第二十三話 強者の壁
第二試合。
一年一組から実技場へ向かう五人は――。
先ほどの二班とは、まるで違う表情をしていた。
「…………」
「…………」
全員、明らかに緊張している。
凛と小夜のルームメイト。
馬渡紗月。
弥富ひなた。
そして黒桜寮男子三号室の三人。
高崎秀。
寺崎学。
先崎誠。
五人とも夏休みの間、真面目にチーム研修へ取り組んできた。
決して弱い班ではない。
馬渡紗月は小篠塚流剣術を学び、太一とは幼い頃からの付き合い。
弥富ひなたは岩富薙刀術の門下生で、舞桜とも顔見知りだった。
高崎秀と寺崎学は陰陽術を得意とし、基礎に忠実な術を安定して使える。
先崎誠は幼い頃から鏑木流弓術を学んでおり、与一とも仲が良い。
だが――。
今回ばかりは、相手が悪かった。
「……奉先さん」
ひなたが小さく呟く。
その視線の先。
岩富奉先。
岩富舞桜。
学年でも随一と評される武術の使い手二人が、三組側の実技場へ向かっている。
ひなたは岩富道場で何度も二人の強さを見てきた。
だからこそ――。
余計に分かってしまう。
「……勝てるのかな」
紗月が振り返る。
「ひなた?」
「奉先さんも舞桜さんも……本当に強いよ」
声が震えている。
「道場じゃ、上級生でも普通に負けることがあるし……」
その言葉を聞き。
秀。
学。
誠。
そして紗月まで――。
ますます表情を硬くした。
完全に相手の名前へ飲まれている。
「……まずいな」
正臣が気づき、一歩踏み出そうとした。
その時だった。
「ひなた!」
大きな声。
ひなたが振り返る。
凛だった。
「紗月も!」
二人を見る。
「頑張って!」
そして力強く笑う。
「一人では敵わなくても――チームのみんながいます!」
「凛……」
紗月の顔が少し上がる。
続いて。
「紗月!」
太一が声を飛ばした。
「相手が誰でも同じだ!」
「自分のできることをやればいい!」
紗月が太一を見る。
「太一……」
「大斬刃、散々練習しただろ!」
「自信持て!」
「……うん!」
今度は与一。
「誠!」
「はい!」
「相手が奉先だからって、弓を撃つのを怖がるなよ!」
「お前はお前の役割をしっかりやればいい!」
誠が深く息を吸う。
「分かった!」
そして――。
「秀、学」
道満が二人を見る。
「お前たちの陰陽術は派手ではない」
二人の表情が僅かに曇る。
だが道満は続けた。
「だが――基礎に忠実で、崩れが少ない」
「俺は何度も見ている」
「お前たちの術は、しっかりしている」
「だから自信を持て!」
「……!」
秀と学が顔を上げた。
「ありがとう、道満!」
◇
観覧席。
そんな道満の姿を見ていた麻賀多宗家の面々がいた。
道秀。
道継。
道隆。
道香。
道秀は目を細める。
「道満が他人を励ますようになったか」
どこか感慨深そうだった。
「随分と良い方向へ変わったものじゃ」
道継も穏やかに笑う。
「良い仲間に恵まれたのでしょう」
道隆は弟を見ながら嬉しそうに頷く。
「昔なら、ああいう言葉を自分から掛けることはありませんでしたからね」
「道満ー!」
道香が観覧席から手を振る。
道満が気づいた。
「…………」
少しだけ顔を赤くし。
こくっ。
小さく頷く。
道香は嬉しそうに笑った。
◇
仲間からの声を受け。
一組の五人の表情から、少しずつ緊張が消えていく。
正臣も最後に声を掛けた。
「五人とも」
「はい!」
「相手は強敵だ」
「それは間違いない」
五人が真剣に聞く。
「でも、お前たちが夏休みにやってきたことまで消えるわけじゃない」
「勝とうと焦るな」
「まず――」
正臣が笑う。
「自分たちのできることを全部出してこい」
「はい!」
今度は。
しっかりとした返事だった。
◇
一方――。
三組二班。
リーダーは岩富奉先。
そして。
岩富舞桜。
さらに三人。
一人は女子。
上勝田詩織。
勝田正臣とは親戚にあたり、学問、陰陽術、武術。
どれも高い水準でこなす優等生。
中でも剣術を好み――。
勝田一族に伝わる勝田流武術を修めている。
その隣。
下勝田武尊。
こちらも同じく勝田流武術の使い手。
上勝田家と下勝田家は元を辿れば同じ勝田一族。
かつて暮らしていた土地の違いから姓が分かれたと伝わっている。
両家ともにクシナダへの信仰が非常に篤く。
岩富家とも古くから繋がりが深い。
さらに――。
武術だけではない。
勝田一族には。
勝田流陰陽術
と呼ばれるほど、独自に発展した陰陽術の体系まで存在していた。
その多くは。
「クシナダより伝わった」
と伝承されている。
ただし――。
それを知るクシナダたちは。
実際には一葉、二葉、三葉の三姉妹が広めた部分もかなり多いことを知っていた。
そして最後の一人。
将門愛理。
将門家もまた、クシナダ信仰の強い家柄。
クシナダの体術を祖としたとされる。
将門流古武術。
それを家伝として受け継ぐ武術家だった。
岩富。
上勝田。
下勝田。
将門。
五人全員が――。
クシナダと深い縁を持つ家の生徒たち。
そして三組の中でも。
影也の思想には賛同していない者たちで構成された班だった。
「奉先」
詩織が尋ねる。
「いつも通りで?」
「ああ」
奉先は頷く。
「相手を侮るな」
「全員で戦うぞ」
「了解」
舞桜が薙刀を肩へ担ぐ。
「さっさと終わらせるような真似はするなよ、奉先」
「お前こそ」
五人の空気は落ち着いている。
その様子だけでも。
強さが伝わってきた。
◇
審判の鏑木与乃が中央へ立つ。
「双方、準備はよろしいですね?」
「はい!」
両班が構える。
「では――」
与乃の手が上がる。
「始め!」
その瞬間。
最初に動いたのは――。
「誠!」
「任せろ!」
先崎誠。
最後方から弓を引き絞る。
一本。
ではない。
複数の矢。
「行け!」
バシュシュシュッ!
一斉に矢が放たれた。
狙いは。
奉先。
舞桜。
詩織。
武尊。
愛理。
五人を一度に牽制するための射撃。
「いい!」
与一が観覧席で声を上げる。
だが――。
奉先が弓を取った。
「え?」
誠が目を見開く。
奉先の本職は槍。
だが。
その動きには一切迷いがない。
弓を引く。
「ふっ!」
バシュシュシュッ!
奉先の矢が飛ぶ。
一本。
また一本。
空中で――。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
誠の矢を。
次々と撃ち落としていく。
「……マジかよ」
誠が呆然とする。
「全部……?」
観覧席の与一も。
「すげえな……」
思わず声が漏れた。
さらに。
少し離れた観覧席。
父・鏑木与之介も目を細める。
「見事だ」
「矢を敵ではなく、敵の矢へ当てる」
「しかも複数」
静かな声だが。
明らかに感嘆していた。
「岩富奉先……」
「噂以上かもしれないな」
◇
しかし。
一組も止まらない。
「秀!」
「学!」
紗月の声。
二人が札を構える。
だが先に動いたのは三組。
「詩織!」
「武尊!」
奉先の指示。
二人同時。
札へ霊力を流す。
「火球!」
ボッ!
ボッ!
二つの火球が生まれた。
派手ではない。
巨大でもない。
だが――。
「綺麗……」
凛が思わず呟いた。
霊力量。
大きさ。
速度。
どれも過不足がない。
教本通り。
いや。
教本以上に整った火球。
「行きます!」
「行け!」
二つが飛ぶ。
「結界!」
秀と学が同時に前へ出た。
バァン!
二重の結界。
ドンッ!
ドンッ!
火球が激突。
結界が揺れる。
だが――。
「耐えた!」
秀が叫ぶ。
「行ける!」
学も頷く。
「紗月!」
「うん!」
紗月が前へ出る。
小篠塚流。
木刀を大きく振り上げる。
「はぁぁっ!」
霊力を刀へ集める。
「大斬刃!!」
ズバァァン!!
巨大な斬撃が三組へ飛んだ。
「いいぞ紗月!」
太一が叫ぶ。
だが。
その前へ――。
将門愛理が出た。
武器を持っていない。
「何を……?」
紗月が目を見開く。
愛理は深く腰を落とした。
そして。
丹田から――。
霊力を全身へ巡らせる。
腕。
肩。
背中。
腰。
脚。
全身を流れた霊力が。
最後に――。
両の掌へ集中した。
「将門流古武術――」
両手を前へ突き出す。
「霊撃砲!!」
ドンッ――!!
空気そのものが爆発したような轟音。
掌から放たれたのは。
凝縮された霊力の塊。
それが真正面から――。
大斬刃へ激突した。
ズドォォォン!!
「なっ!?」
紗月の斬撃が。
真正面から――。
掻き消された。
「嘘……!」
だが。
霊撃砲は止まらない。
そのまま一組へ迫る。
「秀!」
「分かってる!」
「学!」
「結界!」
二人が再び結界を張る。
バァン!!
直撃。
一瞬――。
耐えた。
だが。
バキッ。
「え?」
ヒビ。
そして。
バァァァン!!
「うわぁっ!」
「ぐっ!」
結界が破壊された。
衝撃が紗月。
秀。
学へ叩きつけられる。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
「ぐあっ!」
三人が地面へ弾き飛ばされた。
「紗月!」
ひなたが振り返る。
その瞬間だった。
「駄目だ!」
誠が叫ぶ。
だが――。
もう遅い。
シュッ!
ひなたの視界から。
舞桜が――消えた。
「え?」
次の瞬間。
キラリ。
ひなたの首筋。
そこには――。
舞桜の薙刀の刃が添えられていた。
「…………」
ひなたが固まる。
舞桜は静かに笑う。
「余所見じゃ」
与乃の手が上がった。
「そこまで!」
そして――。
「勝者!」
「一年三組、第二班!」
◇
三組側から歓声が上がる。
だが。
一組の五人は――。
「…………」
肩を落としていた。
紗月は地面へ座り込んだまま。
拳を握っている。
秀と学も悔しそうだ。
誠は弓を見つめ。
ひなたは薙刀を握ったまま俯いていた。
「……負けた」
その時。
「お疲れ様ー!」
大きな声。
凛だった。
五人が振り返る。
「いい連携だったよ!」
凛は笑う。
「少し――相手の方が上手だっただけ!」
「凛……」
紗月が悔しそうな顔で戻ってくる。
そこへ太一が声を掛けた。
「紗月」
「…………」
「いい大斬刃だった」
「でも……」
紗月は唇を噛む。
「掻き消された」
「ああ」
太一はあっさり認める。
「上には上がいる」
「…………」
「俺だってそうだ」
「春花さんにも何度も叩き直されてるし」
苦笑する。
「だから、また練習すればいい」
紗月はしばらく黙る。
そして。
「……そうだね」
木刀を握り直す。
「本腰入れて修練する」
「今度は絶対、消されない大斬刃にする」
「その意気だ」
太一が笑った。
◇
ひなたも戻ってくる。
「私……」
少し泣きそうな顔だった。
「何もできなかった」
「ひなた」
小夜がそっと近づく。
「だって……」
ひなたは凛たちを見る。
「凛たちが毎朝修練してるの見て」
「正直……」
小さく笑う。
「なんでそんなに頑張るんだろうって思ってた」
「…………」
秀も頷く。
「俺も」
学も。
「俺もだな」
誠は弓を握りながら。
「僕も」
紗月も。
「……うん」
ひなたは拳を握る。
「でも」
悔しそうに目を伏せる。
「負けるって――」
少し声が震えた。
「こんなに悔しいんだね」
「…………」
凛は何も否定しなかった。
ただ。
微笑む。
「じゃあ」
「明日から一緒にやりましょう」
「え?」
「朝の修練」
ひなたが目を丸くする。
小夜も微笑む。
「一緒にやろう」
「……うん!」
五人の表情に。
先ほどまでとは違うものが浮かんでいた。
負けた悔しさ。
だからこそ。
もっと強くなりたい。
その気持ちが――。
初めて生まれていた。
◇
一方。
晴真たちは三組二班を見ていた。
「強かったね」
晴真が言う。
道満は腕を組んだまま。
「ああ」
「だが――」
奉先。
舞桜。
詩織。
武尊。
愛理。
五人を見る。
「まだ片鱗しか見せていない気がする」
「俺もそう思う」
与一が頷く。
奉先は弓しか使っていない。
本来最も得意とする――槍。
一度も使わなかった。
舞桜も。
最後に一度だけ踏み込んだだけ。
薙刀術らしい技をほとんど見せていない。
「それにしてもさ!」
晴真が突然言った。
「何?」
刀也が見る。
「さっきの技!」
両手を前へ突き出す真似。
「霊撃砲!」
「すごかったよね!」
「分かる!」
刀也の目が輝く。
「めっちゃ格好よかった!」
「ドーンって!」
「な!」
二人で盛り上がる。
凛が苦笑する。
「そこなんですね……」
一方。
刀也はふと舞桜を見る。
「でも舞桜」
「そんなに活躍しなかったなぁ」
迅が首を振る。
「いや」
「最後の踏み込み見たか?」
「え?」
「一瞬だったぞ」
道満を見る。
「下手したら道満の三重巡らせの踏み込みと同じくらい速かった」
刀也が目を見開く。
「マジで?」
道満も静かに頷いた。
「俺も見ていた」
「迷いがなかった」
「多分、まだ全然本気じゃない」
「…………」
刀也の顔が。
だんだん嬉しそうになる。
「すげえなぁ」
拳を握る。
「俺も、もっと頑張らなきゃ!」
迅が呆れる。
「お前、強い奴見るといつもそれだな」
「当たり前だろ!」
「強い奴がいるなら追いつきたいじゃん!」
「単純」
綾女が呟く。
「なんだと!」
笑い声が起こった。
◇
その時。
与乃の声が響く。
「続いて――!」
皆が前を見る。
「一組、三番!」
「…………」
隼人の顔が止まった。
迅。
綾女。
茜。
桔梗。
五人が自分たちの札を見る。
「マジか……」
隼人が呟く。
そして。
「三組、三番!」
向こう側。
七曲響がくじを確認する。
「…………」
そして。
ふっ。
笑った。
「そう来るか」
「響……」
茜と桔梗が顔を見合わせる。
迅が首を鳴らす。
「へえ……」
綾女の目も鋭くなる。
隼人は響を見る。
七曲響。
茜と桔梗の従兄弟。
次期七曲家のお頭。
忍術。
武術。
判断。
指揮。
罠。
爆薬。
どれを取っても――。
同学年最高峰。
響もまた。
こちらを真っ直ぐ見ていた。
「お頭」
迅が笑う。
「出番だぜ」
「誰がお頭だ」
そう答えながら。
隼人も笑っていた。
第三試合。
一年一組――忍び五人衆。
対する一年三組――七曲響率いる班。
次なる戦いは。
奇しくも――。
忍び対忍び。
真正面からの。
忍者対決となった。




