第三十一話 将門愛理
チーム研修発表から数日後。
昼休み。
佐倉陰陽学園の食堂は、いつものように生徒たちの賑やかな声で満ちていた。
一年一組の面々も、いつもの大きな席を囲んで昼食を取っている。
「いやぁ、それにしても。」
刀也が焼き魚を箸でほぐしながら笑う。
「最後の十五人戦、すげぇことになったよな。」
「お前は楽しそうだったけどな。」
迅が呆れたように言う。
「煉獄まで使って木刀ぶった斬ってただろ。」
「だって、せっかく覚えたんだから使いたいじゃん。」
「その気持ちは分かる。」
豪太が大きく頷く。
「俺も次はもっと派手な技を――」
「豪太君。」
凛がじっと見る。
「はい。」
豪太がすぐに黙った。
その様子に皆が笑う。
晴真も味噌汁を飲みながら、ほっとしたように笑っていた。
あの戦いの直後。
いろいろ考えることはあった。
影也のこと。
自分が人を殴ったこと。
霊門封断を使ったこと。
今でも答えが出たわけではない。
それでも。
こうして皆と一緒に食事をして。
くだらない話をして。
笑っている。
それだけで、少し心が軽くなっていた。
その時だった。
「桜晴真君!」
食堂に大きな声が響いた。
「え?」
晴真が顔を上げる。
こちらへ真っ直ぐ歩いてくる四人の女子生徒。
一年三組。
将門愛理。
上勝田詩織。
神門蘭。
西御門紫穂。
その先頭に立つ愛理が、晴真の目の前まで来る。
そして。
ビシッ!
晴真へ指を突きつけた。
「どう責任を取ってくれるのですか!」
「…………。」
晴真は箸を持ったまま固まった。
一組の皆も固まる。
「えぇー?」
晴真が首を傾げる。
「何の?」
「しらばっくれる気ですか!」
愛理がさらに詰め寄る。
晴真は本気で分からない。
(将門さん……。)
名前を聞きながら、晴真の頭には表佐倉で知った話が浮かんでいた。
本佐倉城の西側。
その台地には、かつて平将門の父――平良将の館があったと伝えられている。
周辺は将門山と呼ばれ。
今でも佐倉市には「将門町」という地名が残っている。
さらに将門山の八幡神社は、平良将が創建したとも伝えられていた。
そして。
八幡神社の赤い鳥居から、さらに北西へ進んだ場所にある口ノ宮神社。
あそこは確か――。
(将門神社って呼ばれてたような……。)
そんなことを思い出していると。
「聞いていますか!」
「あっ!」
晴真は我に返った。
「ご、ごめん。」
「何の責任?」
愛理は胸を張る。
「霊撃砲です!」
「…………霊撃砲?」
「そうです!」
愛理は悔しそうに拳を握った。
「私の家に伝わる将門流古武術は、代々家伝として受け継がれてきたものなのです!」
「うん。」
「それなのに!」
愛理が晴真を指差す。
「一度見ただけで簡単に撃たれたら困るんです!」
「あぁ……。」
晴真はようやく理解した。
あの時。
影也が千尋たちへ落石の術を放った瞬間。
晴真は愛理が以前使用した霊撃砲を思い出し。
ほとんど反射的に撃ってしまった。
しかも。
本来の霊撃砲とは違い。
晴真のものは金色だった。
「……ごめんなさい。」
晴真が苦笑する。
その肩の上。
桜花が腕を組む。
「だから晴真様。」
「いつも言っているではありませんか。」
「やりすぎちゃ駄目ですって。」
「はい……。」
晴真はしょんぼり返事をする。
それを見た与一が、にやりと笑った。
先日の試合で。
神門蘭を完全に男子だと思い込み。
遠慮なく弓体術で投げ飛ばしてしまった与一。
あの件では散々からかわれた。
その仕返しとばかりに。
「これは晴真が悪いな。」
「えー!」
晴真が振り返る。
「与一君!?」
「他人の家伝を勝手に真似したんだろ?」
「それは悪い。」
「そんなぁ。」
すると刀也まで乗ってきた。
「そうだな。」
「晴真が悪い。」
迅も頷く。
「責任取るしかねぇな。」
晴真が嫌な予感を覚える。
「責任って……?」
刀也と迅が顔を見合わせる。
そして。
「婿にでも行って――」
「将門流古武術を継ぐしかないな。」
「えぇぇぇぇ!?」
晴真の声が食堂に響いた。
刀也と迅が大笑いする。
与一も肩を震わせている。
だが。
「…………。」
愛理は顎へ手を当てた。
少し考える。
そして。
「そうですね。」
「え?」
愛理がぱっと顔を上げる。
「それがいい!」
「よくないよ!?」
晴真が慌てる。
その瞬間。
「ダメです!」
食堂に。
珍しく大きな声が響いた。
全員が振り返る。
声の主は――。
木之子小夜。
いつも静かで。
大声などほとんど出さない小夜が。
真剣な顔で愛理を見ていた。
愛理が目を丸くする。
「何で木之子さんが反対するの?」
「…………。」
小夜は少しだけ頬を赤くする。
しかし。
「ダメなものはダメです。」
「理由になってないですよ。」
「ダメです。」
そこへ凛が笑顔で続けた。
「はい。」
「ダメですね。」
紅葉もにこやかに頷く。
「わたくしも反対です。」
「えー?」
愛理は納得できない顔をする。
「なんで?」
その横から。
美鈴がそっと愛理へ近づいた。
そして耳元で。
ひそひそ。
「小夜ちゃんはね。」
「晴真君に好意があるの。」
「――っ!」
小夜の顔が一気に真っ赤になる。
「美鈴さん!」
「あっ。」
美鈴が口を押さえる。
愛理は小夜を見る。
そして晴真を見る。
また小夜を見る。
「へぇー。」
「へぇー……。」
「何ですか、その顔!」
小夜がさらに赤くなる。
晴真はまったく分かっていない。
「?」
凛と紅葉が顔を見合わせ。
小さくため息をついた。
だが愛理はすぐに晴真へ向き直る。
「ですが!」
「それとこれとは別です。」
「責任は取ってもらわないと困ります!」
「だから何をすればいいの?」
晴真が困り果てていると。
「でしたら。」
後ろから落ち着いた声がした。
皆が振り向く。
そこには。
眼鏡をかけた春花が立っていた。
「晴真様も将門流の門下生に迎えていただいたら、いかがでしょう。」
「え?」
愛理が瞬きをする。
春花は冷静に続ける。
「晴真様は御堂家の血筋。」
「その晴真様が――」
『どうしても将門流古武術を学びたい』
「と頼み込んだ。」
「しかし将門家は本来、家伝を外部へ教えることはありません。」
「それでも晴真様があまりにも熱心なので、仕方なく特別に弟子として迎えた。」
春花が微笑む。
「という形にすれば。」
「将門流古武術の名声は、むしろ上がるのではありませんか?」
「…………。」
愛理の目が。
きらり。
輝いた。
「それです!」
「えっ。」
晴真の顔が引きつる。
「それいい!」
愛理が拳を握る。
「今から父さんに聞いてきます!」
「ちょっと待って!?」
だが愛理は聞いていない。
「詩織!」
「行くよ!」
「え、私も?」
「早く!」
愛理は勢いよく食堂を飛び出していった。
詩織も苦笑しながら後を追う。
晴真は呆然とその背中を見送る。
「…………。」
やがて。
ゆっくり春花を見る。
「僕。」
「将門流覚えなきゃいけないの?」
「そうなりますね。」
春花は涼しい顔で答えた。
「えぇ……。」
「勝手に人様の技を真似した罰です。」
春花がくすっと笑う。
「ですが。」
「将門流は、霊力と武術を組み合わせた古武術です。」
「合気術を学び。」
「霊力操作にも長ける晴真様とは、非常に相性が良いと思います。」
「いい機会ではありませんか?」
「そうなのかなぁ……。」
晴真は困ったように笑う。
そのやり取りを。
道満が黙って見ていた。
(……すごい。)
一瞬で。
将門家の面子を守り。
愛理を納得させ。
晴真にも新しい修練を与えた。
誰も損をしていない。
道満は素直に感心する。
(春花さんは本当に機転が利くな。)
そして。
少し考える。
(…………。)
(やっぱり、少し怖いな。)
そんな道満の内心など知らず。
春花が晴真へ向き直った。
「それから晴真様。」
「はい?」
「学園長様がお呼びになっています。」
「若陽さんが?」
「はい。」
「昼食がお済みでしたら、学園長室へ。」
「分かりました。」
晴真は急いで残りのご飯を口へ運ぶ。
「ごちそうさまでした!」
そして桜花を肩へ乗せ。
春花と一緒に食堂を出ていった。
◇
晴真と春花が去ったあと。
神門蘭と西御門紫穂は、そのまま一組の席に残っていた。
蘭が少し気まずそうに口を開く。
「……この前は。」
「助けてもらって、ありがとな。」
与一が笑う。
「気にしなくていいよ。」
凛も頷いた。
「同じ学園の仲間ですから。」
紫穂が少し表情を曇らせる。
「影也君は……。」
皆の表情が変わる。
「発表の日から、学園へ来ていません。」
「そうか……。」
道満が静かに呟く。
蘭も腕を組む。
「三組の奴らも誰も知らない。」
「家にもいるのかどうか……。」
少しだけ。
重い空気が流れた。
その時。
与一が蘭を見た。
「そういえば。」
「何だよ?」
「あれ?」
与一は首を傾げる。
「今日はスカートなんだね。」
「…………。」
蘭の額に青筋が浮かぶ。
「男に間違える奴がいるからな!」
「それ言うなよ!」
与一が苦笑する。
「悪かったって!」
蘭は今日。
いつもの動きやすい袴姿ではなく。
女子生徒用制服のスカートを履いていた。
肩までの髪。
整った顔立ち。
こうして見ると。
どう見ても女子である。
与一は改めて蘭をじっと見る。
「…………。」
蘭が少し居心地悪そうに眉を寄せる。
「何だよ。」
「変か?」
「いや。」
与一は何の気なしに笑った。
「その方が似合ってるな。」
「――っ!」
蘭の顔が。
ぼんっ。
一気に真っ赤になった。
「な、何だよ!」
「その顔でそんなこと言うな!」
「え?」
与一が本気で分からない顔をする。
「なんだよ、その顔って。」
「うるさい!」
蘭はますます赤くなる。
与一は笑う。
「変な奴だなぁ。」
その光景を見て。
迅がぽつり。
「お前。」
「そういうところ、晴真と一緒だな。」
「は?」
「何が?」
美鈴が呆れた顔で言う。
「与一君みたいなイケメンが。」
「そういうことを普通に言ったら。」
「女の子は勘違いしちゃうんだよ。」
女子たちが一斉に頷く。
「そうですね。」
「その通りです。」
「無自覚なのが一番困ります。」
「えぇ?」
与一は困惑する。
「似合ってるから似合ってるって言っただけだろ?」
迅が大きくため息をついた。
「ほら。」
「晴真と同じだ。」
「晴真はもっとひどいけどな。」
刀也が笑う。
そこで迅がにやりとする。
「それに。」
「そんなこと言ってると――」
「弓月と桜華がやってくるぞ。」
「やめろよ!」
与一が即座に反応した。
「何でそこであいつらが出てくるんだ!」
その時。
背後から。
「呼びました?」
「与一」
二つの声。
「…………。」
迅の顔から笑顔が消えた。
ゆっくり後ろを見る。
そこには。
鏑木弓月。
そして。
角来桜華。
二人が立っていた。
与一も固まる。
「いつからいた?」
「今来ました。」
弓月が答える。
桜華が蘭を見る。
その次に。
与一を見る。
そして。
にっこり笑った。
「与一」
「その方は、どなたですか?」
「…………。」
与一の頬が引きつる。
迅が一歩。
後ろへ下がった。
「じゃ。」
「俺、用事思い出した。」
「おい迅。」
シュンッ!
次の瞬間。
迅の姿が消えた。
「逃げた!?」
刀也が立ち上がる。
豪太が目を丸くする。
「速ぇ!」
紫穂が思わず感心する。
「……試合の時より速いですね。」
「言えてる。」
刀也が大笑いした。
食堂に笑い声が広がる。
ただ一人。
与一だけが笑っていなかった。
「迅ぉぉぉ!」
その叫び声が。
昼休みの食堂いっぱいに響き渡った。




