぎた。
そんな中
ソファに寝転んでいた刀也が。
突然。
がばっ!
と起き上がった。
「なぁ!」
皆が振り向く。
「何ですか?」
凛が尋ねる。
刀也は勢いよく立ち上がった。
「俺たちさ!」
「チーム研修発表、めちゃくちゃ頑張ったじゃん!」
「うん」
晴真が頷く。
「だから!」
刀也が両手を広げる。
「どっかにバァーッと遊びに行こうぜ!」
「おお!」
すぐに迅が食いついた。
「賛成!」
「たまには息抜きも必要だぜ!」
美鈴もぱっと顔を明るくする。
「私も賛成!」
「みんなでお出かけしたい!」
「だけど」
隼人が座ったまま言う。
「もうすぐ桜がけもあるんだぞ」
談話室が。
一瞬静かになる。
「…………。」
迅が隼人を見る。
そして。
「だから今行くんだろうが!」
「何?」
「考えてみろよ」
迅は
晴真
道満
凛
刀也たちを順番に指差す。
「どうせこいつら」
「桜がけが近くなったら、また特訓始めるぞ」
「…………」
隼人が考える。
「否定できんな」
「だろ?」
迅は晴真を見る。
「なぁ、晴真」
「桜がけまで」
「のんびり過ごすつもりか?」
「うーん。」
晴真は腕を組んだ。
「やっぱり」
「もう少し修練したいかな」
「ほら!」
迅が叫ぶ
晴真は真面目な顔で続ける。
「チーム研修発表で戦った」
「三組の奉先たち」
岩富奉先。
岩富舞桜。
上勝田詩織。
下勝田武尊。
将門愛理。
晴真はあの五人との試合を思い出す。
「たぶん」
「あの人たちの実力」
「あんなものじゃないと思うんだ」
「桜がけでは」
「霊馬も使うんでしょ?」
「だったら」
「僕も月桜との連携を、もっと練習しておきたい」
「…………。」
迅が頭を抱える。
「出たよ」
すると
道満まで
「確かにな」
と頷いた。
「桜がけは霊馬との連携も重要になる」
「今のうちから」
「自分の霊馬との絆を深めておくのはいいかもしれない」
「ほら!」
迅が再び叫ぶ
道満が眉を寄せる。
「何だ?」
「分かるか、刀也」
迅が真剣な顔で刀也を見る。
「こいつら」
「頭の中の大半が修練なんだよ」
刀也が笑う
「でもさ」
「負けんの嫌じゃん」
「…………。」
「そうなると」
「特訓するよな?」
「する」
「じゃあ」
迅が指を一本立てる。
「また地獄が始まるよな?」
刀也の笑顔が
消えた。
「…………」
ほんの少し前
春花による
地獄のチーム研修
十五人全員が
朝食を食べる元気すら失った。
あの日々が
刀也の頭をよぎる。
「…………確かに」
「そういえば」
凛が思い出したように言う。
「春花さん」
「桜がけに向けて」
「もう資料をまとめていらっしゃいますよ。」
「…………」
迅が
ゆっくり凛を見る。
「もう?」
「はい」
「まだチーム研修終わったばっかりだぞ?」
「はい」
「…………」
迅の顔から
血の気が引く
だが
道満は
ぱっと顔を明るくした。
「そうか」
「それは良かった」
「何が!?」
迅が叫ぶ
道満は不思議そうな顔をする。
「春花さんには」
「コーチをお願いしたのはチーム研修まで、という話だっただろう」
「俺としては」
「今後もお願いしたいと思っていたんだ」
「…………」
迅が
道満を見る。
次に
晴真
凛
刀也を見る
そして
両手で頭を抱えた。
「なぁ!」
「こいつら自分から地獄に突っ込んでいくんだよ!」
談話室に笑いが起きる。
「うちの主要メンバー」
「おかしいって!」
隼人がぽつり。
「そういうお前もだろ」
「俺!?」
「なんだかんだ言いながら」
「お前も毎日自主修練しているではないか」
茜が笑う。
「そうそう」
桔梗も頷く。
「迅だって人のこと言えないよ」
綾女も
「むしろ」
「かなり修練している方」
「お前らどっちの味方だよ!」
「事実を言っているだけだ」
隼人が平然と答える。
「お頭は冷てぇなぁ!」
「誰がお頭だ」
「今さら?」
わはははは!
談話室いっぱいに笑いが広がった。
◇
ひとしきり笑ったところで。
凛が手を叩いた。
「では」
「本当に行きませんか?」
皆が凛を見る。
「次の休日」
「一年一組のみんなで」
「どこかへ遊びに行きましょう」
凛は笑う。
「一日しっかり遊んで」
「リフレッシュして」
「それから」
「桜がけに向けて頑張りましょう!」
「賛成!」
刀也が真っ先に手を上げる。
「俺も!」
「私も!」
次々に声が上がった。
ところが
少し離れた場所にいた生徒たちは
顔を見合わせていた。
臼井千尋
馬渡紗月
弥富ひなた
高崎秀
寺崎学
先崎誠
そして
普段は主要十五人とは別の班で動くことが多いクラスメイトたち。
十人
千尋が
少し遠慮がちに手を上げた
「あの……」
刀也が振り向く。
「ん?」
「私たちも」
千尋がほかの九人を見る。
「一緒に行っていい?」
「…………?」
刀也は
ものすごく不思議そうな顔をした。
「何で?」
「え?」
「何でそんなこと聞くんだ?」
千尋が戸惑う。
「だって」
「今まで」
「みんなで行動するときって」
「晴真君たち十五人が多かったから……」
「何言ってんだよ」
刀也は
本当に意味が分からないという顔で言った。
「最初から。」
「クラス全員で行くつもりだったけど」
「…………」
千尋たちが目を丸くする。
刀也が
ぐるっと談話室を見渡した。
「俺たち。」
「一年一組だろ?」
そして。
にっと笑う。
「行くなら」
「二十五人全員だろ!」
「刀也君……」
千尋の顔が明るくなる。
紗月も笑った。
「じゃあ。」
「私たちも行っていいんだ!」
「だから最初からそのつもりだって!」
「やった!」
ひなたが喜ぶ。
「二十五人でお出かけ!」
美鈴も笑顔で手を振る。
「一緒に行こう!」
「うん!」
その様子を。
晴真は嬉しそうに見ていた。
夏休みのチーム研修では
どうしても十五人で動くことが多かった。
でも
一年一組は
十五人ではない
二十五人
全員で
一年一組なのだ
凛も嬉しそうに笑う。
「では」
「今度、正臣先生に外出許可をいただいてきますね」
「お願いします!」
「問題は。」
凛が首を傾げる。
「どこへ行くかですね」
その瞬間
美鈴が
勢いよく手を上げた。
「はい!」
「美鈴さん」
「裏佐倉の」
美鈴の目が輝く。
「佐倉ふるさと広場に行こうよ!」
「あ!」
女子たちから
一斉に声が上がる。
「いい!」
「行きたい!」
「私まだ行ったことない!」
すると。
迅も身を乗り出した。
「おお」
「あそこか!」
迅も知っていた。
「俺」
「大霊風車――」
「霊風殿を一回近くで見てみたいんだよ!」
晴真が首を傾げる。
「霊風殿?」
「晴真君は知らないんですか?」
小夜が尋ねる。
「表佐倉のふるさと広場なら知ってるけど」
晴真は考える。
「大きな風車があるところだよね?」
「裏佐倉にもあるの?」
「ありますよ。」
凛が頷く。
「裏佐倉では。」
「大霊風車・霊風殿」
「そう呼ばれています」
「へぇー!」
晴真の目が輝く
美鈴も説明する。
「印旛沼から流れてくる霊気を受けて」
「巨大な羽根がゆっくり回るの」
「それで」
「取り込んだ霊気を整えて」
「裏佐倉一帯へ清らかな霊気として送り出しているんだよ」
「すごい」
晴真は素直に感心する
道満も頷く。
「裏佐倉の霊気循環を支えている重要な施設だ」
迅が言う。
「だろ?」
「一度見てみたいんだよ」
その時
美鈴が。
にやり
と笑った。
「でも」
「ふるさと広場って言ったら」
「それだけじゃないよね」
女子たちが
一斉に反応する
「そう!」
「そこ大事!」
「何?」
刀也が首を傾げる
美鈴が
もったいぶって言った。
「佐倉ふるさと広場は」
「裏佐倉では昔から――」
「恋人たちの聖地」
「…………。」
男子たちが固まる
女子たちが
一気に盛り上がった。
「行きたい!」
「絶対行こう!」
「霊花も見たい!」
晴真はきょとん
「恋人たちの聖地?」
小夜が説明する。
「四百年前」
「龍姫様と夜叉丸様が」
「よく二人で訪れていた場所なんです」
晴真
道満
凛
三人の表情が変わる。
「あの二人が?」
「はい」
ふるさと広場一帯には
霊気を受けて咲く
美しい――霊花
その花々が咲き誇る道を
四百年前
龍姫と夜叉丸は
人目を離れ
何度も二人で歩いたと伝えられている。
戦い
封印
一族
使
多くのものを背負っていた二人が
ほんのひととき
ただの若い男女として過ごした場所
それが
佐倉ふるさと広場だった。
そして
いつしか
一つの言い伝えが生まれた。
――霊風殿の前で想いを誓った二人は
――いつまでも縁で結ばれる
今でも
霊花の咲く季節になると
多くの恋人たちが訪れる
裏佐倉でも有数の名所となっていた。
「素敵……」
美鈴が頬へ手を当てる
紅葉も微笑む
「龍姫様と夜叉丸様が歩かれた道ですか」
小夜も
少し目を輝かせている。
「見てみたいです」
茜と桔梗も。
「行こう!」
「絶対行こう!」
女子たちが
完全に乗り気になる。
凛も笑う
「では」
「佐倉ふるさと広場を第一候補にしましょうか」
「賛成!」
「決まり!」
わいわい
一気に
次の休日の話で盛り上がる
何を持っていくか
お弁当はどうするか
霊花は咲いているか
霊風殿へ登れるのか
女子たちは
当然
恋人たちの伝承について
どんどん話を膨らませていく。
しかし
その輪の少し外で
晴真と道満だけは――。
「…………」
「…………」
難しい顔をしていた。
迅が気づく
「何だ?」
「二人とも」
「行きたくないのか?」
「違うよ」
晴真はため息をつく
「行きたいんだけど……」
「けど?」
晴真は
指を折り始めた
「将門さんの家に行って」
「将門流古武術を習うでしょ」
「うん」
「それから」
「与一君のお父さんから」
「鏑木流も教えていただけるって言われてて」
与一が笑う。
「親父、完全にやる気だったぞ」
「だよね……」
もう一本
「剛乃介さんの」
「角来流剛柔体術」
もう一本
「槍玄さんの」
「岩富流槍術」
さらに
「御堂家の修練もあるし」
「春花さんの修練もあるし」
晴真の指が
足りなくなっていく。
「…………」
晴真は
頭を抱えた。
「時間が足りないよぉ」
どっ!
談話室に笑いが起こる
刀也が腹を抱える
「贅沢な悩みだな!」
「笑い事じゃないよ!」
「じゃあ全部やればいいじゃん!」
「いつ!?」
一方
道満も
珍しく難しい顔をしている
「俺も」
「神門家から札術の話をもらっている」
「宗家の修練もある」
「宵桜の鍛錬も必要だ」
「居合も」
「霊馬も」
迅が
呆れた顔で二人を見る。
「だから」
「今のうちに遊びに行くんだって」
「…………」
晴真と道満が
同時に迅を見る
迅は
ものすごく真面目な顔で言った。
「お前ら」
「このままだと」
「休日まで全部修練で埋めるぞ。」
「…………。」
二人は顔を見合わせた。
晴真
道満
そして
「それは困る」
「だろ!」
迅が叫ぶ
再び
談話室に大きな笑い声が響いた。
こうして――
チーム研修を終えた一年一組
二十五人全員による
初めての休日のお出かけ先は
大霊風車・霊風殿がそびえ
色とりどりの霊花が咲き
そして
四百年前
龍姫と夜叉丸が
二人で歩いたと伝えられる場所
裏佐倉――
裏佐倉ふるさと広場に
決まったのだった。




