第十三話 緑蛇眼
宮小路町の通り
麗らかから飛び出した直弥を、一年一組の十五人が追っていた。
その先頭を走るのは――茜と桔梗。
普段なら誰よりも陽気で、二人揃って悪戯をしては笑っている双子。
しかし今。
二人の顔に笑みはない。
忍刀を握り締め。
直弥だけを見ていた。
「直弥ぁ!」
「止まれ!」
「だから待てって!」
直弥が振り返る。
「俺は今日何もしてねえだろ!」
その言葉に――。
茜の表情が歪んだ。
「……許さない」
「何?」
「お前だけは――」
桔梗の声も震える。
「絶対に許さない!」
二人の身体から霊力が噴き出す。
殺気。
明確な――殺意。
直弥の表情が変わった。
「おい」
「待て!」
茜と桔梗が忍刀を構える。
「お前ら、この前はそんなじゃなかっただろ!」
「うるさい!」
茜が叫んだ。
「皐月姉の仇!」
そして桔梗も。
「皐月姉の目を返せ!」
「…………」
直弥の足が止まった。
二人の顔を見る。
そして――。
「ああ……」
何かに気づいたように呟いた。
「なるほどな」
「お前ら――七曲の者か」
直弥の口元に薄い笑みが浮かぶ。
「どうりで俺を恨んでるわけだ」
「黙れぇ!」
茜と桔梗が同時に地面を蹴った。
「待て!」
ガシッ!
飛び出そうとした二人の肩を隼人が掴んだ。
「離して、お頭!」
「殺す!」
「駄目だ!」
「なんで!」
「今のお前らじゃ冷静に戦えない!」
「でも!」
「隼人の言う通り」
道満が前へ出た。
「俺がやる」
「道満?」
刀也が驚く。
凛も慌てる。
「道満君」
「相手は直弥だよ」
「大丈夫なの?」
「ああ」
短く答え――。
道満は一振りの刀を腰へ差した。
先ほど、おたから屋で譲り受けたばかりの刀。
夜叉丸の愛刀――。
宵桜。
「道満君……」
晴真が見つめる。
道満は静かに柄へ手を添えた。
居合の構え。
それを見た直弥が鼻で笑う。
「おいおい」
「俺と剣でやるつもりか?」
「…………」
「立身のガキの剣術でさえ、俺には通用しなかったんだぜ?」
刀也の眉がぴくりと動く。
「てめえ……」
「それに」
直弥は道満を見る。
「お前、麻賀多宗家の道満だろ?」
「得意の陰陽術にした方がいいんじゃないかな?」
「…………」
道満は答えない。
「図星か?」
「違う」
道満は直弥を真っ直ぐ見据える。
「お前と話すつもりがないだけだ」
「何?」
「俺はあの二人と長く一緒にいる」
茜と桔梗を見る。
「いつも笑っている二人が――」
再び直弥を見る。
「これだけ殺意を表に出すということは」
道満の声が低くなる。
「お前が、それだけのことをしたんだろう」
「…………」
「だから」
宵桜を握る。
「夜叉丸様の名にかけて――」
霊力が静かに高まる。
「お前を斬る」
直弥は一瞬黙り――。
「はっ」
笑った。
「正義の味方ごっこか?」
◇
道満が息を吸う。
丹田へ霊力を集める。
一重。
二重。
三重――。
全身の霊脈へ霊力を巡らせる。
三重の巡らせ。
「……!」
刀也が目を見開く。
「道満……」
さらに。
道満は宵桜へ霊力を流す。
恐ろしいほど滑らかに。
霊力が刀へ吸い込まれていく。
「霊装武具」
鞘の中。
短い霊木の刀身から――。
霊気の刃が形成される。
その時。
直弥の目が細くなった。
「…………」
瞳が――。
緑色に光る。
妖しく。
蛇のような緑。
晴真が気づいた。
「目が……」
道満も直弥の瞳を見る。
これが直弥時貞の陰陽眼。
――緑蛇眼。
僅かに先の出来事を捉えるとされる特殊な陰陽眼。
直弥の視界が変わる。
道満。
居合の構え。
足の位置。
腰。
肩。
柄へ添えた手。
(居合だ)
直弥は即座に見抜いた。
しかし――。
(遠い)
どう考えても刀の間合いではない。
(斬撃でも飛ばすつもりか?)
緑蛇眼へ意識を集中する。
一瞬先。
その光景を――見る。
「…………!」
直弥の顔から笑みが消えた。
見えたのは。
自分の身体が――。
斬られる光景。
(は?)
血。
崩れ落ちる自分。
(俺が?)
直弥の背中に冷たい汗が流れる。
(あんなガキに――)
即座に腰の刀を抜いた。
「……?」
刀也が気づく。
「なんだアイツ」
先ほどまで余裕だった直弥が。
完全な防御態勢を取っている。
道満は構えたまま――。
静かに言った。
「行くぞ」
「……!」
直弥が歯を食いしばる。
(馬鹿正直なガキだ)
(攻撃する前に教えてどうする!)
次の瞬間。
道満が動いた。
スッ――。
静かな居合。
「速い!」
太一が目を見開く。
だが。
直弥から見れば。
やはり――。
(届かない!)
刀の間合いではない。
そのはずだった。
だが。
鞘から放たれた宵桜の刀身が――。
伸びた。
「なっ!?」
霊装武具。
物理的な刀身に縛られない霊気の刃。
道満が鞘から抜き放つと同時に――。
その刀身が一気に伸長する。
「クソッ!」
直弥は咄嗟に刀を立てる。
ガキィン――!
そして同時に。
全力で後方へ飛んだ。
着地。
「……!」
直弥は自分の身体を見る。
斬られていない。
「はっ……」
助かった。
そう思った――直後。
カラン。
何かが地面へ落ちた。
「…………」
直弥が手元を見る。
新調したばかりの刀。
その刀身が――。
半分しかない。
「は?」
宵桜の一閃は。
霊力を込めて防御した刀を――。
まるで紙でも斬るかのように。
真っ二つにしていた。
直弥の顔から血の気が引く。
(……マジかよ)
折れた刀を見る。
そして道満を見る。
(後ろに飛んでなかったら……)
緑蛇眼で見た光景。
自分が斬り倒される未来。
(あのガキ――)
冷や汗が頬を伝う。
(マジか……!)
◇
しかし。
道満は止まらない。
一歩。
踏み込む。
三重の巡らせによる身体強化。
一気に直弥との距離を詰め――。
宵桜を振り上げる。
「くっ!」
直弥は折れた刀を構える。
道満が――。
袈裟斬りに振り下ろす。
その瞬間。
ガギィィン!!
横から別の刀が割り込んだ。
「何!?」
道満の宵桜を受け止めたのは――。
フードを深く被った人物。
刀には大量の霊力が込められている。
それでも。
ギギギギ――。
霊装武具の刃に押し込まれていく。
「直弥!」
フードの人物が叫ぶ。
「何、ガキ相手に遊んでるんですか!」
「うるせえ!」
直弥が後ろへ下がる。
「悪い!」
「助かったわ!」
「だったらさっさと逃げますよ!」
「分かってる!」
直弥は折れた刀を見る。
途端に顔が引きつった。
「くっそ……!」
道満を睨む。
「ふざけやがって!」
「新調したばっかりの刀、真っ二つにしやがって!」
「許さねえからな!」
道満は宵桜を構えたまま。
冷たく言い放つ。
「お前に――」
「刀を持つ資格はない」
「このクソガキ……!」
「直弥!」
フードの人物が周囲を見る。
「公安部が来てますよ!」
遠くから。
複数の足音。
「早くしないと囲まれます!」
「ちっ!」
直弥が一年一組を見る。
「だからお前らとは絡みたくねえんだよ!」
札を取り出す。
「逃がすな!」
隼人が叫ぶ。
だが。
札が光る。
「またな、ガキども」
光が直弥とフードの人物を包む。
「待て!」
次の瞬間――。
二人の姿は消えていた。
転移の術。
あとには。
真っ二つになった刀身だけが残されていた。
◇
「くそっ!」
茜が地面を蹴る。
「また逃げられた!」
桔梗も唇を噛む。
「……皐月姉」
その時。
「全員そこを動くな!」
声が響いた。
公安部の陰陽師たちが次々と通りへ入ってくる。
刀也が驚く。
「早っ!」
「どうしてもう来たんだ?」
迅も周囲を見る。
凛が小さく息を吐いた。
「私が呼びました」
「凛が?」
「はい」
凛は懐から小さな笛を取り出す。
「麗らかを出て二人を追いかける時に、呼び笛を吹いておきました」
与一が感心する。
「流石だね」
「直弥が相手だと分かっていましたから」
凛は少し険しい表情になる。
「私たちだけでどうにかしようとするべきではないと思ったんです」
「正解だ」
公安部の陰陽師が頷く。
そして周囲を確認する。
「何があった?」
「俺から説明します」
道満が前へ出た。
直弥との遭遇。
茜と桔梗。
戦闘。
フードの人物。
そして転移。
順番に状況を説明していく。
公安部の者たちは、地面に落ちた折れた刀身も回収した。
「分かった」
「ここからは我々が調べる」
「はい」
◇
公安部が現場を調べ始める中。
「…………」
茜と桔梗は俯いていた。
「あと少しだったのに……」
「捕まえられたのに……」
二人の手は強く握り締められている。
いつもの二人ではない。
「茜」
隼人が隣へ立つ。
「桔梗」
迅も来る。
綾女は何も言わず。
二人のすぐそばへ立った。
やがて。
晴真。
凛。
道満。
刀也。
与一。
小夜。
紅葉。
美鈴。
豪太。
太一。
一年一組のみんなが――。
自然と双子の周りへ集まった。
「…………」
茜が顔を上げる。
「みんな……」
誰も急かさない。
誰も問い詰めない。
ただ。
二人のそばにいた。
やがて桔梗が小さく口を開いた。
「……皐月姉はね」
その名前に。
皆が静かに耳を傾ける。
茜も俯いたまま続ける。
「私たちの――」
拳を握る。
「大切な人だった」
直弥へ向けられた異常なほどの憎しみ。
「皐月姉の目を返せ」
あの言葉の意味。
そして――。
直弥時貞の持つ特殊な陰陽眼。
緑蛇眼。
その二つを繋ぐ過去が。
双子の口から語られようとしていた。




