第三十四話 当主たちの勧誘
麻賀多本家を蝕んでいた瘴気は祓われた。
そして。
瘴気の種についても。
まだ推測の域を出ないとはいえ。
一つの大きな手掛かりを得ることができた。
麻賀多本家の件も。
ひとまず。
これで一区切りとなった。
「それでは。」
若陽が一同へ頭を下げる。
「学園の者は戻りましょう。」
「はい。」
晴真たちも。
学園へ戻ることになった。
屋敷の玄関を出る。
晴真。
道満。
凛。
三人が並んで歩いていると――。
「…………待ってくれ。」
後ろから声がした。
「ん?」
三人が振り返る。
そこに立っていたのは。
麻賀多影也。
「影也君。」
晴真が足を止める。
影也は。
以前とはまるで違っていた。
いつも自信に満ち。
人を見下すように顎を上げていた少年が。
今は。
少し俯いている。
陰陽術を封じられ。
さらに。
自分たち家族が長年、瘴気に侵されていたことまで知った。
今まで信じていたものが。
一度に崩れてしまったのだろう。
「…………。」
影也は。
なかなか言葉を出せない。
晴真も。
急かさず待つ。
やがて。
影也は拳を握った。
そして。
「……すまなかった。」
たった一言。
それでも。
影也にとっては。
相当な勇気が必要だったのだろう。
道満も。
凛も。
何も言わず影也を見る。
晴真は――。
にこっと笑った。
「あのさ。」
「?」
影也が顔を上げる。
晴真は少し考える。
「こういうの。」
「何て言うんだっけ。」
道満が眉を寄せる。
「何の話だ?」
「ほら。」
晴真が指を立てる。
「悪いことが起きたけど。」
「そのおかげで良いことも見つかった時。」
凛が答える。
「不幸中の幸い、ですか?」
「あ!」
晴真が笑う。
「それ!」
「不幸中の幸いっていうんだよね。」
影也がきょとんとする。
晴真は続けた。
「だって。」
「チーム研修の発表で。」
「影也君があの術を使わなかったら。」
「麻賀多本家の皆が瘴気に侵されてること。」
「誰も気づかなかったかもしれない。」
「…………。」
「だから。」
晴真は笑う。
「全部が全部。」
「悪いことだったわけじゃないと思うよ。」
影也は晴真を見つめた。
道満が。
思わず吹き出す。
「なんだそれ。」
「え?」
「お前。」
「自分の陰陽術を封じた相手に言うことか?」
「あれ?」
晴真が首を傾げる。
「変かな?」
「変だ。」
道満が笑う。
凛も。
口元に手を当てて笑った。
「晴真君らしいです。」
「そう?」
そして。
三人につられるように。
「…………ふっ。」
影也も。
小さく笑った。
晴真が目を丸くする。
初めて見た。
影也の。
普通の笑顔だった。
凛が影也へ向き直る。
「これから。」
「大変だと思います。」
影也を見る。
「影也君は。」
「今まで裏佐倉しか知りませんでしたから。」
「表佐倉で暮らすとなれば。」
「知らないことばかりだと思います。」
「…………ああ。」
「でも。」
凛は微笑む。
「頑張ってください。」
晴真も大きく頷く。
「表もいいところだよ。」
「美味しいものもいっぱいあるし。」
道満が横を見る。
「結局それか。」
「大事だよ!」
晴真は真剣だ。
「餡蜜とか。」
「蔵六餅とか。」
「それ裏佐倉でも食えるだろ。」
「雰囲気が違うんだよ!」
凛がくすくす笑う。
影也も。
また少し笑った。
「ああ。」
そして。
今度はきちんと晴真を見る。
「ありがとう。」
「うん!」
四人の間に。
ようやく。
以前とは違う空気が流れ始めた。
その時だった。
ズシン。
ズシン。
後ろから。
妙に重たい足音が聞こえる。
「ん?」
晴真たちが振り返る。
そこには――。
山のような大男。
太い腕。
分厚い胸板。
鍛え上げられた全身。
どう見ても。
陰陽師というより。
巨大な岩が歩いている。
「おう!」
男が豪快に笑った。
「桜晴真!」
「はい!?」
突然名前を呼ばれ。
晴真が姿勢を正す。
大男は晴真の肩を。
バン!
と叩いた。
「痛っ!」
「お前!」
「体術を学んでるんだってなぁ!」
「え?」
「華緒から聞いてるぞ!」
「華緒……?」
晴真が考える。
そして。
「あ。」
「与一君のお母さん?」
「そうだ!」
大男は胸を張った。
「俺の妹だ!」
「…………。」
晴真。
凛。
道満。
三人が。
同時に固まった。
そして。
顔を見合わせる。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
もう一度。
大男を見る。
さらに。
頭の中で。
鏑木華緒を思い浮かべる。
長い髪。
整った顔立ち。
容姿端麗。
上品で。
どこか華やかな女性。
もう一度。
目の前を見る。
筋肉。
筋肉。
筋肉。
晴真が思わず言った。
「嘘でしょ。」
「晴真君!」
凛が慌てる。
しかし。
凛自身も信じられない顔をしている。
道満も。
珍しく目を見開いたままだ。
大男が。
ガハハハハ!
と笑った。
「よく言われる!」
「ですよね!」
晴真が即答した。
「どう見ても。」
晴真は途中で口を止める。
(可憐で綺麗な与一君のお母さんと。)
目の前を見る。
(このむさ苦しい筋肉お化けが……。)
すると。
「今。」
大男の目が細くなる。
「むさ苦しい筋肉お化けって思っただろ。」
「思ってません!」
「顔に出てるぞ!」
「ごめんなさい!」
大男はまた豪快に笑った。
「まあ。」
「華緒も。」
「桜華も。」
「うちの女どもは、みーんなあんな感じだからな!」
凛が首を傾げる。
「では。」
「角来家の男性は……?」
「だいたい俺みたいな感じだ!」
大男が。
ムンッ!
と腕に力を込める。
筋肉が盛り上がる。
晴真が一歩下がる。
「全然似てない……。」
「だから!」
「角来家の謎なんて呼ばれてる!」
「謎なんだ……。」
「ガハハハハ!」
男。
角来家当主――。
角来剛乃介。
彼は晴真を上から下まで見る。
「華緒から聞いてたぞ。」
「合気術をやってるそうだな。」
「はい。」
「それに。」
「見どころがあるとも聞いた!」
剛乃介が。
晴真の背中を。
バン!
「痛い!」
「今度。」
「うちの道場へ来い!」
「え?」
「角来流――剛柔体術。」
剛乃介は拳を握る。
「教えてやる!」
晴真の目が輝く。
「本当ですか!」
「おう!」
「ありがとうございます!」
すると。
「なんだなんだ。」
後ろから。
別の声。
「先を越されてしまったようだな。」
剛乃介が振り返る。
そこには。
岩富槍玄。
西御門紫玄。
神門蓮雅。
三人の当主。
「げ。」
剛乃介が言う。
「げ、とは何だ。」
槍玄が眉を寄せる。
そして。
三人が晴真たちへ近づく。
「晴真君。」
槍玄が笑う。
「槍にも興味はないか?」
「槍ですか?」
「ああ。」
「君なら岩富流の槍術も面白いと思うぞ。」
「おお!」
剛乃介が遮る。
「こいつは今から角来流を――」
「お前だけのものではないだろう。」
今度は紫玄。
凛を見る。
「麻賀多凛。」
「はい?」
「君は結界術も伸ばした方がいい。」
「全体指揮をするなら。」
「味方を守る技術はいずれ必要になる。」
「西御門家へ来るといい。」
凛の目が輝く。
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。」
すると蓮雅が。
道満の肩へ手を置く。
「道満。」
「はい。」
「お前は札術だ。」
「今度。」
「神門家へ来い。」
「面白い術をいくつか教えてやる。」
道満も。
思わず食いつく。
「ぜひ!」
「おい!」
剛乃介が叫ぶ。
「勝手に話を進めるな!」
「先に誘った者勝ちではない。」
「そうだ。」
「なら三人とも全員うちへ――」
「晴真君は岩富流だ。」
「凛は西御門。」
「道満は神門だ。」
「いや!」
「晴真は角来流!」
四人の当主が。
一年生三人を囲む。
「槍を覚えろ!」
「結界術だ。」
「札術をさらに磨け。」
「まず体術だ!」
晴真。
凛。
道満。
「…………。」
完全に。
囲まれた。
少し離れたところで。
刀真がその光景を見ていた。
「やってるなぁ。」
その隣。
麻倉疾風も笑う。
「当主連中。」
「完全に気に入ってるじゃねぇか。」
刀真が苦笑する。
「まあ。」
「あの三人なら分からなくもないけどな。」
その時。
コツ。
コツ。
コツ。
規則正しい足音が。
近づいてきた。
四人の当主。
刀真。
疾風。
全員が。
なぜか。
同時に口を閉じた。
「…………。」
晴真が振り返る。
「あ。」
眼鏡。
穏やかな笑顔。
春花
「皆様」
にっこり。
「大変楽しそうですね。」
「…………。」
剛乃介の額に。
一筋の汗。
紫玄が。
静かに視線を逸らす。
蓮雅が。
咳払い。
槍玄も。
妙に姿勢を正す。
晴真が不思議そうに言う。
「春花さん?」
「どうかしたんですか?」
「いいえ。」
春花は微笑む。
「少し。」
「お話がございます。」
「…………誰と?」
剛乃介が。
恐る恐る尋ねる。
春花が答える。
「皆様と。」
「…………。」
四人の顔が引きつった。
そして。
春花は。
最初に槍玄を見る。
「岩富槍玄様。」
「はい。」
「先ほど瘴気を相手にされた際。」
「踏み込みの後。」
「右肩が上がっておりました。」
「…………。」
「力で押し切ることを優先され。」
「穂先の制御が疎かになっています。」
「いや。」
「相手が瘴気だったから――」
「相手によって基本を崩されるのですか?」
グサッ。
槍玄が黙る。
「…………すみません。」
続いて。
紫玄。
「西御門紫玄様。」
「はい……。」
「結界を正面から受けすぎです。」
「展開角度を変えれば。」
「同じ霊力量でも負担を三割は減らせました。」
「…………。」
「以前も同じことを申し上げましたよね?」
「……はい。」
「同じ失敗を繰り返しておられる方が。」
「初等部一年生へ結界術を教えられるのですか?」
グサッ。
紫玄の肩が落ちた。
凛が。
思わず目を逸らす。
次。
蓮雅。
「神門蓮雅様。」
「……何でしょう。」
「札を四枚同時発動された際。」
「三枚目だけ霊力の流入が遅れておりました。」
蓮雅の眉が動く。
「気づいていたのか。」
「当然です。」
「術の威力で誤魔化せていますが。」
「道満様なら。」
「いずれ気づかれると思います。」
道満が。
蓮雅を見る。
「…………。」
蓮雅が。
ものすごく気まずそうな顔をする。
「春花殿。」
「それは今言わなくても――」
「教える側が。」
「弟子に弱点を見抜かれてから直すおつもりですか?」
グサッ。
「…………修練します。」
そして。
最後。
剛乃介。
「…………。」
剛乃介が。
一歩後ろへ下がる。
春花も。
一歩前へ。
「角来剛乃介様。」
「お、おう。」
「瘴気を打ち払った最後の右拳。」
「腰が流れておりました。」
「いや!」
「ありゃ勢いが――」
「剛柔体術の当主が。」
「勢いに負けて腰を流すのですか?」
「…………。」
「晴真様へ。」
「何をお教えになるのでしょう?」
ドスッ!
剛乃介が胸を押さえる。
「効く……。」
「春花ちゃん。」
「言葉が効く……。」
刀真が遠くから。
うんうん。
と頷く。
「分かるぞ。」
「……あれ、きついんだよな。」
その瞬間。
春花の顔が。
くるり。
刀真へ向いた。
「…………。」
刀真の笑顔が消える。
春花が眼鏡へ。
指を添える。
キラッ。
「刀真様。」
「はい。」
「この前。」
「私が指摘したこと。」
「まだできていませんね。」
「…………。」
刀真が。
ゆっくり後ろへ下がる。
「いや。」
「俺は別に今。」
「晴真たちを誘ってないぞ?」
「そういう問題ではありません。」
「ですよね……。」
隣にいた疾風が。
そっと。
後ろへ下がる。
一歩。
二歩。
三歩。
(俺は関係ねぇ。)
(今のうちに――)
「疾風様。」
ピタッ。
疾風が止まった。
春花は。
振り返ってすらいない。
「どちらへ?」
「…………。」
疾風の額から。
汗が流れる。
「ちょっと。」
「急用を思い出してな。」
「どのような?」
「…………。」
「家の。」
「戸締まり?」
「まだ昼間ですが。」
「ですよね!」
晴真。
道満。
凛。
三人が。
呆然と見る。
あの。
裏佐倉でも名の知れた当主たちが。
誰一人として。
春花に逆らえない。
道満が小声で言う。
「やっぱり……。」
凛が尋ねる。
「何ですか?」
「春花さん。」
「一番怖いんじゃないか?」
晴真が。
真剣に頷く。
「僕もそう思う。」
「聞こえておりますよ。」
「「「ごめんなさい!」」」
三人同時に頭を下げた。
春花は。
にっこり笑う。
「晴真様。」
「道満様。」
「凛様。」
「はい!」
「皆様は。」
「教室へお戻りください。」
「授業が始まりますよ。」
「はい!」
晴真たちは。
すぐに歩き始める。
その途中。
晴真が振り返った。
四人の当主。
刀真。
疾風。
全員が。
春花の前に並ばされている。
「…………。」
晴真が小さく呟く。
「大人も大変だね。」
道満が頷く。
「ああ。」
凛も苦笑する。
「でも。」
「春花さんに教えていただけるのですから。」
「きっと皆様。」
「もっと強くなられますよ。」
「そうだね。」
晴真は笑う。
三人は。
学園へ続く道を歩いていく。
その後ろから。
「剛乃介様!」
「力任せに振らない!」
「はい!」
「紫玄様!」
「真正面から受けない!」
「はい!」
「蓮雅様!」
「三枚目!」
「分かっております!」
「刀真様!」
「はい!」
「疾風様。」
「何で俺までぇ!?」
大人たちの悲鳴が。
秋の裏佐倉に。
いつまでも響いていた。




