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第十四話 七曲皐月


 直弥時貞との騒動が一段落した後――


一年一組の十五人は、再び佐倉茶屋・麗らかへ戻ってきた。


ガラガラ。


「……すみませんでした!」


凛を先頭に、十五人が揃って頭を下げる。


突然店を飛び出したことを謝り、きちんと代金を支払う。


店員は呆れたように笑った。


「もう……今度からお店の中で騒がないでくださいね」


「はい……」


十五人の声が揃う。


そして。


先ほどまで座っていた席へ戻った。


けれど――。


もう甘味の話で盛り上がる空気ではなかった。


皆の視線は。


茜と桔梗へ向けられている。


「…………」


二人はしばらく黙っていた。


やがて。


茜がゆっくり口を開いた。


「……皐月姉はね」


桔梗が続ける。


「私たちの、いとこのお姉さんだったんだ」



――七曲皐月。


「皐月姉は、七曲衆の首領の養子だったの」


「だから響とは、本当の姉弟じゃない」


晴真が聞く。


「七曲響君?」


「うん」


茜が頷く。


「血は繋がってなかったけど……」


桔梗が少し笑う。


「すっごく仲の良い姉弟だった」


次期七曲家の首領候補――七曲響。


先日、美鈴たちから聞いた三組の実力者。


武術なら迅と互角。


忍術では綾女以上とも言われ。


判断力、指揮能力は隼人と同等。


罠や爆薬の扱いにも長ける。


その響には――。


血の繋がらない姉がいた。


「私たちにも、すごく優しかったんだ」


茜の表情が柔らかくなる。


「綺麗で」


「優しくて」


桔梗も懐かしそうに微笑む。


「私たち、本当に皐月姉が大好きだった」


「…………」


小夜が静かに二人を見つめる。


茜は続けた。


「それに皐月姉は――」


「特別な陰陽眼を持ってた」


道満の表情が変わる。


「陰陽眼?」


「うん」


桔梗が頷いた。


「緑蛇眼」


「緑蛇眼……」


晴真が呟く。


「皐月姉の陰陽眼は、霊力を込めると緑色に光った」


「そして――」


茜が自分の目元へ指を当てる。


「ほんの少しだけ、先のことが分かったんだ」


「未来が見えるってこと?」


美鈴が驚く。


「うん。でも、ずっと先じゃないよ」


「本当に少しだけ」


戦いなら。


相手が次にどう動くのか。


どこから攻撃が来るのか。


日常なら。


誰かが転びそうになる。


物を落としそうになる。


何か困ったことが起きそうになる。


ほんの少し先。


それを感じ取ることができた。


桔梗が寂しそうに笑う。


「だから皐月姉って、いつも人が困る前に助けてくれたんだ」


「私たちが転びそうになると、転ぶ前に手を掴んでくれたり」


「忘れ物すると、家を出る前に教えてくれたり」


「すごいね」


晴真が素直に言う。


「うん」


双子が同時に頷く。


「すごいお姉ちゃんだった」



しかし。


二人の表情から笑みが消えた。


「それでね」


茜が拳を握る。


「皐月姉に――恋人ができたんだ」


「…………」


「姉さん、すごく嬉しそうだった」


桔梗が俯く。


「私たちにも、いっぱい話してくれた」


三学年上。


話が面白くて。


一緒にいると楽しくて。


少し変わっているけれど。


優しい人。


「皐月姉、本当に幸せそうだったんだよ……」


茜の声が震える。


「でも――」


ぎゅっ。


膝の上で拳を握る。


「そいつは」


顔を上げる。


「最初から皐月姉なんか好きじゃなかった」


「…………」


店の中の空気が重くなる。


「狙ってたのは――」


桔梗が震える声で言った。


「皐月姉の目」


晴真の表情が変わった。


「目……?」


「緑色に光る――」


茜が言う。


「緑蛇眼」


「…………!」


道満が目を見開く。


頭の中に。


先ほどの光景が蘇った。


直弥の瞳。


居合を放つ直前――。


緑色に光った目。


「緑色に光る……」


道満が呟く。


「まさか」


双子を見る。


「直弥時貞……?」


「そう」


茜の声が低くなる。


「あいつ」


桔梗が唇を噛む。


「皐月姉を殺した」


「…………」


誰も声を出せなかった。


「皐月姉を騙して」


「近づいて」


「信じさせて……」


茜の目から涙が零れる。


「最後は――」


桔梗が続ける。


「姉さんの陰陽眼を奪った」


晴真が息を呑む。


凛も口元へ手を当てた。


「そんな……」


「どうやったのかは分からない」


茜が涙を拭う。


「でもあいつは、何らかの方法で――」


「皐月姉から奪った緑蛇眼を」


桔梗が言う。


「自分の目みたいに使ってる」


「…………」


道満が宵桜を見る。


「だからか」


皆が道満を見る。


「俺が居合を放つ直前」


「あいつは突然、完全な防御態勢を取った」


刀也も気づく。


「そういやそうだったな」


「それまで余裕ぶっこいてたのに」


道満は頷く。


「恐らく――」


「斬られる未来を見たんだ」


だから直弥は。


本来なら届くはずのない宵桜の一閃を警戒できた。


それでも刀を失い。


後方へ飛ばなければ――。


道満の斬撃をまともに受けていた。


「緑蛇眼……」


道満の表情が険しくなる。



「この前」


桔梗が続ける。


「草笛の丘で直弥と会った時は、私たちもあいつのことを知らなかった」


「だから普通に戦ってた」


茜も頷く。


「でも、その後」


「紫月さんと深月さんが教えてくれた」


公安部が調査していた直弥時貞。


その男と。


七曲皐月の事件。


そして――。


緑蛇眼。


「それを知ってから……」


茜の拳が震える。


「絶対に許せなくなった」


桔梗の目からも涙が落ちる。


「響も同じ」


「…………」


「響がどんなに辛い修練でも絶対に弱音を吐かないのは――」


茜が呟く。


「いつか直弥を倒すため」


「皐月姉の仇を討つためなんだ」


「だから、あいつは……」


隼人が静かに呟く。


三組の七曲響。


なぜあれほど自分を追い込んでいるのか。


ようやく分かった。



「でも」


隼人が口を開いた。


「茜、桔梗」


二人が顔を上げる。


「二人だけで突っ込むな」


「…………」


「さっきみたいなのは駄目だ」


「それは無理!」


茜が即答する。


「絶対許さないもん!」


「皐月姉を殺したんだよ!」


桔梗も叫ぶ。


「目まで奪って!」


「許せるわけない!」


「そんなの当たり前だ」


隼人が言った。


「え?」


二人が止まる。


隼人は真っ直ぐ二人を見る。


「許せなんて言ってない」


そして。


迅を見る。


綾女を見る。


「お前らの仇は――」


一呼吸。


「俺たち三班の仇だ」


「…………!」


茜と桔梗の目が見開かれる。


迅が笑った。


「当然だろ」


綾女も静かに頷く。


「五人で一つ」


隼人は腕を組む。


「お前ら」


「最近俺のこと、お頭お頭って呼んでるよな?」


「うん……」


「だったら」


隼人が言う。


「お頭の指示に従え」


「今度あいつが現れたら――」


迅。


綾女。


茜。


桔梗。


四人を見る。


「三班で倒すぞ」


「…………」


茜の目から。


ぽろぽろと涙が零れる。


桔梗も同じだった。


そして――。


「お頭ぁぁぁぁ〜!」


「うわっ!?」


二人同時に隼人へ抱きついた。


「お頭ぁ〜!」


「ありがとうぅ〜!」


「分かったから!」


隼人が慌てる。


「店の中だぞ!」


迅が笑う。


「よっ! 流石お頭!」


「うるさい!」


綾女も。


「お頭」


「お前まで言うな!」


その時。


「ちょっと待ってください!」


凛が立ち上がった。


「隼人君!」


「何だよ」


凛は腰へ手を当てる。


「勝手に三班だけでまとまらないでください!」


「え?」


「私たちは――」


凛が全員を見渡す。


「十五人です!」


「…………」


刀也がにやりと笑う。


「そうだったな!」


豪太が拳を鳴らす。


「俺たちも混ぜろよ!」


太一も頷く。


「十五人でやろう」


与一は苦笑する。


「僕たちだけ仲間外れは困るね」


小夜も。


「茜ちゃんと桔梗ちゃんは……わたしたちの友達だから」


美鈴が二人の手を握る。


「一人で抱え込まないでよ」


紅葉も胸を張る。


「そうですわ」


「一年一組の者に手を出したのなら――」


「わたくしたち全員の問題です」


晴真も笑う。


「うん」


「みんなでやろう」


道満が静かに頷いた。


「次は逃がさない」


凛が拳を突き上げる。


「今度、直弥が現れたら――」


「一年一組十五人で!」


「絶対に倒しましょう!」


「おおおおおおっ!!」


麗らかの店内に。


十五人の声が響き渡った。


「お客様!」


「す、すみません!」


今度は全員で小さくなる。


一瞬の沈黙。


そして。


「ぷっ」


誰かが吹き出した。


「ははは!」


いつもの一年一組の笑い声が戻った。



その中で。


茜と桔梗は道満のところへ歩いていった。


「道満君」


「ん?」


「さっきは――」


二人が揃って頭を下げる。


「ありがとう」


道満が少し驚く。


「何がだ?」


「あいつの刀」


茜が笑う。


「真っ二つにしてくれて」


桔梗も嬉しそうに頷く。


「ちょっとだけ気が晴れた」


「……そうか」


道満はほんの少し笑った。


「なら良かった」


「…………」


茜と桔梗は顔を見合わせる。


そして。


ちらり。


少し離れた場所にいる紅葉を見る。


紅葉は道満のことを心配そうに見つめていた。


双子はもう一度顔を見合わせ――。


(なるほど)


(これは――)


にやっ。


(紅葉さんが好きになるわけだ)


「?」


道満が首を傾げる。


「どうした?」


「なーんでもない!」


「気にしないで!」


二人は笑いながら紅葉のところへ向かう。


「紅葉さーん!」


「何ですの?」


「道満君って格好いいね!」


「なっ!?」


紅葉の顔が一瞬で真っ赤になった。


「な、何を突然言っているんですの!」


「別に〜?」


「ね〜?」


「ちょっと!」


「お待ちなさい!」


逃げる茜と桔梗。


追いかける紅葉。


「店の中で走っちゃ駄目ですよ!」


凛が注意する。


「お前もさっき飛び出しただろ」


刀也が言う。


「それとこれは別です!」


再び笑いが起こる。


ほんの少し前まで涙を流していた双子も。


今は――笑っていた。


けれど。


一年一組の全員の胸には、一つの名前が刻まれていた。


七曲皐月。


優しく。


美しく。


誰かが困るより先に手を差し伸べた――緑蛇眼の少女。


そして。


彼女からその眼を奪った男。


直弥時貞。


次に会った時。


もう茜と桔梗だけに背負わせない。


十五人全員で立ち向かう。


それが――。


一年一組の出した答えだった。

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