第二十八話 怒れる金桜眼
砕け散った落石。
その向こうに――。
いつもの晴真とは、まるで違う少年が立っていた。
笑っていない。
穏やかな表情もない。
瞳の中には――。
金色の桜。
金桜眼が、燃えるような光を放っていた。
そして。
その視線はただ一人。
麻賀多影也を射抜いている。
「君……」
晴真の声が低くなる。
「何をしているんだ!」
ビリッ――。
声と同時に。
晴真の周囲で霊気が震えた。
「式神を!」
「あんなふうに扱うなんて!」
影也の足元。
禁術の代償となった式神を見る。
「それに!」
今度は黒い蔓に拘束された千尋たちを見る。
「身動きの取れない五人に!」
「あんな術を撃つなんて!」
晴真が拳を握った。
「何を考えてるんだ!」
「…………」
会場が静まり返る。
普段。
晴真が声を荒らげることなど、ほとんどない。
だからこそ。
一年一組の仲間たちには分かった。
――本気で怒っている。
「その術を――」
晴真が影也へ掌を向けた。
金色の霊気が集まり始める。
「早く解け!」
ズン――!
圧倒的な霊圧。
「次は……」
晴真の瞳の桜が、さらに強く輝く。
「本気で君を撃つ!」
「…………」
将門愛理が。
先ほどの光景を思い出す。
晴真が放った――。
金色の霊撃砲。
落石を一撃で消し飛ばした威力。
「え……」
愛理の頬が引きつる。
「あれで……」
「手加減してたの……?」
その言葉に。
周囲がざわつく。
「今のが手加減!?」
「嘘だろ……」
「岩消し飛ばしたぞ……」
だが。
影也は怯まなかった。
いや。
怯んでいることを悟られたくないかのように。
晴真を睨み返す。
「やってみろよ」
「カタギ混じりが」
その瞬間。
「晴真に手ぇ出してみろ」
低い声。
影也が振り返る。
大篠塚正光が晴真へ木刀を向けていた。
その正面。
刀也。
手には――。
炎を纏う霊装武具。
煉獄。
ボォォォ――!
刀身の炎が揺れる。
「俺が先に斬る」
「刀也……」
晴真が見る。
その隣では。
バチバチバチッ!
迅の忍刀にも雷が走っていた。
「俺もいるぜ」
「……迅」
迅は笑っていない。
「その術――」
晴真が再び影也を見る。
「早く解けって言ってるだろ!!」
珍しく。
晴真が怒鳴った。
ビリビリビリッ!!
実技場全体が震えるほどの霊圧。
影也の表情が僅かに引きつった。
◇
「晴真君!」
鋭い声が飛ぶ。
審判の鏑木与乃だった。
「試合中に外部から手を出す行為は反則です!」
「…………」
晴真は動かない。
すると。
「では与乃先生」
道満が静かに口を開いた。
与乃が振り返る。
「道満君?」
道満は影也を見る。
「降参した相手へ追い打ちを掛ける行為は――」
「許されるのですか?」
「……!」
続いて凛。
「それに」
いつになく厳しい声だった。
「すでに降伏した相手を拘束し続けることは?」
「それも試合の範囲なんですか?」
「…………」
与乃が言葉を詰まらせる。
今回。
千尋は明確に降参を宣言している。
本来なら。
その時点で試合終了。
影也の落石など――。
完全に不要だった。
「…………」
与乃はすぐに影也へ向き直る。
「影也君!」
「術を解きなさい!」
「は?」
「今すぐです!」
「……ちっ」
影也は舌打ちする。
「分かりましたよ」
片手で印を切った。
ズズズズ……。
黒い蔓が。
少しずつ千尋たちの身体から離れていく。
ドサッ。
「うっ……」
「千尋!」
凛たちが駆け寄ろうとする。
拘束は解かれた。
だが――。
晴真は。
まだ動かなかった。
全身へ霊力を巡らせたまま。
掌には。
次の霊撃砲を放てるほどの金色の霊気。
「晴真君?」
凛が気づく。
晴真は。
影也の足元を見ていた。
そこには。
力なく横たわる――。
影也の式神。
「…………」
晴真の拳が震える。
「影也君」
「なんだよ」
晴真が睨む。
「謝れ」
「は?」
「その子に!」
式神を指差す。
「謝ってよ!」
影也は一瞬。
何を言われているのか分からない顔をした。
そして。
鼻で笑う。
「馬鹿馬鹿しい」
「たかが式神一匹だろ」
「…………」
晴真の金桜眼が――。
ギラッ!
さらに強く輝いた。
「なんだと……?」
「君は――」
声が震える。
怒りで。
「式神を……」
「なんだと思ってるんだ!!」
◇
少し離れたところ。
桜花は。
晴真を見つめていた。
「晴真様……」
小さな瞳に。
涙が浮かぶ。
その隣。
春花も黙って晴真を見る。
「…………」
晴真は。
自分のことを言っているのではない。
桜花のためでもない。
目の前で。
命を使い潰された。
名も知らない式神のために。
本気で怒っている。
春花は静かに目を伏せた。
「晴真様……」
◇
「くだらないですわ」
今度は。
雛菊が薙刀を構えた。
「式神ごときで、いつまで騒いでいるのです?」
その瞬間。
シュッ――。
「……え?」
雛菊の動きが止まった。
遠く。
与一。
弓を構えている。
その手には。
新たな霊装武具。
「霊装武具――」
弓へ霊力が巡る。
「扇切。」
そして。
「術式解放」
キィィィン――。
番えられた矢が。
眩しいほどの光を放つ。
完全に。
雛菊を捉えていた。
「…………」
雛菊の頬を汗が伝う。
動けない。
少しでも動けば――。
撃たれる。
「与一!」
与乃が叫んだ。
「何をしている!」
与一は弓を引いたまま。
「与一!」
「やめんか!」
今度の声には。
教師としてだけではなく。
叔母としての焦りも混ざっていた。
「すみません」
与一が静かに答える。
「叔母さん」
「だったら弓を下ろしなさい!」
「それはできません」
「与一!」
与一は晴真を見る。
そして。
刀也。
迅。
笑った。
「僕は――」
「黒桜の四馬鹿の一人」
「鏑木与一ですから」
「誰が四馬鹿だ!」
刀也が叫ぶ。
「お前が言い始めたんだろ!」
迅も突っ込む。
それでも。
与一の弓は下がらない。
「人が僕を馬鹿だと言おうと構いません」
「でも――」
普段。
ほとんど怒らない晴真を見る。
「いつも怒らない仲間が」
「ここまで本気で怒ってるのに」
「知らないふりなんてできません」
与一が笑う。
「だよな?」
「刀也」
「迅」
「おう!」
刀也が煉獄を構える。
「当たり前だ!」
迅も迅雷を肩へ担ぐ。
「黒桜の四馬鹿だからな!」
「だから誰が四馬鹿だよ!」
その時。
「なら――」
道満が前へ出た。
「俺たちも混ぜてもらうぞ」
隣には。
隼人。
豪太。
太一。
「お頭も参加だ!」
迅が笑う。
「この状況でまでお頭って呼ぶな!」
隼人が怒鳴る。
豪太は槍を構える。
「仲間が怒ってんだ!」
「俺も黙ってられねえ!」
太一も木刀を握る。
「俺も同じだ」
「道満様」
紅葉が静かに歩み寄る。
「わたくしもご一緒させていただきますわ」
「紅葉?」
「当然です」
薙刀を構える。
小夜も。
「わたしも」
「晴真君が本気で怒っているのに」
静かだが。
はっきりと。
「無視はできない」
「みんな!」
凛が叫ぶ。
「ちょっと待ってください!」
全員が凛を見る。
「勝手に盛り上がらないでください!」
「凛……」
凛は大きく息を吸う。
そして。
三組へ向き直った。
「こういう時は――」
小太刀を抜く。
「私たち一年一組全員です!」
「凛ちゃん……」
晴真が目を見開く。
「当たり前でしょう?」
凛は晴真へ笑った。
「晴真君だけ怒らせておくつもりはありません」
その言葉を聞き。
一組の仲間たちが。
次々と前へ出る。
先ほど禁術から解放された五人を除く――。
その場で戦える一年一組の仲間たち。
全員が。
晴真の隣へ並んだ。
◇
「お前たち!」
正臣が駆けてくる。
「落ち着け!」
「先生!」
刀也が叫ぶ。
「でもよ!」
「気持ちは分かる!」
正臣も影也の行為には怒っている。
だが。
教師として。
生徒同士の私闘を認めるわけにはいかない。
「ここは授業だ!」
「勝手に戦うな!」
「でも――」
凛も引かない。
道満も。
刀也も。
迅も。
誰一人。
武器を下ろさなかった。
その時だった。
「でしたら――」
三組担任。
麻賀多影行が歩いてきた。
全員が見る。
影行は。
一組。
三組。
両方の生徒を見渡した。
「正式な模擬戦にしましょう」
「……え?」
正臣が振り返る。
「影行先生?」
「このままでは」
影行は静かに言う。
「どちらも納得しないでしょう」
そして。
「一年一組対一年三組」
「総合戦」
ざわっ!!
会場が騒めく。
「それで決着を付ければよい」
「…………」
凛が一組の仲間を見る。
皆。
頷いている。
「分かりました」
凛が答えた。
「受けます」
「上等だ!」
影也も叫ぶ。
「やってやるよ!」
そして三組側を振り返る。
「奉先!」
「響!」
「お前らも出ろ!」
「…………」
奉先は影也を見る。
「断る」
「何?」
「俺は晴真と戦いたい」
奉先は晴真を見る。
「道満ともな」
そして。
首を横に振る。
「だが――」
「こんな形で戦いたいとは思わない」
「俺たちは出ない」
「当たり前じゃ!」
舞桜も薙刀を肩へ担ぐ。
「妾も嫌じゃ!」
「影也なんぞと一緒に戦う気はない!」
「晴真たちとは!」
晴真を指差す。
「正々堂々!」
「良い形で試合をするのじゃ!」
「その時は妾が勝つ!」
晴真は少しだけ表情を緩める。
「うん」
響も前へ出た。
「俺たちも出ない」
その後ろには。
時雨。
霞。
旭。
白夜。
「俺たちは」
響が影也を見る。
「お前の考え方が気に入らない」
「それに」
晴真たちを見る。
「こんな形であいつらと戦う気もない」
「好きにやってくれ」
影也の顔が赤くなる。
「貴様ら!」
「三組を裏切るのか!」
時雨がため息をつく。
「裏切るも何も」
「最初からお前と仲間になった覚えはない」
旭も。
「迷惑なことに――」
霞が続ける。
「同じクラスだっただけ」
「貴様ら……!」
影也の身体が震える。
「麻賀多本家を馬鹿にしているのか!」
霞と旭が。
ぴったり同時に。
「「知るか、馬鹿!」」
「…………」
一瞬。
静寂。
愛理が思わず。
「ほんと仲良いね、二人」
「「どこが!」」
また同時。
「ほら」
愛理が笑った。
そして。
影也を見る。
「私も無理」
「は?」
「あんたとは――」
愛理は笑顔で。
「死んでも組まない」
詩織も肩をすくめる。
「私も遠慮します」
武尊も。
「俺も」
「お前ら!」
白夜が苦笑する。
「そんなこと言ったら可哀想だろ」
時雨が見る。
「じゃあ白夜は組むのか?」
「…………」
白夜は影也を見る。
そして。
「無理だ」
「なんだよそれ!」
笑いが起きた。
◇
響は晴真へ向き直る。
「晴真!」
「…………」
「俺たちは戦わない!」
響が笑う。
「また次の機会な!」
奉先も拳を上げる。
「その時は本気でやろう」
舞桜も。
「逃げるでないぞ!」
晴真は。
まだ怒りの残る表情のまま。
それでも。
三人を見て。
静かに頷いた。
「うん」
「約束ね」
「おう!」
◇
与乃が両陣営を確認する。
三組から。
影也たちと共に戦う者。
一組から。
晴真たち。
人数を調整していく。
そして。
禁術で拘束されていた千尋たちは。
その話を聞き――。
「凛」
千尋が声を掛けた。
「私たちは、この試合降りるね」
「千尋?」
「さっきので結構消耗しちゃったし」
菜穂も悔しそうだが笑う。
「本当は戦いたいけどね」
剛も。
遊喜も。
樹も頷く。
ひなたたちも彼女たちへ付き添うことになった。
「だから――」
千尋が凛を見る。
「頑張ってね」
凛は力強く。
「はい!」
小太刀を握る。
「任せてください!」
与乃が一度。
大きく息を吐いた。
そして――。
「それでは」
実技場全体へ声を響かせる。
「予定にはありませんでしたが――」
「両クラス担任の了承のもと」
「特別模擬戦を行います!」
ざわざわざわっ!!
観覧席が再び沸き立つ。
「一年一組――十五名!」
晴真。
凛。
道満。
刀也。
迅。
与一。
小夜。
紅葉。
美鈴。
豪太。
隼人。
茜。
桔梗。
綾女。
太一。
黒桜寮。
一年一組の十五人が――。
並ぶ。
対して。
「一年三組――十五名!」
影也を中心に。
戦うことを選んだ三組の生徒たちが並ぶ。
影也が晴真を睨む。
「泣いて謝っても遅いからな」
「…………」
晴真は答えない。
ただ。
金桜眼で。
まっすぐ影也を見る。
その肩には。
もう桜花はいなかった。
桜花は春花の肩から。
心配そうに晴真を見ている。
「晴真様……」
春花が小さな桜花へ言う。
「大丈夫です」
「ですが……」
「晴真様は今、とても怒っていらっしゃいます」
春花は静かに実技場を見る。
「だからこそ」
「仲間の皆様がいるのですよ」
「…………」
桜花が十五人を見る。
晴真の隣には。
凛
道満
刀也
迅
与一
そして。
十五人全員。
「そうですね……」
桜花が小さく頷いた。
実技場中央
凛が仲間を見回す。
「みんな」
「はい!」
「一人で戦わないでください」
晴真を見る。
「特に晴真君」
「……はい」
「怒っているのは分かります」
「でも」
凛が笑う。
「私たちは十五人です」
「…………」
晴真は皆を見る。
刀也が笑う
迅も
道満も
与一も
全員がいる。
晴真は
ゆっくり息を吐いた。
金色の瞳は消えない。
だが
少しだけ
いつもの晴真の表情が戻る。
「うん」
そして
構えた。
「みんなで戦おう」
十五人が
一斉に頷いた。
チーム研修発表
最後に待っていたのは――
予定になかった。
一年一組対一年三組。
十五人対十五人の――
総合模擬戦だった。




