第十四話 七曲皐月
直弥時貞との騒動が一段落した後――
一年一組の十五人は、再び佐倉茶屋・麗らかへ戻ってきた。
ガラガラ。
「……すみませんでした!」
凛を先頭に、十五人が揃って頭を下げる。
突然店を飛び出したことを謝り、きちんと代金を支払う。
店員は呆れたように笑った。
「もう……今度からお店の中で騒がないでくださいね」
「はい……」
十五人の声が揃う。
そして。
先ほどまで座っていた席へ戻った。
けれど――。
もう甘味の話で盛り上がる空気ではなかった。
皆の視線は。
茜と桔梗へ向けられている。
「…………」
二人はしばらく黙っていた。
やがて。
茜がゆっくり口を開いた。
「……皐月姉はね」
桔梗が続ける。
「私たちの、いとこのお姉さんだったんだ」
◇
――七曲皐月。
「皐月姉は、七曲衆の首領の養子だったの」
「だから響とは、本当の姉弟じゃない」
晴真が聞く。
「七曲響君?」
「うん」
茜が頷く。
「血は繋がってなかったけど……」
桔梗が少し笑う。
「すっごく仲の良い姉弟だった」
次期七曲家の首領候補――七曲響。
先日、美鈴たちから聞いた三組の実力者。
武術なら迅と互角。
忍術では綾女以上とも言われ。
判断力、指揮能力は隼人と同等。
罠や爆薬の扱いにも長ける。
その響には――。
血の繋がらない姉がいた。
「私たちにも、すごく優しかったんだ」
茜の表情が柔らかくなる。
「綺麗で」
「優しくて」
桔梗も懐かしそうに微笑む。
「私たち、本当に皐月姉が大好きだった」
「…………」
小夜が静かに二人を見つめる。
茜は続けた。
「それに皐月姉は――」
「特別な陰陽眼を持ってた」
道満の表情が変わる。
「陰陽眼?」
「うん」
桔梗が頷いた。
「緑蛇眼」
「緑蛇眼……」
晴真が呟く。
「皐月姉の陰陽眼は、霊力を込めると緑色に光った」
「そして――」
茜が自分の目元へ指を当てる。
「ほんの少しだけ、先のことが分かったんだ」
「未来が見えるってこと?」
美鈴が驚く。
「うん。でも、ずっと先じゃないよ」
「本当に少しだけ」
戦いなら。
相手が次にどう動くのか。
どこから攻撃が来るのか。
日常なら。
誰かが転びそうになる。
物を落としそうになる。
何か困ったことが起きそうになる。
ほんの少し先。
それを感じ取ることができた。
桔梗が寂しそうに笑う。
「だから皐月姉って、いつも人が困る前に助けてくれたんだ」
「私たちが転びそうになると、転ぶ前に手を掴んでくれたり」
「忘れ物すると、家を出る前に教えてくれたり」
「すごいね」
晴真が素直に言う。
「うん」
双子が同時に頷く。
「すごいお姉ちゃんだった」
◇
しかし。
二人の表情から笑みが消えた。
「それでね」
茜が拳を握る。
「皐月姉に――恋人ができたんだ」
「…………」
「姉さん、すごく嬉しそうだった」
桔梗が俯く。
「私たちにも、いっぱい話してくれた」
三学年上。
話が面白くて。
一緒にいると楽しくて。
少し変わっているけれど。
優しい人。
「皐月姉、本当に幸せそうだったんだよ……」
茜の声が震える。
「でも――」
ぎゅっ。
膝の上で拳を握る。
「そいつは」
顔を上げる。
「最初から皐月姉なんか好きじゃなかった」
「…………」
店の中の空気が重くなる。
「狙ってたのは――」
桔梗が震える声で言った。
「皐月姉の目」
晴真の表情が変わった。
「目……?」
「緑色に光る――」
茜が言う。
「緑蛇眼」
「…………!」
道満が目を見開く。
頭の中に。
先ほどの光景が蘇った。
直弥の瞳。
居合を放つ直前――。
緑色に光った目。
「緑色に光る……」
道満が呟く。
「まさか」
双子を見る。
「直弥時貞……?」
「そう」
茜の声が低くなる。
「あいつ」
桔梗が唇を噛む。
「皐月姉を殺した」
「…………」
誰も声を出せなかった。
「皐月姉を騙して」
「近づいて」
「信じさせて……」
茜の目から涙が零れる。
「最後は――」
桔梗が続ける。
「姉さんの陰陽眼を奪った」
晴真が息を呑む。
凛も口元へ手を当てた。
「そんな……」
「どうやったのかは分からない」
茜が涙を拭う。
「でもあいつは、何らかの方法で――」
「皐月姉から奪った緑蛇眼を」
桔梗が言う。
「自分の目みたいに使ってる」
「…………」
道満が宵桜を見る。
「だからか」
皆が道満を見る。
「俺が居合を放つ直前」
「あいつは突然、完全な防御態勢を取った」
刀也も気づく。
「そういやそうだったな」
「それまで余裕ぶっこいてたのに」
道満は頷く。
「恐らく――」
「斬られる未来を見たんだ」
だから直弥は。
本来なら届くはずのない宵桜の一閃を警戒できた。
それでも刀を失い。
後方へ飛ばなければ――。
道満の斬撃をまともに受けていた。
「緑蛇眼……」
道満の表情が険しくなる。
◇
「この前」
桔梗が続ける。
「草笛の丘で直弥と会った時は、私たちもあいつのことを知らなかった」
「だから普通に戦ってた」
茜も頷く。
「でも、その後」
「紫月さんと深月さんが教えてくれた」
公安部が調査していた直弥時貞。
その男と。
七曲皐月の事件。
そして――。
緑蛇眼。
「それを知ってから……」
茜の拳が震える。
「絶対に許せなくなった」
桔梗の目からも涙が落ちる。
「響も同じ」
「…………」
「響がどんなに辛い修練でも絶対に弱音を吐かないのは――」
茜が呟く。
「いつか直弥を倒すため」
「皐月姉の仇を討つためなんだ」
「だから、あいつは……」
隼人が静かに呟く。
三組の七曲響。
なぜあれほど自分を追い込んでいるのか。
ようやく分かった。
◇
「でも」
隼人が口を開いた。
「茜、桔梗」
二人が顔を上げる。
「二人だけで突っ込むな」
「…………」
「さっきみたいなのは駄目だ」
「それは無理!」
茜が即答する。
「絶対許さないもん!」
「皐月姉を殺したんだよ!」
桔梗も叫ぶ。
「目まで奪って!」
「許せるわけない!」
「そんなの当たり前だ」
隼人が言った。
「え?」
二人が止まる。
隼人は真っ直ぐ二人を見る。
「許せなんて言ってない」
そして。
迅を見る。
綾女を見る。
「お前らの仇は――」
一呼吸。
「俺たち三班の仇だ」
「…………!」
茜と桔梗の目が見開かれる。
迅が笑った。
「当然だろ」
綾女も静かに頷く。
「五人で一つ」
隼人は腕を組む。
「お前ら」
「最近俺のこと、お頭お頭って呼んでるよな?」
「うん……」
「だったら」
隼人が言う。
「お頭の指示に従え」
「今度あいつが現れたら――」
迅。
綾女。
茜。
桔梗。
四人を見る。
「三班で倒すぞ」
「…………」
茜の目から。
ぽろぽろと涙が零れる。
桔梗も同じだった。
そして――。
「お頭ぁぁぁぁ〜!」
「うわっ!?」
二人同時に隼人へ抱きついた。
「お頭ぁ〜!」
「ありがとうぅ〜!」
「分かったから!」
隼人が慌てる。
「店の中だぞ!」
迅が笑う。
「よっ! 流石お頭!」
「うるさい!」
綾女も。
「お頭」
「お前まで言うな!」
その時。
「ちょっと待ってください!」
凛が立ち上がった。
「隼人君!」
「何だよ」
凛は腰へ手を当てる。
「勝手に三班だけでまとまらないでください!」
「え?」
「私たちは――」
凛が全員を見渡す。
「十五人です!」
「…………」
刀也がにやりと笑う。
「そうだったな!」
豪太が拳を鳴らす。
「俺たちも混ぜろよ!」
太一も頷く。
「十五人でやろう」
与一は苦笑する。
「僕たちだけ仲間外れは困るね」
小夜も。
「茜ちゃんと桔梗ちゃんは……わたしたちの友達だから」
美鈴が二人の手を握る。
「一人で抱え込まないでよ」
紅葉も胸を張る。
「そうですわ」
「一年一組の者に手を出したのなら――」
「わたくしたち全員の問題です」
晴真も笑う。
「うん」
「みんなでやろう」
道満が静かに頷いた。
「次は逃がさない」
凛が拳を突き上げる。
「今度、直弥が現れたら――」
「一年一組十五人で!」
「絶対に倒しましょう!」
「おおおおおおっ!!」
麗らかの店内に。
十五人の声が響き渡った。
「お客様!」
「す、すみません!」
今度は全員で小さくなる。
一瞬の沈黙。
そして。
「ぷっ」
誰かが吹き出した。
「ははは!」
いつもの一年一組の笑い声が戻った。
◇
その中で。
茜と桔梗は道満のところへ歩いていった。
「道満君」
「ん?」
「さっきは――」
二人が揃って頭を下げる。
「ありがとう」
道満が少し驚く。
「何がだ?」
「あいつの刀」
茜が笑う。
「真っ二つにしてくれて」
桔梗も嬉しそうに頷く。
「ちょっとだけ気が晴れた」
「……そうか」
道満はほんの少し笑った。
「なら良かった」
「…………」
茜と桔梗は顔を見合わせる。
そして。
ちらり。
少し離れた場所にいる紅葉を見る。
紅葉は道満のことを心配そうに見つめていた。
双子はもう一度顔を見合わせ――。
(なるほど)
(これは――)
にやっ。
(紅葉さんが好きになるわけだ)
「?」
道満が首を傾げる。
「どうした?」
「なーんでもない!」
「気にしないで!」
二人は笑いながら紅葉のところへ向かう。
「紅葉さーん!」
「何ですの?」
「道満君って格好いいね!」
「なっ!?」
紅葉の顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、何を突然言っているんですの!」
「別に〜?」
「ね〜?」
「ちょっと!」
「お待ちなさい!」
逃げる茜と桔梗。
追いかける紅葉。
「店の中で走っちゃ駄目ですよ!」
凛が注意する。
「お前もさっき飛び出しただろ」
刀也が言う。
「それとこれは別です!」
再び笑いが起こる。
ほんの少し前まで涙を流していた双子も。
今は――笑っていた。
けれど。
一年一組の全員の胸には、一つの名前が刻まれていた。
七曲皐月。
優しく。
美しく。
誰かが困るより先に手を差し伸べた――緑蛇眼の少女。
そして。
彼女からその眼を奪った男。
直弥時貞。
次に会った時。
もう茜と桔梗だけに背負わせない。
十五人全員で立ち向かう。
それが――。
一年一組の出した答えだった。




