第百話 羽鳥の怪鳥と天より落ちる風
第四走――。
一年一組の五人は、崩れた土壁を抜け、再び全速力で霊馬を走らせていた。
先頭には、襷を掛けた桜晴真。
その隣には麻賀多道満。
さらに七曲茜、七曲桔梗、小竹菜穂が続いている。
「ねえ、道満君!」
晴真が、愛馬《月桜》の手綱を握りながら声をかけた。
「二組の襷持ちの女の子、いったいどこまで飛んでいったのかな?」
先ほど、羽鳥白瀬は霊馬ごとふわりと宙に浮き、そのまま木々の向こうへ飛び去ってしまった。
空を飛ぶ相手など、これまでの桜駆けでは考えもしなかった。
あんな芸当を見せられては、追いつけるのかどうかも分からない。
しかし――
道満は、それほど心配していない様子だった。
「そんなに遠くまでは行っていないと思うぞ」
「えっ、なんで?」
今度は菜穂が不思議そうに尋ねる。
「考えてもみろ。あの飛翔能力を長時間使えるのなら、最初から空を飛んで俺たちを抜き去ればよかったはずだ」
「確かに……」
菜穂が頷く。
「それなのに、わざわざ巨大な土壁を作って俺たちの進路を塞いだ。残りの四人も、俺たちを倒すというより時間を稼ぐような攻撃が多かっただろう?」
道満は前方の空を見上げた。
「つまり、飛んでいられる時間に制限があるんじゃないかと思ったんだ」
「そうか!」
「さすがだねー! 道満君!」
茜と桔梗が口を揃える。
「いや、あくまでも仮定の話だけどな」
道満は少し照れくさそうに答えた。
すると、前方を注意深く見ていた菜穂が声を上げる。
「でも、どうやら正解みたいよ!」
「ああ。そうみたいだな」
道満の視線の先。
木々の上に広がる青空に、小さな影が浮かんでいた。
白瀬だった。
霊馬に跨ったまま、ゆっくりと高度を下げている。
まるで見えない階段を降りるかのように、その姿は少しずつ地上へと近づいていた。
「いた!」
晴真が嬉しそうに声を上げる。
「よかった! 追いつけそうだね!」
「だが、あのまま行かせるわけにはいかない」
道満は白瀬との距離を測った。
「ここで差を縮めないと、また空へ逃げられる」
「どうする?」
「まずは、地上に降りてもらおうか!」
そう言って道満は、丹田から霊力を引き出した。
立身流の《巡らせ》によって、霊力が身体の隅々まで行き渡る。
さらに、その霊力を右腕へ集中させる。
右手の周囲に霊力が集まり、弓のような形を描いた。
そこへ一本の巨大な矢が形成される。
「――《霊撃箭》!」
ドォンッ!!
道満の手から放たれた霊力の矢が、白瀬めがけて一直線に飛んだ。
◇
「……っ!」
空中の白瀬が、迫り来る霊撃箭に気づいた。
「結界!」
ブゥン!!
咄嗟に前方へ結界を張る。
ガァンッ!!
霊撃箭が結界へ激突し、白い光が弾けた。
「くっ……!」
衝撃に押され、白瀬の霊馬が僅かに高度を落とす。
何とか防いだものの、白瀬の表情は険しかった。
「結界で防げるけど……これじゃ格好の的ね!」
空には身を隠す場所がない。
地上から次々に攻撃されれば、そのたびに結界を張らなければならない。
ただでさえ飛翔には大きな霊力を消費する。
このまま空中に留まるのは得策ではなかった。
「仕方ないわね!」
白瀬は霊馬を操り、一気に高度を下げた。
ドドッ!!
四つの蹄が地面を捉える。
着地と同時に、白瀬は霊馬を加速させた。
しかし――
「今だよ、桔梗!」
「うん、茜!」
左右の木々から二つの声が響く。
「……えっ!?」
白瀬が顔を上げる。
枝の上に、二人の少女が立っていた。
七曲茜。
七曲桔梗。
道満が霊撃箭を放つ少し前、二人はすでに霊馬から飛び降りていた。
木々の幹を蹴り、枝から枝へと移動しながら、白瀬の着地点へ先回りしていたのだ。
七曲家の忍びにとって、木々の間を移動することなど難しくはない。
二人は顔を見合わせ、同時に印を結んだ。
「「忍法――《蔦絡み》!」」
シュルシュルシュルッ!!
地面に潜ませていた蔦が、一斉に跳ね上がった。
「なっ!?」
白瀬の霊馬の脚へ、何本もの蔦が絡みつく。
霊馬は驚いて足を止めた。
白瀬が慌てて手綱を引く。
「……罠!?」
木の上で茜が笑った。
「大当たり!」
桔梗も得意そうに頷く。
「空を飛べても、地面に降りたら罠にかかるでしょ!」
「よし! 晴真、今だ!」
道満が叫ぶ。
「うん!」
晴真と道満は左右に分かれ、白瀬を抜き去ろうとした。
だが――
「そう簡単には通しません!」
白瀬は素早く鞍から飛び降りた。
そして、二人の前へ立ちはだかる。
「えっ、馬から降りちゃうの?」
晴真が驚く。
「襷を持っている以上、簡単に抜かれるわけにはいきませんから!」
白瀬が微笑んだ。
次の瞬間――
ふわり。
その身体が、地面から浮き上がった。
足元を白い霊力が巡り、長い黒髪がふわりと舞い上がる。
そして――
晴真の金桜眼が、淡く輝いた。
「……えっ?」
晴真の瞳には、白瀬とは別の姿が映っていた。
彼女の背後。
そこに――
巨大な白い水鳥が浮かび上がっている。
雪のように真っ白な羽毛。
長く優美な首。
大きく広がった翼は、周囲の木々を覆い隠すほどだった。
その姿は神々しく、どこか人間離れした気配をまとっている。
晴真は思わず息を呑んだ。
(これって……)
入学式の日。
学園長の御堂若陽を見た時のことが、脳裏に蘇った。
あの時も、老婆の姿をした若陽の背後に、巨大な白蛇の姿が見えた。
あれと同じだ。
「ねえ、君……」
晴真は白瀬をまじまじと見つめた。
「神の眷属なの?」
「……えっ?」
白瀬の表情が変わった。
「あなた……何が見えているの?」
「えっと……君の後ろに、ものすごく大きな白い水鳥が見えたんだ」
晴真は、両手を広げる。
「まるで君自身が、その鳥になったみたいに!」
「……!」
白瀬は目を見開いた。
しばらく晴真を見つめた後、少しだけ驚きを含んだ笑みを浮かべる。
「そうなのね……あなたにも見えるのね」
「やっぱり、そうなの?」
「ええ。きっとあなたも、何か特別なものを持っているのでしょうね」
白瀬はゆっくりと両腕を広げた。
その周囲を、白い霊力が舞い始める。
◇
「私の一族は、神の眷属の血を受け継ぐ一族なの」
「眷属の血?」
晴真が聞き返す。
「ええ。かつて羽鳥の怪鳥と呼ばれていた存在がいたの」
白瀬は、静かに空を見上げた。
「その名は――天羽鷺命」
「天羽鷺命……」
道満も興味深そうに呟く。
「天羽鷺命は、神に連なる鳥の眷属。そして、人間の女性との間に子供をもうけたと伝えられているわ」
「へぇ……!」
「その子供たちは、背中に本物の翼を持っていたの」
白瀬は、自分の背中へ視線を向けた。
「私たちは、その有翼鳥人の末裔なのよ」
「有翼鳥人……!」
晴真が目を輝かせる。
「そんな一族がいたんだ!」
「ええ。でも……」
白瀬の声が、少しだけ寂しそうになる。
「人とは異なる姿と、空を飛ぶ力を恐れられ、一族は表佐倉を追われてしまったの」
「……そんなことが」
晴真の表情が変わる。
「そして、逃げ込んだ先が、この裏佐倉だったのよ」
白瀬は静かに微笑んだ。
「長い年月の間に、人間の血が濃くなり、今では背中の翼も失われてしまったわ」
ふわり。
白瀬の身体が、さらに少し浮き上がる。
「それでも、こうして短い間なら飛ぶことができるの」
「じゃあ、さっき霊馬ごと飛んだのも……」
「ええ。風と霊力で霊馬ごと包み込んでいたのよ。もちろん、それだけ霊力も使うけれどね」
道満が頷く。
「なるほど。やはり飛翔時間には限界があるわけか」
「ふふっ。よく見ているのね」
白瀬は少し感心したように微笑んだ。
晴真は、そんな白瀬を見上げていた。
「……すごいね!」
「えっ?」
「だって、空を飛べるんだよ!」
晴真は嬉しそうに笑う。
「僕も一度、飛んでみたいなぁ!」
「…………」
白瀬が目を瞬かせる。
そして――
「ふふっ。ありがとう」
柔らかく微笑んだ。
だが、次の瞬間。
「でも……」
その表情が引き締まる。
「今は桜駆けの最中ですから!」
「そうだった!」
晴真が慌てて頷く。
「じゃあ、先に行かせてもらうね!」
「それは困ります!」
白瀬が、にっこりと笑った。
「それに――」
両手を胸の前で重ねる。
「私にできるのは、飛ぶことだけではないわ!」
◇
ゴォォォ――
「……ん?」
道満が顔を上げる。
白瀬の身体から、霊力が立ち上がっていた。
しかし、その霊力はどこか異質だった。
普通の陰陽術とは違う気配。
まるで、何か別の存在が内側から目覚めようとしているような――
その霊力が、白瀬の背中へ集まっていく。
ブゥン――
光が広がった。
そして――
二枚の翼となった。
「……うわぁ!」
晴真が目を見開く。
「羽だ!」
一枚一枚の羽が、白い霊力によって形作られている。
その翼は、晴真の金桜眼に映る巨大な水鳥の翼と重なって見えた。
「本物の翼は失われたけれど……」
白瀬が微笑む。
「こうして、霊力で形を作ることはできるの!」
翼が大きく広がった。
「これが――」
「羽鳥一族の力よ!」
バサァッ!!
白瀬が翼を羽ばたかせた。
次の瞬間――
ゴォォォォッ!!
猛烈な突風が、晴真たちへ襲いかかる。
「うわああっ!」
「晴真! 姿勢を低くしろ!」
道満が叫ぶ。
晴真の《月桜》が、四肢を踏ん張る。
道満の《白銀》も、蹄を地面に食い込ませて風に耐えた。
だが――
風は止まらない。
白瀬が再び翼を羽ばたかせる。
バサァッ!!
ゴォォォォッ!!
「くっ……!」
菜穂が二本の刀を構え、顔を庇う。
「これじゃ近づけないよ!」
木々が大きくしなり、枝葉が舞い散る。
茜と桔梗も、木の幹へ身を寄せていた。
「まさか、こんな力まで……!」
「これじゃ霊馬を走らせられないね!」
白瀬は空中に浮いたまま、さらに大きく翼を広げる。
「悪いけど――」
「ここは通さないわ!」
その間にも、後方から複数の蹄の音が近づいていた。
ドドドドドッ!!
◇
「おい! 何だ、あれは!?」
三組の襷持ち、岩富奉先が目を見開いた。
真っ赤な霊馬《紅蓮毛》を駆りながら、前方の空を見上げている。
そこには――
白く輝く翼を広げ、宙に浮かんでいる少女。
「……おい、武尊!」
「何だよ!」
「あれ、飛んでるよな!?」
「見りゃ分かるだろ!」
隣を走る将門愛理も、空を見上げた。
「……うん。飛んでるね」
「いや、飛んでるって……人がか!?」
「霊馬まで飛ばしていたみたいよ」
「何でもありだな、おい!」
奉先が豪快に笑う。
さらに、宿向直人と向口愛美も追いついてきた。
その後ろからは――
二組の飯重重成、吉見美琴、生谷茶々、染井野湊。
そして五組の上勝田伊織、下勝田奈子、和田翔太、本郷悟、天辺彩。
一組、二組、三組、五組。
四つの組が、再び同じ場所へ集まっていた。
その中心に浮かんでいるのは――
白い霊力の翼を広げた羽鳥白瀬。
「……ほう!」
奉先が目を輝かせる。
「面白い!」
そして、長槍を収めて弓を取り出した。
「まあいい!」
にやりと笑う。
「とりあえず撃ち落とすか!」
「えっ、奉先!?」
愛理が慌てる。
だが――
ギリギリギリッ!!
奉先はすでに弓を引き絞っていた。
矢には、濃密な霊力が集まっている。
「そらよ!!」
ビュンッ!!
強烈な一射。
白瀬の突風をものともせず、一直線に突き進む。
「……っ!?」
白瀬が驚いて振り向く。
しかし――
その矢が届く寸前。
ヒュンッ!!
横からもう一本の矢が飛び込んできた。
ガキィン!!
二本の矢が空中で激突する。
奉先の矢は弾かれ、回転しながら地面に突き刺さった。
「……あ?」
奉先が振り向く。
そこには――
霊装武具《端麗》を構えた染井野湊がいた。
「おいおいおい!!」
湊が怒鳴る。
「お前、ふざけんなよ!」
「……何?」
「白瀬が怪我したらどうするつもりだ!!」
「はぁ?」
奉先が首を傾げる。
「競技中だろうが!」
「だからって、あんな強い矢を直接撃ち込むなよ!」
「いや……」
横から武尊が口を挟んだ。
「あんなところに浮いてる方が悪くねぇか?」
「お前は黙ってろ!」
「何で俺まで怒られんだよ!!」
武尊が思わず叫ぶ。
奉先は、湊を見て豪快に笑った。
「はははは!」
「なかなかの弓だな!」
「だったら次は、お前と勝負するのも――」
「勝負を増やすな!!」
武尊と愛理の声が揃った。
「……まったく」
美琴が呆れたようにため息をつく。
「みんな少しは競争に集中してよ……」
だが――
騒ぎはそれだけでは終わらなかった。
◇
「道満!」
湊が叫ぶ。
「お前もだ!」
「……何だ?」
道満は、白瀬を見上げていた。
「さっきから白瀬を狙っていただろ!」
「そりゃあ、空から攻撃されたら狙うだろう」
道満は当然のように答える。
そして、再び右手へ霊力を集め始めた。
「今も狙っているしな」
「おい!!」
湊が叫んだ、その時――
「道満! 相手は俺だ!」
二組の飯重重成が、霊馬を駆って突っ込んできた。
その手には木刀。
立身流で鍛えられた鋭い踏み込みから、道満へ斬りかかる。
「っ!」
道満は素早く薙刀を構えた。
ガキィン!!
木刀と薙刀が激突する。
「なかなかやるな、道満!」
「いきなり斬りかかってくるなよ!」
「お前たちを行かせるわけにはいかないからな!」
重成は木刀を返し、続けざまに斬りつける。
キンッ!
ガンッ!!
道満は薙刀の柄で受け流し、間合いを外した。
「だったら、こっちも遠慮はしないぞ!」
左手で札を一枚抜く。
「――《雷撃の矢》!」
バチバチバチッ!!
青白い雷をまとった矢が、重成へ飛んだ。
「うおっ!?」
重成が咄嗟に霊馬を横へ跳ばす。
雷撃の矢はその脇を抜け、地面で弾けた。
バァン!!
「危ねぇ!」
「避けたか!」
道満は薙刀を構え直す。
重成も木刀を握り直し、にやりと笑った。
「そう簡単には当たらねぇよ!」
◇
その周囲でも、小競り合いが次々に始まっていた。
三組の宿向直人が、札を放つ。
「《火球の術》!」
ボボッ!!
五組の本郷悟が、同じく札を放って迎え撃つ。
ドドンッ!!
「またお前か!」
「そっちこそ!」
直人と悟が叫び合う。
向口愛美と天辺彩も、互いに結界を展開して進路を奪い合っていた。
「あなたの結界、なかなか崩せませんね!」
「そっちこそ!」
その横では――
「伊織! こっちは任せて!」
下勝田奈子が結界を張る。
将門愛理は掌を構えた。
「悪いけど、まだ通してもらうわよ!」
「将門流――《霊撃弾》!」
ドンッ!!
結界が激しく揺れる。
「くっ!」
奈子が歯を食いしばった。
さらに別の場所では、菜穂が二本の霊木刀を振るい、近づいてくる選手たちを牽制していた。
「もー!」
菜穂が叫ぶ。
「みんな、私たちを先に行かせてよ!」
「それはこっちの台詞だ!」
翔太が思わず言い返した。
一方――
二組の美琴は、火と水の札を構えている。
「よーし! 今度は蒸気で――」
「美琴!」
茶々が慌てて止めた。
「今それをやったら、白瀬の風で全部こっちへ飛んでくるわよ!」
「……あっ」
美琴が空を見る。
白瀬の翼から吹き荒れる突風。
「……確かに!」
「危ない危ない!」
「自分の術で味方を蒸し焼きにしないでよ!」
「しないってば!」
もはや――
完全な乱戦だった。
一組も二組も三組も五組も、目の前の相手に意識を向けている。
しかし――
その騒ぎの中で、二人だけは違うことを考えていた。
◇
「桔梗、右側お願い!」
「分かった! 茜は左側ね!」
七曲茜。
七曲桔梗。
双子の姉妹くノ一。
二人は、誰とも正面から戦おうとはしなかった。
むしろ――
乱戦そのものを利用していた。
誰もが目の前の相手に集中している間に、二人は霊馬から飛び降り、木々の間へ姿を消していたのだ。
シュッ!!
シュシュッ!!
枝から枝へ。
幹から幹へ。
時折地面へ降り立っては、素早く苦無を打ち込み、札を仕込む。
一人は右。
一人は左。
そして――
互いの位置を入れ替えながら、さらに広い範囲へ罠を仕掛けていく。
「こっちは準備できたよ!」
「私も!」
二人は木の上で顔を見合わせた。
にやり。
「じゃあ――」
「いくよ!」
同時に印を結ぶ。
「「忍法――《蔦絡み・大捕縛陣》!!」」
シュルシュルシュルシュルッ!!
「……何!?」
あちこちから声が上がった。
地面。
木の根元。
岩の隙間。
そこから――
大量の蔦が一斉に飛び出した。
「うおっ!?」
「何だ、これ!?」
「霊馬の脚が!」
先ほど白瀬を捕らえた《蔦絡み》。
それを、今度は広範囲に展開したものだった。
蔦が次々と霊馬の脚や進路に絡みつく。
さらに、地面の上に張り巡らされた蔦が、選手たちの進路を塞いだ。
「なっ!?」
奉先が驚いて紅蓮毛の手綱を操る。
「誰の術だ!」
「茜ちゃんと桔梗ちゃんだよ!」
晴真が嬉しそうに答える。
その瞬間――
「晴真君! 道満君!」
双子の声が響いた。
「今だよ!」
「こっち!」
蔦の間に、一組の霊馬だけが通り抜けられる細い道が作られていた。
道満の目が輝く。
「なるほど!」
「最初からこれを狙っていたのか!」
「そういうこと!」
茜が笑う。
「みんなが戦っている間に!」
桔梗も続けた。
「私たちは、逃げ道を作っておいたの!」
道満がにやりと笑う。
「見事だ!」
そして――
「晴真! 菜穂!」
「今だ! 行くぞ!」
「うん!」
「了解!」
菜穂は迫ってきた攻撃を二刀で受け流し、そのまま霊馬を反転させた。
晴真と道満も、素早く霊馬を加速。
茜と桔梗は木から飛び降り、待機させていた霊馬へ飛び乗る。
五人が一気に乱戦から抜け出した。
「やった!」
晴真が声を上げる。
「抜けたよ!」
「二人とも、よくやった!」
道満も嬉しそうに言った。
「えへへ!」
「まだまだこれからだよ!」
茜と桔梗が笑い合う。
しかし――
「……まずいな」
道満が呟いた。
「えっ?」
晴真が顔を向ける。
「どうしたの?」
「あれを見ろ!」
その視線の先。
乱戦から少し離れた場所で、白瀬が再び霊馬に跨っていた。
背中には、白く輝く霊力の翼。
「……あっ!」
晴真が目を見開く。
「また飛ぶつもりだ!」
バサァッ!!
大きく翼が羽ばたいた。
霊馬の蹄が地面から離れる。
白瀬は、再び霊馬ごと空へ駆け上がっていった。
「まずいぞ、晴真!」
道満が叫ぶ。
「また空に逃げられたら、追いつけなくなる!」
「うん!」
晴真は空を見上げた。
白瀬は高度を上げながら、こちらへ突風を放ち続けている。
ゴォォォッ!!
「くっ……!」
晴真が顔を腕で庇う。
「あの風、邪魔だなぁ!」
下から近づこうとしても、突風に押し返される。
霊撃箭で狙おうとしても、そのたびに結界を張られる。
「下からじゃ近づけないし……」
晴真が考え込む。
そして――
「……上から」
ぽつりと呟いた。
「ん?」
道満が顔を向ける。
「何だ?」
「ねえ、道満君!」
晴真が空を指差した。
「上から突風を吹かせたら、どうなるかな?」
「……上から?」
「うん!」
晴真が頷く。
「あの子は風で自分と霊馬を持ち上げているんだよね?」
「そうだな」
「だったら、その風より強い風を上から吹かせたら、飛んでいられなくなるんじゃないかな?」
「…………」
道満は一瞬、黙り込んだ。
そして――
「……なるほど」
目を細める。
「できないかな?」
晴真が尋ねる。
「ただ上から風を吹かせるだけじゃ、白瀬の風に押し返される可能性があるな」
「うーん……」
晴真は再び考え込んだ。
その時――
先ほどの美琴の札術が頭をよぎった。
火と水。
五行では相反する二つの術。
それを組み合わせ、水を沸騰させて蒸気を生み出していた。
異なる術を組み合わせ、自然の現象を利用する。
(そうだ……!)
「道満君!」
「何だ?」
「さっきの吉見美琴ちゃんの術、覚えているよね!」
「ああ。火と水を組み合わせた、あの独特な札術だろう?」
「うん!」
晴真が嬉しそうに頷く。
「あれみたいに、違う術を組み合わせて自然の現象を作れないかな!」
「……自然現象?」
道満の瞳が鋭くなる。
「ほら!」
晴真が空を指差す。
「雨雲から、ものすごい風が地面に吹き下ろすことがあるでしょう?」
「……!」
道満が目を見開いた。
「下降爆風か!」
「そう! それ!」
晴真が笑う。
下降爆風、表の世界ではダウンバースト。
積乱雲などから冷たい空気が急激に下降し、地面に衝突して四方へ猛烈な風を広げる現象。
「つまり……」
道満が空を見上げる。
「上空に強烈な下降気流を作り出すわけか」
「うん!」
「水の札で上空に細かな水滴を広げ、それを蒸発させて周囲の熱を奪う」
道満が考えを整理する。
「冷えて重くなった空気を、風の札で一か所へ集める」
「そして!」
晴真が続ける。
「上から一気に叩き落とす!」
「……面白い!」
道満がにやりと笑った。
「俺が水の術を制御する!」
「晴真は風の術を圧縮し、下降する流れを作れ!」
「分かった!」
二人が顔を見合わせた。
だが――
道満はすぐに表情を引き締める。
「ただし……」
「うん?」
「下降した風は地面にぶつかれば四方へ広がる」
周囲を見渡す。
「俺たちまで吹き飛ばされるぞ」
「……あっ!」
晴真が目を丸くする。
「そっか!」
「それどころか、他の選手たちにも影響が出る」
「じゃあ――」
晴真が振り返る。
「みんなに守ってもらおう!」
◇
「茜ちゃん! 桔梗ちゃん!」
「なあに?」
「どうしたの?」
「ちょっとすごい風を起こすから、防壁を作ってほしいんだ!」
「……すごい風?」
茜が首を傾げる。
「どれくらい?」
「えっと……」
晴真が少し考える。
「ものすごく!」
「全然分かんないよ!!」
菜穂が思わず突っ込んだ。
道満が苦笑する。
「要するに、俺たちが起こす強風で吹き飛ばされないよう、土遁で防御してほしいんだ」
「ああ、そういうことね!」
「それなら任せて!」
茜と桔梗が頷く。
「じゃあ!」
晴真はさらに後方へ向かって声を張り上げた。
「みんなー!!」
乱戦中の各組が、思わず振り返る。
「今からすごい風が来るよー!」
「結界とかで身を守ってねー!!」
「……はぁ!?」
奉先が目を見開く。
「お前、何するつもりだ!?」
「ちょっと実験!」
晴真が笑う。
「こんな時に実験すんな!!」
武尊が怒鳴った。
「しかも!」
愛理が叫ぶ。
「先に内容を説明しなさいよ!」
だが――
道満はすでに札を取り出していた。
「晴真!」
「うん!」
「やるぞ!」
「了解!」
「おい!」
直人が叫ぶ。
「本当にやる気かよ!」
「だから防御してくれって言っただろ!」
道満が答えた。
「説明になってねぇよ!!」
そんな声を背に――
晴真と道満は、同時に札を構えた。
◇
道満は水の札を複数枚。
晴真は風の札を複数枚。
二人は互いの霊力の流れを確かめながら、術式を組み上げていく。
「晴真!」
「うん!」
「まずは上空に水気を集める!」
道満が札を放った。
ヒュヒュヒュンッ!!
複数の札が白瀬のさらに上空へ舞い上がる。
「――水気、集え!」
ブゥン!!
空中に細かな水滴が生まれ始めた。
それは霧のように広がり、薄い雲となっていく。
「……何?」
白瀬が頭上を見上げる。
晴天の空。
そこに突然現れた、薄い雲。
「こんな術、見たことないわ……」
道満は水の術式を調整し、水滴を細かく分散させていく。
そして――
「晴真!」
「今だ!」
「うん!」
晴真は丹田から霊力を引き出した。
全身の霊脈を巡らせ、複数の札へ分配する。
さらに――
その霊力を圧縮する。
普段なら周囲へ広げる風。
しかし、今回は違う。
上から下へ。
ただ一方向へ向かう流れを作る。
「道満!」
「準備できたよ!」
「よし!」
上空では、水滴の蒸発によって周囲の空気が冷やされ始めていた。
冷えて重くなった空気が、徐々に下降しようとする。
そこへ――
晴真の風術が重なる。
道満が作った冷気の塊を、晴真が風の流れによって一気に押し下げる。
二つの術式が、空中で一つになった。
「……っ!?」
白瀬の表情が変わる。
自分の翼が起こす風とは、全く違う流れ。
その気配が――
真上から迫っていた。
「これは……!」
地上では、晴真と道満が同時に手を掲げる。
「「合体複合札術――《下降爆風》!!」」
一瞬。
上空の空気が震えた。
そして――
ゴォォォォォォォッ!!
天から、猛烈な風が落ちてきた。
◇
「なっ!?」
白瀬が顔を上げる。
そこには――
凄まじい勢いで降下してくる、巨大な風の塊。
「うそっ!?」
白瀬は咄嗟に翼を広げた。
バサァッ!!
上空へ向けて突風を放つ。
だが――
押し返せない。
冷えた空気の塊が、晴真の風術に押し込まれながら降下してくる。
白瀬の霊力の翼が、激しく揺れた。
「くっ……!」
さらに羽ばたく。
しかし――
ゴォォォォッ!!
風の勢いは増すばかり。
「きゃあああっ!!」
白瀬の身体が、霊馬ごと急激に高度を下げ始めた。
「だめっ……!」
手綱を握り締める。
しかし、霊馬も下降気流に押されている。
自分と霊馬を包み込んでいた飛翔の力が、外側から押し潰されようとしていた。
「茜ちゃん!」
晴真が叫ぶ。
「桔梗ちゃん!」
「「任せて!!」」
二人は同時に地面へ手をついた。
「「土遁――《防壁陣》!!」」
ゴゴゴゴゴッ!!
晴真たち五人を囲うように、厚い土壁がせり上がった。
左右。
前方。
そして上部。
壁は内側へ張り出し、吹き下ろす風を受け流す形を作る。
「みんな!」
菜穂が霊馬を防壁の内側へ寄せながら叫ぶ。
「頭を下げて!」
晴真と道満も、すぐに姿勢を低くした。
そして――
ドォォォォォォォンッ!!
巨大な下降気流が、地面へ激突した。
その瞬間――
ゴォォォォォォッ!!
猛烈な風が四方八方へ広がった。
木々が大きく揺れ、土埃が舞い上がる。
地面を這うような強風が、周囲を一気に飲み込んだ。
「うわあああっ!!」
晴真が叫ぶ。
ドドドドドッ!!
《防壁陣》が激しく震える。
「茜!」
道満が叫ぶ。
「桔梗!」
「大丈夫!」
茜が必死に印を維持する。
「まだ耐えられる!」
「もう少し!」
桔梗も霊力を注ぎ込む。
土壁の表面が削られ、細かな土砂が舞う。
それでも――
二人は術を解かなかった。
◇
一方――
ほかの組も大混乱に陥っていた。
「うおおおっ!?」
奉先が慌てて紅蓮毛の手綱を引く。
「何だ、この風は!!」
「だから!」
武尊が叫ぶ。
「さっき晴真が警告しただろうが!」
「こんなものだとは思わんだろ!!」
「俺だって思わねぇよ!!」
愛理が咄嗟に地面へ身を伏せる。
「愛美!」
「はい!」
向口愛美が即座に結界を展開した。
ブゥン!!
「直人!」
「土壁をお願いします!」
「分かってる!」
直人が札を地面へ放つ。
ゴゴゴッ!!
結界の前に低い土壁がせり上がり、直撃する風を弱めた。
一方、五組では――
「奈子!」
伊織が叫ぶ。
「彩!」
「任せて!」
奈子と天辺彩が、結界を重ねる。
本郷悟も土の札を発動し、風上に防壁を作った。
「くっ……!」
翔太が顔をしかめる。
「おいおい……!」
「これ、本当に一年生の術かよ!?」
伊織も歯を食いしばる。
「桜晴真……!」
「麻賀多道満……!」
その名を悔しそうに呟いた。
◇
二組では――
「これって……まさか!」
吉見美琴が、上空で起きた現象に目を見開いていた。
「水と風を組み合わせて……」
「下降気流を作ったの!?」
自分が火と水を組み合わせて蒸気を生み出したように――
晴真と道満は、水と風を使って別の自然現象を再現した。
「……すごい!」
美琴が思わず呟く。
「こんな使い方が……!」
「分析している場合じゃないわよ!」
茶々が叫ぶ。
「白瀬が落ちてくる!!」
「……えっ!?」
美琴が顔を上げた。
空中――
白瀬は霊馬ごと、地面へ向かって急降下していた。
白い霊力の翼は、強烈な風に乱されている。
「白瀬ぇぇっ!!」
湊が叫んだ。
「重成!」
「こっちだ!」
「分かってる!」
二人が霊馬を走らせる。
白瀬の落下地点へ向かって――
「茶々!」
美琴が声をかける。
「もう張ってるわ!」
茶々が両手で印を結んだ。
「――《結界展開》!」
ブゥン!!
白瀬の落下地点。
そこへ、半透明の結界が広がった。
ただの硬い壁ではない。
衝撃を受け止めるため、柔軟に変形する結界。
「白瀬!」
湊が叫ぶ。
「身体を伏せろ!」
白瀬が霊馬の首へ身を寄せる。
次の瞬間――
ドンッ!!
白瀬と霊馬が結界へ落下した。
「きゃっ!」
結界が大きく沈み込む。
ミシッ!!
「くっ……!」
茶々が歯を食いしばる。
「重い……!」
だが――
結界は砕けない。
落下の勢いを和らげ、そのまま白瀬と霊馬を地面へ降ろしていく。
そこへ――
重成と湊が駆け寄った。
「白瀬!」
「手綱を!」
二人が霊馬の体勢を支える。
ドサッ!!
何とか着地。
「……っ!」
白瀬が大きく息を吐いた。
「白瀬!」
湊が慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「どこか痛くないか!?」
「え、ええ……」
白瀬が少し息を整える。
「何とか……大丈夫よ」
「……よかったぁ!」
湊が心底ほっとしたように肩を落とす。
しかし――
「感動してる場合じゃないわよ!!」
茶々が怒鳴った。
「えっ!?」
「まだ風が止んでないの!!」
「……あっ!」
湊が慌てて振り返る。
猛烈な風が、すぐそこまで迫っていた。
「美琴!」
「分かってる!」
美琴が土の札を放つ。
ゴゴゴッ!!
低い土壁が形成される。
さらに、茶々が結界を重ねた。
ブゥン!!
二組の五人は、白瀬と霊馬を囲むように身を寄せる。
ゴォォォォッ!!
「くっ……!」
茶々の結界が激しく揺れた。
「もう!」
茶々が顔をしかめる。
「さっきの金桜眼の子!」
「本当に何なのよ!!」
「あとで文句言えばいいだろ!」
重成が叫ぶ。
「今は耐えろ!」
「分かってるわよ!!」
結界が大きく撓む。
それでも――
何とか持ちこたえた。
◇
やがて――
ゴォォォォ……
猛烈な風が、少しずつ弱まり始めた。
上空に作られた冷気の塊が、地上へ落ちきったのだ。
舞い上がっていた土埃が、ゆっくりと収まっていく。
木々の葉が、ひらひらと舞い落ちる。
先ほどまでの轟音が嘘のように――
静かになった。
「……止まった?」
茜が顔を上げる。
「止まったみたいだね」
桔梗が、土壁の向こうを覗いた。
晴真たちを守っていた《防壁陣》には、無数のひびが入っている。
「ふう……!」
晴真が大きく息を吐く。
「すごかったぁ!」
「すごかったじゃないだろ!」
道満が思わず突っ込む。
「自分たちまで吹き飛ばされるところだったぞ!」
「でも、白瀬ちゃんは止まったよ!」
晴真が笑う。
「まあ……そうだな」
道満は空を見上げた。
そこには、もう白瀬の姿はない。
「しかし……」
少し感心したように呟く。
「美琴の札術から着想を得て、こんな自然現象を再現するとはな」
「道満が水の術を上手く調整してくれたからだよ!」
晴真が嬉しそうに答える。
「それを言うなら、お前の霊力の圧縮があったからこそだろう」
「えへへ!」
二人が笑い合う。
だが――
「二人とも!」
菜穂が叫んだ。
「喜ぶのは後!」
「……えっ?」
「ほら! みんな動き始めてる!」
その声に、晴真たちが周囲を見渡す。
二組。
三組。
五組。
強烈な下降気流を耐え抜いた選手たちが、次々に霊馬を走らせ始めていた。
「行くぞ!」
奉先が叫ぶ。
紅蓮毛が力強く地面を蹴る。
「今度こそ先頭だ!」
「だから!」
武尊が叫ぶ。
「もう余計な勝負をするなよ!」
「分かっている!」
「本当かよ!?」
一方、二組でも――
「白瀬!」
湊が声をかける。
「走れるか!?」
「ええ!」
白瀬が頷く。
「大丈夫よ!」
霊力の翼は消えている。
もはや、すぐに空を飛び直せるほどの余裕はなかった。
だが――
地上を走ることならできる。
白瀬は霊馬へ跨った。
「みんな、行くわよ!」
「了解!」
重成が頷く。
美琴も札を構え直す。
茶々は疲れたようにため息をつきながらも、霊馬を走らせ始めた。
五組も負けていない。
「伊織!」
翔太が叫ぶ。
「行くぞ!」
「分かっている!」
伊織が槍を構え直した。
「今度こそ先頭を奪う!」
そして――
一年一組。
「晴真!」
道満が叫ぶ。
「俺たちも行くぞ!」
「うん!」
晴真は《月桜》の手綱を握り直した。
茜と桔梗が防壁陣を解き、前方の道を開く。
「よーし!」
晴真が笑う。
「ここから一気に抜けるよ!」
五人が一斉に走り出そうとした――
その時だった。
◇
ドドドドドドッ!!
背後から、凄まじい蹄の音が響いた。
「……えっ?」
最初に気づいたのは菜穂だった。
「ねえ!」
「何か来るよ!」
「……ん?」
晴真が振り返る。
そこには――
五頭の霊馬。
木々の間から、猛烈な勢いで迫っていた。
「……あれは!?」
道満が目を見開く。
先頭を走る選手が、大きな声を張り上げた。
「お先に失礼しまーす!!」
「……えっ!?」
晴真が思わず声を上げる。
ドドドドドッ!!
五頭の霊馬は、まったく速度を緩めない。
そのまま――
一組の横を駆け抜けた。
「うわっ!?」
晴真が慌てて手綱を操る。
さらに――
二組。
三組。
五組。
次々と追い抜いていく。
「なっ!?」
奉先が目を見開いた。
「何だと!?」
白瀬も驚いて振り返る。
「うそっ……!?」
伊織が叫ぶ。
「何者だ!!」
だが――
その五人の姿を見て、桔梗が叫んだ。
「……まさか!」
茜も目を見開く。
「四組!?」
そう――
一年四組。
ずっと後方から追いかけてきていた、第四走班の五人だった。
◇
一組、二組、三組、五組。
四つの組が激しい乱戦を繰り広げている間も――
四組は、懸命に距離を詰め続けていた。
誰かと戦うためではない。
ただ――
襷を先へ届けるために。
その途中。
突然、前方で巨大な下降気流が発生した。
四組の五人も、慌てて木々の陰へ身を隠した。
だが――
先頭争いをしていた四つの組とは違う。
すでに戦いで速度を落としていたわけではない。
大きく霊力を消費していたわけでもない。
風が弱まり始めた瞬間――
四組は、いち早く霊馬を加速させていたのだ。
そして今。
晴真たちが防壁を解き、霊馬を走らせようとした、その瞬間。
後方から勢いをつけて駆け込んできた四組が、一気に先頭へ躍り出た。
「ちょっ! 待てぇぇっ!!」
奉先が叫ぶ。
「うわっ!」
晴真も思わず声を上げた。
「抜かれた!!」
「……何をやってるんだ、俺たちは!」
道満が頭を抱える。
「せっかく白瀬を止めたのに!」
菜穂も悔しそうに叫んだ。
その横で――
茜と桔梗が、顔を見合わせる。
「ねえ、桔梗……」
「うん、茜……」
「私たち、すごく頑張ったよね?」
「うん……頑張ったよね……」
蔦の罠を仕掛けた。
白瀬を足止めした。
乱戦から抜け出す道も作った。
そして、強烈な下降気流から仲間を守った。
なのに――
その横を、四組の最後の一頭が駆け抜けていく。
「ありがとう!」
四組の選手が笑顔で叫ぶ。
「道を開けてくれて!」
「…………」
茜と桔梗。
一瞬、固まった。
そして――
「「開けたんじゃなーい!!」」
双子の叫び声が、ぴったりと重なった。
それを聞いた晴真が、思わず吹き出す。
「あははははっ!!」
「笑ってる場合じゃないぞ、晴真!」
道満が叫ぶ。
「四組が先頭に出たんだぞ!」
「分かってるよ!」
晴真は笑いながら頷いた。
「でも、すごいね!」
「……何がだ?」
道満が尋ねる。
晴真は、前を走る四組の背中を見つめた。
「だって、僕たちはずっと戦ってたのに……」
「四組は、ちゃんと競争してたんだもん!」
「…………」
道満が一瞬黙る。
そして――
ふっと笑った。
「……確かにな」
勝田五勢。
攻め。
守り。
崩し。
誘い。
騙し。
これまで道満は、その考え方を桜駆けに応用してきた。
相手の行動を読み、その場で作戦を組み立てる。
だが――
そもそも戦う必要がないのなら、戦わずに抜き去る。
四組は、それを実行した。
「……やられたな」
道満が苦笑する。
「俺たちは、目の前の相手をどう止めるかばかり考えていた」
「うん!」
晴真が頷く。
「でも、まだ終わってないよ!」
「そうだな!」
晴真は《月桜》の首を軽く叩いた。
「月桜!」
「もうひと頑張りだよ!」
月桜が力強く嘶く。
「みんな!」
晴真が声を張り上げた。
「行こう!!」
「「「「おうっ!!」」」」
五人が一斉に霊馬を加速させた。
ドドドドドッ!!
◇
その前方。
一年四組の五人は、なおも速度を上げていた。
その後ろを――
一年一組。
一年二組。
一年三組。
一年五組。
四つの組が追いかける。
空を飛ぶ羽鳥の怪鳥。
天から吹き下ろす猛烈な下降気流。
そして――
乱戦の隙を突いた四組の大逆転。
誰もが予想していなかった展開に、桜駆け第四走はますます混戦の様相を呈していた。
晴真は、前を走る四組の背中を見つめた。
そして――
「……よーし!」
その瞳に、金色の桜が淡く輝く。
「今度こそ!」
「みんなまとめて抜いちゃおう!!」
「簡単に言うなよ!」
道満が呆れたように答える。
それでも――
その顔には笑みが浮かんでいた。
菜穂が二刀を構え直す。
「いいじゃん!」
「まだまだ走れるよ!」
茜と桔梗も笑い合った。
「私たちの罠も、まだあるからね!」
「今度こそ、一番で抜けよう!」
晴真が大きく頷く。
「うん!」
襷へ手を添える。
その先で待っているのは――
麻賀多凛。
そして、最終走の仲間たち。
「絶対に――」
晴真が、前を向いた。
「凛ちゃんに、一番で襷を届けるんだから!」
月桜が力強く地面を蹴る。
道満の白銀も、その横へ並んだ。
二人の後ろには――
桔梗。
茜。
菜穂。
一年一組第四走班。
五人は再び、先頭を目指して駆け出した。
桜駆け第四走。
先頭――一年四組。
だが、勝負はまだ終わらない。
五つの組による先頭争いは、いよいよ最後の局面へと向かっていた。




