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第三十話 前を向け

「そこまで!」


鏑木与乃が大きく手を上げた。


実技場には――


まだ先ほどの戦いの余韻が残っている。


砕けた地面


焦げ跡


散らばった札


浄化され、消えていった黒い蔓。


そして


呆然と立ち尽くす影也


与乃は、一組側へ視線を向ける。


「勝者――」


そう告げようとした。


だが


「…………」


その声が止まった


一年一組の生徒たちは。


誰一人として――


勝利を喜んでいなかった。



「大丈夫?」


凛が三組の女子生徒へ手を貸す。


「はい……ありがとう」


「こっち!」


美鈴と小夜は、黒い蔓に締め付けられていた生徒を支えていた。


「無理して立たなくていいよ」


「少し休んで」


「怪我は?」


「大丈夫……です」


豪太と太一は、倒れていた男子生徒を起こす。


「立てるか?」


「ああ……すまない」


「気にすんな!」


刀也も。


先ほどまで敵として戦っていた三組の生徒へ木刀を差し出していた。


「ほら」


「掴まれよ」


「……ありがとう」



隼人



桔梗


綾女


与一


紅葉


道満


皆が


影也の術に巻き込まれた三組の生徒たちを助けている。


一組も


三組も


もう関係なかった。



ただ――


一人だけ


皆から少し離れた場所。


晴真は


俯いたまま立っていた。


「…………」


右手を見る


その拳で


自分は――


人を殴った


影也の顔を


思い切り


そして


さらに


自分は


影也の霊門を閉じた。


陰陽術を


使えなくした。


「…………」


晴真の瞳から


金色の桜は、すでに消えている。


握っていた拳も


今では僅かに震えていた。


(僕……)


(本当にあれでよかったのかな)


あの時は


止めなければ


そう思った。


式神を犠牲にした。


降参した相手へ攻撃した。


仲間まで巻き込もうとした。


だから


止めるしかないと思った。


でも


「…………」


晴真は拳を握る。


(僕が……)


(人から陰陽術を奪っていいのかな)


胸の奥に


重たいものが沈んでいた。



その様子に


最初に気づいたのは――


凛だった。


「晴真君」


「…………」


返事がない。


凛は晴真の前へ回る。


「晴真君」


「……凛ちゃん」


ようやく顔を上げる。


だが


いつもの晴真ではない


凛は少し考えてから


静かに言った。


「晴真君は」


「やるべきことをしたと思います」


「…………」


「でも」


凛は続ける。


「それが絶対に正しかったか」


「間違っていたか」


「私には分かりません」


晴真が凛を見る


凛は無理に笑わなかった。


「だから」


「今すぐ自分だけで答えを出さなくていいと思います」


「…………」


「今は――」


晴真の手を


そっと握る。


「前を向きましょう」


「凛ちゃん……」


「一人で下を向いていたら」


「考えることまで全部、一人で背負っちゃいますから」



「その通りだ」


後ろから声


道満だった


晴真が振り返る。


「道満君」


道満は晴真の隣へ立つ。


「晴真」


「お前がやらなくても」


少し間を置いて。


「俺がやっていた」


「え?」


「影也があのまま術を使い続けていたら」


「俺は止めた」


「どういう手段を使ってでもな」


道満は真っ直ぐ晴真を見る。


「だから」


晴真の肩を掴む。


「お前一人で背負うな」


「…………」


「俺もいる」


凛を見る。


「凛もいる」


「それに――」


「お前らだけじゃねえぞ!」


刀也が割って入った。


「刀也君」


刀也は晴真の背中を


今度は優しく。


バンッ。


叩いた。


「俺たち全員いるだろ!」


迅もやってくる。


「そうだぜ、晴真」


「勝手に一人で暗くなんなって」


「でも……」


晴真が言おうとする。


すると。


「晴真」


与一までやって来た。


なぜか少し遠い目をしている。


「僕なんてさっき」


「女の子に思いっきり体術かけちゃったよ」


「…………」


美鈴が


ぴたり


止まった


そして


「最低」


「えっ?」


与一が振り返る。


「美鈴!?」


「与一君、最低です」


「待て!」


与一が慌てる。


「お前の情報が間違ってたんだよ!」


「私の?」


「神門蘭は女の子じゃないか!」


「え――」


美鈴の目が丸くなる。


「マジで?」


「マジだよ!」



その時。


少し離れた場所。


三組の生徒を助けていた蘭が


「……ごめん」


こちらへ歩いてきた。


「蘭?」


美鈴が見る。


蘭は少し恥ずかしそうに自分の制服を見る。


「私のせいでもある」


「え?」


「男子用の制服着てるから」


「…………」


蘭は頬を掻いた。


「なんか……」


「スカートって好きになれなくて」


「ちょっと恥ずかしいっていうか……」


「動きにくそうだし……」


「だから男子用の制服を選んでるの」


美鈴が


「ええええっ!?」


蘭がびくっとする。


「ご、ごめん!」


「私、完全に男子だと思ってた!」


「うん」


蘭が苦笑する。


「よく間違われる」


与一が腕を組む。


「ほら!」


「やっぱり美鈴のせいじゃないか!」


すると。


刀也が蘭をじーっと見る。


「でもさぁ」


「何?」


「よく見れば」


蘭の顔を指差す


「こんな可愛い男子いるわけないだろ」


「…………」


蘭の顔が赤くなる。


「なっ……!」


迅が即座に頷く。


「確かに」


そして。


「ということで」


与一を見る


「与一が悪い」


「なんでだよ!」


「お前がちゃんと確認しなかったから」


「いや!」


「試合中に確認するか普通!?」


「『すみません、男ですか女ですか』って!?」


刀也が笑う。


「聞けばよかったじゃん」


「聞けるか!」



与一は最後の味方を探すように。


晴真を見る。


「晴真!」


「え?」


「お前は俺の味方だよな?」


「…………」


「な?」


「俺、悪くないよな?」


晴真は


与一を見る


刀也を見る


迅を見る


真っ赤になっている蘭を見る。


そして――。


少しだけ。


口元が緩んだ。


「うーん」


「晴真?」


「やっぱり……」


晴真が笑う。


「与一君が悪いんじゃない?」


「晴真ぉぉぉ!」


わはははは!


一組から。


大きな笑い声が上がった。


そして。


それにつられるように。


三組の生徒たちからも。


笑い声が漏れた。


「確かに」


「鏑木が悪いな」


「いや分からないだろ!」


「神門も紛らわしいぞ!」


「うるさい!」


蘭まで笑いながら怒っている。


いつの間にか。


一組。


三組。


入り混じって。


皆が笑っていた。



少し離れたところでは。


先ほど一組に敗れた紫穂が。


迅へ言う。


「でも」


「さっきの攻撃、本当に速かった」


「そう?」


迅が嬉しそうに笑う。


「今度またやろうぜ!」


「結構です」


「即答!?」


その横では。


菜穂が三組の剣士と互いの木刀について話している。


秀と学は。


蘭の二枚同時発動の札術について質問していた。


紅葉は。


相変わらず雛菊とは少し距離を取っている。


だが。


先ほどまでの刺々しさは。


ほんの少しだけ薄れていた。


「…………」


雛菊も


そんな紅葉をちらりと見る。


そして


何も言わず


目を逸らした。


正光も


折れた霊木の木刀を握ったまま。


輪の中には入らない。


悔しそうに。


少し離れたところに立っていた。



そして――。


影也


「…………」


一人


さらに遠く


誰にも近づこうとはしなかった。


札を握る


霊力を流そうとする。


「…………」


何も起こらない


もう一度


「火球……」


何も


「…………」


ぎりっ


歯を食いしばる


視線の先


晴真


その周囲には



道満


刀也



与一


一年一組の仲間たち


そして


先ほどまで敵だった


三組の生徒たちまでいる。



笑っていた


晴真も。


少しずつ


いつもの表情へ戻り始めている。


「…………」


影也の目が。


歪む


憎しみ


怒り


そして


理解できないものを見る目


その表情を――


道満がふと見た。


「…………」


一瞬


道満の顔から笑みが消える。


どこかで


見たことがある


あの目


他人を見下し


自分こそが正しいと信じ


自分を否定する者すべてを


敵と決めつける。


道満は


僅かに眉を寄せた。


(……父親景虎と)


(同じ目だ)



「さて」


その時


与乃が大きく息を吐いた。


ようやく


試合を終える


改めて


両クラスを見渡す。


「一年一組」


「一年三組」


笑っていた生徒たちが、少しずつ静かになる。


与乃は。


少し困ったように。


しかし。


どこか安心したように笑った。


「随分と予定外の試合になりましたが」


そして。


手を上げる。


「特別模擬戦――」


「勝者」


一拍


「一年一組!」


「…………」


一組の十五人。


顔を見合わせる。


いつもなら。


大喜びするところ。


でも


今日は


少し違った。


凛が


三組を見る


晴真も。


そして。


晴真は前へ出た。


「ありがとうございました!」


深く


頭を下げる


その姿を見て。


道満


刀也



与一


そして全員


「ありがとうございました!」


一組十五人。


揃って礼。


三組側も。


一人。


また一人。


頭を下げる。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました!」


蘭。


紫穂。


他の生徒たち。


次々と。


そして。


大きな拍手が――。


実技場を包んだ。



正臣は。


そんな生徒たちを見ながら。


静かに息を吐いた。


勝った。


負けた。


そんなことよりも。


今日。


この子たちは。


もっと大きな何かを学んだのかもしれない。


正しさとは何か。


仲間とは何か。


力を持つということは。


どういうことなのか。


晴真が使った――。


霊門封断。


それについては。


これから。


大人たちが話し合わなければならない。


晴真自身も。


きっと。


向き合わなければならない。


だが。


今だけは――。


「よくやった」


正臣が呟いた。


晴真が振り返る。


「先生?」


正臣は笑う。


「何でもない」


そして。


いつものように。


「お前ら!」


十五人へ向かって叫ぶ。


「終わったからって気を抜くなよ!」


「この後――」


にやり。


「反省会だからな!」


「えええええっ!?」


刀也が真っ先に叫ぶ。


迅も。


「まだやるんですか!?」


凛が。


「当然です!」


「凛まで!?」


道満は苦笑し。


与一は肩をすくめ。


晴真も。


ようやく。


いつものように笑った。


その笑顔を見て。


凛と道満は。


ほんの少しだけ。


安心した。


けれど。


実技場の端。


影也だけは――。


笑っていなかった。


自分とは違う。


仲間に囲まれる晴真を。


父親と同じ――。


冷たく。


濁った目で。


ただ。


じっと睨み続けていた。

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