第百四話 五つの襷と最終走者たち
「みんな! 行くよ!」
「おおおおおっ!!」
凛の号令とともに、五頭の霊馬が一斉に駆け出した。
先頭を走るのは、麻賀多凛。
その胸には、晴真から受け取った襷がしっかりとかけられている。
その左右を、木之子小夜と麻賀多紅葉が固め、後方には立身刀也と岩名豪太が続く。
一組の最終走者たちだ。
「凛! 最初から飛ばしすぎるなよ!」
刀也が笑いながら声をかける。
「わかってる!」
凛は振り返らずに答えた。
「でも、せっかく晴真君が一位で持ってきてくれたんだもん!」
胸にかかった襷を、そっと手で押さえる。
「絶対に、このまま一位でゴールするよ!」
「もちろんです!」
小夜が笑顔で答えた。
「晴真君たちが繋いでくれた襷ですから!」
「ええ! 最後まで守り抜きましょう!」
紅葉も力強く頷く。
「がはははっ! 守るだけじゃつまらねぇだろ!」
豪太が豪快に笑った。
「どうせなら、後ろの連中をぶっちぎってやろうぜ!」
「ははっ! そうだな!」
刀也が楽しそうに笑う。
「まぁ、そう簡単にはいかないだろうけどな!」
「そうだね!」
凛も笑った。
なにしろ、これから走るのは各組の最終走者。
どの組も、最後の勝負に備えて実力者を揃えているはずだった。
それでも。
凛は前を見据えた。
(晴真君……)
先ほど、巨大な水龍の中から現れた少年の姿を思い浮かべる。
(ちゃんと一位で繋いでくれたんだから!)
凛は手綱を握り直した。
(今度は、私たちの番だよ!)
五頭の霊馬が、さらに速度を上げた。
◇◇◇
一方。
第四走の終点では、四組の襷持ちである井野守人が、最後の力を振り絞っていた。
「はぁっ! はぁっ!」
前方には、第五走班の待機場所が見えている。
一組には先を越された。
だが、まだ二位だ。
(あと少し……!)
守人は歯を食いしばった。
(みんなで、ここまで来たんだ!)
第四走の仲間たちの顔が、脳裏に浮かぶ。
一度は大きく離された先頭との差。
それでも諦めず、全員で力を合わせて追い上げてきた。
その努力を、最後まで無駄にするわけにはいかない。
「蒼空ぅぅぅ!!」
守人が叫んだ。
待機場所にいた少年が、ゆっくりと顔を上げる。
「ふぁぁぁぁ……」
大きなあくび。
眠たそうな目。
どこか気の抜けた表情。
「……ああ、守人。もう来たんだ」
西御門蒼空。
四組の最終走者にして、襷持ちを務める少年である。
その瞳には、珍しい蒼色の光が宿っていた。
《蒼蛇眼》。
大蛇家に伝わる、極めて稀な資質。
結界術、忍術、札術。
本来であれば長い年月をかけて習得する高度な術式さえ、蒼空はその仕組みを見抜き、驚くほど容易に覚えてしまう。
武術も例外ではない。
一度見ただけで動きを理解し、術理を組み立て直してしまう。
まさに、規格外の天才。
いや。
その才能を知る者からは、化け物とさえ呼ばれていた。
ただし。
その才能が発揮されることは、滅多になかった。
なぜなら。
「……めんどくさいなぁ」
本人が、筋金入りのサボり魔だったからである。
そんな蒼空の周囲には、四人の少女がいた。
「蒼空君!」
「また、あくびしてる!」
真っ先に声を上げたのは、瓜二つの少女たち。
麻賀多葵と麻賀多楓。
表佐倉で育った双子で、蒼空のお目付け役を任されている。
二人とも陰陽術に優れ、普段から息の合った連携を得意としていた。
そして、その隣には。
「まったく……少しは緊張感を持ってください!」
長槍を手にした少女、海隣寺千景。
素早い槍さばきを得意とする技巧派で、普段は落ち着いているものの、怠ける蒼空に対してだけは容赦がない。
さらに。
「蒼空君! 守人君があんなに頑張っているんですよ!」
腰に刀を帯びた少女、弥勒絢。
剣術を得意とする彼女もまた、蒼空を厳しい目で見つめていた。
この四人。
普段から蒼空に対して、ことのほか厳しい。
それには理由があった。
四人とも、四組担任の西御門紫苑を心から敬愛していたのだ。
そして紫苑から、蒼空の監視を任されている。
もっとも、蒼空本人にも事情があった。
競技前。
紫苑と、ある密約を交わしていたのである。
『蒼空。最終走者として、ちゃんと走りなさい』
『ええー……面倒だなぁ』
『きちんと役目を果たしたら、しばらくは多少のサボりを大目に見てあげます』
『……本当?』
『ええ。ただし、手を抜いたら、その約束はなしです』
その言葉に釣られて、渋々参加を決めたのだった。
つまり。
蒼空がこの場にいるのは、紫苑から認められるサボり時間を確保するため。
なんとも情けない理由だった。
「蒼空ぅぅぅ!!」
守人が迫ってくる。
「はいはい。わかったよ」
蒼空は眠たそうに手を伸ばした。
そして。
パシッ!
守人から襷を受け取った。
「頼むぞ! 蒼空!」
「はいはい。ほどほどに頑張るよ」
「ほどほどじゃ困るんだけど!」
守人は思わず叫んだ。
しかし、蒼空は気にした様子もなく笑う。
「お疲れさま、守人。すごいじゃん、二位なんて」
その言葉に、守人は少しだけ表情を緩めた。
「……ありがとう。でも!」
「ん?」
「絶対に、一位を狙ってくれよ!」
「はいはい」
「蒼空君!」
絢が鋭い声を上げた。
「守人君が、ここまで頑張って届けてくれたんです! 本気でやってください!」
「ええー……」
蒼空は面倒くさそうに頭をかいた。
「本気って疲れるんだよねぇ」
「あなたという人は!」
千景が呆れたように声を上げる。
その時だった。
葵が、何かを思い出したように口を開いた。
「あっ、そういえば……」
「ん?」
「紫苑先生が言ってたんだけど……」
その名前を聞いて、蒼空がちらりと葵を見る。
「一位になったら、特別ボーナスがあるかもって……」
「…………えっ?」
蒼空の動きが止まった。
「特別ボーナス?」
「うん。あるかもしれないって」
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「マジで!?」
突然、蒼空の目が輝いた。
「じゃあ、ちょっと頑張ろうかな!」
「そうですよ! その調子です!」
楓が嬉しそうに頷いた。
しかし、葵は小さく苦笑する。
実のところ、紫苑が言ったのは『一位なら、何か考えてあげてもいいですね』という程度の言葉だった。
それを少々大げさに伝えたのだ。
もっとも。
蒼空には、十分すぎる効果があったらしい。
「よーし!」
蒼空は襷を胸にかけ、霊馬の手綱を握った。
「じゃあ、ちょっと本気出そうかな」
「はい!」
「お願いします!」
四人が一斉に頷いた。
しかし。
蒼空は、そんな彼女たちを見て首を傾げた。
「でもさぁ……」
「はい?」
「僕が本気を出して、君たちついて来られるの?」
「…………えっ?」
四人の目が、一斉に大きく見開かれた。
そして。
「馬鹿にしないでください!」
千景が真っ先に叫んだ。
「そうよ!」
葵も負けじと声を上げる。
「私たちだって、ちゃんと修練してきたんだから!」
「蒼空君こそ、途中でサボらないでくださいね!」
楓も言い返した。
絢は静かに刀の柄へ手を添える。
「心配は無用です。私たちも紫苑先生の教えを受けているんですから」
「へぇ……」
蒼空は少しだけ笑った。
「そうなんだ」
そして、前を向く。
「じゃあ、頼むよ!」
その瞬間。
普段は眠たそうだった蒼色の瞳が、わずかに鋭さを帯びた。
「……!」
四人が息を呑む。
蒼空の周囲を流れる霊力が、一瞬だけ変わったのだ。
だが、それもほんの一瞬。
「じゃ、行こっか!」
蒼空は、いつもの気の抜けた声に戻った。
「はい!」
四頭の霊馬が、蒼空に続く。
こうして四組の最終走が始まった。
◇◇◇
その直後。
第四走の終点に、再び激しい蹄の音が響き始めた。
ドドドドドドドッ!!
「来た!」
誰かが叫ぶ。
地平線の向こうから、三頭の霊馬が猛然と迫ってきた。
二組の羽鳥白瀬。
三組の岩富奉先。
そして、五組の下勝田伊織。
三人が、ほぼ横一線に並んでいた。
「うおおおおっ!」
「負けるかぁぁぁ!」
「ここまで来たら、最後まで一緒だ!」
三人は全力で霊馬を走らせる。
白瀬の背には、先ほどまで空を舞っていた霊力の翼はない。
奉先もまた、霊力をほとんど使い果たしていた。
伊織も疲労の色が濃い。
それでも。
三人の目には、まだ強い闘志が宿っていた。
そして。
三頭の霊馬が、同時に襷の受け渡し地点へと飛び込んだ。
「朔夜!」
「舞桜!」
「天音!」
三人が、それぞれの最終走者へと手を伸ばす。
パシッ!
パシッ!
パシッ!
三本の襷が、ほぼ同時に繋がれた。
二組、三組、五組。
三クラス同着。
第四走の激戦は、最後まで熾烈なものとなった。
◇◇◇
「白瀬! よく頑張ったな!」
襷を受け取った少年が、力強く声をかけた。
「朔夜……!」
「後は任せろ!」
その少年の名は、志津朔夜。
二組の襷持ちであり、白桜寮の期待を一身に背負う天才である。
名門の出身。
幼い頃から陰陽術と武術の両方で類い稀な才能を発揮し、周囲から神童と呼ばれてきた。
その立ち居振る舞いは堂々としており、同年代とは思えないほど落ち着いている。
そして、その右隣には。
「ようやく、我々の出番ですね」
上志津玲司。
術と武術の両方に優れた万能型。
その実力に裏付けられた強いエリート意識を持つ少年で、常に立ち居振る舞いに気を配っていた。
彼が強く心酔する人物。
それが、白桜寮の先輩にして生徒会長、麻賀多道隆である。
玲司にとって、道隆は理想とする陰陽師そのものだった。
そして、朔夜の左隣。
「ははっ! ようやく思いっきり暴れられるな!」
楽しそうに笑う少年がいた。
下志津凌雅。
剣、槍、薙刀、弓、斧。
ありとあらゆる武器を器用に扱う、武術の天才。
一つの武器にこだわらず、あらゆる武術を学び、その奥深さを知ることを何より楽しんでいる。
そんな凌雅が最近興味を持っている相手が、一組の立身刀也だった。
刀也が、立身家の剣術を学びながらも、他の武術を積極的に吸収しようとしていると聞いたからだ。
「全武術を学びたい、か……」
凌雅は、以前聞いた刀也の言葉を思い出して笑った。
「面白い奴だよなぁ」
さらに、その後方には。
「ふん! ようやく私の出番か!」
巨大な戦斧を肩に担いだ少女がいた。
中志津牡丹。
大柄で、力が強く、気性も激しい。
その堂々とした姿と豪快な戦いぶりは、まさに大輪の牡丹のようだった。
もっとも。
彼女には、誰にも知られたくない秘密がある。
可愛らしいぬいぐるみや、小さな飾り物が大好きなのだ。
自室には、こっそり集めた可愛い小物がいくつも並べられている。
ただし本人は、そのことを絶対に知られたくないと思っていた。
自分には似合わないと、勝手に決めつけているからである。
「牡丹さん。そんなに力まなくても大丈夫ですよ」
隣から、柔らかな声がかかった。
「わ、わかってるわよ!」
牡丹が少しだけ頬を赤らめる。
声をかけたのは、志津香花。
朔夜のいとこである。
お淑やかで気配りができる一方、その内面には凛とした強さを秘めている。
薙刀と陰陽術の腕前は、同年代でも群を抜いていた。
朔夜とは幼い頃から共に修練を重ね、名門の神童として育てられてきた。
その二人が、同じ第五走班にいる。
さらに玲司、凌雅、牡丹という実力者まで揃っているのだ。
まさに、白桜寮が誇る精鋭たちだった。
朔夜は、四人を見渡した。
「みんな、準備はいいな!」
「もちろんです」
玲司が静かに頷く。
「いつでも!」
凌雅が笑う。
「さっさと行くわよ!」
牡丹が戦斧を軽く担ぎ直した。
「はい。参りましょう」
香花も微笑んだ。
朔夜は大きく息を吸い込んだ。
そして。
「みんな、行くぞ!」
その声が、力強く響き渡る。
「白桜寮の誇りのために!」
「おおおおおっ!!」
五頭の霊馬が、一斉に駆け出した。
その時だった。
朔夜の視線が、ふと待機場所にいた一人の少年へと向けられる。
黒髪に、金色の瞳。
その肩には、小さな霊童が座っている。
桜晴真。
つい先ほど、巨大な水龍の中から現れ、一組へと襷を渡した少年だった。
「……あれが」
朔夜は小さく呟いた。
「あれが、道隆先輩の言っていた桜晴真か」
以前。
白桜寮で、道隆が楽しそうに話していたことを思い出す。
『君たちと同じ学年に、規格外の面白い子がいるよ』
そう言って、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
『きっと、君たちにとっても良い刺激になるはずだ』
その時は、少し大げさな話だと思っていた。
しかし。
「……なるほどな」
朔夜は思わず笑った。
「水龍に乗って空から飛んでくるなんて……本当に規格外な奴だなぁ」
その言葉に、玲司も晴真へ視線を向けた。
「……彼が、桜晴真」
玲司の表情が、わずかに変わる。
(道隆先輩が、あれほど楽しそうに話していた相手……)
その瞳には、強い興味が宿っていた。
凌雅も笑う。
「へぇ! あいつが桜晴真か!」
「確か、立身刀也とも仲がいいんだったな?」
朔夜が頷く。
「ああ。同じ黒桜寮らしい」
「ますます面白そうじゃん!」
凌雅は嬉しそうに笑った。
一方、牡丹は呆れたように鼻を鳴らす。
「ふん! 水龍で飛んできたくらいで、何だっていうのよ!」
「牡丹さん」
香花がくすりと笑う。
「十分すごいことだと思いますよ?」
「わ、わかってるわよ!」
牡丹は慌てて言い返した。
その様子に、朔夜も笑った。
「ははっ! まぁ、いずれにしても……」
再び前を向く。
「今回の勝負は、俺たちが勝たせてもらう!」
五頭の霊馬が、さらに速度を上げた。
白桜寮の精鋭たちが、先頭を追って駆け抜けていく。
◇◇◇
一方。
「遅いぞ! 奉先!」
三組の襷を受け取った岩富舞桜が、開口一番そう叫んだ。
「お主ともあろう者が、こんなに遅れるとはどういうことじゃ!」
腰に手を当て、奉先を睨みつける。
その姿は、小柄ながらも堂々としていた。
「……すまない、舞桜」
奉先は素直に頭を下げた。
その顔には、激しい疲労の色が浮かんでいる。
普段ならば、簡単に弱音を吐くような男ではない。
それなのに、今は立っているだけでも辛そうだった。
そんな奉先の様子を見て、舞桜は眉をひそめた。
「……お主」
何かを言いかけた、その時。
「待って!」
上勝田詩織が、二人の間に入った。
「舞桜、少し落ち着いて」
「なんじゃ、詩織!」
「見てごらんなさい。他の組だって、襷持ちしか到着していないでしょう?」
詩織は周囲を指差した。
確かに。
二組の白瀬も、五組の伊織も。
襷を持った者だけが、先に到着していた。
「きっと、途中で何かあったのよ」
その言葉に、奉先が小さく頷く。
しかし、事情を説明したのは別の少年だった。
「そうなんだ!」
声を上げたのは、五組の下勝田伊織。
「奉先は、霊力を使い切るほどの大技を使って、俺たちのために道を作ってくれたんだ!」
「……なんじゃと?」
舞桜が目を丸くする。
伊織は、さらに続けた。
「そのおかげで、俺たちは先へ進むことができたんだ!」
「…………」
「その後は、武尊の指示で三組と五組が協力して、ここまで追い上げてきた!」
伊織は奉先へと視線を向ける。
「だから、奉先を責めないでくれ!」
その言葉を聞いて、舞桜はしばらく黙っていた。
やがて。
「……ふん!」
鼻を鳴らす。
「わかっておるわ! そのくらい!」
「えっ?」
「奉先ほどの男が遅れを取るのじゃ。何かあったことくらい、最初からわかっておる!」
舞桜は腕を組んだ。
「それに……」
ちらりと晴真へ視線を向ける。
「晴真が水龍で空から飛んでくるような競技じゃぞ!」
「…………」
「普通ではないことが起きておるくらい、妾にだってわかるわ!」
伊織は思わず苦笑した。
「……まぁ、それは確かに」
舞桜は奉先へと向き直った。
そして、胸を張る。
「奉先!」
「なんだ?」
「ここまで、よく頑張った!」
「……!」
奉先が目を見開く。
舞桜はにっと笑った。
「後は任せておけ!」
そして。
「妾が、サクッと抜いてやるわ!」
「……ああ!」
奉先も笑った。
「頼むぞ、舞桜!」
「任せるのじゃ!」
そのやり取りを見ていた詩織と天音は、伊織へと視線を向けた。
二人とも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
「……なんだよ、二人とも?」
伊織が首を傾げた。
詩織は小さく笑った。
「なんでもないわ」
「いや、絶対なんかあるだろ!」
「ふふっ」
天音も笑った。
そして、伊織へと近づく。
「伊織、お疲れさま」
「お、おう」
「よく頑張ったわね。後は任せて」
「……ああ!」
伊織は力強く頷いた。
「頼んだぞ、天音!」
「もちろん!」
天音は笑顔で答えた。
そして、隣に立つ詩織を見つめる。
「……さて」
「ええ」
二人は顔を見合わせた。
幼い頃から共に学び、共に修練を重ねてきた間柄。
互いの実力も、性格も、よく知っている。
だからこそ。
天音は、楽しそうに笑った。
「ここからは勝負よ、詩織!」
詩織も笑みを浮かべる。
「ええ! 負けないわ!」
その言葉に、舞桜が声を上げた。
「詩織! 行くぞ!」
「ええ!」
三組の最終走者たちが、準備を整える。
襷持ちの岩富舞桜。
上勝田詩織。
麻賀多雛菊。
そして、長い槍を肩に担いだ町方智則。
さらに。
「……よし」
両端に薙刀の刃を備えた長柄武器を携えた少年がいた。
坂戸夏樹。
その武器は《双頭刃》と呼ばれる特殊な武具。
両端に薙刀状の刃がついており、攻防を絶え間なく切り替えられる反面、扱いを誤れば自らを傷つけかねない。
しかし夏樹は、その長大な武器を器用に回転させ、まるで手足の延長のように扱っていた。
「舞桜! 準備はできてる!」
雛菊が声を上げる。
「こちらも問題ないですわ!」
智則が長槍を構え直した。
「いつでも行けるぞ!」
夏樹も頷く。
舞桜は満足そうに笑った。
「よし!」
そして。
「皆の者! 妾について来るのじゃ!」
「おおおおおっ!!」
三組の五頭の霊馬が、一斉に駆け出した。
「ふふん!」
舞桜は不敵に笑う。
「一組も二組も四組も……!」
前方を見据える。
「まとめて抜いてやるのじゃ!」
◇◇◇
その隣。
五組の最終走者たちも、出発の準備を整えていた。
「みんな、準備はいい?」
襷持ちの天音が、四人の仲間へ声をかける。
「もちろんです!」
真っ先に答えたのは、上別所薫子。
「いつでも行けるよ!」
その隣で、米戸光子も笑顔を見せる。
二人とも天音とは幼い頃からの付き合いである。
勝田家を慕う家の出身であり、幼い頃から天音と共に武芸や陰陽術を学んできた。
互いの得意不得意も、考え方も、よく理解している。
そして、男子二人。
長熊義臣。
瓜坪悟。
彼らもまた、勝田家と深い繋がりを持つ家の出身だった。
幼い頃から武尊、伊織、翔太、詩織、奈子たちと共に学んできた仲間である。
学園に入る以前。
寺子屋で机を並べ、時には競い合い、時には互いに助け合ってきた。
そんな昔馴染みの五人が、今こうして同じ最終走班に揃っている。
「天音!」
義臣が声をかける。
「先頭との差はまだあるぞ!」
「わかってるわ!」
天音は頷いた。
悟が笑いながら言う。
「でも、俺たちなら追いつけるだろ?」
「当然!」
光子が胸を張る。
「だって、ずっと一緒に修練してきたんだから!」
薫子も微笑んだ。
「ええ。天音が考えていることくらい、言われなくてもわかりますよ」
「ふふっ。頼もしいわね!」
天音は嬉しそうに笑った。
そして、四人を見渡す。
「じゃあ、行きましょう!」
「おおおおおっ!!」
五頭の霊馬が、一斉に走り出した。
その時。
天音は、ふと横へ視線を向けた。
そこには、第四走を終えた晴真がいた。
月桜の背から降り、仲間たちを笑顔で見送っている。
肩には桜花。
そして、その背後には、先ほどまで水龍が空を泳いでいた青空が広がっていた。
天音は思わず笑った。
(本当に……)
勝田家で行われた合宿を思い出す。
あの時も、晴真には何度も驚かされた。
誰も思いつかないような発想。
普通なら不可能だと思うことを、当たり前のように試してしまう。
そして、失敗したかと思えば、そこからさらに新しい術を生み出してしまう。
(合宿の時にも驚かされましたけど……)
天音は小さく呟いた。
「本当、桜君って……何をしでかすかわからないわね」
思わず笑みがこぼれる。
そんな天音に、薫子が声をかけた。
「天音? どうしたの?」
「ううん。なんでもないわ!」
そして。
「さぁ! みんな!」
手綱を握り直す。
「ここから、一気に追い上げるわよ!」
「はい!」
「おおっ!」
五組の最終走者たちもまた、猛然と駆け抜けていった。
◇◇◇
「おおー!」
一方。
第四走の終点では、晴真が目を輝かせていた。
「すごい! みんな、速いね!」
次々に出発していく最終走者たち。
四組の蒼空。
二組の朔夜。
三組の舞桜。
五組の天音。
それぞれの組を代表する実力者たちが、一斉に先頭を追っていく。
晴真は、そんな彼らへ向かって大きく手を振った。
「みんなー! 頑張ってー!」
「……晴真」
振り返ると、そこには第四走を終えた道満がいた。
「お前って奴は……」
道満が苦笑している。
「ん? どうしたの、道満君?」
「いや、他の組まで応援するんだなと思ってね」
「えっ? だって、みんな頑張ってるんだもん!」
晴真は当たり前のように答えた。
「そりゃあ、僕だって一組に勝ってほしいけどさ!」
そして、前方を見つめる。
「でも、みんなが頑張ってるのを見るのって、楽しいじゃん!」
「……ははっ!」
道満は思わず笑った。
「まったく、晴真らしいよ」
「そうかな?」
「うん」
道満は目を細める。
「本当に、晴真らしい」
晴真は不思議そうに首を傾げた。
その肩では、桜花が楽しそうに笑っている。
「ふふふっ! 晴真様ですから!」
「それ、どういう意味?」
「そのままの意味ですよ!」
「ええー?」
三人の笑い声が響いた。
そして。
「おーい! 晴真君!」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、井野守人が霊馬を連れて近づいてきていた。
「守人君!」
晴真が嬉しそうに手を振る。
守人は疲れ切った様子だったが、その顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。
「いやぁ……参ったよ!」
「えっ?」
「まさか、水龍の中から追い抜かれるなんて思ってなかった!」
「あはははっ!」
晴真は頭をかいた。
「いやぁ、僕もあんなことになるとは思ってなかったんだよね!」
「……どういうこと?」
「実はね……」
晴真は、空中で霊撃砲の反動を利用したことや、速度を落とすために結界のパラシュートを作ったことを話し始めた。
そして。
「最後は、海がなかったから水龍を作ったんだ!」
「…………」
守人は、ぽかんと口を開けた。
数秒の沈黙。
「……ねぇ、晴真君」
「ん?」
「それ、普通は思いつかないよ?」
「えっ? そうかな?」
「そうだよ!」
守人は思わず叫んだ。
「空から落ちてる途中に、海を作ろうなんて考える人、初めて見たよ!」
「でも、水龍なら作れるじゃん!」
「そこじゃないんだよぉぉぉ!!」
守人の叫びに、道満が吹き出した。
「はははっ!」
桜花も、肩の上で笑っている。
「ふふふっ! 守人様、諦めてください!」
「えっ?」
「晴真様に、普通を求めても無駄ですよ!」
「……ああ」
守人は大きくため息をついた。
「なんとなく、わかった気がするよ……」
しかし。
すぐに笑顔になった。
「でも、晴真君!」
「ん?」
「次は絶対に負けないからね!」
その言葉に、晴真も嬉しそうに笑った。
「うん! 僕も負けないよ!」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
そんな二人を見て、道満も小さく微笑む。
第四走では敵同士。
しかし、全力を尽くしたからこそ、こうして笑い合える。
それもまた、桜駆けの魅力なのだろう。
◇◇◇
その頃。
先頭を走る一組の第五走班。
凛は、胸にかかった襷をしっかりと押さえた。
「みんな! そろそろ来るよ!」
「だろうな!」
刀也が笑った。
「どの組も、そう簡単には諦めないはずだ!」
「ええ!」
紅葉が頷く。
小夜は、じっと後方へ意識を向けた。
森羅聴。
周囲の音や気配を鋭敏に捉える、彼女の資質である。
その耳が、微かな蹄の響きを捉えた。
「……来ます!」
「えっ?」
「後ろから……かなり速いです!」
小夜の声に、全員の表情が引き締まった。
豪太が豪快に笑う。
「がははっ! 面白くなってきたじゃねぇか!」
凛も笑った。
「うん!」
胸の襷を、もう一度握り直す。
「でも、簡単には抜かせないよ!」
その頃。
後方から迫る四組の先頭では、蒼空が眠たそうな表情のまま、霊馬を走らせていた。
「……ふぅん」
その蒼色の瞳が、遠くを見つめる。
「一組、けっこう速いねぇ」
「当然です!」
千景が答える。
「先頭を走っているんですから!」
「そうだねぇ」
蒼空は軽く笑った。
そして。
「じゃあ……少しだけ、速度を上げようか」
「えっ?」
葵が聞き返した、その瞬間。
蒼空の瞳に、蒼い光が灯った。
《蒼蛇眼》。
その視線は、ただ前方を見ているのではなかった。
霊馬たちの足運び。
地面の状態。
風の流れ。
そして、自分たちの周囲を巡る霊力。
それら全てを、恐るべき速さで読み取っていた。
「……なるほど」
蒼空が小さく呟く。
「これなら、いけるかな」
その口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「みんな、ちゃんとついて来てね?」
四人は顔を見合わせた。
そして。
「当然です!」
絢が力強く答える。
蒼空は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、行くよ!」
一瞬。
五頭の霊馬を包む風の流れが変わった。
同時に、蒼空の周囲に淡い蒼色の霊力が広がり始める。
その光景を見て、楓が思わず呟いた。
「……蒼空君?」
だが、蒼空は答えなかった。
ただ、楽しそうに前を見つめている。
その先には、一組の第五走班。
そして。
「……晴真の仲間たち、かぁ」
蒼空は小さく笑った。
「ちょっと、面白そうだね」
普段は決して本気を見せない天才。
その蒼い瞳が、今、静かに輝き始めていた。
一方。
二組の朔夜たちも。
三組の舞桜たちも。
五組の天音たちも。
それぞれの想いを胸に、先頭を追っていた。
五つの組。
五本の襷。
そして、それぞれの誇りを背負う二十五人の最終走者たち。
長かった桜駆けも、いよいよ最後の戦いへ。
誰が、最初にゴールへ辿り着くのか。
その答えは、まだ誰にもわからない
西御門家に伝わる、極めて稀な資質を
大蛇家に伝わる、極めて稀な資質に修正しました。




