第百一話 井野の守人と雷軌飛翔
「お先に失礼しまーす!」
猛烈な勢いで駆け抜けていく五頭の霊馬
その先頭を走っていたのは――
四組の襷持ち、井野守人だった
「やった! やったぞ、みんな!」
守人が嬉しそうに叫ぶ
「本当に一位になった!」
「守人! お前の言った通りだ!」
「諦めなくてよかった!」
「まだまだ行けるぞ!」
四組の仲間たちも、満面の笑みを浮かべていた
それもそのはずだった
四組は、それまでの競技で角来桜華や鏑木弓月の失態が重なり、先頭から大きく離されてしまっていた
第四走が始まった時には、すでに一位を狙うのは難しいと思えるほどの差がついていたのだ
仲間たちの間にも、諦めにも似た空気が広がっていた
しかし――
『まだ終わってないよ!』
そう言って、皆を励まし続けたのが守人だった
『諦めるのは、最後まで走ってからにしよう!』
『でも、あんなに離されてるんだぞ?』
『大丈夫! きっと良い機会がやってくるよ!』
守人は笑顔で答えた
『その時に追いつけなかったら悔しいじゃないか。だから、少しでも差を縮めよう!』
『……守人』
『それに、みんなと一緒なら、まだまだ速く走れると思うんだ!』
その言葉に、四人の仲間たちも再び気合いを入れた
誰かの失敗を責めることもなく
すでに終わった競技を悔やむこともなく
五人は互いに励まし合いながら、ひたすら全速力で霊馬を走らせてきた
そして今――
晴真たちが激しい戦いを繰り広げている隙に、ついに先頭へ躍り出たのである
「よーし! このまま一位で走り抜けるぞ!」
守人が叫ぶ
「おう!!」
だが、守人の胸にあるのは、一位になれた喜びだけではなかった
(桜晴真君……!)
ずっと会いたかった少年
ずっと勝負してみたかった相手
(やっと、君と同じ場所で競い合える!)
◇
井野守人
その名の通り、彼は井野の地で生まれ育った少年だった
井野には、古くから七つの辻を守る存在がいる
辻守大神――井野丸
井野の七辻を守護する神の眷属であり、長い年月にわたって土地の人々を見守ってきた存在だった
井野に暮らす者たちは、皆、井野丸を深く敬愛している
もちろん、守人も例外ではない
いや――
むしろ、誰よりも井野丸を敬愛していると言ってもよかった
表佐倉の井野には、毎年一月二十五日に行われる『辻切り』という民俗行事がある
藁で編み上げた大蛇を村の境界や辻にある木へ掛け、悪霊や疫病、災いが村へ入り込むのを防ぐ魔除けの風習だ
そして裏佐倉の井野でも、古くから同じような行事が受け継がれていた
ただし――
こちらの藁蛇は、単なる魔除けではない
井野丸の真の姿
山をも巻く巨大な大蛇神を模したものなのだ
毎年、里の人々が協力して藁を編み、井野丸の姿を作り上げる
それを辻に飾り、一年の無事を感謝するとともに、これからも井野丸の御神徳によって守っていただけるよう祈るのである
守人も幼い頃から、その行事を楽しみにしていた
藁を編む大人たちの手伝いをし、出来上がった大蛇を見上げては、嬉しそうに手を合わせたものだった
『井野丸様! いつも僕たちを守ってくださって、ありがとうございます!』
そんな守人にとって、井野丸はただの神様ではなかった
生まれ育った土地を守ってくれる、何よりも大切で尊敬する存在だった
だからこそ――
ある日、守人は耳を疑うような噂を聞いた
井野丸が、佐倉陰陽学園に入学する一人の少年を認め、直々に式神を託したというのだ
その少年の名は――
桜晴真
『……えっ?』
守人は思わず聞き返した
『井野丸様が……式神を?』
それまで守人は、そんな話を聞いたことがなかった
しかも、託された相手は井野の出身でもない少年だという
胸の奥に、何とも言えない感情が湧き上がった
(どうして……?)
(僕は、ずっと井野丸様を敬ってきたのに……)
それは――
紛れもない嫉妬だった
けれど守人は、すぐに首を振った
(いや、違う!)
(井野丸様が認めたんだ!)
(だったら、桜晴真君はきっと、ものすごく立派な人なんだ!)
そう考え直すと、今度は不思議と嬉しくなった
井野丸が選んだ少年
いったい、どんな人物なのだろう
会ってみたい
話してみたい
そして――
自分も、認めてもらえるようになりたい
守人は、それから一層修練に励むようになった
学園に入学してからも、晴真の噂は何度も耳にした
札術でとんでもないことをした
普通では考えられない方法で術を使った
道満と一緒に、また何か騒ぎを起こした
そんな話を聞くたび、守人は決まって言うのだった
『さすが井野丸様が認めた人だね! 僕ももっと頑張らなくちゃ!』
その言葉には、嫌味も皮肉もなかった
心からそう思っているのだ
だから周囲の者たちは、皆、守人に好感を持っていた
誰に対しても優しく
困っている者がいれば真っ先に手を差し伸べる
自分の失敗は素直に認め、他人の成功は心から喜ぶ
そんな、とても性格の良い少年だった
ただし――
こと晴真に関してだけは、少し違った
(いつか絶対に、勝ってみせる!)
井野丸に認められた少年に、自分の力を証明したい
憧れと尊敬
そして、負けたくないという強い気持ち
その全てが、守人を修練へと駆り立てていた
そして今回の桜駆け
第四走
自分と晴真が、同じ走者として競い合うことになった
守人は、その時をずっと楽しみにしていたのである
◇
「……守人!」
仲間の声に、守人は我に返った
「後ろ! 追いついてきたぞ!」
「えっ?」
振り向くと、猛烈な勢いで迫ってくる五頭の霊馬が見えた
先頭には――
金色の瞳を輝かせた少年
「……来た!」
守人の顔に、嬉しそうな笑みが広がった
「桜晴真君!」
◇
「月桜! 行くよ!」
晴真が愛馬の首を軽く叩く
月桜が、力強く嘶いた
「晴真、本当にやるんだな?」
隣を走る道満が確認する
「もちろん!」
晴真は笑顔で答えた
「せっかく白瀬ちゃんを止めたのに、このままじゃ四組に逃げられちゃうよ!」
「まったく……仕方ないな!」
そう言いながらも、道満は楽しそうに笑っていた
「みんな! 準備しろ!」
「了解!」
菜穂が答える
「待ってました!」
「一気に追いついちゃおう!」
茜と桔梗も、嬉しそうに頷いた
五人が、それぞれ霊力を巡らせる
そして――
「「「「「霊装馬具――《烈風鞍》!」」」」」
次の瞬間
五頭の霊馬に装着された鞍が、淡く輝き始めた
鞍の後部に組み込まれた依代から霊力が流れ出し、それぞれ三本の筒状の構造物を形成していく
一本は中央
残る二本は、その左右
まるで三本の噴射口を備えた、不思議な馬具だった
「何度見ても変な形だよね!」
茜が笑う
「でも、これが速いんだよ!」
晴真が得意そうに答える
《烈風鞍》
霊装馬具の依代を用い、風を噴射するための筒を霊力で形成する術式
本来、霊馬を加速させるには、騎手や霊馬の身体能力を強化する方法が一般的だった
しかし晴真と道満は、別の方法を考えた
霊馬自身の脚力を強化するのではなく、鞍から後方へ風を噴射し、その反作用で霊馬と騎手を前方へ押し出す
さらに、中央の噴射口が主な推進力を生み、左右の噴射口が出力を調節することで、加速中に姿勢が乱れるのを抑える仕組みだった
「よーし!」
晴真が手綱を握り直す
「行くよ、みんな!」
「「「「おう!」」」」
五人の声が重なる
「「「「「術式解放――《烈風噴射》!!」」」」」
ゴオオオオッ!!
三本の筒から、強烈な烈風が後方へ噴き出した
「うわああっ!」
「速い速い!」
茜と桔梗が歓声を上げる
五頭の霊馬が、凄まじい勢いで加速した
鞍から噴き出す烈風そのものが、推進力となっている
霊馬の走る力に、風による加速が加わるのだ
「おおおっ! これはすごいな!」
道満が笑う
「ただし、霊力の消耗も激しいぞ!」
「分かってる!」
晴真は前方を見据えた
「だから一気に行くんだ!」
五頭の霊馬が、さらに加速
見る間に四組との距離が縮まっていく
◇
「守人! 後ろ!」
「うん! 分かってる!」
守人が振り向いた
先ほどまで離れていたはずの晴真たちが、猛烈な勢いで迫ってくる
「すごい……!」
思わず感嘆の声が漏れた
「あれだけ離れていたのに!」
そして――
ついに月桜が、守人の霊馬と並んだ
「こんにちは!」
晴真が笑顔で声をかける
「君、四組の襷持ちだよね!」
「うん!」
守人も満面の笑み
「僕は井野守人! よろしく、晴真君!」
「えっ? 僕の名前、知ってるの?」
「もちろん!」
守人が嬉しそうに頷く
「君と勝負できることを、ずっと楽しみにしていたんだ!」
「えっ、僕と?」
「うん! だって君は、井野丸様が認めた人だから!」
「……井野丸様?」
晴真が驚く
「もしかして、井野丸様のこと知ってるの?」
「知ってるなんてもんじゃないよ!」
守人の目が輝く
「僕は井野の七辻で生まれ育ったんだ! 井野丸様には、生まれた時からずっと守っていただいているんだよ!」
「へえー! そうなんだ!」
「だから、井野丸様が君に式神を託したって聞いた時は、本当に驚いたんだ!」
守人は少しだけ照れくさそうに笑った
「正直に言うと、ちょっと悔しかったよ」
「えっ?」
「だって、僕もいつか井野丸様に認めてもらいたいって、ずっと思っていたから!」
守人は晴真を真っ直ぐに見つめた
その瞳には、何の曇りもなかった
「だから君に負けないように、今まで一生懸命頑張ってきたんだ!」
晴真は一瞬、きょとんとしていた
しかし――
すぐに笑顔になった
「そっか!」
「うん!」
守人が襷をしっかりと握り直す
「勝負だ! 晴真君!」
「うん! 負けないよ!」
晴真も力強く答える
「僕も凛ちゃんと約束したからね!」
「約束?」
「うん! 絶対に一番で襷を届けるって!」
「そうなんだ!」
守人は嬉しそうに笑った
「じゃあ、お互い負けられないね!」
「うん!」
二人が同時に手綱を握り直す
「行くよ、月桜!」
「僕たちも行こう!」
二頭の霊馬が、一斉に速度を上げた
しかし――
「くっ……!」
守人が顔をしかめる
月桜が、少しずつ前へ出始めたのだ
それだけではない
道満、菜穂、茜、桔梗の霊馬も、次々に四組の選手たちへ追いついていく
《烈風鞍》による加速は、想像以上だった
「すごいなぁ……あの馬具!」
守人は感心したように呟いた
「でも、僕だって負けるわけにはいかない!」
懐から一枚の式符を取り出す
「――式神召喚!」
式符が輝く
「鎌鼬! 頼むよ!」
ポンッ!
小さな煙とともに現れたのは、一匹の鎌鼬だった
細長い身体に、鋭い爪
風をまとった、小さな鼬の式神である
「キュイッ!」
鎌鼬は守人の肩へ飛び乗ると、嬉しそうに鳴いた
「お願い!」
鎌鼬は守人の背中を伝い、鞍の後方へ移動した
そして――
両前脚を後方へ突き出す
「キュイイッ!」
ゴオオオッ!!
猛烈な風が、後ろへ噴き出した
「うわっ!」
晴真が驚く
「何それ!?」
守人の霊馬が、いきなり加速したのだ
まるで《烈風鞍》と同じように、鎌鼬が後方へ風を噴射している
「すごいでしょ!」
守人が笑う
「この子は風を操るのが得意なんだ!」
「へえー!」
晴真が目を輝かせる
「鎌鼬って、こんなこともできるんだ!」
「うん!」
鎌鼬は得意げに胸を張った
「キュイッ!」
「やるな、守人!」
道満が声をかける
「式神の風で推進力を生み出すとは!」
「ありがとう!」
守人が笑顔で答える
「でも、まだまだ負けないよ!」
守人の霊馬は、再び晴真たちと互角の速さで走り始めた
「よーし!」
晴真が楽しそうに笑う
「じゃあ、こっちももっと速く――」
「守人!」
その時、四組の仲間が叫んだ
「俺たちも力を貸すぞ!」
「えっ?」
「守人を桜に勝たせるんだ!」
残る四人が、守人の左右へ散開する
二人ずつ
それぞれが術式を展開した
「結界展開!」
ブゥン!!
守人の進路を挟むように、左右へ細長い結界が形成されていく
そして、その結界は後方から前方へ向かって緩やかに絞り込まれていた
まるで透明な壁で作られた、風の通り道
「何をするつもりだ?」
道満が眉をひそめる
四人は、今度は突風の札を取り出した
「「「「《突風の術》!!」」」」
ゴオオオッ!!
四人が後方から放った突風が、結界の内側へ流れ込んだ
風は左右へ逃げようとするが、結界の壁に遮られる
そして、絞り込まれた通路へ沿って、守人の背後から前方へ流れ込んでいった
「なるほど!」
道満が声を上げる
「結界を風の通り道にして、突風を横へ逃がさず、守人を後ろから押しているのか!」
「それって、すごくない!?」
晴真が目を輝かせる
「自分たちの術を全部、守人君の加速に使ってるんだ!」
四人は、自分たちの速度を上げることよりも、襷を持つ守人を先頭へ送り出すことを選んだのである
「守人! 行けぇぇっ!」
「俺たちの分まで走れ!」
「ありがとう、みんな!」
守人が叫ぶ
「絶対に負けないよ!」
鎌鼬が、さらに強い風を噴き出した
そこへ四人の突風が重なる
ゴオオオオオッ!!
「うわっ!?」
守人の霊馬が、一気に加速した
「速っ!」
晴真が叫ぶ
「ちょっと! 何よ、あの速さ!」
菜穂も驚く
「すごーい!」
「守人君、飛んでっちゃいそう!」
茜と桔梗が歓声を上げた
守人は晴真たちを抜き去ると、さらに前方へと飛び出した
「先に行くよ、晴真君!」
「わあっ! 待ってよー!」
晴真が叫ぶ
道満はその姿を見つめ、楽しそうに笑った
「ははっ! 面白い奴だな!」
「うん!」
晴真も笑う
「守人君、すごくいい人だね!」
「ああ。だが、あのまま先頭を走らせるわけにもいかないぞ!」
「分かってる!」
晴真は月桜の手綱を握り直した
「僕たちも負けないからね!」
先頭を走る守人
その後を追う晴真たち
そして四組の仲間たちは、術を使い続けながら必死に後を追っていた
桜駆け第四走は、思いも寄らぬ速度勝負へと変わっていた
しかし――
さらに後方では
とんでもないことを考えている少女がいた
◇
「まずいな……」
五組の襷持ち、上勝田伊織が前方を見つめて呟く
「このままじゃ、どんどん離されてしまう」
「それにしても、何なのよ、あの速さ……」
奈子も前方を見る
守人と晴真たちが、信じられない速度で競い合っていた
その少し後ろを走っていた二組の選手たちも、同じことを考えていた
「白瀬、もう一度飛べないのか?」
湊が尋ねる
「飛べなくはないけど……」
白瀬は少し困ったように答えた
「さっきので霊力をかなり使ったから、長くは飛べないわ」
「そうか……」
「それに、飛んだところで、あの速さに追いつけるかどうか……」
「くそっ!」
湊が悔しそうに前方を睨む
その時だった
「……ねえ」
美琴が声を上げた
「だったら、前を走れなくしちゃえばいいんじゃない?」
「……は?」
重成が振り向く
「どういう意味だ?」
美琴は、進路の先にある山を指差した
桜駆けの競技路は、この先で山裾に沿った細い道へと入っていく
右側には岩肌の露出した斜面
左側には木々が生い茂り、霊馬で走り抜けるには難しい地形が広がっていた
「あの山肌を崩して、道を塞ぐのよ」
「……はあ!?」
湊が目を丸くした
「お前、何言ってんだ!?」
「だから、山を崩すの」
美琴は当然のように答える
「道が塞がれば、先頭の人たちも止まらざるを得ないでしょ?」
「いやいやいや!」
重成が思わず叫ぶ
「そんなことできるわけないだろ!」
「そうだぞ!」
湊も続ける
「第一、あんな山肌をどうやって崩すんだよ!」
美琴は、にっこりと笑った
「私のとっておきがあるのよ」
「……とっておき?」
「ええ!」
美琴は懐から数枚の札を取り出した
さらに、小さな鉱石を一つ
淡く青白い光を宿した、半透明の石だった
「結界石……?」
茶々が首を傾げる
「それをどうするの?」
「弾丸にするのよ!」
「弾丸!?」
「ふふっ。見ていれば分かるわ!」
美琴が楽しそうに笑う
「それと、白瀬!」
「なあに?」
「山が崩れたら、あなたは《飛翔》で向こう側へ抜けて!」
「……なるほど」
白瀬は美琴の考えを理解した
「私が先に抜けるのね」
「そういうこと!」
「でも、美琴」
白瀬が少し真剣な顔になる
「前を走っている人たちまで巻き込まないでね」
「分かってる!」
美琴は山肌を見据えた
「人じゃなくて岩盤を狙うんだから!」
重成が眉をひそめる
「いや、崩れた岩が当たったら危ないだろ……」
しかし――
美琴の意識は、すでに術式の構築へ向かっていた
「それじゃあ……」
楽しそうに笑う
「やってみましょうか!」
◇
美琴は霊馬の速度を緩め、両手に札を構えた
「――複合札術!」
二枚の結界札が、空中へ舞い上がる
「第一術式――《双軌形成》!」
パアアッ!
二枚の札から光が伸び、空中に平行な二本の軌道が形成された
青白く輝くその軌道は、まるで二本の細長い金属の棒のようだった
「何だ、あれ……?」
重成が呟く
「結界……なのか?」
「そうよ!」
美琴が答える
「ただし、普通の結界じゃないわ!」
美琴は結界石を取り出した
「第二術式――《結界石装填》!」
結界石が宙に浮く
そして、二本の軌道の間へと収まった
石の周囲には、薄い結界が幾重にも展開されていく
さらに、結界石を包む結界の左右から、二本の軌道へ接する導体結界が形成された
それは単なる保護結界ではない
雷の霊力を通すための、特別な術式が組み込まれている
「……待てよ」
湊が眉をひそめた
「お前、まさかそれを撃ち出すつもりか?」
「大正解!」
美琴は嬉しそうに答えた
「でも、ただ撃つだけじゃないのよ!」
さらに一枚の雷札を構える
「第三術式――《雷磁励起》!」
バチバチバチッ!!
激しい雷光が、二本の軌道を駆け巡った
結界石を包む導体結界にも雷の霊力が流れ込み、周囲に強力な磁場が生まれていく
雷の霊力が生み出す電流
その電流によって生じる磁場
さらに、導体結界を流れる電流
それらが互いに作用し、結界石を前方へ押し出す力を生み出していた
美琴が得意とする――
自然現象再現方式
雷の持つ電磁気の性質を利用し、表佐倉でいう『レールガン』の原理を札術によって再現したものだった
通常の雷札は、雷撃そのもので相手を攻撃する
しかし美琴は、雷撃を直接ぶつけるのではなく、物体を加速させるために利用しているのである
さらに――
結界石には、あらかじめ霊力を蓄積させてあった
今回は着弾と同時に、その霊力を衝撃として解放する破砕弾として調整している
「よーし……!」
美琴は慎重に狙いを定めた
目標は、先頭の選手たちが向かう山道の脇にある岩肌
そこに結界石を撃ち込み、崩落を引き起こす
「みんな、少し離れて!」
「お、おう!」
重成たちが距離を取る
美琴は大きく息を吸い込んだ
「第四術式――」
二本の軌道に、凄まじい雷光が集まる
「《雷軌砲》!!」
バヂィィィィンッ!!
空気を引き裂くような轟音が響いた
青白い光が、一瞬で軌道を駆け抜ける
結界石が、猛烈な勢いで射出された
速い
あまりにも速い
もはや石の姿は見えず、青白い雷光が一直線に伸びたようにしか見えなかった
ヒュンッ!!
前方の選手たちの頭上を、雷光が通過する
「……ん?」
先頭を走っていた守人が、思わず顔を上げた
「何だ、今の……?」
その直後――
ドゴオオオオオオンッ!!
凄まじい衝撃音が、山肌に響き渡った
結界石が岩盤へ激突し、内部に蓄えられた霊力を一気に解放したのだ
バキバキバキッ!!
岩盤に、無数の亀裂が走る
「……えっ?」
守人が目を見開いた
山肌の一部が、音を立てて崩れ始めていた
ゴゴゴゴゴゴッ!!
巨大な岩石が斜面を転がり落ちてくる
土砂が舞い上がり、木々がなぎ倒される
「うわあああっ!?」
守人が叫んだ
「や、山が崩れてきたぁぁっ!」
その声に、後方の晴真たちも顔を上げた
「えっ!?」
「何だ、あれは!?」
道満が目を見開く
目の前の山肌が、凄まじい勢いで崩れていく
「まずい! 止まれ!」
道満が叫んだ
「月桜!」
晴真も慌てて手綱を引く
だが――
先頭の守人は、すでに崩落地点へ差しかかっていた
「うわっ! うわわわっ!」
巨大な岩が、頭上から転がり落ちてくる
「鎌鼬!」
「キュイッ!」
鎌鼬が猛烈な突風を放った
その反作用で、守人の霊馬がさらに加速する
「頼む! もう少し!」
守人は必死に手綱を握った
目の前へ、巨大な岩が落ちる
「うわあっ!」
霊馬が大きく跳躍した
そして――
ドドドドドンッ!!
背後へ巨大な岩が落下した
「ひえええっ!」
守人は思わず首をすくめた
しかし――
間一髪
道が塞がるよりも早く、向こう側へ抜けることができたのだった
「た、助かったぁ……!」
守人が大きく息を吐く
後ろを振り向くと、すでに道は大量の土砂と岩石で塞がれていた
「みんな!?」
その向こうから、四組の仲間たちの声が響く
「守人! 大丈夫か!」
「僕は大丈夫!」
「よかった!」
「俺たちは別の道を探す! お前はそのまま行け!」
「でも……!」
「襷を持ってるのはお前だろ!」
守人は一瞬、迷った
しかし――
仲間たちの声を聞いて頷く
「分かった!」
「絶対に一番で届けるよ!」
再び霊馬を走らせる
その時――
ふわり
崩落した山道の向こうから、白い影が浮かび上がった
「……えっ?」
守人が振り向く
そこには――
霊馬に跨った白瀬がいた
背中から白い霊力の翼を広げ、崩落した岩石の上を飛び越えてくる
翼の周囲では、風が渦を巻いていた
その風が霊馬の身体を包み込み、騎手と霊馬を一緒に支えている
「お先に失礼するわ!」
「うわっ!?」
守人が驚く
「また飛んでる!」
白瀬は岩山の向こう側へふわりと降り立った
そして着地と同時に、再び走り出す
「待ってよー!」
守人が慌てて追いかける
白瀬は背中の翼を消しながら、楽しそうに笑った
「ふふっ! 今度は逃がさないわよ!」
こうして――
先頭争いは
守人と白瀬の二人へ絞られた
◇
一方――
崩落した山道の手前では、大勢の選手たちが立ち往生していた
「……何だよ、これ」
奉先が呆然と呟く
「山が……道を塞いじまったぞ……」
「誰がこんなことを……」
武尊が辺りを見渡す
その時――
後方から美琴の嬉しそうな声が響いた
「やったぁ! 大成功!」
「…………」
奉先
武尊
二人が同時に振り返る
「……お前か?」
武尊が低い声で尋ねた
「え?」
「今の山崩したの、お前か?」
「そうよ!」
美琴は胸を張った
「私の《雷軌砲》! すごいでしょ!」
「お前かぁぁぁっ!!」
二人の怒鳴り声が重なった
「ええっ!?」
美琴が驚く
「何よ! ちゃんと成功したじゃない!」
「成功してねぇよ!」
武尊が叫ぶ
「俺たちまで通れなくなっただろうが!」
「しかも危なかったぞ!」
奉先も怒鳴る
「前の連中が落石に巻き込まれていたらどうする!」
「うっ……」
美琴が少し言葉に詰まる
「で、でも!」
前方を見る
「白瀬は抜けたんだから!」
「そういう問題じゃねぇ!!」
重成が額に手を当てた
「……だから止めたんだよ」
湊も
大きなため息
「まったく……」
だが、道を塞いでいる岩山は
怒鳴ったところで消えてはくれない
各組の生徒たちは、早くも迂回路を探し始めていた
◇
「……すごい」
晴真は、崩れた山肌を見つめて呟いた
「ねえ、道満君! 今の見た!?」
「ああ!」
道満も興奮した様子だった
「ものすごい速度で結界石が飛んでいったな!」
「そうそう! しかも、あの結界石、ぶつかった瞬間に霊力を解放してたよ!」
「なるほど! 単に高速で石を撃ち込むだけじゃなく、着弾時の破壊力まで高めているのか!」
「すごいよね!」
「それに、あの加速の仕方だ! 雷の術を直接撃ったようには見えなかったぞ!」
「うん! あれは多分――」
「ちょっと!」
菜穂が二人の間に割って入った
「二人とも、何を楽しそうに話してるのよ!」
「えっ?」
晴真が振り向く
「だって、すごい術だったんだよ!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
菜穂は目の前に積み上がった岩石を指差した
「道が塞がれちゃったのよ!?」
「あっ!」
晴真が、ようやく思い出したように声を上げた
「そうだった!」
「忘れてたの!?」
菜穂が呆れる
茜と桔梗も、岩山を見上げていた
「これ、どうやって通るの?」
「土遁で何とかなるかな?」
「……難しいな」
道満が顎に手を当てる
「これだけ大量の岩石となると、取り除くにも時間がかかる」
「結界で押しのける?」
「それもできなくはないが……」
道満は前方を見た
守人と白瀬の姿は、すでに遠くなり始めている
「そんなことをしている間に、どんどん差を広げられてしまうな」
「うーん……」
晴真は腕を組んで考えた
そして――
ふと顔を上げる
「……だったら、僕も飛んでいくよ!」
「……は?」
道満が振り向いた
「今、何て言った?」
「だから、僕も飛んでいく!」
晴真は、何でもないことのように答えた
「白瀬ちゃんみたいに!」
「いやいやいや!」
菜穂が叫ぶ
「あなた、飛べないでしょ!?」
「うん!」
「うん、じゃないわよ!」
「でも、さっきの美琴ちゃんの術を使えば、飛べると思うんだ!」
「……えっ?」
茜が首を傾げる
「美琴ちゃんの術?」
「うん!」
「もしかして……」
桔梗が目を丸くする
「あの、《雷軌砲》?」
「そう、それ!」
晴真は嬉しそうに頷いた
「結界石をものすごい速度で撃ち出せるんだからさ!」
晴真は自分と月桜を指差した
「僕と月桜を結界で包んで、その結界ごと結界石で引っ張れば、一緒に撃ち出せるんじゃないかな!」
「…………」
全員が黙り込んだ
最初に口を開いたのは、菜穂だった
「……それって、つまり」
「うん!」
「自分を弾丸にするってこと!?」
「そう!」
「そんなことしたら死んじゃうわよ!」
菜穂の叫び声が響いた
しかし晴真は、きょとんとした顔
「大丈夫だよ! ちゃんと結界を張るから!」
「そういう問題じゃないのよ!」
茜と桔梗も顔を見合わせた
「ねえ、桔梗……」
「うん、茜……」
「晴真君って、時々ものすごいこと考えるよね」
「うん……ものすごく危ないことを……」
だが――
道満だけは、妙に真剣な顔で考え込んでいた
「……待てよ」
「道満君?」
晴真が振り向く
「その考え、まったく不可能というわけでもないな」
「道満まで!?」
菜穂が叫ぶ
しかし道満は構わず続ける
「問題は、晴真と月桜の重さだ」
「うん」
「結界石だけを撃ち出すのとは、わけが違う」
道満が地面に指で線を引く
「それに、いきなり猛烈な加速を受ければ、結界で外からの衝撃を防いでも、中にいるお前たちが無事では済まない」
「そっか……」
「だから、一瞬で加速させるのではなく、ある程度の距離を使って段階的に速度を上げる必要がある」
晴真の目が輝く
「なるほど!」
「さらに、射出する方向と速度も制御しなくてはならない」
道満は晴真を見る
「飛び出した後は、どうするつもりだ?」
晴真は少し考えた
そして笑った
「それは、飛んでから考える!」
「考えてから飛べ!!」
道満と菜穂の声が重なった
「えへへ……」
晴真が頭をかく
道満はため息をついた
「まったく……お前は……」
しかし、その表情は楽しそうだった
「……ところで晴真」
「なあに?」
「お前、どうしてあの術を見ただけで、そんな発想が出てくるんだ?」
「えっ?」
「さっきの美琴の術だ。原理が分かっているのか?」
「うん! 多分、表佐倉の『レールガン』っていうものと同じだと思うんだ!」
「……レールガン?」
道満が首を傾げる
「何だ、それは?」
「えっとね……」
晴真は少し考えてから説明を始めた
「表佐倉には、電気と磁石の力を使って、ものすごい速度で物を飛ばす仕組みがあるんだって!」
「電気と磁石?」
「うん! 二本のレールの間に電気が流れる通り道を作って、そこに電気を流すんだ。そうすると、磁場との働きで物を押し出す力が生まれるんだよ!」
「ほう……」
道満が興味深そうに頷く
「それを雷の霊力と結界術で再現したのが、美琴の術というわけか」
「多分ね!」
「なるほど……!」
道満の目が輝き始めた
「結界で二本の軌道を作り、雷の霊力を流す」
「うん!」
「その間に導体となる結界を置けば、雷の霊力と磁場の作用によって、前方へ押し出す力が生じる」
「そうそう!」
「その導体結界と結界石を一体化し、さらに結界石を晴真たちの保護結界へ固定すれば……」
道満が顔を上げる
「結界石だけでなく、お前たちを包む結界そのものを動かせるわけだ!」
「そういうこと!」
晴真が嬉しそうに頷く
「面白いな……!」
道満も笑った
「しかし、お前はよくそんなものを知っていたな!」
「えへへ……」
晴真は少し照れくさそうに笑う
「父さんが、なんかそういうことばっかり教えてくれたんだよね!」
「晴臣殿が?」
「うん! 電気とか磁石とか、空気の流れとか、あとは変な機械の仕組みとか!」
「……ずいぶん変わったことを教えてくれる父上だな」
「そうなんだよね!」
晴真が笑う
「その時は、何の役に立つんだろうって思ってたけど……」
目の前の岩山を見つめる
「こういう時に役に立つんだね!」
道満は少し考え、頷いた
「……よし」
「えっ?」
「やってみるか!」
「本当!?」
晴真の顔が輝く
「ただし!」
道満が指を立てる
「普通に《雷軌砲》を真似るだけじゃ駄目だ」
「うん!」
「まず、晴真と月桜を包み込む結界を作る。その結界に結界石を組み込み、結界石を加速させる力で全体を動かす」
「うん!」
「さらに、結界の内側には加速による衝撃を和らげる術式を組み込む。外からの衝撃を防ぐだけでは足りないからな」
「なるほど!」
「そして――」
道満が月桜の鞍を見る
「《烈風鞍》も使おう」
「《烈風鞍》?」
「そうだ。後方へ烈風を噴射して推進力を補えば、雷の術だけで全重量を加速させずに済む」
晴真が目を輝かせる
「それなら、もっと遠くまで飛べるね!」
「ただし問題は……」
道満が空を見上げた
「飛び出した後、どうやって減速して着地するかだ」
「大丈夫!」
晴真は自信満々に答える
「それも考えてあるよ!」
「……本当か?」
「うん! まず、進行方向へ《霊撃砲》を撃って、その反動で速度を落とすんだ!」
「なるほど……反動を逆向きに使うのか」
「それから――」
晴真は、先ほどの白瀬の姿を思い浮かべた
背中に広がる白い霊力の翼
「白瀬ちゃんが見せてくれたでしょ!」
自分の背中を指差す
「霊力の羽!」
「……まさか」
道満の目が大きくなった
「お前、あれまで真似するつもりか!?」
「うん!」
晴真は笑顔で頷く
「本物の翼は作れなくても、風を操るための羽なら作れると思うんだ!」
「……どうやって?」
「《烈風鞍》の依代を使うの!」
晴真が鞍を指差す
「今は三本の筒を作ってるけど、霊力の形を変えれば、羽だって作れるでしょ?」
「なるほど……」
「羽に《烈風の術》を組み込めば、風で身体を支えたり、逆向きに風を噴射して着地する時の速度を落とせると思うんだ!」
道満は少しの間、晴真を見つめていた
そして――
「……ははっ!」
突然、笑い始めた
「本当に、お前といると退屈しないな!」
「えへへ!」
「よし! だったら徹底的にやってみよう!」
「うん!」
二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った
その様子を見ていた菜穂は、大きなため息をついた
「……もう、好きにして」
「菜穂ちゃんも手伝ってくれる?」
晴真が尋ねる
「もちろんよ!」
菜穂は即答
「あなたたちだけに任せていたら、何をしでかすか分からないもの!」
「ありがとう!」
「褒めてないわよ!」
茜と桔梗も笑った
「じゃあ、私たちも手伝う!」
「必要な術なら任せて!」
「助かる!」
道満が頷く
「まずは俺たちの霊力を使って、射出用の軌道を形成する」
そして菜穂を見る
「菜穂は晴真たちを保護する結界の補強を頼む」
「分かった!」
「茜と桔梗は、土遁で術式の基部を固定してくれ。発射の反動で崩れないようにな」
「了解!」
「任せて!」
四人が一斉に動き始めた
◇
「……何してるんだ、あいつら?」
少し離れた場所で、奉先が首を傾げた
目の前では、晴真と道満が何枚もの札を地面へ並べている
茜と桔梗は土遁によって地面を固め、菜穂は晴真と月桜の周囲に結界を形成していた
「何か大掛かりな術を使うつもりみたいだね」
愛理が答える
「いや、それは分かるけどよ……」
奉先が眉をひそめた
「何で霊馬ごと結界に包まれてるんだ?」
「……さあ?」
愛理も不思議そうに首を傾げる
その時――
「……えっ?」
後方から追いついてきた美琴が、晴真たちの様子を見て足を止めた
「何、あれ……?」
地面から斜め上空へ向かって、二本の結界の軌道が伸び始めていた
それは、つい先ほど美琴自身が使った術と、よく似た構造だった
「……ちょっと待って」
美琴は目を凝らす
二本の軌道
雷の札
そして結界石
「嘘でしょ……?」
美琴が思わず声を上げた
「まさか……私の《雷軌砲》を……」
「真似してるの!?」
「……えっ?」
湊が振り向く
「お前の術を?」
「うん! でも……」
美琴は晴真の姿を見つめた
結界石は、晴真が握っていた
しかも、その石は晴真と月桜を包む結界の中心となるように組み込まれている
そして、二本の軌道は――
空へ向かって伸びていた
「……まさか」
美琴の顔が引きつる
「自分を撃ち出すつもり!?」
「……はあ!?」
重成が叫んだ
「何を考えてるんだ、あいつら!?」
「しかも霊馬ごと!?」
湊まで声を裏返す
しかし――
美琴の表情は、次第に驚きから興奮へと変わっていった
「……面白い!」
その目が、きらきらと輝く
「そんな使い方、考えたこともなかったわ!」
重成が苦笑する
「……お前ら、やっぱり似た者同士だな」
「えっ?」
「いや、何でもない」
美琴はそんな重成の言葉など気にも留めず、晴真たちの術式を食い入るように見つめていた
◇
「よし! 軌道は完成したぞ!」
道満が声を上げた
晴真たちの前方には、二本の青白い軌道が形成されていた
地面から緩やかに上昇し、崩れた山道の上空へ向かって伸びている
「道満君!」
晴真が首を傾げる
「普通の《雷軌砲》より、ずいぶん長いね!」
「当然だ」
道満は上空を指差した
「美琴の《雷軌砲》は、短い距離で結界石を一気に加速させる術だった」
「うん!」
「しかし今回は、晴真と月桜を乗せている」
道満が軌道を指差す
「一度に猛烈な力を加えれば危険だ。だから、雷の霊力を段階的に流し、軌道を進む間に少しずつ速度を上げる」
「なるほど!」
「さらに、結界の内部では衝撃緩和の術式を働かせる。そして最後に《烈風鞍》で推進力を補う」
「分かった!」
晴真は月桜の首を撫でた
「月桜、大丈夫?」
月桜が鼻を鳴らす
「うん! 僕も信じてるよ!」
晴真は嬉しそうに笑った
道満は結界石の周囲に、雷の霊力を伝える導体結界を形成した
さらに、石と晴真たちを包む結界が一体となって動くよう、術式をつなぎ合わせる
「これで結界石が加速すれば、結界ごと晴真たちを引っ張る形になる」
「すごい!」
「ただし、結界の内側の衝撃を抑える術式には、かなり霊力を使うぞ」
「大丈夫!」
晴真は胸を張った
「霊力なら、いっぱいあるから!」
「……そうだったな」
道満は苦笑する
「お前に霊力の心配をするだけ無駄か」
菜穂も結界の補強を終えた
「こっちも準備できたわ!」
「ありがとう!」
茜と桔梗が地面へ手をつく
「《土遁――地盤固定》!」
ゴゴゴゴッ!!
二人の術によって、射出軌道を支える地面が硬く締め固められた
「術式基部、固定完了!」
「こっちも!」
道満は最後に、晴真へ確認する
「準備はいいか?」
「うん!」
「飛び出したら、すぐに《烈風鞍》の術式を切り替えろ」
「分かってる!」
「空中では《霊撃砲》で減速する。だが、進行方向に他の選手がいないことを確かめてからだぞ!」
「うん!」
「それから霊力の翼だ。上手くいかなければ、無理に飛び続けようとするな!」
「分かったってば!」
晴真が笑う
道満はため息をついた
「……本当に分かってるんだろうな」
「大丈夫だよ!」
晴真は月桜の手綱を握った
「僕と月桜なら、きっとできる!」
その言葉を聞いて、道満は笑った
「……そうだな」
そして――
札を構える
「よし! 始めるぞ!」
◇
道満が両手を広げた
「第一術式――《双軌形成》!」
二本の軌道が、青白く輝く
「第二術式――《結界石装填》!」
晴真が握っている結界石から光が広がった
石を中心に、晴真と月桜を包む球状の結界が形成される
その外側には、二本の軌道と接する導体結界
さらに内側には――
衝撃を和らげるための保護結界
幾重にも重なった結界が、晴真と月桜を包み込んでいく
「すごい……!」
茜が声を漏らした
「本当に晴真君と月桜が、弾丸になっちゃった……」
「でも、大丈夫かな……」
桔梗が心配そうに見つめる
菜穂も結界を維持しながら、晴真へ声をかけた
「晴真! 本当に気をつけてよ!」
「うん!」
晴真が笑顔で手を振る
「ありがとう、菜穂ちゃん!」
道満が雷札を構えた
「第三術式――《雷磁励起》!」
バチバチバチッ!!
二本の軌道に雷光が走った
青白い光が、晴真たちを包む結界の左右を駆け抜ける
結界石を取り巻く導体結界に雷の霊力が流れ込み、強力な磁場が形成されていく
「くっ……!」
道満が顔をしかめた
「やはり、かなりの霊力が必要だな……!」
「道満君!」
「分かってる!」
道満は歯を食いしばる
「晴真! お前も霊力を流し込め!」
「うん!」
晴真は結界石を握りしめた
丹田から霊力を引き出す
その膨大な霊力が、結界石を通じて術式へ流れ込んでいく
バヂバヂバヂッ!!
雷光が一気に強まった
「うわっ!?」
茜が驚く
「すごい霊力!」
「これ、どうなっちゃうの!?」
桔梗も目を丸くする
道満は笑った
「ははっ! これだけあれば十分だ!」
そして晴真へ叫ぶ
「晴真! 《烈風鞍》だ!」
「うん!」
晴真が霊力を巡らせる
月桜の鞍の後部が輝いた
三本の噴射筒が、霊力によって形成される
「霊装馬具――《烈風鞍》!」
ゴオオッ!
三本の筒の内部に、猛烈な風が渦巻き始めた
「術式解放――《烈風噴射》!」
ゴオオオオッ!!
後方へ向かって強烈な烈風が噴き出した
しかし、まだ最大出力ではない
道満の合図に合わせて、雷の加速と烈風の噴射を重ねるためだ
「よし……!」
道満は上空へ伸びる二本の軌道を見上げた
結界の進む先には、崩れた山道の向こう側が見えている
「晴真! 発射するぞ!」
「うん!」
晴真は月桜の首を撫でた
「月桜!」
「ちょっと空を飛んでみようか!」
月桜が力強く嘶いた
「よーし!」
晴真は笑顔で前を見据えた
「行くよ!」
道満が両手を突き出す
「複合札術――」
「《雷軌飛翔》!!」
バヂィィィィンッ!!
青白い雷光が炸裂した
二本の軌道の間で、結界石が加速を始める
晴真と月桜を包む結界が、ゆっくりと前方へ動き出した
そして――
ゴオオオオッ!!
《烈風鞍》の噴射が強まる
結界の移動速度が、一気に上がった
「うわああっ!」
晴真が声を上げる
「速い! 速いよ、道満君!」
「まだまだだ!」
道満が叫ぶ
雷の霊力が、次々に送り込まれる
結界石は軌道を進むにつれて、さらに加速していく
「うおおおおっ!」
晴真は必死に月桜の手綱を握った
球状の結界の内側では、菜穂が補強した衝撃緩和の術式が働いている
それでも、前方へ引っ張られる感覚は凄まじかった
地面が、あっという間に遠ざかっていく
「晴真!」
道満の声が響いた
「もうすぐ軌道の終点だ!」
「うん!」
「ここから先は、お前次第だぞ!」
「分かってる!」
そして――
「第四術式――」
道満が最後の霊力を解放する
「《雷軌射出》!!」
バヂィィィィィンッ!!
猛烈な雷光とともに、晴真と月桜を包む結界が軌道の先端から飛び出した
「うわあああああっ!!」
晴真の叫び声が、空に響き渡る
月桜とともに――
青空へ向かって飛び出していく
眼下には、崩れた山道
その向こうには、守人と白瀬の小さな姿が見えた
「……飛んだ!」
茜が口を開けたまま呟いた
「本当に飛んじゃった……」
桔梗も呆然としている
菜穂は額に手を当てた
「……もう、信じられない」
◇
少し離れた場所で、一部始終を見ていた美琴は――
「すごい! すごいわ!」
興奮した様子で叫んだ
「……何がだよ」
湊が呆れたように尋ねる
「あれって、お前の術なんだろ?」
「そうよ!」
美琴は嬉しそうに頷いた
「でも、私の《雷軌砲》とは全然違うわ!」
「どういうことだ?」
「私のは結界石を高速で撃ち出す術。でも、あの二人は結界石を推進装置の一部にして、人と霊馬を丸ごと飛ばしちゃったのよ!」
美琴は空を見上げる
「しかも、軌道を長くして加速を段階的に行ってる!」
「衝撃緩和の結界と風の術まで組み合わせて……!」
その顔には、悔しさよりも純粋な驚きと喜びが浮かんでいた
「面白い……!」
「そんな使い方があったなんて!」
重成が苦笑する
「……お前ら、やっぱり似た者同士だな」
「えっ?」
「いや、何でもない」
美琴は空を飛ぶ晴真を見つめ続けていた
その隣で、白瀬の仲間たちも驚いていた
「なあ、あれ……」
湊が空を指差す
「晴真、飛んでないか?」
「飛んでるな……」
重成が答える
「しかも霊馬ごと」
「白瀬と違って、あいつ羽鳥家じゃないよな?」
「当たり前だろ」
「じゃあ何で飛べるんだよ!?」
美琴が、にっこりと笑った
「術を作ったからでしょ!」
「簡単に言うな!!」
◇
「うわああああっ!」
晴真は月桜の背中にしがみついていた
地上が、ものすごい速度で後ろへ流れていく
「すごい!」
「本当に飛んでる!」
青空
眼下には、木々に覆われた山々
そして遠くまで伸びる、桜駆けの競技路
こんな景色を見るのは、初めてだった
「うわあ……!」
思わず見とれてしまう
しかし――
「……あっ!」
晴真は、あることに気づいた
「そうだった!」
「このままだと落ちちゃう!」
《雷軌飛翔》による加速は、すでに終わっている
今は、その勢いだけで空中を進んでいる状態
このままでは、やがて速度を失い、落下してしまう
「よし……!」
晴真は月桜の手綱を握り直した
「ここからが本番だね!」
まずは姿勢を安定させる必要がある
そして、速度を落とし
安全に着地しなければならない
晴真は、先ほどの白瀬の姿を思い浮かべた
背中に広がった、白く輝く霊力の翼
大きく羽ばたくたびに、周囲へ強烈な風を巻き起こしていた
晴真の金桜眼には、あの時、白瀬の背後に巨大な白い水鳥の姿が見えていた
その翼の動き
霊力の流れ
そして、羽ばたく瞬間に風が生まれる仕組み
晴真は、それを覚えていた
(白瀬ちゃんの羽は……)
(背中の霊力の翼で風を動かしていた)
(でも、僕にはあんな羽はない)
晴真は月桜の鞍へ視線を落とした
そこには、先ほどまで烈風を噴射していた《烈風鞍》がある
(だったら……)
晴真は、にっこりと笑った
(羽を作ればいいんだ!)
もちろん、白瀬のように神の眷属の血を引いているわけではない
本物の翼が生えてくるはずもない
しかし――
霊装馬具なら、話は別だった
霊装馬具は、依代を介して霊力を形にすることができる
《烈風鞍》の三本の噴射筒も、もともとはその仕組みを利用したものだった
(じゃあ、同じように……)
晴真は霊力を鞍へ流し込んだ
「霊装馬具――《術式再構築》!」
鞍に組み込まれた依代が、淡く輝き始める
後方へ伸びていた三本の噴射筒が、ゆっくりと形を変えていく
中央の一本は、そのまま残る
左右の二本は分解され、無数の細い霊力の流れへと変わった
その流れが、鞍の左右へ広がっていく
まるで枝分かれする木のように――
さらに、その枝から細かな霊力の羽が形成され始めた
「よし……!」
晴真が嬉しそうに声を上げる
「できてきた!」
しかし、ただ羽の形を作っただけでは意味がない
白瀬の翼が風を生み出していたように、晴真も羽の一枚一枚へ術式を組み込まなくてはならない
(白瀬ちゃんの羽は……)
晴真は、金桜眼に映った霊力の流れを思い出す
羽の根元から先端へ向かって流れる霊力
翼の周囲に作られる風の流れ
そして、羽ばたく瞬間に発生する突風
(あの動きを、風の術で再現すれば……!)
晴真は霊力を集中させた
「風気――循環!」
霊力の羽に、風が流れ始める
薄く透き通っていた羽が、次第にはっきりとした形を取っていく
一枚
また一枚
無数の羽が重なり、鞍の左右に大きな翼が作られていった
「……わあ!」
晴真が目を輝かせる
「すごい! 本当に羽になった!」
月桜の身体の左右に、淡い金色の霊力の翼が広がっていた
それは白瀬のような、生まれながらの力ではない
霊装馬具の依代を利用し、風の術式によって作り上げた――
人工の霊力翼
しかし、その姿は驚くほど美しかった
金色の羽が陽光を受けて輝き、周囲には細かな霊力の粒子が舞っている
「月桜! どうかな!?」
晴真が声をかける
月桜が嬉しそうに嘶いた
「えへへ!」
晴真は笑った
「じゃあ、試してみようか!」
晴真は両手で手綱を握り直し、鞍へ霊力を送り込んだ
「術式解放――《烈風の術》!」
バサッ!!
左右の霊力翼が、大きく動いた
ゴオオオッ!!
無数の霊力の羽から風が噴き出し、翼の周囲へ流れ始める
その風が、晴真と月桜の身体を包み込んだ
「うわっ!」
晴真の身体が、一瞬ふわりと浮き上がるように感じられた
落下し始めていた月桜の身体が、再び安定する
「……できた!」
晴真が歓声を上げる
「やったよ、月桜!」
月桜も力強く嘶く
晴真は背後を振り向いた
金色に輝く大きな翼が、左右に広がっている
「すごい……!」
思わず笑みがこぼれた
「白瀬ちゃんの真似、できちゃった!」
ただし――
白瀬のように、自在に飛べるわけではない
翼が生み出す風で、落下速度を抑え、姿勢を保っているにすぎなかった
しかも、《烈風鞍》は本来、後方へ風を噴射して加速するために組まれた術式
それを急遽、空中で姿勢を制御するための翼へ作り替えているのだ
風の向き
出力
そして霊力の流れ
その全てを、晴真自身が調節しなければならない
「よーし!」
晴真は前方を見据えた
眼下には、必死に霊馬を走らせる守人と白瀬の姿
まだ距離はある
しかし――
空を進む晴真の方が、地上の曲がりくねった道を通る必要がない
「待っててね、守人君!」
晴真は笑った
「僕も負けないから!」
そして、月桜の首を撫でる
「月桜! 行こう!」
月桜が高らかに嘶いた
金色の霊力翼が、大きく広がる
晴真はさらに霊力を流し込んだ
「もう一度――《烈風の術》!」
バサァッ!!
翼が動き、強烈な風が後方へ吹き抜ける
晴真と月桜は空中で姿勢を保ちながら、さらに前方へ進み始めた
眼下を駆ける二頭の霊馬
そして――
その上空を進む、金色の翼を持った一頭の霊馬
桜駆け第四走
誰もが予想していなかった、新たな追走劇が始まろうとしていた
だが――
晴真は、まだ気づいていなかった
空を飛ぶことと
安全に着地することは――
まったく別の問題だということに
そして、今の速度のまま地上へ戻るには
まだ一つ
大きな問題が残されていた
――どうやって、止まるのか




