第十六話 朝から大騒ぎの御堂家
第十六話 朝から大騒ぎの御堂家
次の日の朝――。
御堂家の修練場は、朝っぱらから大騒ぎだった。
「春花殿!」
修練場の中央で、一人の男が春花へ頭を下げている。
「頼む! 俺にも霊装武具の術式を教えてくれ!」
立身家当主――立身刀真。
その後ろには娘の刀姫と、甥の刀優まで連れてきていた。
「親父……」
刀也が呆れた顔をする。
「昨日、俺が教えただろ」
「分からん!」
「なんでだよ!」
刀真は息子を指差した。
「お前の説明は、『依代に霊力をガーッと流して、頭の中で武器を思い浮かべて、最後にグッと固める!』だっただろうが!」
「合ってるじゃん!」
「それで分かるか!」
「ええっ!?」
刀也は姉を見る。
「姉ちゃんは分かるよな?」
「…………」
刀姫は弟から静かに目を逸らした。
「分からなかった」
「姉ちゃん!?」
刀優も苦笑する。
「僕も無理だったよ」
「なんでだよ!」
そんな立身家の横では――。
「春花殿!」
もう一人の男が頭を下げていた。
「俺にもぜひ教えてください!」
麻倉迅の父――麻倉疾風だった。
「親父まで何やってんだよ!」
迅が叫ぶ。
「お前が悪い!」
「なんで俺!?」
「昨日いきなり霊気の忍刀なんぞ見せるからだ!」
疾風は興奮気味に話す。
「小さな依代さえあれば、そこから忍刀を生み出せる!」
「長さも形も変えられる!」
「忍びにとって、これほど便利な術を見過ごせるか!」
「だから俺が教えるって!」
「お前も刀也と大して変わらん!」
「そんな馬鹿な!」
隼人がぼそり。
「似た者同士」
迅が振り返る。
「お頭、酷くない?」
「お頭と呼ぶな!」
朝から笑い声が響いた。
◇
そして――。
「おはようございます」
穏やかな声が聞こえた。
修練場へ入ってきたのは、背の高い男性と、その隣を歩く小柄な女性だった。
「父上!」
与一が声を上げる。
「母上も!」
鏑木家当主――鏑木与之介。
その妻――鏑木華緒。
与之介は息子と同じく背が高く、整った顔立ちをした美男子だった。
晴真の父・晴臣。
道満の父・道継。
凛の父・道清。
その三人より二学年上の先輩。
さらに妻の華緒、立身刀真、麻倉疾風とは同学年だった。
学生時代から面倒見がよく、後輩たちから頼りにされる存在だったという。
現在は鏑木家当主を務める傍ら――。
裏佐倉史研究会の顧問も務めており、裏佐倉の歴史や古い武具、術式にも深い知識を持っていた。
「与一から聞きましてね」
与之介は笑う。
「霊装武具という古い術が、再び使えるようになったそうじゃないですか」
「はい」
春花が頷く。
「しかも――」
与之介は息子の弓を見る。
「これを弓術へ応用できる可能性があると」
その目が鋭くなる。
「これは、鏑木家として見過ごせません」
与一も頷いた。
「父上。俺も昨日から考えていました」
「霊装武具で矢そのものを作れるなら、持ち運ぶ矢の本数に縛られなくなります」
「さらに術式を組み込めば――」
「火炎」
「雷撃」
「激水」
「様々な性質を持つ矢を作れるかもしれません」
与之介の目が輝く。
「やはりそう考えたか」
「はい」
親子二人。
完全に弓術談義へ入ってしまった。
華緒がくすくす笑う。
「昨日からずっとこの調子なんですよ」
「華緒だって興味あるでしょう?」
「もちろんありますよ」
華緒がにっこり笑う。
◇
鏑木華緒。
体術の名門――角来家の出身。
その姿は年齢を感じさせないほど美しく、どこか愛らしさすらある。
一見すると、とても武術家には見えない。
だが――。
角来剛柔体術・免許皆伝。
さらに鏑木家へ嫁いでから修めた――。
鏑木流弓体術・免許皆伝。
二つの武術を極めた達人だった。
夫の与之介に言わせれば――。
「体術なら私より華緒の方が遥かに上ですよ」
「あなたったら」
華緒は楽しそうに笑う。
その時。
華緒の視線が晴真へ向いた。
「晴真君」
「はい?」
「あなた、今は合気術を習っているんでしょう?」
「はい!」
「やっぱり」
華緒は嬉しそうに頷いた。
「この前、少し戦い方を見たんですけどね」
「相手の力を真正面から受けず、流れを利用する戦い方」
「あなたにとても合っていると思います」
「本当ですか?」
「ええ」
華緒は少し考える。
「だから――」
にっこり。
「今度、角来剛柔体術も覚えてみない?」
「え?」
「合気術とは考え方の違うところもありますけど、身体の使い方を覚えるにはきっと役立ちますよ」
「それに」
華緒は与一の持つ弓を見る。
「興味があるなら、鏑木流弓体術もお教えします」
「鏑木流の体術も!?」
晴真の目が輝く。
「ええ。ぜひ鏑木家へいらっしゃい」
「行きたいです!」
「ふふっ。いつでもいらっしゃい」
それを聞いた刀也が笑う。
「晴真、お前また覚える武術増えてるぞ」
迅も笑う。
「そのうち全部の武術使えるようになるんじゃねえか?」
「そんなにできないよ」
晴真は笑った。
しかし。
周囲の大人たちは――。
(晴真なら本当にやりかねない)
そんな顔をしていた。
◇
さらに今日の修練場には――。
麻賀多宗家から。
道秀。
道継。
道隆。
道香。
そして道満。
凛の父・道清。
他にも霊装武具の噂を聞きつけた者たちが次々と集まっていた。
「…………」
晴隆は腕を組み、修練場を見回す。
「なんじゃこれは」
晴時も苦笑する。
「昨日より人が増えていますね」
「ここはいつから集会所になったんじゃ?」
そんな中――。
「おはようございます!」
大きな箱を抱えた男がやってきた。
「あっ!」
晴真が手を振る。
「歴博さん!」
おたから屋店主――田町歴博。
「晴真様!」
歴博は嬉しそうに箱を置いた。
すると。
「あれ?」
与之介が歴博を見る。
「歴博じゃないか」
「これは与之介さん!」
歴博も驚く。
二人は裏佐倉史研究会での顔馴染みだった。
与之介が箱を見ながら笑う。
「まさか――」
「お前が長年集めていたコレクションが、日の目を見る日が来るとはな」
「私も信じられませんよ……」
歴博は遠い目をする。
「何十年もガラクタ扱いされてきたものが……」
「お前自身もガラクタだと思ってただろ」
「言わないでくださいよ!」
皆が笑う。
◇
晴真は歴博の持ってきた箱へ駆け寄った。
「歴博さん!」
「はい!」
「木銭、作ってくれたんですか?」
「もちろん!」
歴博は胸を張る。
「晴真様のご注文なら、すぐやりますよ!」
箱を開ける。
「おお!」
隼人たち忍び組が一斉に覗き込んだ。
そこには――。
霊木メッキを施した木銭。
小さな棒状の依代。
さらに端へ輪が付けられたもの。
「こちらは苦無用です」
歴博が一本を手に取る。
「この輪へ指を掛けられるようにしてあります」
「なるほど」
隼人が受け取る。
霊力を流す。
ブォン――!
棒状だった依代から、霊気が伸びる。
瞬く間に――。
一本の苦無が完成した。
「おお!」
迅が叫ぶ。
「いいじゃん!」
茜と桔梗も大喜び。
「これいっぱい持てる!」
「木銭もある!」
綾女も一本手に取る。
「軽い」
隼人が頷く。
「これなら普通の苦無や手裏剣を大量に持ち歩くより、遥かに携行しやすい」
迅が晴真の肩を叩く。
「流石だな晴真!」
茜と桔梗も。
「流石!」
「忍びの気持ちが分かってる!」
「僕、忍びじゃないけどね」
晴真が笑った。
◇
その時。
「そうだ!」
晴真が何かを思い出す。
「与一君!」
「何?」
「こっちも作ってもらったんだ」
晴真が一本の細い棒を取り出した。
棒の端には――。
弦を掛けるための小さな切れ込み。
筈が作られていた。
「矢用の依代」
与一が目を見開く。
「これを?」
「うん!」
さらに晴真は弓を渡した。
「弓の方も霊木メッキしてもらったんだ」
「どうなるか試してみてよ」
「分かった」
与一の表情が変わる。
弓術家の顔になる。
霊木メッキされた弓を握る。
「…………」
霊力を流す。
「すごい」
与一が呟く。
「普通の弓と全然違う」
霊気が淀みなく弓全体へ巡っていく。
続いて。
矢用の依代を番える。
そこへ――。
霊装武具。
ブォン――。
「おお……!」
短い棒から霊気が伸びる。
細く。
長く。
一本の美しい矢を形作った。
与之介の表情が変わった。
「与一」
「はい」
「射ってみろ」
「はい!」
与一が弓を引き絞る。
ギリギリギリ――。
「…………」
狙う。
遥か先の的。
そして。
指を離した。
バシュッ!!
霊気の矢が一直線に飛ぶ。
次の瞬間。
ドンッ!!
「…………」
誰も声を出せなかった。
的の中央。
そこには――。
穴が開いていた。
いや。
それだけではない。
矢は。
的そのものを貫通していた。
「…………」
与一が弓を下ろす。
晴真を見る。
晴真も与一を見る。
「…………」
二人同時に苦笑した。
「思ってたより……」
晴真が言う。
「威力あるね」
「うん……」
与一も頷く。
「これはちょっと……」
与之介は無言で貫通した的を見る。
霊木メッキされた弓。
霊装武具による矢。
その二つを組み合わせただけで。
これほど変わる。
「……本当に」
与之介が呟く。
「鏑木家の弓術が変わるかもしれないな」
「あなた」
華緒も目を丸くしている。
「ええ」
与之介は頷いた。
「これは研究する価値があります」
その時。
晴真の肩の上から――。
「晴真様」
桜花がにこにこしながら言った。
「はい?」
「またやっちゃいましたね」
「…………」
晴真は与一を見る。
与一も晴真を見る。
そして――。
「ははは」
「ふふっ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「またやっちゃったね」
「そうみたいだね」
「もう!」
桜花が頬を膨らませる。
周囲からも笑い声が上がった。
そんな中――。
春花だけは。
貫通した的。
霊木メッキの弓。
霊装武具で作られた矢。
そして修練場へ集まった武術家たちを順番に見ていた。
すっ。
眼鏡を押し上げる。
キラン――。
「さて」
春花が口を開いた。
「皆様」
「霊装武具を習いに来られたのでしたね?」
「おお!」
刀真が声を上げる。
「そうだった!」
「ぜひ頼む!」
疾風も前へ出る。
「お願いします!」
与之介も一礼する。
「私からもお願いいたします」
道秀たちも頷く。
春花はにっこり微笑んだ。
「承知いたしました」
一年一組の十五人が――。
その笑顔を見て一斉に黙った。
「…………」
刀也が父を見る。
迅が父を見る。
道満が家族を見る。
凛が父を見る。
与一が両親を見る。
そして。
晴真がぽつり。
「みんな……」
「頑張ってね」
「何じゃ、その言い方は?」
道秀が不思議そうに聞く。
桜花が遠い目をした。
「知らないって……」
「幸せですね」
春花の眼鏡が――。
もう一度。
キラン。
「では」
「まずは皆様の霊力操作を確認いたします」
こうして――。
御堂家の修練場に集まった大人たちは。
まだ知らなかった。
自分たちが教わろうとしている相手が――。
一年一組をわずか数日で放心状態に追い込んだ、
鬼コーチ春花
であることを。




