第二十七話 禁術
「さっさと始めるぞ!」
三組側。
麻賀多影也が、いかにも苛立たしそうに声を張り上げる。
その態度に合わせるように、同じ班の者たちも余裕の笑みを浮かべていた。
「さっさと終わらせましょう」
「どうせ一組なんて、大したことありませんわ」
「時間を掛ける必要もないだろう」
その声は。
これから戦う相手にも、はっきりと聞こえていた。
◇
対する一年一組――五班。
リーダーは。
臼井千尋。
陰陽術を得意とする女子生徒だった。
千尋は悔しそうに唇を噛む。
それでも。
仲間たちを振り返ると、しっかりと声を掛けた。
「みんな!」
「行くわよ!」
「うん!」
真っ先に答えたのは――。
小竹菜穂。
茜と桔梗と黒桜寮で同じ部屋の少女。
そして。
隼人が通う小竹剣術道場の娘でもある。
腰には――。
大太刀。
そして小太刀。
二本の木刀。
「絶対負けない!」
その隣。
萩山剛。
豪太と同じく、岩名流槍術を学ぶ少年。
槍を強く握る。
「勝つぞ!」
さらに。
「おう!」
いつも明るく。
いつも楽しそうに笑っている――。
飯田遊喜
そんな遊喜も。
今日は珍しく本気で怒っていた。
「岩名流槍術!」
「たっぷりお見舞いしてやる!」
「落ち着け遊喜」
最後の一人。
畔田樹
陰陽術
剣術
学問
どれも器用にこなす秀才。
「熱くなり過ぎたら向こうの思うつぼだ」
「分かってる!」
五人が互いに頷く。
その姿を見て――。
影也が鼻で笑った。
「雑魚が気合いを入れたところで」
「何も変わらん」
「……!」
菜穂の表情が険しくなる。
麻賀多雛菊も口元へ手を当て。
「まあ」
「随分とやる気だけはありますのね」
くすくす笑う。
そして。
大篠塚正光が菜穂の二本の木刀を見る。
「小竹剣術か」
「そんなゴミ流派で俺たちに勝てると思ってるのか?」
「なんだと!」
菜穂が一歩出る。
だが――。
「菜穂」
隼人の声。
「…………」
振り返る。
隼人は腕を組みながら、まっすぐ菜穂を見ていた。
「相手にすんな」
「でも!」
「お前がやることは一つだ」
小竹剣術の二本の木刀を見る。
「いつも通り」
「お前の小竹剣術をしっかり見せてやれ」
「…………」
菜穂は少し黙る。
そして。
「うん」
力強く頷いた。
◇
一方。
三組側には――。
神門蘭。
西御門紫穂。
二人もいた。
だが。
二人は影也たちのやり取りには加わらず。
静かに――。
一年一組の方を見ていた。
晴真。
道満。
凛。
刀也。
迅。
与一。
そして。
これまで戦った一組の生徒たち。
二人の師である神門蓮雅と西御門紫玄は。
夏休み。
一年一組十五人を相手に敗れた。
十五人がかりだったとはいえ。
当主である二人が。
初等部一年生に。
敗北した。
だが――。
二人の師は。
そのことを恥じていなかった。
それどころか。
「良い生徒たちだ」
「恐ろしいほど伸びるぞ」
そう言って。
一年一組を褒めていた。
最初。
蘭も紫穂も。
信じられなかった。
だが――。
今日。
ここまでの試合を見て。
少しずつ。
その理由が分かり始めていた。
「…………」
蘭が道満を見る。
紫穂は晴真を見る。
二人とも何も言わない。
ただ。
何かを考えるように。
じっと一組を見つめていた。
◇
実技場へ向かう五人へ。
「みんな!」
凛が声を飛ばす。
五人が振り返る。
「冷静に!」
「いつも通り頑張って!」
「はい!」
続いて正臣。
「お前たち!」
「はい!」
「この研修で学んできたこと!」
「しっかり見せてこい!」
「はい!」
五人の返事が揃う。
そして。
中央へ。
審判の鏑木与乃が立った。
「双方」
「準備はよろしいですね?」
「はい!」
一組五班。
そして。
三組。
影也。
雛菊。
正光。
神門蘭。
西御門紫穂。
十人が構える。
与乃が手を上げた。
「それでは――」
振り下ろす。
「始め!」
◇
「先手!」
千尋が札を抜く。
「雷撃!」
バチバチバチッ!!
雷が走る。
そのまま――。
影也たちへ。
「行け!」
ドォッ!
雷撃が一直線に飛ぶ。
だが。
紫穂が一歩前へ出た。
「西御門流――」
札を構える。
「結界!」
バァン!!
紫色の半透明の壁。
雷撃が激突。
バチィィィン!!
「防いだ!」
千尋が目を見開く。
紫穂の結界は――。
ほとんど揺れていない。
道満が感心したように呟く。
「綺麗な結界だな」
凛も頷く。
「さすが西御門家……」
すると。
「蘭」
紫穂が声を掛ける。
「うん」
神門蘭が。
札を――。
二枚。
同時に構えた。
「二枚?」
刀也が身を乗り出す。
蘭の札が光る。
「火矢!」
ボッ!
ボッ!
二本の炎の矢。
二枚同時発動。
「行け!」
シュバッ!!
二本の火矢が一組へ飛ぶ。
道満の目が僅かに鋭くなる。
「流石だな」
「神門家当主に直接教わっているだけある」
「術式がまったく乱れていない」
一組側。
「樹!」
「任せろ!」
樹が前へ。
「結界!」
バァン!!
火矢がぶつかる。
ドン!
ドン!
「ぐっ……!」
結界が大きく揺れる。
樹の顔が険しくなる。
(まずい……!)
耐えきれない。
そう判断した瞬間。
「重ねる!」
千尋が横へ並んだ。
「結界!」
バァン!!
樹の結界の上へ。
もう一枚。
二重結界。
火矢の勢いが。
止まった。
「よし!」
秀が観覧席から声を上げる。
学も。
「いい連携!」
蘭も思わず笑った。
「いい連携ね」
「…………」
千尋が僅かに驚く。
敵から。
褒められた。
だが。
次の瞬間。
「蘭!」
影也の鋭い声。
「敵を褒めるな!」
「…………」
蘭が影也を見る。
紫穂も。
二人とも明らかに不満そうだった。
「別に」
蘭が小さく呟く。
「良いものを良いと言っただけなのに」
「そうね」
紫穂も静かに答えた。
◇
その時。
「邪魔だ!」
正光が踏み込んだ。
狙いは――。
結界を維持する千尋と樹。
だが。
ギィン!!
「なっ?」
その前へ。
菜穂。
大太刀で正光の木刀を受け止める。
「お前の相手は私!」
正光は菜穂を見る。
そして。
鼻で笑った。
「小竹剣術は小太刀じゃないのか?」
「何だその大太刀は」
菜穂も。
にやり。
「もちろん小太刀も使うよ」
左手。
もう一本を抜く。
「大太刀と小太刀――二本だけどね!」
「何?」
踏み込む。
ギンッ!
大太刀。
続けて。
シュッ!
小太刀。
「くっ!」
正光が木刀で受ける。
さらに。
菜穂は身体を回転。
大太刀を――。
ブンッ!!
力強く振り抜く。
「なっ!」
正光が後退する。
「こいつ……!」
女子とは思えないほどの膂力。
大太刀を軽々と振り回しながら。
小太刀で死角を突く。
小竹剣術。
大小二本を使い分ける剣術。
「調子に乗るな!」
正光が怒鳴る。
「そんな雑魚剣術!」
「だったら!」
菜穂が踏み込む。
「その雑魚剣術に押されないでよ!」
ギィン!!
「貴様!」
◇
別方向。
雛菊の前には――。
二本の槍。
「行くぞ!」
剛。
そして。
「おらぁ!」
遊喜。
二人同時。
岩名流槍術。
「左右から行くぞ!」
「分かってる!」
槍。
槍。
次々と突きが飛ぶ。
雛菊は札。
そして薙刀で。
何とか受け。
避け。
距離を取る。
「くっ……!」
明らかに。
防戦一方。
だが――。
「…………」
その口元には。
なぜか笑みが浮かんでいた。
観覧席。
与一が気づく。
「……何か変だ」
凛も。
「はい」
道満が影也を見る。
その瞬間――。
影也が笑った。
「準備は整った」
「!」
道満の顔色が変わる。
「まさか……!」
影也が両手を合わせた。
そして。
足元。
影也の式神が姿を現す。
小さな獣型の式神。
その身体へ――。
黒い術式が浮かぶ。
「おい」
晴真の表情が変わる。
影也は。
笑いながら。
唱えた。
「麻賀多式封印術――」
「式神骸縛・終ノ棺」
ドクン――。
「…………え?」
道満が。
言葉を失った。
◇
観覧席。
道秀が――。
頭を抱えた。
「何をしておる……!」
晴隆も立ち上がる。
「なんじゃ!?」
「なんじゃ、あの禍々しい術は!」
道継の顔が険しい。
「……式神骸縛」
「知っておるのか?」
晴隆が尋ねる。
道継は。
怒りを押し殺すように答えた。
「麻賀多家に伝わる――」
「穢らわしい術です」
「宗家では禁術に指定しております」
「禁術!?」
道隆も父と同じく険しい顔。
「道満と同じ歳だぞ」
「初等部一年生に……」
「本家は何を考えているんだ!」
道香は。
影也の足元。
式神を見ていた。
「……かわいそう」
小さな声。
「式神が……」
◇
ズズズズズ――。
地面。
黒いものが。
湧き出す。
蔓。
いや。
まるで。
生き物のように蠢く――。
禍々しい黒い縄。
「何これ!?」
千尋が後退する。
黒い蔓が。
一組五人へ――。
一斉に襲い掛かる。
「こんなもの!」
菜穂が大太刀を振る。
「斬る!」
ガキィン!!
「なっ!?」
弾かれた。
菜穂の手が痺れる。
「硬い!」
「任せて!」
千尋が札を取り出す。
「解呪!」
札を投げる。
「散!」
パァン!
光。
だが。
「…………」
何も起こらない。
黒い蔓は。
止まらない。
「なんで!?」
千尋が目を見開く。
影也が――。
笑った。
「無駄だ」
「これは普通の封印術ではない」
黒い蔓が。
剛の腕へ。
遊喜の脚へ。
菜穂。
樹。
千尋。
次々と絡みつく。
「うっ!」
「くそ!」
「動けない!」
影也が楽しそうに言う。
「式神の仮初の命を――」
「代償にしている」
「呪いに近い術だ」
「そんな普通の解呪札で――」
にやり。
「解けるわけがないだろう」
「…………」
道満が拳を握る。
「最低だ……」
◇
晴真の肩。
桜花が――。
震えていた。
「…………」
小さな手。
ぎゅっと握られている。
怒っている。
だが。
必死に。
抑えている。
自分も式神だから。
分かる。
あの術が。
式神に何をしているのか。
「……ひどい」
桜花の声が震える。
春花も。
眼鏡の奥の目を細めていた。
◇
一組五班。
完全に動きを封じられている。
千尋は歯を食いしばる。
周囲を見る。
菜穂。
剛。
遊喜。
樹。
全員。
身動きが取れない。
このまま続ければ――。
仲間が危ない。
千尋は。
リーダーとして。
決断した。
「……負けです」
「え?」
与乃が見る。
千尋は悔しそうに。
それでも。
はっきり告げた。
「私たちの敗北を認めます!」
「降参します!」
「千尋……」
菜穂が悔しそうに俯く。
だが。
誰も責めない。
仲間を守るため。
正しい判断だった。
与乃が手を上げようとする。
その時――。
「誰が」
影也が言った。
「降伏を認めると言った?」
「……え?」
千尋の顔が固まる。
影也が歪んだ笑みを浮かべる。
「カタギ混じりと仲良くするような貴様らに」
「降伏など認めん」
「影也!」
与乃の顔色が変わる。
「試合は――」
だが。
影也はすでに札を掲げていた。
「落石!」
ゴゴゴゴゴ――!!
頭上。
巨大な岩塊が生まれる。
「なっ!?」
動けない。
逃げられない。
五人の頭上へ。
岩が――。
落ちてくる。
「やめろ!!」
正臣が飛び出そうとする。
その瞬間。
ドォォォォォンッ!!!
空気そのものが。
爆発した。
◇
「…………」
全員が。
動きを止めた。
落石へ。
横から――。
何かが激突した。
巨大な。
凝縮された霊力の塊。
金色。
眩しいほどの。
金色の霊撃。
ズドォォォン!!
落石が。
跡形もなく――。
吹き飛んだ。
「…………!」
将門愛理が立ち上がる。
「え……?」
目を見開く。
「あれ……」
自分の両手を見る。
そして。
呟く。
「私の――」
「霊撃砲……?」
皆が。
霊撃が飛んできた方向を見る。
そこに――。
一人の少年。
右腕を前へ突き出していた。
掌から。
金色の霊気が。
煙のように立ち上っている。
いつもの。
穏やかな笑顔はなかった。
瞳。
金色。
金桜眼が。
鮮烈な光を放っている。
「晴真……?」
刀也が呟く。
桜晴真。
その顔にあったのは――。
怒り。
晴真は。
影也を。
まっすぐ見ていた




