第十一話 夜叉丸の愛刀
おたから屋の裏手。
先ほど刀也が炎を纏う霊装武具を披露した試し斬り場で――。
道満は店主から一振りの居合刀を受け取った。
先代の銀桜眼。
龍姫と共に裏佐倉を守った英雄――夜叉丸。
その愛刀と伝えられる刀。
道満は静かに鞘を見つめる。
「……これが」
自分の祖先が使ったかもしれない刀。
そう思うと、不思議と緊張した。
「道満君」
晴真が隣から覗き込む。
「緊張してる?」
「……少しな」
道満は素直に答えた。
刀也が笑う。
「道満でも緊張するんだな!」
「うるさい」
いつもの調子に、道満の肩から少し力が抜ける。
店主が試し斬り用の巻藁を指した。
「さっきの霊装武具ってやつ」
「試してみてくれ」
「はい」
道満は腰へ刀を差す。
柄へ手を掛けた。
そして――。
ゆっくりと霊力を流し込む。
「……!」
その瞬間。
道満の目が見開かれた。
「どうした?」
与一が尋ねる。
「霊力が……」
流れる。
驚くほど自然に。
まるで刀そのものが道満の霊力を受け入れているかのように。
「すんなり入っていく……」
今まで触れてきた霊木とはまるで違う。
高級な霊木ですら比較にならない。
ほとんど抵抗がない。
「すごい……」
道満は小さく呟いた。
そして。
春花から教わった術式を組み上げる。
――霊装武具。
鞘の中。
短い霊木の刀身を依代として。
霊気が静かに形を成していく。
刀身。
長さ。
厚み。
刃。
道満の意識した通りに――。
ぴたりと形が定まる。
「……できた」
外からは何も見えない。
刀身はまだ鞘の中。
だが道満には分かる。
今まで自分が作ったどの霊装武具よりも――。
完成度が高い。
「行きます」
道満は巻藁を見据えた。
呼吸を整える。
一瞬。
静寂。
そして――。
スッ――。
横一閃。
あまりにも静かな居合だった。
派手な音もない。
大きな霊気の爆発もない。
ただ一瞬。
霊気の刃が巻藁を通り抜け――。
刀身が鞘へ戻る。
カチン。
「…………」
全員が巻藁を見る。
「……あれ?」
刀也が首を傾げる。
巻藁は。
何事もなかったように立っていた。
「外した?」
迅が言う。
「いや」
道満が眉をひそめる。
「そんなはずはない」
自分の右手を見る。
「確かに――斬った感触があった」
「でも切れてないぞ?」
豪太が巻藁へ近づこうとする。
その時。
「待て」
太一が止めた。
「え?」
太一は巻藁をじっと見つめる。
そして――。
苦笑した。
「これ……」
「切れてないんじゃない」
「何?」
太一が巻藁へ指を伸ばす。
ほんの少し。
ちょん。
触れた。
ズッ――。
巻藁の上半分が。
音もなく横へ滑った。
ドサッ。
「…………」
全員が固まる。
切断面は――。
恐ろしいほど滑らかだった。
「うおおおお!?」
刀也が叫ぶ。
「切れてたのかよ!」
太一は引きつった笑みを浮かべる。
「切れ味が鋭すぎたんだ」
「斬った後も巻藁が崩れず、そのまま立ってたんだよ」
「マジか……」
迅が切断面を覗き込む。
「怖っ!」
店主はそれ以上に青ざめていた。
「……坊主」
「はい?」
「それ」
道満を指差す。
「絶対、人に使っちゃ駄目だからね」
「はい」
「本当にだぞ!」
「分かっています」
「あと!」
店主は刀を見る。
「霊気で刀身を作る時は、ちゃんと刃を鈍らせるとか歯止めを掛けてくれ!」
「模擬戦でそんな切れ味出したら洒落にならん!」
「……確かに」
道満自身も少し青ざめる。
刀也が笑う。
「道満、模擬戦でそれ使うなよ!」
「使うわけないだろ!」
◇
道満は霊装武具を解除した。
刀身が消える。
鞘から僅かに覗くのは、術式がびっしりと刻まれた短い霊木だけ。
「……すごい刀だ」
道満はしばらく眺めていた。
だが。
やがて店主へ両手で差し出す。
「ありがとうございました」
「…………」
店主は受け取らなかった。
「店主さん?」
「それは」
店主が静かに言う。
「麻賀多宗家のものだよ」
「え?」
道満が目を見開く。
「さっきまでは、本当に夜叉丸様の刀なのか俺にも分からなかった」
店主は刀を見る。
「ただの古い霊木の刀かもしれないと思っていた」
「でも――」
先ほどの一閃。
そして霊装武具のために作られた特殊な構造。
「ここまで分かれば十分だ」
店主は笑った。
「本物だと分かった以上」
「麻賀多宗家へ返させておくれ」
「ですが……」
「道満君」
店主は初めて名前で呼んだ。
「夜叉丸様のような――」
穏やかに笑う。
「立派な英雄になってくれ」
「…………」
道満は刀を見る。
自分の祖先。
銀桜眼の夜叉丸。
幼い頃から何度も名前を聞いてきた人物。
だが。
これまでの道満にとっては、歴史上の偉人でしかなかった。
今は違う。
その人物が握っていたかもしれない刀が。
自分の手の中にある。
道満は刀を両手で持ち――。
深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「大切にします」
「ああ」
店主は嬉しそうに頷いた。
「そうだ!」
何かを思い出す。
「確かこの刀、名前があったぞ」
「名前?」
「ああ」
店主は店の中へ戻り、古びた帳面を引っ張り出した。
ページをめくる。
「どこだったかな……」
「あった!」
指を止める。
「これだ!」
皆が覗き込む。
店主が笑った。
「宵桜――よいざくら」
道満が刀を見る。
「宵桜……」
「夜叉丸様が使っていたとされる愛刀の名前だ」
「俺は古代のことを調べるのが好きでね」
店主は照れくさそうに笑う。
「昔の文献なんかを集めてたら見つけたんだよ」
刀也が笑う。
「おっちゃん、ただのガラクタ屋のおっちゃんじゃなかったんだな!」
「失礼な坊主だな!」
「褒めてるって!」
「どこがだ!」
笑いが起こる。
道満はもう一度。
自分の手にある刀を見た。
「宵桜……」
その名を大切そうに口にする。
ほんの少しだけ――。
嬉しそうに。
◇
「そうだった!」
店主が手を叩いた。
「お前ら、他の霊装武具用の武器も探してたんだったな」
倉庫から持ってきた大きな箱。
ドサッ。
「とりあえず、それらしいガラクタを全部持ってきたぞ」
「おお!」
十五人が一斉に集まる。
「押すな!」
「俺が先!」
「槍は!?」
「薙刀はありますの!?」
「忍刀……」
「綾女、近い近い!」
箱の中には。
柄だけになった刀。
短い霊木の棒。
先端の失われた槍。
刀身のない薙刀。
奇妙な形の持ち手。
用途すら分からない物。
様々な古い武具が入っていた。
「これ!」
豪太が一本の柄を引っ張り出す。
霊力を込む。
ブォン!
長い霊気の槍が現れた。
「うおおお!」
「槍だ!」
「これいい!」
小夜も古びた薙刀の柄を見つける。
「……これかな」
霊力を込む。
スゥ――。
美しい霊気の刃が形成された。
「できた……!」
「小夜さん!」
紅葉も負けじと探す。
「わたくしも!」
忍び組も。
「これ忍刀じゃないか?」
「貸して」
綾女が握る。
ブォン。
短い霊気の刃。
「……いい」
「綾女がめっちゃ気に入ってる」
迅が笑う。
「迅」
「何?」
「触るな」
「はい」
太一。
与一。
隼人。
茜。
桔梗。
皆が次々と試していく。
「これ面白い!」
「霊力の通りが違う!」
「こっちの方がいいかも!」
「これ何の術式?」
「道満君見て!」
いつの間にか――。
おたから屋は大騒ぎになっていた。
◇
しばらくして。
それぞれが気に入った物を手に店主の前へ並んだ。
「おっちゃん」
豪太が聞く。
「これいくら?」
「私のもお願いします」
「わたくしも」
「…………」
店主は腕を組んだ。
「いくらと言われてもなぁ」
「?」
「全部、俺の趣味で集めたガラクタなんだよ」
十五人が固まる。
「だから値段なんてないんだ」
店主は豪快に笑った。
「持っていきな!」
「ええっ!?」
凛が驚く。
「いいんですか?」
「ああ」
「どうせ倉庫で埃かぶってたんだ」
店主は皆が持つ武具を見る。
「それがお前さんたちの手でまた使われるなら、その方が面白い」
「ありがとうございます!」
「ありがとう、おっちゃん!」
「大事に使います!」
次々に頭を下げる。
店主は笑いながら手を振った。
「いいって、いいって」
すると。
美鈴がにこにこしながら店主の前へ来た。
「おっちゃん」
「なんだ?」
「これ」
美鈴は自分が選んだ霊装武具用の道具を掲げる。
「次からちゃんと値段つけておいてくださいね」
「は?」
「だって――」
美鈴が楽しそうに笑う。
「きっとこれから、皆こぞって買いに来ますよ」
「…………」
店主が箱を見る。
今までガラクタだと思っていた古い武具。
刀也の炎の刀。
道満が振るった宵桜。
子供たちが次々と蘇らせた霊装武具。
「……本当かよ」
「絶対です!」
美鈴が胸を張る。
店主はしばらく考え――。
にやり。
商売人の顔になった。
「よし」
「他にも探して仕入れとくわ!」
「おお!」
「おっちゃん商売する気になった!」
「当たり前だ!」
「売れると分かった物を仕入れない商売人がいるか!」
わはははは!
店内に笑い声が響く。
◇
その輪の少し外。
道満は静かに宵桜を抱えていた。
「…………」
晴真が隣へ来る。
「道満君」
「なんだ?」
「嬉しそう」
「……そう見えるか?」
「うん」
道満は少し照れくさそうに目を逸らす。
そして。
もう一度、宵桜を見る。
四百年前。
夜叉丸が握った刀。
今まで歴史の中でしか知らなかった先祖の存在が――。
ほんの少しだけ。
近くなった気がした。
「夜叉丸様……」
道満は小さく呟く。
いつか。
この刀の名に恥じない陰陽師になりたい。
その思いを胸に。
道満は夜叉丸の愛刀――。
宵桜を、大切に抱き締めた。




