第十五話 霊木メッキと御用達
宮小路町で皆と別れた晴真は、そのまま御堂家へ帰ってきていた。
帰宅して早々。
晴真は晴隆と晴時に、おたから屋で起きたことを一通り話した。
刀也が霊装武具用の古い木刀を見つけたこと。
道満が夜叉丸の愛刀・宵桜を譲り受けたこと。
そして――。
霊木の削り粉を使って、普通の物にも霊木の性質を持たせられるかもしれないと試したこと。
「それでね」
晴真は言う。
「おたから屋のおじさんが、今日うちに来て話がしたいんだって」
晴隆と晴時は顔を見合わせた。
「話?」
「うん」
「何の話じゃ?」
「なんか……利権がどうとか言ってた」
「…………」
晴隆の眉がぴくりと動く。
「まあ、来れば分かるじゃろ」
「うん!」
晴真自身は、あまり気にしていなかった。
なぜなら今の晴真には――。
もっと大事なことがあったからだ。
◇
「陽香ちゃん!」
「なに?」
「麗らかのお土産買ってきたよ!」
「本当!?」
陽香の目が輝く。
「一緒に食べようと思って!」
「食べる!」
あっという間に女性陣が集まってきた。
紫乃。
照美。
陽乃。
陽香。
そして晴真。
さらには――。
「晴真様、こちらも美味しいですよ!」
桜花が嬉しそうに菓子を頬張る。
「こちらは甘さが上品ですね」
春花も普通に食べていた。
「…………」
晴真は桜花を見る。
春花を見る。
もう一度見る。
「どうされました?」
「いや……」
晴真は首を傾げた。
(式神って普通に甘い物食べるんだ……)
今さらながら知った晴真だった。
◇
そんな中。
「晴真」
聞き慣れた声がした。
「あっ、お父さん!」
晴臣がやってきた。
「急に呼び出されたんだが」
晴真を見る。
「どうした?」
「僕じゃないよ」
「おたから屋さんの店主が、お父さんと会って話したいんだって」
「おたから屋?」
晴臣の眉が上がる。
「……お前、何かやらかしたのか?」
「やらかしてないよ!」
桜花が横から。
「やらかしましたよ」
「桜花!」
皆が笑う。
晴臣はため息をつく。
「それで?」
「何の話なんだ?」
「利権がどうとか」
「利権?」
「うん」
晴真は困った顔をする。
「よく分からないんだ」
その時。
春花が静かに湯呑みを置いた。
「でしたら――」
眼鏡を直す。
「わたくしもお話を伺いましょうか?」
「春花が?」
晴隆が頷く。
「うむ」
「同席してくれるとありがたい」
「承知いたしました」
春花の眼鏡が――。
キラン。
晴真はなんとなく思った。
(おたから屋のおじさん……大丈夫かな)
◇
しばらくして。
御堂家に客人がやってきた。
「お目通りを賜り、光栄にございます」
深々と頭を下げたのは、おたから屋の店主――田町歴博。
「御堂家当主・晴時様」
「晴隆様」
そして。
晴臣を見る。
「晴臣先輩」
笑顔になる。
「ご無沙汰しております」
晴臣も驚いた。
「歴博!」
「久しぶりだな!」
「はい!」
晴真が二人を見比べる。
「知り合いなの?」
「ああ」
晴臣が笑う。
「こいつは俺の三学年下だったんだ」
「そうだったんだ!」
挨拶を済ませると、歴博は持ってきた包みを開いた。
「早速ですが――」
一本の木刀を取り出す。
「こちらをご覧ください」
「…………」
晴隆が眉をひそめた。
妙に艶々している。
表面は漆を塗ったように光っていた。
「なんじゃこりゃ」
晴隆が手に取る。
「こんなテカテカに漆を塗った木刀」
爪で表面を軽く叩く。
「使っておれば、すぐ剥がれちまうじゃろ」
「ご隠居様」
歴博は笑う。
「まず霊力を込めて握っていただけますか?」
「霊力?」
「はい」
晴隆は首を傾げながら――。
霊力を流した。
「…………!」
表情が変わった。
「なんじゃ……これは」
「お父様?」
晴時が見る。
「霊力の通りが……」
晴隆は木刀を見る。
「異様に良い」
握り直す。
「中身は霊木か?」
「いいえ」
歴博が答える。
「普通の木刀でございます」
「なに?」
晴隆が目を見開く。
「貸してください」
晴時も試す。
「……確かに」
続いて晴臣。
「マジかよ……」
三人とも同じ感想だった。
高級な霊木には及ばない。
だが。
普通の木刀とは比較にならないほど、霊気の通りが良い。
「歴博」
晴臣が尋ねる。
「どうやった?」
「晴真様から教えていただいた工法です」
「晴真から?」
三人の視線が一斉に晴真へ。
晴真は餡蜜菓子の説明中だった。
「それでね、こっちが――」
「晴真」
「ん?」
「お前、何した?」
「霊木メッキ?」
「それだ!」
歴博が木刀を示す。
「漆の中へ霊木の粉末を混ぜ込み、それを普通の木刀の表面へ薄く塗りました」
晴臣の目が見開かれる。
「メッキ工法か!」
頭を抱える。
「アイツ……」
自分の息子を見る。
「また、とんでもないこと考えやがって……」
「そんなに?」
「そんなにだよ!」
◇
そのやり取りを。
春花はずっと黙って聞いていた。
「なるほど」
歴博を見る。
「事情は理解いたしました」
「はい?」
「つまり――」
春花は淡々と整理する。
「この工法を考案したのは晴真様」
「そして晴真様は御堂家の血筋」
「許可なく商品化すれば、御堂家のお怒りを買う可能性がある」
「しかし――」
眼鏡が光る。
「これほどの商売の種を逃すわけにはいかない」
「そういうことでございますね?」
「…………」
歴博の頬を汗が伝う。
「はい」
(この娘……何者だ?)
春花が続ける。
「工法そのものを買い取りたいとのことでしたね」
「はい」
「しかし」
春花は木刀を見る。
「この技術が普及すれば、霊木製品の価格体系そのものを変える可能性があります」
「…………」
「買い切りで支払える額ではないでしょう」
「おっしゃる通りで……」
「でしたら」
春花が微笑んだ。
「使用料方式にいたしましょう」
歴博が身を乗り出す。
「売上の一定割合を御堂家へ納めていただく」
「その代わり――」
「工法の管理はおたから屋に一任します」
「模造品が出回らぬよう、製法管理もそちらで行ってください」
「なるほど……」
歴博が頷く。
「では――」
春花がさらりと言った。
「売上の四割でいかがでしょう?」
「よ――」
歴博の目が飛び出しそうになる。
「四割!?」
「はい」
「春花」
晴臣が小声で呟く。
「容赦ねえな……」
「それは少々……」
歴博は必死に笑顔を保つ。
「もう少し、お勉強していただけないでしょうか?」
「分かりました」
春花はあっさり頷く。
歴博がほっとした――。
次の瞬間。
「三割にいたしましょう」
「ただし、そのうち一割を工法管理費として、おたから屋へお戻しいたします」
「つまり――」
にっこり。
「実質二割」
「いかがでしょう?」
「…………」
歴博は固まった。
元々。
二割程度なら妥当。
そう考えていた。
だから交渉次第では、もう少し下げられるかもしれないと思っていたのだが――。
気がつけば。
二割で綺麗に着地させられていた。
「……分かりました」
歴博は頭を下げる。
「その条件でお願いいたします」
「では決まりですね」
春花が微笑む。
(やられた……)
歴博は苦笑する。
だが――。
不満はない。
この技術。
必ず莫大な利益を生む。
商人として。
そう確信していた。
◇
「そうでした!」
歴博が別の包みを取り出す。
「晴真様」
「はい?」
「頼まれていた品が完成しております」
「えっ!」
さっきまで女性陣に麗らかの菓子を熱心に説明していた晴真が。
突然振り返った。
「これ!?」
「はい」
包みから出てきたのは――。
霊木製の籠手。
そして。
腕へ装着する霊木の腕輪。
「できたんだ!」
晴真の目が輝く。
「もちろんです」
歴博は胸を張る。
「最高級の霊木で仕上げておりますよ」
晴臣が覗き込む。
「なんだそれ?」
「見てて!」
晴真は腕輪を装着する。
「小さい頃に表佐倉で見てたヒーローものでさ」
「腕の道具で変身して、全身をスーツで覆って戦うんだよ」
「……嫌な予感がする」
晴臣が呟く。
「いくよ」
晴真が霊力を流す。
「霊装武具!」
ブォン――!
「なっ!?」
霊木の腕輪を中心に。
霊気が晴真の全身へ広がる。
腕。
胸。
背中。
脚。
頭部。
全身を――。
薄い霊力の膜が覆った。
まるで。
身体そのものへ鎧を纏ったように。
「できた!」
晴真が自分の身体を見る。
「お父さん」
「ん?」
「ちょっと叩いてみてよ」
「……いいのか?」
「うん!」
「じゃあ」
晴臣が軽く拳を握る。
「いくぞ」
ゴッ!
「――っ!」
次の瞬間。
晴臣が手を押さえた。
「痛えぇ!」
「お父さん!?」
「なんだこれ!」
晴臣は涙目だ。
「鉄でも殴ったみたいだぞ!」
晴隆も立ち上がる。
「見せてみい!」
晴真の腕を指で叩く。
コンコン。
「……なんじゃこりゃ」
「霊気の鎧じゃな」
「うん!」
晴真が嬉しそうに頷く。
「これだったら――」
表情が真剣になる。
「銃で撃たれても守れるかもしれない」
そして。
ミヅチたちのことを思い出す。
「眷属さんたちが神力でこれを作れたら」
「瘴気の種も――身体まで届かないよね?」
「…………!」
晴隆の顔から笑みが消えた。
豪斎を襲った瘴気の種。
遠距離から撃ち込まれ。
額へ突き刺さった。
「なるほどのう」
晴隆は頷く。
「全身に鎧を纏っておるようなものじゃ」
「神力で同じものを作れるなら――」
晴時も続ける。
「守護者の方々にとって、大きな防御手段になるかもしれません」
「印旛大龍王様へ連絡を入れておこう」
「うん!」
晴真は満足そうに笑った。
「それで」
歴博が籠手を見る。
「こちらは?」
「こっちは――」
晴真は悪戯っぽく笑う。
「研究発表まで内緒!」
「…………」
晴臣が頭を抱える。
「まだ何かあるのかよ……」
◇
その時だった。
「晴隆様」
使用人がやってくる。
「麻賀多宗家の方々がお見えです」
「麻賀多?」
晴隆が首を傾げる。
やってきたのは――。
道秀。
道継。
そして道満。
「道満君!」
「晴真」
晴隆が三人を見る。
「なんじゃ道秀」
「どうした?」
道秀は部屋を見回す。
「ここに田町歴博殿が来ておると聞いたのじゃが」
「わ、私ですか?」
歴博が立ち上がる。
すると。
道継が深々と頭を下げた。
「この度は――」
「麻賀多宗家の秘宝とも呼ぶべき品を見つけていただき」
「かたじけない」
「い、いえ!」
歴博も慌てて頭を下げる。
道満の腰には――。
宵桜。
道継はそれを見る。
「道満から経緯は聞いた」
「じゃが」
「これほどの品を、ただで譲り受けるわけにはいかぬ」
「いえいえ!」
歴博が首を振る。
「これは元々、麻賀多宗家へ伝わるべき品です!」
「どうかお納めください」
「そういうわけにはいかぬ」
道秀が言う。
「宗家の面子というものがある」
「ですが――」
歴博も譲らない。
「先ほど道満様が悪党の刀を、宵桜で真っ二つにされたと聞きました」
「……もう話が?」
道満が少し驚く。
「商人は耳が早いんですよ」
歴博は笑う。
そして宵桜を見る。
「やはり――」
「持つべき人が、持つべきなのです」
「…………」
道秀と道継が顔を見合わせる。
困った。
どちらも譲る気がない。
すると――。
「よろしいでしょうか」
春花だった。
「春花殿?」
「差し出がましいかもしれませんが」
春花が歴博を見る。
そして道秀を見る。
「このようにしてはいかがでしょう?」
「申してみよ」
「おたから屋は――」
春花はさらりと言った。
「失われていた麻賀多宗家の秘宝・宵桜を探し出し」
「正当な継承者へ返還した」
「その功績をもって――」
眼鏡が光る。
「麻賀多宗家御用達の陰陽術具店として認めてはいかがでしょう?」
「…………」
歴博が固まる。
「そのようなことでよろしいのですか?」
道継が尋ねる。
しかし。
歴博はぶんぶんと首を振った。
「そのようなことではありません!」
皆が驚く。
「麻賀多宗家御用達ですよ!?」
歴博は興奮していた。
「商人からすれば――」
「これほどの名誉はございません!」
「では」
春花が微笑む。
「これでよろしいのでは?」
道秀も頷く。
「うむ」
「宗家としても異存はない」
「では決まりじゃ」
晴隆が笑った。
春花はすぐに紙を用意する。
「では、口約束ではいけませんので」
さらさらさら。
条件を書き記し。
「こちらへ一筆お願いいたします」
「用意がいいのう……」
晴隆が苦笑する。
こうして――。
夜叉丸の愛刀・宵桜は正式に麻賀多宗家へ帰還。
そしておたから屋は。
麻賀多宗家御用達の陰陽術具店となった。
◇
「どうやら丸く収まったようじゃな」
晴隆が満足そうに笑う。
皆も宵桜を囲み。
夜叉丸の話。
霊装武具の話。
霊木メッキの話。
楽しそうに盛り上がっていた。
そんな中。
部屋の隅で――。
歴博と春花が何やら小声で話している。
「春花様」
「はい」
歴博がにやり。
「麻賀多宗家御用達」
「はい」
「さらに霊木メッキの新商品」
「はい」
二人は顔を見合わせた。
「…………」
「これは――」
歴博の口元が上がる。
「完全に勝ちましたな」
春花も眼鏡を押し上げる。
キラン。
「歴博様」
「はい?」
「ここまでお膳立てして差し上げたのです」
にっこり。
「しっかり売るのですよ?」
「…………」
歴博は背筋を伸ばした。
「分かってますね?」
「はい!」
「春花様!」
二人は顔を見合わせ――。
「ふふふ」
「ははは!」
楽しそうに笑う。
少し離れた場所から、その様子を見ていた晴臣は。
「……なんか怖え二人が手を組んだな」
晴時も苦笑する。
「私もそう思う」
一方。
そんな大人たちの話など気にもせず。
晴真は陽香たちと再び麗らかの菓子を囲んでいた。
「陽香ちゃん、これも美味しいよ!」
「本当だ!」
「桜花も食べる!」
「晴真様、食べ過ぎはいけませんよ」
「春花さんだって食べてたじゃん!」
今日一日で。
夜叉丸の愛刀が麻賀多宗家へ戻り。
おたから屋が宗家御用達となり。
裏佐倉の武具事情を変えるかもしれない霊木メッキが商いとして動き始め。
さらに。
瘴気の種への新たな防御法まで生まれようとしていた。
その中心にいた少年は――。
そんな大事になっているとは、あまり分かっていない。
晴真にとって今日一番大事なのは。
やっぱり――。
麗らかの甘味を、家族みんなで食べることだった。




