青の共同戦線。あるいは、敗北者たちが「独占禁止法」を廃棄する夜について
結局のところ、大人の理性なんてものは、四人分の情念という重圧の前では紙屑同然だ。 一ノ瀬佳樹のニューヨーク派遣が正式に決まり、僕たちの「保留」という名の聖域が、物理的な距離によって崩壊し始めたあの日。 僕、西野和彦は、深夜の母校――今は統廃合で廃校となった旧校舎の屋上に呼び出されていた。
2032年、熱帯夜。 「……遅いわよ、西野。公務員の危機管理能力としては、赤点ね」
一ノ瀬佳樹が、月光を背に受けて立っていた。傍らには羽賀杏菜、和久井檸檬、そして柏木小鞠。 タイムカプセルを開けた夜とは違う、戦場に赴く将軍のような鋭い視線が僕を射抜く。
「……一ノ瀬。不法侵入は、弁護士のキャリアに傷がつくんじゃないか?」
僕の言葉を遮るように、佳樹が数枚の書類を差し出した。 「これは、私が作成した『西野和彦・共同管理規約』よ。……いい、西野。私が物理的に不在の間、あなたというリソースを誰か一人が独占することは、市場の健全な競争を阻害するわ」
「佳樹ちゃん、言い方が難しいよ」 羽賀杏菜が、ふっと柔らかく、けれど逃げ場を塞ぐように笑った。 「和彦くん。佳樹ちゃんが海外に行くって聞いて、私たち話し合ったんだ。……もう、誰かが一歩引いて、誰かを立てるような『お行儀の良い負け方』はやめようって」
「そうだよ、和彦!」檸檬が拳を鳴らす。「一人が遠くに行くからって、お前を自由にしてやるつもりはない。むしろ逆だ。私たちは、お前を四分割してでも、一ミリも逃さないように見張ることに決めたんだ!」
「……西野、さん。……私の、新作の……タイトル、決まりました。……『四面楚歌の……中心で、愛を……叫ばない、男』……です。……あなたは、私たちの……共有、財産……ですから……」
佳樹が冷徹に告げる。 「私が不在の間、現場の監視は羽賀、和久井、柏木がローテーションで行う。私は衛星通信を通じて、毎晩あなたの心拍数と移動ログをチェックする。……これは独占禁止法への対策ではなく、私という権利者が不在の間の『資産保全措置』よ」
やれやれ。 佳樹のニューヨーク行きという離別を、彼女たちは「距離を超えた共同管理」という狂気に満ちたポジティブさで塗り替えてしまった。 佳樹の瞳には、離れ離れになることへの恐怖と、涙の跡がまだ微かに残っていた。けれど、それを隠すために彼女が選んだのは、ライバルたちと手を組み、僕を永遠に包囲し続けるという「共同戦線」だった。
「……勝手にしろ。ただし、僕の有給休暇まで管理しようとするなよ」
僕が半ば呆れ、半ばその執念に救われるような思いで白旗を上げると、四人は顔を見合わせ、この場所で何度も繰り返してきた、少女のような笑い声を上げた。
物語は、まだ終わらない。 別れさえも「共有」の一部に取り込んでしまう、28歳の僕たちの二周目。 僕たちの「青」は、今、臨界点を超えて、壊れた羅針盤のように、けれど確かな熱を持って回り始めたのだ。




