第百二話 黒蛇穿岳砲
青空の下――
金色に輝く翼を広げた一頭の霊馬が、猛烈な勢いで空を駆けていた
「うわあああっ!」
その背に跨るのは――
桜晴真
「月桜! すごいよ!」
晴真が嬉しそうに叫ぶ
「僕たち、本当に空を飛んでる!」
月桜が力強く嘶く
その左右には、霊力で形成された巨大な翼
一枚一枚の羽から風が生まれ、月桜の身体を包み込んでいた
だが――
晴真たちが空を進んでいるのは、翼の力だけではない
道満と共同で完成させた複合札術
《雷軌飛翔》
その術によって与えられた凄まじい初速が、今も晴真と月桜を前方へ運んでいるのだ
翼は、その勢いを利用しながら姿勢を安定させ、落下を抑える役目を果たしていた
「さて……」
晴真が眼下を見る
崩落した山道は、すでに遥か後方
その先には、曲がりくねった競技路が続いている
「あっ!」
晴真が目を輝かせる
「いた!」
前方――
空中を飛ぶ一頭の霊馬
羽鳥白瀬
「白瀬ちゃーん!」
晴真が手を振る
もちろん、まだ声は届かない
それでも――
晴真は嬉しそうに笑った
「追いついたよ!」
◇
その頃――
「……ん?」
地上を走っていた白瀬が、ふと後方を振り返った
何かが聞こえた気がしたのだ
風の音に混じる――
甲高い声
「……?」
白瀬は首を傾げる
そして――
後ろを振り返る
「…………えっ?」
最初は、何なのか分からなかった
後方から
金色に輝く何かが――
こちらへ向かっている
それも
凄まじい速さで
「……鳥?」
いや
違う
翼がある
だが、その中心にいるのは――
「……霊馬?」
白瀬の目が、大きく見開かれた
金色の翼を広げた霊馬
しかも
その背には――
少年
「……嘘」
思わず呟く
「私以外に……《飛翔》ができる人がいるの?」
羽鳥家
その祖先は、神の眷属である天羽鷺命と人間の女性との間に生まれた、有翼の鳥人だった
長い年月の中で、白瀬たちの一族は実体の翼を失った
それでも、血に宿る力は消えていない
霊力による翼を形成し、風を操ることで、短時間だけ空を飛ぶことができる
それが――
羽鳥家に伝わる《飛翔》
簡単に真似できるような術ではない
そもそも、羽鳥家の者ですら自由に使えるとは限らない力なのだ
それなのに――
目の前の霊馬は、巨大な金色の翼を広げて飛んでいる
「……あれ?」
白瀬が目を凝らす
金色の翼
金色の瞳
そして――
満面の笑みを浮かべた少年
「……桜君?」
一瞬、言葉を失った
そして思い出す
つい先ほど、崩落した山道の向こうで――
『僕も飛んでいくよ!』
そんな声が聞こえたような気がした
「……えっ?」
白瀬の顔が引きつる
「飛びたいって言ってたけど……」
「本当に飛んできたの!?」
その瞬間――
ゴオオオオッ!!
金色の翼を持つ月桜が、白瀬の横に迫った
「白瀬ちゃーん!」
「桜君!?」
晴真は、楽しそうに笑っていた
「見て見て!」
白瀬の横を追い抜きながら――
「僕も飛べたよー!」
「…………」
白瀬は、ぽかんと口を開けた
だが――
晴真は少しだけ苦笑する
「でもね!」
「飛んだっていうより――」
金色の翼が大きく広がる
「撃ち出されたって感じなんだけどね!」
「……撃ち出された?」
「うん!」
晴真は満面の笑み
「道満君と一緒に、僕と月桜を弾丸にしちゃった!」
「…………」
白瀬の頭の中に、いくつもの疑問が浮かんだ
弾丸?
道満と?
霊馬ごと?
いったい、どういう術を使えばそんなことになるのだろう
だが――
そんな疑問よりも先に
笑いが込み上げてきた
「……ふふっ」
思わず口元を押さえる
「ふふふっ……!」
晴真が不思議そうに見る
「どうしたの?」
「だって……!」
白瀬は、とうとう声を出して笑った
「あはははっ!」
「桜君って……!」
「本当に面白い人!」
「えへへ!」
晴真も笑う
その様子が、さらにおかしかった
白瀬は、笑いながら声をかけた
「ねえ、桜君!」
「なあにー!?」
「どうやって着陸するの!?」
「…………」
晴真が一瞬だけ黙る
そして――
「あはは!」
苦笑
「分かんない!」
「……えっ?」
「今、考えてる最中なんだー!」
「…………」
「じゃあ、先に行くねー!」
金色の翼が風を巻き起こす
ゴオオオッ!!
晴真と月桜は、そのまま前方へ飛んでいった
「…………」
白瀬は、しばらくその背中を見つめていた
そして――
「あははははっ!!」
とうとう我慢できず、声を上げて笑った
「何なの、もう!」
「着陸の仕方も分からないのに、飛んできたの!?」
笑いが止まらない
こんなに笑ったのは、いつ以来だろう
自分でも思い出せなかった
白瀬は、顔を上げ前を見上る
小さくなっていく金色の翼
「……桜君」
その顔には、自然と笑みが浮かんでいた
「本当に、不思議な人ね」
そして――
手綱を握り直す
「さて!」
白瀬が前を向いた
「私も頑張らないと!」
霊馬の手綱をしっかり握り
「待ってなさいよ、桜君!」
白瀬も再び加速した
◇
一方――
崩落した山道
そこでは、先頭を争っていた各組の明暗が大きく分かれていた
四組の井野守人は、崩落直前に向こう側へ抜けた
二組の羽鳥白瀬は、《飛翔》によって岩山を飛び越えた
そして一組の桜晴真は――
《雷軌飛翔》によって、文字通り空へ撃ち出されていった
三組と五組の生徒たちにとっては、もはや悪夢のような展開だった
「…………」
山のように積み重なった岩石を前に、下勝田武尊が呆然としていた
「……やべぇな」
その隣
岩富奉先が、長槍を肩に担いでいる
「何がだ?」
「いや、何がって……」
武尊は岩山を指差した
「道が完全に塞がってるだろ!」
「うむ!」
「うむ、じゃねぇよ!」
武尊は頭を抱える
「このままじゃ、舞桜に襷を渡せねぇぞ……」
その言葉に――
将門愛理が、ぴくっと反応した
「……舞桜」
三組の第五走班
襷を待つ少女
その顔が、三人の頭に浮かぶ
「…………」
武尊が呟く
「もし、このまま戻れなかったら……」
「…………」
愛理も顔を引きつらせる
「何て言われるか……」
「…………」
二人は顔を見合わせた
そして――
「……怖っ」
思わず声が重なった
「絶対怒るよな!?」
「怒るだけで済むかしら!?」
「いや、無理だろ!」
「何としてでも襷を届けないと!」
「そうだな!」
奉先が豪快に頷く
だが――
そのすぐ近くでは
五組の選手たちも、まったく同じような会話をしていた
◇
「……伊織」
和田翔太が声をかける
「何だ」
上勝田伊織が振り返る
「このままじゃ、第五走班に襷を渡せないぞ」
「分かっている」
伊織が苛立ったように答える
その横
下勝田奈子も、岩山を見上げていた
「どうしよう……」
「迂回路を探すしかないんじゃない?」
五組の仲間が言う
だが――
翔太は、あることに気づいた
「……待てよ」
「何?」
「俺たちがここで遅れたら……」
一拍
「天音様に、何て言われるんだ?」
「…………」
伊織の動きが止まった
奈子も、ぴたりと固まる
勝田天音
勝田家の者たちにとって、決して逆らえない相手の一人
特に――
伊織と武尊の仲を取り持ってほしいと翔太へ頼んでいるくらいなのだから、今回の競技にも当然注目しているだろう
「…………」
奈子が、恐る恐る口を開く
「……襷を届けられなかったら」
「うん」
翔太が頷く
「天音様……」
伊織の顔が引きつった
「…………」
三人が顔を見合わせる
そして――
「……怖っ」
「だろ!?」
翔太が叫ぶ
「何としてでも追いつかないと!」
「そうね!」
奈子も頷く
伊織が拳を握った
「……絶対に勝つ」
「いや、まずは襷を届けようぜ!?」
翔太が突っ込む
◇
そんな両組の様子を見て――
奉先が首を傾げた
「何だ何だ!」
「お前たち、随分と困っているようだな!」
「当たり前だろ!」
武尊が叫ぶ
「見ろよ、この岩山!」
目の前には、大量の土砂と岩石
霊馬どころか、人が歩いて抜けることすら難しい
だが――
奉先は笑った
「ははははっ!」
「たかが山崩れだろう!」
「それが問題なんだろうが!!」
武尊が怒鳴る
しかし――
奉先は、真剣な表情へ変わった
「本当はな」
肩に担いでいた長槍を、ゆっくりと構える
「桜晴真や麻賀多道満と戦う時まで、取っておきたかったのだが……」
「……ん?」
武尊が奉先を見る
「何をする気だ?」
奉先は、目の前の岩山を見据えた
そして――
にやり
「俺が道を作ってやる!」
「……は?」
愛理が目を丸くする
「道って……この岩山に?」
「無論だ!」
「どうやって!?」
「こうする!」
奉先が、霊馬の背で長槍を構え直した
だが――
その前に
武尊たちへ声をかける
「ただし!」
「この技を使うと、俺はしばらく動けなくなる」
「……え?」
「霊力を一気に使うのでな!」
奉先は豪快に笑う
「その間は、よろしく頼む!」
武尊が目を見開く
「おい、待て!」
「襷を持ってるのはお前だぞ!」
「分かっておる!」
奉先は胸を張った
「だからこそ、頼むのだ!」
「…………」
武尊が言葉に詰まる
奉先は続けた
「俺が道を開く!」
「お前たちは――」
岩山の向こうを指差す
「俺を先へ連れていけ!」
一瞬の沈黙
そして――
武尊が笑った
「……分かった!」
「任せろ!」
奉先も笑う
「うむ!」
そして、ゆっくりと息を吸い込んだ
「では――」
槍を構える
「行くぞ!」
◇
ゴォォォォ……
最初に変化したのは、空気だった
奉先の全身から、凄まじい霊力が溢れ始めたのだ
「……っ!?」
愛理が思わず身を引く
「何、この霊圧……!」
武尊も、表情を変えた
「おいおい……」
奉先の足元
霊馬の周囲
そして槍の柄に沿って――
黒い霊力が渦を巻き始める
その濃度は、徐々に増していった
まるで、周囲の光さえ吸い込んでしまいそうな漆黒
「……奉先?」
武尊が呼びかける
だが、奉先は答えない
今は――
ただ一点
目の前に立ちはだかる岩山だけを見つめていた
丹田から引き出した霊力が、全身を巡る
腕へ
肩へ
背へ
そして――
両手に握った長槍へ
膨大な霊力が、槍の穂先へ流れ込んでいく
しかし
放たれない
槍の穂先
その僅かな一点へ――
さらに
さらに
圧縮されていく
「……何だ、あれ」
五組の翔太が呟く
霊力を凝縮しているのは分かる
だが――
量が尋常ではない
「あのまま放ったら……」
奈子が息を呑む
伊織も、黙って奉先を見ていた
「……なるほど」
その目が細くなる
「これが、岩富奉先の――」
「本気か」
奉先の額に汗が浮かぶ
腕が震える
しかし――
槍の穂先は、微動だにしない
「はぁぁぁぁ……!」
さらに霊力を流し込む
黒い霊力が、穂先の周囲で激しく渦巻き始めた
ゴゴゴゴ……
地面が震える
近くの小石が、小刻みに跳ねる
「武尊!」
愛理が叫ぶ
「これ、大丈夫なの!?」
「……分からん!」
武尊が即答
「分からないの!?」
「俺だって初めて見るんだよ!」
その時――
奉先が、大きく息を吸い込んだ
「……よし」
槍を引き絞る
そして――
「貫け……!」
声が低く響いた
「山をも喰らう――」
槍の穂先が、漆黒に輝く
「《黒蛇穿岳砲》!!」
ドゴォォォォォォンッ!!
凄まじい轟音
槍の穂先から――
巨大な黒い光線が放たれた
「うわああっ!?」
周囲の生徒たちが、思わず身体を伏せる
黒い光線は、一直線に岩山へ迫った
だが――
その途中
異変が起きた
光線の先端が、うねり始めたのだ
細長く伸びる漆黒の霊力
それが大きく曲がり――
形を変えていく
頭
顎
牙
鱗
そして――
巨大な蛇の胴体
「……なっ!?」
武尊が目を見開いた
そこに現れたのは――
漆黒の大蛇
それも
山を巻くかと思えるほどの、巨大な霊力の大蛇だった
大蛇が大口を開ける
その口の奥では、黒い霊力が猛烈な勢いで渦巻いている
ゴォォォォォ!!
大蛇は、岩山へ向かって突き進んだ
そして――
ドガァァァァァン!!
激突
「……っ!!」
全員が息を呑む
だが――
黒蛇は止まらなかった
巨大な岩石を砕き
土砂を吹き飛ばし
幾重にも積み重なった岩盤を、次々と貫いていく
バキバキバキッ!!
轟音
爆風
飛び散る岩石
漆黒の大蛇が、岩山の内部を喰い進んでいく
まるで――
山そのものを穿つように
「す……」
翔太が口を開けたまま呟く
「すげぇ……!」
黒蛇が突き進んだ後には、巨大な空洞が残されていた
そして――
ドゴォォォォンッ!!
最後の岩壁を貫く
向こう側へ、黒い光が突き抜けた
やがて――
黒蛇は霊力の粒子となり、消えていった
静寂
舞い上がった土煙が、ゆっくりと晴れていく
その向こうに見えたのは――
大きな穴
いや
穴というより――
巨大な通路だった
霊馬が並んで走れるほどの幅
頭上には十分な高さ
崩落した岩山を、一直線に貫く道が出来上がっていた
「…………」
武尊
愛理
伊織
奈子
翔太
全員が、呆然と立ち尽くす
やがて――
「……おい」
武尊が呟く
「嘘だろ……」
愛理も、口を開けたまま
「山に……」
「穴、開けちゃった……」
「はは……」
翔太が乾いた笑いを漏らす
「勝田家の連中も大概だけど……」
「岩富家も、どうなってるんだよ……」
そんな中――
「……ふぅ」
奉先が、大きく息を吐いた
構えていた槍を下ろす
そして――
ぐらり
「奉先!?」
武尊が、慌てて霊馬を寄せた
奉先の身体が、鞍の上で大きく揺れる
「おっと……」
武尊が手を伸ばす
奉先の肩を支え、さらに霊馬の手綱を掴んだ
「おい! 大丈夫か!?」
「……うむ」
奉先が弱々しく笑う
「少し……霊力を使いすぎたようだ」
「少し!?」
愛理が叫ぶ
「どう見ても少しじゃないでしょ!」
「はは……」
奉先は笑おうとした
だが――
声に力がない
「すまない……」
「少し休めば……動ける……」
その時だった
ドドドドドッ!!
「……ん?」
武尊が振り返る
五組の霊馬たちが――
出来上がった通路へ向かって走り始めていた
その先頭には、上勝田伊織
「……伊織?」
伊織が、武尊たちへ声をかける
「ありがとう!」
少し笑う
「先に行かせてもらうぜ!」
「……はあ!?」
愛理が叫んだ
「ちょっと、あんたたち!」
「その道、奉先が作ったんだよ!?」
「知っている!」
伊織が答える
「だから礼を言った!」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
◇
「伊織!」
翔太が慌てて追いかける
「本当に先に行くのか!?」
「当たり前だろう!」
伊織が答える
「競争だぞ!」
「だが、奉先は――」
「俺たちの仲間ではない!」
伊織が言い切る
「三組の襷持ちだ!」
「……っ!」
翔太が言葉に詰まる
だが――
隣を走る奈子が、小さく呟いた
「……伊織」
「何だ?」
「ここで遅れたら……」
一拍
「天音様が……」
「…………」
伊織の表情が固まる
その後ろから
翔太が追い打ちをかけた
「だよなぁ……」
「でもさ」
「奉先があんな大技まで使って道を開いたのに、置いていくって……」
「…………」
「天音様が聞いたら、何て言うだろうな」
伊織の手綱を握る手に、力が入った
「…………」
「それに――」
翔太が続ける
「武尊だって困ってるんだぞ」
「……武尊?」
「ほら」
翔太が振り返る
武尊は、奉先の霊馬の手綱を掴みながら、何とか先へ進もうとしている
だが――
奉先が満足に動けない以上、速度を上げられない
「…………」
伊織は、しばらく黙っていた
そして――
「……ちっ」
小さく舌打ち
「仕方ない」
霊馬の向きを変える
「えっ?」
翔太が驚く
「伊織?」
「戻る!」
「……本当か!?」
「二度言わせるな!」
伊織は、少し不機嫌そうに答えた
「どうせ、このまま行っても気分が悪い」
翔太が笑う
「へへっ!」
「そうこなくちゃ!」
◇
「……悪い」
武尊が、奉先を支えながら呟く
「休ませてやりたいところだが……」
「……構わん」
奉先は、まだぐったりしている
「俺は……」
「少しすれば……」
「いや」
武尊が、通路の向こうを見る
「どうやら休んでる暇はなさそうだ」
そこへ――
「武尊!」
伊織たちが戻ってきた
「……伊織?」
「何をしている!」
伊織が叫ぶ
「さっさと進むぞ!」
「……お前」
武尊が目を丸くする
「先に行ったんじゃなかったのか?」
「気が変わった!」
「……は?」
翔太が、二人の間へ割って入る
「なあ、武尊!」
「ここは協力しないか?」
「……協力?」
「そう!」
翔太が頷く
「三組と五組で!」
「…………」
武尊が少し考える
一方――
伊織は、すぐに反対した
「何を言っている!」
「敵だぞ!」
「お前、さっき戻ってきたばかりだろ!」
翔太が突っ込む
「戻るのと協力するのは別だ!」
「面倒くさい奴だな!」
「何だと!?」
二人が睨み合う
その横で――
奈子が呟いた
「……でも」
「ここで二組とも遅れたら……」
「天音様に……」
「…………」
伊織が黙る
翔太が頷く
「そういうこと!」
さらに――
愛理も口を開いた
「こっちだって!」
腕を組む
「舞桜に何て言われるか……!」
一瞬
全員が黙った
そして――
武尊が笑った
「……ははっ!」
「なるほどな!」
伊織を見る
「どうする?」
「……仕方ない」
伊織が、渋々頷いた
「今回だけだぞ」
「十分だ!」
翔太が嬉しそうに笑う
「よし!」
愛理が武尊を見る
「で、どうするの?」
「……え?」
「作戦よ!」
愛理が腕を組む
「協力するって言ったんだから、何か考えてよ!」
「俺が!?」
武尊が目を丸くする
「お前らが言い出したんだろうが!」
「勝田五勢が得意なんでしょ?」
「そうだけど!」
「じゃあ、お願い!」
「無茶言うなよ……」
武尊は頭をかいた
しかし――
すぐに考え始めた
現在の状況
襷持ちは、奉先と伊織
奉先は霊力を使い果たし、身体を動かすのも難しい
伊織は動けるが、一人で先へ行かせるわけにはいかない
しかも――
先頭の晴真たちは、すでにかなり離れている
「……待てよ」
武尊が顔を上げた
「ん?」
愛理が見る
「一度に全員が追いつく必要はないんだよな」
「……どういう意味?」
「襷持ちさえ先へ送り出せればいい」
伊織が目を細めた
「なるほど」
武尊は、愛理へ向き直った
「愛理!」
「何?」
「《霊撃砲》、まだ撃てるか?」
「ええ!」
愛理が拳を握る
「もちろん!」
「よし!」
武尊が笑った
「だったら――」
「奉先と伊織を撃ち出そう!」
「…………」
全員が黙った
最初に口を開いたのは、翔太だった
「……お前」
「晴真に影響されすぎじゃないか?」
「うるさい!」
◇
「いいか!」
武尊が、地面へ簡単な図を描く
「まず、奉先と伊織を一つの結界で包む」
「二人とも霊馬ごとだ」
三組の結界術を得意とする女子が頷く
「それならできるわ!」
奈子も手を挙げる
「私も補助する!」
「頼む!」
武尊は続ける
「その結界の後ろへ、愛理の《霊撃砲》を撃ち込む」
「ええっ!?」
愛理が驚く
「私の《霊撃砲》を!?」
「直接二人に当てるわけじゃない!」
武尊が慌てて説明する
「結界の外側へ受けるんだ!」
武尊が図に線を引く
「後方からの衝撃を結界全体で受けて、前へ押し出す」
「中には衝撃を和らげる結界も重ねる」
「なるほど……」
伊織が頷く
「結界を動かすための力として使うのか」
「そうだ!」
ただし、それだけでは足りない
《霊撃砲》は、一度撃てば終わり
いくら爆発的な加速が得られても、その後の速度が落ちれば追いつけない
「だから――」
武尊が指を二本立てた
「二段階目だ!」
「二段階目?」
翔太が聞く
「少し先へ進んだところで、左右から《烈風の術》を使う!」
「風で加速させるのか!」
「そうだ!」
武尊が頷く
「二方向から風を当てる。ただし真横からじゃ駄目だ」
「後ろから前へ押すように、角度をつける」
「左右の出力を合わせれば、進む方向も安定する!」
奈子が笑う
「なるほど!」
「最初は《霊撃砲》で一気に加速」
「その後、《烈風の術》でさらに押し出す!」
「そういうことだ!」
武尊は、伊織を見る
「伊織」
「何だ?」
「奉先が動けるまで、あいつの霊馬の手綱を頼む」
「…………」
伊織は、奉先を見る
槍を抱え、ぐったりしている姿
それでも――
奉先は笑っていた
「はは……」
「すまんな……」
伊織は、少しだけ目を伏せた
そして――
「ああ」
短く答える
「任せろ」
武尊が頷く
「よし!」
「これでいこう!」
だが――
愛理が、少し不安そうに尋ねた
「ねえ、武尊」
「何だ?」
「本当に大丈夫なの?」
愛理は奉先を見た
「だって、奉先はもう限界なんだよ?」
「それなのに、こんな無茶なこと……」
「……そうだな」
武尊も、奉先を見る
「正直、危険はある」
「だったら――」
「でも」
武尊が、愛理を遮った
「奉先は、俺たちのために道を作ってくれた」
「…………」
「俺たちが先へ行くためにな」
武尊は、開いた巨大な通路を見る
「それで、あいつだけ置いて先へ行くのか?」
「……!」
「俺は嫌だね」
武尊が笑った
「そんなことしたら――」
伊織をちらりと見る
「本当の負け犬だからな」
「…………」
伊織が、武尊を見た
武尊も、その視線を受け止める
だが――
それ以上は何も言わなかった
翔太が、二人を見て笑う
「よし!」
「じゃあ、全員でやろうぜ!」
◇
「結界、形成するよ!」
三組の女子が、両手を前へ出す
ブゥゥゥン!!
奉先と伊織
二頭の霊馬を包むように、大きな結界が形成されていく
さらに――
奈子が、その内側へ結界術を重ねた
「衝撃緩和――展開!」
淡い光が、二人と霊馬を包み込む
「これなら、多少の衝撃は抑えられるはず!」
「ただし!」
武尊が声を上げる
「愛理! 最初は出力を抑えろ!」
「分かってる!」
「結界が動き始めたら、段階的に威力を上げるんだ!」
「任せなさい!」
愛理が拳を握り締める
伊織は、奉先の霊馬へ自分の霊馬を寄せた
そして――
手綱を取る
「奉先」
「……うむ」
「しっかり掴まっていろ」
「……すまんな」
「礼は後でいい」
伊織が前を見る
「今は、落ちるなよ」
「……はは」
奉先が笑う
「承知した」
二人の結界が完成した
武尊は、さらに前方へ合図を送る
「札術組!」
「準備!」
三組の男子と、五組の生徒たちが左右へ分かれて走り出す
最初の加速が終わった後――
左右から《烈風の術》を放つためだ
「よし!」
武尊が愛理を見る
「頼む!」
「任せて!」
愛理は、二人を包む結界の後方へ移動した
そして――
霊馬の上で身を起こす
両手を前へ
丹田から霊力を巡らせる
肩
腕
そして両掌へ――
大量の霊力が集まっていく
「……いくよ!」
愛理が叫んだ
「将門流――」
掌の前に、巨大な霊力の塊
ドクンッ!!
霊力が圧縮される
「《霊撃砲》!!」
ズドォォォン!!
凄まじい霊力の砲撃が放たれた
それが――
奉先と伊織を包む結界の後方へ激突する
ドォォォン!!
「ぐっ!」
伊織が歯を食いしばる
奉先の身体も大きく揺れた
だが――
内側の緩衝結界が衝撃を受け止める
外側の結界は、砲撃の圧力を受けて前方へ動き始めた
「動いた!」
奈子が叫ぶ
さらに――
「愛理!」
「分かってる!」
愛理が出力を上げる
ゴォォォォ!!
結界が加速する
中の霊馬も――
地面を蹴った
「速い!」
伊織が叫ぶ
「まだだ!」
武尊が前方へ合図を送る
「次!」
離れた場所
左右へ散開していた生徒たちが、一斉に札を構えた
「「《烈風の術》!!」」
ゴオオオオッ!!
二方向から、強烈な風が吹き込んだ
ただし――
真横からではない
左右の後方から、中央前方へ向かって
結界を包み込むように風が流れる
左右の風圧が釣り合い――
結界全体が、さらに前方へ押し出された
「うおおおっ!?」
伊織が目を見開く
「何だ、この加速は!」
「行けぇぇ!!」
武尊が叫ぶ
「伊織!」
「奉先!」
「頼んだぞ!!」
ドドドドドッ!!
二頭の霊馬が、猛烈な勢いで駆け抜けていく
《霊撃砲》による第一段階の加速
さらに――
《烈風の術》による第二段階の加速
二つの術を重ねたことで、二頭は一気に速度を上げたのだ
「ははっ!」
結界の中
伊織が思わず笑う
「やるじゃないか、武尊!」
その横――
「……うむ」
奉先も、僅かに顔を上げた
「面白い……」
「おい!」
伊織が叫ぶ
「今は喋るな!」
「……ははは」
奉先が弱々しく笑う
「そうだな……」
やがて、結界の速度が霊馬の走る速さへ近づいていく
伊織は、奉先の手綱を握りながら、二頭の足並みを揃えた
「もう少しだ!」
「ここからは、自分たちで走るぞ!」
「……うむ」
奉先が、小さく頷いた
◇
「……行ったな」
武尊が、遠ざかっていく二人を見つめる
愛理も、大きく息を吐いた
「はぁ……!」
「さすがに疲れた……!」
武尊が笑う
「お疲れ!」
「もう!」
愛理が武尊を見る
「無茶な作戦ばっかり!」
「お前に言われたくないぞ」
「何よ!」
「さっき、自分から山を吹っ飛ばそうとしてただろ」
「そこまで言ってないわよ!」
二人が笑う
その横で――
翔太が、嬉しそうに頷いていた
「……良かった」
奈子が尋ねる
「何が?」
「いや」
翔太が笑う
「武尊と伊織が、少しは協力できたからさ」
「…………」
奈子も、遠ざかっていく伊織を見る
「……そうね」
「でも」
少し笑う
「伊織は、まだ武尊に負けたくないと思ってるよ」
「だろうな!」
翔太が苦笑する
「まあ、今はそれでもいいさ」
その時――
武尊が二人へ声をかけた
「おーい!」
「俺たちも行くぞ!」
「えっ?」
翔太が振り返る
「どうするんだ?」
「決まってる!」
武尊は霊馬へ跨り直した
「俺たちだって、まだ終わってねぇ!」
愛理も拳を握る
「そうね!」
「奉先を追いかけないと!」
そして――
三組と五組の残る生徒たちも
巨大な通路を抜け
再び霊馬を走らせ始めた
◇
その少し先――
「……ふぅ」
奉先が、大きく息を吐いた
「……だいぶ」
「戻ってきたぞ」
伊織が隣を見る
「本当か?」
「うむ!」
奉先は、ゆっくりと背筋を伸ばした
まだ顔色は良くない
だが――
槍を握る腕に、少しずつ力が戻ってきていた
「すまなかったな」
奉先が、伊織を見る
「手綱まで取ってもらって」
「気にするな」
伊織が答える
「お前が道を開かなければ、俺たちも先へ進めなかった」
「……そうか」
奉先が笑う
「ならば、お互い様だな!」
「そういうことだ」
しばらく――
二頭は並んで走った
そして
奉先が口を開く
「上勝田伊織」
「何だ?」
「今度、俺と手合わせしないか?」
「……は?」
伊織が振り向く
奉先は、いつもの豪快な笑みを浮かべていた
「お前、なかなか面白そうな奴だからな!」
「槍も使うのだろう?」
「ああ」
「ならば、ぜひ一度!」
「本気で勝負したい!」
「…………」
伊織は、少しだけ驚いた顔をした
そして――
ふっと笑う
「ああ」
「いいだろう」
「おお!」
奉先の顔が輝く
「本当か!」
「ただし!」
伊織が前を指差す
「まずは――」
襷へ手を添える
「これを届けることが先だ」
奉先が一瞬、目を丸くする
そして――
「ははははっ!!」
豪快に笑った
「まったくだ!」
自分の襷を握り直す
「では行くぞ、伊織!」
「ああ!」
二頭の霊馬が、さらに加速する
三組
五組
互いに競い合う二人の襷持ちは――
今度は同じ道を、並んで駆け抜けていった
◇
その頃――
空の上
「……うーん」
晴真は、月桜の背で腕を組もうとしていた
だが――
「あっ!」
慌てて手綱を握り直す
「危ない危ない!」
眼下には、長く続く競技路
その先を走る守人
守人は、まだまだ全速力で走っている
そして――
晴真は、とうとう守人の前方へ出ていた
「やった!」
嬉しそうに笑う
「これなら一番で凛ちゃんに襷を届けられるかも!」
だが――
そこで、あることを思い出す
「……そうだった」
空中を進んでいる以上――
いつか地面へ降りなければならない
そして今
晴真と月桜は――
とんでもない速度で飛んでいた
「……どうしよう」
晴真が、眼下を見る
「どうやって降りよう……」
《烈風鞍》の術式を作り替えた霊力翼によって、落下速度はある程度抑えられている
だが――
前へ進む速度は、依然として大きい
このまま地面へ降りれば
着地した瞬間、月桜の脚へ凄まじい負担がかかってしまう
最悪の場合――
転倒する
「うーん……」
晴真が考える
「まずは、前に進む速度を落とさないと……」
その時――
道満との会話を思い出した
『飛び出した後は《霊撃砲》で減速するんだぞ!』
「あっ!」
晴真が笑顔になる
「そうだ!」
「道満君が言ってた!」
晴真は前方を見る
幸い、前方の上空には誰もいない
守人は、遥か下の競技路を走っている
「よし!」
晴真は片手を前へ突き出した
「月桜!」
月桜が鼻を鳴らす
「ちょっと揺れるかもしれないけど、頑張ってね!」
そして――
丹田から霊力を引き出した
腕へ
掌へ
膨大な霊力が集まっていく
「進む方向と反対に力を受ければ、速度を落とせるはず!」
晴真が、にっこりと笑った
「じゃあ――」
掌の前へ
巨大な霊力の塊が形成される
ゴゴゴゴ……
空気が震える
「いくよ!」
「《霊撃砲》!!」
ズドォォォォンッ!!
青空に――
凄まじい轟音が響き渡った
巨大な霊力の光線が、晴真の前方へ向かって放たれる
そして――
その反作用
ドンッ!!
「うわああっ!?」
晴真と月桜の身体が、後ろへ強く押し戻された
金色の翼が、大きくしなる
ゴオオオッ!!
「おおっ!」
晴真が目を輝かせる
「すごい!」
「本当に速度が落ちた!」
だが――
その直後
「……あれ?」
晴真が、首を傾げる
前へ進む速度は、確かに落ちた
しかし――
今度は、下へ落ちる速度が目立ち始めた
月桜の身体が、少しずつ地面へ近づいていく
「あっ……」
晴真が眼下を見る
霊馬の蹄が届くには、まだ高すぎる
しかも――
着地できそうな平坦な場所は、少し先
「……なるほど!」
晴真が笑った
「前に進む速度だけじゃなくて――」
金色の翼を見る
「落ちる速度も、どうにかしないといけないんだね!」
月桜が、心配そうに嘶く
「大丈夫だよ、月桜!」
晴真は鞍へ手を当てた
「今度は翼を使おう!」
霊力を巡らせる
左右の金色の翼が、再び大きく広がった
「風の向きを変えて――」
晴真の金桜眼が、霊力の流れを捉える
羽の根元
羽先
そして――
《烈風鞍》の中央に残していた噴射筒
「よし!」
晴真が前を見る
「今度は、ちゃんと着地するよ!」
だが、その直後――
後方の下から
白瀬の声が響いた
「桜くーん!!」
「ん?」
晴真が顔を下げる
白瀬は、空を見上げながら叫んでいた
「だから、着陸の仕方を先に考えなさいってばー!!」
「えへへー!」
晴真が笑う
「今、考えてるよー!」
「今なの!?」
白瀬の叫び声が、青空へ響き渡った
その声を聞きながら――
晴真は、金色の翼へさらに霊力を流し込んでいく
第四走
先頭争いは、まだ終わらない
そして――
空へ飛び出した晴真に残された最後の難題は
月桜とともに、無事に地上へ戻ることだった




