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帰る空~桜舞う記憶~  作者: 雨宮ぐみ


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8/20

「約束の飛行機」


――あの日、私は知らない青年に「帰ってきて」と願った。

十七歳の夏。

家族旅行で訪れた鹿児島・知覧。

そこで私は、一枚の写真に出会った。

写真の中にいたのは、まだ少年の面影を残した十八歳の青年だった。

知らない人のはずなのに、なぜか懐かしい。

初めて見る写真なのに、ずっと昔から知っているような気がする。

そして、その青年が家族に残した一通の手紙を読んだとき、理由も分からないまま涙があふれた。

――帰ってきて。

心の中で、そう願っていた。

その夜、私は不思議な夢を見る。

戦争の時代。

一つの家族。

そして、幼い少女を抱きしめる青年。

少女の名前は、桜子。

青年は、誠司。

けれど私は知らなかった。

その少女が、かつての私自身だったことを。

そして――

この家族が、もう一度私を必要としていることを。

時代を越えて与えられた、小さな命。

見えるのは、人の心。

そして、まだ決まっていない未来。

けれど、未来を変えるということは、誰か一人を救えば終わることではなかった。

父の葛藤。

母の祈り。

兄の恐怖と覚悟。

そして、幼い妹の「生きてほしい」という願い。

戦争によって引き裂かれようとする家族を前に、桜子は何度も未来を見る。

何度も迷い、何度も涙を流す。

それでも――

「みんな一緒に生きてほしい」

その願いだけは、決して手放さなかった。

これは、過去に生きた一つの家族と、未来から戻ってきた一人の少女の物語。

そして、

「もし、あの時代にもう一度戻ることができたなら――」

そんな問いから始まる、家族と平和の物語です。

過去を変えることはできない。

けれど、過去から受け取った想いを、未来へつなぐことはできる。

この物語を読んでくださるあなたの心に、桜子たちの願いが届きますように。

そして、二度と同じ悲しみを繰り返さない未来を、私たち一人ひとりが願い続けられますように。

第八話 「約束の飛行機」


昭和二十年六月、梅雨明け。


久しぶりに青空が広がった。


桐生家の庭では、雨に洗われた柿の葉が陽を受けて輝いている。


桜子は縁側へ腰掛け、小さな足をぶらぶらさせていた。


(あと九日。)


秘密の日記の丸は増えた。


未来は少しずつ変わっている。


でも、まだ安心はできない。


その時。


納屋から木を削る音が聞こえた。


コリ、コリ、コリ。


誠司だった。


飛行機を作る理由


「桜子。」


「うん!」


納屋へ駆け込むと、誠司は木屑だらけになりながら笑った。


「もうすぐ出来る。」


作っていたのは、今までで一番大きな木製飛行機だった。


翼は薄く。


機首は丸く。


尾翼まで丁寧に削られている。


「すごい!」


桜子が目を輝かせる。


誠司は照れくさそうに鼻をかいた。


「これは飛ばすためじゃない。」


「え?」


「約束の飛行機。」


その言葉に桜子は息を呑む。


「帰る約束。」


「忘れないようにな。」


桜子は木の翼へそっと触れた。


温かかった。


まるで命が宿っているみたいだった。


不思議な設計図


作業台には一枚の設計図が広げられていた。


鉛筆で描かれた翼。


寸法。


角度。


その隅に、小さな印がある。


桜子の鼓動が止まった。


(これ。)


令和で見た。


知覧特攻平和会館。


展示ケースにあった飛行機の設計図。


端に刻まれていた桜の印。


まったく同じだった。


「お兄ちゃん。」


「この印。」


誠司は首を傾げた。


「変かな?」


「気づいたら描いてた。」


「なんとなく。」


桜子は震えた。


(未来から持ってきた記憶。)


(お兄ちゃんにも届いてる。)


知覧飛行場


同じ頃。


鹿児島・知覧。


整備兵・森本清志は工具箱を抱えて走っていた。


飛行場は慌ただしかった。


エンジン音。


号令。


燃料の匂い。


森本は二十歳。


飛行機を飛ばす人ではない。


飛ばすために支える人だった。


同僚が肩を叩く。


「森本。」


「配置換えだ。」


「え?」


「特別攻撃隊の整備班へ回る。」


その言葉に空気が重くなる。


誰も何も言わない。


命令だから。


森本は静かに頷いた。


「了解。」


でも胸の奥では違う声が響いていた。


(帰る操縦士。)


誠司の手紙。


あの一文。


何度も読み返した言葉。


「飛ぶなら、帰る。」


森本は胸ポケットの手紙を握った。


母の願い


桐生家では、千代美が古い布を縫っていた。


桜色の端切れ。


「何作ってるの?」


桜子が尋ねる。


「お守り。」


千代美は微笑んだ。


「誠司に。」


布の中へ、小さな桜の押し花を入れる。


「これ。」


「庭の桜?」


「そう。」


「家へ帰る目印。」


桜子はその言葉を聞き、涙をこらえた。


(帰る目印。)


前世では渡せなかった。


今度は間に合う。


教官の訪問


夕方。


あの教官がまた桐生家を訪れた。


しかし今日は様子が違った。


「実技試験についてだ。」


勝が座布団を勧める。


教官は静かに話し始めた。


「延期の間。」


「誠司君には飛行理論を学んでもらう。」


「実技は急がせない。」


勝は驚く。


「ありがとうございます。」


教官は桜子を見る。


「君のおかげで。」


「少し考え方が変わった。」


桜子は首を傾げる。


教官は続けた。


「飛行機は。」


「人を守るためにも飛べる。」


それは軍人としては珍しい言葉だった。


誠司はその言葉を静かに胸へ刻んだ。


約束の飛行機、完成


夜。


ついに木製飛行機が完成した。


家族みんなが囲炉裏を囲む。


誠司が桜子へ差し出す。


「ほら。」


「桜子の飛行機。」


両手で受け取る。


少し重い。


でも、その重さが嬉しい。


翼の裏を見る。


そこには誠司の字で刻まれていた。


桜子へ帰る空を忘れない。


桜子は泣き笑いになった。


「ありがとう。」


誠司は笑う。


「約束だから。」


飛ぶ夢


その夜。


桜子は飛行機を抱いて眠った。


夢を見る。


青空。


白い雲。


操縦席には誠司。


隣には森本。


後ろには父と母。


そして、自分。


飛行機は知覧の上空を飛ぶ。


でも、特攻機ではない。


白い旅客機だった。


窓から子どもたちが手を振っている。


「お兄ちゃん!」


夢の中で叫ぶ。


誠司が振り返る。


「見えたか?」


「うん!」


「みんな帰る。」


その瞬間。


夢が揺れた。


遠くで誰かが呼ぶ。


「森本。」


「出発準備。」


知覧の夢へ景色が切り替わる。


森本が振り向く。


胸ポケットには、誠司からの手紙。


その裏へ鉛筆で一行だけ書き足した。


約束は、帰る空で果たそう。


その文字を書いた瞬間、夜空を一筋の流れ星が横切った。


同じ時刻。


桜子の腕の中の木製飛行機が、小さく軋んだ。


まるで遠い知覧から、誰かの願いが届いたように。


第八話 終。



この物語を書き終えて、最後に残ったのは、一つの問いでした。

「命を守るとは、どういうことなのだろう。」

戦争の時代には、多くの人が自分の大切な人を残して、戦地へ向かいました。

そこには、それぞれの覚悟があり、家族への愛があり、そして言葉にできない恐怖もあったのだと思います。

私たちが今、当たり前のように過ごしている日常。

家族と食卓を囲むこと。

「いってらっしゃい」と送り出し、「おかえり」と迎えること。

好きな人と笑うこと。

明日の予定を考えること。

将来の夢を語ること。

それらは決して当たり前のものではありません。

この物語の中で、桜子は過去へ転生し、未来を変えようとします。

けれど、本当に変えたかったのは、一人の人間の運命だけではありません。

「誰かが犠牲にならなければならない」という未来そのものでした。

兄を救うために父が犠牲になる。

父を救うために兄が犠牲になる。

そんな未来ではなく、

父も、母も、兄も、妹も――

家族全員が生きて、笑って、未来を迎える。

桜子が最後まで願ったのは、そんな未来でした。

そして、物語の中で桜子が持つ「人の心が見える力」と「未来を見る力」は、特別な力でありながら、実は私たちにもあるものなのかもしれません。

誰かの悲しみに気づくこと。

誰かの苦しみに寄り添うこと。

大切な人を失いたくないと思うこと。

そして、

「明日は今日より平和であってほしい」

と願うこと。

それもまた、未来を変える小さな力なのだと思います。

知覧で残された写真や手紙は、過去から未来へ届けられた言葉です。

その言葉を受け取った私たちが、何を感じ、何を未来へ残していくのか。

それは、この物語を読んでくださった皆さん一人ひとりに託されているのだと思います。

最後に。

桜子が願った、

「みんな一緒に生きてほしい」

という言葉が、どうか物語の中だけの願いになりませんように。

戦争を知らない世代から、また次の世代へ。

家族を想う気持ちを。

平和を願う心を。

そして、かけがえのない命の大切さを。

この物語が、ほんの少しでも未来へつなぐ橋になれば幸いです。

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