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第三十二話 麻賀多本家の役目


 昼休み。


春花に連れられ、晴真は学園長室の前までやって来た。


「こちらです。」


「はい。」


春花が扉を軽く叩く。


コンコン。


「春花です。晴真様をお連れしました。」


「入ってください。」


中から学園長――御堂若陽の声が聞こえた。


「失礼します。」


晴真が扉を開く。


そして――。


「…………え?」


固まった。


学園長室。


普段なら広く感じるはずの部屋が。


今日は狭い。


それほど多くの人間が集まっていた。


ミヅチ。


チヨヒメ。


クシナダ。


印旛大龍王に仕える神の眷属たち。


沙羅。


春花。


一年一組担任の勝田正臣。


西御門紫苑。


神門玄。


麻賀多影行。


鏑木与乃。


保健担当の江原鈴華。


そして学園の教師陣。


それだけではない。


麻賀多本家当主――麻賀多景虎。


その長男にして黄桜寮監督生――麻賀多影人。


長女――麻賀多影華。


晴真の父――桜晴臣。


伯父――御堂晴時。


祖父――御堂晴隆。


麻賀多道継。


その父――麻賀多道秀。


生徒会長――麻賀多道隆。


黒桜寮監督生――立身刀姫。


監督生補佐――立身刀優。


立身刀斎。


立身刀真。


鏑木与之介。


神門蓮雅。


西御門紫玄。


岩富槍玄。


根郷宗時。


七曲家当主。


角来家当主。


大篠塚家当主。


ほかにも。


晴真でも顔と名前が一致しないほどの大人たちが並んでいる。


裏佐倉を支える氏族の当主。


学園理事。


有力者。


重鎮。


そのほとんどが顔を揃えていた。


晴真は目をぱちぱちさせる。


「…………。」


思わず春花を見る。


「春花さん。」


「はい。」


「僕……。」


「何かすごく悪いことした?」


「しておりません。」


春花は即答した。


「たぶん。」


「たぶん!?」


晴真の顔が引きつる。


「晴真。」


晴臣が手招きする。


「こっちへ来い。」


「あ、お父さん。」


晴真が少し安心した顔で父のところへ向かう。


その肩では桜花も。


「うわぁ……。」


と、小さく呟いていた。


「晴真様。」


「偉そうな方がいっぱいです。」


「桜花。」


「そういう言い方は駄目だよ。」


「でも本当です。」


「しーっ。」


そんな二人を見て。


晴隆が小さく笑った。


だが――。


部屋の空気そのものは重い。


若陽が晴真へ席を示す。


「晴真君。」


「突然呼び出して申し訳ありません。」


「いえ。」


晴真は座る。


若陽は静かに全員を見渡した。


「それでは。」


「本人も来ましたので、理事会を再開します。」


その瞬間。


麻賀多景虎が口を開いた。


「では。」


冷たい声だった。


「改めて申し上げます。」


景虎が晴真を見る。


その視線に。


晴真はわずかな違和感を覚えた。


発表の日。


影也が自分へ向けていた眼差し。


どこか。


似ている。


「我が息子、影也は。」


「チーム研修発表において、桜晴真によって深刻な障害を負わされました。」


室内が静まり返る。


「霊門を封じられた。」


景虎が机へ拳を置く。


「陰陽師にとって。」


「霊力を扱えなくなるということが、何を意味するか。」


「ここにいる皆様なら、お分かりでしょう。」


「陰陽術を奪われる。」


「それは――」


「陰陽師としての人生を台無しにされたのと同じです!」


景虎は晴真を睨みつける。


「そのような行為をした生徒を。」


「今後も学園へ在籍させるなど、到底認められません!」


「――いや待て。」


低い声。


沙羅だった。


椅子へ座っていた沙羅が。


ゆっくり顔を上げる。


「都合の悪いところ全部抜かしてんじゃねぇぞ。」


景虎の眉が動く。


「何?」


「最初にやらかしたのは誰だ?」


沙羅が立ち上がった。


「影也だろうが!」


ドン!


机を叩く。


「禍々しい術を使って!」


「自分の式神を犠牲にして!」


「一組のガキどもを縛り上げた!」


景虎が睨む。


しかし沙羅は止まらない。


「しかも!」


「相手は降参してたんだぞ!」


「身動きできねぇ相手へ落石まで撃ちやがった!」


「それを止めた晴真が悪いだぁ?」


「ふざけんな!」


「沙羅。」


正臣が横から袖を引く。


「少し抑えてください。」


「これでも抑えてる!」


「それでですか……。」


景虎が冷たく言う。


「降参したところで、審判が試合終了を宣言していなかった。」


「試合は続いていた。」


「攻撃そのものに問題は――」


「あるじゃろ。」


今度はミヅチ。


景虎を見る目から。


いつもの飄々とした雰囲気が消えていた。


「それにのぅ。」


「晴真は、その時。」


「影也へ攻撃しておらぬ。」


景虎が黙る。


「落石を吹き飛ばしただけじゃ。」


「身動きのできぬ生徒たちへ被害が出ぬようにな。」


「その後も警告しておった。」


『術を解け』


『次は本気で撃つ』


「それでも止めなんだから。」


「晴真が止めるしかなかっただけのこと。」


そして。


ミヅチは目を細めた。


「そもそも。」


「あの術。」


「麻賀多宗家では禁術なのであろう?」


視線が道継へ向く。


「はい。」


麻賀多道継が静かに答えた。


「麻賀多式封印術――式神骸縛・終ノ棺。」


「宗家では明確に禁術としております。」


「理由は言うまでもありません。」


「式神の仮初の命を強制的に燃やし、その力を術者の力へ変える術。」


「式神との契約そのものを冒涜するものです。」


道継は続ける。


「多くの麻賀多家の分家にも、その考えへ賛同していただきました。」


「現在、この術を使用する者はほとんどおりません。」


「ほとんど、だと?」


景虎が鼻で笑う。


「宗家が勝手に決めたことでしょう。」


「本家では禁術ではない!」


「…………。」


空気がさらに冷たくなる。


その中で。


麻賀多道隆が笑った。


「これは驚きました。」


穏やかな口調。


だからこそ。


棘があった。


「あのような術を。」


「麻賀多本家では、未だ禁術になさっていらっしゃらないのですか?」


道隆はにこやかに続ける。


「いやはや。」


「嘆かわしい。」


「道隆!」


「失礼。」


道隆は微笑んだまま頭を下げる。


どう見ても。


まったく悪いと思っていない。


今度は影人が立ち上がった。


「しかし!」


影人は晴真を見る。


「弟は!」


「式神を犠牲にしたことへ腹を立てたというだけで、陰陽術を奪われたのです!」


「つまり桜晴真は!」


「人間である弟より、式神を取ったということでしょう!」


クシナダの眉が。


ぴくりと動いた。


「……本当に。」


静かな声。


だが。


部屋にいた者の何人かが背筋を伸ばした。


「何も分かっておらぬようじゃな。」


クシナダが影人を見る。


「式神の中には。」


「人より長く生きる者もおる。」


「人より賢き者もおる。」


「力においては、我ら眷属を超える者すらおる。」


「それを。」


「人ではないというだけで、下に置くのか?」


影人が言葉を詰まらせる。


その時。


晴真が口を開いた。


「僕は……。」


全員が晴真を見る。


晴真は少し考え。


ゆっくり言葉にする。


「人の命も。」


「式神の命も。」


「虫の命も。」


「神の眷属の皆さんの命も。」


「命という意味では、一緒だと思っています。」


「晴真様……。」


桜花が晴真を見る。


晴真は続ける。


「もちろん。」


「できることとか。」


「力とか。」


「生きる長さとか。」


「立場とか。」


「全部違うけど。」


「だからって。」


「この命は大事。」


「こっちの命は大事じゃない。」


「そんなふうには、僕は考えたくありません。」


「皆さん!」


景虎がすぐに立ち上がる。


「今の言葉を聞きましたか!」


晴真が驚く。


「え?」


「この少年は!」


「我々人間と式神の命が同じだと言っている!」


「それだけではない!」


景虎はミヅチたちを指す。


「我々が敬うべき神の眷属の方々の命すら同じだと!」


「あり得ない!」


「この子供の考え方はおかしい!」


ガタン!


椅子が大きな音を立てた。


「……なんだと?」


晴臣だった。


「お父さん。」


「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」


晴臣は景虎を睨みつける。


「うちの晴真はな!」


「今まで人を殴ったことだってないような子なんだよ!」


「昔から喧嘩だって嫌いで!」


「虫一匹潰すのだって嫌がるような奴だ!」


晴真が小さくなる。


「お父さん……。」


「そんな晴真が!」


「心を鬼にして、あんたの捻くれた馬鹿息子を殴って止めたんだ!」


「誰のせいだと思ってんだ!」


景虎の顔が引きつる。


「馬鹿息子だと――!」


「馬鹿だから馬鹿って言ってんだよ!」


「晴臣。」


晴時が静かに言う。


「抑えなさい。」


「兄貴。」


「言いたいことは分かる。」


「だが落ち着け。」


「……ちっ。」


晴臣が渋々座る。


しかし。


まだ収まらない。


「だいたいな。」


晴臣は座ったまま景虎へ言う。


「あんたは知識が浅いんだよ。」


「何?」


「晴真が言ったこと。」


「別に晴真が勝手に作った考えじゃねぇ。」


晴臣は腕を組む。


「表の世界で。」


「悟りを開いたとされる仏も。」


「生きとし生けるものの命を尊ぶ教えを残してる。」


「裏佐倉の価値観だけで。」


「表育ちの晴真をおかしいと決めつけるな。」


晴真は父を見た。


「お父さん……。」


晴時が今度は晴真へ向き直る。


「晴真。」


「はい。」


「一つ確認させてくれ。」


晴時の表情は穏やかだった。


「影也君の霊門。」


「再び開くことはできるのか?」


「はい!」


晴真は迷わず答える。


「できます。」


ざわっ。


周囲が少し騒めく。


「ただ。」


晴真は続ける。


「僕以外の人が無理に開けようとしても開かないように、術を組んであります。」


「僕が解除すれば。」


「元に戻せます。」


晴時は大きく頷いた。


「そうか。」


そして。


「ありがとう。」


晴真は少し驚いた。


「え?」


晴時は晴真へ微笑む。


「取り返しのつかないことをしたわけではない。」


「それが分かっただけで十分だ。」


そして。


晴時は景虎へ顔を向けた。


表情が変わる。


「景虎。」


「…………。」


「お前は。」


「何か大きな勘違いをしていないか?」


景虎が眉を寄せる。


晴時は立ち上がった。


二人には。


二学年の差がある。


晴時にとって景虎は学園時代の後輩でもあった。


「確かに。」


「お前は麻賀多本家の当主だ。」


「麻賀多一族を統括する立場にある。」


「だから何だ?」


「…………。」


「御堂より上なのか?」


「麻賀多宗家より上なのか?」


「立身より。」


「西御門より。」


「岩富より。」


「勝田より。」


「ここにいる氏族すべてより。」


「お前は上なのか?」


「それは……。」


「違うだろう。」


晴時の声が低くなる。


「そして。」


「今。」


「お前の息子の霊門を開けられるのは。」


晴真へ視線を向ける。


「俺の甥だけだ。」


「その相手に。」


「お前がすることは何だ?」


「罵ることか?」


景虎が歯を食いしばる。


「どうなんだ。」


「麻賀多景虎。」


「…………。」


「それに。」


晴時はさらに続ける。


「お前。」


「この間の草笛の丘の一件。」


景虎の顔がわずかに強張った。


「印旛大龍王様へ不敬を働いた件。」


「未だ正式な詫びを入れていないそうだな。」


神門蓮雅。


西御門紫玄。


二人が黙って景虎を見る。


晴時が続ける。


「神門家は正式に謝罪した。」


「西御門家もだ。」


「両家とも。」


「己の非を認めた。」


蓮雅が静かに頷く。


紫玄も腕を組んだまま目を閉じた。


「そして。」


晴時が晴真を示す。


「晴真は。」


「印旛大龍王様より、直接その御名を呼ぶことを許されている。」


景虎の目が見開かれる。


「その意味くらい。」


「麻賀多本家の当主なら分かるはずだ。」


「大龍王様が認めた者を。」


「お前は今。」


「この場で異常者のように罵った。」


「それがどういうことか。」


「本当に理解しているのか?」


「…………くっ。」


景虎が。


晴真を見る。


その眼。


冷たい。


濁った。


憎悪を宿したような瞳。


晴真は。


また胸の奥に違和感を覚えた。


(やっぱり……。)


(影也君と似てる。)


長い沈黙。


やがて。


景虎が。


拳を握ったまま。


頭を下げた。


ほんのわずかに。


「…………すまない。」


声を絞り出す。


「息子の霊門を。」


「開いてくれ……。」


晴真が景虎を見る。


すると。


「父上!」


影人が立ち上がった。


「そのような者に頭を下げる必要などありません!」


晴真を見る。


「カタギ混じりなどに!」


ブワッ。


空気が揺れた。


「晴真。」


沙羅だった。


「開いてやる必要ねぇぞ。」


「え?」


沙羅は影人を睨む。


「なんなら。」


「ついでにそいつらの霊門も塞いでやれ。」


「沙羅!」


正臣が慌てて止める。


「それは駄目です!」


「冗談だよ。」


「あなたの場合、冗談に聞こえないんですよ!」


その時。


「晴真君。」


麻賀多影行が声を上げた。


晴真が振り向く。


「はい。」


影行は。


深く頭を下げた。


「私からも頼みます。」


「影也君の霊門を。」


「いつかで構わない。」


「開いてやってほしい。」


「影行先生……。」


影行は目を伏せた。


「私は。」


「影也君が幼い頃から、あの子を知っています。」


景虎たちが影行を見る。


「教師になる以前。」


「私は麻賀多本家で。」


「影也君の家庭教師をしていた時期がありました。」


「昔のあの子は。」


影行は少し寂しそうに笑った。


「とても努力家でした。」


「真面目で。」


「負けず嫌いで。」


「できないことがあれば、一人で何度でも練習する。」


「そんな子でした。」


晴真は黙って聞く。


「もちろん。」


「昔から気位の高いところはありました。」


「麻賀多本家の人間であるという自負も強かった。」


「ですが。」


影行の表情が曇る。


「今のようではなかった。」


「人をあそこまで見下す子では。」


「なかったのです。」


景虎が眉を寄せる。


「何が言いたい。」


「……分からないのです。」


影行が首を振る。


「いつからでしょう。」


「日を追うごとに。」


「あの子の考え方が。」


「少しずつ。」


「捻じ曲がっていった。」


そして。


影行は景虎。


影人。


影華を見る。


「いや。」


「影也君だけではありません。」


「…………。」


「いつからか。」


「麻賀多本家の皆様全体が。」


「変わっていったような気がするのです。」


「何だと?」


景虎が立ち上がりかける。


その時だった。


コンコン。


学園長室の扉が叩かれた。


「誰ですか?」


若陽が尋ねる。


「一年一組。」


「麻賀多道満です。」


もう一つ。


「麻賀多凛です。」


晴真が目を丸くする。


「道満君?」


「凛ちゃん?」


若陽も少し驚いたが。


「入りなさい。」


扉が開く。


道満と凛が入ってきた。


二人とも。


いつもの昼休みとは違う。


真剣な顔。


「失礼します。」


道満が頭を下げる。


凛も続く。


「学園長先生。」


「どうしても。」


「お伝えしたいことがあります。」


「この理事会に?」


「はい。」


道満は一瞬だけ景虎たちを見る。


そして。


若陽のそばへ歩み寄った。


小声で。


何かを伝える。


凛も途中から補足する。


「……終ノ棺を使った時です。」


「……草笛の丘で感じたものと。」


「……宵桜が反応して。」


「……銀桜眼が発現した時。」


「……間違いありません。」


若陽の顔色が。


変わった。


「…………まさか。」


晴隆も。


道秀も。


その反応に気づく。


若陽が勢いよく景虎を見る。


「景虎殿。」


「何ですか。」


「確認します。」


「最後に。」


若陽は慎重に尋ねる。


「麻賀多宗家による祓いを受けたのは。」


「いつですか?」


「祓い?」


景虎は鼻を鳴らした。


「父が亡くなってから。」


「一度も受けていません。」


ざわっ。


道秀の顔が変わる。


「一度も……?」


「ええ。」


景虎は何でもないことのように答える。


「あのような儀式。」


「何の意味があるのです。」


「…………。」


道継が目を見開く。


道隆から笑みが消える。


若陽がすぐに道継を見る。


「道継殿。」


「はい。」


「最近。」


「麻賀多家の分家筋で祓いを行っていますね?」


「はい。」


道継は頷く。


「ここ数年。」


「柱守りの方々から。」


『身体が重い』


『悪夢を見る』


『妙な穢れが取れない』


「そういった相談が増えておりました。」


「そのため宗家の者が各家を回り。」


「定期的に祓い清めを行っています。」


若陽がゆっくり頷く。


「……そうですか。」


そして。


景虎を見る。


「景虎殿。」


「麻賀多本家の役割を。」


「先代から聞かされていますか?」


景虎が苛立ったように言う。


「当たり前でしょう。」


「麻賀多本家は。」


「麻賀多十八家の本家として。」


「各分家を統括し。」


「一族を導く立場です。」


「…………。」


刀斎が。


天を仰いだ。


晴隆も。


「……あちゃぁ。」


と額を押さえる。


道秀に至っては。


深いため息をついた。


「やはりか……。」


景虎が不快そうに三人を見る。


「何なのですか。」


「その反応は。」


晴隆が腕を組む。


「どうやら。」


「先代は本当に。」


「何も伝えておらなんだようじゃな。」


刀斎も頷く。


「あやつ。」


「急に逝ってしまったからな。」


道秀が目を閉じる。


「景虎殿がまだ若かった。」


「正式な継承を終える前じゃった。」


「何を言っているのです?」


景虎が苛立つ。


「私は本家当主です!」


「当主として必要なことは全て――」


「知らぬ。」


道秀が遮った。


「お主は。」


「麻賀多本家の。」


「最も大切な役目を知らぬ。」


「…………何?」


部屋が静まり返る。


道秀はゆっくり立ち上がった。


「麻賀多本家とは。」


「分家の上に立ち。」


「威張るための家ではない。」


「本家とは。」


「一族の中で。」


「最も重いものを背負う家じゃ。」


景虎が黙る。


道秀は続けた。


「麻賀多十八社。」


「そのうち十六社には。」


「禍津喰羅を封じるための柱が存在する。」


晴真も息を呑む。


すでに知っている話。


だが。


その先は知らない。


「柱を守る一族。」


「柱守り。」


「彼らは長年。」


「封印の最前線に立ち続けておる。」


「当然。」


「そこには微量とはいえ。」


「禍津喰羅の瘴気が染み出す。」


道満の表情が険しくなる。


凛も拳を握った。


「その瘴気を。」


道秀が景虎を見据える。


「柱守りたちだけに背負わせぬために。」


「麻賀多本家には。」


「代々受け継がれた役目がある。」


「…………。」


「柱守りが身体へ受けた瘴気。」


「土地へ染みついた穢れ。」


「それを――」


道秀が自らの胸へ手を置く。


「本家の者が。」


「己の身へ集める。」


晴真の目が見開かれる。


「え……。」


景虎も固まる。


「そして。」


道秀は今度は道継を見る。


「宗家が。」


「本家へ集められた瘴気を。」


「定期的に祓い清める。」


「それが。」


「麻賀多本家と。」


「麻賀多宗家。」


「本来の関係じゃ。」


誰も。


声を出さない。


晴真は。


景虎を見る。


影人を見る。


影華を見る。


そして。


発表の日の影也を思い出す。


異様な怒り。


歪んだ笑み。


人を見下す言葉。


式神を平然と犠牲にする判断。


草笛の丘。


豪斎。


あの時感じた。


黒く。


重く。


冷たいもの。


道満が静かに言った。


「だから……。」


皆が道満を見る。


「影也の終ノ棺から感じたものが。」


「豪斎様に植え付けられていた瘴気と。」


「似ていたんだ。」


凛も頷く。


「わたしも。」


「ずっと気になっていました。」


「でも。」


「まさか人から……。」


若陽が景虎を見る。


「景虎殿。」


「あなたは。」


「父君が亡くなられて以降。」


「一度も宗家の祓いを受けていない。」


「……そうです。」


「何年ですか。」


景虎は答えない。


道秀が。


静かに目を閉じる。


「長すぎる。」


晴隆の表情からも。


いつもの豪快な笑みが完全に消えていた。


クシナダも。


ミヅチも。


景虎たちを見ている。


神の眷属として。


何かを感じ取ろうとしていた。


そして。


ミヅチの目が。


細くなる。


「……晴真。」


「はい?」


「金桜眼を。」


「少しだけ開いてみよ。」


晴真は戸惑う。


「え?」


「景虎たちを見るのじゃ。」


「分かりました。」


晴真は静かに呼吸する。


意識を瞳へ集中する。


ゆっくりと。


その瞳の奥に。


金色の桜が咲く。


金桜眼。


世界の見え方が変わる。


人々の霊力。


流れ。


波。


色。


そして。


晴真が。


景虎を見た瞬間。


「――っ!」


息を呑んだ。


「晴真?」


晴臣が息子を見る。


晴真の顔から。


血の気が引いていく。


景虎。


影人。


影華。


三人の霊力の奥。


丹田から。


霊脈へ。


身体中へ絡みつくように。


黒いものが。


びっしりと。


まとわりついていた。


晴真が震える声で呟く。


「……黒い。」


「何?」


景虎が眉を寄せる。


「すごく。」


「黒いものが……。」


「身体の中に。」


影華が自分の身体を見る。


「何を……言って……。」


晴真はさらに目を凝らす。


その黒い霊気。


どこかで見た。


いや。


忘れるはずがない。


「これ……。」


晴真の表情が変わった。


「豪斎様の時と。」


皆が息を呑む。


「同じだ。」


静寂。


そして。


晴真が景虎を見る。


「瘴気です。」


「景虎さんたちの身体に。」


「ものすごい量の瘴気が溜まっています。」


景虎の顔が。


初めて。


大きく歪んだ。


「…………何を。」


影人が叫ぶ。


「ふざけるな!」


「我々が穢れているとでも言うのか!」


「違う!」


晴真がすぐに言う。


「そういう意味じゃない!」


「多分。」


晴真は言葉を探す。


「ずっと。」


「ずっと長い間。」


「柱守りの人たちから集めたものが。」


「祓われないまま。」


「身体の中に残って……。」


影行が。


目を見開いた。


『いつからか、この家族全体が変わっていった。』


その言葉。


答えが。


一つにつながり始める。


道満も。


同じことへ気づいた。


「まさか……。」


「影也が変わっていったのも。」


凛が小さく呟く。


「性格だけの問題じゃ……ない?」


景虎は。


何も言わない。


ただ。


拳を握っている。


しかし。


その表情から。


先ほどまでの怒りが。


少しずつ消えていく。


代わりに浮かんだのは。


初めて見る。


戸惑い。


そして――。


恐怖だった。


道秀が。


重い声で告げる。


「景虎殿。」


「これは。」


「影也だけの問題ではないぞ。」


「麻賀多本家そのものが。」


「長い年月をかけて。」


「禍津喰羅の瘴気に侵され始めておる。」


晴真は。


何も言えず。


ただ。


景虎たちを見つめていた。


チーム研修発表で始まった。


一人の少年との対立。


だが。


その奥には。


誰も想像していなかった。


麻賀多本家に代々課せられていた役目と。


長い年月。


誰にも祓われることなく。


静かに。


静かに。


積み重なってきた――。


禍津喰羅の瘴気が潜んでいた。

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