第十七話 天才と規格外
御堂家の修練場では――。
「刀真様!」
春花の鋭い声が響いていた。
「霊力を一気に流し込まない!」
「武器の形を作る前に霊気が散っています!」
「ぐっ……!」
「疾風様! 速ければいいというものではありません!」
「形成する前に動いてどうするのですか!」
「はい!」
「与之介様! 考え過ぎです!」
「術式を理解することと、実際に使うことは別ですよ!」
「……おっしゃる通りです」
「道継様! 今の形では刀ではなく棒です!」
「面目ない……!」
「道清様! 集中!」
「はい!」
少し離れた場所では。
大人たちが春花による容赦のない指導を受けていた。
昨日まで威厳たっぷりだった各家の大人たちが。
今では揃って――。
「はい!」
「もう一度!」
「お願いします!」
完全に生徒になっている。
刀也がちらりと父親を見る。
「……親父」
迅も。
「俺たちの気持ち、分かっただろうな」
道満が苦笑する。
「放っておこう」
「そうだね」
晴真も笑った。
今日は自分たちにもやるべきことがある。
チーム研修発表へ向けた――。
最後の連携確認だった。
◇
まずは第一班。
晴真。
凛。
刀也。
豪太。
与一。
五人は春花から渡された資料を囲んでいた。
「まず」
凛が言う。
「もう一度、指揮する人によって戦い方を確認しましょう」
「おう!」
第一班が重点的に練習しているのは――。
指揮者の交代。
誰が指揮を執るかによって、同じ五人でも戦い方そのものを変える。
まず。
凛が指揮を執る場合。
「私が指揮する時は――」
地面へ五人の配置を書く。
「刀也君と豪太君が前衛」
「晴真君が中堅」
「与一君が後衛」
「私は全体を見ながら指示を出します」
与一が頷く。
「一番基本的な布陣だね」
「はい」
攻撃。
防御。
援護。
それぞれの役割を明確にする。
五人の連携を重視した、最も安定した戦い方。
「じゃあ俺が指揮する時」
与一が配置を変える。
「凛は自由に動いてもらう」
「遊撃ですね」
「うん」
凛を指揮役から解放することで――。
神楽双刃術。
札術。
式神。
そのすべてを使える凛を、戦場のどこへでも動かせる。
その代わり。
与一自身は後方から戦場全体を把握する。
「それに」
与一は続ける。
「凛が敵へ攻め込んでいる間は、僕を含めた四人だけでも戦えるようにしておきたい」
「なるほどな」
刀也が頷く。
「凛が戻ってくるまで耐えるんじゃなくて、四人でも普通に戦うってことだな」
「そういうこと」
さらに。
刀也が指揮を執る場合。
豪太の場合。
晴真の場合。
それぞれ確認していく。
当然――。
「行くぞおおお!」
「刀也君! 突っ込まない!」
「指揮してる俺が先頭だ!」
「それは指揮じゃありません!」
刀也が指揮すると攻撃的になり。
「よっしゃ!」
「全員正面からぶっ飛ばすぞ!」
「豪太君まで!?」
豪太が指揮すると、さらに力押しになり。
そして――。
「晴真」
与一が聞く。
「晴真が指揮する時は?」
「うーん……」
晴真はしばらく考える。
「みんな頑張る?」
「作戦じゃないよ」
「え?」
皆が笑った。
だが。
誰が指揮を執っても。
誰か一人が欠けても。
残った者で戦える。
それが第一班の目指す形だった。
◇
第二班。
道満。
紅葉。
美鈴。
小夜。
太一。
こちらの基本指揮は――。
美鈴。
「やっぱり」
美鈴が道満を見る。
「うちの班は道満君をどこに置くかだよね」
「俺か?」
「当然ですわ」
紅葉も頷く。
敵からすれば。
一年一組の中でも真っ先に警戒したい人物の一人。
札術の天才――麻賀多道満。
だからこそ。
その警戒心すら利用する。
道満を後方へ置けば――。
敵は札術を警戒して前へ出にくい。
中堅へ置けば――。
前衛と後衛の両方を支援できる。
そして。
前衛へ置けば――。
「まさか陰陽術じゃなくて剣で来るとは思わないよね」
美鈴が笑う。
道満が宵桜を見る。
「そこを狙うわけか」
「そういうこと!」
だが。
美鈴たちが考えているのは。
道満に勝たせてもらう戦術ではない。
小夜が静かに言う。
「道満君が一番戦いやすくなるように……わたしたちが動く」
紅葉も頷く。
「道満様だけへ敵を集中させるわけにはいきませんわ」
太一が木刀を肩へ担ぐ。
「俺たちが敵を崩す」
「そこを道満が仕留める」
「逆でもいいよね」
美鈴が言う。
「道満君が敵を引き付けて、私たちが倒す」
「そうだな」
道満が少し笑う。
天才をどう使うか。
ではない。
五人で動くことで、天才の能力をどこまで引き出せるか。
それが第二班の戦い方だった。
◇
そして第三班。
迅。
隼人。
綾女。
茜。
桔梗。
五人全員が忍び。
だからこそ。
他の二班とは、根本的に戦い方が違う。
「俺たちは」
隼人が地面へ簡単な図を書く。
「正面から相手の戦いに付き合わない」
綾女が頷く。
「相手に自分たちの戦い方をさせない」
罠。
爆薬。
煙幕。
分身。
隠形。
忍術。
あらゆる手段で敵を翻弄する。
茜と桔梗が罠へ誘導し。
隼人と綾女が戦況そのものを操る。
そして――。
「最後は俺!」
迅が自分を指差す。
「そう」
隼人が頷く。
「お前が仕留める」
迅の武芸。
疾風一閃。
紫電迅雷。
正面戦闘になれば、五人の中で迅が最も強い。
つまり。
敵を自分たちの戦場へ引きずり込み、最後に迅で制する。
それが第三班の基本戦術。
だが――。
「問題は」
隼人が腕を組む。
「こっちの思い通りにならない相手だな」
「うん」
綾女も考え込む。
罠を力ずくで破壊する。
忍術を見破る。
予想外の行動を取る。
あるいは――。
一人で戦況そのものをひっくり返してしまう。
そんな。
理詰めでは対応できない相手。
「…………」
隼人が眉間に皺を寄せる。
「なんか想像がまとまらないな」
綾女も頷く。
「具体的な相手を想定した方がいい」
すると。
迅が何気なく言った。
「だったらさ」
「晴真と道満を相手にすると思えばいいんじゃね?」
「…………」
全員が止まった。
迅は続ける。
「天才と規格外」
道満を見る。
晴真を見る。
「この二人をどうやって制するか考えればいいだろ」
「…………」
隼人。
「……確かに」
綾女。
「最悪の想定としては適切」
茜。
「道満君がこっちの作戦を読んで」
桔梗。
「晴真君が全部ぶっ壊す……」
五人が黙る。
「…………」
想像した。
嫌すぎる。
「でも」
隼人の目が鋭くなる。
「練習相手としては最高だな」
「じゃあさ!」
迅が立ち上がった。
「実際にやってみようぜ!」
そして。
「晴真!」
「道満!」
二人を指差す。
「ちょっと相手してくれ!」
「僕!?」
晴真が自分を指差す。
「俺か?」
道満も驚く。
「二人対五人!」
迅が笑う。
「俺たち忍び五人を相手にしてくれよ!」
道満は少し考える。
そして。
にやり。
「いいだろう」
宵桜へ手を置く。
「やるからには――」
「本気でいくぞ」
晴真も笑った。
「そうだね」
「せっかくやるんだから、本気でやろう!」
第三班の五人が。
一瞬。
(頼む相手……間違えたか?)
そんな顔をした。
◇
その話は――。
当然。
春花の指導を受けていた大人たちの耳にも入った。
「何?」
刀真が振り返る。
「道満と晴真対忍び五人?」
疾風の目が輝く。
「面白そうじゃないか」
与之介も興味深そうに見る。
「忍び五人が、あの二人をどう攻略するのか……」
道継も息子を見る。
「道満も本気のようだな」
道清も。
「これは見てみたいですね」
春花はそんな大人たちを見回した。
「…………」
そして。
「では」
眼鏡を直す。
「少し休憩にいたしましょう」
「よし!」
刀真がその場へ座り込む。
「助かった!」
「刀真様」
「はい!」
「休憩後、続きからです」
「……はい」
一年一組から笑いが起きた。
◇
修練場の一方。
忍び五人が集まる。
「相手は二人だけど」
隼人が言う。
「人数で有利だとは思うな」
「道満の札術をまともに撃たせたら終わる」
綾女も続ける。
「晴真は何をするか予測できない」
茜が言う。
「じゃあ最初に晴真君を封じる?」
「いや」
桔梗が首を振る。
「道満君を自由にする方が怖いよ」
「…………」
五人の作戦会議が続く。
一方――。
晴真と道満。
「どうする?」
道満が聞く。
「五人とも忍びだから、普通に戦ったら面倒だぞ」
「うん」
晴真は五人を見る。
そして――。
何かを思いついた。
「あっ」
道満が嫌な予感のする顔になる。
「……何を思いついた?」
「道満君」
晴真が耳元で何かを囁く。
「最初にね――」
ごにょごにょ。
「…………」
道満の目が少しずつ見開かれる。
「それから僕が――」
「なるほど」
道満の口元が上がる。
「面白いな」
「でしょ?」
「それでいくか」
二人が顔を見合わせ――。
にやり。
その様子を見ていた刀也が呟く。
「……あいつら」
与一も苦笑する。
「絶対ろくでもないこと考えてるね」
凛も同意する。
「晴真君が思いついて、道満君が笑った時って大体そうですよね……」
紅葉だけは。
「道満様……素敵ですわ」
「そこ!?」
美鈴が突っ込んだ。
◇
やがて。
両者が修練場へ出る。
片側には――。
青菅隼人。
根郷綾女。
麻倉迅。
七曲茜。
七曲桔梗。
忍び五人衆。
その反対側。
麻賀多道満。
桜晴真。
一年一組が誇る――。
天才と規格外。
人数は。
五対二。
それでも。
見守る者の誰一人として――。
忍び側が有利だとは思っていなかった。
「さて」
春花が中央へ立つ。
「双方、準備はよろしいですね?」
「はい!」
忍び五人が構える。
道満は宵桜へ手を添える。
晴真も札へ手を伸ばした。
その肩の上から桜花が飛び降りる。
「今日は手伝っちゃ駄目ですよね?」
「うん」
晴真が笑う。
「僕と道満君だけでやってみる」
「頑張ってください!」
桜花は観覧側へ飛んでいく。
春花が両陣営を見る。
「では――」
大人たちも。
一年一組も。
一斉に息を呑む。
春花の手が上がった。
忍び五人衆。
対するは。
札術の天才・麻賀多道満。
そして――。
金桜眼の規格外・桜晴真。
第三班がこれから戦うのは。
自分たちの作戦が通用しない――。
最悪の状況を想定した相手。
そして晴真と道満にとっても。
忍び五人を相手にする初めての戦いだった。
春花の手が――。
振り下ろされる。
「――始め!」
瞬間。
五人の忍びが。
一斉に姿を消した。




