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第十二話 霊木のメッキ


 おたから屋の店内。


皆が思い思いの霊装武具用の武器を手に入れ、すっかり満足している中――。


一人だけ、まだ店の棚をじっと眺めている者がいた。


隼人だった。


棚の上。


箱の中。


壁に掛けられた忍具。


何度見ても目的の物は見つからない。


「……やっぱ無いよなぁ」


その呟きを聞いた店主が振り返る。


「ん?」


「何を探してるんだ?」


「霊木の手裏剣とか苦無」


隼人は一本の普通の苦無を手に取る。


「無いよな?」


「そりゃ無いだろ」


店主は即答した。


「投げた後、回収できるかも分からん物に貴重な霊木なんか使えるか」


「だよなぁ……」


隼人も分かっていたらしい。


霊木は高価だ。


刀や槍なら何度でも使える。


だが手裏剣や苦無は違う。


戦闘中に投げれば、そのまま失うことも珍しくない。


「小さい欠片でもいいんだけどなぁ」


「それも難しいな」


店主が腕を組む。


「霊木の端材は寄木細工なんかに使われちまうんだよ」


「無駄にできるような木じゃないからな」


「そうか……」


「残るとしたら――」


店主が店の奥を見る。


「切った時や削った時に出る粉くらいだな」


「粉?」


その瞬間。


「…………」


晴真が店主を見た。


次に隼人を見る。


そして――。


霊木の武具を見る。


「…………」


道満がその顔に気づいた。


「まずい」


「え?」


刀也が道満を見る。


「晴真の顔を見ろ」


「…………」


晴真の目が輝いている。


「あ」


刀也も察した。


次の瞬間。


二人はほぼ同時に――。


もらったばかりの武器を背中へ隠した。


「…………」


晴真が二人を見る。


「何してるの?」


「別に」


「何もしてない」


「二人とも酷いなぁ!」


「だってお前、その顔すると何か試すだろ!」


「宵桜は絶対に貸さんぞ」


「まだ何も言ってないよ!」


皆から笑いが起こる。



「おじさん」


晴真が店主を見る。


「その霊木の粉ってあります?」


「少しならあるぞ」


店主は奥へ声を掛けた。


「おーい!」


「霊木の削り粉、まだ残ってるか?」


しばらくすると、奥の工房から一人の職人が顔を出した。


「あるけど、何に使うんだ?」


「この坊主が欲しいんだと」


「ほら」


職人が小さな器を晴真へ渡す。


中には細かな木の粉が入っていた。


「ありがとうございます!」


晴真は指先で少し摘まむ。


そして――。


霊力を流してみる。


「…………」


「どう?」


凛が尋ねる。


「ちゃんと通る」


原木ほどではない。


だが――。


削られて粉になっても、霊木としての性質そのものが失われたわけではない。


「そっか……」


晴真が何やら考える。


そして懐から一枚の銅銭を取り出した。


「何するんだ?」


隼人が覗き込む。


晴真は職人へ尋ねる。


「職人さん」


「接着剤みたいな物ってあります?」


「せっちゃくざい?」


「えっと……」


晴真は少し考える。


表佐倉では当たり前に使っていた言葉だが、こちらでは通じないらしい。


「塗って、乾いたら硬くなって、物をくっつけられるもの」


「ああ」


職人が頷く。


「膠ならあるぞ」


「それ!」


職人が膠を持ってくる。


晴真は霊木の粉を見る。


膠を見る。


「ちょっと混ぜてもいいですか?」


「構わんけど……」


小さな器へ膠を入れる。


そこへ――。


さらさら。


霊木の粉を混ぜていく。


「晴真君」


凛が不思議そうに覗き込む。


「何を作ってるんですか?」


「ちょっと試してみる」


よく混ぜ合わせ。


今度は銅銭へ――。


薄く。


できるだけ均一に塗っていく。


「これで……」


晴真は満足そうに頷く。


「乾くまで待とう」


「それだけ?」


「うん」


「何ができるんだ?」


刀也が尋ねる。


「まだ分かんない」


「分かんねえのかよ!」


「だから試すんだよ」


「お前やっぱ怖えよ!」



しばらくして。


膠が乾いた。


銅銭の表面には、霊木の粉を混ぜた薄い膜が出来ている。


晴真はそれを手に取り――。


隼人へ渡した。


「はい」


「俺?」


「うん」


「霊装武具を使ってみて」


「…………」


隼人は銅銭を見る。


「これで?」


「やってみてよ」


「まあいいけど」


銅銭を指で挟む。


そして。


霊力を流す。


「……!」


隼人の表情が変わった。


「なんだこれ」


「どう?」


「普通の銅銭と全然違う」


霊力が通る。


銅銭そのものではなく――。


その表面を覆った霊木の粉へ。


「霊装武具」


ブォン!


「おおっ!」


銅銭を中心として霊気が広がる。


形成されたのは――。


鋭い手裏剣。


「できた!」


茜と桔梗が声を上げる。


隼人も驚いている。


「形が安定してる……」


「投げてみようよ」


晴真が笑う。


「ああ」


隼人は的を見る。


構え。


シュッ!


「速っ!」


刀也が目を見開く。


普通の銅銭を依代にした時より明らかに速い。


しかも飛行中も霊気の形がほとんど崩れない。


一直線に飛び――。


ドスッ!


的へ深々と突き刺さった。


「…………」


隼人はしばらく的を見つめる。


晴真がにやりと笑った。


「どうですか――」


少し声色を変えて。


「お頭?」


「…………」


隼人が振り返る。


「お前」


「うん?」


「またやっちまったなぁ」


すると。


晴真の肩の上から抗議の声。


「それ、私の台詞です!」


桜花が頬を膨らませる。


「もうっ!」


「私が言おうと思ってたのに!」


「ごめん、桜花」


「晴真様!」


桜花は腰へ手を当てる。


「またやっちゃいましたね!」


「はい」


「今度は言えました!」


「そこ大事なの?」


わはははは!



しかし。


笑っていない者が二人いた。


店主と職人だった。


二人とも――。


銅銭と的を交互に見ている。


「……君」


店主が晴真を見る。


「はい?」


「いったい何者だい?」


「え?」


店主は頭を抱える。


「この前の札といい!」


「今日のこれといい!」


職人も目を丸くしている。


「こんな方法、どこで覚えたんだ?」


晴真は胸を張る。


「僕、桜晴真です!」


「そうじゃなくて!」


店主が思わず突っ込んだ。


「なんでそんな知識があるんだい!」


「ははは」


晴真は笑う。


「表佐倉だと似たような技術があるんだよ」


「表佐倉?」


「うん」


晴真は銅銭を指差す。


「高価な素材を全部使わなくても、安い素材の表面だけを高価な素材で薄く覆って――」


そこまで聞いて。


凛が「あっ」と声を上げた。


刀也も気づく。


「もしかして!」


二人の声が重なった。


「メッキ!」


「そう!」


晴真が嬉しそうに笑う。


「霊木のメッキ!」


「…………」


道満は霊木の粉を見る。


「なるほど……」


原木を削り出して武器を作る必要はない。


安価な依代の表面にだけ。


霊木の性質を持たせる。


「今まで捨てるしかなかった削り粉まで使えるのか……」


与一が呟く。


「しかも」


太一も続ける。


「普通の武器に使えるなら、とんでもなく安く作れるぞ」


その瞬間。


「坊ちゃん!」


店主が晴真の肩を掴んだ。


「えっ!?」


「この技術!」


店主の目が本気だった。


「うちに売ってくれ!」


「ええっ!?」


「いや、坊ちゃんじゃ話にならん!」


「親御さんは誰だ?」


「誰か大人の人と話をさせてくれ!」


「そんな大事なの?」


晴真はきょとんとしている。


「大事だよ!」


店主と職人の声が揃った。


晴真は少し考える。


「でも」


「お父さんも、お爺ちゃんもお金に困ってないから……」


「たぶん、いいよって言うと思うよ?」


「そういう問題じゃない!」


道満が突っ込んだ。



店主は晴真を改めて見る。


「坊ちゃんも麻賀多家の子かい?」


「違うよ」


晴真は首を振る。


「僕のお爺ちゃんは御堂家だよ」


「御堂?」


店主が固まる。


「お父さんは?」


「桜晴臣」


「…………」


「晴臣先輩の息子さんかよ!」


「え?」


今度は晴真が驚いた。


「お父さん知ってるの?」


「知ってるよ!」


店主は頭を抱えた。


「そうか……」


「晴臣先輩の息子か……」


そして真剣な顔になる。


「だったら晴臣先輩にちゃんと話をつけないとな」


「本当にそんな大事?」


「晴真さんよ」


「……さん?」


刀也が吹き出しそうになる。


店主は構わず続ける。


「この工法が本当に使えるなら――」


普通の木刀を一本手に取る。


「極端な話」


その表面を指でなぞる。


「普通の木刀が、霊木の性質を持った木刀になっちまうんだ」


「…………」


今度は一年一組も静かになった。


霊木は高価。


だから誰もが簡単に手にできる物ではない。


だが。


霊木の粉と膠。


そして安価な木材で代用できるなら――。


「晴真さん」


美鈴が笑いを堪えている。


「さっきまで坊ちゃんだったのに」


迅も笑う。


「急にさん付けになったぞ」


「うるさい!」


店主が顔を赤くする。


「こっちは商売の一大事なんだよ!」


わはははは!



職人はすでに動き始めていた。


「今日中に試作品を作ってみます」


「え?」


「普通の木刀へ霊木の粉を混ぜた膠を塗って、どこまで霊気伝導が上がるか試します」


店主も頷く。


「それが上手くいったら――」


晴真へ頭を下げる。


「御堂家へ伺わせてもらってもいいですか?」


「うん」


晴真も頷く。


「聞いてみる」


「お願いします」


店主は指折り数える。


「晴臣先輩と……」


「晴隆様」


「それに晴時様にもよろしくお伝えください」


「分かった!」


そして職人は隼人を見る。


「君のも作ってみるぞ」


「俺の?」


「ああ」


「銅銭じゃなくて木銭を使えば、もっと霊装武具との相性が良いかもしれない」


隼人の目が輝く。


「本当か?」


「試作品ができたら渡してやる」


「ありがとう!」


茜と桔梗も食いつく。


「私たちのも!」


「欲しい!」


綾女も。


「……私も」


「分かった分かった!」


職人は苦笑した。


「まず試作品からだ!」



そして――。


「じゃあ、おっちゃん!」


晴真が元気よく手を振る。


「またね!」


「おう!」


「晴真さん!」


「お父さんたちによろしく頼むぞ!」


「はーい!」


十五人はおたから屋を後にした。


その背中を見送りながら。


店主と職人は――。


霊木の粉が入った器を見る。


「……とんでもないことになるかもしれんな」


「ああ」


これまで高価だった霊木製の武具。


その常識を。


たった一人の少年の思いつきが変えてしまうかもしれない。


一方。


そんな一大事を引き起こした本人は――。


「ねえ!」


十五人の先頭を歩いていた。


「早く麗らか行こうよ!」


「餡蜜!」


「僕、ずっと楽しみにしてたんだから!」


「…………」


道満が呆れる。


「お前……」


「何?」


「自分が何をやったか分かってるか?」


「霊木の粉を塗った?」


「そういう意味じゃない!」


美鈴が笑う。


「晴真君の頭の中、もう餡蜜でいっぱいなんだよ」


「うん!」


晴真は満面の笑顔で頷いた。


「餡蜜楽しみ!」


「即答かよ!」


わはははは!


こうして――。


裏佐倉の武具事情を大きく変えるかもしれない技術。


『霊木メッキ』が生まれた。


だが。


その発明者である晴真の頭の中を占めていたのは――。


そんな大層な未来のことではなく。


これから麗らかで食べる、


甘い餡蜜のことだけだった。

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